2012.03.01
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 Enter The と聞くと Dragon (燃えよドラゴン)と即答し、Void と聞くとコーディングを想起してしまうのは職業病ですが、今回はビジュアル・トリップ的な映画『Enter The Void エンター・ザ・ヴォイド』をご紹介します。



 SF 映画史上最高傑作に必ず挙げられる『2001年宇宙の旅』では、ボウマン船長が人智を超えた存在によって選り抜かれ、モノリスを通じて人類の次の次元の存在として進化を遂げますが、その進化の様子を光と映像、音のシャワーで表現したことが最大の見どころとなっています。

 そして本作品も、空中浮遊しながら強烈な光と音、そしてめまぐるしく変化する映像を行ったり来たりするカメラワークが特徴的ですので、『2001年宇宙の旅』を観たことのある方なら強い既視感を覚えるほど、ビジュアル的にも一見の価値がある作品となっています。

 映像重視の作品ではありますが、性教育顔負けの描写満載ですので、絶対に家族向けの映画ではないことと、気分がウキウキするようなファンタジー映画を中心に好む方には向かないことは予めお断りしておきます。




 東京新宿区歌舞伎町。

 活気溢れる大都市の裏で一時の快楽を求め、本能の赴くままに欲望を貪り合う人々の姿。
 流されやすい日本人女目当てで街やバーをウロウロしている外国人や、外人女スキスキエロオヤジの姿までもが、吐き気を催すほど現実味を帯びています。

 もちろん、登場する日本人はすべてネイティブ並みの日本語を話します。

 これほどリアリティに忠実な上に、こんなのまずいでしょうというタブーてんこ盛りという余念の無さに清々しさまで感じられてきます。



 これら数々のタブー行為の逆のことをするように努めれば、私たちは彼らよりは幸せな人生を送れるだろう、という反面教師的な要素も持ち合わせているとも言えます。



【勝手にネタばれ】

 この映画を理解するうえで、重要なキーワードは二つあると思います。

 1. チベット死者の書
 2. 私たちは永遠に一緒という台詞

 全部ネタばらししてしまうと、映画の面白みが半減してしまうと思いますので、ここではチベット死者の書についてのみ、個人的なネタばらしをさせていただきます。


 新宿でドラッグの売人をしながら根なし草のような生活を送る青年オスカーは、序盤でチベット仏教の輪廻転生に関する本(チベット死者の書)を妹に勧めます。
 そしてこの本こそが、この映画のシナリオを形成する二本柱のうちの一本となります。

 オスカーは、薬物によってもたらされる幻覚や疑似体験を通じて、こちらの状態(顕在意識の世界)とあちらの状態(潜在意識の世界、未知の世界、死後の世界、天国等と定義される状態)を行き来するような感覚を日常的に繰り返すうちに、肉体と精神は必ずしも一体ではないという自らの体験に執着し、その答えをチベット死者の書に求めようとします。

 彼はあっけなく不慮の死を迎えてしまいますが、そこからが本編の始まりになります。
 このあっけなさも、人はいつ死ぬかわからないということを考えれば、もっともらしい展開であるとも言えます。



 死者の書によると、魂はまばゆい光によって導かれ、生前の世への執着や煩悩から解き放たれた瞬間、輪廻転生のサイクルから解脱できるとされていますが、チベット仏教に多少なりとも感化されていたオスカーは、同じようにまばゆい光を何度も見させられることになりますので、彼にも解脱のためのチャンスが与えられたと言っても良いのかもしれません。

 ラマ僧は、死者の魂がこの世に執着しないよう、死者の書の内容を四十九日間死者に聞かせることによって解脱の手助けをしてくれるわけですが、正規の弔い方をされていないオスカーの魂は案内人の無いままこの世を彷徨い続けます。

 そんなわけで、彼はそれらのチャンスを活かしきれないまま四十九日を迎え、最終的には再生のための母胎に戻らざるを得なくなり、再び人間として生まれ変わるという運命を辿ります。

 肉体を抜け出た魂が、この世への未練、特に妹への強い執着により迷いから解き放たれることができず、結局は振り出し(Void = 何もない状態)に戻りましたとさ、といういかにも解り易いストーリーですね。


 仏教の教えでは、生前の行いの善し悪しによって来世のスタートが決まると言われますから、生前にタブーの数々を繰り返した彼は解脱なんて到底無理だったのかもしれません。



 ここで Void の意味を考え出すとまた切りがなくなりそうですが、Void を無としたとき、仏教思想で言う無の境地、悟りの境地、色即是空なども導き出されると思います。そういう意味で、タイトルに Void を用いたのは、その意味を視聴者の判断に委ねるという、鬼才ギャスパー・ノエの狙いだったのかもしれません。



参考:
エンター・ザ・ボイド公式サイト [外部リンク]
NHKスペシャル チベット死者の書 公式サイト [外部リンク]



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最終更新日  2013.07.16 10:24:32


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