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在フィンのおともだちから、SUURI KASITYOLEHTIが届いた。わたしの好きなフィンランドのお裁縫雑誌。送ってほしいよう、とリクエストしていたのだった。おう、この号もなかなか自主性にあふれているじゃないの!なんたってこのお裁縫雑誌は「手作りできるものは何でも紹介します」てなコンセプトなのか?と思わせるほどに何でもありなのだ。子供服、紳士もの、height180cmと160cmの女性もの。それから読者が応募したデザインを型紙にして紹介する企画(これは各国の雑誌にもよくある)。刺繍に編み物、手芸のたぐい。それから・・「かわいくないお人形とドールハウス」「犬用レインコート(ごていねいにも大型・小型用あり)」「フェルトかフリースで作る靴下」「あざらしのぬいぐるみ」・・・・と、ともかく布を断って縫ってできる、思いつく限りのものが毎月!型紙つきで紹介されている。雑誌の名前SUURI KASITYOLEHTI、英訳なら”Great Handworks"くらいの感じかなあ。だから、服に限定していないのね。どう考えてもフィンランド国内だけの出版物で、どれだけ部数出ているのかも不明。だけど、スーパーマーケットの雑誌売り場やフィンランドにおける伊勢丹デパートか?のストックマンの地下書籍売り場なんかにも、必ずある。世界規模の視野をあえて持たないからこういう楽しい雑誌ができるのだと思う。あとは、国民性なんかも関係あるのかな。手作りのものを市場でもよく売ってるし。人手をあてにせずに自分でなんとかする、そういうのもその一部としてあるのかもしれない。わたしの好きなロシアカメラを売るサイトのキャッチが「不便さを売る店」(笑)なんだけど、この”SUURI..”はその精神を無自覚に実行しているわけ。でも、その不便さの横には「自分で」「好き勝手に」やれるという自由がある。便利ですぐ手に入るお仕着せのものを選ぶか、多少手を加えてもカスタムできる楽しさをとるのか。わたし、やっぱり後者のクチですね。だって、愛着わくもんね。さて、送ってもらった号から何をつくろうかな。作る前からページを眺めるだけでもわくわくするのだった。
Mar 31, 2004
去年、スペイン、ビルバオのソンディカ空港に降りた。まだできてからそれほど時間たってないらしい美しい場所。そこにあるレストラン・ゲルニカ。入る時間はなかった。また今度。ここに関係なく、そこらのカフェテリアで食べるボカティリョにはさんだハモンが「!!!!」っていうほどうまい。話題がちょっといすぱにやづいてたので変更したのだ。
Mar 29, 2004
ここらへんもだいぶ咲いている。乗ってたバスの川っぷちに垂れるほど咲いてるのを見ていて、腹の底から沸き立つような思いがこみ上げる。これってなんだろうなと思う。過去の経験から卒業だの入学だのっていう季節ではある。でも、そういう記憶の引き出しがいっしょに開くわけじゃないのだ。説明・分析不能の衝動。そういうわけで、DNAレベルの問題なんだろと思うことにした。桜を見てこみあげるものは、何なのだろう。ああ日本人じゃん!と感じる瞬間。よくも悪くも。ほかの国では、こういう現象はあるのだろーか。メキシコシティの上空から見る、そっちこっちの公園や庭を薄紫に煙らすハカランダの花のことなど考える。散るとべたっとして、花の上を歩くとつるっといきそうになる。でも、個人的には蘭科の植物が好きなんだよね。折れても水にさして放ってほくと根が出て増えていく、あの根性と花のどうしやうもない色気。これは後天的な好みかな。
Mar 28, 2004
秋田某所でちょっと一緒に演奏させてもらった、フラメンコギタリスト・佐藤山人くんの東京デビュウ戦が高田馬場・”OLE"で行われた。こちらもちょこっと遊ばせてもらえれば、と思い先日買ったCAJONを持参。これを下げるとまるで家出だ。一斗缶大の木箱。中央線にこれ持参で乗車し、さてどの程度邪魔か、網棚に載るのかなど実地で検討。まあ、載らないことはなさそうだ。で、高田馬場。立派なカンテの人やギタリストの方と一緒に並ぶ山人くん、ううむ、いいじゃないか!いつの間にかブーツも新調してるし。CAJONを持っていったわたし、まるで子供の「公園デビュウ」いや「お砂場デビュウ」って感じだ。なにせ、フラメンコの掟も知らないやつがいきなり「あーそーぼ」っていえばそりゃ、どうでしょう。なんとなく合間に山人くんと音出したりしてみる。彼もいい感じに緊張し、かつリラックスしているようだ。しかし、CAJONはよく響いてくれちゃうみたい。そっと叩いてもそれなりの音しか、出ないもんねえ。ジレンマ。第二部、はじまり。ギタリスト・おぐらさんが先に曲など紹介される。「ソロありカンテあり、で最後にブレリアやりましょう。カホンも入って。」(あ、やってもいいんだ。うれしい)距離1.5m、かぶりつきで聴くカンテの声量と圧力。ぐっと来ますのう。そこにシブイ音でギターがからむ。ああ、なるほどねえ。こういうテンポ。まさにセッションを見せてもらってる感じする。タイコものが入ってしまうと、こういう微妙な「間合い」は出せないもんね。酒がうまくなる歌。山人くんは17歳。年齢なんぞ音楽に関係ねーやと思うけど、彼のストレートに伝わってくる音を聴いてるとこの年代ならではの良さを感じるのだった。この集中力、疾走感。30過ぎるとこういう芸風、できないもんね。きっと来年は、いや半年たったらまた違う面を見せるだろうな彼は。われわれはいい瞬間にい合わせることができたと思う。ゼータクよ。んでもってブレリア。これって、やっぱり「演奏してる人がいちばん幸せ」かもよ。二人のギター、カンテにCAJONの低音を加える。え、楽しいに決まってる。寛大なおぐら氏がカホン・ソロのパートまで加えてくださって。恐縮、でもうれしかったー。無理やり倍速で3連を打ってみたり、もらった時間の中であれこれやることができたし。二人のギタリストが煽ってくれるから、これまたいいのよ。でも、あれですね。やっぱりこれは「移動用音楽」。数百人とかの大人数で囲むものじゃなくって、お客さんの顔が見えるくらいの距離でお互いの熱気が交換できるサイズでやるものなのね。たくさんの人とじゃないけど、どこででもできる。いいノリと楽器と楽しめる人がいれば。もーちろん、叩いたあとのワインはおいしいに決まってるじゃないの。で、翌日は筋肉痛。運搬のせいなのかもしれない。筋トレもしようかしらん。と、すぐに肉体派になってしまう。くっそ忙しい時期の中、こういうちょっとドキドキすることがあるとまたいいもんす。いつだろーが、いくつになろーが。
Mar 27, 2004
ちょっとしたきっかけで、お坊さんの「うちわだいこ」を見せてもらう機会があった。これ、触るの初めて。わりと太い柄がついてて細く硬い枠に意外と厚い皮がしっかりとついてて、周りを膠で固めたとこをぎちっとステッチしてある。へえ、こんな感触なのか。ちょっといいですか、ときくと黄色い袈裟がけに長身痩躯、頭の形もなかなかいい彼は「どうぞ」とスティックと本体を気軽に手渡してくれる。スティックは桐の枝の先を少し太く残してある、先の丸いの。桐だから見た目より軽い。これをもって例の「どおんどおん」という鳴らし方して歩くわけね。ふーん。空気が乾燥してるから、少し当ててもよく響く。ただ、ここ1年のわたしの習性としてはこれをじかに手でひっぱたきたい。で、試してみる。柄を持つよりも軽く感じるもんなのね。おお、わたしのパンデイロよりも厚い皮。触ってたたくとわかる。梅雨時期のことなども考慮して、かなり硬く張ってある。そういう時期にやると「でれんでれん」て音になるらしい。手で直接鳴らすのは、お坊さん側には意外だったみたい。「これね、たたいてる、ってんじゃなくてキザな言い方しちゃうとね、自分の音を探してるって感じなんですよ。わたしには。ああここだ、っていう一瞬の瞬間に当たってまた離れていく。その繰り返しですね。だから、すごーく”ため”るんです手が叩きにいく直前。もちろん、時間じゃなくて気持ちをためるんですが・・・・。」(ためる、ってのはインパクトの場所を見極める心の余裕だろうね。意思的に音を出すために。)この楽器をずっと叩いてるひとの言葉、ていうのは初めてきいた。どちらかというと、わたしの場合「はじめにビートありき」と思っていることがあってそこに乗って初めて「叩けてる」心地がするのだけど彼の場合は自分が「ここ」と思うところが「たたくところ」なのね。仏教的ビート、てのがどういうのかわからんのだけど面白い。仏教、楽器多いしね。特にパーカッション。檀家の若いお坊さんと、法事なんかの後にこういう楽器の話をする。彼は雅楽をお勉強していて、これもやっぱり微妙なタイミングを要するものなのね。何か、自分の読経の芸風(いや、こういう言い方はしないんだろうけど・・)に磨きがかかるのだろう。読経するときに使ってる堅い木の楽器(あれは何ていうのかな)はローズウッドだぜとか。キューバ音楽に欠かせぬクラーベと同じ木で作ったのも持ってる、なんて言ってた。こんなことを書いてると、笠置シズ子の歌を思い出すねえ。ジャングル・ブギーだったっけ。「おまえのタイコは、何ですか!」などと師匠に怒られるの。最初はホトケの修行風なのにだんだんジャズになっていく。スラップスティックな歌詞がいい。
Mar 26, 2004
朝から顔色悪いのは、天気のせいだけじゃないだろう。どおやら鉄欠乏性貧血、いや仮性貧血っつうかそんなの。もう、朝の通勤電車から今日のひるめしについて対策を練る。「こういうときはブラジル料理しかないでしょう。」てなわけで、寒い靖国通りを馬鹿長いコートひっかけて走っていく。食いに行くとなると元気が出るのだ。ドアをあけると、あれ。いきなりお客が皿もってうろうろ。「昼はバイキングになったんです」というので、先払い1200円。いつものボーイズ・カレーの2回分ではないか。いや、本日は身体に投資する日だ。おもむろに席を決め、皿持ち鍋の前へ。ごはんにフェジョアーダ、マンジョカ粉ばさっとかけて横にpollo asado y crema de papa,それからensalada de letuga,思いつくままにとっていく。ああ、このごっちゃり加減・・・ひとんちのごはんみたいでいいぞ。はぐはぐとやりはじめてしばらくしたら、いつもの料理人(寡黙なブラジレイロ)氏がシュハスコの塊を下げて厨房より登場。彼くらい、肉塊を持ってて似合う男もいないだろう。店の中央には小さなテーブルがあり、彼がそこでシュハスコの肉を切ってくれるのだった。切っていく端からトングで取り、自分のさらに持ってかえる。ほほう、これっていいアイデアね。でもって、わたしもいってみた。「いくつ切る?」「うーん、どおいず(dois)ね」焼いたばかりのすごい色の部分を豪快に二切れもらった。豪華だなあ、お昼から焼いたばかりのシュハスコかよ。肉を喰う喜びは、こういう体調のときにとっておく。指先に血がぎゅんぎゅん巡ってるのがわかるようだ。顔面の血行も活発になってるし。ま、これだけ咀嚼してればそれもアリですが。さて、もうちょっと食べてフェジョアーダでまとめて、それからarroz con lecheで締める。・・と、再度シュラスコと彼が登場。どうやら「焼けたら登場」することになってるようだ。そこにいるお客さんは大体シュハスコ履修済みだったみたい。そこで店の兄さん、「どうですか?」とわたしにふる。このあと職場に戻るのでなければいったかもしれないが・・「foi bon.(いっぱい食べました。)おなかをおさえて言えばなおよし。料理人氏、あははと笑い誰かに一切れ切ってまた戻っていく。わたしもそろそろ戻らないと。またもや寒い道を、一時的に血の気が戻ってきた感じとともに歩いてかえる。うう、喰って治るような体調。単純でよかったな。赤血球と白血球のバランスが悪いと気分もよくないみたい。これで復活、午後からは何あってもへっちゃらになる。
Mar 25, 2004
きょうは「西秋書店」どまり。店頭500円の「カポーティとの対話」/ローレンス・グローベル、文芸春秋刊。それから店内で「総特集 武田百合子」文芸別冊、KAWADE夢ムック1200円なり。色川武大さんが百合子さんのこと書いてる文章なんてあるのね。鴨居羊子さんに続いて好きな文筆家だもんで、どっから読んでもうれしい。その足でボーイズカレー、お持ち帰り用のをおばちゃんがこしらえていた。箱に入ってもうまそうだけど、やっぱりあの威勢のよい声ききながらかっ食らうほうがいいな。ミネラル分不足しているのか、コントレックスおいしく感じる。千代田の水不味いから仕方ない。そこの水が飲めないつうのはちょっと不自然だと思う。千代田にいておフランスの水のんでる。イタリアのクール・マイヨールもクセがあって好き。硬水がすきなのよね。田舎の井戸水の味。
Mar 24, 2004
わたしのいる職場は一応、「版元」をやっている。ミニコミ同様出版物は「直」が一番おいしいのだけど、買ってくださるかたによっては「地元の書店経由」をお望みのかたもいる。そんなわけで取次さん各社や直にお買い上げになる書店さん、それから大きな書店さんの外商さん。などとの取引もある。その取引相手の中に彼女がいる。何って、声がとてもすてきなのだ。50の声をききはじめた同僚が彼女がいる書店の外商部とのやりとりを担当しているのだけど、誰とも担当を交代する気はないみたい。彼もかれこれ彼女のとこと5年くらいは毎年あれこれと書類の往復を続けている。電話をかける用事ができると、うれしそうだ。もちろん、彼だけが彼女の「声」のファンなわけではない。わたしどもを含めて、なのだ。彼女から電話をとると、何か得したようなうれしいきもちになる。でも、わたしどもはすぐそこで用件を聞いて終えたりせずに「担当から折り返しご連絡させるようにいたしますので」と必ず彼がもう一回電話できるよう工夫する。別に応援してるとか、そういうのではない。彼がうれしそうにしてるのを見るのが楽しいのだ。もちろん、個人的にどう、という立ち入った話なんかしない。仕事の話をするだけなんだけどね。その彼女から先日、「わたし今度異動になるんです」と報告があったらしい。一同「え!」(まさかもうあの声を聞けないなんて・・・!)彼によると今度は書店勤務になるのだとのこと。「うわあ、じゃあ生でお会いできるかもしれないのね!あの声の彼女に」「うふふふ、回り道して帰らなくちゃ」「これからまたご用事こしらえなくちゃねー、難儀な客注受けてもらうとか・・当然、本が入ったら携帯に連絡をもらう、と」まるで関係ないわたしどもまで「声」の彼女を人目見たくてしょうがないのだった。その書店さんでは、みんな名札をつけてるかしらん。そっとのぞきに行くっても、なんだか不審だよね。だって、彼女が異動になるとこって異様に店舗面積広いとこだし・・・。やっぱり思い切って名刺持ってくのがいいんじゃ?なーんて、他人事だからか皆勝手なことをいって楽しんでる。わたしの憶測では、彼はきっと往年の小津映画の看板女優を想いつつ、彼女の声とやりとりしているのではないかと。声だけしか知らない相手。どんな人なんだろう?そういうスロウなやり方は今様の速度ではないかもしれないけど。声ってのは想像をそそるものがある。それが「すてきな声」だったらなおさらだ。わたしどもの奥ゆかしい盛り上がり。
Mar 23, 2004
どうやらスペイン北部もなかなか寒いらしい。ちょっとまだ内省的なキブンでいるらしい、いすぱにやの友人がコネクトしてきた。「おう」「・・・・やあ」「どおなの、そっちは」「・・・寒い。今週から、また」「こっちも今日は雪、っていってるよ。昨日もふったし」「そうなんだよ。先週はよかったのに」「寒さと雨」「こっちもだ」ハバナの3月、風の強いマレコン通りの片側車線を覆うほどの高波を思い出す。風は冷たい(向こうにいれば気温23℃でも寒く感じるようになるのだ)、けど日差しは暖かい、いや、暑い。yahoo!weatherで友人のいる場所の気温と天気をみる。スペイン、ログローニョ/アゴンシーリョ。最低気温3℃、最高気温8℃、曇りマークで時々雨。サイテーじゃん。ま、こっちもいい勝負だけどさ。天気のサイテー加減では。「季節ってのもなんかレンアイと似ている。同じ時期に違う時期のものを両立するのは難しい」「確かにね。わたしも、昨日の雪でそんなことを考えてたよ。寒の戻りと昔の男、というのは似ている、って」「ああ、なんかわかる気がする」「お別れするときゃちょっとさびしいけど、新しい状況に入ってからそいつに戻ってこられると”なんで戻ってきたわけ!?”なんて言いたくなったり想ったりする。そういう気分と似てる」「そうそう、おれも同じようなこと言いたかったんだ」「でも、だからといって一生会わないってわけでもないし、会うときが違えばまた何て言いたくなるかわからない」「同感だね」我々はちょっと似ているところがある。強引で、鷹揚で、おセンチで、時々ふさぎ込み、何かにはまるとしばらく戻ってこなくなる。そういうときに邪魔すると怖い人になるとこもだ。わが友は編集作業に入り込むと、めしも喰わなくなる。cafe con lecheに入れるスプーン5つ分の砂糖だけが摂取してエネルギー、って時もある。ついでに眠らなくなる。よくそれで維持できてるな、と思うけど。集中力といえば聞こえはいい。「で、おれもそういう”季節”に入れられてるわけ」(ラテン的な問いかけである)「まさかあ。これだけは忘れないように。あんたはどこの季節にも属していない。そういうレベルとはまた別」「へえ」「友達を季節でとっかえたりするやつなんかいないでしょ」「それもそうだな・・・ああ、そうだ、おれの”サムライ写真”もうちょっと待っててくれ。なんせ、寒くって天気もこんなだし・・・撮影して遊ぼって気になれなくって・・・」「いいよ、こっちだって似たような気分だもの。あったかくなったらたくさん撮ってくれれば。その気になってる時のが面白いじゃん、こういうの」「わかった。期待しとけよ」・・・・・・・・・・・くそ寒い3月、我々のよりよい季節の記憶はやっぱりキューバにある。ちょっと汗もかく、けど日陰はここちよい。停電中の街灯とねっとりした闇。
Mar 22, 2004
結構、大変でした。何がって先月買ったCAJONを入れるBOLSILLAなんだけど。津軽ツアーに続き、塩釜・仙台ツアーなんぞを一緒にやったAさんより厚地の生成り帆布をいただいたので、それを使って作っていた。よっしゃ、やるぞおで布を裁断し始めてから3週間、さすがに小さくないから根性に加えて力がいる。まんず一斗缶みたいなCAJONに布を巻いて周をはかる。縫いしろをとってから裁断。いきなり、たて線を縫う。折り伏せ縫いをして補強。ここは革用の麻糸で。そのあと、底辺を縫い箱状に立体化。書籍なんぞを梱包する際の「キャラメル包み」の形。このあと、正方形になったとこで一辺の長さを測る。底にはって縫い付ける革の採寸。ついでに革の裏側にいきなりカネジャクでボールペン使って線引いてしまい、裁断。もち手と側面の補強用にするための革を2本とる。もう2本、CAJON本体を固定しつつふたがしまるように細めの革を。これを帆布の縦線にくっつけるつもり。で、まんず革のほうから作業。箱の底+15cmの補強用側面にさっきの革4本を革用ボンドで接着。靴用らしんだけど、ああ臭い。これがくっついたら今度は帆布本体にこれをくっつける。形がないとへなへなして作業できないので、中にCAJON本体をつっこんでから接着する。たいして型紙も起こさずに、なりゆきで作るのでこういう手順になる。接着剤がかわいたら、目打ちで穴を1.5cm間隔くらいにあけて、ロウ引きしてある革用の縫い糸でステッチを入れていく。これでけっこう強くなるはず。箱の底にあたる部分はさすがに手の勘だけでは縫えない。袋の裏側からもう一回目打ちでぐりぐり穴あける。高さ50cm以上あるので、腕は外と内側を何度も往復しなけらばならない。底の部分なんぞ縫うときは、よく見えなくって作成中の袋を頭からかぶって内側から針をとおした。(こういう作業のときに誰も電話くれなかったのはもっけの幸いだ)革底の側面だけは返し縫いでステッチを入れる。ひいい、手が痛いす。暫し休憩。(数日めげる。)もうちょっと。がんばれ。指の皮が再生したころ、再度ステッチを入れ始める。もち手の部分とベルト部分にも入れる。なんとか形になってきた。もち手部分に両方からマグネットスナップをつける。革に穴を開けて、裏側から金属で固定する。再度CAJONを入れて、今度は固定するベルトの寸法をみる。金属の「なすかん」を両方に通して、ベルトを中表に折り返して革用ボンドでくっつける。さて、袋の端の始末はどうしましょ。作る前の段階でもアイデアがなかった。つくってるうちに何か出るでしょ、くらいの感じでしかなく。端を内側に折り返したら、丈夫そうになった。このまま端をハンドミシン(!)でがしがしと縫う。そーしたらまあ、いい感じじゃないの。端がべらっとめくれてこないし。アイロン当てたらさらにぴしっとしたし。端の部分にはベルクロをつけてびりっと開閉するようにした。ここでフタしたのちに本体からつながってる「なすかん」つきのベルトで固定。おう、はじめに書いた「予想完成図」とほとんど同じじゃん!つーわけで、CAJONのいれものBOLSILLAが完成しつつある。手が痛いぞ、とわめいてたらアンティークの指貫をプレゼントしてくれた相棒に感謝。ほーんと、こんなことばっかしてるからわたくし。今回はたいした怪我もなく任務完了しそう。ひみつ工作員、充実の休日でした。ちなみに生成り帆布にくっつけた革はベージュ。今まで作ったもののなかじゃ一番お上品かしらん。ミルクを入れすぎたエスプレッソみたいな色の革。日暮里でたしか一枚1000円。何デシあるのか測ったこともなし。さて、次は何をつくろうかな。(・・て、もう決めてるんだけどね。)
Mar 21, 2004
ひとつめ。いつも昼いってる神保町・中華「上海朝市」でいっつも異常人気のバイキングランチを試せたこと。普段は1階で麺ものを食べてしまうし、バイキングはものすごく人気だからどうも入りにくかった。本日は平日にお休みとったため入る気になった。休暇の日までここで昼たべてるわたしも、ちとヤバイかも。お粥、饅頭にちゃーはんに炒め物に麺もの。生きのいい野菜のサラダもてんこもりだったし。おう、杏仁豆腐もある。都合3回ほど往復して追加し、満足。バイキングにじゃーじゃー麺があるなんて素晴らしい。ここで食べてから「書肆アクセス」のジンザブロウさんのとこへ。ほんとはお昼ご一緒にって誘おうと思ったらもう外出のあとだったので。なんだかよろよろしてるから「どうしたの」「多かったのよ~チャーハンがあ。今ここまでチャーハン入ってるのよう」とあごの上あたりを指す。近所の中華やさんの盛りがなかなかの店でやったとのこと。そうかい、指先からもチャーハン検出されそうね。それにしても辛そう。ウーロン茶でも買ってあげりゃよかったなと別れてから思いつく。ふたつめ。前から行きたかった早稲田の古書店「いこい書店」へ。ここで本を持ち込んでる人が来た。店主氏、何分もしないで「いやあ~、バラバラだねえ。揃ってればいいのに」「いい本なのはわかるけど、ばらばらじゃねえ」・・・まず(あんまり期待しないでね)モードをかまし、それから「いい本だねえ~、でもダイヤモンドのかけらだよこれじゃあ。集まってればいいものなんだけど」「うちはね、こんないい本おいてもアレだから」・・第二段階に突入。この間、わたしと相棒はずっと本をさがすポーズでこのやりとりを聞く。持ち込んだ人は花粉症なのか断続的に鼻をずずっとすするのみで何もいわない。なんだか、声だけ聞くとしかられてるみたい。いや、そんなことないんだけど。ヒトゴトなのにどきどきする。このあとどうなるんだろう・・・・などと思いつつ買おうと決めたのは「奇本・珍本・本の虫」庄司浅水著 学風書院刊 昭和29年。読んでるうちに引き込まれてしまって負けた。それから長倉洋海「コソボの少年」。2冊で1700円なりい。なんとか折り合いがついたようで、お金を払いにいく。同行の相棒は店頭の「2冊100円」から何か一冊引っこ抜いていた。「おもてのでしょう。2冊で100円なんだからもっていったらいいのに」「え、でも選べなくて」「いいから、信用するから帰りにもってって。教養になるから」「教養」!いい言葉だね。最近耳にしなくなった。しかし、彼はもうひとつの教養を探すのにちょっと迷っていた。そこでわたしの「教養趣味」発進。「これにしよう」で選んだのは「日本の郷土玩具」・保育社カラーブックス。ちらと開いただけでも、「東北のこけし分布図」なんか出てきて面白そう。ああ、教養がまた増えたぜ。すてきな品そろえのいこい書房。しかしまだまだわたしなんぞ「いこイスト」入門編だ。
Mar 19, 2004
先週大久保の某店で300円で購入したハーブのスクラブマスクを試してみた。いっや~、全部タイ語でかいてあるのよね。まあ、「5」とか「10」って書いてあるからこれは「顔に5分から10分くっつけて」という意味だろうと。このままなべに入れるか?というくらい、ターメリックが入ってる。多分なんかのローションで溶くといいんだろう。と同じ日に買ったインドネシアのmustika latuので溶いてみた。水分を含んだらますますカレーっぽい。顔にのっけたら今度はスースーしてきた。顔、まっ黄色。インドの色水投げるお祭りにでもいってきたみたいになってる。(これは昼間やるべきじゃないね、この顔のとき宅急便だの新聞の集金が着たらお引取り願うことになりそ、でも一回やってみたし)半身浴してたから、お風呂の湯気でいろんなにおいが鼻にのぼってくる。スースーはcanphor,樟脳かな。ミントの香りじゃないし。ついでにカサブランカのようなユリの仲間の重たい花のにおい・・・・これはイランイランの香りみたい。スクラブの役目をしてるちょっとごろごろしたのはなんだろう。アジアっぽい香りで頭がいっぱいになる。イランイランの香りが効いてる。さすが「おばかさんになるハーブ」って言われるだけあんだよね。いやいや、気分が緩むってことなんだけど。香りで顔面の筋肉を緩ませる作戦だとしたら、この処方はなかなか巧妙かも。楽しい、楽しい。@300円で買ったけど、まあひとつで3回は使える。なくなったらまた行こうかしらん大久保。で、効果?強風と黄砂の中で神保町を歩いてざらざらになった後だからやっぱり、いつもよりすっきり。増感+2くらいでしたかね。どっかに行ったら、その国の化粧品はやっぱし買う。暑い気候なら「オイルフリー」を謳ってるのが多いし、乾燥してればやっぱりこってりしている。持参するのもいいけど、一週間同じとこにいるなら試す意味はあると思う。メキシコはどうだったかなあ。結構、北米ものが多く入っていてスーペルメルカードはいまひとつだった。現地の量販店薬局のすみっこにある地味なパッケージとか、ソカロの裏通り、人ごみでごったがえしてるとこでおばちゃんがバケツにいれて売ってるような(運びやすいからだろう)、自家製に近いハーブものの髪用石鹸(今ならRUSHあたりでシャンプー・バーっていって売ってるけど)やら「やせる軟膏」(マジか?)。結構売れてるみたいだった。自宅で育てて干してきたようなメキシコ処方のハーブなんかもあったし。髪用石鹸は・・・うーん、えらいさっぱりしたかな、頭皮。彼らのほうが脂質を多くとってるから、皮脂分泌がさかんかもしれない。思いっきり汚れた頭でなら「おう、洗ったぜ」感が味わえたかも。イラクサを乳鉢でこねたようなのが石鹸に練りこんであって、頭皮に効くとか。メキシコのハーブは面白い使い方してるみたい。(そういえば、そんな本もソカロのブックフェアで買ったっけ。)おう、話が飛んでる。キューバの化粧品。これ、NORTE KOREA並みに知られてないかもね。前は空港で売ってましたがその翌年行ったら全部欧州ブランドものに変わってた・・ああ!(でも、SFOやMEXの免税店で買うよりちょっと安かった)いーや、わたしの興味はあくまで「現地もの」。アリシア・アロンソっていう有名なバレリーナの名前が付いた加齢対策向きのシリーズなんかがあった。どれも10$以下。あとでいろんな本を見てたらどうも中身はHECHO EN CHINOだったりして。全部じゃないのだろうけど、そういうのも加えたラインということみたい。アリシアはどれもなかなかの「におい」。彼女たちはこのくらい香料が入らないと、ケアした気がしないのかもしれぬ。でも、そのいくつかには機内の20%代の湿度やらその先のメキシコシティまで、かなり助けてもらった。今でもちょっと後悔してるのは、プロポリス入りのシリーズ。これは全部キューバ製だったみたい。空港にないなら、セントロ・ハバナのペソ・ショップで探そっと。今度。気候や環境の変化が、こういうものを楽しませてくれる。カメラじゃないけど、ロシアものとかってどうなんだろうね。興味は尽きない。ツラの皮がある限り。
Mar 18, 2004
背景のマグカップ。ヘルシンキの救世軍で購入。ひとつ2euro。いっちょまえにARABIA FINLAND製。どうりで使いやすい。なんで救世軍て、まあアキの「過去のない男」つながりですね。思わぬお買い得品(かもしれん)などもあり、ついついスーツケースの重量が上昇。個人的には使い古した、いやこなれた感触の麻の布たちをたくさん買えたのでうれしい。はんでるすばんけん、スウェーデンの銀行。きっとこれは日本国における「アルミフォイル」や「貯金箱」(古い)に相当するんだと思う。一定額のご預金でもらえるやつ。
Mar 17, 2004
(ランチカレーつきは840円でした。訂正します。)わたしの本日はチキンカツカレー。きょうはおばちゃんのソロで6:6くらいのボリウム。いねむりのキケンはないかも。それから。はい、やっと買いました。TRIO TOYKEAT”High Standards”http://www.rockadillo.fiなどといっても、いまひとつ「あれね!」的反応はそう期待できない。個人的にたいへんアイドルな存在のフィンランド人ピアノトリオ。前回まではuniversalから出してたのに今回からはぬあんと正統派、BLUENOTEからだ。最近日本版のCDも出たみたいだけど、ジャケが!3人の写真じゃないの。ステレオタイプな北欧ジャズ・イメージ。まあそりゃさ、ピアニスト・イッロ・ランタラが「きちんと」正面から映ってるのはこれが初めてだし。いいじゃーん、ナニがいけないのさ?ともかく、聴くものの腹さえも空かせてしまえるチョーゼツギコウ、それがまたお茶目でね。どことなくどんくさいフィン男っぽさもあるし。唯一の安心といえば、このオリジナル・ジャケでこの3人がチェック柄のシャツを着用していないところ。ああ、一応「よそゆき」に仕立てたのね・・・あのフィンランド男性の国民服としかいいようのない「チェック柄のシャツ」を彼らからひっぺがすのには苦労があったかもしれぬ。(でええい、世界ほぼ同時発売なんだからそれじゃウケないでしょ、脱ぎなさい!)・・・でもきっと、撮影後はいつもの愛着あるチェックをまた着てヘルシンキかタンペレのおうちに戻ったのに違いない。(ああ、やっぱこれでなくちゃな・・)で、もうひとつ。RIITTA PAAKKI TRIO”ENNE”これは初めての人たち。こういうのも一時期とはいえ平積みにしてくれる御茶ノ水うによんに感謝。これは聴いてのお楽しみ、ですね。曲も全部オリジナルだし。全く想像つかぬ。ピアニストのリーッタ・パアッキは金髪短髪の女の子。ヘルシンキのトラムに乗ったら隣に座っていそうな、スーパーの雑誌売り場で立ち読みしてそうな・・ふふ、どんなんだろう。彼女の音は。
Mar 16, 2004
「ひとり4000円でおまかせします。酒は別で。」こういう挑戦的なお願いをするのは、実は2回目だ。国分寺の某イタリア料理店。個人的にはもう10年以上通っている店。かなりしばらく行かなくても顔はおぼえてもらってる。お店の基本っすね。もちろん、彼がこれ、と決めて組み立ててるコース料理だってあるのだけど、ナニが出てくるのかわからないほうがスリルあるし、楽しい。そういうわけで2回目なのだ。「ふむ、ひとりよんせんせんね・・・」とつぶやきながら、シェフは誰もいないテーブルに一人で向かい作戦を立てはじめる。何が起きるのかはわからない。こちらは軽めの赤なんぞをぼちぼち舐めはじめて開幕を待つ。アンティパスト。・もんごういかのセビッチェ・春野菜のアンチョビ風味・タコのマリネ・銀むつ、もとい「めろ」のアラのトマト煮・ポテトサラダどれからいっても酒が進む危ない組み合わせ。この間にひそかに仕込んだ牡蠣のパン粉+ハーブ焼きパスタ。・ポロねぎとベーコン、オリーブオイル味・ニジマスのプッタネスカ、リングイーネピザ。・カルツーネ、中身はメキシコタコス風味サラダ。・ルッコラ、にんにくとベーコンの熱いソースかけこの時点で「どお、まだ入る?」と不敵な問いをしかけてくるシェフ。「いやあ、あと一品くらいはいいすね」・・・無言で冷蔵庫に向かい、作りおいてたラザーニャを焼きだす。いれかけてたエスプレッソは後回しにしてもらう。クリーム+ミートソースをあわせたヘヴィな味なのに入ってしまう。うう、やばい。さすがにもう入らない・・・かも。と、そこに間髪いれずに「きょうのケーキ、なかなかいいんですよ」・・・いかないわけにゃいかないじゃない。ベリータルト、チョコレートパイ。小さいながらも濃い。で、やっとエスプレッソ。ちょっと休んだのち、よろけつつ二人で店を出る。「うう、歩くとやばいかも」「負けかなあ、やっぱ」「いやあ、今度こそ・・・」思えばあのヘヴィなラザーニャは最終兵器なのだ。あれで「もういっぱい」といわないやつがあろうか。でも、またリターンマッチに懸けてしまうのよね。一生満腹が続くわけじゃないし。
Mar 15, 2004
11日のterrorの後、一応心配だからmailを出しておいた。その日の同じような時刻付けのmailが先に届いてたから大丈夫だろうな、とは思ったけれど。その返事。「ご心配ありがとう。家族も知り合いもみんな、怪我だけはしなかったよ。そう、ともかく身体だけはね。でも心のほうはちょっと別問題だ。3月11日のあの瞬間から、ぼくらが住んでる欧州も遂に世界的な騒乱の一部に突入したんだ。そのことだけは皆の中ではっきり認識されたんだと思う。もう、どこに住んでいればテロを回避できるって保障はない。きみは日本、ぼくがスペインに住んでいる・・・のではなく、ぼくらはもう皆同じ騒乱の可能性を持つ国に住んでいるってわけだ。きみも気をつけて。あらゆる災厄を回避できることを願う」こないだの夏まで、乾いたバスクの山を馬鹿っ話しながら時速140キロで車すっ飛ばしていた仲間との会話が、あっさりと半年後に色を変えた。「平気だって!ETAは地元ではやらない」「そりゃそーだろー、こんな赤土と瓦屋根トバしてなんになるっての」「だから田舎に住むほうがいいのさ」「確かにね!」「マドリッドみたいなとこはごめんだね」「なんであそこの人々ってガツガツ早歩きしてよけようともしないのよ?」「スペインの町人てのは、ああなのさ。ハバナの連中みたいにゆっくりしてられないんだ」・・・都会の悪口をいいたい放題、炎天下の路上で小気味よいリオハの民謡をカセットテープ(少々伸び気味)でがんがんかけながら3人で語ったものだ。移民生活3年目に突入した友人。欧州人になるわけにゃいかないだろうけど、少なくとも今寝て起きて水飲んでる土地からのものの見方を伝えてくれた。これから、亜細亜と欧州の行き来がしづらくならないといいのだけれど。
Mar 14, 2004
もう、書かないわけにはいかないな。知人がこの巨大共同住宅内にHPを開店した。そこで書き込んでしまった「神保町・ボーイズカレー」。何を隠そう、わたしはここに週二日、ひどいときは三日ほどお世話になっている。15日にしゃべった国分寺のイタリアンよりも長く通う店のひとつである。そのジサブロウ氏がちょこっと解説してくれてはいるが、喰う話なんぞはひとつこっちでやっておこう。神保町「ボーイズのカレー道」ひとつ、入るなら12:05分まで。それを逃したら次は12:35以降を狙うべし。この間の30分は「てんどんのいもや」並に混んでいる。ひとつ、空腹時ならおばちゃんがよそってるのを見計らってオーダーすべし。そうでもなければ父ちゃんがカレー鍋のそばに立つときに。まんづ、カレーとめしををよそう時の勢いが違うのだ。おやじが5とすればおばちゃんは通常で7だ。忙しいときはますますわがカレー時間の運命は読めなくなる。きついパターンとして、おばちゃんめし7:父ちゃんカレー5 がある。これはわが理想のカレー黄金率を完成するのがたいへん困難となる。(ああ、もうひとかけ欲しいっす!)運良く12:05ごろにカウンターにたどりつき、「はあはあチキンカレーひとつ」などとオーダーして目の前にはお日さまのような、あるいはジャリン子チエがそのまま大人になったようなすてきな笑顔のおばちゃんを見る、おう大丈夫だ本日もわが黄金率はかく守られたし!などと一人合点をしていると急に前のお客さんの「しょうが焼き」か「ナポリタン」あるいは「カツカレー」(カツの場合、厨房に行き揚げたのを取りにいくのだ)のために奥にいってしまう。するってえと必然的に父ちゃんが代わりに入るから「5」になってしまう。ついでに彼が別オーダー受けてしまいめしだけまだ、って場合。おばちゃんの「7」めしがそこに現れることに。(ア~イディオスミ~オ!マンマ・ミーア!ミエルダ!)何か、午後の運勢をすべて占われてしまったような気分になるのは、16人座れるあのカウンターで、わたしだけだろうか。見知らぬ「ボーイズ」の友たちよ、きみのココロモチと腹のあんばいはどうだ。盛ってもらって5分で食べ終わるくせに、その瞬間はいつも波乱含みの気分だ。まあ、5:5でも7:5でも入ってしまえばおんなじなんだけどさ。で、わたしの一番の気に入りのパターンは、「たくさん入ったなべに交換するまえの、鶏が崩れたのが入っててどろっとしたやつ」に「固めに炊いためし」の7:5。そうそう出会えないパターンだけど、だからいいのだ。毎日かよっても飽きない。それって、スゲーことだと思う。わたしの腹が、ではなくボーイズが。ちなみに、ここの最大級メニュウは「ランチ・カレー付」。限りなく1000円に近い。(この店で1000円超えて食える人、流石ですぜ)自家製煮込みハンバーグにケチャップまぶしたスパゲティ、それから千切りキャベツ。これにライスとカレー、スープで780円。(だったと思う)20代のじぶんにゃこれ食べて仕事できたけど、さっすがに今はチキンカレーかたまにカツカレーでしょう。ジサブロウ氏も書いてたが、まさに「20代男子」の飯。(でも、おじさんもよく食べてるな)ともかく、わたしはここではぐはぐカレーたいらげてく「働く人」と彼ら(わたしも含む)のかもしだす勢いが好きなのだ。がっつり喰って働く。なんつーかね、これって日常の基本だと思うのよ。(あー、なんかむしょうにカール・サンドバーグの詩集を読みたくなってきた)一瞬だけあのカウンターに引っかかって、カレーを入れた腹をもって彼らはどこでどんな風に仕事してるのだろう。同じ鍋釜の飯の同士たちよ。明日も行くぞ!ちなみに、チキンカレー(定番ですね)、550円(税込み)。
Mar 13, 2004
この男しかいない。ポール・オースター「true stories」ついでにフラメンコ夜のつづきは一月26日にて。
Mar 12, 2004
そのときの興奮についてはここに。一月二十五日。ついでにMSNでも引っかかった。いつからなんだろう?なんにもしてないのに。ま、いいけど。どっからでもきなさい!
Mar 11, 2004
DES IMAGES ET DES MOTSCARTIER-BRESSON。巌松堂で店頭500円なり。あんまりにも基本の写真だし、でも見た記憶があるのとないのとではおーいに差が出るヒトの写真。基本、とはそういうことなのかもしれない。いくつも作品を見ていると、「なんでそこに居合わせることができる、できたのだろう」と単純な疑問が頭をかすめる、けどそうじゃないのよね。「そこ」でシャッターを切って居合わせた「意味」を作り出したのはブレッソンなんだもんね。その嗅覚が集められている本。そこにある絵の意味なんて説明不要。見ればわかるのでなけりゃ意味がない。(う、禅問答に入りそ。)500円で営団地下鉄のなかでじっくり考え込める。ブレッソンの存在も、だけどいい時間とお金の使い方をしたこと自体がうれしい。pay-day、500円のよろこび。それはその紙の束にブレッソンが印刷されていたから。
Mar 10, 2004
九段からバスにのって20分。靖国、市谷、防衛庁(ここの階段はいつ見てもエイゼンシュタインの戦艦ポチョムキンの乳母車のシーンを連想してしまふ)、女子医大、余丁町、抜弁天・・・・の夜を眺めながら大久保通りへ降り立つ。と、そこは日本語でなくても生きられる世界がある。思えばずいぶん久しぶり。前回のサッカーの年以来か。商売に敏感な彼らは何でも取り入れる。今の大久保通りはKOREAN CAFEブームって感じでこないだまで「韓国食堂」だったとこがカフェと称してきっと中ではサムゲタン食えるのであろう。ネットつないでる場所も増えた、「中文ハングルOK 熱烈光臨」・・・ひょっとして、日本語ないのでなないかと思うとまだ入っていけない。この町で日本語の会話とすれ違うとなんか変な気分になる、ただ歩いてるだけで何か匿名性を獲得できたような気になるからそのへんはメキシコシティなんか歩いてるときと変わりない。日本のファミレス・コンビニ・ファストフードが他国のアジアの国へフランチャイズ出している、そんな錯覚におちいる瞬間もある。ほんの時々「とんかつ」なんて看板を見つけてああそうだったここは東京。とわれに返るもわたしが目指すのは日本製品を一切扱ってないアジア諸国ネットわーく持つ華僑のやってるスーパー、超級市場。本日のお買い物、インドネシアのmustika latuの化粧水。タイ国製のCANPHOR SOAP。もうひとつ、マレーシアAYAM BRANDのカレー粉、230gで550円。数年前からこの店でナニモノカを買うのが趣味で時々来ていた。蒸し暑い夏の午後にドリアンの切り売りして道路に重たいあの匂いがでろりと流れ出しているのを何度となく目撃したものだ。あの匂いは目に見えると思う。お客はみんな異なる言語で会話する。中国の「八宝茶」、ここなら中華街より安いかもしれない。実用品だからか。もちろん、わたしだってここにいれば異なる言語で会話する一人に過ぎない。それでもレジの姉さんの視線はピリっとしているのだった。本日ちょっと久しぶりに行ったら彼女は珍しくわたしより先に「謝謝」と言った。一応認識されているらしい。暑くなったらまた各国のカレー粉を試しに買いにいこう。ドリアンの匂いもたまにならいいしさ。あと菊花茶も。そろそろ繁忙期で目を酷使するし。ここからちょっと歩いて大久保駅から総武線へ。中野で降りた、そこはもう中央線の世界でわたしがさっきまでいた亜細亜世界とは異なる領域だった。へんなかんじ。くそ忙しい日々に即効性のある気分転換。
Mar 9, 2004
・・・てな部分もあるし、本日は久しぶりに五日市の友人のギャラリー・ネオエポックへ遊びに行く。天気もよかったし。道中にある湧き水は生で飲むなって。途中であった野鳥、アオジたったの一羽だった。静か過ぎる山。
Mar 6, 2004
男鹿の山越え、2月22日。
Mar 5, 2004
ロス・コンパドレスの「やきいもの歌」を流しながら売っている。兄弟のデュオ。ビエハ・トローバ・サンチャゲーラに片方がいる。キューバでは豆売りの声だけど、日本では焼きいもやさんが歌いながら売ってるのねっていう内容の歌。くっそ寒い道でわたしもつい歌ってしまう。♪あ~いっし焼きいも~♪(ええ、マジでこういう歌詞なの)
Mar 4, 2004
とかなんとかいって、先月あたりからちょこっとしゃべってる友人のドキュメンタリー”BURIA BUSCA BURIAS"を某所の視聴覚室にてDVD上映してみたっす。さすがにPCの画面なんかで観るのとは違う。よかったよかった。いすぱにやと北米~中南米の移民をめぐる、家族の話。どーもこの島国にいると、移民文化って要素が周囲散らばってないのよね。そこらへんをクリアできればもっといいんだろうな。ま、そこは観るものの想像力でカバー。また、どっかでやろうかな。上映。(でもやっぱ、字幕要るだろうし・・)
Mar 3, 2004
yahoo!japanで引っかかってる。ここんち。
Mar 2, 2004
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