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日本に着くと、日本人の女性が変に新鮮に見える。黒髪に黒い瞳。所詮男は浮気者なのだどとつぶやいたつもりが結構まわりに聞こえたらしい。視線がいっせいに私にむけられた。おお恥ずかし! そういえば昔から声がでかい奴といわれてきたからつぶやきのつもりでも結構まわりに聞えているらしい。 駅をおりて、焼き鳥の匂いにつられてからだが焼き鳥屋に吸寄せられていった。この煙の中にいるとほっとする。乾いたのどには、やっぱり生ビールだ。 店の外を小学生がスキップしながら通りすぎていった。 あんな時代もあったんだよなとしみじみと思った。 店のテレビから最近リメークされた歌の亜麻色の髪の乙女だったかそんな題名の曲を若い女性歌手がうたってい。妙に泣けてきた。亜麻色の長い髪というフレーズには、嗚咽した。隣の客が不審そうに見つめた。私は涙をぬぐっていた。酔ってしまうというのは恐ろしい店を出てふと気がつくとスキップしながら亜麻色の長い髪を♪とくちずさんでいた。 家に着くと早速ロシアの彼女に電話をいれてみた。ロシア語らしい言葉が返ってきた。どうやら彼女のお母さんのようだ。彼女の名前を言った。しばらくして「コンニチワ ダイジョブ?」彼女の声だった。「だいじょぶ OK OK サンキュウ」しばらく沈黙。「いつ くる?」たどたどしい日本語がかえてきた。「9月 セプテンバー OK」「ダイジョブ OK」と彼女「アイ ラブ ユゥ」と私が言う。うれしそうに笑う声がかえってきた。「また電話します」「ナニ ナニ??」「テレホン アイ コウル」「ダイジョブ」本当に分かってるのかな。と思いながら電話を切った。短い会話だった。ロシア語を勉強しなければ。しかし二ヶ月後再びロシアに行くと言ってしまったがさあ休みはどうしようか。今度は、仙台の叔父に死んでもらうことになるかもね。 それから毎日のように電話をかけ続けた。大体会話は、一、二分で終わってしまう。一日一日日本語の単語を3つ4つと覚えていく彼女に愛情と驚きを感じた。私は年のせいか覚えたと思ってもすぐわすれてしまう。でも愛してます。というロシア語 ヤー バス リビリュウだけはわすれなかった。たわけ! ポコチン(息子)は、青春時代にタイムマシーンですでに逆もどりしていた。俺をおいてくなよ息子にむかって叫んだ。息子は、そんな私を無視していた。しかし心はつながっていた。電話を通して言葉でわない微妙な息づかいから愛が育っていく感じを実感した。電話がないと心配そうな彼女の声が痛く胸に突き刺さった。私もタイムマシーンに乗って行った息子に、限りなくちかずこうとしていた。驚くなよ待ってろ 愛の力をおもいしらせてやる
2010年09月30日
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穴があくほど見つめられたとはこのことか私はその視線に耐えていた。彼女たちの視線が私の頭の髪の毛にむけられていた。自虐的に私は笑みを作っていた。終わりだと思った。やはり秘密は、秘密のままのこしておくべきなのだ。もう一人の自分が自嘲的にささやきかけていた。馬鹿なやつだ。「それが秘密ですか? それだけですか?」通訳がいった私は、笑いをつくっていた。同情なんかいらない。お世辞なんかもいらない。その場を取り繕うすべてのことを拒否したかった。そんなものだよ。そうなんたよ。もっとうまいこといって金持ちのふりをして日本につれてくればいいのに。要領の悪いやつだもう一人の自分がしきりに私を非難していた。息子(ポコチン)は、困ったように両者をみつめていた。私は神を憎んでいた。すべての運命が神の名の下にわれわれを支配しているのだったらそんなものはいらない。悪魔と手を結ぼう。「わかりました それだけですか秘密というのは?」通訳が聞いた。私は、開き直ったように彼女に視線をむけていた。彼女の視線は私の視線とぶつかつた。非難する視線でも軽蔑する視線でもない。自然な視線だった。「安心しました」通訳がいった。「日本に帰っても電話下さい待ってます」そう通訳が彼女の言葉を受けて言った。「ええ」私は、気のない返事をした。「明日は、子供の学校のことで多分お見送りできません ごめんなさい」通訳が言った。「本当に、電話していいんですか、でも日本語わかりませんよね」私が言うと「少し英語 少し日本語」「彼女少し日本語わかりますよ」「そうですか」「よろしく大丈夫問題ない」だどたどしくはあるが彼女から日本語がかえってきた。「スパシーバ(ありがとう)」と私が言うと屈託なく笑った。しかしこの先どんな展開になるのかその時は、分からなかった。ぼんやりとした影が忍び寄っていることも。 ホテルにもどって、鏡を覗き込んだ。落胆した自分の顔がくたびれたように笑っていた。 うなだれたポコチンを握った。きらわれたわけできないし別にどうということでもないだろう。さよなら逆転満塁ホームランだってありうるさ。その時変化が起きたどうしても彼女を手に入れたい。全身に激しい電流のような痺れがその時走っていた。あの視線が私の中に変化を起こさせていた。 翌日は帰国の日だった。通訳がやってきた。「ごめんなさい 彼女、これないみたいです これ電話番号です 彼女の、日本帰ったら電話してください待ってます」「オフコース(もちろん)」私は英語で何度も大声で叫んでいた。ハバロフスク空港に日本人の変な英語がこだましていた。■<a href="http://happymeet.sblo.jp/">恋愛結婚成功の幸福方程式</a>
2010年09月28日
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一度ホテルに戻ってひと休みした後、夜のレストランで夕食となった。通訳はえらくはりきっている。はっきり言って高級すぎるレストランだ。ご馳走にありつけるのがうれしいのだろうか。まあそんなことはどうでもいい。いよいよ秘密を話さなければと思った。人によってはなーんだという人もいるが、当人はそれを告白するのはちょっと決心がいるのだ。以前日本人の女性にそれを告白してそれ以来音信不通になった。だからそのトラウマからぬけられていないとこの時初めて自覚した。ぐうっとビールがのどを伝って胃へ流れ込む。アサヒスーパードライがロシアでも人気のあるビールだ。彼女も好きらしい。結構話をしたのでのどは、かわいていた。東京の話や日本女性のはなし結局なんでロシア女性に興味をもったのかが彼女にとって一番興味があったらしい。きれいな人が多いからなどとごまかしてきたが本音のところをききたかったらしい。 中学の時見た外人ヌードにあこがれてきた。などといったら軽蔑されるなとおもったがきっかけなんて結構あいまいだ。本音でいえばいかにわくわくさせてくれるかだ。愛してるといえば聞こえがいいが君とやりたいんだ。といえばビンタがとんでくるだろう。でもおなじことじやないかな・・・かわいいねきれいだねだから・・・・だけど露骨じゃなくてうまく口説いていい気分にさせてくれて知らぬ間にベットインロマンチックに。 わかりますよそこが男女の微妙に違うところかもしれない。酔いも回ってきた。せっかく出会ったのだから愛の告白でもしておこう 玉砕覚悟で酔いにまかせて意気地なしというがいざいいなと思う女性の前では小心ものなのです。「結婚しましよう」といったが通訳が一瞬ポカーンとしている。ちやんと通訳しろよ。「エッもうその話 早すぎません」「善は急げ」通訳分からずなんですかという顔をする。「早いことはいいことなのです日本では」彼女にも意味は伝わったらしい。「ところで、一つ秘密があるんです」ことばを搾り出していた。彼女が通訳の言葉を聞いて真剣なまなざしをむけてきた。「そのあの」と言いよどんでいると「大変なことですか?」と通訳が眉間に皺をよせて私の顔を覗き込んだ。「つまり本物でないんです毛が」ロシア人の女二人は、私の髪の毛を見つめた。私はあわててウオッカを飲むと激しくむせていた。
2010年09月25日
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ところで、私は、ちょっと秘密をもっているのだ。相手のことばかりどうこう言える立場にはない。今ではその秘密にそんなに悩むことはないが、そう成りだした30代はじめころはずいぶん悩んだ。だからそのことは、前もって彼女に言っておかねばならないのだ。色々なことで見栄をはりすぎて自分をよく見せようとしても後で大変な思いをするくらいなら前もって自分の実態を話て、イメージだけとか職業だけとかそんなことだけでとかで、勝手に良いイメージを膨らませてしまわれるよりも気がらくだし誤解からすれ違いになってしまうのよりましだ。つまりあらいざらい話してさあどうだ。選択権をあいてに与えてこっちは待ちの姿勢でいいのだ。覚悟は、決まった。そんなふうに考えていると通訳が街を散策しましょうと提案してきた。「ええ」同意して彼女を見ると視線が痛い。私は思いっきりつくり笑いをしたがあまりさまになっていないだろう。異国の地で異国の人たちの視線は、どことなく恥ずかしくもある。外国映画のなかにとびこんだようだ。しばらくいくとレーニン広場だ。噴水が勢いよく水しぶきをあげいてる。若者たちが戯れ遊んでいる。秘密は、夕食時にでも話そう。そう思った。勘であるが二人はうまくいくとそう思った。息子(ポコチン)は、限りない声援を送ってきている。わかっている。同じだよ。なだめるようにぐっとつかむ。結局これが男のかなしいところ、すなおなところ、かわいいところ、だめなところつまり女の人に支配されてそのホールめがけて突進したいと感じた時には、敗者となっているのだ。どんなつよがりわいってもこの構図だけはこの男と女方程式だけは変わらない。
2010年09月24日
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喜びすぎたのはいいが、もしかして、私は、だまされる対象なのではないか なぜこんな美人が人生にややくたびれかけいる私などに興味を示すのか 日本人イコール金持ちというイメージは、いまから7,8年くらい前なら通用しただろうが、バブルが崩壊し企業がリストラをすすめ多くの日本人が、未来に不安を抱いている現在その情報が伝わっていない訳はない。だとしたら心の中に不安が広がっていった。なぜ その言葉が頭の中でくりかえしぐるくるまわっていたていた。息子もすでに元気をなくしていた。「あなたはなぜ日本人に興味をもっているのですか?」通訳をとうしてそう聞いてみた。「ロシアには日本より未来がないような気がするのですロシアの若い人たちは、みんな外国へ行きたがっています 日本はまだロシアよりはいいし夢がありますよ」「そうですかねえ 」私は考え込んでしまった私は、この場所の緑に包まれた町並みや人々表情からそんな暗い雰囲気を読み取ることはできなかった。むしろ自由のない暗い国というイメージとは、程遠かった。初夏ということもあって夏の日差しが町並みを明るく照らしているせいなのかもしれないが「冬は、寒いですよね」当たり前の質問をしてしまって照れ笑いをしていると「すごいです 暖かいところにあこがれますよ」夏は短く寒い季節が多いそんな地に生まれたことの反動なのかもしれない。「8歳の女の子がいるんでしたよね」前もって聞いていた彼女のプロフィールを確認した。「ええ」「私は28歳です」「知ってます」そして私の離婚暦の話や前妻との間に子供のいないことなどを話した。ロシア人の結婚年齢は若く20歳ぐらいで女のひとは結婚するらしい。また24才をすぎるともう適齢期を過ぎたという烙印を押されてしまうらしい。日本と大違いだ。一つ謎が解けた気持ちになっていた。28歳は、バリバリのおばさんなのだ。しかし彼女の容姿なら同国の男性からのプロポーズだってないわけがないだろうに
2010年09月21日
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朝、ホテルで目覚めてあらためてロシアにいることを実感した。窓のそとには、西洋の建物が並んでいる。ホテルの部屋は、大きなつくりだドアーにしても天井の高さにしても、びっくりするほどだ。ある時期アメリカと互角に世界の中でその地位をしめていたのもうなずける。 朝風呂に入るが息子(ぽこちん)は元気がない。うなだれたままだ。まあ朝立ちとはいかない年齢かなとさびしさに涙を流す。息子よ頑張れと声をかけるが無視された。相手次第だ。息子をぎゅっと握る。昨日の通訳がやってくる。ドアーを開けると、うまく化粧した顔がおもいっきりの笑顔を作っていた。 ホテルのレストランで落ち着かぬ時間をすごしていた。朝11時の待ち合わせに、彼女は遅れているのだ。通訳が言い訳をしているがもう30分もすぎている。外国人は時間の観念がないルーズだということを実感した。 がしかし45分待ったかいはあった。通訳よりきれいだ。かみは金髪ではない。黒髪にブルーの瞳長い髪がかたまでたれて程よいウエーブがかかっている。眠っていた息子(ぽこちん)が目をさましたた。おもいっきり暴れたがっている。親不孝ものだ。息子は正直ものだ。しかししばらくがまんせよまずは紳士でいかねば。レストランの席に着いた彼女は、さわやかな笑顔をみせた。私はあわてて頬をつねった。それも力いっぱい。痛すぎる。息子は、元気よく私に声援をおくっている。ばか者私はズボンの上から息子をつかんだ。カチカチに息子が緊張していた。初めて一体感を感じた瞬間でもあった。
2010年09月20日
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さて、新潟空港からのロシア、ハバロフスク行きの飛行機を見て呆然、小さい古い、待合室で、常連らしき日本の旅行者に不安をぶつけると、パイロットの腕がいいから、本当かなあ こりや少し酔わないとおしっこちびるかも・・てなわけで生ビールを飲む飲む。いい気持ちになったのはいいがトイレが近い。 こりゃまいった。飛行機に乗り込み座席に座るとすぐトイレ。10分してまたトイレ隣の席の男が胡散臭そうに視線をむけたが、下痢気味でてないいわけで笑みを送ったがはた迷惑なやつだという態度。同じ日本人だろ。気がつくとハバロフスク空港に到着していた。ロシアか・・ あら本当に下痢気味空港のトイレに駆け込む。TOTOの便器 日本製か 到着ロビーでは、通訳兼案内係のユウリアという女性が待っていた。かわいい金髪で白い肌それにスレンダーなボデー ゴクンと生唾飲み込む。日本語がうまい当たり前か通訳だから。あした、彼女と会います。今日は、ホテルまで案内しますと言う。ちょっと無表情で冷たい感じだが知性美を感じさせる。通訳が美しすぎると困るねとかいうとちょっとはにかんで笑った。いよいよ明日お見合いか
2010年09月19日
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私のホームページに、始めてきていただいた方に 過去の日記から抜粋しています。参考になれば幸いです。ひょんなことからロシア、ハバロフスクへ旅行することになった。ロシアの女性を紹介するから付き合ってみないかということで鼻の下をのばしたのはいいがロシアは、暗くて自由のない国という旧ソ連のイメージだった。ペレストロイかで多少自由になったといっても謎だらけであった。秘密警察に逮捕されて二度と日本にもどってこれないかもしれない。本気でそうおもったりもした。 しかし楽天的というかアドベンチャー精神があるというか ロシアに金髪の美人発見。川口探検隊てなのりで行くことを決意。さっそく久しぶりにイトウヨーカドーでTシャツを買うがよく見ると胸あたりにI LOVE NEWYORKの文字 こりゃまずいかなと思いながらもまいいかつづいてロシア語の本をと書店にいくと、ロシア語の文字に唖然こりやわからん スパシーバとズトラストビッチェつまりありがとうとこんにちわだけおぼえて後は野となれ山となれ
2010年09月18日
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牛丼ぎらい妻との出会いのとき 吉野やで牛丼を食べようとしたが 妻は、一口も食べなかった。なんだろーーーこの人は入るときは 任せるみたいな感じだったのに頭にきたのは、 あたりまえ なんだこの人 よくわからない でもよくわからないことがよくわかろうと思ったのかもしれない月日が過ぎても 謎謎そして奥さんも謎だらけな私に首をかしげている。
2010年09月17日
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結婚への道筋は、個人個人いろいろとあっていい こうあるべきだと考えることが まったく自由な発想ができなくて 差別さえ生んでしまう。年齢差があるとか経済格差があるとか 身長差があるとか しかし当人同士はそんなことは どうでもよいのだ。 そこに男と女の不思議さがある。 それを無視して 硬直化した頭で 入国管理局は人権侵害をくりかえしていて多くの人の人生を奪っている。
2010年09月07日
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