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午後、仕事を抜け出し、今日締きりのリサイクルアートの作品を搬入に行った。出がけにペットボトルと竹材で作った「キッチン用ハーブガーデン」が倒れ、足が立たなくなり出品できなくなった。消音材と紙皿と100均の時計で作った、家族帰宅時計「バードウォッチ」、そしてポリの鉢を並べて中にポプリを積めた「万年カレンダー」の2種を出品した。一応写真を撮ったので、いずれここで公開します。リサイクル品を活用してという点に於いては、今一つきれいな仕上りで?駄目かな…。
2002年09月30日
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同窓会世話人の飲み会が昨晩あり、終って家に辿り着いたのは何と朝の6時前だった。夜明けがまだなら、皆ともっと飲んでいたことだろう…。話し尽きないのもあったが、一晩中ほうぼう店が開いているものだと感心した。さて無茶苦茶な飲み方をしてさすがに疲れ、喉も声がかすれて少し痛い。帰りは繁華街から自宅までの約12kmを歩くと宣言してたので、どこぞで倒れているとでも思ったか、女将が心配して何度もケータイをくれていた。ほの明るい外に気づき、さすがに迷わずタクシーに乗り帰宅した。どうかご近所にも朝帰りが見つかりませんようにと祈りながら。やがてぼぉ~とした感覚のまま、長男、次男、女将の順に外出するのをソファーで見送ったが、せっかくの日曜に、こんなだらしない時間の過ぎ方がもったいなくて嫌だった。予定では夜中の2時には自宅に戻り、そのままリサイクルアートを完成させる予定だったのに…。そう思ったら目が冴えてきて、夜にはどうにか予定のばん回ができた。チャッピーを散歩させ、風呂の準備をして外出。昨日の分の12kmを歩いた。
2002年09月29日
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露天の温泉に行きたいと女将が言うので、朝から出かけた。ぼくも今晩は飲み会なので、どうせお風呂に入れないし、韓国式垢スリでもしてればよいかと、丁度よかった。8時過ぎに着いたが温泉の営業は10時からで(当然か…)、時間潰しに那谷寺に寄った。紅葉の名所だがまだまだで、観光客に混じって雨の中を散策した。傘が1本しかなかったので、久しぶりの夫婦相合い傘で、ちょっと照れくさかった。
2002年09月28日
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午後、ぼくらのネットワークの仲間になってくれそうな人物を求め、県の主催するITのインキュベート施設の交流会に参加した。あまり近づきたくない人種に属する、広告代理店の人が隣のテーブルで熱弁を奮っていたので、少し遠ざかった所に場所を移そうとして席を立ったところ、施設のスタッフの気転にあい、なんとその熱弁の主をぼくらのテーブルに連れてきて、彼を紹介いただく形になってしまった。聞けばWinもMacも自在にソフトを使いこなすと言い、代理店の人物らしからぬ、高度なPCのテクニックとマーケティング思考、そして男気を感じさせる仕事の捉え方を持っていた。はっきり言って好感の持てる人物であった。嫌いな相手は向こうもこちらを嫌っていると長らく思ってきたが、なかなかの人物なのか、こちらに対して微塵も嫌な素振りを見せない人だった。昔、「嫌いな人の所にこそこっちから出向いて行き、味方をどんどん増やせ」とアドバイスをくれた人がいたが、こういうことか…。少し得をしたような気分を味わった。ただし、向うの本心まではもちろん分からないが。
2002年09月27日
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今日は本州最南端に在る町の来年のカレンダーを制作していた。打ち込みが多かったせいか、指先が痛い。夜、昨日とは違う道を50分ほどウォーキング。昨日の今日でもう靴擦れができ、かかとも痛い。しかし、ただ歩いているだけなので筋肉痛までには至らず、歩いた効果が体感できないのが、ぼくには少々物足りない…。痛みや苦味などの感覚的なエレメントが伴わないと、効いているという実感が涌かないのだ。そこで少し身体を虐めたくて公園で仕上げにストレッチをやることにした。途中、ご近所の奥さんに見つかり「偉いね、いつから」と声を掛けられてしまった。三日坊主にも足りない、まだ二日目だというのに…。痩せて結果を出すか、長く歩くことを続けるか、途中でこけたらみっともないなぁ。
2002年09月25日
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晩、昨日買ったスエットを着て、50分ほどの距離を歩いた。月がきれいで夜空も澄んでおり、外気は涼しいがスエットのお蔭で身体が温かかった。暗がりが自分を包み、何処の誰とも知られないので、気を張らずに歩けて気持ちがいい。家々からもれる生活音、お風呂の匂い、無灯火の自転車、ベンチで話し込んでいる二人…、こんな色んなものと途中ですれ違いしながら、ぼくは家族のことを思っていた。帰る家があって、そこに家族がいて、時にはこの家族のことで怒ったり泣いたりもするけれど、これがなかったらきっとどんなに寂しいことだろうと思う。明日も闇に乗じて街の中を歩いてみよう。
2002年09月24日
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夕方、デジカメを買うつもりで家族で外出。長らく愛用してきた一眼レフが無駄になるのは惜しいが、時代の波には逆らえない。仕事にも使えることを前提に、420万画素の光学8倍ズームでオリンパス製の物に決めていたが、家族には「でっかくてデジカメらしくない」と不評で、みんな各々に、こう使いたいとのイメージがあり、どうやらそれと趣が合わない様子で、この日の購入を断念した。その後、スポーツ店に行きウォーキング用のジャージを見るが、ここでも家族に「どれも似合わない」と言われ見合わせた。結局、ユニクロでスエットの上下をコンビで買った。価格が安いせいか、ここではみんなの反対もなく「どうぞご自由に」って感じで…。帰りにお寿司を食べに行き、みんなで漠々食べたら、持ってきたデジカメ代が随分と凹んだ。
2002年09月23日
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土曜でも受験生なので授業のある長男は、いつも通り7時半に学校へ。中学生陸上の新人戦大会に出場するという次男も、陸上競技場行くと言って8時に出かけて行った。そして昨晩のうちから治療の効果が表れ、朝には体調が元通りになった女将も、昼前には笑顔で出かけて行った。皆を見送ったぼくは、お天気が良く爽やかなので、デッキに日よけを立ててその下で仕事を始めることにした。納屋からチャッピーも連れて来て、お残り同士の、静かに時間の経つ午後の留守番になった。夕方、次男が一番に帰宅し、走り高跳びで友人が県で1位、自分は4位になったと報告してくれた。友人の1位を自分のことのように喜んでいる次男をみていて、家族が健やかであることの幸せを実感した。
2002年09月21日
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女将は結局、急性肺炎と診断され、自宅療養することになった。喘息治療では日本一と言われる清水先生が今後担当医になってくださるとのことで、これで一安心。さらにお友達から針治療の名医のご紹介を受け、清水先生とは見識が違ったが、こちらの先生に、本来あるべき身体への矯正治療もいただくことになった。ぼくが発端で家族に伝染していった暗い気も、これで終息に向かいそうで、安堵した。ながらくトランス系の音楽など聴く気分ではなかったが、今日はglobeLights2を買ってきて早速、お仕事全開。ただ実際の所、このアルバムはもう一つかな…。昨日発売ですでに売り切れていた「audio sporge」も同時に予約してきたが、今はこれに期待をしている。高橋幸宏と細野晴臣のユニット「SKETCH SHOW」+坂本龍一で、紛れもなくYMOの復活を臭わせるテクノアルバムです。仕事も捗りそうで嬉しいな。
2002年09月20日
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女将が精密検査を受けることになり、朝、病院まで送るために玄関を出たら、アプローチ脇の庭で殻を着た蝉が歩いているのを見つけた。何で7年も土中で我慢していたのに、こんなに涼しくなってから表に出て来てしまったんだろう…、死ぬつもりかと呆れつつ、陽の当たる木に移動させた。しかし、弱っているのか直ぐに下に転げ落ちてしまい、やむなく、今度は、やしの木の葉っぱに座らせる形でつながらせ、うまく羽化できるといいけど…と思いながら家を後にした。午後、自分だけ家に戻りまっ先に蝉のところにいってみると、やしの葉の椅子に蝉の姿はなく、辺りを捜すと、黒い固まりになったアリの大軍に包まれた蝉の姿を発見した。蝉はまだ足を動かしていて、なんて惨い光景だろう。アリの中から蝉をひらい、群がるアリを息で吹き飛ばしたり、手の平で転がして引き離した。女将のことと重なって不吉に感じてしまい、まだ地上で群れているアリたちを、ぼくは何度も何度も足で踏み潰し、跡形もなく消滅させた。この蝉は多分死ぬだろうと思いながら、今度は陽の当たるパセリの枝の中にそっと置いてやった。ジョウロでそっと水をかけてやったら、蝉は手をゆっくり動かして見せた。その様は、ぼくには喜んでいるように見えたが、実際は分からない。ただ可哀想で哀れだった。
2002年09月19日
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午後から女将の症状も徐々に良くなってきた。次男は何か手伝わないとと思ったのか、家にある宅配のおかず素材で晩御飯を作るというので任せた。晩、揚げの味噌汁、蟹玉、肉ジャガの3品が食膳に乗ったが、絵に描いたようなミスがすぐに発覚。蟹玉のあんかけの砂糖が塩に、肉ジャガのだしは希釈用をそのまま原液で使用したらしく、結局、食べれなかった。几帳面な性格なので統べて計量カップで測って作ったらしいのだが…。ただ家族の笑いを取り、女将の元気と笑顔につながった。息子の名誉のために書き足しておくが、御飯は女将より旨く上手に炊けていたと思う。
2002年09月16日
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女将の容態は、一向によくはならず苦しそう。それでも今日は痴呆の祖母を見舞う日なので、子供達に女将の看病を頼み朝一番に老人ホームへ。祖母は気持ち良さそうに眠っていたが、目の縁にべったりと目やにが付き、くっついてしまっている。濡れテイッシュでそれを取ろうとするのだが、固まってなかなか取れず、湿らせては取り除いた。それは深く何層にも固まって、目蓋を開くようにしながら取っていってようやくまつげに辿り着いた。いったい何日顔を拭いてもらっていないのだろう。椅子に座り部屋を見渡すと、ベッドの後ろはほこりが溜まり、タンスの足下には蜘蛛の巣が張っていた。個室の清掃も入所者の洗顔も、老人介護施設では日課のはずで、母親は立派な施設に期待して祖母のために超高額を払って入所させたユートピアの名がつく老人ホームなのに…。女将のことで気が立ってもおり怒りを抑えて、帰りに受付の職員に苦言を呈して施設を後にした。買い物どころでない日曜日になった。レトルトの食品を大量に買い込み、帰宅。家を空けることもできないので、家周りの雨戸の戸袋の錆落し、終日それにペンキ塗って過ごした。
2002年09月15日
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昨晩から今度は女将の調子が悪い。喘息と過呼吸(パニック病/荻原智子のあれ)と腎臓病の、いずれも精神系が元となる?持病があり、ぼくは、日頃からその急な発作に注意しハラハラしている。昨晩も夜中に辛くなり、いよいよ救急車が必要かと心配した。今度の発作は確かに少し前から予兆があったが、多分、ぼくのことと長男のことの心労が重なったのも発作の起きる引き金になったと思っている。彼女には、もう少し気楽にルーズな生き方をして欲しいと昔から言い続けてきたが、夫婦であっても彼女の性分は変えられず、もうとうに諦めている。夕方、息子も無事退院できたので花でも買ってくると言ったら、彼女も行きたいと言うので連れ出した。幾つかの花の苗を買い、戻ってから植えたかったようだが、帰宅後すぐに辛くなり、今はまたベッドに寝込んでしまった。長男には申し訳ないが、暗い晩飯になってしまった。
2002年09月14日
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息子の手術も無事終った。両脇に穴を開け、そこから両肺の近くにある手の平の汗腺を切るものだったが、全身麻酔が醒めてすぐにも関わらず、痛みも薄いらしくて、もう笑顔も一杯で退屈だと言っている。彼は手の平に大量の汗をかく多汗症で、精神性のものだとずっと大人は思っていたが、それだけでなくて、体質異常として今は外科手術で治せる。ちょっと汗が多いぐらいなんだ…と、どこの患者の親も最初は相手にしないらしいが、そのことが当事者の悩みをよけい深刻なものにするらしい。息子の教科書の縁はどれも湿気でボロボロで、テストの時はタオル持参、それでも答案用紙は濡れて縮んでいた。今回の手術で当人はこのコンプレックスから一生解放されるせいか、前にもまして明るい。口に出すと可哀想だが、整形手術みたいなもんだなと思うし、こんなに簡単な手術だったのなら、もっと早く受けさせてやれば良かったと今は思っている。さあ、もうこれを理由に受験に身が入らないなんて言えないぞ。
2002年09月13日
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何もしないのが一番の薬だと、日記を見た方から励ましのメールをいただいた。その通りかもしれないと思いつつ、実際のところ、ここ2、3日前から何にもしていないに等しいのだが…。そういえば昨日、先頃必死に消化した2つのコンペの内の一つが落ちたと連絡があった。先方の要望と工夫を満たしたかなり凝った自信作だったのだが、原因は別にあるのですと担当者が言う。それが何かを聞く気もなく、不思議と腹もたたなかった。もしかすると、採用になっていても喜びも涌かなかったのかもしれない。晩、今回の絶不調に至るプロセスや心配事などをあれこれ紙に書き出し、女将と一緒に原因分析をするが、要因はやっぱり不明。脈絡のない支離滅裂の治癒方法だが、日曜に二人で買い物デートをすることになった。ぼくは外車で女将はイタリアのソファーを買うつもりらしい。フフッ…。明日は長男が多汗症の手術を受ける日で、術後、そのまま気分転換に髪でも切りに行こうと思う。いまは少しだけ不調が底を打ったかな…という感じがあり、もう一歩といったところかなと自覚している。息子の退院の日には完全復活していたいと思いつつ、今晩の女将の冗談に感謝している。
2002年09月12日
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書いては消す…、日記すらアップできないほどの不調です。別に体調も悪くないようですが、集中力が散漫で気力も涌いてきません。迷惑をかけそうなので別の理由をつけて仕事も断っていますが、これもさらにストレスを高めてしまっています。確か成人病の中にこんな症状の病気ありましたよね、違うかな…。もしや本当に男更年期かも。
2002年09月11日
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リサクルアートコンペティションに応募する作品づくりを始めた。と言っても、プランが今からなので廃材を集めるのもこれからのことで、妙な話だが廃材を得るためにわざわざ商品を買う、馬鹿げたことをしそうだ。一日かかって、どうにか4案のラフを絞り出し、必要な部材のサイズや数が算出できた。選考で外れ、日の目を見ない可能性もあるので、この場でプランだけ公開しておきます。■プラン1/「キッチンガーデン/ハーブファクトリー」 四角いペットボトルの胴体から上を半分にカットして、逆さの状態にしてから底部に小さなネットを置く。 次に中へハイドロカルチャーを詰め込む。キャップ口にハイドロが落ちないことを確認。この部分は水抜き栓になる。同様のものを6個用意し、木枠で全体を固定。 庭で6種のハーブを採取し移植。アイスクリームの棒をプラントラベルにし、ハーブの名前を書いて土に刺す。■プラン2.「国際時計」 折筋のない大きな段ボールを数枚用意し、厚さ3cm程度になるまで重ね、全体を接着して1枚の長方形の板にする。 次に100円ショップで壁掛け時計4個を購入し、分解して針とクオーツ箱だけを壊さぬよう取り外す。 段ボール板の裏にクオーツ箱と同サイズの穴を均等間隔で開け、箱をはめ込んで接着。 今度は板の正面に、針の出る穴を開けた段ボールを張り固定。4つの文字盤の数字の位置に、大豆(お多福豆)を貼る。 最後に各時計の下にインレタでTOKYO.PARI.NEWYORK.LONDONといれて出来上がり。■きりがないので解説をやめます。できるかも未知ですしね…。応募前に写真を日記にアップします。
2002年09月08日
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午後8時からの「北の国から」を、いよいよ最後と思い、燃焼し尽くす思いで観ていました。最終回はぜひともハッピーエンドで終ってほしい…と、願っていたので、その通りになり今は幸せな気分です。自然との共生、老いや死を覚悟すること、恰好など気にしない真摯な生き方など、とても参考になりましたが、捨てられない荷物をたくさん抱えた今のぼくには、共鳴することぐらいしかできません。ただ、ドラマの中の人もよく泣くのですが、ぼくも一緒にたくさん泣いて、心があらわれるようで気持ち良かったです。幼稚なことを言うようですが、麓郷?に行ったら、本当に黒板家がそこで生活していそうな錯覚を感じています。五郎や黒板ファミリーのその後ついて、たまには思い出しみて幸せな様子を描きつつ、いつか本当に北海道へ行ったならば、きっと黒板家の住む辺りを訪ねてみようと思っています。
2002年09月07日
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月一のネットワークの定例会に、SEの会社を企画運営するオーナーが出席した。我々と相互利益のある業務について、プレゼンテ-ションをしたいとやってきたのだ。内容は全国規模で、起業家の立ち上げ支援から経営運営に関するサポート一切を業務にしようというものだった。落ち着いた印象と理論整然とした知的な語り口が、さすがに出来る人を感じさせ、身なりもビシっとスーツで決めた一流っぽいプレゼンテーションを久しく体験をさせていただいた。我々に関する部分といえば、デザインをも含む経営の周辺環境整備に位置していたが、企画書ではその部分に「お金をかけない」「お金が要らない」と詠っており、どうやら全体企画を魅力的に見せるために、デザインをおまけのように扱ってある。エンドユーザーには魅力を与えるだろうが、クリエィターにとってこれは愉快な書き方ではない。さて、マネージメントが発生しないこのサービスで、彼はいかにして我々に利益を与えるというのか…、質問として、おまけ扱いのその件について聞くと、彼のデザインに対する希薄さがすぐに露呈してしまった。「軌道に乗った時の次の仕事でフォローできる…」そんなことできるはずないでしょう。こんなに優れた人でも、製造、販売、お客の三方が得をする三方得の企画理論を無視して自分たちの利益だけを見つめた、都合の良いシステムを組んで、それに酔ってしまうものなのか。残念ながら、現状では我々にリスクはあっても利益はないと、遠回しに申し上げた。
2002年09月06日
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現在に通じる欧文フォントの研究発表会が計画され、その案内ツールを制作することになった。おそらくはと予想していたこのセミナーの講師は、やっぱり某芸術大学の助教授で、ぼくの大学時代の先輩だった。長らく彼を慕っていたが、徐々に身についていった高圧的な人間性と、複数の女子学生らとの関係(ぼくのひがみもあるか)を奥さんから聞かされ、そんな最近の彼の言動が好きでなく、暫くずっと距離を置いてきていたが、そんなぼくらの関係とはお構い無しに、仕事がやむなく二人を繋ごうとしているのが、何とも皮肉だ。ぼくが嫌なのだから、きっと向うもぼくを心良く思っていないことだろう。さて、案の定、ぼくのデザインを見た彼は、彼の理論と主観と立場に沿った真っ赤な校正を直接ぼくに送ってきた。実は、敢えて今回、ぼくは前から先輩の理論が矛盾する点を突いたデザインを提示していたので当然の成りゆき。先輩とぼくの欧文書体に対する争点を短歌を例に簡単に説明すると、短歌のルールや歴史を踏まえず、形を模しただけの短歌など認めないという意見と、俵万智のように、日常の息づかいを感じる親しみと今日性が短歌には大事、…ぐらいの差かな。さて、いよいよ先輩と訣別の時、ぼくはこの修正依頼に一歩も折れる気はない。
2002年09月05日
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今日は急ぎの仕事もないので、お盆の間にしようと思っていた経理の帳簿付けを午後からやり始めた。途中からどうやら最悪の経過を見ることが確かになり、嫌になって止めた。駄目な理由はいくらもあるが、かなり飛ばしていたつもりの前半だっただけに、ショックも大きい。仕事量の割に効率の悪さは感じていたが、この調子だと御褒美の車購入も先が遠い…。後半をさらにハードに組まないと、とても挽回できないと思ったら、滅入ってそのまま仕事も止めた。「縮みっぱなしの日本で、伸びる前は縮むもの…。って本当にそうだといいんですけどねぇ。」と枯れ葉で真っ赤に紅葉してしまった、庭のどうだんつつじに話し掛け、今日もたっぷりの水をやった。
2002年09月04日
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取引先だったステショナリーメーカーが会社を清算することになったと連絡が入った。LOFTやハンズにも商品を並べる一流の会社だが…。スタッフによると業績悪化ではなく、今後、投資に見合う収益を挙げる見込みがないとの決断らしい。この社長はセンスの良い方で、無名の作家を支援したり、学芸員顔負けの視点で企画からキュレーター的なことまでもされる、ぼくらの知識と資金のパトロン的存在でもあった。彼のお蔭で何人ものアーティストがメジャーになり、出世してもいる。彼から夢や浪漫を聞くことはあっても、日頃の言動の中で経営者の匂いを感じることは少なかった。ずっとロマンチストでいるために、彼は夢が崩れる前に幕を引いたとぼくは思う。厳しい時代の波はすぐにはおさまらないが、今度は彼に育てられた人たち全員で、海原に光を放って失意の彼?に勇気を与える番だと思う。
2002年09月03日
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一昨日あたりからの猛暑(昨日金沢は36.5度)で、自慢のドウダンツツジが枯れ始めたのに今朝初めて気づいた。なんと大ばか者だった。何度か夕立ちがあったのをいいことに、水やりをしていなかったのだ。不確かな手だが、根の周りにスパイクを打ちたっぷりの水をやったがどうだろう。多分、根は大丈夫と思うが可哀想なことをしてしまった、ゴメン。こんな形で庭の一部を初公開することになろうとは…、何ともお粗末。
2002年09月02日
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人の死とは寂しいものだ。いくら人の心の中や記憶の中で永遠に生きると言われても、このぼく自身、普段は自分のことや現実のことを思っているし、たまにしか父の存在を思い出さなくもなっている。せめてたまには夢の中にでも出て来いよと願うが、それも一度たりともない。死んでまで頼るなと言うことか、それとも父へのぼくの思いが薄いのか…、死とは本当に永遠の別れなのだと実感せずにおれない。けれどたまに自分のことで、父ならどう言うか、どう動くかと、父をフィルターにすることがある。もしかするとこれが心の中に生きるということか。そしておのずと「親父に似てきたな」とでも言われるようにでもなるのだろうか。いずれにしてもぼくには光栄なことだ。家の女将が父の大好きだった黄色の薔薇を覚えていてくれて、たくさん買ってきてくれた。この人の心の中にもぼくの父が生きているようだ。夕方、母を誘い三人で父の墓参りをした。
2002年09月01日
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