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朝起きたら もう夏はどこかに姿を消していた。妻は 忙しい チラッとあって ふたことみこと日本もいろいろと大変だななんとも政治のいい加減さに嫌気をさしている。妻との話 どこか海外移住しようかというと いいねと乗り気確かにね フィリピンなんか治安の問題もあるけどメイドを雇って 炊事洗濯 ベビーシッターいろいろと安くできるね私の友達も多くマニラに住んでいるし セブ島なんか 常夏でいいかもなと思ったり考え方次第だよな今はねパソコンがあるので 日本国内でなくてもうまくやれば生活できるよね発想の転換が必要かもね固定観念から開放されると新しい世界が開ける わくわくするね。
2008年09月29日
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過去の日記から結婚していない男たちの話をあっちこっちで聞く。やはり結婚に縁のない男たちが多い。女たちも意外と独身でいるひとが多い。話を聞くと、あまり結婚のことは、考えてないと言う。独身は、身軽だしやりたいことができるしと言って笑う。確かにね。と私も頷いてみせる。しかし、どうも分からない。かれらが自由であるが故人生に何かうちこんでいるのかとおもうとどうもそうではなくてなんとんく日々生活をおくっているという感じだ。そういった生き方を否定するするつもりきは、さらさらない。ただ私の目には、もっとチヤレンジできることがいつばいあるんじやないのかなとふと思ってしまったりする。ところで私の友人のY君は、独身で40代半ばだ。広告関連の仕事をしているが、この不況で、生活もままならず。親元で生活している。縁があったら結婚したいと思っているらしいが、なかなかおもうようにいかない。どこかさびしい独身生活だ。私がロシア人と結婚したことを知って、ふうーーんといったが、よく親が許したねとか、国籍がほしいんじやないのとか、どうせだまされるんじやないのとか、つねにネガティブな思考に、わたしもやや戸惑った。多少の嫉妬があったことは事実かもしれないが、興味を示すとか言う前に。どこかなげやりな感じに、わたしも、話題を変えていた。たしかに彼にとっては、今の現状では、結婚など難しいと考えているのだろう。色々な事情で独身でいる人たちが多い。結婚だけが人生ではないことも事実だ。でも結婚したくて一人でいる人も多い。目を世界にむければ、運命のひとは、いるのかもしれない。私が日本人以外と結婚するなんて考えもおよばなかったとき、ふと私の心に起こった変化なぜ日本人でなければいけないのか・・・ 私は激しいショックにその場に立ち尽くしていたことを今でもおぼえている。そういった選択肢もあることに気付いて私は、新たな人生の道を歩き出している。今は、何の違和感もない。こんな人生もあるのだと日々思っている。わたしにとって家庭を持つことは、いったいどういった意味があったのだろうかただいえることは、たとえ自分の子供ではなくても、娘ができて、デパートで、あれこれ妻と、娘の服をああでもないこうでもないとさがしている時、限りない幸せにつつまれて、とめどもなく涙があふれ出ていた。新しい服に着替えて、娘は、私に、笑顔で手をふっていた。ここまで過去の日記より家庭を持つこと そのなんともいえない緊張感と充実感
2008年09月24日
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ディズニーランドでそんな たわいのない時間も とても輝いていた。もちろん今も 大人になりつつある娘がいる。以下過去の日記よりディズニーランドの人の洪水の中でわたしは、ほとんどまるで溺れかけていた。娘と妻は、というとスイスイその中を泳いでいた。人、人、人、わたしは軽い立ちくらみの中、娘と妻を自由に泳がせていた。しかし、暑い。こんな時は、冷たいビールだ。売店に行くとこの中では、ビールは販売していません。とすごく冷たい言葉がかえってきたが。その冷たい言葉とは裏腹に暑い。がっくりして座り込んで。しょうがなく買った。ミネラルウオーターを飲む。ああービールは、ミラクルウオーターなんだよなと訳の分からないひとりごと。そこへ娘と妻が水を得た魚のようにやってきた。わたしだって負けてられるか。わたしはミネラルウオーターを一気にのどをゴックン、ゴックン言わせながら豪快に飲んだ。娘が面白がって笑っている。どうやらママがトイレに行ったチャンスにコーラをおねだりだ。「ママにないしょ」とわたしが言って、そばの売店からコーラを買って渡すと娘もわたしの飲み方を真似してゴックン、ゴックンと飲んだ。今度は、わたしが思い切り笑った。娘がわたしの手を取ると歩き出した。「おいおい、わたしを誘拐するのかい、ママが心配するよ」といって笑うと娘も笑う。わかっいてるのかな・・・もう笑いのキャッチボールで二人は大盛り上がりた。ママはおいて逃亡者になろう。どうせケイタイがあるし。わたしと娘は恋人たちのように、はためには、誘拐犯と人質のように手をつないで走りだしていた。二人の向かった先はシンデレラ城。わたしには、おもいきり不似合いだが。娘はすでに小さなシンデレラだった。ケイタイがけたたましくなった。「どこにいるの?」案の定、妻からだった。「シンデレラ城」「どうふたりのデートは」あれあれ、このことは妻と娘の計画的犯行だったのか。やれやれでもね、こんな計画ならいつだってOKさわたしは額から噴出す汗をぬぐっていた。むすめが花柄のハンカチを差し出した。「ノー、サンキュー 大丈夫」とわたし。むすめは、おかまいなくわたしの額を拭きだした。そして髪を好奇な目で見つめた。おい、やばい・・・・娘は私の髪を引っ張った。「これは、だめ」わたしが娘の手を振り払う。何とか無事な髪。娘はすでにわたしの秘密を知っていたのだ。わたしがアカンべーをすると、むすめはおもいきりくちを開いてアカンべーをしてかえした。二人は意味もなく笑いあった夜になってエレクトリックパレードの光の中わたしと妻と娘は幻想的なパレードに酔いしれていた。
2008年09月22日
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過去の日記より昨日の敵は、今日の友ではないが、昨日の敵は、きょうの妻。つまりロシアがアメリカと敵対してソビエト社会主義共和国連邦の時代、まさに日本はアメリカとの安保条約との関係もあったし、自由主義と共産主義の対立の構図のなかにいた。そしてソビエトの情報と言えば、自由のない恐ろしい国というイメージで、見ていたのだ。いつか日本が共産化されたらと大変なことになるなどと思った時代を過ごしてきた。だからまさか奥さんをロシアの人にするなんて100パーセンとないと思っていたしいや、そんなことすら考えていなかったのだ。だから今でも、まだ自分でも信じられないでいるというのが本音のところかもしれない。しかしよく考えてみれば、国家と国民は、まったく違った顔をもっている。だから国家のイメージがそく個人のイメージと同じではない。日本人は一般に、勤勉だと言われているが意外とちゃらんぽらんな人もいる。何でもひとくくりという発想方法が古すぎるのだ。一つのレッテルを貼ってしまうと修正がきかない。私などは、小学校時代、勉強などする気もなくテストなんかいいかげんに書いて出していたら、オタクの息子さんとても大学へ行く頭などありませんと担任の先生にいわれて我が両親の落ち込みようは大変だったらしい。しかし中学に入って、おもいきり勉学にめざめてやりだしてらあれよあれよと成績があがって、高校は推薦入学となって両親の驚きはねはかりしれなかった。しかし、そののちぱっとしないで、一応国立大学の工学部に入ったのは、いいがこれは、私の方向ではないと2年で中退。両親は失望するやらあきれるやら。じや大学を中退して何がやりたいのかそれも決まっていないから無謀このうえなし。しかし父は、偉いというか、あきれて何もいえなかったのか、山梨の人間なのでまさに、動かざること山の如し、動じるどころかバカ息子をじっとみつめていた。ひと言、自分の生きたいようにやれ。人様に迷惑かけなければそれでよし。私は、とりあえずやることもないし、古本を売って、いざストリップへ、自分への言い訳が、女性の神秘の探求についてとかレポート用紙に書いて行動を起こしたが単にスケベーなだけ。しかし毎日、通いつめ、どういう構成でライトは、とか動きはとかけっこう興味深く見ていた。ストリップ劇場の支配人も、踊り子も私が、毎日やってきて開演から終演までいるので、ちょつとびっくりしたようだった。しかし、なにごとにも凝るわたしとしては、水を得た魚のように生き生きとしていた。今でも考え方は同じかな??☆ ☆ ☆面白視点ニュース解説
2008年09月18日
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二人が日本で生活しだしてからのちょっとしたエピソード笑えるね以下 過去の日記から二人は心も体も一体になっていたと信じ込んでいた。だがおもわぬところからバトルがはじまった。それは二人にとって予期しなかった。はじまりは、肉じゃがから・・・・そりゃないだろせっかく作ったわたしの肉じゃがが好きではありませんとやんわりと拒否された。わたしをとるの肉じゃがをとるのといった感じだったから思わず肉じゃがといってしまった。口が滑ったとはこのこと。口は災いの元。肉じゃがに負けた彼女は、おいしそうに肉じゃがを食べるわたしに大嫉妬。わたしだって負けてないだいたい彼が心を込めて作ったものだったら毒だって食べるのが純愛だろ。てなことをいった。純愛といってしまってそんな歳じゃないなと苦笑したらそれが気に入らないと彼女が膨れ面。どうすりゃいいんだと地団駄をふんだが。後の祭り。ぷいと外へ。勝手にしろ。怒りは食欲を増進させる。世間で言うやけ食いとは、ちょつと違うんだな。やっぱり肉じゃが。だれがなんといったって肉じゃが。おれが作った肉じゃがにケチをつけるなんてと拳を振り上げたが ほんとこれが文化摩擦なのだ。少しぐらい嫌いでも食べるのが作った人へのせめてもの感謝だろう。どうも思考回路がわからない、うーーんとため息をつく。わたしは怒りをおさえるのがやっとだ。そこえ彼女が帰ってきた。仲直りしないといけないと思ったが真っ赤になったわたしの顔をみて「いつお酒飲んだの?」「お酒じゃないの」わたしは、また肉じゃがをおいしそうにたべる「やっぱりこれだよ」俺は満面の笑顔。「豚になるわよ」手遅れだっうの 君はやっぱりさげまん、いや、にくまん。漫談やってる場合かよ。しかしよく考えてみると日本人のように相手を考えて嫌でもまあそれを受け入れてその場を丸くおさめるという発想はない。つまり自分にうそをついてまで嫌なものを食べるほうが相手に対し失礼だという考えなのだ。あいまいさは駄目なのだ。イエス、ノーがはっきりしているとは、このことか。頭でわかっていたが現実にぶっつかると感情がともなわない。確かに心にうそをついて笑顔を作って食べるより好きではないから食べませんのほうが理にかなってる。妙に納得。わたしがニヤニヤしてると「どうしたの?」と彼女。「これが、文化摩擦」「????」とびっきりの笑顔で彼女を抱きしめた。「わたしをとる?」「うんうん」肉じゃがを食べたから今度は君。そう心の中でつぶやいた。
2008年09月12日
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穴があくほど見つめられたとはこのことか私はその視線に耐えていた。彼女たちの視線が私の頭の髪の毛にむけられていた。自虐的に私は笑みを作っていた。終わりだと思った。やはり秘密は、秘密のままのこしておくべきなのだ。もう一人の自分が自嘲的にささやきかけていた。馬鹿なやつだ。「それが秘密ですか? それだけですか?」通訳がいった私は、笑いをつくっていた。同情なんかいらない。お世辞なんかもいらない。その場を取り繕うすべてのことを拒否したかった。そんなものだよ。そうなんたよ。もっとうまいこといって金持ちのふりをして日本につれてくればいいのに。要領の悪いやつだもう一人の自分がしきりに私を非難していた。息子(ポコチン)は、困ったように両者をみつめていた。私は神を憎んでいた。すべての運命が神の名の下にわれわれを支配しているのだったらそんなものはいらない。悪魔と手を結ぼう。「わかりました それだけですか秘密というのは?」通訳が聞いた。私は、開き直ったように彼女に視線をむけていた。彼女の視線は私の視線とぶつかつた。非難する視線でも軽蔑する視線でもない。自然な視線だった。「安心しました」通訳がいった。「日本に帰っても電話下さい待ってます」そう通訳が彼女の言葉を受けて言った。「ええ」私は、気のない返事をした。「明日は、子供の学校のことで多分お見送りできません ごめんなさい」通訳が言った。「本当に、電話していいんですか、でも日本語わかりませんよね」私が言うと「少し英語 少し日本語」「彼女少し日本語わかりますよ」「そうですか」「よろしく大丈夫問題ない」だどたどしくはあるが彼女から日本語がかえってきた。「スパシーバ(ありがとう)」と私が言うと屈託なく笑った。しかしこの先どんな展開になるのかその時は、分からなかった。ぼんやりとした影が忍び寄っていることも。 ホテルにもどって、鏡を覗き込んだ。落胆した自分の顔がくたびれたように笑っていた。 うなだれたポコチンを握った。きらわれたわけできないし別にどうということでもないだろう。さよなら逆転満塁ホームランだってありうるさ。その時変化が起きたどうしても彼女を手に入れたい。全身に激しい電流のような痺れがその時走っていた。あの視線が私の中に変化を起こさせていた。 翌日は帰国の日だった。通訳がやってきた。「ごめんなさい 彼女、これないみたいです これ電話番号です 彼女の、日本帰ったら電話してください待ってます」「オフコース(もちろん)」私は英語で何度も大声で叫んでいた。ハバロフスク空港に日本人の変な英語がこだましていた。今の感想かつらを使っていると告白して その後日本へ帰るまでの心の葛藤??そんな風にしていたんだなと改めて思ったのだ。
2008年09月10日
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ところで、私は、ちょっと秘密をもっているのだ。相手のことばかりどうこう言える立場にはない。今ではその秘密にそんなに悩むことはないが、そう成りだした30代はじめころはずいぶん悩んだ。だからそのことは、前もって彼女に言っておかねばならないのだ。色々なことで見栄をはりすぎて自分をよく見せようとしても後で大変な思いをするくらいなら前もって自分の実態を話て、イメージだけとか職業だけとかそんなことだけでとかで、勝手に良いイメージを膨らませてしまわれるよりも気がらくだし誤解からすれ違いになってしまうのよりましだ。つまりあらいざらい話してさあどうだ。選択権をあいてに与えてこっちは待ちの姿勢でいいのだ。覚悟は、決まった。そんなふうに考えていると通訳が街を散策しましょうと提案してきた。「ええ」同意して彼女を見ると視線が痛い。私は思いっきりつくり笑いをしたがあまりさまになっていないだろう。異国の地で異国の人たちの視線は、どことなく恥ずかしくもある。外国映画のなかにとびこんだようだ。しばらくいくとレーニン広場だ。噴水が勢いよく水しぶきをあげいてる。若者たちが戯れ遊んでいる。秘密は、夕食時にでも話そう。そう思った。勘であるが二人はうまくいくとそう思った。息子(ポコチン)は、限りない声援を送ってきている。わかっている。同じだよ。なだめるようにぐっとつかむ。結局これが男のかなしいところ、すなおなところ、かわいいところ、だめなところつまり女の人に支配されてそのホールめがけて突進したいと感じた時には、敗者となっているのだ。どんなつよがりわいってもこの構図だけはこの男と女方程式だけは変わらない。☆ ☆ ☆過去を振り返って今読み返してみるとちょっと恥ずかしくもあるでも まあその当時はそんな心境だったんだと思う。応援よろしくクリックしてね人気ブログランキングへ
2008年09月05日
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