草加の爺の親世代へ対するボヤキ

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2016年12月12日
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            第 百十一 回 目


 若い頃の想い出話と共に、芸には完成がないことを指摘いたしました。そして、素人には

素人なりの花が、魅力があるのだとも。

 さて、読み聞かせの人材に関しては、取り敢えずこのくらいにしておいて、今度は

会場の問題に移りましょうか。ズバリ一言、会場は場所を選ばない、と。立派なステージや

舞台などがなくても、発信者と受け手とが揃えば、其処が「立派な会場」に変身してしまう。

そう、戸外でも路上でも、山の上でも、海の辺(ほとり)でも…。もうお分かりですね、

思い立ったが吉日。

何時でも、何処ででも、一定の条件さえ揃えば、スタート可能なのです、簡単に。



機が熟すとは、今度の場合にどの様な事柄を意味しているのでしょう。ご一緒に考えて

見たいと思います。

 私は妻・悦子の「偲ぶ会」に際して、出席者の義兄夫婦、義妹夫婦とその長女、そして

義弟夫婦に対して或るアピールを致しました。町起こしの決め手になるに相違ない、私

が提案するプロジェクトの発足メンバーになって貰えないだろうか、と言う相談です。

そして、私はその最後にこう付け加えてもいました。即ち、無理強いする意図は全くなく、

もし自分たちの生活の張になると思えたら、諸事情が許す範囲で、ご協力をお願いしたい

のだ、と。

 「あなた方の故郷である町が、近い将来に、人口減少などの原因で、消滅してしまうかも

知れない。少なくとも、その危険性や、可能性は大きい。だから、これはあなた方自身の

非常に密接な、喫緊の重大問題なのです。だから、是が非でも、力を貸して欲しい」など



絶対に…。この最も重要な、最初の一歩は、たとえ私という部外者からの助言によって、

形式的には外発的な原因を伴ったにせよ、実質は、内情は、町民自身に依る、止むにやまれぬ

内発的な熱情・熱誠によって、自ら進んで実施される。そういう自助努力の自ずからなる発露、

生まれ故郷を愛する情熱の爆発、であって欲しい、何が何でも…。そう切に願っている。

 そうでない限り、この偉大なるチャレンジの実現はおぼつかない。やるからには、百パー



最重要課題だから、石に齧り付いても断じて引き下がりはしない。そうした、不退転の

決意と、強固な意志の力がフルに発揮される必要がある。そして私・草加の爺の役目は

町民自身の熱い行動にエールを送り、側面から可能な限りの援助を、サポートを送り続ける、

その一事に尽きる。私も、やるからには寿命とエネルギーが許す範囲で、最大限の尽力を

全く、無報酬、手弁当で、渾身の力を振り絞って、これ努める所存で居ります、決死の

覚悟であります。何故なら、悦子の無尽蔵な私への愛情に報いる手立ては、他に無いから

なのです、実際の所。

 閑話休題 ― ここ迄書いてきて、ふと我に返って気づいたことがあります。町おこしの

事業だったら、例えば県とか町とかの地方自治体との交渉が、先決事項だと思う人が大部分

だろう。そう気づきました。そうです、その通りなのですが、それは既に長男に引き摺られる

如くにして、五六年以前から交渉を始めております、ある程度。そして地元の方々とも、幾分

お話し合いを含めた接触も、図っております、実のところは。

 所で重大な問題が未解決のままで残っていました。私は野辺地で生活している親類や

縁者の生活状況を、何も知らないのであります、殆んど何も。これは非常に大切な問題点

であり、同時に用心深く、細心の注意を要する、実にデリケートな部分であります、実際。

 彼らが全員、実に善い人たちであること、私に好意以上の関心を抱いていてくれる事実に、

間違いはないのですが、彼らが実際にどの様な生活感情を持って、日々の暮らしを送って

いるのか、詳細に至っては私には皆目見当もつきません、正直な話が。

 経済的な事、極貧ではないけれども、非常に豊かでもない。義兄も義妹も共に二階建ての

自宅に住んでいますから、明日の生活に不自由を感じることは無いにしても、義兄の家では

もう数年前から義母が、ベットでの寝たきり状態の生活を余儀なくされている。毎日の介護

や、外部から入浴サービスその他の世話にも、お金やら色々と目に見えない苦労があること

でしょう。また、義妹宅では親子の二世帯が、決して広くはない家の中で同居生活を、営んで

いる。細かな経済状態始め、生活の詳細に至っては、私は何も知りません。これまでは、それで

済んでいたのですが、諸々の相談を持ちかけるとすれば、今までの様なわけには、どうしても

行きませんよ。彼等にすれば、「迷惑な、そして、厄介な面倒を、突然に押し付けられる」こと

になるのですから、私の 理由のわからない相談 は、迷惑千万な、災難が突然に降りかかって

来たのに、全く等しいのです、実際の話が。

 私の側の「善意」は、彼らにすれば「訳の分からない悪意」に、実感としては、受け取られ

兼ねない。まかり間違えれば、詐欺やペテン師、乃至は、押し込み強盗に似た、怪しげな相手に

突然襲われてしまった。迷惑至極な疫病神と、私の存在が変じてしまう恐れが、多分にある。

相手が善意と信じ、あなた方の為ですよ、などと本気で信じているだけに、尚の事厄介極まる。

そんな思いもかけなかった、紛糾した事態を将来しないとも、限らない。いや、ひょっとしたら

その可能性のほうが、遥かに大きいのだ、実の所で。呉呉も、心しなければイケない。こう、

自戒している私・草加の爺なのであります、本当に。





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最終更新日  2016年12月12日 11時47分30秒
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