草加の爺の親世代へ対するボヤキ

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2021年09月11日
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元の 大衆酒場

   ふっと我に返る一太郎。隣の客はこっくりこっくりと静かに船を漕いでいる。時計は夜の

九時過ぎを示している。

   J M C の事務所 (ビルのワンフロアーが一太郎の勤める会社 J M C のオフィスになってい

る)

   力ない足取りで帰って来た一太郎。誰も居ないと思っていたオフィス内に明かりが灯って

いた。恐る恐るドアを開けかかると、

声  あいつ、まだ戻ってこないのか…、もう馘首(くび)だな、クビ!

   奥の方で部長の声が聞こえた。首を竦めて這這(ほうほう)の体でその場から逃げるように立



   深夜の 裏通り

   やって来た一太郎に風采の上がらない辻待ちの易者が声を掛けた。

易者  そこの貴方、そうです、あなたです。あなたですよ。

   一太郎は仕方なく立ち止まりはしたが、明らかに迷惑そうである。

易者  ご心配は無用じゃ。今回は見料は取りません。そうです、サービスで、つまり、無料で

観て進ぜよう。そこにお座りなさい。

   渋々と易者の勧める粗末な椅子に腰を下ろす一太郎。

易者  袖擦り合うも他生の縁と申します。貴君には心当たりが無くとも、この大宇宙の霊妙な

る法則によって、拙者と貴君とは必然的に今夜、此処での出会いが約束されておった…。

一太郎  …… (まるで狐にでも抓まれた様な面持ちである)

易者  (少しく砕けた態度になって) 気が多過ぎて、移り気で、根性無しの意気地なし。自分に



てはみるが、現実は厳しくて直ぐに挫けそうだ。

一太郎  (次第に、相手の言葉に引き込まれ始めている) で、これから僕はどうなります

か……?

易者  (構わずに自分のペースで続ける) 気が多く移り気なのも、決して欠点ではない。森を作

っている一本一本の樹木を見てご覧なさい。しっかりと大地に根を張っている。貴方の「移り



す……

   その時、一太郎の背後を通り過ぎようとしていた男が、足を止めた。

男  日本君じゃないか ――

一太郎  やあ、鬼田さん。

   男は自らを一太郎のライバルと称して、敵意を剥き出しにしている鬼田幸三である。

鬼田  久しぶりじゃないか。遅いけど一杯行こうや。(易者を軽蔑したように横目で見ながら) 

君にこういう趣味があったとは、知らなかったよ。

一太郎  いや、僕は別に… (一太郎が慌てて立ち上がると、鬼田は一太郎の腕を掴んで、一杯

飲み屋の並んだ方へと連れて行くのだった。

   赤ちょうちん の一杯飲み屋

鬼田  そうか…。飛び込みで、見ず知らずの会社に営業をかけてるのか。

一太郎  それも一日のノルマが三十社なんです。三十社なんて、探すだけでもかなり大変です

から。

鬼田  ノルマで三十社か。普通じゃ考えられない数だね。そうか、君も頑張ってるんだ、毎

日、毎日。

一太郎  (頷く) 半分は惰性のようなものです、正直のところは……。

鬼田  うん、うん(と、頻りに頷いている)

   日本家の 玄関

   鬼田に抱えられるようにしている一太郎は、かなり酩酊している。鬼田も同様である。

桜子  まあまあ、とんだご迷惑をおかけしまして…。

   迎えに出た桜子の顔を吃驚して見詰める鬼田。初対面の鬼田を妻に紹介する一太郎である

が、バツが悪くてとてもまともには桜子の顔を見ることができない。

一太郎  こちら鬼田さん…、僕の家内です。いつもお世話になっているんだ。

桜子  初めまして、日本の家内でございます。どうぞお上がりになって、お茶でも差し上げま

すので。

   リビングの方に鬼田を請じ入れる桜子。

鬼田  (桜子の美しい顔に視線を釘付けにしながら)君の奥さん、頗(すこぶ)る付きの美人だな。

   と、一太郎の耳元に囁いた。

   日本家の リビング(早朝)

   ソファに横になって寝ている一太郎。上に掛けられた毛布に顔を埋めるようにしていた

が、突然ガバッと撥ね起きた。一太郎、時計を見る。

一太郎  もう、こんな時間か。

   ジョギング・コース

   勢いよく走って来た一太郎がジョギング仲間の数人と挨拶を交わし、いつもの早朝ジョギ

ングを開始する。

ジョギングの仲間  日本さんが遅れるなんて、珍しいことですね。

一太郎  申し訳ありません、つい昨夜は深酒をしてしまいまして。

中小企業の経営者  深酒ですか。それも日頃の日本さんらしくないことですな。

一太郎  はあ (と、頭を掻くしかない)

   河原 (時間経過)

   ジョギングを終えた一太郎が、中小企業の経営者と話をしている。

中小企業の経営者  日本さんの前ですが、我々町の零細企業にとっては経営理念とかマネジメ

ントの理論などと言っている余裕がまるでありません、実際の話が。

   一太郎は黙って聞いているだけである。

経営者  謂わば、野生の動物みたいな物ですね。唯々、本能に頼って、身体に備わっている嗅

覚みたいな物だけに縋(すが)って、毎日、毎日、一日延ばしに死に物狂いで生き延びている。それ

が実感なのですよ。

一太郎  成程、そうですか (深く頷いている)

   日本家の リビング

   出勤の支度を終えた一太郎が桜子の淹れたコーヒーを飲んでいる。

美雪  お父さん、行って参ります。

   二階から降りて来た長女の美雪が声を掛けた。

一太郎  うん、行っておいで。

桜子  毎日ご苦労様 (と、夫に続いた)

   玄関へ向かう娘の後ろ姿を見返りながら、

一太郎  何だか少し疲れているみたいだね、美雪。

桜子  そうなんです。本人はそんなことないって言うんですが……。

一太郎  社会人としてスタートしたばかりだから、何かと神経を使うのだろうね、きっと。

桜子  そうでしょうね。所で ――

   桜子が少し言いにくそうに、しかし努めて明るい口調で切り出した。

桜子  例の知り合いの人がね、パートではなくてフルタイムで働かないかって、熱心に勧めて

下さるの。あなたには少し不自由をお掛けするんですが、私の実家から融通して貰ったこの家の

頭金のローン、少しでも早く返して上げたいと思うの。両親もあの通り高齢だし。

一太郎  (深々と頭を下げる) 君にも苦労を掛けるね。

桜子  そんな、気にしないで下さい。半分は私の我儘なのですから。世間に出て働くのって女

性にとっても心の張りになるのですから。

   この時、二階からのそのそと次男の正次が降りて来た。

桜子  正ちゃん急いで、学校に遅刻しますよ。あなたもそろそろ出掛ける時間です(と、一太郎

にカバンを渡す)。

一太郎  有難う、健太は相変わらずなのかい。

   と目で二階の方を示しながら訊く。

桜子  少しずつ良い方向に向かっている感じなのですけれど…。健太も私の仕事の件に賛成し

てくれているんです。

   一太郎は小さく頷き、玄関に向かう。

   J M C の事務所

   恒例の朝礼が行われている。

課長  ―― と言う訳で、皆さんのより一層の奮闘と、更なる努力に期待したいと考えます。

部長、一言御座いましたらお願い致します。

部長  課長の言葉に尽きているので、私からは特別にどうのこうのと言う事はありません。只

一部社員に覇気の感じられない者が居て、全体に悪影響を及ぼしている、と思われるので十分に

注意して欲しい。

   と一太郎に鋭い一瞥を与えた。気弱く視線を伏せて聴いている一太郎。

   A 社の社長室

   秘書に案内されて一太郎が緊張の面持ちで入って来た。 ( 時間経過 ) お茶の差し替え

に入って来た秘書に一太郎が懇願するように言う。

一太郎  先輩は、いや、その、社長さんは本当に会って下さると仰ったのでしょうか?

秘書  (無表情に、飽くまでもビジネスライクな口調で) お待たせ致しまして申し訳御座いませ

ん。もう少々お待ち下さいませ。

一太郎  はい、分かりました。喜んで待たせて頂きます。 ( 時間経過 )

先輩の社長  済まん、大分待たせてしまったようだな。

   別に急ぐ様子もなく、落ち着き払った様子で姿を現した社長。一太郎はほっとした表情で

椅子から立ち上がり、深々とお辞儀をして見迎えた。

社長  で、用件は何かね?

一太郎  (ここぞとばかりに意気込んで) 有難う御座います。先日もお電話で申し上げました様

に…。

社長  何だ、その件か。

一太郎  はい、実はその件で折り入って、先輩に、いや、その、社長様に御相談を ――

社長  解った、帰れ!

一太郎  はあ……。

社長  今日は帰れと言ったんだ。

   全く取り付く島も無いのであった。





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最終更新日  2021年09月11日 18時38分05秒
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