草加の爺の親世代へ対するボヤキ

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2014年01月21日
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 今年に入ってから最初のコメントになりますが

皆さん方におかれましては、お元気で、また有意義な毎日を

過ごされておられることと拝察いたします。私も頗る元気で

まるで十歳前の私自身の「黄金期」を再び体験しているような

楽しく、ハリのある生活を有難い事に享受致しております。これも

有難い事に、昨年の師走から正月のつい最近まで、受験生を中心に

多くの担当生徒を相手に、充実した時間を持つ事ができて

とてもハッピーな気持ちですよ。そんな中で、今回の正月の三が日は

小林秀雄の「本居宣長」の大作に、私としては三度目のチャレンジを



「肉声」を改めて聴く思いが致し、思わず知らず嬉しさと感謝の入り混じった

実に心地よい感動に浸り切ることが出来ました。学習塾で生徒に対して

いっぱしの先生面をして、教えてはおりますが、何しろ浅学菲才の身でありますから

この歳になりましても、理解が浅く、考えが行き届かない点が多々ありまして

恥ずかしかったり、悲しかったりの思いを毎日のように繰り返しているような

次第であります。凡才は凡才なりに、納得の行く勉強を重ねて、先人の

尊い教えに導かれて少しでも「世のため、他人のため」に役立ちたい。恩返しを

万分の一でもしておきたいと念じている。それにつけても、大人のがわの

不当なと言ってよい「驕り」昂ぶりようは、あまりにも目に余る。全く

本人にはその自覚が皆無なので、何とも手の施しようがないので、始末に

困るのですが……。私が今何を問題にしているか、殆どのお人が見当もつかない



募ってばかりで冷静さをついつい失ってしまう。せっかちついでに結論から

先に述べてしまえば、大人は、親は子供達から謙虚に、学ぶべきことを、学ぶ

「勇気」を持たなくてはいけない。この一言に尽きる。子供は何も知らないようでいて

実は、何もかも知っている。ただし、子供の「知り方」は大人たちの知り方

とは違っているだけなのだ。こんな風に言っても、何のことやらさっぱり理解できない。



をすれば、それもまた然りなのであります。子供は天与の宝物。この単純にして

率直な表現に託された深い意味合いを、よくよく熟考して頂きたい。銘々が

自分なりの回答を、真摯な名答をそこから引き出していただけば済む話です。

出来合いの模範解答などは、どうでも宜しいので、拙くとも幼稚でも、自分自身の

頭で、或いは身体全体で答えを出すことが大切なのですね。先ず虚心坦懐に

ご自分の幼い頃を心の中に思い描くことから始めて下さい。誰だって始めから

大人だった人はいないわけですので。これは真の意味での「信心」の勧めであり、

具体的な宗教団体に加入することを推奨する低次元のそれではありませんので、

念のために書き添えておきます、はい。










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最終更新日  2014年01月21日 10時52分51秒
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