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2006.03.02
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 アテネに行くことが決められたが、台湾の野球レベルは大幅に落ちたことが否定できないと言える。特に投手のところは一番落ちたと思う。

 1980年代前に、郭源治は台湾代表を支えていた。郭源治もその実績によって、中日ドラゴンズに入って、日本人に知られたセーブ王となった。

 ロス オリンピックの頃、オリエンタル超特急と言われる郭泰源と荘勝雄は台湾の名前を世界に知らせたと言える。日本のプロ野球に入った郭泰源は西武のエースの一人として、工藤公康、渡辺久信、石井丈裕とともに、西武の全盛期を作った。去年一年で、台湾のプロ野球チームの監督として勤めていた。

 郭泰源より年長の荘勝雄はその時の弱いチームのロッテに入ってから、郭泰源のような華やかな成績を取らなかったが、村田兆治、牛島和彦とともにロッテを支えたと知られた。現在、ロッテの二軍コーチとして新人を育てている。

 84年の「二郭一荘」以後、台湾ではまたいい投手が出てきた。キレがあるスライダーが投げられる元中日の陳義信、7種類の変化球が投げられる黄平洋、145キロ以上の豪速球を持つト鴻シン、フォークブールによって台湾プロ野球界で100勝を挙げた謝長ホンなどのいい投手が88年の台湾代表だけではなく、台湾プロ野球界を支えていた。

 92年のオリンピックで銀メタルを挙げた台湾代表を支えたのは、150キロの豪速球と大きい変化があるフォークを持って、のち阪神に入った郭李建夫だ。これは野球台湾代表は国際試合で挙げた最高の成績だった。しかし、台湾代表の投手が崩れ始めたのもこの時期だった。若い投手は代表を支えることができなかった。そのせいで96年のオリンピックに進出できなかっただけではなく、2001年まで、台湾の野球界の暗黒期と言われた。

 のち中日に入った曹竣揚、現在西武の許銘傑、現在ヤンキースの希望と見なした王建民、現在ロッキースの曹錦輝はこの時期から皆に知られたということだ。だが、優れた投手はほとんど高校以後すぐ米国または日本へ流出した。

 現在、台湾のプロ野球界では、140キロ以上の速球を持つ台湾籍の投手は陽建福、許竹見、林恩宇をはじめ、4人ぐらいしかいない。従って、彼らは台湾でいい成績を挙げたが、国際試合で挙げられるかどうかわからない。

 今回、以上の台湾プロ野球界の投手は全部WBC代表として召集されたが、台湾球界でナンバーワンの投手王建民はヤンキースの春キャンプ、曹錦輝は怪我のリハビリによって代表召集を拒否したのは、台湾代表にとって痛手だと言える。しかし、日本だけではなく、韓国にも負ければ、台湾球界の改革を進ませると考えられる。要するに、台湾国内の選手の質を上がらせなければ、台湾のプロ野球のレベルは高くならないということだ。





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最終更新日  2006.03.02 21:57:13
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