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マル0804

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ハンター@ Re:ちなみに ははははははははははははははは!おれは…
きで511 @ ・・・ まぁ、たまにしといて~
マル0804 @ とりあえず YAHOOブログでよろしく!?!?!?
まき@ オナニーブログ ブログ読ませてもらいました~!また来ま…
ジョーうてぃろ @ wwwwwwww 言うの忘れるな(ぇ

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Jun 9, 2005
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カテゴリ: 日記
1.初陣
 無条約時代に入ってから造られた「翔鶴」型空母の2番艦。当時の最先端の建艦技術を集めて造られた優秀艦で、日本海軍では初めて球塊状艦首を採用した艦である。これにより高速化が可能となった。

 開戦時、瑞鶴は翔鶴とともに第5航空戦隊(以下5航戦)の所属であった。第1、第2航空戦隊の空母赤城・加賀・飛龍・蒼龍とともに真珠湾攻撃に参加。しかし両航空戦隊に比べて練度の劣る第5航空戦隊は、主力艦の攻撃ではなく飛行場の攻撃を命じられた。もちろんこれとて軽視できない重要な作戦であり、航空機多数を撃墜破して日本海軍航空部隊の実力の程を示した。
 その後5航戦はラバウル・ラエの攻略を支援する。ラバウルは以後約2年にわたって日本軍の最前線基地として機能し、連合国側と激烈な航空戦を展開することになる。
 その後は内地へ帰り、1航戦、2航戦と合流してインド洋作戦(セイロン沖海戦)に参加(1942年4月上旬)。この時爆弾の命中率は80%を超え、イギリス東方艦隊の重巡ドーセットシャー・コーンウォール、空母ハーミーズなどを撃沈した。

 再び1、2航戦と5航戦は分離される。5月7日、5航戦はポートモレスビー攻略作戦の一環として、軽空母祥鳳らとともに珊瑚海海戦に参加。祥鳳は米艦載機の攻撃を受けて沈没するが、5航戦の攻撃隊は空母レキシントンを撃沈し、ヨークタウンを中破させた。5航戦も翔鶴が爆弾3発を受けて中破するが、瑞鶴は無傷だった。この海戦で多数の艦載機を失った5航戦は内地に帰還する。
 そのため、6月5日のミッドウェー海戦には参加しなかった。同海戦で、日本海軍は参加した正規空母4隻全て(赤城・加賀・飛龍・蒼龍)を失っている。したがって、翔鶴・瑞鶴は命拾いしたとも言える。

2.連合艦隊の中枢兵力

 ミッドウェー海戦で空母4隻を失った連合艦隊は、大幅な編成替えを行なった。5航戦に所属していた翔鶴・瑞鶴に軽空母瑞鳳を加えて、これを新たに1航戦とした。その際、沈没した4隻の空母の生き残りの熟練搭乗員の大半は翔鶴・瑞鶴に配属された。そして、今まで4航戦だった飛鷹・隼鷹に軽空母龍驤を加えた3隻を2航戦とした。新鋭の正規空母は、ここにようやく連合艦隊の中枢兵力となった。


 10月26日、米機動部隊との間で南太平洋海戦が行われた。これは1航戦と2航戦の隼鷹の4隻の空母で行われた。日本軍の攻撃隊は空母ホーネットを大破漂流(後に駆逐艦秋雲が雷撃により撃沈)させ、空母エンタープライズを中破させる。アメリカ軍の攻撃隊は空母翔鶴と瑞鳳を中破させて航空機の発着艦を不可能にさせるが、瑞鶴はまたしても無事だった。

 その後、機動部隊の出番はしばらくなかった。しかしその間、何度も艦載機が陸上基地に転用され、そのたびに搭乗員・機材が失われ、機動部隊の戦力はなかなか回復しなかった。その一方で米機動部隊は、最前線の航空戦を陸軍機に任せ、自身は後方で数ヶ月にわたり訓練を積んだ。また、建造途中の空母も続々竣工した。1943年の1年間で、日米機動部隊の戦力差は圧倒的なものになっていく…。

3.機動部隊の決戦

 1944年3月、全海軍期待の正規空母・大鳳が竣工する。そこでまた編成替えが行われた。1航戦は機動部隊の旗艦・大鳳と翔鶴・瑞鶴、2航戦は隼鷹・飛鷹・龍鳳(従来どおり)、3航戦は千歳・千代田・瑞鳳である。そして今回(4月1日)の編成替えでは、戦艦・重巡を中心とする第2艦隊と空母を中心とする第3艦隊を合わせた第1機動艦隊(司令長官:小沢治三郎中将)が作られた。
 6月19・20日のマリアナ沖海戦では、開戦以来初めて9隻の空母を同一の作戦に使用することになった。が、アメリカ軍の機動部隊は空母15隻を同時に使用していた。戦力差はもはや歴然としていた。この戦力差を埋めるために「アウトレンジ戦法」が用いられたが、裏目に出て日本艦隊は敗れた。
 この海戦で旗艦の空母大鳳と翔鶴・飛鷹の計3隻の空母を失った。歴戦の正規空母翔鶴は、米潜水艦「カヴァラ」の魚雷4本を受けて沈没。瑞鶴は小破で済んだ。僚艦の翔鶴に比べて幸運艦であることがこの時ハッキリした。

4.最後の大海戦

 空母3隻と艦載機多数を失った連合艦隊は、8月10日に再び編成替えを行なった。マリアナ沖海戦で日本機動部隊は事実上壊滅していたが、第1機動艦隊の名前はそのまま残された。したがって、名のみの機動部隊が残存した。
 1航戦には空母雲龍・天城に完成間近の信濃・葛城が充てられた。2航戦はなく、3航戦には空母瑞鶴・瑞鳳・千歳・千代田、4航戦は空母隼鷹・龍鳳、航空戦艦伊勢・日向という編成だった。瑞鶴は3航戦の旗艦である。

 しかし先にも記したとおり、日本海軍には名のみの機動部隊しか残っていなかった。しかも、10月の台湾沖航空戦で訓練途中の3・4航戦の航空隊が陸上基地に転用された。文字通り、機動部隊はカラになった。それでも勝算が少しでもある限り、瑞鶴は戦うしかなかった。
 10月下旬、アメリカ軍の大船団がフィリピンに上陸を開始、時を同じくして連合艦隊司令長官・豊田副武大将は「捷一号作戦」発動を命じた。この作戦は、海軍戦力の全てを結集して行うものである。水上艦隊・機動部隊・航空部隊・潜水部隊は続々とフィリピンに向かった。7月24日裁可の「陸海軍爾後の作戦指導大綱」には「空海陸の戦力を極度に集中し…」と書かれている。名のみの機動部隊も出撃せざるを得なかった。それでも各地から艦載機をかき集め、何とか116機を確保した。しかし搭乗員の練度は低く、しかも寄せ集めのため航空機の故障が続発している。


 ハルゼー大将率いる米機動部隊は、この作戦にまんまと引っかかった。ハルゼー艦隊が小沢艦隊を発見した後は、栗田艦隊はほとんど空襲を受けなくなり、逆に小沢艦隊は猛攻撃を受けることになる。25日0817から始まった米艦載機の第1次空襲により瑞鶴は爆弾4発と魚雷1本を受けて速力が23ノットに低下。1005、第2次攻撃隊の攻撃により瑞鶴が通信不能となったため、小沢中将はやむなく旗艦を軽巡大淀に変更した。1305からの第3次攻撃では爆弾4発、魚雷7本が命中、1414、ついに歴戦の正規空母瑞鶴はエンガノ岬沖にて沈没した。

 以後、日本海軍は可動の機動部隊を持つことがなかった。すなわち、瑞鶴は機動部隊の最初から最後までを見届けた唯一の空母ということになる。






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Last updated  Jun 9, 2005 08:00:18 PM
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