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娘には、英語の教育が必要だ。そう妻は思っている。やつぱり、世界に通用するには、英語なのだろうか? そのうち完璧なまでの音声自動翻訳機ができて、英語学習なんていらなくなるかもしれない。というと妻は、いえいえ必要とご立腹。モスクワの有名小学校に入学させようとでもおもってるのか?、ハバロフスクからモスクワへ回って日本に帰ってくると国際電話でいってきたから。ええええーーーーさびしいよと一応メランコリーな声でいったが。心は、裏腹に、もう少し羽を伸ばせるかなとなってしまった。やっぱり擬似独身は、楽しいなと思うがしかし、いつまでもはさすがにさびしい。妻だってわたしが浮気でもしているのか心配なようだ。もてないてというと。そうじゃなくて変なところに遊びにいかれたらというから。心配なら早く戻ってこないと男の体は女性なしには生きていけないように神様がプログラムを作ってあるから大変なことになるよというと。ロシアの神様は違うと半分、冗談ぽくいったので、日本の神様は、ちょっと違うんだよというと、できるだけ早く帰るといってきた。まったく、それに5月には、多分沖縄に旅行する予定なのだ。昨年、4月に沖縄にいって結構楽しんだので、今年もその予定を立てているのだ。ところで、男の体というのは、さっきも言ったように、女性なしには、どうすることもできないくらいみじめにできている。どんな有名な会社の社長だろうが、すばらしい教えを説く宗教家だろうが、このことは、まさに男の宿命と言うものだろう。だから男性相手の、ハブや風俗が成立しあっちこっちにお店があるのだ。もしかしたらいい女性にめぐりあえるかもと鼻のしたを伸ばして、わくわくしながら出かけていくが、まあいいカモにされて、請求書にびっくりあああーーーーやっちゃった。しかし懲りずにまた出かけていく わかちゃいるけどねーーーーまさに狐と狸の化かしあいてな感じ。女性は、女性でいい客を見つければ、あら、またきてよ。まってるわ 来ないとさびしいとかいって、三文芝居の役者じやあるまいにオーバーな演技をするが、酔っている男の目にはそれがうれしく映る。ああなんという喜劇か悲劇かてなことになるんですよ。世の奥様方くれぐれも旦那様に優しく、間違っても給料運搬人とは、いわないで。愛してるわ愛してるわと優しく言えば、男は、セッセセッセと働いて、お金を運搬してくれますよ。男を立てるのは。やっぱり女性の役目かも?えっ?たつのは、腹が立つ ?
2004年01月28日
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バツイチなんですよ。などといって弱気な男たちが多い。バツイチでも女性のほうが意外とたくましくすっぱりと次の自分の人生に向かって歩き出している。ところが男というもの未練たらたらで写真までしっかり持ってっていたりして、もしかしたら復縁できるんじゃないかと一縷の望みを持っていたりする。なかなか難しい。女性はすぐに現実の自分の生活や子供といった問題を捉えて行動できるが男は思い出の世界から抜けられない。私も男だからその気持ちは痛いほどわかるし、いつも思い出の世界に浸っていたいとおもうことも多い。しかし、時間や日にちはどんどん過ぎていく、再チャレンジするにも、ある程度したら気持ちを切り替えなければ、本当の意味での幸せの結婚にチヤレンジすることは出来ない。明日。明日が一年経ち二年たち、結局漫然と時間が流れていくことになってしまい行動が起こせなくなってしまう。今、この時間に何が出来るのか考えて、後回しにしないようにしなければ、行動なんて起こせない。不思議なもので動き出してしまうと意外と大変だと思っていたことが易しかったりして驚くともある。逆に簡単そうにおもえることが難しかったりして戸惑うこともある。男たちよ、女性たちから主導権をとりもどそうではないか。とかっこいいことを言ってはみたがやはり妻は、強い。子供の教育のことなんかになるとなおさらだ。何であんなに教育ママになるのだろうか。私の妹も夫をそっちのけで子供にかかりきりまあこれが母性というものなのだろう。まあそんな女性に惚れてしまう男の性も不思議で面白いけれど。男と女の織り成す数々の物語がいっぱいある。事実は小説より奇なり。あなただけの素敵な物語に再チヤレンジして、男たちよ元気を取り戻そう。エイエイオオーーーーー!
2004年01月27日
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病院の救急待合の椅子にすこし疲れ気味の若い男が軍手をはめて座っていた。患者にも見えなくないが、友達を待っているようにも見える。外は、冷え込んでとっくに闇のなかにあった。私は、病院内を歩いていてその男に気付いていた。しかし椅子に遠慮がちに座っているその姿にしばらく様子を見ていようとおもっていた。とそのとき受付の男がこの男になにやら話している。言葉の様子から、出て行くようにということらしい。若い男はホームレスらしい。私は、とっさにその受付の男と若い男の間に入っていた。受付は、診療を受けに来たのでないならここに座らないで欲しいのだ。と私に同意をもとめてきた。私は、一瞬、どう返答しようかとおもった。確かに彼の理屈は理屈としてはきわめて正しいしそんなことを認めていたら、待合は、ホームレスだらけになってしまうかもしれない。若い男は、怯えたような瞳を私に向けていた。他の人が迷惑するんだよとその受付の男は、正統的な主張だといわんばかりだった。私は、しばらくしたら出て行ってもらえばいいじやないですか、すこし温まったらといった。受付の男は、わたしが当然すぐに同意してくれるものだと思っていたらしく、やや不満そうに頷いていた多分、受付のこの男、大学は出ているだろう、理屈もちやんと理路整然としている。きっと大学で優秀だつたかもしれない。しかし私は、理屈だけで物事を考えるそれだけが正しいと思い込まされてきたのかなあと思ってちょつとさびしくなってしまった。日本は、アメリカとの戦争に負けてアメリカの占領下、日本の良いところもすべて否定してしまってアメリカの合理主義や個人主義の考え方を多く取り入れてきた。日本人の精神すらもどこかに置き忘れてしまったのかもしれない。知識や理屈だけでは割り切れないものが実は世の中にいっぱい存在する。人は理屈で納得するものでない。男女関係においても同じだ。きれいごとをいうつもりは、まったくない。しかしこんな余裕のない社会にして、弱者を切り捨てていく社会だけはどうしても納得できない。道徳家を気取るつもりもないが、なにかぎすぎすした時代に寂しさを感じる今日この頃だ。だから、いま日本に失われている何かを日本人は、再び見つめなおす時期にきているのかもしれない。わたしが考え事をしているとその若いホームレスらしい男は、どこかへ消えていた。私は、外へ出てみた。薄暗い暗闇の中には人影は、なかった。ただ白い吐息が薄暗い闇に消えていくだけだった。私は、目を閉じて頬に当たる冷気を感じていた。
2004年01月25日
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立場が違うとものの見方がまったく違う。よく差別される側の気持ちは、わかるとしたり顔でいっている人間ほど、わかっていなかったりする。私も、実は、その一人だった。わかっていると誤解してただけだ。やっぱり自分が火の粉のふりかからないところにいて相手を理解するなどというのは、つくずく難しいと思う。外国人と結婚する前は、彼らの気持ちを理解しているつもりだったけれどそれは、やっぱり甘かった。自分が外国人の奥さんを持つようになって、世間の風当たりの強さを感じることがある。なかなかうまくせつめいできないけど。たとえば車を運転する立場でみているとチヨコマカした自転車や歩行者は、邪魔で危ない存在でいらいらさせられる。ところがこれが自分が歩行者、自転車の立場に立つと、車の動きは横暴極まりなく思えてくる。まさに立場によってみかたががらっと違ってしまうのだ。そしてそれがきわめて正統的な見方だとおもったら大きなトラブルを生じるのある。もちろん相手の立場にそうそう立つことはできないけど、いつも思い直してみることは必要だ。どうしても人間というのは一度思い込んでしまうと修正が効かない。男と女でもイメージが最初に定着してしまうと、本当の顔が現れてもそれをうまく認識できないでトラブルになる。いつも思い直して、色々な人の意見を聞いたりして自分を見つめていかなければなかなか人間として成長できないものだと思う。夫婦関係にしてもこの思い直しが必要だしいかに相手の立場を理解していくかだ。世の中色々な人間関係で悩んでいる人は多い。まさにこの世は住みにくい。しかしあの世だって住みやすいと保証されているわけではないし、一度きりの人生、見栄や体裁だけには、とらわれて生きていきたくないものだ。まあ私など自由勝手に生きてきたし、いつも社会の常識に疑いを持って生きてきた。自然体で。こころを開いていつも笑顔で、笑い顔をつくっているとなぜかハッピーになってくるのは、私の楽天的な性格だけなのだろうか・・・・ようし、寒ければ走って体をああためれば良いさ。私は仕事を終えて家に向かって走り出していた。私が大切に思える妻と娘がいる。私を大切だと思っていてくれる妻と娘がいる。このまま人生を走り続けていこう。そう思える今日この頃である。
2004年01月24日
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もてない男というのは、もちろん私を含めてだけれど、やっぱり余裕がないのを女性に悟られてしまって、女性が引いていこうとするから余計慌てて空回り、いくら情熱をぶっけるもまさに悪循環。最後はもう電話してこないでとか、付きまとわないでとなってしまう。情熱とは相手が振り向いていてくれてこそ情熱なのだ。そこをミスするとまさにストーカー扱いされてしまう。それて゛もなんとかしたい。わかりますよ、わかります。わたしだってそうだったから。でもこの状態になったらアウトだと考えてきっぱりあきらめた方がいい。結局、何度も失敗しないと男女関係の微妙なバランスは、わからない。ところがもてる男は、余裕がある。女性から見ても、さっぱりとしている。本当は、おもいきりスケベーでいつチャンスが到来するかしたたかに狙っているだけなのだけどね。だから、女性側からすると安心感がある。つきまとわれない。しつこくされない。余裕があるから、スマートに見えちゃう。そこであいての心が開きだすタイミングをみはからってさりげなく気持ちを伝えていく。私も、妻とのかけひきがあった。というより、偶然にもこういった環境になっていた。それは、出会ってすぐ手を骨折して、仕事もなくなっていたし、収入も激減していた。こりゃ結婚なんて無理だ。だからさめていた部分があった。場合によっては、この結婚はやめようかとさえ思った。とどうだろう。私の心が引いていくのを敏感に感じ取って彼女の方で焦りだした。ええええ。まさに逆転の様相。それでもやっぱりさめていた。引けば引くほど押してくる。とはまさにこのことかてなわけで、ころあいをみはからって結婚しようといってみたらもう彼女は大喜び。なんだか文字にしてしまうとあっけないけど。好きだ愛してるは、最初から連発しないこと。こちらの手の内をみやぶられないこと。愛も恋にも戦略があることを忘れては、ならない。人間てあまのじやくだから・・・・ 素直になれなくて恋をのがしてしまうこともしばしばだ。男と女まさにおかしさに彩られた物語をいつの世ももっているものだ。時代がかわってもこの男と女の不可思議さという永遠のテーマはね変わらないだろう。家の窓の外でメス猫が私を覗いている。私は、ニコニコしながら窓を開けると、メス猫は一目散に逃げていった。私は、頬に当たる冷たい冬の風をうけてロシアにいる妻のことを想っていた。もうすぐ再会だ。私は、大きく深呼吸した。
2004年01月22日
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国際結婚が増えているとはいえいざ行動に移すとなると抵抗があるらしい。ともかく不安だし失敗するかもしれないというネガティブな感情がまず最初に心の中を支配して行動にストップをかけてしまう。わざわざ外国の人と結婚しなくっても、とか言葉の問題は、習慣の違いは、偽装結婚させられるかもしれない、まさにマイナスの連想はつぎから次へと頭の中を駆け巡ってくる。テレビを見れば外国人犯罪が大々的に報道される。まさに萎縮したポコチン状態。元気はどこかへ消えてしまう。それに世の中不況の嵐の中、先々どんな経済状態になるかわかったものではないとなってしまう。がしかしである。なにもしなくても時は過ぎていく。気がつけば30代から40代、結婚しなくてもいいか、独身貴族だ。といってもどこかさびしさが心をつつみだす。そんな話を巷でよく聞く。バブルの時代は、女性は、結婚を、敬遠しがちだった。そしてこの不況どんな会社に勤めている男でも、明日はどうなるか分からないで結婚するにも女性は、躊躇する。男にとっては、なかなか大変だ。ねるとんパーティーに出たってそう簡単に相手は見つからないし、結婚相談所へ行けば学歴は、年収は、とかなって意外と成婚しないらしい。ここだけの話だけどある有名な結婚相談所に勤めていた人がこっそり教えてくれたのだけれど成婚率は驚くほど低いとか、あまりのショックでこりりゃ、だめだとそこをやめてしまったらしい。実態を知ったら入会者に申し訳なくてといっていた。紹介所というのは、私も以前いったことがあったが、結構女性の数もいるけれどいざ指名しても見合いになるまでの確率も低いし、お見合いしても、1回で断られてしまうケースが多い。女性もこんなに男性が登録しているととなって目移りするし、理想はまさに富士山のように高くなってしまう。そして、自分の条件は、棚に挙げて、いい男いないわねとなってしまう。ちょつとかわいいと結構お見合いの申込みがくるから私ってけっこうもてるんだなどと誤解してしまって鼻高々そう簡単には妥協できないは、てな感じになるらしい。まさにふつうの男にとっては、夢も希望もなくなっちゃうょてなことになる。わたしだってその口だったいくら見合いしても、ねるとんパーティーに出ても、もてない、もてない。とほほほほてな感じで過ごしてきた。ふとしたきっかけ、あれれ女性って日本人だけだったっけて気付いた。日本人は、日本人と結婚する。という洗脳から解けた瞬間、あっそうかってな感じ、世界は広いぜなどと一人盛り上り、ポコチンなんかはおお盛り上りとなっていったのである。あのときのひらめきがなければ、今の自分はなかったかもしれない。まさに運命とは、そんなものかもしれない。見えないものが見え出してふと視線をあげると今までとは違う新しい自分に出会った瞬間でもあったのである。
2004年01月21日
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妻が里帰りしている間にいろいろとリラックスできた。それは良い意味で二人にとってプラスだったろう。久しぶりに、駅前の焼き鳥屋に足を運んだ。焼き鳥の煙というのも妙に趣があっていい。あの煙たい中で生ビールをあおりながらひとりボーとしているのもたまにはいい。あまり硬いことばかり考えているとポコチンが萎縮してしまう。たまには焼き鳥をほお張りながら、道行く若い女性でも見ていようなどと思っていると携帯が鳴った。奥さんで―スという元気の良い声。はいはい。元気ですよと私。彼女も、元気そうだ。早く会いたいよ。という本当?といってきたので。ぽこちんが制御不能というとセイギョフノウ?何々?さびしいてことという私。彼女は、私もポコチンがセイギョフノウといったのでハハハハハハと笑うと。あれれ変な意味? スケベーと言い返してきたので。まあね。向こうは、もう寒さのため外に出ないそうだ。部屋の中だけというのも大変だろうがまあ生活の知恵で冬の間は、それなりの時間の使い方があるはずだ。私はとても冬にロシアを訪れる気はない。行くなら冬眠する熊になる覚悟が必要かもしれないと思ったりもした。携帯をきる時、愛してるよチユチユと結構オーバーにやつたものだから他の客の視線がいっせいに向けられた。私は、ちょっとテレながら生ビールを一気に飲み干していた。さあて再び奥さんとの生活が始まる日は、近い。彼女も羽をのばしてすこし気分転換できただろうし私は私で、まあ色々と自分の仕事の方向性など検討できたのでよかったなとおもっている。妻がロシアから戻ってくれば再びロシア人妻とロシア人を妻にした男のユーモラスでエキサイテングなまさに続ロシア人を妻にした物語が始まるのだろう。妻も私も娘も新しい物語の展開をその主人公としての役割を新たにスタートさせようとしているのだ。
2004年01月19日
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新しいことを始めるのには、勇気がいる。失敗しないだろうか、失敗したらどうしょうこんな気持ちが起きて当然だ。まあやめとこう。そういった感じになる。それは、年をとればとるほど顕著だ。知識が行動を邪魔すると前にも書いたけどそういうことだ。だから予備知識のないほうが行動しやすい。しかし世の中には、情報があふれかえっていて、どの情報を信じていいか戸惑ってしまう。どの情報が最良かという情報がほしいくらいだ。ましてや今のようにかつての常識が通用しないような時代は、まさに手探り状態かもしれない。国際結婚についても情報が氾濫していている。よく耳にするのが不法滞在の外国人問題や偽装結婚、外国人犯罪等々きわめてネガティブな情報がマスコミから大量に流される。以前、私の友達でフイリピンの人を奥さんにしていた人がいたがその当時、フィリピン人イコウル売春婦というイメージが先行していて、ええっなんでそんな人とと別の友達は彼に対して言っていた。しかしよく考えればフィリピン人の女の人がすべて売春婦ではない。しかし情報とは恐ろしいもので一つの方向性をもってしまうとまさにパブロフの犬のごとく条件反射してしまう。日本人は、勤勉だと言われているが、けっこうちゃらんぽらんの人もいる。まさにわれわれは物事自分で考えているようだけれどあやしいものだとなってしまう。実は、自分は体験したのではないけど誰かの情報のコピーだったりするそしてそれが思わぬ方向に一人歩きすると大変なことになる。あの松本サリン事件などはそのいい例かもしれない。マスコミによって犯人にされてしまいそうになったその典型だろう。とまた重いテーマになったけれど、男と女の関係についても実は理屈で割り切れないものが多いしかし知識にふりまわされてしたり顔でアドバイスするものがいる。本人は悪気はないのだろうけど悩んでいるものにとっては迷惑な話だ。前回、分かれた奥さんを忘れられない男の話をしたけれど、このことだって理屈で考えれば、女性なんてほかにいっぱいいるじゃないのというアドバイスになってしまう。まあだれもがそう考える。しかしそう考えられない彼の感情をどう理解してあげるかが実は一番大切なことなのである。つまりかれは、自分の感情が今の自分を納得させていないのだ。客観的にどうだこうだということは簡単だけれど、この心の行き場を理解して聞いてあげなければならない。それは彼の感情と同じところまでこちらが行かなければ成らない。ふんふんそうなのか、なるほどと、感情を共有できないとだめなのである。つまり人間とは、99パーセント感情に支配されているのだ。ところがわれわれは、教育で理屈は学んでもこの感情のありかたについては、ほとんど教育されてこなかったのである。だから物事を理屈で見て理屈で解決しようとする。また理屈で解決できると信じこまされてきたのかもしれない。しかし本当に必要なのは、この感情をどう捉えていくかという考えかただしその教育が必要なのだとつくづく思うのである。特に男と女についてはこの感情を抜きにして語ることは不可能である。つづきは、後日。
2004年01月18日
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デ-トする時間もないし、それどころか彼女を探す時間がないと嘆く人の話をよく耳にする。そうリストラで会社は人員削減、残った人間には2人分や3人分の仕事を押し付けてくる。いやならやめていいんだよ。仕事をやりたい人間はほかにもいるんだから。これが意外と名の知れた会社だったりするのである。もうなりふりかまわずてな感じ本当は日本は、裕福ではない。裕福だと洗脳されてきただけだ。冷蔵庫もテレビもある。電話もパソコンもそれに新築の家だって。ところがである。自分の人生の先の労働を人質にとられているのだ。ローンというシステムが豊かな暮らしを築いたとはとても思えない。ましていつ失業するかわからない不安定な状況は、ローン破産の大量発生という社会現象となって顕著に現れている。自己破産の急増カーブを見ればあきらかだ。いつ誰もがホームレスになり家庭が崩壊してもおかしくないのである。日本は国家も国民も大量の借金をかかえてまさに首の回らない状況におちいっているのである。そう簡単にこの状況が好転するとは思えない。バブル期、銀行が大量に貸し付けたリゾートやゴルフ場開発事業、観光施設開発事業や商業ビル建設事業等々の大量の不良債権が処理しきれないでいる。こんな不景気になればまさに悪循環は悪循環を生んでどうすることも出来ない制御不能状態になっているのが日本の経済の現状だ。それに、景気は一部で回復の見込みがでていると、安堵感をあおるやり方は、昔と変わらない。さすがに景気回復といわないが、何度景気回復宣言をしたことか。まさに嘘八百とはこのことである。また地方銀行が近いうちに国家の管理化にはいるだろうし、中高年の人はもとより若い人たちのリストラもすごい勢いで行われるだろう。もう国が国民の生活を守ってくれると思わない方がいいしましてや会社に頼っていてもどうにもならない時代が来ているのだろう。私の友達にも自己破産した人間は多い。しかしけして恥ずかしいことではない。バブルの時代、借金も資産のうちとかいわれて、まさに赤信号みんなで借金すれば怖くない的な発想のもと、その洗脳に乗らされた人々はいかに多かったことか。銀行は、手のひらを返したように債務者に牙をむいている。自分の身は自分で守らねばならない時代。やはり見栄やプライドより現実的な選択をして自己破産をするほうがいい人がいる。ぜひ正確な情報を取得して、偏見や思い込みから悲しい選択をしないでとおもうのである。電車が人身事故で止まるたびに、この自殺者の家族のことを思わずにはいられない。まさに国家国民を巻き込んだ大借金は、実は人災だったのだ。洗脳という名の・・・と、重いテーマを述べてきたけど、彼女も見つけられない労働にあなたはどう考えるのだろうか? 気がついたらおじいちゃんになっていた。浦島太郎では、あるまいしそれに、もっと人間らしく生きる道もあるはずだ。人生は一度きり物だけに目を奪われているうちにあなたは大きな忘れ物をしているのかもしれないのです。あなたが立ち止まって振り向けば、あなたを待っている別の世界があるかもしれません。
2004年01月16日
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男とは悲しいものそんなことを感じさせられた相談があった。別れた妻を忘れられない。多分、元奥さんのほうは、きっぱり新たな道を歩みだしているのだろう。彼は離婚して6か月 何かのきっかけで復縁できると信じているし、離婚した当時もすぐまた元に戻れると考えていたらしい。いまだに何で離婚になったか分かっていない。いやたぶん分かっているけれど分かりたくないのかもしれない。話を聞いていて思ったことは、仕事が第一という日本の男の典型のようなところだ。それに奥さんを母親的な存在として接して仕事の愚痴をぶっつけていたふしがある。彼女は、結婚にもっとやすらぎみたいなものを強くもとめていてその辺の価値観のギャップが背景にあるようだ。一度壊れてしまった関係を修復するのは、並大抵ではない。恋愛当時は、見えなかったものが結婚という状況になってみえてくるといったことが多い。恋愛当時は、お互いに最良のカードをみせていればいいが、結婚した後は、いつも最良のカードを出すことが出来るとは限らない。その時お互いがどう考えられるかだ。私は、妻と出会ったとき、不運にも交通事故に遭い、仕事も失い、とても結婚などということを考えられない状況にいた。内心妻とのこの出会いは、うまくいかなくてもしようがないのかなと思ってもいた。事故当時妻と私は車の後部座席に座っていた。追突の衝撃で、私と妻の体は、前部の座席に激しくたたきつけられていた。私の左手は、上腕を骨折していた。妻は、角度的に運良く、軽傷ですんだ。私は、反射的に、自分のことより妻のことを心配して言葉を発していたらしい。私は、混乱した中で記憶をすこし失いかけていた。最悪の状況の中、わたしが無意識的に、知り合って間もない彼女に対して取った言動が彼女に運命的なものを感じさせたらしい。私にしては、無我夢中、きっと彼女がよく評価してくれたのかもしれない。格好をつけるつもりもないし別の女性のときそういった言動を取れたかどうかはきわめて疑わしいけど・・。骨折の治療やら仕事探しやらで、8ヶ月間二人は、国際電話で、ぽつりぽつりと分かる単語を並べて会話していた。ただ受話器からは、お互いの空気みたいなものも伝わってきていた。彼女は、必死に日本語を覚えていった。4ヶ月ぐらいで日常生活のおおざっぱな会話はできるようになっていたのである。最悪の状況で二人して考えた。私も、骨折が治るまで仕事にもつけないといったジレンマにいらいらしていた。ただお互いに本音で話し合えた。つまり言葉が良く分からない分直接的な言葉にならざるを得ない分、日本人同士のようにうまく取り繕った会話ができなかったことが逆に良かったのかもしれない。皮肉にも言葉を多く知りすぎているほうがお互いの深い心理が読めないのかもしれない。カモフラージュされた言葉は、耳障りが良いがお互いの本当の意思を理解し得ないこともあるのだということをはじめて実感した時もこのときである。言葉は、コミニュケーションの道具であって生き物だ。その時の状況で何とでも解釈できてしまうのが言葉でもあるのだ。だから、皮肉にも、国際結婚で言葉をうまく理解できるようになったら別れてしまったという笑えない出来事だってある。それは言葉を信じすぎてしまったことかもしれないし、また言葉以上の何かをカップルが共有できなかったからかもしれない。男と女この不可思議な存在。いつたい世の中のカップル、どんなに多くのドラマをもっているのだろうか そして今を生きるということは私や妻そして娘にとってどういった出会いと運命をもっているのだろうか・・・・・・今年1月自衛隊が復興支援の名の下にイラクへ派兵されようとしている。今一体日本にそして世界に何が起きようとしているのか復興支援という良い響きの言葉の裏にどんな意味が隠されているのだろうか?
2004年01月15日
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国際結婚の成功の法則とは、一体そんなものがあるのだろうか?だれだってそう思うし法則なんていう言葉を使われるとなんとなく嘘っぽい感じがするのもまた事実だ。よく自分は、お金持ちでもないし、年もとっているし、はげているし、お腹も出ているしどうも結婚なんて無理ですよ、まあ、適当に風俗でも行ってお金でなんとかしています。みたいな話を耳にして、私は、何か悲しくなってしまう。それがなんですかと言いたくなる。それよりあなたは、本当に幸せになりたくないのですか? なぜ、マイナス思考なんですか? だから、あなたの良さに気付いてください。あなたの可能性を信じてください。そう繰り返し言うことにしている。事実わたしがそうだったから。あなたの熱い想いや優しさを聴いてくれる女性は、必ず現れます。そう言いたいし言い続けていきたい。あなたがあふれんばかりの情熱と優しさをもてば必ずその想いに振り向いてくれる女性は、いる。 あなたが幸せにしたいその想いをぶつけられる。そんな女性は必ずいる。あなたの瞳の中に、愛を感じてくれる女性は、必ずいる。関西に、私の先輩で、やはりロシア人とつい最近結婚した人がいる。大きな声ではいえないが、けしてかっこもいいわけでもないし、お金持ちでもない。彼が持っていたのは、情熱だけだ。しかし何度となくロシアを訪問して、色々な人に断られても断られても、私はあなたを幸せにしたいのです。といい続けた。その結果、その情熱に振り向いてくれた女性がいた。彼は、私と同じもてない男の典型で年はわたしよりだいぶ上だし、はげだし、お腹だってでている。ただ、本当に優しくいつも前向きだった。あなたを幸せにしたい。そういわれてどんな女性も悪い気はしない。ただお互いの波長が合うかの問題なのだ。彼は、今、金髪の30代の奥さんと幸せに暮らしだしている。色々なやっかみや嫉妬の言葉をあびせられることも多いらしい。私の時も同じだったが、聞き流していればいい。何でも新しいことをすると批判される。関係ないねと自然体で行けばいいのだ。あえて反論などする必要はない。それよりももっと幸せをもとめて二人してがんばってほしいものだ。そして国籍なんて人間が勝手に作ったあほなルールだったのだということが必ずや将来、証明されることになるだろう。
2004年01月13日
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国際結婚は、難しいですかと聞かれるので、易しくはないですと答えている。幸せをつかむのはそれ相応の努力が必要だし、棚からぼた餅的に幸せが転がり込んでくるものでもない。それにやっぱりカップルの努力が必要なことは言うまでもない。コミニュケーション一つにしてもそうだけれど、気長に構えて段々相手の本音や優しさや性格がみえだしてくる。日本人同士のカップルだってまったく同じだと思う。ただ言葉の面で苦労しないだけということだ。大体結婚前に私たち理想のカップルなんていってるほうが意外に結婚後破綻しやすかったりするのである。男と女の関係がそう簡単スムーズに行く方がおかしいお互いにいい関係になるまでにはそれなりの紆余曲折があるそれをふたりして乗り越えられるかということなのである。男としてみればきれいでかわいい女性に心おどらせる。女の人だってそれなりに王子様のような人の出現をどこか心待ちしているものである。それにそういったことがないと男性も女性結びつかない。まあそれはそれでいい。学校では男や女のことについては、すこしも教えてくれない。性格の違いや特徴や体の違い等々、だから誤解することがあまりにも多い。それに兄弟姉妹とかが少なく一人っ子だったりするとごく身近にいるのが父や母だけなのでそれが男や女の人だと思い込んでしまうと大きな勘違いを起こしてしまう。男性はとかく母と女性の人がどこかかさなったりする部分があったりするが、彼女は、それを持っていないと思ったほうがいい、つまり親子ではないから当たり前なのだけれどこの母なるものを期待するというのは大きな誤解だ。女性が男性に対しても父なるものを期待するのも同じように大きな誤解となる。常に支えあっていくパートナーであるだけで父や母と比較してこの人はとなってしまいがちだがそれは、比較の対象外ということをよく認識しておく必要があるようだ。それにしても都市部で国際結婚が増えているようだ。原因は色々あるだろうけど日本人同士の結婚より国際結婚に王子様やシンデレラの夢を託しすぎてしまってもねえと実際に国際結婚している体験者としては思うのである。ただどんなこともまあそうかなと思い直してチャレンジできる人は国際結婚もわくわくさせられる選択肢であることに間違はない。意外と頭で考えているより簡単だったりすることもある。物事はいろいろな可能性を含んでこの世の中に存在しているのだから・・・運命の扉をひらいてみるのもまた面白いものでもある。
2004年01月12日
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ダイエット継続中の身としては、テレビの料理番組や旅行番組は、ちょつとつらいものがあるのでみないようにしている。それにすこしずつではあるが、お腹のまわりがすこし楽になったと思えるのは錯覚だろうか。錯覚でないことを祈りながら再び気を引き締めなおす。さて、妻の留守に、友達とちょっと釣りでも行こうと計画して、先日早朝、心うきうき車で出かけた。早朝ということもあってあたりは、まだ薄暗い。家の駐車場で、釣りの道具類を車に詰め込んで、いざ出発となった。車に乗るのも久しぶりだがエンジンは機嫌がいい。がしかし、ある異変が私を襲っていた。それは、耐えられないくらいの悪臭だ。まさに窒息死??しそうなくらいに私に襲いかかっていた。何? 何だ?? 私は、狼狽しながらその匂いが何であるか識別していた。ウンコの匂いだ。えっつつーー??私が? もらしたの??私は慌ててハンドル操作を誤りそうになっていた。まだ人生を誤ってはいなかったけれど???私は、慌てて車を止めた。もしかして、そう私の靴のそこにはウンコがべっとり付いているではないか。そうアクセルペダルにもブレーキペダルにもおもいっきりのウンコつまり庭にした猫のウンコかなんかをふんずけてそのまま乗り込んだ結果なのだ。ポケットテッシュで拭くが車内の匂いは消えない。それに友達との待ち合わせ場所に時間どおりにいけない。私は、車に乗り込むと、運転席側助手席側の窓を全開にして走り出した。寒い寒い、しかし臭さより寒さの方がましだ。信号待ちしていると、窓全開の私の車をみて、隣の車の運転手が胡散臭そうな顔で私をみつめた。臭いんだモーーーンといいたいのをこらえて信号の変わるのを待った。正月早々まさに悲劇? いや喜劇かもしれない。友達の家につくと友達はこの話を聞くなり笑い転げて、お腹が痛いといってトイレへ駆け込んでいった。またウンコかたまらんなとおもっているとわたしも、それにつられてトイレに行きたくなったが友達のトイレは、満員御礼状態。時間がかかりそう私は、慌てて、車を近くの公園へ向けて走らした。まさにすったもんだとはこのことか。ともだちとわたしがようやく気を取り直して釣りに向かったのは、それから一時間後であった。海釣り公園に到着したが、なんだかウンコがあたまから離れない。車内は、友達の家で水洗いしたが微妙に匂いが残っている。まったく魚などもぜんぜん釣れない。まさにぼうず(一匹もつれないこと)散々の目にあって疲労困憊して自宅に戻った。と妻から国際電話。わたしの心は、おどりださんばかり。やっぱり奥さんの声は、私にとって元気の源。愛してるよーーーンといえば、地獄が天国。私はスキップしながら家の中を歩き回っていた。
2004年01月10日
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携帯電話に、妻から、わりと頻繁に、連絡が入る。やっぱり男一人、3週間くらいほったらかしにしておくのは、心配なのだろう。男の体というものは、理屈じゃなくて、そっちの方面、つまり浮気の心を誰しももっていてひょんなことでふらふらっとなっちゃうことを前の夫の時で実体験しているからだろう。携帯電話から私の言葉に女の影や浮気の影がないか女性的な勘で、嗅ぎ取ろうとしているのかもしれない。私は、いたって冷静に、メス猫とラブラブで、ベットをともにしたよなどというものだから、妻は、やっぱりこの人は人間より動物に興味があるのかしらーーんと、ややとまどいながらも、多分冗談、おもいきり冗談だろうとおもったみたいだ。はやく帰ってきて、焼肉でもといいたいところだが、狂牛病でこれも、ちょつと控えたほうがいいかもしれない。牡蠣鍋でもつつきながら色々また二人、いや娘を入れて三人の今年の計画でも練るとしよう。多分沖縄旅行なんか提案があるだろうし、また彼女のママもやってくるだろう。今度は、甥と私の父もつれて、6人で沖縄へ繰り出すか、そうだ其のころまでには、引き締まったボデーの新しい私の体形が沖縄の海で躍動しているはずだ。妻は、あらためてそのセクシーな、私の体に釘付けになっているはずなのだ。私は、おなかを見つめて再び仮想的に向かって戦闘宣言をしていた。男の体の神秘は、ちょつと女の人には、理解できない。愛がなくても体は、女性の体にすい寄せられる。どんなに立派な宗教家でも、人格者でもこの道は、まったくちがうのだ。だからあんな人がという人が痴漢でつかまったりするしパンティー泥棒で捕まったりする。私の後輩が面白いことをはなしていた。喜劇でもあるし悲劇でもアル。彼;が自分の友達を自分の家につれていくと、いつも彼の妹のパンティーがなくなる。妹は、最初兄貴を疑って、へんなこととしてないでしょうね。どこかにウッパラってお金稼いでるんじゃないのとすごい剣幕だったらしいが彼は、身に覚えがない。まさか友達が犯人?? まさか・・・・彼は、冗談ぽくその旨をカマをかけるように友達に話すと、その友達、平然とややてれながらも、わかっちゃった、ごめん、ごめんと、パンティーを、ポケットのなかから出してきた。後輩は、驚くこと仕切り、なんと犯人は、友達だったのである。そんなに妹に興味があったのかというとそうでもなくて、このパンティー収集に、だけ興味があったらしい。それは、犯罪だよといったけど友達は、悪びれず、前のも返すよと言ったとか、まさに世の中分からずじまい、この道も、まったく分からない。私は、笑いながらも、どこか男の持ってる潜在的属性に、あらためて驚くやらあきれるやら、もしかしたら私の友達にも、その傾向の人がいるのかな?? まだ私の妻のパンティーは、盗まれていない。盗まれる前に、わたしがちょっと拝借してはいてみるかな、そりゃ変態か???
2004年01月09日
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女性を勘違いしている男性が多いのでちょつとアドバイスしておきたいとやや、かしこまった書き出しになったけど、よく熟年離婚とかでおろおろする夫たちが多いことを見聞きする。女性たちのしたたかさと、がめつさだけが際立って、ひどい女だとなる。そこでわたしは、あえて女性たちを弁護したい。つまり男性たちが女性の思考形態や女性心理というものに無頓着すぎるのだ。その結果が、離婚という形になって現れる。女性が結論を出すのは、男性のそれよりいたってクールだ。よく男が浮気して、奥さんに許しをもとめて、許してもらったように思っているが女性の心の中には許すという感情よりそれを忘れようという感情の方が強いように思う。だから許してないのである。水に流してくれたとおもっていると、ひょんなことで5年前の浮気のことで追及されたりするようでまたあわててアレは、終わったことなのにと男たちは勝手に考えているが実は終わっていないのだ。ただ忘れようとしているだけだ。だからしっかり女性たちのマイナス得点に加算されている。ゼロではないから、また、何か大きな行き違いや、大きな不満があるとたとえ男たちが謝っても、マイナス得点は、加算されていく。そして忘れていた過去のおとこのたちの仕打ちがよみがえってくる。これが女性たちの思考形態だし感情なのだ。だからこのマイナス得点の感情をプラスに返還するには、恐ろしいほどの努力がないと、マイナス得点はふえるばかしなのである。そしてある日、限界マイナス得点を突破すると、そこには、もうどうすることも出来ない現実が待ち構えているのだ。家族のために仕事にがんばってきたというのは、女性たちには、言い訳にしか聞こえない。仕事だからしょうがないと考えている人は、やはりもういちど大切な奥さんや、彼女のことを思って欲しい。仕事は、生活の手段である。目的ではない。それを仕事だからと安易に奥さんや彼女をないがしろにするとんでもないことになる。何処の国でも、まず第一は奥さんと子供で、仕事は、二の次だ。そんなに仕事がしたいなら仕事と結婚したら。日本の常識は、世界の非常識だ。労働に駆り立てるための方便で日本は、仕事を優先にしてきた。そこで多くのものを失ってきた。会話のない家庭。別々の食事。だれも疑問に思わず、走りつづけさせられてきた。もうその洗脳から目覚めて、本当の幸せは、何なのかを考える時代にきているのだろう。労働と国家、社会、会社の繁栄だけのために労働にかりたてられ多くのものをうしなってきた。子供たちの夢さえも奪った繁栄というまやかしに気付くことになった。近視眼的な繁栄という目標が、人口問題つまり少子化と高齢化というゆがみを生み出したのかもしれない。国家百年の計画を忘れて、日本は、どこへいこうとしているのか・・・・・
2004年01月07日
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ダイエットは、継続中である。もちろん食事制限だけでは、ストレスが大きすぎてやけ食いという反動が出てしまうので、極力歩くことにしている。自転車も使わず、歩き回っている。また食べ物も油ぽいものは、極力さけている。今日決意して明日に結論がでるというものではないのでステップバイステップで、ダイエットが楽しみになるように心を切り替えていこう。 そう思いながら新年が始動していた。仕事についても、自分の持っている資格を有効に生かして独立にこぎつけるつもりだ。いや、ある程度自分を追い込まないと、人間は、先延ばしにしてしまう。これしかないというときが実力を発揮するものだろう。あれこれ迷っているうちは、ぬるま湯からぬけだせないからだ。だから今年は、資格で独立奮闘記なるものを書いてみたい。もちろんロシア人を妻にした物語は、わたしにとって楽しみでもあるのでこのままつづけていくつもりである。さてさて、妻と国際電話でラブラブモードが周りからひんしゅくをかっているが、いたって自然体でわが道をいっている。まあ電話口でチュッ、チュツとやっているわけだから周りから見ればおいおい、てなかんじになるしひがみもでてくる。君もやったらといったらいきなりパンチが飛んでくるかもしれない。まさに挑発ぽいかもね。新婚のうちだけだよとおもっていた常識がまわりからみればいとも簡単にひっくり返っている。世界の七不思議とは言わないけど、我が会社の七不思議かもしれない。後輩なんかは、どうして?? などと聞いてくるから、お互いに、マンネリにならないように努力しているんだよというと、具体的にと聞いてくる。ただでは教えられないね。この秘策は、一冊の本にもなるんだからと大げさに言うと、フウウーーンとうなづいて哀願するようにわたしをみつめるから、自然体だよというと、首をひねっている。いかにおいしい寿司だって毎日食べたらあきるし、いくら好き同士でもいつも一緒だと煙たくなるし、うっとうしい、適当に距離を置く。適当に干渉しあわない。適当にけんかする。てことかな・・・・。そんなことという人がいるがそれにやっぱりお互いおしゃれにある程度時間とお金をかける。非日常的な時間を共有する。非日常??? 生活感の匂いのするものからふたり一時はなれる。まあ具体的には、この物語の中で書いていくつもりである。しかし男と女、国はちがっても不思議なものだ。あらためてそう思った。多分女とは、男とまったく違う惑星からやってきた未知の生物なのだろう。ただわたしたち男たちには、セクシーで、たまらなく魅力的な存在に思わせられているのだろう。
2004年01月06日
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ダイエットに励むんだと宣言したのは、いいが私の仮想敵である、おなかは、ブルルーーーンとわたしに、抵抗の姿勢をみせている。むだな抵抗はやめて無条件降伏せよてな感じだ。グーーーッと鳴るおなかを無視するようにテレビで気を紛らわそうとすると、なんと豪華な料理が画面いっぱいに映し出されるではないか。えびやたこに、マグロ、わたしはゴックンと生唾を飲み込むと、これからの戦いが、いかに大変なものかと思って気を失いかける。それじゃテレビでなくて、雑誌でもとおもったら、巨乳の若い女性が微笑みかけているではないか。あーーーあこがれの巨乳そこからのイメージは、おいしい牛乳へと連想されていく。まいった。 まったく、わたしの食を誘惑する情報は、あっちこっちに氾濫している。これは、淫乱より大変だなと訳の分からないことを考え出していた。やっぱり食事制限は幻想と妄想を起こさせる。このままでは、あのメス猫をおいしいと捕獲して食べてしまいかねない。わたしは慌てて冷蔵庫を開けたが、ダイエット作戦から冷蔵庫は、からっぱだ。あるのは、氷。わたしは氷を取り出すとそれに塩をかけて食べだした。いやうまい。氷だって結構うまい。ふとため息をつく。じっくりと作戦をねらなければ、後は、お酒制限だ。空腹になるとビールがほしくなる。はたしてウーロン茶で代用できるかだ。体重計を押入れの中から引っ張り出す。乗るのが怖い。明日にしよう。ためらいながらおなかを見つめると、勝ち誇ったようにおなかは、わたしに笑いかけていた。
2004年01月04日
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わたしは、久しぶりに枕を抱えて泣いていた。と書くとびっくりかもね。泣いてはいないが、今は、枕が恋人状態。妻は、 用事で、ロシアにもどっているのだ。独身気分にもどれていいだろていう奴もいるが。やっばしさびしい。出来れば一緒に行きたかったのであるがこっちにもこっちの用事といつたものがあって、こればかりはしょうがない。ふたり結婚前以上に電話をかけあっている。浮気が心配ではなくて、声を聞きたくなるのだ。話すことなどないが、大丈夫、愛してる、問題ない。チュチュとキスの口音。まさに周りは、聞いてられない。もう新婚じゃないでしょという感じの視線が痛いほど送られてくるが。関係ないね。ここは二人の世界よ、とばかりやっている。離れても好きな人。てなのりでいるのだが、新しい年になってここで奮起してダイエットを試みようとしている。まさに超無謀な計画かもしれないが、すこしはスマートになって妻をびっくりさせてあげたい。もちろんこのでっぷりした体形でも妻は納得しているのだけれど・・・それに娘だってかっこいいパパが好きなはずだ。そうだ娘がこの春やってくるときまでにおなかだけでもすっきりとしたい。ビールをやめてウーロン茶で我慢するかな・・・・それから、食事は、腹八分目にして過食による胃の膨張をおさえて満腹感を早く感ずることができるようになればしめたものだと考えたのだ。しかし三日坊主で終わる心配だってないわけではない。ダイエット実践奮闘記でも書くかな?????そうだちょっとだけ書いてみよう、それも三日坊主かな。というわけでロシア人を妻にした男 ダイエットに奮闘中愛する妻のために、とやってみようと思っている。本当かなーーーー??ようし、ロシア人を妻にした男 ダイエット奮闘記なるものを書いて、体重の増減を公開していけばいいのだ。わたしは、でっぷりとしたおなかに、話しかけていた。でっぷりとしたおなかは、無理無理とブルルーーンと波打ってわたしに抵抗の姿勢を見せていた。
2004年01月03日
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国際結婚において、入国管理局の在留許可がなければ、いくら結婚していても、外国人配偶者が日本で、長期にわたって生活することは、出来ない。ロシア人などは、観光のために短期の在留資格を取得できるがあくまでも、観光目的であって配偶者の在留資格では、ないので3ヶ月だけだ。それにこの短期ビザの取得は、外務省の管轄である。それに対して入国管理局は、法務省の管轄だ。まことに分かりずらい。こまかいことは、専門家にまかせるとして、入国管理局の配偶者の在留資格の申請許可が下りるのに、東京の入国管理局で約3ヶ月もかかるのである。職員の数がすくないのが原因らしいが、待つ方はいらいらするし対応もあまり親切ではない。ふうーーん外国の人と結婚したのよくやるよと言った感じで、どこか見下ろすようなまなざしに憤慨したことを今でもおぼえている。それに偽装結婚のチェツクのためといって、二人で撮った写真や、知り合った経緯や、ラブレターや、国際電話履歴なども出さなければならない。どんな経緯であったか、ナンパしましたよ空港でなんてかいたら、不謹慎で怪しいとなってしまうのだろうか。写真だって二人の熱々のキスシーンの写真をいっぱい段ボウル箱にいれてもっていこうかとさえ思ったくらい、ここの職員は、猜疑心の塊だ。まあ、仕事柄仕方がないのだろうけど、もうすこし方法もあるだろう。まじめに結婚して頑張ろうとするものにとっては、まさにはた迷惑なはなしである。それに在職証明書と収入証明書も必要だ。無職でこれからがんばって仕事を探そうとしているひとや低収入の人は、ちょつと悩んでしまう。金でももらって戸籍をかしてるの??みたいな疑いもかけられる??? 結婚して子供が出来なかったりすると在留資格は、また1年ぐらいで長くならないようだ。子供が出来なければうその結婚なのだろうか?まったくひどすぎるはなしだ。先進国がきいてあきれる。しかし時代は、確実にかわりつつあるインターネットは、国境をこえてコミニュケーションの可能性を驚異的に拡大してきた。古い体質は、必ずや新しい考えによって変化し、国籍や国境のない世界が現出されるだろう。其の時は、もう目前にせまっているのかもしれないのだから。
2004年01月01日
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