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今回は、『【もの】と【かかわり】③』の続きで、児童養護施設での具体例、心理療法編です。
面接にやってきたAさんは、遊戯療法室にあるさまざまなおもちゃを見て、ひととおりどれも遊んだことがある、と教えてくれました。確かに、とても慣れた手つきで、どれもそつなくうまく扱っていて、素晴らしいと思えるような創造性あふれる作品を作ってくれることもしばしばでした。また、そのおもちゃに対しての思い出もよく話してくれました。
そんなときのAさんは、テンションが上がりきっているときのようなうれしさとは違う、落ち着いている中でかみしめて味わうような、そんなうれしさを表現してくれていました。そのとき、ああ、Aさんって、【もの】そのものよりも、そこにまつわる【思い出】、つまり、誰とどんな場所でどんな話をしながら、どのようにそのものを使って遊んだのかの【かかわり】の記憶こそを、ほんとうはたいせつにしているのだな、と感じました。
さらに言うと、確かに、面接を重ねる中で、遊戯療法室にも、あれやこれやのおもちゃを買って置いてほしい、ということをしっかりと自己主張することが何度もありました。ですが、私としては、Aさんは、【もの】よりも【かかわり】をたいせつにしているのだな、との理解のもと、そうやって【もの】がほしいとAさんが教えてくれた時には、いつも、その【もの】がAさんにとってどれだけたいせつなものなのか、これまでどんな人とのどんな【かかわり】の思い出があるのか、などをじっくりと話題にして聴いていくことに努めました。
そうすると、Aさんは、どんどんと、自分の、そのおもちゃに対しての想いや思い出といったものを私に話してくれました。そして、そんな中で、なかなか自分の思い通りに、自分が【ほしい】と思っているおもちゃが部屋に増えていかなくても、それに対しての不満を声高に執拗に言い続けることもなく、また、部屋にあるおもちゃをぞんざいに扱うこともしませんでした。
そしてある日、Aさんは、いつもと違って、なにかとても言いにくそうな様子で私の前にやってきます。「いや、私ってぜんぜん下手なんだけれどね」「たぶんうまく使えなくって、プロと比べれば足元にも及ばないのはわかってるんだけどね」「できればあるとうれしいんだけれどな」と、初めから前置きが長くて、自分の気持ちをなかなか言い出せないAさんの姿に私はとても驚きました。
が、そんな中でAさんがようやく口にすることができたのは、プロの画家が使っているような、品質のよい絵の具のセットを買って、この部屋に置いてほしい、ということでした。
話を聴いていくと、Aさんは昔から絵を描くことが好きで、ひとりで部屋で自分の好きな絵を描いて時間を過ごしたりすることがよくあり、今では学校でも美術クラブに入っていることなどを教えてくれました。こんな絵が好きなんだ、と、部屋から資料を持ってきて、私に熱心に見せてくれました。
そんなAさんの様子を見て私は、Aさんはやっぱり自分のほんとうにたいせつにしたいことやものって実はなかなか言い出せないんだなあ、と改めて感じました。
あんな【もの】やこんな【もの】も、たくさんほしいと、ことば達者に主張することができるAさんですが、その【ほしい】って、そのことば面どおりの、【もの】に対してのものではなくって、こうやって寂しくひとり、お父さんやお母さんもいない中で過ごさなくてはならないAさんの【気持ち】をしっかりと【受けとめてほしい】【かかわってほしい】ということが言いたいのだろうなあ、と感じました。
その後、私はしばらくして、Aさんのリクエストしたその絵の具を購入して遊戯療法室に置きました。入門的なもので、そんなに高価なものではありません。Aさんは一見、いつもどおり、そこまで特別にうれしそうな反応を示すこともなく、ああそうなのね、という感じでしたが、一方で少し、おっかなびっくりその絵の具を扱うような、私の表情を慎重にうかがうような、そんな様子も見せてくれました。
そしてそれからというもの、Aさんは遊戯療法室に来るたびに、自分が描きたい絵をずっと描いてくれるようになりました。そして私は、Aさんが教えてくれる、その絵の具の上手な使い方や、どうしてこの絵を描こうと思ったのかといった話をじっくりと聴き続けながら、アシスタントとしてAさんが絵を描くお手伝いを続けていき、落ち着いてふたりで穏やかにあれやこれやとコミュニケーションをとりながら時間を過ごすようになりました。
そんなAさんも中学生となり、高校生となり、そして児童養護施設を出て大人になっています。実は中学生になったときには、また新たに夢中になれるスポーツに出会い、部活動もそちらを選択したのですが、時々部屋で絵を描くことは続けていて、私も時々Aさんに、絵を描くための資料を依頼されることもありました。
確かにその絵の具という【もの】は、例えば、ずっと絵を描くことに夢中になってどんどんと絵が上達していくといった感じで、Aさんとともにあることは残念ながらありませんでした。
たった2年ほど、Aさんだけが使って、そのあとはほかのどの子どもも興味を持つことなく、遊戯療法室の棚の片隅で、誰かが発見して使ってくれるのを寂しく待っている、という感じになってしまいましたが、私は、それでじゅうぶん、その絵の具を購入する価値はあったと感じています。
それは、その【もの】を媒介にして、Aさんがおそらく一番にほしかったであろう、私との【かかわり】を濃く結ぶことができて、その中でAさんのいろいろな思いや気持ちを私と、時間をかけてじっくりと共有することができたからです。
今回はここまでにします。次回【もの】と【かかわり】⑥、まとめ編です。
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