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先日、知り合いからipod shuffleをいただいたのだが、そのipodをPCがUSBから最初認識しなかったので、2chなどで類似の不具合を調べていたら、偶然とんでもないものを発見してしまった。もう既に有名なサイトになっているようだが、好奇心が旺盛な方で心臓が弱くない方はお試しください。但し、不快な思いをされても私を責めないでくださいね。m(__)mちなみに私は、夜中に部屋暗くして、一人でヘッドフォンで聴いていたので、その直後30秒ほど金縛り状態でした。。。゛(/>
December 29, 2005
コンピュータの中身をを知る事が人間の脳を知る事につながるという大胆不敵な仮説に基づいて、実際のハードウェアで脳を構成する場合、どのようになるのか考えてみた。この考え方で進めていくと、2通りの考え方が挙げられる。一つは、ハード的なデータ処理の構成、つまりデータの流れや処理法から考えた構成である。 二つめは、人間の脳や身体の制御に近づくようなハードウェアを考えた構成(ロボット等を構成するような観点)である。先ず、今回は一つ目の、あるデータを主体に考えた場合のコンピュータの処理過程における脳との類似点を探してみたい。今から考察する例はほ~んの一例に過ぎず、脳内では瞬時にそれ以外にも様々な処理が行われていることはいうまでもない。今回は一番馴染みがあり、わかり易いと思われる『記憶』について考えてみたい。例えば、子供の頃冬休みの年末年始に、家族旅行へ行った時の記憶のデータはどう処理されているのだろう。一口に『記憶』とはいっても、様々なデータを含んでいる。見た景色、行った場所の名前、その日の天候、交わした会話の内容などなど、もの凄い情報量である。その膨大な情報は、旅行中はコンピュータでいうところのCPU内部のレジスタやキャッシュメモリのようなところで、一時的ではあるが高速で直ぐに取り出し可能なデータとして扱われる。レジスタやキャッシュメモリには通常、生きてゆくための必要不可欠なデータが記憶されている。旅行が終り家に帰ると、個人差はあるが、楽しかった旅行の余韻は残りながらも、記憶データはSRAMやDRAMなどに移っていく。やがて冬休みも終り、日常の生活が始まる。日が経つにつれ、それらのデータは徐々にハードディスクに格納されていくのだ。それも、最初の頃は、割とどこにデータを格納したかディレクトリや場所を覚えているのだが、時間が経つにつれ、ディレクトリやフォルダの場所も余程印象深い出来事や繰り返しの回想を行わないと忘れてしまうのだ。ここで、重要な点は、忘れるということは記憶データそのものを忘却するのではなく、それらのデータの保管場所を忘れてしまうだけなのである。記憶力が良い人と悪い人の差は、データの記憶場所を覚えているかいないか、ということであり、言い換えると、管理や整頓が上手いか下手か、なのである。一番いいのはそれぞれの記憶データが入っている保管場所を整理した状態で書かれたリストのようなものの、データが入っている絶対忘れそうもないフォルダを一つ作ってやればいいのかもしれない。また別の視点から考えた場合でも、上述した事は証明される。なぜならば、記憶の保管場所(メモリ内ではアドレス、ハードディスクではディレクトリのようなもの)が1箇所でないから、当然全ての保管場所を思い出す確率は半減するからである。ということは、アドレスやディレクトリなどの保管場所を決めてやれば、データの他の記憶媒体へのお引越し(転送)は、できるだけ早く終わせることが、思い出す時に、よりスムーズで有効な条件になる。但し、これは構造やシステムについて思考したので、『忘れて違うものを記憶したいという意識(優先順位を考えた場合)』と、『忘れたくないという意識(どのレベルで記憶させておくか)』が常に同時に働いていることもあり、データの転送が遅れどうしても実際の転送速度はコンピュータとは比べものにはならない。時折、何かを完全に忘れかけてた時に、ふとそれが鮮明に蘇るのもデータがメモリやハードディスクに完全に転送されて一段落した時なのかもしれない。人気blogランキングへ:納得してもしなくても、プチッとお願いします
December 28, 2005
最近発行の地元の雑誌に掲載されていた記事で面白い記事が載っていたので、ご紹介したい。ある学者の仮説によると『スポーツや芸術はSEXの象徴である』らしい。ゴルフの世界にはイソップ病などといわれている過去の失敗や極度の緊張など、様々な精神的要因でパターの不調に陥ってしまう現象があるらしい。私に言わせれば、イソップ病という名称は怪しげで、聞いた事はなかったが、全てのスポーツ、全ての動作、作業にも似たような現象はある。それで、そのイソップとやらが女子プロより、圧倒的に男子プロに多いらしい。確かに、バスケットやサッカーのゴール、ゴルフのカップ等とスポーツには『入れる』競技が多いのだ。(爆)もし、その学者の仮説?が成り立っているとしたら、イソップの原因はゴルフの技術や経験だけの問題ではなく、男性にありがちな、日常的な要因、例えば、過去の苦い性体験のトラウマや『ちゃんとフィニッシュしなければいけない』という強迫観念による影響が強いのかもしれない、ということである。面白い事を考えると思った。言い換えれば、フィニッシュに関することなら、プレッシャーがかかるということにもなる。だから、勝利目前で台無しにしたい衝動に駆られることが人間の習性の一つと言われるのかもしれない。人気blogランキングへ:少しでもなるほどと思われたら、プチッとお願いします
December 23, 2005
脳とコンピュータは酷似しているということを前回のコラム『脳とコンピュータ』で述べたが、一つだけ疑問点が浮上した。それは、コンピュータはソフトウェアがあってはじめて、能力を発揮するのであるが、脳には果してソフトウェアのようなものがあるのだろうかということである。こんな事を疑問に思う人もあまりいないだろうが、考え始めると意外に嵌ってしまう。一般的には人間の脳内では膨大なデータ処理が常に行われているのであるから,当然ソフトウェアのようなものがあって然るべきと考えられる。 しかし、ソフトというよりもシナプス間を行き来する神経伝達物質、あるいは微弱電流や電気信号などのハード的な要素だけで処理していると考えられなくもない。当然、2進法や16進法のようなものを処理する低級言語的なものは存在すると考えられるが、高級言語的なものは存在するのだろうか。私はやはり脳とコンピュータの関係にこだわりたいので、脳が処理する五感の検知や運動能力の処理はソフトウェアというより、主にハードウェアあるいは、低水準言語のようなもので処理されているのではないかと思うのだ。そして、思考したり、複雑な処理をするのは高水準言語ソフトウェアで処理されているのかもしれない。これを右脳と左脳で分けて考えると、右脳はハードウェアあるいは低水準言語ソフトウェア主体の処理、また左脳は高水準言語のソフトウェア主体の処理が行われているのかもしれない。人気blogランキングへ:少しでもなるほどと思われたら、プチッとお願いします
December 20, 2005
つい先日まで社用で日本(東京)に滞在していた。久し振りの日本であった。事情により予想より遥かに過酷で、多忙な滞在となってしまったが、それなりの収穫はあったと思う。さて、日本独特というか都心部で特有の現象がある。その一つに、満員電車というものが挙げられるのではないだろうか。成田到着早々に、到着ゲートから空港ターミナル内を移動するモノレールの様な電車に乗るのだが、そのなかでカナダから初めて日本に来たという女性に話しかけられた。生憎、中は少し混んでいたが、それでも雑談話をするには十分なスペースはあった。電車は1、2分で目的地に到着した。私は彼女に『日本を楽しんでね。じゃー』と言い、出口への道を譲ろうとした次の瞬間、どっと後ろから人に押されて、私の方が先に出る形となってしまった。(笑)これが日本なのだ、と再認識させられた。(そんな大袈裟な)日本の殆どの交通機関は停車時間というものが決まっている。そのお陰で、ダイヤや時刻表通りに乗り降りする事ができ、目的地に遅れることなく到着することができるのである。だから満員電車でもできるだけ一定の停車時間内に乗り降りしなければならない。このような状況では永遠に『Lady first』や『After you』のように譲る事自体が不可能なのかもしれない。また、したくても、環境がさせてくれないだけなのだ。どちらかというと『After me』の方が環境には合っていそうである。こういう事情をもっと世界にアピールする必要があるかどうかはわからないが、我々日本人は言い意味でも悪い意味でもあらゆる面で誤解をされている事は確かであろう。私達は基本的に人を待たす事を嫌い、待たせる事は迷惑をかけることだと思っている。私は、譲り合いが習慣化されていないのは少し残念だが、この様に、できるだけ待たせない精神は、我々日本人の良い国民性の一部分であると思うのである。人気blogランキングへ:少しでもなるほどと思われたら、プチッとお願いします
December 17, 2005
サブタイトル:『脳のことは医学からでなくコンピュータから知る』以前のコラム『左脳と右脳の役割』で少し触れてみたが、脳とコンピュータについて別の角度から考えてみた。私の思考の根底には人間、つまり脳が作り出したものは、全て脳の構造や処理が基になっているという発想がある。養老孟司氏の言葉を借りるなら、『脳は脳のことしか知らない』のだ。つまり、その脳が生み出した代表的な産物がコンピュータである。自分の脳について考えるのに、人間が考え出したコンピュータを知る事が脳について知る事への近道になるのではないかと考えた。我ながら、極めて大胆な発想だと思う。なぜならば、脳はいきなり今のような超高速処理を行う計算機を考え出したわけではない。また、一人の脳から産出(算出)されたものではなく、世界中の何人もの優秀な技術者達によって、今の方式(大容量かつ高速処理化)が開発されたわけである。これを、脳の機能の集大成といっても過言ではないと思う。コンピュータを開発したり、高機能化させるには、自分の脳の構造や機能を考察するのが近道で、また逆に脳について知るにはコンピュータの構造や機能を知ればよいのだ。なにも、この発想はコンピュータに限った事ではないが、カメラやビデオカメラも人間の目と視覚処理から考えられているのではないだろうか。例えば、お金という通貨を考え出したのも、脳の中の比較処理として、単に便利だったからに過ぎない。ものやサービスの価値を、脳の価値観(右脳)の基準にする為に、数値で表し(左脳)生み出されたのだ。その価値観が変動するのも脳内で起こっている事であり、その価値観を一般的にする行為や顧客思考(マーケティング等)も脳が考える事なのである。これらは、決して理に適ってはいるが、ベストではなく絶対でもない。また、誰かが再び脳についてこれらのことについて思考し、考察するとベターな発想や、違う発想が生まれるのだ。脳は脳にできるだけ負担をかけないよう、その為に常に何かについて思考している。もしかして、根本的には何も考えたくないのかもしれない。脳だって楽をしたい。例えば、その為に計算機が発明された。しかし、脳は計算をしなくてもよくなったかもしれないが、それ以外のことを思考する為の余裕ができただけに過ぎない。何かを考えなくてよくなったということは、違うことを考える余裕ができたということに相違ない。これが、脳の進化と文明の進化につながってきたのである。脳を使う人はこの無限ループに陥ると思考し続けることになる。やはり、我々人間は思考し続けるようにDNAにプログラムされているのかもしれないのである。人間の脳は自分達に都合がいいように物を創り、物事を処理するようになっている。我々常にいろいろな事を考えているつもりになっているが、実は脳のことしか考えていないかもしれないのである。次回からは、脳とコンピュータについてもう少しブレイクダウンして、実際に脳を今の技術で構成するとどういうハードウェアになるのか考察してみたい。ただし、余り反響がなければ、予定を変更する可能性もあります。(苦笑)ところで、明日から2週間弱社用で日本に行くので、皆様のサイトへは時々お邪魔するかもしれませんが、基本的には私のブログの更新はしませんのでご了承願います。人気blogランキングへ:少しでもなるほどと思われたら、プチッとお願いします
December 4, 2005
サブタイトル:『焦るとろくなことはない』来週社用で日本へ行くので、先週からバタバタとしている。昨日は私がいない間に社員の給料とか、経理的なことを含めたマネジメント等を全て終わらせなければならなかったので、特に忙しかった。ところで、私が依頼している公認会計士(勿論ニュージーランド人)はかなりいい加減である。私も人のことは言えないが。(爆)いつも、税務署やあらゆる機関から最終通告がきて初めて行動を起こす事が多い。それでも、いい加減なだけあって、他の公認会計士とは違い、かなりの確率でクライアントの要求を通してくれる。ちなみに、以前依頼していた公認会計士はまるで、税務署の飼い犬のように、いろいろなところを嗅ぎ回るようだった。別に痛くもない腹をさぐられるだけで、いいのだが、何かにつけてコンサルタント料もかさんできた。これでは、どっちがクライアントかわからなかったくらいである。NZの公認会計士はどちらかといえば、なぜか後者のように税務署に雇われているような感じの対応ところが多い。(笑)そして今朝も、先々週くらい前から公認会計士に依頼していた件で、カンパニーオフィスという法人登記などを管理しているところから手紙が来てビックリした。その内容は、ある書類の提出の期限が過ぎていて、莫大な罰金を支払わなければならないとのことなのだ。『げっ、まだやっていなかったの?』と思い、その事務所に早速電話をかけて確認したら、チェック(小切手)が未だ届いてなくて、届かないとできないとのいことだ。チェックが届かないとできないなんて、いわれてなかったのだが、そのチェックは郵送中であった。それではらちが明かないので、兎に角チェックを持参すると伝え、今から向かう旨を伝えた。出ようと思った時、もう一通のレターを発見した。嫌な予感がしたので、(嫌な予感をしたからかもしれないが)その場で封筒を開けてみたら、なんと、オフィスのビルのマネージメント会社が変わったので、今月中旬までに家賃の自動引き落としの明細を変更しろという通知だった。『げっ!これも今日中にやらないと後で面倒だ』と思い、慌てて書類に記入し、外出ついでに銀行へ手続きの為持って行く事にした。そして、公認会計士のところでチェック(小切手)を切って、銀行へ行こうと思い、駐車場を探そうとしたら、どこもいっぱいだった。ガソリンを入れてる間に、駐車場が空くかなと思い、スタンドへ入った。ノズルを給油口に突っ込んで、レバーを握り、勢い良く給油し始めたその瞬間に財布を会社に忘れた事に気づいた。『げっ!』(本日3回目の『げっ!』を本当に発音したかどうかは定かではないが)と思い、『チェックが使えればとりあえず問題ないか』と勝手に判断し、レジへ向かった。「チェック使えるの?」と聞いたが、返ってきたのは耳を疑いたくなる「No」であった。 思わず『Final answer?』と聞き返そうと思ったが、そんな自分にしかうけないようなジョークをいってもしょうがないので、とりあえず、本日4回目の『げっ!』を頭の中で呟いた。結局、会社にいたスタッフに電話して持ってきたもらい、一件落着なのだが、久し振りに胆を冷やした。焦るのは厳禁であるが、時には現金もわすれさせてくれるのだ。(爆)昨日は胆は冷やしたが、なぜか身体は中から火照ってしまった。人気blogランキングへ:プチッとお願いしますm(__)m
December 3, 2005
サブタイトル:『日本生まれの外国育ち?』随分前からニュージーランドの全国紙であるNew Zealand Heraldという新聞に、毎日『sudoku』という一種のパズルゲームが掲載されている。sudokuとは文章で説明するよりここをクリックしていただくほうが、わかりやすいと思う。ルールはいたって簡単である。縦横に81のマスが並んでいる。そこのあいているマスに 1~9 までのどれかの数字を入れる。但し、縦・横の各列及び、太線で囲まれた3×3のブロックに同じ数字が入ってはいけない。ルールは超シンプルだが、やってみるとなかなか、頭は使うかどうかわからないが、時間は確実に消費してしまう。(笑)当初は、sudokuなんて聞き慣れない単語で、しかも日本語的な音だと思っていたら、案の定調べてみると日本語では『数独』と書くらしい。そもそも、sudokuは日本から発祥されたものらしいのだ。ちなみに、数独とは『数字は独身に限る』という意味から名づけられたとの事である。最近では問題集などが出版されており、この世界中でメジャーになったゲームは、なぜか日本では余り知られていないらしい。しかしながら、例えsudoku発祥の地の日本ではメジャーではなくても、こちらの新聞に掲載されているのを見るたびに、私は同じ日本人として、なぜか少しいい気持ちになってしまう。e(^。^)g_人気blogランキングへ:プチッとお願いしますm(__)m
December 1, 2005
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