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今日電話を取り、一通り決まり文句の挨拶をすると、一種の特有な空気が流れた。 「er...」 すごくナーバスな感じの電話。 はっきりとゆっくりと話す。 「USAからかけています」 って言っていて私が話を聞いていると、 「OH..良かった!あなたが英語を話せる人で!」と言って、ナチュラルなスピードになり、私はハッとしたけど、とりあえず相手は安心したらしい。 相手は新しくNYから来たスタッフのお父さんからだった。 「彼は今日はお休みだけど、2時間もすればまた学校に戻ってきますよ」と伝えた。 息子から全然連絡が無くて、とっても心配しているのだと言う。 そうかー。それならそうだろうよ。家族も心配していたに違いない。 「私はここのマネージャーをしています。」と挨拶をすると、 「あなたがマネージャーなら安心です。とっても話しやすい人でよかった」といってくれた。 私の名前がいいづらいらしく 何度も間違えて呼ぶ。「発音はあってますか?」違うけど、「大丈夫ですよw」と答える。馴れてるし。「お父さん、彼は本当に素晴らしいスタッフですよ。ほかのみんなそう言っています。」とお父さんにも伝えた。 彼は私にUSAにはきたことが在るかと聞き、 行きたいと思っているけど、まだいった事ないと話すと、 「うちに泊まっても良いからね。大歓迎だよ!」ってさ^^ 22歳の彼のお父さんの声は、すごく若くて、お父さんとは思わなかった。友達からなのかと思ったくらい。 「DADへ電話するように言ってください」 そりゃそうよね。 早朝に仕事をしている私のもとへやってきた、お休みのはずの彼。「今日は何して過ごすの?」なんて話してたら「街をうろつくよ。USAにも電話しなきゃいけないし」って言ってたから 「電話すると言っていましたよ。でも、後で彼に電話するように伝えますね」と言って電話を切った。 暫くしてやってきたかれに 「お父さんから電話が来てたよ!」って言うと 「SHIT!」といってた! 私はお父さんとの会話を楽しんだのだけど、確かに、親が着任したばかりの職場にかけてきたら、本人としてはちょっと肩身が狭いわよねー。分かるわぁ。
2007.01.22
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お久しぶりです。本当に超多忙です。自分をコントロールできないくらい、次から次へと仕事やトラブルが押し寄せる。。何じゃこりゃ~!!って感じで。でもそうも言ってられないから、早く流れをつかんで、効率よくこなしていく技術を身につけるつもりです。明日は毎日のモーニングミーティング以外に設けられている、ミーティングの日。私がボスだから、取り仕切って行かなきゃ行けない。英語での会議になるから、私は言わなきゃ行けないこと、協力してもらわなければいけないこと、中にはすでに今起こっているトラブルの話もしていかなきゃいけない。。。自信が無いよぉ~。。。ビジネスで英語を使ってきたことが無いから。。。><一人ミーティングに参加できないアメリカンのJには「明日、あなたは私と二人で個別ミーティングだから。そしてお説教だから。」と伝えたら「こわい~」って日本語で言ってた。みんなとうまく連携をとって行かなきゃ行けない。私こそ新米マネジャーでみんなの足を引っ張るから、どうにか協力してもらわなきゃ。。コミュニケーションと言う点ではうまく言ってると思う。みんなアメリカンも、ブリティッシュもオージーもいるけど、「ほかに手伝う事ある、ダーリン?」って言ってくれるしw一人UKの女の子が骨を折って入院となり、助っ人に別のブリティッシュがやってくる。韓国人のスタッフも2人いて、挨拶は「あんにょんはせよー」って言って入ってくるから私は韓国語を少し話すことは伝えてなかく話していたのに、暫くして急に韓国語で話し始めたものだから、すごいびっくりしてた!wずっと話したかったけど、余裕が無くてそれどころじゃなかったから。ついに会話が出来ました。それから全て韓国語ですごい勢いで話されたから、いつもの「言ってる事は分かるけど、話せない」と言う状況に陥って、ギブアップ。「その感じだと独学じゃないね」って言われたけど、私はほぼ独学だし、もう随分前の話し出し、全然話せなく成ってしまった。「発音がまじりっけない韓国語で素晴らしい!」と褒められ、「英語を話すから、耳もいいんですね」とおっしゃっていただいた。ありがたい事です。早く心に余裕を持ってそういうところも伸ばして行きたいです。悔しい思いもこの5日間そこそこで何度も何度もしています。うたれ強くなれそうです!頑張るよ!
2007.01.17
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大変な事になってしまった…。ついに私の配属先が決まった。その前に、皆様あけましておめでとうございます。昨年と変わらぬご愛顧賜りますようお願い申し上げます。と言う事で、なんと、なんと、私は「札幌」に残ります。それが?って思うかもしれない。でもこれは会社的にも、私的にもとても大きなことで、まず異例の人事と言って良いんです。。!!!いや、まじでさ。普通私のような新人は地方で下積みの経験をつんで、何度も転勤を重ね、業績を上げてターミナルの市場に近づき、さらにその業績をキープしつつ、認められれば本社に勤務だとか、希望があれば海外への勤務のチャンスが与えられるんです。私はなんと新人にして大抜擢のいきなりのターミナル配属。しかも通常は「業績2トップ」が二人で任される位の大きなマーケティング市場なのだけど、ちょっと…あたし、一人で全部背負うことになった。本社のボス(面接で私をいたく買ってくれた方)に、ついさっきの話だけど、「2007年の社運はあなたの名前に全てがかかってしまったのよ」と重たい一言を頂いた。「実はこの研修の間いろんな人に頼んであなたの行動を見て、報告してもらっていた。」と言われて、まあ、多少はあるだろうけど、そんな人まで私を監視してたなんて!!って思うような所まで…でもそうよね。私がこければ間違いなく北日本は大きな打撃を受けるわけだし、つまりは大きな会社自体も痛くないはずは無いのだから、本当に私に任せて良いのか、そりゃ本社にいるボスはいろんな人に頼むだろうよね。一応皆さんの賛同を得て私は晴れてその大舞台に上がる事となりました。でも、まだ、これから。本当に、何もわからないの。今までの人生、実際私は『受身』だった。出来ない事はやらない。負け戦はしない。壁にぶつかれば逃げればいい。そんな人生を繰り返してきた。それじゃあいけないって思いながら、その都度逃げながら自分なりに「補習の課題」を与えながらやってきた。でもいつもそれは「それではいけない」と言う違和感の中に会った。一人が私の入社時期に転勤し、一人でその市場を守っていたトップの方も転勤となり、連休明け、一日だけ引継ぎの日が与えられます。後にも先にもこんな大きなチャンスは回ってこないかもしれない。やらなきゃいけないときが着たんだと思う。正直、東京での研修を終え、仲間がドロップアウトしたりする中、私も自身を無くしていた。楽だった前の会社を辞めるべきではなかったのでは。。と何度も思ったりもした。住友辞めたときは思わなかったのにさ。私にとってとっても意味のある年になりそうです。夢の海外勤務もぐっと近づいている。最短で2年でいけるんだ。頑張らなきゃいけない。踏ん張りどころなんだ。母親に配属の発表後電話した。最近の両親は私の仕事に関して興味が無い。どんな報告をしても「いいから、あんたも早く結婚相手見つけなさい」と言う。でも、さすがにこの報告には母親もちょっと違うものを感じたんだろうし、実際、先日実家に帰ったときに、私の結婚というものがどれほど遠く、あるいは「この先無いかもしれない」と言う事を察した事だろう。だってこの正月、妹が実家に一緒に暮らしている彼氏を連れてきたからね。結婚するのかしないのかと父親も母親も迫っていました。今の私にはわずらわしい。とはいっても、自分がつらいときにそばで支えてくれる人がいるのといないのとでは大きな違いだって思う。こんなプレッシャーに立ち向かって、一人きりで戦うなんて、本当に潰されずにいれるだろうか。本当に不安でいっぱいです。。。でもね、母と言い合いました。『やるっきゃない!』と。wちょっと古いけど、2007年、やるっきゃないのです!!!
2007.01.06
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