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悔しいヤフオク‐戦前古作の文助・文六など全敗 11月4日終了の、ヤフオクでは、佐藤文六62才、佐藤文助41才といずれも昭和16年ごろと思われる佳品が狙い目だった。文助は胴裏に「陸奥売店」の印があるもの。「陸奥売店」とは仙台ホテルの地下にあった売店で、戦前のこけしには多く見られるもの。これも確かな年代判定の一つとなっている。しかし最終的にはすべてライバルに競り負けてしまった。(最終結果)佐藤文六30㎝62才46,300円佐藤文助30.5㎝41才59,001 円負けて悔しいからいうわけではないが、私のWANTリストにある文助は39才40才。本品は41才であった。この1年2年の差は大きい。比較のために画像をパノラマ構成してみた。その優劣は明らかであろう。このへんのためらいがあると、どこかで弱気になるものだった。さらに柴崎丑次郎(鳴子系)もめったに出てこないもので、これも欲しかったがやはり21501円で競り負けてしまった。つまり11月4日は全敗となってしまった。ヤフオクの場合、最低2人が競り合えば無限に高くなってしまうので、どこで見切るかが難しい。文助の場合は、私が競らなければ6000円で終了したもの。従って当方も悔しいが、相手の方から言わせれば私が競らなければ安く買えたのに、ということになる。ただし、これは結果論で私が競り上がらなければ他の方が参入することも予想される。あくまで結果論である。文吉の場合も同様に私が競らなけば4万円のところだったが、これは4万円台まで3人の競り合いだった。柴崎丑次郎の場合は、競り合いがなければ1900円のところで、21501円との差は大きい。しかし過去の落札結果は4~5000円であったので、2万円を越せば諦めざるを得なかった。画像は左:文助39才、右:文助41才 にほんブログ村にほんブログ村
2019年11月04日
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全工人署名リストへの試みであるが、もちろん読めない工人を優先、次は人気ランキングである。 署名だけでは味気ないと考えて、一人だけトップに顔のアップをあげた。(資料画像)こけし工人署名リスト(い)稲毛豊土湯系1929-1985 今泉源治土湯系1934- 井上四郎弥治郎系1931-1981 井上春未弥治郎系1955- 井上ゆき子弥治郎系1932-2010 岩本芳蔵土湯系1912-1973 にほんブログ村にほんブログ村
2019年08月17日
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読めない署名-オール署名リストへの試み 戦前のこけし(古品)を探していると署名の読めないものが、作者(工人)不詳として出品されることが多い。確かに署名のない戦前のものは作者不詳でもいいが、一見して読めるものでも読めないという方もいる。もちろん小生にも読めないものが多く、なにか参考になる資料がないかと探しているが、相応しいものはまだ見つかっていない。 このたび青葉こけし会の『こけしの名札~伝統こけし工人署名集』(2017.6.1)を入手したが、読める署名ばかりで、がっかりした。それは署名にも著作権があるとして、許諾を得たものしか掲載していないということもある。これでは物故工人はもちろんのこと全工人の署名は網羅できない。 結局なければ作るしかないと思っている。読めるのにほとんど読めないとされる工人の筆頭は平賀謙次郎でこれは形で覚えるしかない。また佐藤誠の「誠」もまったく読めなかったが、いくつか同様のこけしがあって、形状からやっと佐藤誠と判断することが出来た。 一度分ると読めるようになるから不思議だ。村木せつ子もまったく読めなかったが鈴木康郎さんにご教示いただいた。また、また名前だけ、苗字だけの署名で読めないとなっているものもある。また、佐藤正吉→大原正吉、高橋福寿→遊佐のように養子になって改姓したため、読めても判らない場合もある。高橋忠蔵、渡辺忠蔵も「忠蔵」としか署名しないこともあってしばしば混同されている。佐藤一夫は同姓同名が二人(円夫を含めると三人)である。つまり署名リストは必至と思える。 ヤフオクでは読めない署名は穴場で、出品者が工人名を書いていないため比較的安く入手することが出来る。もっとも、自分だけしか分らないだろうと思っていると、結局競り合いになって、やっぱり分かっている方は分っているということにもなる。 佐久間常雄が「佐常」と省略(屋号でもある)する場合や、佐藤文吉が「佐文」と洒落ることもあって署名もなかなか面白い。 盛美津雄や今晃のように時代や住所によって署名を変える工人もいる。佐藤文吉のように、がっちりと楷書で書く工人であってもときに崩し字があって読めないこともある。 順次、工人署名リストを作る予定で、図入りの一覧表にしようと考えたが、ブログの制約もあって今回は<忠蔵>の例だけにした。 高橋忠蔵 渡辺忠蔵にほんブログ村にほんブログ村
2019年08月12日
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小椋石蔵(北原コレクション)18㎝を入手 ヤフオクに北原直喜コレクションと思われる小椋石蔵18㎝が2019年8月6日に出品された、終了8月10日。オークションID:u293101859。出品:airuri0910。 保存状態は非常に良く褪色もほとんどないものであった。石蔵の帯の位置は年代とともに下がる傾向にあるが、これは胸高で、面描もきりりとしている。肩も極端に張っていない。そのような特徴から昭和14年より古く昭和12年ごろの作と推定した。『愛玩鼓楽-鈴木鼓堂コレクション図録』に昭和12年ごろが2本あるが、それと同じ時代であろう。 オークションは5000円からスタート。8名が競合することになった。激しい競り合いとなったが著名なS氏が76500円で降りてくれて、ほっと。S氏が本気になればまず諦めるしかなかった。あとは3名の競り合い。当初の締切時間を20分も過ぎて8万円を越えどんどん競り上がって、どうなることかと思っていたが、ようやく90,001円で落札することが出来た。これ以上は無理というぎりぎりであった。なお石蔵の過去最高落札結果は36㎝2012年12月2日の96,000円(出品:ranrusha)であった。 石蔵について小生の関心は高まっているが、これはというものはなかなか入手できなかったが、今回の作は価格はともかくとして満足できる逸品であった。(8月14日落手)以下は過去最高価格落札品にほんブログ村にほんブログ村
2019年08月15日
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全工人署名リスト(あ) 全工人署名リストへの試みとして、五十音別にアップしてみたいと考えている。といっても膨大な工人なので、とりあえずは人気ランキングの上位からアップすることとした。もちろんなんの問題もなく読める工人も多いが、恣意性を避ける意味から前記基準でアップしてみた。 将来的には「こけし全工人署名リスト」として出版しないといけないのかな、とも思っている。こけし工人署名リスト(あ) 工人名系統生没署名あ会田栄治山形作並系1929-2015 あ阿部木の実木地山系1962- あ阿部常吉独立系1904-1991 あ阿部平四郎木地山系1929-2013 あ阿部陽子木地山系1932- あ秋山忠鳴子系1888-1947 あ荒川洋一土湯系1938- にほんブログ村にほんブログ村
2019年08月16日
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こけし工人ランキング(仮)2019年11月奥瀬恵介上昇!松田初見(故人)急上昇!現役の盛美津雄・奥瀬恵介・陽子の盛一家は引き続き人気だが、意図的にハングリー市場を作っているようにも思える。もっとも奥瀬陽子はすでに高齢となっているため、やむを得ないかも。故人の佐藤文助は戦前の良いものが出たために一躍トップとなった。松田初見も古作の良いものが出たために、ランク急上昇となった。逆に佐藤喜一は取引例が少なくなったので、ランク外となった。(画像は奥瀬恵介初期作)こけし工人ランキング(仮)現役工人11月 10月9月工人名系統人気指数1↑21盛美津雄津軽6,7472↓12阿部木の実木地山4,7073‐35今晃津軽4,1914↑57奥瀬恵介津軽3,6805↓44奥瀬陽子津軽3,5286↓53佐藤英太郎遠刈田3,1107↑88鈴木明山形作並2,6918↑911荒川洋一土湯2,6249↑1613高橋順子土湯2,53810↓66本間直子津軽2,46711‐119瀬谷幸治遠刈田2,43412↑1410笹森淳一津軽2,39813↑1527高橋正吾鳴子2,35714↓12 小林定雄遠刈田2,21515↑2017高橋通土湯1,92216↑2123佐藤誠孝弥治郎1,87717↑2224長谷川健三津軽1,83518↑2316佐藤一夫遠刈田1,75819↑2625鈴木征一肘折1,75420↓1819本田功津軽1,606こけし工人ランキング(仮)物故工人11月 10月9月工人名系統人気指数1↑44佐藤文助遠刈田5,9172‐22盛秀太郎津軽5,7103↑1810松田初見鳴子4,6704↑65奥瀬鉄則津軽3,5205↓11大野栄治弥治郎3,1496↓513高橋武蔵鳴子2,9687↑920長谷川辰雄津軽2,6438↑1114佐藤文吉遠刈田2,6119↑10 佐久間俊雄土湯2,60110↓87小椋久太郎木地山2,55011↑14 高橋盛鳴子2,51312↓76井上ゆき子弥治郎2,49413↓1215瀬谷重治土湯2,22514↑19 小関幸雄弥治郎2,15315↑179阿部平四郎木地山1,95016↑2117桜井昭二鳴子2,03917↓1518稲毛豊土湯1,87918↑2221西山憲一弥治郎1,81419↑2725遊佐福寿鳴子1,76020‐2012佐藤丑蔵遠刈田1,749 にほんブログ村にほんブログ村
2019年11月01日
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こけし用語辞典【どんころ独楽】(どんころごま) 木地玩具、賭博ごまの一種。独楽を六角形(お花ごまなど)や八角形(八方ごまなど)にけずり,各面に絵を描いて,倒れたときにどの面が上に出るかを賭けるもの。現在も東北の〈どんころごま〉、鳥取の〈大吉ごま〉などが郷土玩具として残っている。同様のものは外国にもあり英語でteetotum、フランス語でtotonという。(参照:平凡社『世界大百科事典』第二版) どんころ独楽は宮城県など東北地方で盛んだった。遠刈田温泉では昭和期まで盛んで、大人の遊びだった。六角形の独楽のそれぞれの面に、初夢に因んだランクの絵が描かれている。それは1富士、2鷹、3茄子、4達磨、5虚無僧、6西行の6種類。同じ画が描かれた紙とセットになっていて、絵の上に掛け金を置き、独楽がどの面を上にして倒れるかを当てる。(参照:菅野新一監修『日本の木地玩具』季刊「銀花」編集部)土橋慶三『伝統こけしガイド』(美術出版社、1973年)にも東北地方の一人挽き時代の木地玩具として「当て物―燈籠玉出し、当て独楽、どんころなど」(P221)とある。ここにある「どんころ」は本項の「どんころ独楽」のことであろう。 阿部平四郎のこけし「どんころ」と直接の関係はない。 この「どんころ独楽」で仙台の朝倉英次のものが、ヤフオクに出品されていた。落札結果は1600円。(2019年7月28日、オークションID:t662430666)、また、木曾の八角独楽とセットでも出品されていた。落札結果は3000円(2019年5月23日、オークションID:l525133376) 大吉独楽(八角)もヤフオクにしばしば出品されている。この八角はに「大吉、三枚、あかべ、二枚、半吉、一枚、やすみ、御無心」と書かれ、鳥取、田中達之助と作者名が記載されている。にほんブログ村にほんブログ村 <こけし用語辞典by松田ひろむ>本用語辞典は『こけし辞典』(東京堂出版)、<KokeshiWiki>に立項されていない項目。あるいは内容や定義が相当程度異なるもの。内容を相当大きく充実させたものに限定している。必要に応じ順次充実させてゆきたいと考えている。みなさまのご意見、ご叱正をいただければ幸いである。
2019年08月21日
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こけし用語辞典by松田ひろむ【笠かぶり】(かさかぶり)笠かぶり(被り)は、髷こけしと同じように弥治郎の新山栄五郎が昭和10年ごろに始めたものである。(久松保夫『こけしの世界』13.6㎝(4.5寸))ただし『こけし辞典』には「笠かぶりの朝鮮きぼこは父親(栄七)よりの伝承」(SK)とある。つづいて土湯の佐久間由吉も1938年(昭和13年)ごろに作りはじまた。これは『らっこコレクション図譜』に詳しい。「笠こけし」「笠かむり」ともいう。笠といっても平らなもの、陣笠、三角型などがあり、鉄兜やシルクハットと称するものまで由吉は作っている。三角型は「朝鮮きぼこ」とも称された。また斎藤幸兵衛も笠こけしを作り、それは木村弦三コレクションにある。これは「笠幸兵衛」と呼ばれる。戦後になると系統を問わず笠かぶりが作られている。『こけし辞典』には「笠かぶり」の項目はなく、「髷」の説明(SK)に「変型」との記述がある。先述のようにシルクハットやソンブレロは「笠」というより「帽子」と呼ぶべきであろう。鳴子系の遊佐福寿は斜めの笠かぶりも作った。画像は今晃の笠幸兵衛と鳴子系の高橋正吾の笠こけし。 にほんブログ村にほんブログ村 <こけし用語辞典by松田ひろむ>本用語辞典は『こけし辞典』(東京堂出版)、<KokeshiWiki>に立項されていない項目。あるいは内容や定義が相当程度異なるもの。内容を相当大きく充実させたものに限定している。必要に応じ順次充実させてゆきたいと考えている。みなさまのご意見、ご叱正をいただければ幸いである。
2019年12月20日
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佐藤文吉の魅力にどっぷりとはまっているここ1・2年だが、そうなるとその祖父の佐藤文六のこけしも欲しくなるものだ。しかし文六はヤフオクでもめったに出品されない。高嶺の花と諦めていたところ、今年2月になってたてつづけに文六をそれも3本も入手することが出来た。最初に入手できたのは46cm「昭和24年 70才 佐文作」とあるもので、これは<ひやね>さんが出品したもの。左頭部に大きな割れがあるものだった。ところがこれはなんと「文吉」として出品されていたためか、割れがあったためか意外に安く入手することが出来た。次は18cm。無銘だが「及位 文六」と書込みがあるもの。作り付けでくびれ胴で古色を帯びているもの。これもほとんど競り合いもなく、1万円以下で落札出来た。 するとつづけて28cm「昭和15年11月製作 61才 佐藤文六」とあるものが出品された。 これは典型的な文六の作風であるので高値は覚悟で競り合うしかないものだった。案の定、激しい競り合いとなったが、なんとか落札することが出来た。これは小生にとっては「渡辺キン」につづく高価なものとなった。 昭和15年を入手できたことと、それが意外な高値であったので、最初に入手した46cmはヤフオクで手放すこととした。これは財政ピンチからの止むを得ない判断であるが、一方では天下の<ひやね>さんが「文吉」としたものが正しいのか見たい意味合いもあった。現在はまだ落札されていないが、これは焦らずに楽しみたいと思っている。にほんブログ村にほんブログ村にほんブログ村
2019年02月27日
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高橋忠蔵の戦前昭和13年作2本が高橋忠蔵(1893-1981)の戦前作をやっと1本入手したと思ったら、今度は2本がヤフオクに出品され運よくこれも入手できた。胴底には「原ノ町 高橋忠蔵 一三、三、廿五」とある15㎝で、ろくろ模様とアヤメで戦後に繫がるスタイルがすでに確立していることがわかる。小ぶりな15㎝もいかにも子供のためのものという感じである。面描も古風で、忠蔵の原点を知ることが出来る。この水平で切れ長の目は、深沢コレクション(日本こけし館)と同手である。またこの昭和13年は小生の生まれた年である。忠蔵で欲しいのは、あと大正期の「葱坊主」と呼ばれるものだけになったが、この入手はまず無理だろう。昭和13年、このとき忠蔵はすでに46才。忠蔵がようやく知られたころである。KokeshiWikiに「昭和12年橘文策の来訪があり、〈木形子〉で作者として紹介された。鯖湖の描彩者がキンであったことが判明した昭和14年頃からは、蒐集家の依頼により、キンのこけしの木地を挽く事があった。昭和14年8月日本橋白木屋で4日間の実演を行なった。」とある。このときの展覧会(東京こけし会)には、当時の皇族の閑院宮春仁王妃直子(1908-1991)が来臨し、忠蔵は白装束烏帽子姿で実演をしている。 (注)閑院宮春仁王妃尚子は、公爵一条実輝の四女で、1925年(大正14年)に閑院宮春仁王と成婚したが春仁は同性愛者で彼女を顧みなかった。1947年(昭和22年)に皇籍離脱して閑院直子、離婚訴訟ののち1966年(昭和41年)1月に協議離婚成立、一条直子となった。離婚後10歳下の高橋尚民(のち一条)相模女子大学教授、小田原女子短期大学教務課長、東京音楽大学国文学教授と再婚している。 にほんブログ村にほんブログ村
2019年11月14日
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こけし用語辞典by松田ひろむ【髷付】(まげつき) 髷こけしともいう。新山栄五郎(弥治郎系)が昭和初めに創案した立体的な髷付に始まる。(『こけし辞典』には「大正4・5年ごろ仙台の博覧会のとき出品したのがはじめで彼の創業になる」とある)この髷こけしは新山栄助に継承された。津軽系の斎藤幸兵衛とそれに刺激されたとされている盛秀太郎、湯田の小林善作の「およね」、土湯系の佐久間由吉など、髷付は各系統に広がっている。 鹿間時夫は『こけし辞典』「髷」の項で「立体的に髷を造形するのは斎藤幸兵衛、佐藤善二等の幸兵衛型が今日よく知られている。新山栄五郎の髷つきこけしとか小林善作の「およね」こけしとかも高い髷をつけているが、こけしとしては傘(ママ、笠)かむりと同様の変型とみなしてよい。」とやや冷淡である。ちなみに『こけし辞典』には『髷付』も『笠かぶり』の項目もない。 また昭和14年ごろに始まる「もんぺこけし」にも髷がある。 現在、髷付を作る工人は多く、その発祥の弥治郎系では、上記の他に鎌田文市、国分栄一、小関幸雄、佐藤慶治、新山久志、新山左京、新山福雄、新山実、新山慶美、新山真由美、星博秋などである。(文献およびヤフオク落札結果。以下同じ。湯田のおよねこけしを除く) 土湯系では、阿部勝英、阿部国敏、我妻司、高橋忠蔵、稲毛豊、佐久間俊雄、佐久間芳雄、佐久間常雄、陣野原和紀、野地忠男、野地三起子、渡辺忠雄。中ノ沢亜系では、岩本善吉、荒川洋一、柿崎文雄、三瓶春男。 遠刈田系では、梅津正永、佐藤丑蔵、佐藤文吉、佐藤文男、佐藤康広、佐藤一夫、佐藤良子、佐藤英太郎、斎藤良輔。 鳴子系でも、柿沢是隆、高橋正吾。 肘折系では、鈴木征一。 作並系では、平賀輝幸。山形系では、男沢春江、小林清次郎、小林清。 蔵王高湯系では田中恵治。 津軽系では幸兵衛型として盛美津雄、奥瀬鉄則、奥瀬陽子、小島俊幸、今晃、阿保金光、笹森淳一。独自の型として毛利専蔵、山谷きよがある。 独立系では、阿部常吉、阿部進矢。 髷付こけしも立派な伝統となった。画像はもっとも古いと思われる新山栄五郎の髷付(『こけし古作図譜』より)。 にほんブログ村にほんブログ村 <こけし用語辞典by松田ひろむ>本用語辞典は『こけし辞典』(東京堂出版)、<KokeshiWiki>に立項されていない項目。あるいは内容や定義が相当程度異なるもの。内容を相当大きく充実させたものに限定している。必要に応じ順次充実させてゆきたいと考えている。みなさまのご意見、ご叱正をいただければ幸いである。 (追加)2020/2/18 高橋忠蔵
2019年12月18日
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恋い焦がれていた小林輝子2(湯田の小林定雄一家) 小林輝子は「こけし時代」12号(2015年8月15日)に登場している。 そのときも「工人の妻」としての紹介で、輝子のこけしは1本も掲載されていない。工人輝子はすでに、この時点で休止していたのだろう。「こけし時代」の写真を掲載させていただくが、これも2015年当時のものではないようだ。2015年ならすでに81才であるが写真は40代のように思える。定雄がこけし工人になったのも、下記のように婦唱夫随であった。【小林輝子】本名は光子(てるこ)。昭和9年5月1日、小林光一の長女として茨城県で生れる。小学校4年まで東京の北千住で育った。戦争激化による疎開のため昭和19年に父の故郷である岩手県和賀郡湯田町に移った。祖父は湯田町で木地工場を開設した小林辻右衛門で、光一はその長男である。昭和31年同町の神成三五郎長男定雄と結婚、定雄は婿となって小林姓になった。小林輝子は湯本の温泉街で土産物店を経営していてこけしも売っていたが「うちのこけしがない」と、店に並べるこけしの製作を夫定雄に勧めた。夫の定雄は昭和41年11月より遠刈田の佐藤丑蔵・佐藤文男の通い弟子となって、木地を学び、こけしの製作も始めた。光子も夫の木地業を手伝い、夫のこけし描彩から見取りで、自らの木地や定雄の木地に描彩を行うようになった。俳句もよくし『木地師妻』『人形笛』などの句集もある。また、絵本作家でもある。〈こけし時代・12〉には「絵本の中の工人の暮らし」という短文もあり、絵本作家になった経緯も紹介されている。(KokeshiWiki一部補正追加) にほんブログ村にほんブログ村
2019年09月14日
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11月のひやね一金会~驚きの情報も 11月2日の書肆ひやね一金会に参加。これで2回目。ここでは雑談の中で教えられることが多い。最近のことでは奥瀬恵介が轆轤を放棄したと聞いてこれには驚いた。そういえば「こけし手帖」10月号にそのようにとれる記事「盛秀こけしの継承」(国府田恵一)もあった。そこには「将来を期待された恵介さんも今は作っていない」とある。木地山系では小椋久四郎-久太郎(1906-1998)-宏一(1931-2003)-利亮(としあき)とつづいた木地山系の直系も、とうとう利亮で途絶えてしまった。もともと宏一、利亮とも、ほとんど描彩はしていない。そんな暗い話題もあったが、どの世界でも後継者には悩みが多いようだ。例によって不明工人のこけしを持っていったが、松之進と考えてそれなりの価格で落札したものは、やはり松之進ということでほっと。ただし木地は五男の友晴かということだった。他の不明工人は、松之進の次男の好秋(戦前作)と教えていただいた。せっかくの、ひやねの膨大なこけし棚だから、一本は買いたいものがあるはずだと熟考の結果、斎藤右内の文吉型24.5㎝を買った。これは目の細さが文吉よりさらに細くて、それが微妙な味わいとなって好ましいと思えた。胴底に「右内 3、11、30」とあり、さらに鉛筆で「H4.1.18」とある。右内の文吉型は、文吉の了解なしに作って問題になったと聞いていたが、一金会のメンバーからは、文吉ではなく、文吉の奥さんがクレームを付けたという。そんな情報が聞けるのもありがたい。画像は斎藤右内の文吉型。 にほんブログ村にほんブログ村(追記)「こけし手帖」393号(1993年11月号)に「こけし工人の誕生‐斎藤佑内工人とこけし‐」(川上克剛)があった。斎藤右内でなく「佑内」となっていて、誤植かと思ったが次号次々号にも訂正記事はなかった。ここでは中島幸之助の型を継ぐことを、幸之助家の現当主鈴木ユキさんの許可を得たことを書いている。さらに青根の佐藤忠工人の了解を得るための事情も書かれている。
2019年11月02日
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保存のいい大沼竹雄9㎝を入手/ヤフオク新型コロナウイルスでたいへんな世の中となった。出席予定だった東京こけし友の会の3月例会も中止になってしまった。 パソコンではWindows7が終了となったためやむなくWindows10に切替えた。使い勝手が7と異なっているため、苦戦中。そんなことでブログのアップもすっかり中断してしまった。 ▼ヤフオク3月12日、13日終了で、戦前の古作が多数出品された。 どれにも署名作者名はなく1939年(昭和14年)以前のものと思われた。その時代にしては驚くほど保存状態が良く、まったく飾らないで暗所に保管されていたものと思われる。その一部には高島屋 30銭などのラベルもあった。 高島屋といえば、「万国お人形博覧会」を1934年(昭和9年)1月11日より2月11まで開催している(『こけし辞典』)。東京での初めてのデパートでの展示即売であった。おそらくここで購入されたものであろう。他の出品も一部を除いて同時期のものと思われた。 どれも欲しいものばかりであったが、欲しいものにはライバルが多く、どこまで競っても落札することができなかった。 最後には目をつぶって、鳴子の1点のみ競り上げてなんとか落札することができた。 それは推定大沼竹雄9㎝で小寸ながら味わいのあるものだった。頭部はラッキョウ型で胴模様は旭菊と正面菊の組み合わせ。既述のように消えやすい緑もはっきりと残っている。おぼこい表情はなかなかで、愛蔵の一品となりそうである。制作年は上記の出品状況から昭和9年、10年ごろとみた。 にほんブログ村にほんブログ村
2020年03月15日
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