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2018年12月06日
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第 三百八十九 回 目

    音読 励行の すすめ ( 町の人々への呼び掛け の 草案として )


 この世に人として生まれて、誰もが必ず毎日自然に行っている行動の一つが、声に出して

言葉を発する行為でありますが、それを意図的・意識的に行い、それを暮らしに役立てようと

言うのであります。明治の初めに福沢諭吉は「学問のすすめ」を書いて、学問する事の大切さを

世人に広く訴えましたが、私・草加の爺は「音読のすすめ」をアピールして、人の心と身体に

元気と癒しとを与える大切さを力説したいのであります。

 直接の目的は 町興し の手段でありますが、そればかりではなく更に大きく遠大な目標も

含まれてもいる。それに就いては追々触れることにして、ここではごく身近な行為・行動であり



すので、どうぞ御静聴をお願い申します。

 音読を楽しもう、普段着の言葉で心の中を清掃する習慣をつけて、健康な毎日を楽しく

送りましょう! これが最初の一歩であり、同時に、最終の目標でもある。そして、その

プラスの副作用として町全体が活性化し、延いては外部から人々が頻繁に足を運ぶようになる。

そして中期的には新しい形の娯楽としての セリフ劇団 が誕生し、それが起爆剤として地球上

のあらゆる土地から観客が 心の癒しと安らぎとを求めて 押し寄せて来る、必然として。

 先ず最初はお気に入りの言葉を口に出して言う。呪文か口癖の様な一句・一言でよい、たとえば

の話が毎日起き抜けに洗顔や歯磨きが終了した後で、

 「私は元気だ」、「今日は何か良い事が起こりそうだ」、「雨が降るのは後で晴天が期待できる

ので、ラッキーかも」、「曇りの日も悪くないよ、気持ちが落着くからね」などと、何でもよい

から思いつくままに発声してみる、自分自身を励まし鼓舞する気持ちで以って、口から出まかせで



これを毎日の日課として兎に角、途中で忘れて中断したり、休んだりがあったとしても気にしない

で、暫らくの間継続してみる。そして無理せずに言葉の数を多くしながら、習慣化してみることで

す。

 心が軽くなり、身体も何だか元気が増したように感じてきたら、もうしめたもの。あなたはもう

音読の常習者の一人に数え上げられる、立派な朗読者予備軍と見なされて然るべきなのです。



始まって、次なる二歩めは一番身近に居る人への語り掛けに移行する。音読の調子は自分への

語り掛けと何ら変わることがなくてよい。気取らず、力まず、親しい人への言葉の挨拶と考えて

普段着の口調で、ごくごく自然に発声・発語すればよい、閊えたり噛んだりも O K ですよ。

 これだけの事ですから、誰にでも何時からでも直ぐに出来る事です。ほんの少しだけ「その気」

になって貰えればの話です。そして、自身で実地に体感し納得して頂ければ、それだけで済む

話ですから何処にも難しい点は存在しない。いいことずくめで、マイナス面は本当にゼロです。

気に入らなければ、止めて頂いて結構ですが、とても楽しく快適ですから病みつきになるのが

自然でしょうよ、きっと。論よりも証拠で、一回軽くトライしてみて下さい、お気軽に。

 ピンチの時は実はチャンスの時なのであります。俗に「火事場のクソ力」と言う表現があります

が、困難や不幸に直面した際には人は通常以上の能力や実力を発揮するし、現実に、普通には

潜在的に持っていた大きな力を行使して、ビックリするような偉大な結果を残すことになる。

 こうした逆転の発想を無理にも奮い起こして、実地に行動する、前進してみる。トライ・アン

ド・エラー、試行錯誤の中から光明が見えてきます。ほんの少しの勇気と意欲を掻き立てること

が、近い将来・未来での大きな成果・成功につながる重要な第一歩となる筈なのですから。


 矢っ張りあんたも おんなじ男  あたしはあたしで 生きてゆく  今更なにをいってるのさ

 気まぐれ夜風に 誠なんかあるもんか  捨てちゃえ 捨てちゃえ  どうせひろった恋だもの

  /  飲もうと酔おうと あたしの勝手  余計なお世話だ よしとくれ  愚痴ってみても

 仕方ないさ  女のこころを あンたなんか知るもんか  捨てちゃえ 捨てちゃえ  どうせ

ひろった恋だもの  /  笑っているのに 涙がにじむ  並木の夜星よ 見るじゃない

泣かなきゃすまぬ 年じゃないさ  気まぐれ男に 未練なンかあるものか  捨てちゃえ

 捨てちゃえ  どうせひろった恋だもの


 大昔に流行った流行歌の歌詞(野村 俊夫 作詞)ですが、所謂「女ごころ」も男の浮気も

今日も大した変わりがないものと思われますが、千年前も気取りや衒いをかなぐり捨てた男女の

恋愛心理の実相では無いでしょうか。このようなポプュラーな流行歌の歌詞なども「心の憂さ」を

晴らす手段には利用出来ますので、積極的に活用してよいのではないでしょうか。

 ちょっとばかり理屈っぽい話をお許しください。四苦八苦の娑婆、というような事が言われまし

たが四や八の数字は唯数の多さを表しているに過ぎません。男でも女でも人生を生きる上では

「苦」を避けてスルーすることは、誰にも許されていません。生きると、苦しむは同義です。しか

も偶々楽しさや幸福を手にしても長くは続かず、又もや別の困難や不幸が待ち受けていて、私達を

安らかな境地に置いておいては呉れません。で、自然ストレスが溜まりに溜まって無意識の裡に

心の内部からも有毒ガスさながらに、私達を悩まします。それでもまだ、意識出来ている物はどう

にか対処のしようもあるでしょうが、気が付かない儘に鬱積して残存した心の中の不純物は、どぶ

泥の如くに腐敗して、とんでもない悪さをする場合さえ出て来て、本当の病気になってしまう

最悪のケースだって稀ではないのです。

 早期に手を打つ。軽微で微弱な段階で解消してしまう。その為のベストの手段が朗読という

心の健康法であり、癒しの特効薬ともなる。そればかりではありませんよ、予防や精神の強壮に

も効果が大であります。

 こう在りたいと望む理想の自分、逆にあんな風にはなりたくない自分を、虚構の世界に一時的に

入り込んで 演戯 することでカタルシス(心の浄化・清掃)を体験する。それが劇・ドラマだけ

ではなく詩や物語やコントなどでも、工夫次第ではいともたやすく入手可能なのです、実際の話が

なのであります。

 それからまた、独りで様々なストレスに対処する事に関連付けて申せば、一人で何役も兼ねる

理窟になります。今日でも踏襲されている俳優や役者の「在り方」は、主役なら主役、二枚目役

なら二枚目、そして敵役なら敵役を生涯ずっと続けるのが、いわば当たり前のようになっています

が、私の提案している「役者修行」においては、各自が全ての役柄をこなして演じる必要がある。

つまり人間性のあらゆる要素に対して、銘々が銘々の工夫と努力によって正面から向き合い、自分

なりの回答を出すことが肝要なのでありますね。

 私が今述べた従来形の俳優・役者の典型を言えば、三船敏郎であり美空ひばりなのであり、高倉

健なのです。三船は三船しか、美空は美空しか、高倉は高倉しか演じなかったし、また演じること

が出来なかった。お判りでしょうか、彼等は皆厳密な意味からすれは狭く限定された役柄しか演じ

られかったし、それで彼等の役割は十分とされたからであります。

 私達のセリフ劇で要請される俳優・役者は根本的に違っている。あらゆる人間のタイプを演じ分

けられる本物の俳優や役者として、更なる高みを目指して修行を積み重ねる必要があります。それ

は「銭の稼げる職業人」が理想ではなく、自ずから全く異なった、一種崇高なる役割が俳優・役者

に課せられているからなのですね。それは癒やす人であり、安らぎをもたらす救済者であり、その

理想形を言えば「究極の愛」を仲介し、確実に地上の人々に届ける慈愛の担い手となるべき、尊い

存在たるべきミッションの 遂行びと そのものを目指す人達だからなのであります。

 こんな風に書きますと、人に依っては俳優・役者とは非常に特殊な人種ではないかと、誤解され

るかも知れません。しかし、それは間違いです。そもそもこの世に人間として生まれたお人は

皆が例外なく自然に「名優」揃いなのでありますから。

 えっ、何だって? 自分もその名優とやらの一人だと言う心算なのだろうか? そんな具合に

感じた人が居らっしゃれば、私は即座に「はい、そうです」とお答えします。貴方は紛れもない

貴方であり、他の誰でもない。嘘だとお思いでしたら周囲の身近にいらっしゃる誰でも構いませ

ん、こう尋ねてみてください、「今日の自分は、昨日までの自分と何か大きく違っているか」と。

九十九パーセントの人が恐らく「何にも違っていないよ」という、ごく普通の返事を受取ること

請け合いですから。つまり貴方は無意識の裡にではありますが、御自分を毎日繰り返し 演技 

しているわけです、それも間然する所など少しもなく。だから私は名優と呼ぶのです。

 私達は誰でも様々な発展性を蔵した多様な可能体として生まれて来ているわけです。世の中の

人々の驚異的な多様性を見て頂ければ、その事実は容易に首肯して頂けますでしょうし、例えば

教育の重要性はより良き方向へ向けて鼓舞し、勇気付ける事で人が望ましい変化を遂げ得る何より

の証左でありましょう。

 意識的な改変によってどの程度の変貌が可能かは、人によって様々でしょうし、置かれた環境や

時代などによっても大きく影響を蒙るでしょう。

 しかし、人生と言う大舞台でおのずから名優たることを許された私達には、フィクションという

虚構の舞台で様々な人物や人生を演技・演戯することなど、いとも容易い芸当な筈。少なくとも可

能性や、能力の上では。

 生涯に一つの役柄しか演じる事の出来ない不器用な名優は、スポットライトを浴びない端役で

ある場合が多い私達にとって馴染み深いだけでなく、現実に映画や舞台などでスターとして持て囃

されている三船敏郎、美空ひばり、高倉健などの大スターも同様なのです。だから、意図的により

高い境地やステージを目指しての懸命な努力が、必要になりもするのでありますね。

 それでは、一層の高みを目指すにはどうしたらよいか、簡単です、自分らしさを如何にしたらよ

りよく出せるか、自分らしさとは一体「何か」を追求し修行を積むこと、に他なりません。それに

は自己を正しく「習う」ことが一番大切です。飽くまでも自己・自分とは何かを真摯に追い求め

る、人生の大事はこの一事に尽きるのでありますから。

 念の為にもう一言申し添えれば、人真似は駄目です。自分を見て、それを正しく習うのです。





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最終更新日  2018年12月06日 13時25分38秒
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