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ここ数日、美味しいものをあちこちで食べてすぎて、さすがにグロッキー。楽しいお誘いについつい限界までやってしまった。欲全開である(^^)普段は1日1食を守っているが、それが2食になったりすると、胃の消化が追い付かないのか、(栄養を摂っているはずなのに)かえって疲れてしまったり、具合が悪くなったり、猛烈な眠気に襲われる。10年以上こんな生活なので、もう習慣は変わらないと思う。ともあれ、1日1食というのはあくまで目安の数字である。体感的には最後の食事から次に食べ物を口にするまでのインターバルが「18時間」というのが一つの指標。だいたい健康増進のために行われる「半断食」と呼ばれるものは、16~18時間の空腹時間を設けることを指している。このリズムをだいたい守っていると、不定愁訴が治ったり、肌荒れや便秘などが改善したりすると言われている。理屈的には16~18時間の空腹でお腹がグーと鳴ると、体内でモチリンという酵素が出て、これが体内のデトックスに寄与するのだという。というわけで、いつもは大体18時間なのだが、今日はこれをきっちり守ってみた。水のみで、お茶もあえて体内に入れないように留意する。その間は、いつもよりもぬるめのお湯に長めに浸かってぼーっとしていた。これで今日は身体から酒を抜けば完璧なのだが、そうは問屋が卸さない。ピンポーンとインターホンが鳴り、スパークリングワインがやってきた。うん、今日の気温は泡がぴったりである(笑)。ということで、早めに酒のアテの仕込みにかかろうかと思う。桃がいい感じに熟してきたので生ハムを巻き、久しぶりに人参のラぺを作ろうかと思っている。来週のためにラタトゥイユを作ってもいいかもなぁ。<お酒メモ>7月30日木曜日陳年5年紹興酒 ロックでボトル半分くらいオーストラリア シラー 赤 グラスで2つ7月31日金曜日ギネス 生 4パイントと3/ 4石鎚 純米夏吟醸 半合写楽 純米 半合弱幻舞 生 半合弱 8月1日土曜日開運 無濾過生原酒 1合ちょっと正雪 愛山 おちょこで2つ瓶ビール グラスで1つ尾瀬の雪解け 秋田酒こまち(酒米) 純米吟醸 1合弱津島屋 純米吟醸 生 半合山本 イエローラベル 1合弱
2020年07月31日
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コロナ陽性と判定された人が1日1000人を超えた。私はコロナはただの新しい風邪だと思っている。だから感染者ゼロの岩手県でもようやく2人出たことで、変な村の掟であるとか、(親族が感染者第1合になったら、という)近所の眼みたいなくびきやプレッシャーからからようやく放たれて、正直、よかったんじゃないかと思う。まぁ、go toトラベルキャンペーンを行ったことで、人の移動が増え、感染増加につながったのだと思う。ひとついえるのは、「東京への旅行と、東京都民は補助の対象外」という、実質「東京差別」をしても何の意味もなかったということだ。ぶっちゃけ、小池百合子都知事のせいで、都民や都に関する補助がなくなったことはひどく残念である。私は今の都知事を支持していないし、政治家として「国や自治体をこういうかたちにしたい」というエトス(倫理)を持たない彼女を信用しない。目先の「大切でないこと」をわざわざ目標に据え、よくわからない横文字をつけてキャッチフレーズにすることには長けていると思うけれど、それは自分の支持率や権力維持のためであって、民のためではない。全部「自分のため」なのだ。そういう政治家が女性、つまり同性であることを悲しく思うし(=男性政治家よりも自己愛が強く、民度が低いと思うから)、わずか4年という短い期間の間に、自分の支持維持のために、都がいままで貯めてきた資産をバラマキいて、ほぼすべて(95%)使い切ってしまったことに唖然としている。そういう現在、またメディアや都の広報を通じて「第2波」と恐怖を煽り、飲食店などに補助金とセットで休業要請をしようとしている。今度は店舗当たり20万円だという。一時しのぎの対処療法に、またしてもカネを突っ込むというわけで、これ以上の感染増で本当に困ったことになった時には、もうカードが切れない。「いざとなったらやめれば責任被らずに済むし、あとは知ーらない」といわんばかりの振る舞いで、なんだかもう、である。前の自粛の支援金や期間についての総括をしていないような気がする。人間は過去に学んで眼前の課題を克服することができることが長所なのに、それをしないのならば、サルかサル以下である。今の都知事は、旦那の退職金でも相続でもいいが、突然使えるお金を手にして、全額信用取引でバイオ株に突っ込む、みたいなことをする主婦とあんまり変わらない。空恐ろしい。冒頭の写真は自粛要請後の5月1日の渋谷ハチ公前だが、またこんな光景が広がると思うとぞっとする。自粛再開後も、飲食店や物販については「客足が戻らない」ということを耳にしている。株だけが政策でふらふらと騰がっている状態で、株価を支えるファンダメンタルズはヨタヨタどころか、ぼろぼろの状態だ。現役世代は自分の収入や生活がぼろぼろなのに一所懸命、「予想以上に長生きして数も多い高齢者世代」を支え、「『コロナ怖い』と叫ぶ働かない人たち」のために働いて納税しているのに、今度は稼ぐ機会さえ奪われようとしている。蓄えがなくなれば、誰かがその補填をしなければならないが、現役世代にはもう余力がないということを、高齢者の多くは理解していない。あるいは「老いぼれだから難しいことはわからない」ととぼけてみせる。「経済か命か」という論議があるけれど、はっきり言ってしまえば、これは「未来ある人や現役世代の命か、リタイヤした人や弱者の命か」ということになる。当然前者が減れば、後者を支える食い扶持も原資もないので共倒れになる。なのに「人間の命は平等だ」と後者は主張してはばからない。それどころか「長幼の序を守れ、年寄よりはえらいんだ」と平然と言う人が(未だに)少なくないから閉口する。「長幼の序」はそもそも人間の命の価値は平等じゃない、と言っているわけで(どちらが大切かということに関しては私の回答は逆になるが)。年寄りが賢明でえらいのならば、今言ったことは理解できるはずだ。なのに「自分たちが外食したいからフェイスシールドやアクリル板をテーブルに設置しろ」と店にすごんでみせたり、「自分たちは若い人ほど免疫がないから、一緒に自粛して頂戴」となる。ここ数日、高齢者の方から「雅さん、お店の支援のためにアクリル板を置きたいから、お金出してよ。自分もそういうのがないと飛沫が怖くて店に行けないし」といった連絡とか、「自粛してよ」という電話をもらったりする。何とも言えない気分になる。長らく続くコロナ禍で、エゴ丸出しの高齢者のケアをするのがしんどくなってきた。問題は、コロナ陽性者が増えることではなく、重症者で医療施設がパンクすることだったわけだ。今のように死者は横ばい、重症例が罹患者に見られる数がさほど増加していない現状で、罹ることがなぜいけないのかがわからない。抗体云々があるのならば、軽めのものに罹っておいた方がよいではないかと思う。でも、「コロナ怖い」という人は、たいてい自分に都合のいいことしか聞く耳を持たないので、最近は会話する機会を減らすことにしている。一応、過去(経験して感じたこと)から学んだ結論だが、正直、悲しいですね。<お酒メモ>7月29日水曜日蒼空 美山錦 純米 1合而今 純米吟醸 2019火入れ 1合カタヒ ホークスベイ ソーヴィニヨンブラン NZ 白 1/2本
2020年07月30日
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月1の坐禅会のこと。いつものように、参加者とともに本堂で坐っていたのだが、開始して数分で、なにやら入口の方で「きゃー」という女性の悲鳴があがった。夏場の場合、たいてい初心者だと、開け放たれた扉などから入ってくる虫や蝉などの羽音に驚いて声をあげる。いつものことだ。ということで、それは放っておいて、坐禅に集中していた。いつもする坐禅は、専攻が燃え尽きるくらいの単位=20分程度でいったん組んだ足を解き、小休止してからまた20分ほど坐禅に取り組む。この20分前後の単位を「炷」(しゅ)という。つまり2炷やるわけだ。株式市場に例えると、前場と後場、みたいなもんである。「それ」は後場、つまり2炷目の最後の方に起きた。半眼で坐っていると、なにやら黒い物体が眼前を左右に走り回っている。さすがに気が付いて、「あ、ゴキブリだ」とわかった。女性の声の原因はこれだとわかった。ただ、本堂も夕闇に溶けていた時間だったし、ゴキブリは目が悪いので、そもそも気配で避ける性質を持っている。普段だったら即刻叩いているところだが、坐禅中で動けないし、本堂は殺生禁止区域である。左右にうろちょろしているだけだし、こちらに悪さしているわけでもない。「放っておけば大丈夫」と判断した瞬間、鐘の音がチーンとなった。終了の合図だ。合図があったら一度合掌してから足を解くのだが、それをしようとしたときに、両脇の男性が手に持ったお経で「パーン」とゴキブリを掃おうとした。「野暮なことを」と思ったが、もう遅い。その音に反応して、ゴキブリは立ち止まり、ちょうど私の前で方向転換し、こちらを向いた。ゴキブリと目が合う。お互い止まったまま、数秒、対峙した格好となった。がっぷり4つ。にらみ合い。合掌して一礼が終わるまでは私は動けない。ゴキブリがこちらにものすごいスピードで向かってきた。あああ…。とは思いつつ、慌てず合掌しながら一礼をし「間に合うかな?」と思い、それが終わるなり使っていた座布団の端を立てて壁にした。間に合った。ゴキブリは踵(きびす)を返して斜めの方向に戻っていく。その後、その場で住職の公案を聞いていたのだが、私を慮ってなのか、両側に居た方が、ゴキブリに対して「しっ、しっ」とやるたびに、ゴキブリは縦横無尽に走る。放っておけばいいのだ。こういう状況で出会ったのだから、俗世の振る舞いは捨てて、物事に向き合えばいい。退治でなく、いますべきは対峙なのだ。座布団の下に赤いじゅうたんが敷かれているのだが、結局、ゴキブリはこちらに再度向かってきたものの、私と隣の人の間にあったじゅうたんのすき間に入って出てこなくなった。隣の人に、目で合図して首を横に振り「もう、いいです」と合図。片付けの時に、雲水(修行中の僧侶)さんにゴキブリがそのあたりに隠れてますよ、とお伝えすると、「ゴキブリくらいいますよ」と言われ「そうですね」と答える。今日はこれでいいのだ。
2020年07月29日
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銀座で聴いて唸った話。Aさん「最近、コロナ禍でも芸能界で不倫の話とか多いじゃない。それでね、新しい三密って言葉があるのよ」私「え、違う『密』の定義ですか」Aさん「そう。密接、密着、密告」…しばらくして一同爆笑。やっぱ銀座のトークは一味違うと思ったのであった。
2020年07月28日
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家探しを始めている。中古でも新築でもいいし、マンションでも一戸建てでも収益物件でもいいと思っているのだが、自分の希望がうるさくて、なかなか「これ」という間取り(が作れる土地)に出会えない。まぁ、コロナ禍で家に求める条件が変わってきているので、既存の「常識」「好み」で造られたものは下がるから、そこを狙っているのだけれど。だからちょっと時間がかかる。それはさておき、「やけに安いなぁ」と思う物件もあるのだが、内見せずとも近くを歩いていると、なるほどと「感じる」部分がある。これは住んだら普通に済まないな、という訳あり物件である。いわゆる事故物件なら持ち主や不動産屋さんに質問すればいい。彼らの告知義務は、直前に住んでいた人の情報のみだから、前の前に「何かがあった」事故物件に関しては言わなくていい。だけれど、嫌な感じがしたら、私は前の前(さらにそのまた前も含む)について誘導尋問してヒアリングはするようにしている。中古以外ならいいんじゃない?という人もいるかもしれない。ただもともとその土地の雰囲気というのもある。たとえ新築であれ、その土地に建物を建てると、家や商売がなぜか続かないというところもあって、個人的にはそういう場所を「凶相」がある、と定義している。新築建売やマンション(賃貸も含む)も同じだ。事故物件ならずとも、「幽霊」と人が呼ぶ、何かのエネルギーの通り道だったりすると、誰も住んだ経験がない部屋なのに…ということもある。簡単に言うと、霊が普段往復している道路に建物が建ってしまって、エネルギーが通勤しているところに住んでしまった、というケースである。そういうものの「雰囲気」だけはわかる友人は、引っ越しするときには私に(その物件が)大丈夫かどうかチェックを依頼することがある。少しでも「おや」というところは避けるように伝えている。先ほど「通勤」と書いたけれど、エネルギーが移動する時間帯というのも結構あるからだ。このあたり、サラリーマンと似ているなぁと思う。夏に入り、涼を求めるために、怪談を含め、この手の話を好む需要が出てくるけれど、肉体の中に魂と呼ばれるエネルギーがあるとして、肉体を失ったエネルギーをわざわざ見に行ったり経験したい!というのは正直、無粋だと思う。いつかは死んで魂だけになれるのだから、かかわらなくていい時期(人生やっているとき)には、むやみに接触する必要もないということだけはお伝えしたい。<お酒メモ>7月28日火曜日鍋島 純米吟醸 1合ちょっと渡舟 純米 無濾過55 1合弱
2020年07月27日
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ラタトゥイユソースがなくならないというエントリーを書いたら、来訪者が急に増えた。スーパーの決算が相変わらず絶好調だが、家で料理するための情報ニーズが増えているのかもしれない。時短調味料というのは昨今あの手この手で出ているが、要は「調味料の混合液」である。2人前くらいで数百円と、一見優しい値段に見えるが、正直、原価を考えると高いと思う。「ゴーヤチャンプルーの素」という箱を見たときには驚いた。だって酒と塩としょうゆと砂糖でできるじゃない…。ということでそういったものを買わないのだが、箱書きの裏に書いてある原材料を参考にすることはある。調味料や入っている野菜の内容さえ頭に入れてしまえば、家の調味料でだいたいは再現できるからだ。あとはそれを応用する。だいたい「美味しくなる野菜の組み合わせ」とか「調味料の黄金比」というのは、どんな料理でも似たり寄ったりなので、新規の食材で料理を作るときには過去に作った料理でおいしかった味付けに寄せたりしている(それでも失敗することはあるのだが)。ただ、私はあまり洋食を作らないので、そこのところが不得手である。ということで、小さいころに「ゴム段」という女の子の遊びで歌っていた曲の歌詞を参考にしながら、料理を作る。それはキッコーマンの「デリシャスソース」という商品のCMで使われた、こんな歌詞だ。トマトにリンゴに人参 タマネギぐつぐつ煮込んでスパイス入れてパイナップルビネガーワインは隠し味おいしくできたよ デリシャスソースここから読み取れるのは「トマトと人参、玉ねぎは相性のいい野菜」「果物を入れるとアクセントになる。りんご、パイナップルビネガーと言ってるくらいだから酸味のあるものがよい」「ビネガーとワインで味に深みを出す」「スパイスも入れる」ということである。たとえばハンバーグのデミグラスソースを作るときには、フライパンの肉汁にケチャップとソースを1:1で入れればそれなりに様になるが、ケチャップにはパイナップルが含まれている。これにビネガーやワインを入れるとなおのこと深みが出る。ただそれだけでハンバーグ用ソースを買う必要はなくなるわけだ。そんなに料理に凝るわけでもないので、いつもこのデリシャスソースの歌をヒントに適当に料理をしている。家の調味料は結構最小限だが、それでも何とかなっています^^<お酒メモ>7月27日月曜日十九 純米吟醸 きらきら星 1合写楽 純米 1合カタヒ ホークスベイ ソーヴィニヨンブラン NZ 白 1/2本蒼空 山田錦純米大吟醸おりがらみ 1合弱
2020年07月26日
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だいぶ前にいただいたレトルトパウチのラタトゥイユソース。いわゆる野菜を入れて温めるだけでOKという時短調味料だ。この手のものは自分で買ったことがなく、どういうものかはよくわからない。というわけで、疲れ切って料理する気力がない時に使おうと思ってとっておいたのだが、気が付いたら使用期限間近になっていたので、活用することにした。ソースの袋には「なすとズッキーニを使って」と指示があったのだが、なすは手元にない。ソースの成分を見ると人参とか玉ねぎとかピーマンとか書いてある。こういう野菜だったらソースに入っているのだから、味が泣き別れにならないだろうと想像。野菜室を覗くと、幸い人参とズッキーニと玉ねぎ、えりんぎが入っていた。これにパプリカやピーマンがあれば完璧だったのだが、あんまりわがままも言えない。ということで、これらありものの野菜でソースを使ったラタトゥイユを作ることにした(※今回、野菜は各1つづつ使用)。上に掲げた野菜をさいの目に切って鍋に入れ、オリーブオイルでスライスしたニンニク2かけとともに軽く炒める。その後ソースを入れれば完成なのだが、ソースを入れる前にあることに気づいた。…先日トマトを1箱頼んで、それなりにまだ残っているということに(^^;野菜室に入っていないトマトが6個あり、完熟していた。ならば、とりあえず生トマトも放り込んで活用してしまおう(^^)ということで、トマト5個を適当なサイズに切って鍋に入れていくと、なんだかいい感じの臭いがする。トマトが十分な水分を含んでおり、加熱するとどんどんトマトの汁が出てきて、他の野菜を煮込み始める。野菜の水分だけでソースができるという典型的な「ラッキーゾーン」に入ってきたわけだ。「ソースで工業製品の味にするのはもったいないかも」と思い始め、「ならば」と、呑み残しの赤ワイン、レモンビネガー、ビーフコンソメ、バジルソルト、塩を入れてさらに煮込む。冷蔵庫を覗くと、みそ汁用に何日もとっていた玉ねぎ&昆布出汁を見つけた。これもそろそろ使い切らないとと思っていたので、それも投入。もう、闇鍋状態である(笑)。和風の味になるのかしら?うまいのかなあ、これ、などと思いながらしばらく煮込んで火を止めた。できあがったものをさらに盛り付けると、意外なことにいつもよりも深みがある。足しげく通う銀座の「羊屋」のラタトゥイユ(800円)が絶品なのだが、それにほぼ近い味わいでびっくり。違いは自分が作ったほうが少しサラサラしていることくらい。作った量は、羊屋の5皿分くらいの量になった。「なかなかコスパのいい料理だな、野菜もたくさんとれるし…」と唸る私であった。カレーに和風出汁を入れると深みが出るのだが、昆布だしが同じ役割を果たしたのかもしれない。今度からみそ汁の出汁よろしく、ちゃんと作って入れてみようと思った。でも、これじゃラタトゥイユソースがなくならない…(汗)<お酒メモ>7月26日日曜日小布施 ちゃぶ台ワイン ソーヴィニヨンブラン 白 グラスで3つ東洋美人 純米吟醸50 1合半蒼空 山田錦純米大吟醸おりがらみ 1合弱
2020年07月25日
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浩々としたみずみずしいぶどう畑の中を通った。だけれど、7月下旬の盆地だというのに草いきれはない。心なしか袋に包まれたぶどうはまだ小ぶりな気がする。先日、長野の生産者からのお手紙に「今年は有機栽培のワイン造りを断念しました」とあった。長雨というには生易しい集中豪雨で、満足のいくぶどうが収穫できないと踏んだらしい。非常に残念だが、自然との付き合いの中で食べ物を作っているのだから仕方がない。ほかのラインアップを楽しみにしたいと思っている。タイ米を輸入した1993年米騒動以来の涼しい夏を迎えている。もともと太陽の活動が急激に弱まると、気候が急変したりして食糧危機が起こったり、疫禍が起こったりする。これは百年単位で歴史周期からいえることだ。今年はちょうど太陽活動の極小期に入っており、世界的にはイナゴの大量発生が春先から言われており、コロナもその時期に起こった。続いて豪雨、冷夏ときている。野菜の値段も上がり、農作物の不作が起き始めている。こういうときにどんな株が上がるのかな、ということも頭の片隅に少しだけおいて最近は毎日を過ごしている。飲食店よりは、食糧そのもののセクターや、卸や物流にかなりの動きが出てくると思う。ウォーキングやハイキングに出かけた先で雨が降っていると、時にがけ崩れや山道が流されていて通行止めになることがある。今回もそうで、ルート変更を余儀なくされた。思っていたよりも短い行程にはなったけれど、浮いた時間で以前行ったワイナリーを再訪することができた。(不作にはなりそうだけれど)ぶどうの成長過程も見ることができて、充実したお出かけになった。<お酒メモ>7月24日金曜日原茂ワイン ソーヴィニヨンブランその他 白 グラスでたっぷり計1つくらい醸し人九平次 純米大吟醸 1合弱而今 2019BY火入れ 純米吟醸 1合弱風の森 無濾過無加水 1合弱イタリアワイン 赤 グラスで2つ
2020年07月24日
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甲州から信越にかけて採れる山菜「オヤマボクチ(雄山火口)」。アザミみたいなとげとげした花をつける山菜だが、小さいころから親しんできた。ねばりが強いので、笹団子に使われたりするのだが、「つなぎ」として使って打った蕎麦は「幻の蕎麦」などと言われて珍重される。山梨のほうでは、葉の裏が白いことから「うらじろ」と呼ばれるそうだ。オヤマボクチを使った蕎麦を最後に食べたのは10年以上前。それがたまたまとおりかかったところで、蕎麦ではないが(オヤマボクチを使った)饅頭を見つけたので、思わず衝動買いしてしまった。地元の人が手作りしているようで、添加物も一切ない。オヤマボクチと上新粉、もち米とあんこ砂糖だけというシンプルさだ。毎朝作って販売していると説明書きにあり、俄然コーフンした(^^)久しぶりに食べると、独特の粘り気でもっちりした懐かしい味が口の中に広がる。麩まんじゅうよりもしっかりとしているが、草餅やヨモギ餅よりも柔らかい食感が昔の記憶をよみがえらせる。「ああ、昔よく食べたな」。ブランド名が付いた豪華食材よりも、やっぱりこういう素朴なものが好きなのだ。育ちはごまかせない。私は贅沢にできていないのだ。まんじゅうの中の小豆も、程よい甘さで、いい意味で「愚直にあんこを炊いているなぁ」というのが伝わってくる。いやはや、いい出会いをして、お出かけの思い出がひとつ増えたのだった^^
2020年07月23日
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「まだ」なのか「もう」なのか自分でもわからないのだが、愛鳥「ごましお」がこの世を去ってから3週間少し。生前の「ごましお」が淋しくないようにとお借りしていた間男にして同じ白文鳥の「文蔵」は、元の育て主のご厚意で、いまも我が家で暮らしている。引きこもり体質の文蔵は基本、籠の扉を開けていても外に出ようとしない。ただ、まだごましおが長く外で遊び呆けていると考えているのか、扉を閉めると狂ったように啼く。扉が開いていないとごましおが戻ってこれなくなるので、それに抗議しているかのようだ。そして時々、外で遊んでいるごましおが気づいてくれるかと、気を惹くために時折歌を歌ったりしていた。ところが、ごましおがいなくなって2週間が経った頃から、明け放した扉から出るようになった。長らく籠の中でじっとしていたことから体力もないし、ほとんど飛ばないので、飛び方のコントロールができない。いつも外に向かって突撃しては、窓にぶつかり、そのままずるずると落ちる。全力で飛べるところまで飛ぶから、しばらくぐったりして身動き一つしない。身体も傷つくし、特攻隊のようなそのさまを見ていると、帰ってこないごましおを、あらんかぎりの体力を使って捜し求めているように見える。彼にとってはたいせつな片割れだったのがよくわかる。籠に戻して「文蔵さん、ごましおさんは死んだの。もう帰ってこないんだよ」というと、しばらく神妙そうな顔つきで黙っている。でも「死」が何かよくわかっていないようだ。扉の籠を閉めていると、水箱の上に乗り、箱をひっかいて音を立てて「ここにいるよ」と存在感を示そうとする。どうしたらわかってもらえるかな。私もまだ心が落ち着いていないんだよと思うのだが、口に出すと自分が耐えられなくなりそうで、文蔵にそれを言えないでいる。<お酒メモ>7月23日木曜日小布施 ちゃぶ台ワイン ソーヴィニヨンブラン 白 グラスで1つカタヒ ホークスベイ ソーヴィニヨンブラン NZ 白 グラス2つ
2020年07月22日
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現代女性はどんな酔い方をしているのか……パターンごとの解説入り「女子の酔い方」イラストが話題にという記事を読んだ。「記憶ない系」「酒苦手系」「大暴れ系」「病み系」「お母さん系」「眠くなる系」という6種類に分類されており、私がどれに該当するか判別がつかなかったので早速呑み仲間に連絡した。すぐに返事が来て「確実に大暴れ系でしょ」とのこと。「えー、物は壊しませんけど」と思ったのだが、そう思われているのだから仕方ない。記憶一部欠落&眠くなるはあるので、複合タイプなのかもしれない。包容力のある「お母さん系」や「病み系」は女性の呑み友達にまず見当たらない。おそらく酒が好き(で肝臓の強い)女子ばかりと呑んでいるからだろう。想像だが「お母さん系」は合コンなどに多く生息していそうな気がする。合コンは私は生涯縁がないので、このタイプを見ないというわけだ。でも、もっと他の分類もあると思うんですけど…ね(・・;
2020年07月21日
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時々大学で講義や講演をするのだが、ありがたいことに、今年も依頼をいただいた。ウケが悪ければ依頼は来なくなるはずなので、多少は学生に興味を持っていただけたのかな、と思っている。見た目にはわからないらしいが、私はあまり人前で話すというのが得意ではなく、むしろ嫌がる性質だ。それでも依頼があったら引き受けるのは、「嫌なことに挑戦することで気づくことがある(自覚していない能力を引き出す行動)」とどこかしら思っていることと、「何かの役に立てるかもしれない」と考えているからだ。ただ、今年はコロナ禍もあり、オンライン講義になるという。どこで講義するの?大学?誰もいないところで?という疑問もある。これまでは聴衆のウケを見ながら話をしていたので、反応を確認できないまま90分しゃべるのは、少々つらい仕事だなぁと思う。でもがんばる。仕事でもオンライン会議をすることが間々あるのだが、参加者ひとつひとつのコマが均一で、変な話、オーバーリアクションしないと、こちらの動きを相手に感じ取ってもらえないし、発言を拾ってもらえない。これまで会議室内での会議では、質問をしたいときに、普通にしてても低めの声で入れば、流れがこっちに向くので意見をいう機会をもらうことができた。ただ、オンラインでは手を振ったり、身体全体を使って動きをつけないと、自分が意見するチャンスが巡ってこない。たとえて言うと、ADHDの人でいつもそわそわしているみたいな状態がちょうどいい。私は一種のADHDだと思うのだが、その動きを止めるためにお寺通いをしたり、坐禅をしたり、じっとしているということを繰り返しやってきたので、いままでせっかく努力して身につけたことが「無に帰す」みたいだな、と感じる部分がある。これがリアルの生活に戻って、会議室でオンライン会議よろしくちゃらちゃら動いていると浮いちゃうしなー。どこまで無意識に、オンライン仕様で話や身振り手振りをしたらいいか、その匙加減は悩ましい。<お酒メモ>7月20日月曜日ギネス 生 2パイント半7月21日火曜日蒼空 美山錦 3合澤屋まつもと 純米吟醸 1合ちょっと鑑評会酒の残り 半合7月22日水曜日シャトー ポール・マス 赤 フランス ハーフボトルギネス 生 1パイント
2020年07月20日
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7月は阪神タイガースの主催試合が多いので、ほぼ甲子園で試合が行われる。契約しているタイガースの試合中継用のネットコンテンツは、主催試合を必ず放送するので、18時以降は家で試合を観ていることがほとんどである。球場を見る限り、観客は密を避けるために席の埋まり方は等間隔になっており、大きな声援や風船などはNGなので、おとなしめの応援だなと感じる。ところが自分の場合、独り暮らしで誰も見ていないのをいいことに、応援歌を適度に歌い、点が入るたびに昨年までの球場観戦同様「六甲おろし」を歌っては、エアメガホンを叩くということを繰り返している。六甲おろしを歌う場合、肩から上に両手を上げてそれなりに振るので、昨日(19日)みたいにタイガースが二けた得点をすると、かなりの運動量になる。いままで球場に行って応援すると、大声でかなり全力でメガホンを叩いていたので、ビールを呑んでも呑んでも体重が減っていた。これに準ずることを自宅でやっているわけで、昨今の運動不足に対してはある種のトレーニングになっている。「虎とれ(-にんぐ)」といっても過言ではない。自粛は6月で解除されたはずなのに、どういうわけか勤め先は「外食NG、会食禁止、できるだけ外に出るな」を未だに徹底している。毎朝お熱の申告もしなければならず、世間と違ってまだ「戒厳令下」だ。大真面目にそれを守っていると、自分の健康が損なわれるし、そもそも情報源が非常に大切な職業なので、人と会わないと何も食い扶持のヒントが生まれない。早くコロナのマインドコントロールから抜け出るといいなと思う。といいながら、あまりにも(ほかの社員よりも)在宅で仕事を回せているせいで、出勤回数が少ないことをいぶかしがられているのだろうか?会社からの呼び出しが増えていて、先週今週はなんだかんだいって毎日会社に行く用事を作られてしまった。たった1時間の打合せで会社に来い、という日もある。タクシーで来いと言われるが、「コロナはただの風邪だ」と信じて疑わない私は、会社の経費を無駄に使うのがいやなので、今日も電車で通うつもり。そもそもタクシーよりも電車で立ちっぱなしのほうが運動にもなる。自分のためでもあるのだ。身体がたるむのが一番いやなので、「とらとれ」以外に運動を少しずつ増やしていかないとなぁ。<お酒メモ>7月18日土曜日白濁 350ml缶1つコロナ 小瓶1つ東洋美人 純米吟醸 2合7月19日日曜日カタヒ ホークスベイ ソーヴィニヨンブラン NZ 白 1本
2020年07月19日
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俳優の三浦春馬さんが30歳という若さで自殺した。昨日(18日)、近所の酒屋に酒を買い出しに行くと、そこの角打ち(現在は休業中)でよくご一緒していた呑み友達にばったり出くわした。久しぶりだということで、店主の許可を一応とって、数人で勝手に店頭で酒を呑んでいた。訃報に接したばかりだったので「三浦春馬さん、自殺で亡くなったんだって」というと「ウソー!」と驚いた様子だったが、そのうちの一人が「自殺しそうな顔してたよね」と、ぽそりといった。実は私もそう考えていた。子役上がりで、それでいて折り目正しく真面目そう。1年半くらい前に、雨の新宿で彼が劇場から出てくるところを見たが、出待ちの女の子に対しても礼儀正しくて、少しの時間もファンに相手しようとしていて、それを警備員とかおつきの人が制していた。えらいなーと思った。毎度毎度主役を張ってもいい演技やルックスなのに、近年はわざとバイプレーヤー的な役どころだったり、難しい役に挑戦していて、ああ、根っからの俳優人なんだなと思った。数年前から突然やせぎすになり、年齢の割には目じりのしわも目立っていて、何か突き詰めた様子にみえた。うつとか摂食障害の気質が若干あるんじゃないかと思った。60平方メートル台の1LDK、田町駅から徒歩12分。家賃18万円の物件に住んでいたという。売れっ子俳優にしては何ともつつましい。「お金で手に入るもの」には興味がなくて(あるいはなくなってしまって)、そうでないものを欲していたんだろうな、と思う。不憫だし、機会があれば話してみたかった。その場所で不慮の事故や事件があって、人が亡くなっている物件を事故物件というが、今回三浦春馬さんさんの亡くなったお部屋もそういう扱いになる。家賃や購入価格が3割以上値引きされるということもあって、好き好んでそういう物件に住む人もいる。私はそういう物件は避けることにしている。時に見たり感じたりするからだ。でも、変な話、この物件に住んだり、足を運んだりできるのならば、そうしてみたいな。珍しくそういう気持ちに駆られた。ミーハーな気持ちからではない。たぶん、魂というものがあるとしたら、自殺をするとそこにとどまってしまうことが多いと言われている。いわゆる「供養」が必要だと思うからだ。気配を感じたら、とことん話を聞くのも、今回のケースだったら悪くないなと直感で思ってしまったのだ。心残りや悩みがあって、魂というか何かのエネルギーがそこに「溜まる」のであって、それ(心残りなど)を放てばエネルギーは散り、それが成仏と言われるものなんだと思っている。もちろん、相手したくない変な塊というのにはいくつも出会っている。同じ田町駅のとある駅近物件のタワマンに住んでいる方を知っているのだが、仕事でそこに行くと、入り口の応接室に入る前に、その右手奥の通路がゆがんで見える。冷たい空気と黒っぽい靄(もや)があって、そちらを見たり、歩いたりするのは「いやだ」と身体が反応する。あるときそれを借主に話したら「雅さんはわかるんですね」という。「だから少し安かったんですよ。僕の家族や僕は気にならないから生活してるんですけどね。何も悪さしてこないし」というけれど、私はそこに住む気にはとてもなれなかった。なのに三浦春馬さんの件は、なんだか放っておけない。俳優としての存在に好意はあるものの、特段ファンということではないのになぁ。あんまり考えてはいけないのかもなぁ。こういうときはたいていそれ(=考えない)が合っている。
2020年07月18日
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8月サロンFUJIYAMAの募集が開始になりました。今回は、3月に登壇予定だった個人投資家・ブラックロックKさんの講演になります。世界各国に投資し数百銘柄を保有、主に公共セクターに投資しており、「グローバル国際分散投資」をしている方です。数年ぶりの講演になりますが、銘柄選択や保有比率のコツなどについてお話しいただこうと思います。東京都での感染者増加を受けて、懇親会は今のところ「なし」となっていますが、もし行う場合は別途ご連絡させていただきます。よろしくお願いいたします。【8月サロンFUJIYAMA概要】開催日:2020年8月1日(土)時 間:14:30 〜16:30場 所:プラサヴェルデ 407 静岡県沼津市大手町 1-1-4 電話:055-920-4100ゲストスピーカー:ブラックロックKさんテーマ:「グローバル株式国際分散投資」会 費:2,000円(現地にてお支払い下さい)定 員:45名 ※会場からの要請で人数を制限しています。ご参加される方は、株式会社吉野エージェンシー鈴木さん/杉本さん(info@hokenyoshi.jp)へ1.お名前2.ご連絡先(お電話番号)をお知らせください。また、株式会社吉野エージェンシー沼津営業本部(沼津駅南口)に、サロンを併設しました。講演前後の休憩場所としてご利用ください(無料です)。できたばかりで、大変居心地よいです^^https://www.yoshinoag.co.jp/houjin/shop/numazu <お酒メモ>7月16日木曜日(一白水成 鑑評会出品酒 大吟醸 おちょこ半分/蒼空 美山錦 2合 の続き)東洋美人 純米吟醸 3合弱7月17日金曜日496 IPA 生 グラスで5つ
2020年07月17日
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7月中旬だというのに、いやに涼しい。ここ数年は空梅雨が多かったが、今年は雨の日が多く、梅雨らしい梅雨だ。といえば聞こえはいいが、あちこちでで豪雨となり、自然災害で国内は混乱している。特に九州は悲惨な状況だ。今年に入ってから1カ月半~2カ月に1度くらいのペースでふるさと納税でお野菜を頼んでいるのだが、詰め合わせについては東北よりも九州のお野菜を頼む比率を増やしている。昨年はほとんど東北からの恵みだったのだが。同じ地域から頼むと、定期的に届く野菜の種類が似てくるためだ。「来たものでメニューを考えて料理して使い切る」を意識しているので、なるべく変化に富むように、時々地域変更している。最近、繰り返しリピートしているのが佐賀県の自治体で、寄付金額5000円で8~10種類程度のお野菜が少しずつ届く。時々卵も入っていたりして嬉しい。東北方面ではあまり同梱されていなかった、アスパラやらとうもろこし、柑橘類もなども入ることがあるので、料理を考えるときに頭の体操になる。ここのお野菜は配達日を選ぶこともできる。だが、先日の豪雨で「1週間程度遅れます」とメールが入ったものの、予定日よりも3日後に到着した。少し申し訳ない気持ちになった。お野菜はみずみずしいのだが、大変な中で収穫したんじゃないのかな、と推し量った。同じ日に、九州のお友達からお酒も届いた。愛鳥「ごましお」のお餞別だった。初七日に間に合わなくてすみません、という連絡があった。いや、謝るどころかこちらがすみませんといわなきゃいけないわけで。いろいろ気遣っていただいたことに感謝して、その優しさにも触れて、一升瓶を抱えておいおい泣いてしまったのだった。大変な境遇で頑張っている人たちに支えられている自分は何をしているんだろう。私は何か世間の役に立てているのかなぁ、いや全然できていないなぁと内省する。つべこべ言わずに、土日も働かないといけないなと思ったのだった。
2020年07月16日
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含み損のままで株を保有する、いわゆる「塩漬け」投資家は、想像している以上に多い。もともと自分は損切りができる性質(ただし、損切りラインのプラスマイナス許容範囲は通常よりも幅広いと思う)なので、塩漬け投資家を見ていると「なんで損切りしないんだろう」と不思議に思う。そこで、損切りできない人が損切りするにはどうしたらいいか、方法を考えてみた。とどのつまり、「損切りしてもよい」という動機付けをさせればよいのだと思う。それには以下2つの方法がよいのでは?と感じた。その1:利益確定して儲けたら、含み損の銘柄で損切りを検討する株は損益(儲けた金額と損した金額)通算し、プラスだった場合のみ、儲けた分から「20%+復興税」を徴収する。ということで、儲かった分だけ、含み損の銘柄を売ってしまえば「20%+復興税」分の税金を払わなくてよいことになる。含み損の銘柄が優待銘柄その他で、保有を止めるのが惜しいのであれば、売った値段と同じ金額で買い戻す(クロスする、という)ことをすればよい。こうするとポートフォリオから、金額が青くなる(マイナス)表示がどんどん減っていく。その2:古い保有株で損しているものから損切りする「塩漬け」とは文字通り「古くてしなしなになっている」ということである。SBI証券なんかは買った順番にポートフォリオの一覧が作れるので、上の方から見て「含み損が大きくて、長く持っている株」を一度損切りしてみることをおすすめします。「長く持っていて含み益が出ていない=銘柄選択や買いタイミングの失敗」である確率が高いので、まずそういう株を損切りしてみて、手元に新しい株を買うことのできる「現金買い付け余力」を手にして、自分がどういう心理状態になるのかを試してみるといいような気がする。私の場合、損切りすると気持ちが「スッ」となるので、案外嫌いじゃないです。でもあまりそういう状況にはなりたくないですけど(^^;
2020年07月15日
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「内定」という言葉が話題にのぼることがある。だいたいは就職を思い浮かべるのだろうが、私のように仕事勤めをしていても「内定」という言葉は時々出てくる。自分の仕事が採用される「予定」だとか「こうなるはず」というニュアンスで使われるのだが、そもそも自分はそれが現実になるまでは全く信じない。「たら」「れば」は、含み益のような夢物語であって、現物を手にしなければ絵空事である。なので、「私内定しているのよ~」と浮かれて舞を舞ったりすることはない。できる人は素直でいいなぁ。だから現実になる最後の最後まで手を抜かないし、信じない。たぶん、こういう考え方をするようになったのは、それなりに人生で「内定が覆った」という経験をしているからだと思う。どういう時にそれを経験したんだっけ?と振り返ってみると、3つくらいは思い浮かぶが、おそらくそれ以上たくさん「内定」が「確定」にならなかったことがたくさんあるはず。だって、そんなに心の傷にはなっていないから。「そんなことあったなぁ。へへへ」という感覚に近い。たとえば、事業で「ブルーオーシャン」(他社がマネできないビジネスモデル)を見つけ、新規開拓しているときに、自分の仕事での利益がものすごく出て、文字通り仕事が「ボーナスステージ」に入ったことがあった。「ボーナスたくさんやるぞ」と社長に言われたものの、会社のキャッシュフローが悪い時で、もらった時には思ったよりも(言われていた査定よりも)金額の桁がひとつ少なくて目が点になった。そういうのは何回もあったなぁ(遠い目)。当時は気持ちも若かったし「前祝いだ!」といって、ボーナスが出る前に、銀座その他で豪遊して散財、あとでえらい目にあったのは懐かしい思い出である。内定は仮定でしかない。だから舞い上がらないようにするには・その「内定」が自分の想定以上のものだったら、自分の実力で勝ち取ったとは思わない・運がよかったのだ、という結論で心を片づける・「内定」が「確定」に変わるまでは現実化していないのだから、気を抜かず、むしろ慎重に生活するこの原則を守ることが大事だと思う。特に「自分の実力で勝ち取ったとは思わない」と考えることは大事で、これは死についてときどき私が言っている「自分を大事にしない」ということと同値である。自分はとるに足らない能力しかない人間だということを自覚することで、あらゆるファンブル(失敗)に対して「備え」ができるからである。「自分ができない人間だからこそ、人一倍慎重になったり、準備をしなければならない」「考えられることすべてやったのに、うまくいかないのはもともと自分が劣った人間だからだ」と思えば、仮に内定が取り消しになっても、「そんなものさ」と割り切れるし、(悪い結果に対する)心の準備ができているから、そんなに落ち込まずにいられるわけである。逆に言えば、好況期には「良いことは全部、いまだけ運が良いせいである」と自分以外のものに良い原因を求めるので、そういう時だけすり寄ってくる「おべんちゃら言う人」や「茶坊主」に対して冷静な距離感でいられる。順境が終わった瞬間にそういう人たちは手のひら返しをするからだ。そうすることで、順境の波がピークアウトしたときに、精神的ダメージを軽減することができる。これでいいのだ。
2020年07月14日
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少し前に、年下の友人が仕事のことでしょげていて「時間があれば今日呑みに行きませんか」と誘われたので、なじみの店に連れて行った。その子の仕事が立て込んでいた時期だったせいか、最初は酒に口をつけるペースが緩やかだったのだが、次第にピッチは早くなり、(いい意味で)くだを巻いてストレスを吐き出した感じだったので「これで仕上がった!」と思い、お勘定を頼むと、「財布忘れた」と青い顔で相手が言うものだから「今日はいらないよ」と言って店を出たのだった。私はその子のポテンシャルと運の強さを非常に買っていて、財布なしで1日生活していたこともかえって私を嬉しい気持ちにさせた。「財布を忘れて呑むなんてやっぱ大物だなぁ。なかなかできないことだ」などと面白がっていた。ところが先日、別の人と約束をし、やはり会計になった時にカバンから財布を出そうとすると、いつまでたっても見つからない。いつもは持ち歩かない眼鏡ケースとか、なんか意味のないものがあれこれ入っている。「すみません…財布忘れたみたいで、、、」と言ったが、恥ずかしいやら申し訳ないやら。自分の場合は大人(たいじん)ではなくただの粗忽者でしかないのだが、いや、「財布忘れるなんてそうそうないでしょう」をひと月に2度も出くわすなんて思わなかった。2回とも自分が忘れるじゃなくてよかった。それにしても、ここのところ仕事がめちゃくちゃなスケジュールなので、少しポンコツ頭(←昭和)になっているようだ。<お酒メモ>7月13日月曜日カタヒ ホークスベイ ソーヴィニヨンブラン NZ 白 1/2本コート・デュ・ローヌ・セザール 2007 ドメーヌ・ロッシュ・オードラン フランス 赤 グラスで3つ7月14日火曜日カタヒ ホークスベイ ソーヴィニヨンブラン NZ 白 1/2本コート・デュ・ローヌ・セザール 2007 ドメーヌ・ロッシュ・オードラン フランス 赤 グラスで2つ7月15日水曜日サンライズ カベルネソーヴィニヨン チリ 赤 ハーフボトル7月16日木曜日一白水成 鑑評会出品酒 大吟醸 おちょこ半分蒼空 美山錦 2合
2020年07月13日
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電気フライヤー(揚げ物調理器)を持っているのだが、普段は揚げ物をしない主義なので、なかなか活躍の機会がない。ただ、たまに新聞屋さんからいただいたサラダ油だったり、じゃがいもの消費に困るときがあって、そういう時には夕飯の炭水化物を「置き換えて」、フライドポテトを家で作る。じゃがいもは分類上、でんぷん質豊富な「野菜」だが、ある一定以上の量を食べると、体内で炭水化物と同じような働きをする。アメリカだと、ポテトは野菜摂取量に含まれて計算されるので、「野菜をそこそこ食べている」となるが、これは数字上のカラクリであって、素直に身体に「野菜」として認識されてエネルギー変換されているとはとても思えない。「炭水化物抜きをやっているのに痩せない」という人はそこに留意したほうがよいかも。まぁそれはさておき。だいたいフライドポテトを家で作る場合は、1回でマクドナルドのLサイズくらいの量になる。これを作るのに、じゃがいも4個、サラダ油500グラムを一気に使う。恐ろしいカロリーである。ごくたまに作るだけなので、油はせいぜい2回くらい使って短期間で捨ててしまうが、これを何度も揚げ油として使って、数日置いて…というとどれくらい酸化するのかなぁと考えたりもする。フライドポテトは、断面積の広さ分だけ油をたくさん吸うので、理屈で言えば、細いポテトより厚切りのほうがグラム当たりのカロリーは減る。カリカリ派は細切りが好きだが、田舎者でぽくぽくしたものが好きな私は厚切り派。ゆえにマクドナルド系の細切りよりはモス系の厚切りにしたいのだが、フライヤーの油の鮮度を考えると、最初は細切りや、ポテトチップスのように薄く切って素早く揚げ、それが終わってから少し太めのポテトを揚げるという順でやるということが最も効率的となる。油温も高いから厚切りポテト作りが失敗しづらいのだ。途中からポテトだけでなく、ズッキーニやタケノコ水煮などをフライヤーに放り込んで素揚げにしてもよい。食べ飽きを防げるからだ。出来立てのフライドポテトにピザチーズなどを載せて少し溶かして食べるのも楽しい。「かけトッピング」にトリュフ塩なんかやったらおしゃれだと思うのだが、残念ながら自宅にない。できあいを買うより確かにお金はかかると思うのだが、「たまに食べたい」「でも健康的に」の両方を兼ね備えるのならば、自家製が一番よい気がするのは、気のせいだろうか。
2020年07月12日
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過剰におびえている人が思ったよりも多いことのほうが、個人的には恐怖である新型コロナ。その第2波が来るとすれば寒くなってからなかぁ、などと予想している。また「自粛云々」という話が出て、サロンFUJIYAMAのスケジュールが狂うと、お越しになる方も講師も困るので、年内の11月までのラインアップだけ以下先にお知らせしたいと思います。【サロンFUJIYAMA講演予定】●8月1日(土)ブラックロックKさん(個人投資家)「グローバル国際分散投資」●9月5日(土)さとりんさん&とりでみなみさん(兼業投資家)「あやしい金融商品」●10月3日(土)平松裕将さん(個人投資家)「株式投資と株主権」●11月7日(土)www9945さん(専業投資家)「今年の注目株」いずれも14:30~16:30。会場は沼津駅前のプラザヴェルテかさんさんホールの予定です。懇親会は8月より再開予定。FUJIYAMA&懇親会のお申し込みは開催日の約3週間前から受け付け、先着順となります。宜しくお願い致します^^
2020年07月11日
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何で?と自分でも不思議に思うのだが、昔はワインが苦手だった。1杯飲むだけで翌日頭が痛くなったものだ。それを克服できてから、たまに酒販店でもワインを薦められるようになり、買ったものの、消費するのは年に数本。ということで、赤ワインが特に家に溜まるようになった。ずっと貧乏暮らしだったので、ワインセラーなどというものがない。ということで、ワイン運搬用の段ボールをもらって、それを横に倒してワインを挿し、セラーのようにして家の涼しいところに置いていた。「びんぼうセラー」である。そこにワインは徐々に溜まっていった。ついには1ダース(12本)1箱だけではおさまらず、2箱となり、片方の「びんぼうセラー」には赤、もう片方には白、とすみ分けまで始まったのだった。ところが、近年、家でもワインをたしなむようになり、古いものは保存が難しい。コンディションが悪くなるとせっかく過去に薦めてもらったワイン(せいぜい高くても3000円以下)もダメになってしまう。自分の老い先を考えると、ちょっとここでいったん全部呑み干してリセットしたほうがよいかなと思い、時々夜更けに「最後、ちょっと呑みたいな」と思うときに、「えいや!」とびんぼうセラーから赤ワインをランダムに引っこ抜く。怪しい日本産のワインから、よくわからないフランスやチリ産まで、いろんなのがあるのだが、基本12年以上、瓶の状態で保存されていたものばかり。澱(おり)もすごいが、コルクの柔らかさ(要は腐りかけている)も半端ない。そーっと抜かないとコルクがワインに沈んでアレになってしまうので、緊張感満載である。半ダースほど消費したところで気づいたのは、常温で保存して、かつ値段の割には「うまい」と感じるワインばかりなのだ。状態が良く、高級だなぁと思えるものが8割以上。なんかもったいないなーと思い始めてきた(ただし日本産は古いものほど醸造技術が未熟なので、危険度が増える)。振り返ると2000年代は、同じブランドにしてもまだワインの値段が今ほど高くなかったし、特に海外のワイン醸造所は今よりも丁寧にワインを造っていたように思う。このあたり、ウイスキーも同じような状況で、2000年代はスコッチのスペイサイドなんかは安かったのに、今は倍くらいの値段になっている。廃番になったウイスキーなんかも結構ある。2000年代に買って、未開封のウイスキーが家にまだ2ダースほどあるのだが(汗)、ネットで見ると数倍以上になり、結構いいお値段になっているものも多い。あれは8年前のことだろうか。サントリーの名誉チーフブレンダーの輿水さんがスペシャルブレンドした、ひと樽から200本(?)しかとれない、とかいうシリアルナンバー入りの山崎を1本もらって、当時10万円だかしたらしいのだが、ワイワイ呑み切ってしまった。あれとか残ってたらどうなっていたんだろう?…いかんいかん。ともあれ、なんだか最近、古いワインを呑んでいると、ちゃんとしたものは時間が経ってもちゃんとした味だし、造り手が責任を持って造っているものは、値段はちゃんと騰がっているんだな、それが経済の正常な状態だよな、などと感じるのである。昨日呑んだコートデュローヌのグルナッシュ100%の2007年ものなんかは、今の市価で4600円くらいになっていた(え~!)。どうも美味しいので「最後に一杯」はついつい「いっぱい!!」になってしまう。…いかんいかん。
2020年07月10日
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「老い」を人が嫌がるのは、美醜の問題以前に、「当たり前のことができなくなる」というもどかしさが根本にあるのだと思う。要は、身体なり、頭なり記憶なりが「狂う」ことを実感し、そこに恐怖や不安があるから人は老いをイヤがるのだ。老いても、狂いが少ない、遅い人というのはたまに存在する。そういう人は老いを受容するという言い方が正しいのかはわからないけれど、淡々と生きている。いや、狂っていないから受容できている、ということなのかもしれないが。歳を取って(痴呆や認知症という以外の意味で)急におかしくなる人を見かけることが少なくない。おそらく身勝手だったり、多少無理を続けて生きてきて、それで通ってきた(やってこれた)から、「自分のあちこちが狂ってきたけれどどうにかなる」とか、そもそも狂ったことを認識していないのかもしれない。高齢化社会になってきたことも手伝ってか、そういう人を見ることが少なくなくなってきた。老いて狂う当人に悪気があるわけではないということも、もちろん承知しているが、それでもこちらが相手から「被ること」の重たさ、受けるストレスだったりという大変さを考えると、いつも相手の振る舞いを100%受け止めることはできない。それなりの関係性(血族だったり、大変お世話になったり)がなければ、受け止めは勘弁だよなーと思うこともある。いつかは自分も狂うわけだし(というかもう若干狂っている自覚がある)、まぁ順番に人に迷惑をかけるのだから少しでも受け止めをしないといけないなぁという気持ちはあるのだが、そこはやっぱり関係性というか、人間関係の距離が大事になってくる。ほどよいソーシャルディスタンスの近さを保っていないと「ごめんだよ」となるわけで。私は独身だし、まぁ狂ったら「身ぐるみはがされて姥捨て山にポイ」される可能性が高い。それを怖いとか悲しいとかという情緒的な問題はもはや微塵も考えていない。そういう認識ができなくなったらそうしていただいて構わないと思っている。だって世の中のお役に立てないし、どう考えたって存在が邪魔だもの。自分の存在が尊いと思っていないから、自分をいつでも粗末にできるし、それを受け入れられる。老いて、自分が何かに役立つとしたら「自分を大切にしない」というモットーそのものの生き方かもしれない。禅の言葉で「放下著(ほうげじゃく)」というのがあるのだけれど、その感覚に近い。自分を大切にしないこと、自らのこだわりを捨ててしまうことを意味する。「断捨離」のブームが続いているが、まず処分するのはモノではなくて「己の欲とかこだわりとかプライド」なんじゃないのかな。できれば狂ったことすら認識できなくなる前に、それをやりたいものである。
2020年07月09日
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最近、家で呑んでいても外に比べてあんまり量を呑まない(呑めない)ことが増えた。たぶん、口が飽きてしまっているんだと思う。やっぱり、お外でお友達と、というのが一番。週末は楽しく気の置けない人たちと一緒に歓談出来て嬉しかった。不思議とするする入ってしまうんですよね…。やっぱり酒は気力で呑むものだから、気力のある人たちとのよい酒は、たくさん呑んでも翌日に響かないなぁ。一人で呑んでるのはちょっと寂しい。ということで、お酒メモ3日分。<お酒メモ>7月10日金曜日蒼空 山田錦 おりがらみ おちょこで2つ弱豊祝 大吟醸 1合半7月11日土曜日瓶ビール コップで2つ三井の寿 特別純米 雄町 1合弱四季桜 特別純米 山田錦(鬼怒川) 半合十六代九郎右衛門 生 愛山 1合ベアードビール ウィートッキングウィット 500mlベアードビール 期間限定 IPA 400ml佐藤 黒 水割り ボトル半分くらいかなぁ7月12日日曜日開運 涼々 半合ちょっと陸奥八仙 純米 半合村祐 半合若竹 立春朝搾り 生原酒 2合
2020年07月08日
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「有観客試合」なんて変な表現だとは思うのだが、7月10日(金)より、対ベイスターズ戦でようやく球場に観客が入る試合が始まった。だけれど、4万人以上入る甲子園球場で5000人しか入れないなんて、贅沢というか何というか、という感じである。タクシーに乗っていても「コロナは今日は200人越え」と言って、(ただの風邪なのに)増えることに嫌悪感を示す運転手さんもいるし、社内にもそういう人はいる。個人の感覚に依拠するとはいえ、潔癖症にベンチマーク(基準を置く)というのは、人権とか配慮とかという言葉を、誤用して行動している結果ではないかと思うのは気のせいだろうか。昨日(9日)は甲子園では無観客で対巨人で試合をしたタイガース。7回にはジェット風船をかたどったタオルをチアガールがひらひらさせているだけで、六甲おろしも流れないし、なんだか寒い感じだったが、今日はせめて肉声で謳って欲しいなと思う。それにしても7回巨人の攻撃には、甲子園で巨人の応援歌『闘魂こめて』が流れていたのに、どうして六甲おろし流さんのや!同じ古関裕而やで~!!あ…いけね(汗)。ちょっと興奮してしまいました。昨日の場合は7回裏にボーアが2ランを打ってくれたおかげで、自宅で仕事しながら自前で六甲おろしをうたって留飲を下げた。それにしても「新しい生活様式」ってちっともふれ合いがないから興奮することが少ない。寂しくて仕方ないなぁ。<お酒メモ>7月16日木曜日紹興酒 陳年10年 甕入り半分くらい(=コップ3つくらい) あたためて。
2020年07月07日
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愛鳥「ごましお」との生活が終わってしまってから1週間が経った。この間、いろいろとごましおに対して温かいお言葉や、お悔やみの言葉をいただいて、本当に感謝しております。いただいたお言葉に、ひとつひとつお礼を申し上げたいと思いつつ、すぐにそれができない状況にあり、本当に申し訳ございません。若干のお時間をいましばらくいただければと思います。私もゆっくりごましおとの生活を思い出したいのですが、仕事がのっぴきならない状況で、すべてのプライベートが犠牲になりながら、ここしばらくの間生活しております。その割には酒は呑んでいる、というか、正直晩酌がないと食べ物すら口にせずの状況でして、お風呂もトイレも全部放置して仕事に時間を割いている、かなりまずい状態なのです(汗)来週になったら少し落ち着いて更新できるはずなので、どうぞよろしくお願いいたします。<お酒メモ>7月12日日曜日カタヒ ホークスベイ ソーヴィニヨンブラン NZ 白 1/2本蒼空 雄町 おりがらみ 500ml瓶1本ゾラ・ワインズ KARASI 2016 赤 アルメニア グラスで3つ 7月13日月曜日ギネス 生 3パイント7月14日火曜日香るエール 生 1Lくらい7月15日水曜日カタヒ ホークスベイ ソーヴィニヨンブラン NZ 白 1/2本ゾラ・ワインズ KARASI 2016 赤 アルメニア グラスで2つ 蒼空 雄町 おりがらみ 250ml蒼空 山田錦 おりがらみ 1合くらい
2020年07月06日
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今日は七夕。7月7日はたいがい雨になる。梅雨時だからというのも理由だろうが、こんなときに逢瀬の伝説を設定するのは、わざと悲哀を演出しているようでならない。「愛鳥・ごましおをもう一度撫でたい」と短冊に書いて吊るしても、それは決して叶わない。今年は願うことは、ないなぁ。などと考えていたら、ふとアールヌーヴォーを代表するフランスのガラス工芸家、エミール・ガレの代表作「ひとよ茸(たけ)」を思い出した。世界的にも有名な作品の一つだが、諏訪湖のほとりにある美術館にひっそりと鎮座している。ほの暗さが何とも言えず色っぽいし、目立たない場所で、少ない光量であたりを照らすというシチュエーションもいい。そもそもこの「ひとよ茸」というのは漢字にすると「一夜茸」。文字通り、自らの消化液で一夜にして溶けてしまうはかない茸なのだが、それを灯の姿かたちにするというセンスが素敵だなと思う。七夕=ひとよだけ(逢いたい)、という連想で、このランプのことを思い出したのかもしれない。ごましおが亡くなる直前、突然身体が大きく膨らんで、見たことのない大きさになり、目をかっと見開いた。鶴翼という言葉が一番ぴったりだった。生き物は、最期に残った力を一気に振り絞って死ぬというが、ごましおはまさにエネルギーを一気に放出して燃え尽きているようだった。それは美しい花火のようであり、きらめきであり、鳳凰のようだった。「生き切ったんだよ」といわんばかりの様だったから、私も正直「これはもう仕方がない」と直感して諦めた。チベット仏教の修行僧が長年の修煉を終え、あるステージを超えると、突然身体が光を放ったり、自然発火して縮む現象を「虹化」という。目の前で見たことはないのだけれど、同じようなものかもしれない。彼女は立派に生を全うしました。でもひとよだけ、せめて夢で、ごましおに会えたら。雨雲がすっかり溶けた夜空を見上げた。
2020年07月05日
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極力売買をしないために、証券口座は2つしか持っていないのだが、そのうちのひとつ「SBI証券」は、50銘柄以上になると次のページに飛ばねばならず、一覧性が悪くなる。ということで、常に50銘柄以内に収めるように努力しているのだが、今年に入ってから2銘柄ほど増えてしまって現在52銘柄。これが非常に見にくいのである。数カ月前から「ポートフォリオの入れ替えをしたいな」と思っていたまま、やっていなかったこともあって、少し入れ替えをすることにした。具体的には、まず既に収益目的としての役割は終え、数単元しか持っていなかった銘柄や、優待がもらえるからいいや、ということで小口でしか持っていなかった株を切る。そのうえで、できたキャッシュで、これから株価上昇が期待できる保有株に買い乗せしていこうと思っている。ついでに、時価総額ベースでポートフォリオ10~20位くらいで、直近であまり株価が反応してくれないものについては、リバランスしていくつもり。今日は今年に入ってから組み入れたアルテリア・ネットワークス(4423)を少し買い増しした。保有割合的にはまだほんのちょっとなので、あと3倍くらいは買わないとポートフォリオ10位以内にはならない感じ。ただ、この株は足が遅いので、ゆっくり買ってもいいのかなと思っている。オールドエコノミーを取り扱う会社よりも、半導体や5Gなどに関連するハイテク株比率を増やしていくつもりである。世の中の流れが完全にそうなので、割安云々というより、市場拡大が見込める産業への投資を増やした運用にする、ということです。
2020年07月04日
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すっかり「おうち呑み」スタイルになってしまい、なじみの飲食店を泣かせている今日この頃。なるべくじっくり呑みたいので、晩酌に入る前に割と手間のかかる料理(といってもずぼらなので調理には1時間もかけない)を何品か作ってから座る。20代のころの食欲はないので、最近はサラダ2品、味噌汁のほか、漬物かピクルス、ナッツとちょっとしたほかの料理1~2品という塩梅。1食で30品目くらいの素材を使うので、正直、写真に撮ったら、野球選手やアスリートの夕飯、みたいな感じになるなぁと思う(^^;昨日は、ドライピーチのヨーグルト和え、人参と川内晩柑のラぺ、ささみのバンバンジー風サラダ(水菜とみょうが、トマト、きゅうり)、みそ汁(玉ねぎ、卵、えりんぎ、ねぎ)、ナッツ3種、おかか&押し梅の海苔巻き、ソーセージ、パストラミビーフのサンド、チーズ、しょうがとなすの浅漬け、干し納豆という具合。白ワイン→日本酒→赤ワインといったので、メニューに節操がない(笑)上記にはないものも、もう1品ある。それが「玉こんにゃく炒め」。これが意外なことに赤ワインに合うのである。しかも手軽で失敗しない。原価も安い。酔っぱらっていても楽勝でできるし、すこし夜が遅くなってからでもカロリーが低く、腹持ちもよいのでお気に入りなのだ。作り方は簡単で、フライパン(雪平鍋でもOK)にごま油を入れて熱する。玉こんにゃく1袋(200~250g)を入れ、すぐに「いも煮のたれ」を回し入れて、少しこんにゃくの片面に茶色い焦げ目がついたらできあがり。数分でできる。アクセントが欲しい方は七味唐辛子をぱらっと振るのがおすすめ。「いも煮のたれ」というのは、山形の郷土料理「芋煮」の調味液なのだが、アンテナショップやスーパーなどで売られている。ドレッシングと同じくらいのサイズのプラスチックの容器に入っており、1本200円もしない。以前、ふるさと納税でいも煮セットを頼んだのだが、同梱されていた「たれ」が大量に残ってしまったので、どうしようか思案しているうちに、この使い方に行きついた。いも煮自体は、自分で調味料を入れたほうが味が決まるから、最近はいも煮のたれは専ら「こんにゃく用」と化している。本当に手軽なので、ぜひ試してください。お料理が苦手な人は、じゃがいもや里芋の煮つけをするときに、いも煮のたれを使って挑戦すると、失敗が少ないかもしれません。
2020年07月03日
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周囲を見渡すと、「在宅勤務4か月目に入った」とか、「土日の切れ目がなくなった」とか、在宅だろうとそうでなかろうと、休日の境目が曖昧になった労働者が増えた。後者は物流に携わる人や、私のようにアウトソーシング中心の業務をしている人が中心。相手があって、切迫した納期があるから、必然的にこうなってしまう。自分の場合、土日の休日に急遽発注すると予算が不足してしまうので、結局自分で背負うことになる。そうして、すっかり曜日がわからなくなってしまった。運転免許証更新の際、高齢者は認知症の検査として曜日を聞くという項目(=時間の見当識)があるのだが、私がいまこの検査を受けると相当怪しい。日付も曜日も間違っていることがあり、会社員失格、である。他にも免許更新には「手掛かり再生」という項目があり、「これはにわとりです、これはたけのこです。では鳥はこの絵の中のどれですか」と聞かれたりするそうだが、これはこれで、昨今の「読解力のない子供」的にはすでに難問である。論理力を鍛えていなければ、論理力が前提の質問に答えられないわけで、免許を持てない人の割合が増えてしまうのかしら?と心配になる。曜日がわからなくなってしまった、すなわち曜日の概念が失くなってしまうというのは、それを認知する手掛かりを「働く/休む」のリズムに求めていたからだ。これが一定でなくなってしまったからであって、その他の方法で今後は認識するしかない。いまはその手掛かりを求めている。定年後も働く、という人は、たぶん今の私のように、「当たり前だった刺激」が減って、緊張感をもって認識したり記憶する必要が減ってしまうことによるマイナス面を、どこかで考えているのだろう。もちろん老後のカネの不安というのもあるのだろうけれど、認知症になればカネもへったくれもない。まずは自分を正気に保つこと、を私も優先するだろうな。しかし、私はまだそんな年齢でないのに、よもや曜日が溶けてしまうとは…我ながらショック(ToT)
2020年07月02日
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いまやネットのオールドメディアとはいえ、ブログを書いている私がこんなことを言うのは矛盾しているようだが、最近「ネットに触れる時間を減らす」ということを意識している。いわゆるデジタルデトックスである。アルコールやドラッグ、ギャンブルの他に第4の依存症として昨年「ネット」がとりあげられた。ネットがそういう括りになること自体、長時間触れると何か脳の構造の変化があるのだろう。偏見だ!と言ってもらって構わないのだが、ネットに触れる時間が長いと、言説や考え方がだんだんアクセスしているサイトやニュース内容、発言主に影響されて、いつの間にか洗脳されてしまう。そういう確率が高くなるんじゃないかと思う。古くで言えば陰謀論なんかがそうだし、昨今のフェイクニュースを信じ込むのも、根本的には「ネットを通じて洗脳された一形態」だと感じている。コロナの情報もそうだ。ある種のバイアスがかかった情報に長く身を浸している人ほど、このウイルスそのものの特徴や、気をつけなければいけないことを推し量り間違えるのだ。少し前にそれを痛切に感じたのは、友人との口論だった。ずっと大切にしていた友人なのだが、ネットで頻繁に交流している人にひどく影響されていて、らしくないことを言ったからだった。人間だれしも間違いはある。特に私は自分を一番信用していない。だから自分が「おかしい」と思う時、勝手な思い込みもあるのだということを前提にしている。なので、「相手に間違っている」と主張するときには、だいたい3つくらいは(テーマの似ていない)理由がなければ、ほおっておく。でも3つ以上見つかるときには、だいたい何かがおかしいのだから、その相手に対して自分が愛情を持っているのならば、嫌われることを覚悟して指摘する。それでもう、会えなくなったとしたら悲しいけれど、相手が変わっていく様をよくないと感じていて、それを見ないふりして「なぁなぁ」で付き合うことは、(自分が)相手に対して最低の振る舞いをしているのと同値だと考えている。一種の侮辱行為じゃないかとすら思っている。友人とは幸いにもまた会えるようにはなったのだが、それ以来、いろんな人のいろんな意見に踏み込んじゃいけないかなと思い、普段付き合いのある人のSNSやTwitterなどを見るのを一切止めてしまった。実際にコミュニケーションをとった時の相手の情報だけで十分で、それ以上踏み込むと、私も場合によっては情報の受け取り方がおかしくなってしまうかもしれない、と思ったのだ。私はスマホに触れている時間を計測しているが、最近1日平均で1時間半くらい。ちょっと多いと思っているので、これを1時間程度に抑えたい。浮いた時間で、五感をたくさん使うようなことに身を浸したいなと思っている。<お酒メモ>7月3日金曜日スパークリング 辛口 白 スペイン ハーフボトルROSSO 赤 イタリア グラスで1つサングレ・デ・トロ オリジナル 2017 赤 スペイン グラスで1つ7月4日土曜日水曜日のネコ 生 グラスで1つ日向夏(ビール) 生 グラスで2つ
2020年07月01日
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