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去年の春頃、ソウル市江南区から京畿道南楊州市というところに引っ越してきた。考えてみると、あっという間にかれこれ一年になるわけだ。引っ越して一番不便なのは出勤時間である。それ以外は、京畿道とはいえ以外に便利で、歩いて五分のところに大型スーパーのEマートがあるし、スポーツジム、プールなどの施設があって、家族は利用している。ソウルの江南と違って高級なレストランなどのショップはないかも知れないが、そこそこ美味しく気軽に入れる食堂はたくさんある。出勤時間だけが、本当に不便なだけである。しかし以前に比べて、この地域のソウルへのアクセスは格段に改善されている。以前はソウルへはバスで清涼里に行かなければならず、その後2号線の江辺駅までバスで行くというルートが生まれた。最近は陶農駅から清涼里駅、往十里駅を経て龍山駅までの通勤電車のルートができて、大変便利になった。うちから、陶農駅までも五分の距離であって、大変便利である。それでも、三回も乗り換えてオフィスまで出勤するのは、結構容易ではない。それで時々は気持ちのリフレッシュも兼ねてクルマで出勤している。ルートは漢江の両側を走っている準高速道路の江辺北路、オリンピック大路のどちらかを取る。比較的江辺北路が空いているので、最近はもっぱらその道を使う。特に夜の漢江沿いの夜景を楽しみながら、家路に向かうときは、なかなか気持ちがいい。もちろん、ソウルは東京や上海ほどの規模を誇る大都市ではないかも知れない。でも韓国では最大の都市、世界都市なのだ。ライトアップされた橋、漢江沿いに建てられた建物の窓から漏れる灯り。クルマのヘッドライトやテールランプ。そんな景色とカーオーディオの好きな音楽を楽しみながら、そうまるで韓流ドラマの主人公のように(韓流ドラマは見ないのだけれど・・)ちょっとした日常の楽しみを持って韓国で暮らしているのだ。漢江沿いの道路をクルージングしてソウルの夜景を楽しみたいという方は、ご連絡を!
2011.01.31
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私は絵とか芸術とか、正直そんなに分からない。でも、関心がないわけでも、嫌いなわけでもない。まず、芸術は作品のバックグラウンドであるとかアートシーンでの脈絡の中の位置づけが分かっていないと評価できない訳なので、そういう教養を全く持ち合わせていない私には、作品を前に言葉を失ってしまう。もう一つは、鑑賞者の極めて主観的な評価というわけなんだろうが、これはセンスとか感覚とかを磨いていないと、腰の砕けたような「とほほ」な評価になってしまうので、やっぱり難しい。要するに、私にとってはそういうことだ。それでも、関心を失っていない、いや積極的に関心を寄せている部分があるには単純な理由がある。インテリアという観点だ。オフィスの会議室、ゲストを招くところにやはり絵を飾りたいとか、オブジェを置きたい、ということになってくる。働く空間に活力だとか情熱だとか創造性だとか威厳だとか、何か意味を付与したいとき、インテリアとしての絵とか芸術作品に力を借りたいと強く思うのだ。さらに我が社で密かに計画している「韓国に気に入ったオーセンティックバーを自分で作っちゃうプロジェクト」を考えてみても、バーに洒落た絵やオブジェを置きたいのだ。しかし、それが容易でないのが価格の問題。私にとって、良いか悪いか分からないが極めて主観的に気に入る作品であっても、とっても高価なお買い物となってしまう。そこがネックだったのだ。昨日、上海で面白いところに案内をしてもらった。上海紅房(RED TOWN)案内してくれた日本人のSさんによると、上海市は、芸術都市を指向し、何とか房という名前のアートなエリアを作っているとかで、この紅房もそういうスポットで現代アートに触れることができるという。で、観光地としての知名度は、まだまだ低いので穴場であるのだそうだ。公園にオブジェが置いてあったり、古い上海っぽい工場跡の内部をオープンなアートギャラリーとおしゃれな賃貸オフィスとなっていたりしていた。オフィスにはやはりデザイン事務所が入っていたりする。確かになかなかオシャレで、中国テイストが上手に生かされていて、なかなか素晴らしい。村上隆などが展示してあるギャラリーがあった。村上隆の本は、一冊読んだので、そのギャラリーでは私もちょっと知ったかぶりをしてみた。次に案内してもらったのが、現代アートを目指すアーティストの卵がいるところという場所だ。家具屋が集まった家具屋街の一角にそこはあった。家庭のインテリアとして飾るような絵が売っている店がたくさん並んでいた。それを画廊と呼んでいいのか私のような素人には分からないが、画廊街みたいなところだ。上海には有名な画廊街があるらしいが、ここはどう見てもマイナーなところとしか思えない。若手?アーティストは普段は模写をして、生計を立てているが、作品の中にはオリジナルがまざっていたりする。どちらの作品もとても安いというのが最大のポイントだと案内してくれたSさんは教えてくれた。私のようにインテリアで絵を飾りたい、でも高く悩んでいるという人間にはぴったりのエリアだと言える。確かに、私もこんなのあったらいいなと思う作品がお手軽値段だったりするのだ。掘り出し物の中には、もしかすると今後伸びるであろう若手作家の作品があるかも知れない。(全然、そういうレベルの作品は置いてないエリアなのかも知れないが・・)私はその場所が気に入ってしまった。中にはいかにも現代アートのアーティストっぽいおじさんがいて、どことなく村上隆風の風貌だった。何か、それがそれらしくて、私は思わずそのおじさんと握手をしてしまった。とにかく、バーを作るときには、ここで絵を確保しようと心に誓った。民生現代美術館(紅房ーRED TOWN)上海健太さんのブログ穴場なアートプレイス紅坊(Red Town)年とゆっこさんのブログ
2011.01.30
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15年以上前の韓国で、日本人がよく訊かれる質問というものがあった。それはずばり、「日本には本当に混浴があるのか?」というものだ。答えはともかくとして、それほど韓国の人は日本のことを知らなかった。逆に日本人も韓国のことをよく知らなかった。正に近くて遠い国だったのだ。ところが、最近の私のブログテーマのごとく、現在は日本韓国中国が激しく交流し合っているのだ。尖閣諸島問題や竹島問題などの領土問題などマスコミのニュースは一般に葛藤構造を浮き彫りにするが、実際には相互理解は加速度を増して進んでいて、人々の往来も尋常ではない気がするのだ。今、上海に来ている。ソウルのオフィスから金浦国際空港までクルマで一時間とかからない。金浦空港は、国際線であってもフライトの一時間前に到着しても余裕で乗れるのだ。さらに今回来てみると自動出入国審査のシステムが導入されたので、チェックインの後にイミグレーションの事務所に行き、手続きを終えた。(私は韓国の永住ビザを持っているので可能であった)自動出入国審査は快適だ。並ばずに、機械にパスポートを読み込ませて、人差し指の指紋認証をすれば、それで終わりである。そうして、二時間あまりのフライトで上海の虹橋国際空港に到着してしまう。そこから古北地域のホテルまで15分くらい。上海までのアクセスはすこぶる快適である。上海の会社とのミーティングを終えて、夕食をごちそうになった。日本人が多く暮らす古北地域の(韓国人もたくさん暮らしている)彩寿司という日本食のお店に連れて行ってもらった。店に入ると「いらっさいませ」という中国人スタッフの日本語の挨拶が聞こえてくる。この声を聞くと「ああ、中国に来たんだ」と思ってしまうほど、上海で、または北京で何度も聞いた台詞である。私たち四人はカウンターに陣取った。チーフの板前さんは腕のいい日本人である。今日は、お任せで料理を出してもらう。カウンターの隣のお客さんも日本人である。実はこんな日本を味わえるお店はソウルにはない。さっきは中国に来た気分だったのだが、いつの間にか日本に来たのかと錯覚に陥っていく。もう面倒くさくなってくる。日本でも中国でも韓国でも、どこでもいいじゃないかって。そうして、とっても幸せな気分になっていく自分に気がついた。今回の上海出張、はじめてのホテルを予約してみた。上海出張のうち、もっとも高級な五つ星のホテルに泊まることになった。ミレニアム虹橋ホテル (上海千禧海鴎大酒店)日本のビジネスホテル並みの値段で楽天トラベルで予約ができた。値段が値段なので、どうかと思ったが、部屋に入ってみて驚いた。間違いなく高級ホテルだ。次回からは、このホテルに泊まりたい。次回もこの値段の部屋が出ていればいいのだが。
2011.01.29
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むらむらさんのブログで書かれてしまったのだが、実は心を入れ替えてブログをがんばろうと努力している最中だ。以前は、毎日と言っていいくらいブログを書いていた。韓国に住んでいる立場から韓国を紹介しようと思い、文章の足らないところはデジカメ画像で補っていた。しかし時は韓流ブームが進み、にわかにやたらと韓国に詳しい韓国マニアが増えて、私の情報の価値も薄らいできたように感じた。さらにデジカメでネタ収集を怠ったり、画像をPCに取り込む環境になかったりしたために、それではブログも面白くなかろうとだんだん書かなくなってしまったのだ。実は昨年iPhoneを使うようになり、ツイッターを少しはじめるようになった。当時楽天ブログをツイートでリンクすると、PCの画面で表示されてブログが極めて読みにくかったことがあった。それで私はスマートフォンのブラウザー画面に最適化された表示ができるブログの必要性を感じるようになった。そこで私はアメーバブログを使ってみることにした。一応楽天ブログはそれなりのアクセス数もあるので、アメーバブログのほうは怠慢にも楽天ブログと同じ内容でブログすることにした。つまり、楽天ブログをそのままコピペしただけのブログにしたのだ。アメーバブログは、楽天よりも女性に使いやすいブログになっていて、ペタとかなうとかアメンボーとかの仕組みがあって、楽しく、人気も高いらしい。レイアウトも女性好みなかわいらしさがある。その点、楽天はちょっと努力が足らない。かつての人気に少しあぐらをかいてしまった部分があるようだ。そんな好印象のアメーバブログだが、ちょっと使い勝手がよく分からない。芸能人有名人ブログを中心に据えているせいで、アメーバブログ初心者の私には、普通のブロガーとのつながり方が分からない。とりあえず芸能人のブログでも読もうと韓国ネタを書いている人のグラビアアイドルのなうフォローをしてみた。で、ある朝、彼女のブログを見て驚いた。自分の裸エプロンの写メをアップしているではないか。なんか最近アメーバブログではきわどい写真が強制削除されたり、ブロガー退出の憂き目を見ているというほど、取り締まり強化をしているのに、グラビアアイドルは平気だったり。ま、別にアメーバやグラビアアイドルや裸エプロンを批判しているわけではないのだ。私の言いたいことは裸エプロンがどうのこうのではない。アメーバブログでつながり方が分からず、アクセス数も上がらず、悪戦苦闘しているということだ。それにもめげず、当分の間はブログをがんばって書いて、アメーバブログにも適応しておこうと思う。-----------明日は上海出張です。ホテルからブログは書けないかも知れません。中国から日本のサイトにアクセスできないことが多いからです。一泊二日ですが、ソウルに比べて少しは暖かいことを期待して行ってきます。
2011.01.28
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かつて日本で韓国とは忌み嫌われるものであった。在日韓国人は、日本で差別されるものであった。「喝!」の張本勲選手が、差別を受ける在日韓国人がなれるのは、やくざとトラック運転手しかなかったと言った発言を何かで読んだことがある。ソフトバンクの孫正義社長は、2010年6月25日(朝鮮戦争勃発のあった6.25だ)の株主総会で生い立ちを語り、在日韓国人として差別を受けて辛かったことに言及した。ところが現在、韓流ブームが起こり、日本で韓国人であることがかつてとは違う意味を持つようになってしまった。日本でとても難しいことだと思われたことが、あっという間に起こってしまった。ドラマを通じて日本人の中には感じられなくなった人間の魅力が韓国の人の中に感じられるようになった、という理由もあるのではないだろうか。冬ソナのヨン様もそんな魅力で日本のおばさまたちを魅了した。最近ではツイッター等で孫正義社長の露出が増えて、人間的魅力を見せつけ、すっかり彼を尊敬するようになった人も多いと聞く。私も韓国に来て感じたのは、日本とは違う魅力を持った人たちがいる面白さだった。面白いっていう表現は、あまり正確ではないのかも知れない。すごいっていうのも陳腐だし、変に歯が浮くような表現だ。なんなのだろ。でも、すごい人がいるのだ。朝、珍しく韓国のテレビ番組が流れていた。(最近私はほとんど韓国の地上波放送を見ない)すると私のゴルフコーチによく似た若い女性が出て、何かを語っていた。とても純粋そうな、まるで田舎から上がってきたような明るい女性だった。純朴な語りにしばらく耳を傾けていると、その話にどんどんと惹かれて、ついに最後まで聞いてしまった。彼女は女子プロボクシング、ライトフライ級四大機構統合チャンピオンのキムジュヒ選手(25歳)だった。彼女の話は、前回のブログの韓国スポーツの世界とはまったく反対側にある内容だった。彼女は幼くして両親が離婚。父親は脳梗塞で倒れる。極貧の中、姉と助け合いながら生きていく。お金が儲かると聞いて幼くして始めたボクシング。激しい練習で足の指の爪はほとんどがはがれてしまう。世界戦を前に病院で白血病と間違われるほど血が薄いことが発覚するが、彼女はそれでも世界チャンピオンになり、防衛戦のプレッシャーからますます自らを練習に追い込んでいく。あるとき早朝から夜中まで這って山を登るトレーニングをしたため爪のはがれた足の指から感染症になり、足の親指を切断してしまう。(そんなトレーニングを自らに課す精神力は尋常ではない!ボクシング馬鹿だ)そのことでタイトルを失い、賞金を稼げなくなってしまう。天を恨み、すべてを失ったショックで鬱病になり精神科治療を受けるが、あるときこのままではいけないと悟り、再起すべく恩師のボクシングジムを訪ねる。よろける足を鍛えながら再びチャンピオンの道を歩んでいく。スポ根マンガのような、いやマンガでも書けないような25歳の彼女の話にテレビのスタジオでは涙涙、私は驚愕した。こんな日本人が今日本にいるだろうか。それも彼女は女性なのだ。貧しくて貧しくて単にお金を稼ぎたかっただけのただの純朴な女の子・・。親が子供にお金をつぎ込み育てるスポーツ選手とは対角線上にあるハングリーな選手。しかし同時にどちらも人生にすごい思いを込めていることには違いない。そんな彼女には本当に幸せな人生を送ってほしいと心から思った。----キムジュヒ選手に関して、Yahoo!Japanで検索したら出てきました。凄惨過ぎるタイトルマッチ キム・ジュヒ vs ジュジース・ナガワ彼女の試合がYouTube貼り付け動画で見れますが、試合に対しては極めて重要で批判的な見解が述べられています。キム・ジュヒは元気同じブログの記事で、彼女のことについて詳しく出ています。韓流スターもいいけれど、こんな隣人をも応援してほしいと思います。
2011.01.27
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昨晩は、サッカー日韓戦。今も目の前のTVでは、昨日のサッカーのニュースをやっている。おやっ、と思うのは勝った日本のサッカーを評価したコメントをしている。韓国も少しずつ、しかし確実に変わってきているのかもしれない。ゴルフの室内練習場でレッスンをしてもらっていた三十代の女性コーチが辞めて、新しい職場へ移ることになった。私は、ささやかな送別会をしてあげることにした。彼女のお陰で今までゴルフのレッスンのみならず、ゴルフ全般にわたる専門的な話ができて、とても参考になったし、楽しい時間を過ごすことができた。送別会の席でもゴルフの話に花を咲かせた。話しは、韓国のゴルフの現住所に及んだ。彼女は、韓国のゴルフの現状に一部否定的な見解を持っていた。女子プロゴルフを見ると、韓国は圧倒的に強い。世界ランキング一位、賞金ランキング一位、日本での賞金王、全てが韓国の選手で占められた。どうして強いのか?それは、誰でも知っている。親達は、子供をプロゴルファーにするために、年間何千万円も投資する。子供に豊かな人生を送って欲しくて投資をするのか?いや、子供に豊かな賞金を稼げるように投資をするのだ。そして、その栄光をつかむのは限られたごく一部の人間。残りの殆どは、中途半端にゴルフしか知らない人間になり、親の投資が失敗するのみならず、失敗の重荷は大きく子供にのしかかるのだ。韓国ゴルフの栄光は、背水の陣を敷く、数多くの親達の産物なのだ。しかも、その多くが水の中に落ちて行ってしまうのだ。コーチは、アニカ・ソレンスタムの言葉を紹介した。アニカが韓国選手の強さについて聞かれた時、自分は趣味で(好きで)ゴルフをしているが、韓国選手は家族が人生を賭けて必死にやっているからだ、と答えたという。だからコーチは、誰かが子供をゴルファーにしたいと言う時には、必ず反対するのだそうだ。悲しい話しではある。でも韓国が変わってきていることも事実だ。そのうち韓国が幸せなゴルファーが溢れかえる日も来るのだと思う。
2011.01.26
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うちのオフィスのある明洞は、言わずと知れた韓国の観光スポットである。出勤時や帰宅時にはたくさんの日本人韓国客と出会う。オフィスの隣のビルは観光ホテルなので、日本人の女性を何人も見かけるのだ。最近は中国人の観光客がめっきり増えた。それは日本も同じ事だと思うが、韓国人・日本人・中国人が入り乱れて、どこの国にいるのか分からなくなる錯覚に陥る。もう国境すら意味のない時代になっているようだ。最近、東京に出張すると、宿や活動の拠点が新宿になることが増えた。お客さんとの夕食でも「新宿でしましょう」「歌舞伎町に行きましょう」と言われることが多い。歌舞伎町とか職安通り付近に行くと、「あれっ?出張だったっけ?」と思うほど韓国人・韓国の店が多くて訳が分からなくなってくる。お客様に歌舞伎町のレタスしゃぶしゃぶ屋を案内された。しゃぶしゃぶ鍋の水が減ってきて、店員さんを呼んで水を追加してもらったときに、「韓国では、この水をユクス(だし汁)っていう言うんですよ」と説明すると、その瞬間に店員の女の子がびくっとした。一発で韓国人のバイトの子だと分かってしまった。その店の女性店員は全員韓国人だった。別のお客さんが歌舞伎町に飲みに行くというのでついて行くと、お客さんの行きつけの店は韓国バーだった。カウンター越しに韓国人女性が接客するわけだから、ガールズバーみたいなものだ。彼女たちは皆、日本語を勉強に来ていて夜はバイトに励む。私は日本語だけを話しておいて、ちょこっと韓国語を披露しては、彼女たちを驚かす。全く趣味の悪いおっさんになっている。趣味の悪いおっさんは、調子に乗って少女時代のGeeを歌ったりする。話は変わるが、少女時代のGee、韓国語の歌詞はいいのだが、日本語の歌詞はしっくりこない。日本語の歌詞を作るなら何故私に相談がなかったのだろうかと勝手に思ったくらいだ。おそらく、作詞家に与えられた時間が無くて、オリジナルの可愛いテイストを織り込めなかったのだろう。そんなことを思っていたら、先日旅行先の由布院の宿で「娘が少女時代の日本語の歌詞を作りました」という宿のスタッフの方に出会った。さすがに日本語の歌詞のできについてはコメントできなかったが、世の中はずいぶん狭いものだと思った。ともかく、日本がこんなに韓国になっているとは知らなかった。いや、アジアの国々が近くなっているのだ。本当に仲良く交流してほしいものだ。【韓国音楽k-pop】【韓流】【1st Mini Album - Gee】少女時代 - Gee (1stミニアルバム) (+40P写真集)
2011.01.25
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韓国生活、つまり外国で生活していると日本の家族親戚、知人友人たちと疎遠になってしまう。日本に暮らす家族とは時々スカイプでテレビ通話をしているが、それも限界がある。そんなわけで、とても人恋しくなる。もっと正確に言うと日本人恋しくなるのだ。実際には、会社にたくさんの日本人がいるが、彼らは韓国語の混ざった変な日本語を話したりするので、すでに純粋な日本人とはいいがたい。マタンゴに毒されたキノコ人間みないなものだ。それで最近は日本に出張に行くと、誰かと約束して会いたい気持ちでいっぱいだ。で、先回は元韓国ブログ仲間のむらむらさんとアポを取って、二人だけの夕食ミニオフ会をした。二人だけっていう言葉のニュアンスは禁断の香りがしそうだが、相手もおっさんである。むらむらさんが案内してくれたのは、おっさんの聖地とも言われる新橋である。前々日にはお得意様の由香さんに会いに銀座に来ていたので、すでに勝手に自分の庭のように思ってしまった。おっさんの聖地は、いやいや楽しかった。地方出身者には、いや韓国からの出張者にとっては、まるで昭和のテーマパークだった。かなり興奮していた。むらむらさんとは、韓国で仕事でもご一緒させてもらった仲である。韓国の大邱とか亀尾、天安にも連れて行ったもらった。一緒にセマウル号やKTXに乗ったり、一緒に焼肉を何度食べたことだろうか。とてもお世話になった。そんなむらむらさんと久しぶりに会って、日本の都、東京で食べ歩けて、「ああ、これが人生の幸せな瞬間というものか」と思った。日本と韓国の距離をも感じない瞬間だった。最後には由香さんを知っている女性に偶然出会った。「ああ、世界は狭いんだ」とますます思った。『その日の足跡』1.根室食堂新橋店地下で立ちながら座りながら北海道産のネタで寿司を。実は『大露路』がプランAでしたが、いっぱいでは入れず、プランBでのチョイスでした。2.信州おさけ村新橋駅前ビルをさまよってやっと見つけました。野沢菜がおいしかった!3.44アカラーこちらもプランAは『ロックフィッシュ銀座』でしたが、人気店のためいっぱいで入れず。プランBは準備が無く、同じビルのお店の4階のお店に突入。
2011.01.24
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韓国で生活していると日本の話題に疎くなるのは仕方がない。しかし「筆談ホステス」という本が話題になっているらしいとことは、日本出張時に本屋に立ち寄って感じてはいた。そんなとき、日本のお客さんから一通のメールが担当者宛に送られてきた。それは長年のお得意のお客様からのもので、特に彼女からメールが来ることは珍しいことではなかった。そこには、自分のことがネットで紹介されたと記してあった。メールに記されたリンク先をクリックし、ネットの記事を読んで驚いた。そのお客さんは、先天性の聴覚障害者、つまり生まれつき耳が聞こえない人だったのだ。メールのやりとりだけでは、そんなことは全く分からなかった。「メールじゃ、分からないんだ・・」そして彼女の写真も記事と一緒に掲載されていたが、それを見て、とても驚いた。そのお客さんは、小顔の童顔で、可愛すぎる人だったのだ。言葉によるメールのやりとりだけでは、相手の容姿のことも全く分からなかった。驚いたことは、それだけではなかった。高校生の時からのお客さんだったが、今はシングルマザーとなって、さらに二代目筆談ホステスさんとしてクラブMという銀座のお店に勤めているということだった。源氏名を早乙女由香さんという。私やスタッフたちは俄然彼女を応援したくなった。長年のお得意様に強い義理をも感じていたのだ。今回、東京出張時にやっと彼女に会うことができた。うちの担当スタッフが偶然にも手話ができたので(高校時代にボランティアをしていた)その担当女性スタッフと銀座のクラブMに出向いた。銀座のクラブなど韓国生活が長いと全く縁のない世界で、テレビや映画での描写でのみ知っていた世界だ。慣れない場所に出向くので少し不安だったが、それは全くの思い過ごしで、何故か慣れ親しんだ場所のように感じられた。私もいつの間にか歳を取っていたのだ。お店に入ると由香さんが隅の席でお客さんと筆談をしてのが分かった。一生懸命筆談をしていたので、知らない振りをして彼女とは視線を合わせず、私たちは案内されるまま席に着いた。もちろん、日時の約束をして赴いたので彼女も気づいたいたのだと思う。本当はその日は出勤日ではなかったのだが、私たちのためにお店に出てきてもらっていたのだ。そして私たちも彼女のためにはお店で会うべきだと考えたのだ。しばらくして、由香さんは私たちのところにやってきた。そして、お互い挨拶をした。ある意味、オフ会の出会いのようなものだ。私は「ありがとう」と言った。由香さんは長年のお得意様で私たちのショップに若い頃から義理を立てて、利用してくださったのだ。本当にありがたかった。その後、すこし手話や筆談を交えて話をした。でも、短い時間で語り尽くすことはできなかった。最後に一緒に写真を撮った。撮った写真を見て、改めて思ったが、本当に小顔で童顔で可愛すぎた。早乙女由香さんのブログは、こちら彼女のネットの記事は、こちらクラブMの社長のブログは、こちらクラブMのウェブサイトは、こちら早乙女由香さんは最近テレビや雑誌に出ることがあって、日本では結構有名人になってしまったのですが、陰に隠れているクラブMの社長が楽しい方で、若いながら考えもしっかりしていて、いいお店を作ろうと努力し、かつ由香さんのマネージャー役をやって、よき理解者でよくサポーター役をやっているという、いい方でした。是非、ブログを読んでみてください。とにかく由香さんがいい人たちに恵まれていたので、私たちは安心しました。
2011.01.23
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