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10月のしょっぱなから東証が売買停止になって「ん?」と思ったら、システム障害だという。「コンセントが抜けてた」という投稿もあり(冗談だと思うけれど)、大したことはないのだとわかって、ホッとした。株中毒の人にとってはいい「特別休」になったのではないだろうか。現物組は信用組と違ってこういう時ラクである。いつ復旧するかハラハラする必要もないし、頭を切り替えることもできる。専業で激しいポジションをとっていないのなら、こういう日はディスプレイとにらめっこするのを止めて、外を一日歩き回って気分転換したほうがプラスになると思う。おりしも、10月1日からネット証券の値下げ競争がまた始まって、SBI証券は「業界最安値」を謳いたいがために現物は約定代金100万円まで手数料無料とした(アクティブプランに限る)。制度信用も一般信用も上限100万円までそれぞれ無料として、全部足すと1日あたり、最高300万円手数料無料にしますから、信用口座開けませんか?という話である。ただ、その100万円無料に飛びつくと、100万円以上は100万円ごとに1278円かかる。注文ごとの手数料なら、約定代金150万円までは640円だから、倍近くかかってしまうことになる。私のようなひよこ投資家は、暴落時に投げたり時に大量に買ったりをしないといけないので、なんだか「100万円まで手数料無料」に飛びつくと、かえってトータルで高い手数料を払う予感がしているので、プランを切り替えず、無視したほうがよいかなと思っている。第一キーエンスとか、東京エレクトロンとか、値嵩株を持っているわけで。これを売るだけでも今までよりカネがかかってしまうし…。「目先の無料」はどうも「地獄への道は善意で敷きつめられている」という言葉を思い出してしまう。損な性格だなぁ。<お酒メモ>9月30日水曜日333 350ml缶1つ
2020年09月30日
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小さいことでもいいから「ああ、心底幸せだ」と思うことが、毎日のどこか1つでもあれば、心身衛生上かなり良いことなのではないか。自分の場合、これが朝風呂である。コロナ禍で在宅勤務が増えてからは、電車の時間を気にしながらあわただしく入る機会が激減したので、湯船に浸かりたい時間だけ入ることができる。体調に合わせて時間は5分から30分と大きく変わるのだが、身体がそれを欲して「気持ちいい!」と脳が反応するまで入浴を許されるわけで、これだけでもかなりのストレス解消になる。自粛ムードもすっかりおさまったので、以前のように外呑みをしても構わないのだが、家呑みが習慣化されてしまったようで、呑み歩くのは週に1~2回になってしまった。考えてみると最後に外食したのは金曜日で、今日が水曜日。今日も家で夕餉の予定なので、ほぼ1週間近く外食していない。それでも苦痛は感じない。少し前にお酒を仕入れたり、お贈りいただいたものを呑んでいると満足してしまう。先日は朝どれの松茸と海の幸が届いた。目の前に新鮮食材や好物があり、それをどういう順番で調理していくといいかな、何のお酒に合わせようかなと思うとワクワクする。選択肢がたくさんあると目移りしてしまうのだが、いずれも自分の好悪の感情で言えば「好き」と感じるものばかりなので、満足だな、幸せだな、という気分しか残らない。以前の生活よりも、脳内分泌物で「快楽物質」の方がたくさん出ていることは間違いない。ハーバード大学の調査で、「幸福という感情は伝染る」というという研究結果が出ている。30年にわたり1万2000人以上を追跡した結果、家族や友人が幸せを感じていると答えた人がいると、自分が幸せを感じる可能性が15%高まるという。友人のそのまた友人が「幸せ」の場合でも6%高まるというから、「幸福」の感情をまず自分が持ち、一緒にいてやぶさかでない人間関係に浸す時間が多ければ、たぶん人生は現状以下にはならないんだろうな、と思う。同時に、自分が「快」の感情を普段から持っていることの方が多ければ、他人も同じようなプラスの感情を共有できる確率も高まるわけで。どっちにしろ損はないのだから、「気持ちいい」「嬉しい」と心底思う瞬間を毎日どこかで感じられるような生活をしたい。<お酒メモ>9月29日火曜日カタヒ ホークスベイ ソーヴィニヨンブラン NZ 白 グラス2つ而今 千本錦純米吟醸 火入れ 3合半
2020年09月29日
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さるなし(猿梨)の実をいただいた。直径2センチ弱の緑色の実なのでオリーブの実と見間違える。「これ、どうやって食べるんですか。野菜ですか」と聞くと「小さいキウイみたいな味なので、そのまま洗って食べて」というアドバイスが返ってきた。つまり、果物ってことね。キウイか…たまたまその日はまだ酒を呑んでいなかったので、白ワインに合うかも、と思って、冷蔵庫の中にある1本の封を切る。洗ってざるの上で鎮座しているさるなしの実を食べる。サクランボの要領で、軸だけとって皮ごと口に入れる。すぐに素朴な甘さと優しい酸味が追いかけてきた。うん、ちょうどいい。マスカルポーネチーズやヨーグルトソースと合わせても美味しいかも。さるなしは別名「こくわ」というらしい。昔ドリカムの『晴れたらいいね』の中で「こくわの実とってね」という歌詞があるが、これがこくわか、と初めて知る。9月~10月が旬らしい。目の前の食べられるものはたいてい口に入れてきてン十年経つが、まだ食べたことのないものに出会うこともある。食って奥深いなぁと改めて思う今日この頃。初めて知る秋の味覚をほおばって、喜んでいる。
2020年09月28日
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坐禅会で時々「坐っていて、足しびれないんですか?」と聞かれるときがある。もう10年単位で組んでいるので(相場歴より長い)、慣れもあってあまりしびれない方だと思うのだが、それでもしびれないわけではない。ただ、直すコツがある。足がしびれたら後ろ向きに歩くと、すぐにしびれはとれるのだ。座っているときは足を折り曲げたまま前の方に出して、歩いているかのように身体側に一歩一歩手前に持ってきてやる。ふくらはぎが身体についたらまた足を前の方に出して、を繰り返す。これだけでいい。しびれは血流によっておこるので、これを戻すためには「後ろ歩きするときのふくらはぎの筋肉の動き」が、簡単で手っ取り早いのだ。よかったらお試しください^^
2020年09月27日
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人間関係に疲れたときに唱えるとよい、といわれている言葉がある。それが「ゲシュタルトの祈り」と呼ばれるもので、精神科医の フレデリック・S・パールズが作ったものだという。Ich lebe mein Leben und du lebst dein Leben.私は私のために生きる。あなたはあなたのために生きる。Ich bin nicht auf dieser Welt, um deinen Erwartungen zu entsprechen -私は何もあなたの期待に応えるために、この世に生きているわけではないund du bist nicht auf dieser Welt, um meinen Erwartungen zu entsprechen.そしてあなたも私の期待に応えるために、この世にいるわけではない。ICH BIN ich und DU BIST du -私は私。あなたはあなた。und wenn wir uns zufallig treffen und finden, dann ist das schön,でも、偶然が私たちを出会わせるなら、それは素敵なことだ。wenn nicht, dann ist auch das gut so.たとえ出会えなくても、それもまた同じように良いことだ。アドラー心理学と同じような観点で、互いを尊重しながら認めるという、人間関係についてのコツをやさしく説いている文章だ。これを3回繰り返して声に出すという心理療法もあるので、対人関係が疲れの原因かも、と思う人はやってみるとよいかもしれない。ゲシュタルトの祈りの最後の文章は、和訳が複数あり、最後の一文が「しかし出会えないのであれば、それも仕方のないことだ」というものが個人的にはしっくりくるのだが、原文のドイツ語に寄り添った訳として、上記ネットにあるものからさらに少々手を加えて意訳してみた。ドイツ語自体も、やさしい言葉ばかりでリズムがいいので、ドイツ語に造詣がある人は原文で発音してみるのもおすすめです。<お酒メモ>9月27日日曜日ヱビス プラカップ2つ宗玄 八反錦 純米ひやおろし原酒 2合半蒼空 山田錦 おりがらみ 1合半小布施 オーディエール メルロ 2019 赤 グラスで1つ
2020年09月26日
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今は違うのだろうが、私が小学生の頃は、月経や妊娠などについて学ぶ「保健」の授業は、放課後女子だけが体育館に集められてひっそりと行われた。男子生徒はニヤニヤしながら「何を聞くのかな」と教室の外でうろちょりょしたり、ドアをこっそり開けて聞き耳を立てていた。セックスを具体的に説明するなどというちゃんとした性教育のスライドは一切なかったので、衝撃も受けなかったし大した記憶もないのだが、唯一「へぇ」と思ったことが「生理はうつることもある」というものだった。この話を女子会ですると、女性でも知らない人が多いのだが、親友や一緒に生活している人など、好みや生活習慣が似ると、体内のホルモンバランスの周期が似てきて、同じ時期に排卵や月経を迎える確率が高くなる、ということが背景にある。全然話は飛ぶのだが、女優の竹内結子さんが自殺したというニュースを見た。三浦春馬さんに続いて、芦名星さんと、ここ数カ月で30~40代の真面目そうな俳優さんの自殺は3人目となる。変な話だけれど、俳優としての向き合い方や、価値観が似ているなぁと感じる。月経と一緒くたにして本当に申し訳ないのだが、これも一種の「伝染」というか「連鎖」だと感じる。同じ周期にいることに気づいて、つい共感して自殺という行為に及ぶのだ。人間というのは不思議なもので、情報に触れて共感すると同じ事をしてしまうきらいがある。小さい子がいじめを苦に自殺したという報道があると、必ず似たような子供の自殺が多発するのも、そういう側面があるからなんだと思う。情報もウイルスや月経と同じで「伝染る」のだ。数年前だが、私も死にたいと思って「これではいけない」「いや死んでもいいや」のはざまに居たことがある。「やばいな」と思っていたが、もう頭の中は死ぬことで精一杯で、気休めだと割り切っていた「いのちの電話」に最後、電話をかけていた。だが、ものの見事につながらない。どうせ話す相手は他人で、マニュアル通りにしか話を聞いてくれないと思っているような私だが、それでもすがりたくて電話するが「本当につながらない」。そういうときの絶望感って、ものすごく消耗するのだ。1週間くらい昼に夜に時折かけてみたが、通話中のコールしか聞くことはできなかった。受け入れる回線はそもそも少ないだろうし、こんなものにすがる人は、つながったら1時間でも2時間でも話すから仕方ないよな。面倒だからさっさと死ぬか、と思った。竹内結子さんの訃報のニュースの下にぶら下がっている「いのちの電話」の番号を見て、なんだかまた虚しい気持ちになった。その番号に通じた人は、宝くじに当たるくらいラッキーで、運があるんだから死ぬなよな、と言いたくなるのであった。<お酒メモ>9月26日土曜日ヱビス 生ビール プラカップ1つ
2020年09月25日
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すっかり秋になって、少しひんやりしてくると「ひと肌恋しい」という気分になる。いつもなら愛鳥ごましおに声をかけて、手のひらで一休みしてもらってぬくもりを感じて幸せな気分に浸るのだが、それももうできない。当たり前だと思っていたあの時間がどんなに愛おしく、大切だったのか、今年はよりいっそう身に染みる。自分に気力がみなぎっていれば「ひと肌恋しい季節になったから燗酒を」となるのだが、最近は以前よりも酒が入らない(ただ、平均からすれば異常値なのだろうが)。ということで、ベランダから月を見上げてみたり、もつれた人間関係に想いを馳せたりする。BGMもかけず、自然の音だけをただ聞いてはぼんやりすることもある。そんな時、友人が突然メールで「風の盆恋歌」の話をした。知らないタイトルの曲だったので、検索してみるとこんな歌詞だった。私あなたの 腕の中跳ねてはじけて 鮎になるこの命 ほしいならいつでも死んで みせますわ夜に泣いてる 三味の音頭の中で映像が浮かんで、「力のある歌詞だな」と思った。石川さゆりが歌っているから、なおさら艶めいて聴こえる。あとでわかったのだが、友人は違う人にメールをしようとして間違って私のところに送ったらしい。でもその予想外の贈り物を私は嬉しく受け取った。越中民謡「おわら節」にひっかけて作られた歌なのだろうが、古謡のおわら節の、こんな一節を思い出した。可愛い鳥だよ 鶫(つぐみ)の鳥は 柿をつついて おわら 紅つけた月が隠れりゃ また手をつなぐ 揺れる釣橋 おわら 恋の橋月は満月 夜はよいけれど 主に逢わなきゃ おわら 真の闇月に焦がれる すすきの花は 枯れてしおれて おわら また招く盃(さかずき)片手に口ずさむ。リビングの灯りを消し、ベランダに出て、つばめのイラストが描かれたマッチを擦る。夏に一度もやらなかった線香花火。少ししけってしまったみたいで、マッチの炎のほうが勢い良いくらい。ひとり、苦笑する。炎が消えると、あたりは闇に戻る。寂しいなぁ。やっぱりひと肌恋しくなる。そうして、また空を見上げた。<お酒メモ>9月25日金曜日ブランコット・エステート 白 NZマルボロ― 1/2本強シャトーポールマス 赤 フランス 1/2本強
2020年09月24日
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「菅総理のブレーンって誰だろう?」と先日友人から質問を受けてしばし考え込んだ。もともといろんな記者とも話をする人だし、安倍さんのようなカラーがあんまりない。キャピトル東急のホテルで割と見かけたなぁという感想しかなかった。総理になってからの菅さんの首相動静を見てみる。総理になってから数日で、キャピトル東急で会う人、というのがおそらく長い付き合いで、菅さんが参考にしたいブレーンなんじゃないかと想像した。竹中平蔵、蟹瀬誠一、竹森俊平…といった名前に目が行く。蟹瀬さんは別として、竹森さん、竹中さんあたりが今後入れ知恵をするのではないかと思った。もともと総務省周りのこととか、規制緩和みたいなものに菅さんは興味があるからだ。この2人は慶應系である。2人だけで決めつけるのは視野が狭いのだが、法政卒の菅さんが政策において頼るのは(同窓では目立った人があまりいないし、法政は左翼系の学者が多いから)、慶應系の有識者をトレースしていくと、菅さんがこれからやろうとしている方向性が見えてくるんでないかと思っている。ちなみに蟹瀬さんとの総理就任早々の会食は意外だった。この人は慶應閥ではない。ものすごくダンディかつノーブルな人で、ジャーナリストという肩書をひっさげてはいるが、実際はちょっと違う気がする。海外の要人と会って情報をとるスポークスマンという印象。ただし陰謀論とか、どろどろした国際情勢の話は詳しくない。たとえばアメリカの政治の世界でも最近台頭している「Qアノン」という信仰(?)についても、私は結構やばいなと思うのだが、あまり真剣に語らない、というよりは興味の対象外かもしれない。そういうタイプだなと感じている。
2020年09月23日
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歴史学者の本郷和人さんの本でよく出てくる言葉のひとつに「人の心の中はわからない」というのがある。日本史の史料にあたるときに、変な類推やバイアスを以って判断せず、ちゃんと検証しなきゃいけないという戒めの意味なのだが、「対人関係においてもこれは言えるなぁ」と感じている。人付き合いの中でモメることというのは誰もが経験していることだ。その時に自分が留意しているのは「相手にとって極力よい解釈をする(相手は悪くない)」という前提で、モメ事を見直してみて、その論理が破綻してしまうことがあるかどうか、ということである。変な話だが、相手にとって一番分が悪くないシナリオを自分の頭の中で立ててみて、それでもモメたときの相手の言動や振る舞いが、(自分が立てたシナリオの中の相手の姿と)一致するかしないかを考えてみるのである。「人の心の中はわからない」からこそ、相手の感情の背後にあるもの(そうなった事情)が何かを考えるのである。史料にあたるときの態度とは真逆である。話を戻す。私の妄想の中では、相手は「絶対善」なので、基本、以下の1)か2)のどちらかの結論しかないことになる。1)絶対善の人でも場合によってはやる振る舞いを現実にもした→矛盾しないので、もしかしたら相手とのモメ事のカギはそこにあるのかもしれない2)絶対善の人だったらやらない振る舞いを現実にはした→矛盾するから、相手が間違ってるこういう思考実験をするようになってからは、自分が腹を立てる回数が減るようになった。相手の事情を(妄想によって)汲み取ることで納得できるからだ。1)の場合は、どうすればモメ事が起きなかったかを洗い出し、相手に謝罪しつつコミュニケーションを再構築できるように動けばいい。2)の場合は、次にそういうモメ事が起こらなくなるにはどうすればよいか、を考えて事前に手を打つように心がける。ポイントは「私の」正しさや倫理観から出発してモメ事について反芻するのではなく、「相手が正しかったとして」相手の正義感や倫理観がどこにあるのか、どんな事情があったかを考えつつ、モメ事の経緯をトレースすることである。自分に自信がある人や、正義を強調する人、プライドが高い人は、上記のことはおよそできないとは思うのだが、「自分は大した人間ではない」「劣った人間である」と自覚しているからこそ、できるのである。私が間違っていたと仮定して、反省できるのは、劣った人間の強みである。「こんな誤解をされているなぁ」とわかったら、説明しつつ詫びるのだが、モメ事のテーマが「自分以外の人間関係について」だとそれができないから大変である。図にすると相手A←私→相手B という関係になるので、シンプルに思考実験できなくなってしまう。「1とゼロ」「白黒」決着ができないからだ。こういう時には下手に動くと状況が悪化することが多いので、時間を味方につける。考えながらも局面が変わらないかなと様子見することが多い。相手が2人いる場合は、相手同士での話し合いやコミュニケーションで解決する場合もあるからだ。モメ事はモメ事ではなく、自分の杞憂だった、という場合もあるかもしれない。いさかいみたいなものはないほうがいいけれど、それは生きている以上避けては通れない。だからできるだけ穏やかに解決できるようにいつも考えている。<お酒メモ>9月24日木曜日作 雅乃智 半合川中島 おりがらみ 半合町田酒造 原酒 1合弱醸し人九平次 雄町 純米大吟醸 1合弱mari (幻舞限定酒) おりがらみ 半合黒龍 いっちょらい 1合ちょっとギネス 生 3パイント
2020年09月22日
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「四季報大株主降臨!」として先日ご案内しました10月のサロンFUJIYAMAですが、早々に募集上限の45名を超えてしまい、キャンセル待ちとなっていたので、急遽同じ会場の違う(大きめの)会議室に変更いたしました。これに伴い、あと20人くらいは参加可能ですので、ご希望の方はぜひお申し込みください。ところで、参加予定者の名前を見ると、講師をやって欲しいとお願いしているのに袖にされている方がちらほら…。……⊂(゚Д゚ ) なんでやねん!講師やってちょうだいよ!!それはさておき、ご興味ある方は以下よろしくお願いします。懇親会については残席がもうなくなりそうなのですが、ご希望の方はお問い合わせ頂ければ幸いです。(行き違いで懇親会満員でしたらお許しください)どうぞよろしくお願いいたします。<10月サロンFUJIYAMA> 開催日:2020年10月3日(土) 時 間:14:30 〜16:30場 所:プラサヴェルデ401→301&302 静岡県沼津市大手町1-1-4 電話:055-920-4100講 師:平松 裕将さん「大株主投資と株主権」 参加費:2,000円(現地にてお支払い下さい)お申込は、株式会社吉野エージェンシーの鈴木さま&杉本さま宛に1.お名前2.ご連絡先(お電話番号)3.懇親会参加/不参加かのご意向を記載の上までinfo@hokenyoshi.jpメールでご連絡ください。どうぞよろしくお願いいたします。 <お酒メモ>9月22日火曜日カタヒ ホークスベイ ソーヴィニヨンブラン NZ 白 1本小布施 オーディエール メルロ 2019 赤 グラスで3つ弱
2020年09月21日
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最近ふらふらと株が騰がっているので「おかしいな」と思っていたら、連休中のNYダウが500ドル落ちて、ああやっぱりそうなのかな、と納得。でも、せっかくプラ転したばかりなので少し残念でもある。ただ、投資をやっていると「絶対」というのはないということが理解できるし、だんだんそれに対して狼狽しなくなる。「所詮そういうものだ」といい諦念みたいなものを感じる。菅総理が安倍内閣の官房長官時代に新元号「令和」を掲げて人気になった時、「持ち上げられればいずれ反動が来る」と言って、浮かれることはなかったというが、私も同意見である。相場と長く付き合っている人も同じような感想を抱くはずだな、と思う。「尻上がりによくなる」「自分の実力でこういう良いポジションに座れたのだ」といったおめでたい考え方にはとてもなれないのだ。それは菅氏も私も、形は違うが叩き上げで、叩かれてきたからこそ「性善説で世の中を見ることはできないし、信じられない」のである。だからこそリスクに対応するには、ということを常に考えるし、順風の時にも気を抜かない。というか、むしろそういう時のほうが落とし穴に落ちやすいので警戒する。ここしばらく細かく利益確定をして、少しキャッシュが増えている。新しい株を買おうにも、あまり「これ」というのがないので模様眺めだった。だいたいそういうテンションの時に無理に割安認定した株を買っても損することが多い。という矢先のNYの下げ。もうしばらく方向感を見ていようかな。<お酒メモ>9月21日月曜日キリン秋味 中瓶 半分ブルゴーニュ ピノノワール 2015 赤 ハーフボトルOEMのお酒 ひやあがり 純米大吟醸 (←不思議な名前だ…) 300ml瓶1つ同上・きもと純米 150ml
2020年09月20日
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コロナ騒動が本格化したのは3月に入ってからだったと記憶しているが、そこからだいたい半年が経つ。人間の細胞は半年程度ですべて入れ替わると言われている。自粛生活が始まって、在宅勤務の機会が増えたり、自炊が増えたり、一日の運動量が変わったりしたが、今の体重や体形などを見ると、この半年の生活態度がわかるということになる。自分で感じるのは・体型自体はあまり変わらない、というか少し痩せた・歩く機会が減って、身体が以前より若干たるんでいる・体調は良い時の方が多い・人と接触する機会が減ったので、表情筋が落ちたかもということである。久しぶりに会った仕事先や飲食店の人に「以前より健康そう」「顔色がいい」とよく言われるので、相対的には健康になったのかもしれない。表情筋が発達していると若く見えるので、黒柳徹子ばりにずっとしゃべっていたいのだが、それはままならない。ただ、自粛要請中でもそれなりに人に会ったりしゃべったりしていたので、世間に比べてはまだ頬の筋肉が落ちていない、ということだろうか。高齢の人には(ご時世的には)なかなか会えないが、しびれをきらしたのか、最近久しぶりに電話をかけてくださる人も多い。勤め先の社長さんも、野球の解説を所望される(?)のか試合中に電話がかかってくる。夜だったり休日にかけてくるので、あんまり会社組織の話はしないようにしている。仕事のことは極力考えたくない(笑)ここからは脱線だが、所属会社の社長だからヘコヘコしなきゃ、というよりは、仕事を通じて仲良くなった年上の人、という認識なので、私は社長さんの身体のこととか、いま考えていることが何か、といったことに興味があって、ざっくばらんに話をしている。社長さんもずいぶん齢をとった。だから大切にしたいし、会社を辞めても、いつまでもいい話し相手でいたい。組織と個人の人格は別だから。<お酒メモ>9月20日日曜日カタヒ ホークスベイ ソーヴィニヨンブラン NZ 白 1/2本蒼空 山田穂 おりがらみ 1合半 宗玄 八反錦ひやおろし原酒 おちょこ2つ
2020年09月19日
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カレンダーを見たらこの週末は4連休だった。それに気づいたのは連休数日前のこと。会社の人と次に会う日の相談をしていても「休み明けの月曜日に」と、お互いに勘違いしているくらい、何の予定も入っていない。その連休初日の土曜日。商店街に買い物に行き、八百屋やスーパーに入ると、時間帯の割には色んなものがガンガン割引されていた。品物は古びたり傷んでいる感じもないので何でかな?と思ったのだが、「外出している人が想像以上に多くて、品物の回転が悪く、安くしないといけない状態」なのかな、とひらめいた。予期せぬ通り雨が起きたときと同じで、仕入れと消化のギャップが生まれた状態に、小売店の「値引きシール大量発生」は起こる。ニュースでも報道されていたが、10月1日以降、東京発着もGo Toトラベルが適用できることになったので、前倒しでお祭り気分であちこち出かけている人が多いのかもしれない。いいことだと思う。早くあちこちで、人が不安を抱えることなくお金をじゃんじゃん遣って欲しい。スーパーでは富山産の生白えびのパックに半額シールが貼られていた。隣の台湾産の価格と同じだった。どう考えても新鮮で美味そうだったので、購入して家で素揚げにして白ワインのお供に。お店で食べると1400円くらいかかりそうな量だったが、300円で程度買えたので小躍り。フライヤーで30秒ほど揚げればよいので、手もかからない。つくづく地味な生活だと思うのだが、たまにはこういうのもよいのかも。連休2日目も、今月何度か袖を通したスーツをクリーニングに出しに行こうかな、といった代わり映えしない予定しかない。まぁこういうのもよいのだろう。「みんながやっていることと逆をやる」が多い私らしい時間の遣い方である。<お酒メモ>9月18日金曜日ギネス 生 5パイントフライングシープ ピノノワール 赤 グラスで2つ9月19日土曜日小布施 オーディエール ソーヴィニヨンブラン 白 グラスで4つ宗玄 ひやおろし原酒 1合弱
2020年09月18日
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アメリカの政治思想家「アイン・ランド」。ロシア出身で亡命してアメリカに来たという経歴を持つが、日本ではほとんど知られていない。新自由主義やリバタリアニズムを唱えた彼女はアメリカでは有名な小説家らしい。アイン・ランド信奉者という括りにされる政治家・実務家がいるくらい、アメリカでは(否定的な意味で)有名である。ティラーソンやマイク・ポンペオ氏などがそう呼ばれているという。アイン・ランドの小説の代表作の一つ『水源』の中に「『I love you』と言うためには、まず『I』をどう言うべきかがわからなければならない」というフレーズがある。これがアメリカで近年流行している「ポジティブ心理学」の骨子をなす考えのひとつとして引用されていた。要は「よりよい人生を送るためには、まず自分を愛し、自分を理解して肯定しないと、他者を愛することはできない」という主張だが、私はどうも「?」と感じてしまう。「I」がないと愛が生じないというのは、エゴ(自我)を肥大して、育てることになる可能性もあるんじゃないかと思うのだ。「自我を落とす」仏教の考え方とは真逆である。世界的に日本人は自己肯定感が低いという調査結果が出ていて、この自己肯定感の低さと自殺には相関関係がある、といわれている。その改善のために、ポジティブ心理学などが最近脚光を浴び、注目されているわけだが、自己受容や自己肯定が一定以上高まりすぎると、己を大切にするがあまり、他人を攻撃したり、自己の主張を一方的に繰り返して「傾聴」の力が衰える側面があると思う。昭和と違って、親が子供を溺愛に近いくらい大切にして過保護な昨今、過剰に「I」を育てることは自己愛の肥大化につながるんじゃないかと、むしろ懸念したくなる。日本社会のインフラがある程度成熟していることから、人間の基礎的な自己肯定感は、平均的な生活では普通に育てられるものだと思っている。むしろ、過剰な愛情や自己肯定感の醸成に手を貸すことは、「基礎的な自己肯定感」の上に根差す「社会的自己肯定感」を膨張させて、変に正論を吐いたり、いい人だと思われたくて感情に演出するといった「パフォーマンス野郎」を増やすだけで、あんまりいいことにはならないと感じている。私は自己肯定感が低いと自覚しているが、それでも生きてきているし、あまりにも親に大切に育てられた人の発言や振る舞いをみると「痛い」と感じる。"I love you."が成り立たなくても幸せに生きていくことができると思う。アイルランドの作家、オスカー・ワイルド『幸せな王子』の王子は、I(自分)が持つもの(愛)を他人に渡し、最後はボロボロになって朽ちていくが、あれは象徴的な"love you."の例えだと思う。むしろ、"love you."の境地に至ることこそ、自我の否定=「滅私」であり、仏教の考え方からするとよいことではないだろうか。自己の欲を落としてしまうから自己肯定感が低くなるのも当然なわけで、それはひとつの人間としての成熟の証だと思うのだが、おかしいかなぁ。自分が溶け落ちて、周囲への愛だけが遺るって、一番よい姿かたちだと思うのだが。
2020年09月17日
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必要以上に話の長い人が得意でない私。以前からその傾向はあったのだが、歳をとってこらえ性がなくなったのか、脳が衰えて大意把握能力が落ちているのかわからないが、最近とみにそういう人の話を聞くのが苦手になっている。相手が何を言っているかよくわからなくなってしまうからだ。いらいらするし、「時間泥棒」だな、と思う。たとえば3分で済む話を3時間延々としゃべり続ける人なんかはそれに該当する。人生を2時間57分無駄にするわけで、それを無駄だと割り切っても許せる相手かどうかは、「(自分が)相手を好ましいと思っているかどうか」で変わってくる。人の話をちゃんと聞くにはとてもエネルギーがいる。集中力も必要だ。尊敬できる相手じゃなければ長時間は耐えられないし、そもそも私が尊敬する人はたいてい話が短い。余暇も含めて少しの時間も無駄にしないように生きている人たちが多いから、選ぶ言葉も的確だし、時間にもきっちりしている人が多い。言い換えると、「濃密な時間の過ごし方ができている」人なわけだ。人付き合いをするときに、私はこの「時間の感覚の違い」を気にする。時間を大切にする人は、(時間を大切にせず)話が長くても平気な人と気が合わないことが多い。人生の価値観が合わないのだから、当たり前のことなのだが…。だから人を紹介するときには、引き合わせる人たちの「時間に対する捉え方」を重要視する。ミスマッチが起これば、自分の信用も失いかねないから、意外と緊張する。図に例えると「半径の違い」なのかな、と思う。半径3センチの円と半径30センチの円があるとする。時間を大切にしている人は半径が小さく、円周も小さいから、くるくると回っている。一方、だらだらした人は半径30センチの円みたいなものである。30センチの人が一回りする間に3センチの人は10周する。それ(10周)が当たり前で生きている人の人生を邪魔したくないから、その人の役に立たなさそうな人を紹介するのを極力避けるようにしている。
2020年09月16日
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ふと睡魔に襲われて、まったく動けなくなってすぐに布団を敷いて寝転がった。たいていこういうときは熱が出ている時だ。何も食べたくないし、水分補給だけで後は昏々と眠っていたい。それがたいてい一番早く良くなる方策だからだ。ということで熱を測ると37.5℃を超えていた。野球中継は阪神タイガースが終盤、巨人に対して奇跡の猛攻を見せ(結局負けたけど)、睡魔と戦いながら耳で中継を聞く。それでも眠りに落ちると、「寝かせない」とばかりにスマホのメールの音で起こされるのだった。翌朝起きると、37℃近くまで下がっていて「やったー」と喜んだのも束の間、昼すぎからまだ異変を感じる。再び体温を測ると38℃近くまで上がっていて、ややだるくて座り仕事でも呼吸が荒い。ただ、仕事で電話していても「熱なさそうなくらい元気そうな声ですが」という返事ばかり(^^;おそらく、微熱があることさえ黙っていれば見た目、健康でバレなさそう。数時間で熱がコロッと下がることもしばしばな私。ということで月1の坐禅会に行こうとしたのだが、悩みに悩んで「万が一」を考えて今日はお休みします、と先ほど連絡をした。アンケートを見ると、「コロナ前」の会社員の9割は38℃以下だったら、熱を押して会社に行くのが当たり前、というのがコンセンサスだったのだが、コロナ騒動後は37.5℃がガイドラインになっている。私も室内を涼しくしていれば(今日の昼間は)37.5℃程度で安定していたのだけど…お寺の本堂にエアコン入っているわけでもないしな、と思い、仕事が終わったら諦めて床につこうと思っている。Go To トラベル先の布団はカネがかかるが(というかまだ利用できないのが残念)、家の布団は無料だし、おとなしく寝るか…。
2020年09月15日
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菅氏が第99代の総理大臣に就任した。キリ番の第100代は誰になるのかな?と今から想像してしまうが、それは置くとして。菅さんは悪代官のような顔をしていて、「食えない人だな」と思う。「見た目で人を判断してはいけない」と言われるが、齢をとればとるほど、普段どういう話し方をして、人と接しているかで、物腰や皺の刻まれ方というのは「いや」というほど出てくる。言動を見ればなおさらだ。「この人はあんまり贔屓の引き倒しはしないな」と感じたのは、総裁選に出ると決めて、二階幹事長に挨拶しにいった理由を記者に尋ねられて「お互い議員秘書時代だったころに、よく飯をごちそうになった仲で」という解答をしたときだった。これはまことに昭和の古い人のコメントで、総理になる人の割にはあまりにも正直な言い方だなと思ったのだ。「おごる、おごられるを政治家や秘書が言うのはけしからん、どこのカネだ!」とうがった見方をする人もいる時代だ。そういう空気の中であまりにも愚直な物言いである。「二階さんと仲良し=親中派」と考える人は、物事の断片しかみていないのに、全体を語ろうとしているのではないか。「二階さんとは仲がいい、二階さんが親中派だということも知っている。でもそれは、それ」というスタンスに私は見える。そういう人のほうが手ごわい。リアリストを地ていく人だからだ。近年の総理は2世、3世が多い。出身大学は東大か、よくて早稲田慶應だった。岸家の系譜である安倍さんはいわゆる「ボンボン」の成蹊大卒で、あれは名家の出身だから例外中の例外だ、とエリートたちは口をそろえて私に言っていた。「そうか、そんなものか、そうだよな」と私も社会の論理を学んだつもりで納得していた。そういう考え方が(合っているかどうかはともかくとして)「常識」ならば、法政大出身でたたき上げの菅氏は、総理の座を狙っていたわけではなかったのだと思う。そもそも枠外だと自覚していたのだろう。官房長官時代に漏れ聞いていたところでは官房長官より幹事長をやりたがっていたし、選挙で力を発揮できる選対院長を希望していたという。「菅さんは政局下手だけど、好物」と評している人もいた。恩はそれなりの恩で返さねば、という義理堅い昭和系だから、河野太郎氏と小泉進次郎氏という、地盤の近い(将来の総裁候補といわれる)若手2人をそれなりに厚遇しているし、派閥ポストにも配慮した布陣になっている。実に昭和的だが、情実ばかりでないところも現実的で、ほとんど穴がない。やっぱり食えないなぁと思う。気になるのは、過去の菅さんの政策としての功績だ。個人的には「ふるさと納税」に対する政策変更だったり、「通信料引き下げ(ナンバーポータボリティ)」を掲げて逆に端末の買い替えが面倒になるなど、あんまり「大義」と「結果」がリンクしていないと思う。むしろ一般の人の生活に負担感が増し、しわ寄せがいっている格好になっていると感じる。政策立案はうまくないと思う。だから優秀なブレーンや、大義を全うするような仕組みを作る仲間を作ったり、今仲の良い議員の中で、そういうひらめきを持つ政治家を育てることが課題かな、と思う。「俺が、俺が」ではないので、暴走はしないとは思うのだけれど。「しょせんたたき上げ」という気持ちがご本人にあるから、河野、小泉両氏プリンスとして育てようという気持ちもあるようにも見受けられる。変に長く総理の座にしがみつこうとは考えていないが、やることを粛々とやって、それがうまくいかなくなったらやめればいいさ、という感じがにじみ出ているから、「意外と長期政権になるかもしれない」と評論家たちもこぞっていうのだろう。欲がない人って、不気味だからだ。華がなく、派手でなく、地味をあえて売りにする菅内閣。安倍さんもうまく橋渡しして辞めていったなぁ。いいプリンスだったと思う。いやこれからは安倍大勲位、か。<お酒メモ>9月16日水曜日ネグロアマーロ80%、メルロ20% イタリア 赤ワイン グラスで1つピノノワール100% イタリア 赤ワイン グラスで2つ
2020年09月14日
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ときどきやっている初心者向け無料投資セミナー「ひよこLOVE」を、10月3日のサロンFUJIYAMAの前に開催することになりました。講師は兼業投資家の「とりでみなみさん」です。今回のひよこLOVEでは、9月のサロンFUJIYAMAで「あやしい投資商品」の話で登壇いただいたのですが、そこで行った企業ビジネスモデル分析(要はどういう業態の会社が儲かりやすいかという区分の説明)で省略した解説に加えて、もう少し違うお話を交えて展開する予定です。サロンFUJIYAMAは会費2000円をいただいておりますが、こちらは無料です。こちらの無料セミナーだけ出ていただいて、サロンFUJIYAMAは出ません、という方でも大歓迎です。投資家のすそ野を広げたいだけなので、変な勧誘は一切ございません。配布資料の数の関係で、お手数ですが、参加される方は株式会社吉野エージェンシーの鈴木さま&杉本さま宛(info@hokenyoshi.jp)にメールにてお知らせください。<ひよこLOVE内容>講師:とりでみなみさん「そのサブスクリプションビジネスは本物?」時間:13時30分〜14時15分 場所:プラサヴェルデ401 静岡県沼津市大手町1-1-4 電話:055-920-4100サロンFUJIYAMAとその後の懇親会もまだ若干お席がありますので、ご興味ある方はお申し込みください(今回は吉野さんががんばってくあさって懇親会の人数の上限を増やすことができました^^)。どうぞよろしくお願いいたします。<お酒メモ>9月15日火曜日カタヒ ホークスベイ ソーヴィニヨンブラン NZ 白 1/2本小布施 オーディエール メルロ 2019 赤 1/2本宗玄 八反錦ひやおろし原酒 2合
2020年09月13日
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副業らしい副業と言えば、私は「資産運用」しかない。ただ、副業は基本「やればお金をもらえる(プラスリターン)」になるが、資産運用の場合は、やり方でただ働きどころかマイナスになる年もある。今年の春先はコロナ騒動で一時期何年ものOL収入が溶けてしまい「アレー!!」となっていたが、やっとプラスに転じて、確定利益と含み益を考えると少々お小遣いが出る形となった。ただ、年末まではどうなるかわからないので、あまり意識しないでおく。私は資産運用の売買益(キャピタルゲイン)はあまり意識はしていなくて、基本、自分のお金のフローとしては、一応、会社勤めをしているので、OL収入+株式と債券配当金=1年間の総収入として捉えている。昨年の場合、だいたいOL収入が7割で、配当金が3割くらい。会社員としては給料はもう上がらないと計算しているので(期待もしていない)、この比率が5:5くらいになるといいなと思っている。そうなれば、辞める準備がいよいよ整うわけだ。そのためには、配当利回りをもう少し意識したほうがよいと考えている。ただ、高利回りの株は万年割安株で、株価が騰がらないことも多い。さらに不況となれば平気で減配してくるので、配当額の保障というのは確実ではない。体感的には、業績拡大が見込め、配当利回り2~3%前半の企業を保有していると、あまり悪い結果にはならない。なので、銘柄選択で配当利回りを見るときには、そこを意識している。先程掲げた定義での「総収入額」あれば、十分暮らせてはいける。会社を辞めて自営業もしなかった場合、収入は半分になるわけだが、今の総収入の半分くらいまでの金額を配当金として受け取れるのならば、(社会保険料や所得税負担は軽くなるので)何とか暮らしてもいける計算だ。兼業投資家で行こうと決めている人の場合、この1年間の総収入(10)=会社員収入(8)+株式と債券配当金(2)という8:2くらいの目算で、配当金受け取りが可能になれば、経済的なプレッシャーがだいぶ軽くなると思う。仮にだが会社員収入が470万円+配当金収入110万円=580万円となる。逆算すると3000万円程度の資産運用額で平均配当利回り3%ならば配当額は90万円となる。3%強の利回りの株を持っていれば計算上、達成できることになる。3%のいい株なんかそんなにないよ、と思う人もいるかもしれないが、実際は長く運用すると意外と保有株の平均利回りは高まるのである。なぜなら、株式運用をバイ&ホールドのスタイルでやった場合、長く持っている株ほど含み益が増え、分割や増配が続くので、元金に対しての利回りが7~8%になる株もごろごろ出てくるからである。私は元金300万円から株式運用をスタートしてそれなりの年数になるが、15年以上保有している株の利回りは年20%だったりもするから、あながち難しいことでもない。運用能力、とりわけキャピタルゲインを大きく稼ぐには、判断力や瞬発力、センスが要求される。私はその能力がないので、配当金をアテにした運用に逃げ込んでいるわけで。「どうも株で儲からないな」と感じる人は、配当利回り派(インカムゲイン)を意識した運用に変えるのも悪くないのでは?と感じている。<お酒メモ>9月13日日曜日宗玄 八反錦ひやおろし原酒 1合蒼空 キヌヒカリ おりがらみ 1合半9月14日月曜日赤武 純米吟醸 ひやおろし 1合ちょっと蒼空 美山錦 2合あべ 1合弱自然郷 純米吟醸 1合半
2020年09月12日
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久しぶりに四季報を開く↓カタリスト(触媒)が多く、個人投資家の間で名前の上がっていない銘柄を見つける↓年初来高値を更新中で「しめしめ」と思いながら買う↓買ったところが天井で、そこから20%下がる↓おかしいなと思って業績を再度確認するが、1Q、2Qも上方修正、コンセンサスよりも業績がよい↓首をひねって買い増しするが、株価はヨコヨコ↓ためいきをついて、天を仰ぐ。知り合いの投資家Aに弱音を吐く↓弱音を吐いた相手Aがその銘柄を買う↓「Aさんが私の保有する××株を買ったけど、その理由は…」と他の投資家Bにつぶやく↓他の投資家Bが目を輝かせて、その銘柄をパクる(←いまココ)↓オフ会でBがその銘柄について語って注目される↓なんとなく他の投資家も打診買いして、あちこちでその銘柄の分析がはじまる上記のような光景によく遭遇します(><)だいたい「いまココ」になると、株価が反転するんですが、今日のザラ場もまさに反転しています。この先、どうなるのかな。。
2020年09月11日
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誰の人生にも「どうしても必要な相手」と「どうでもいい相手」がいる。運用パフォーマンスもほとんど計算しないし、どちらかというと私は身の回りの棚卸をしない方なのだが、人間関係の棚卸は時々する。「何か最近うまくいかないな」とか、逆に「運がいいな」と思う時には、付き合っている人たちの種類や属性が、依然と変化していることに気づいたからだ。「どうしても必要な相手」=「頻繁に会う」というわけではない。大切でも1年に一度しか会わない人もいるし、3年に一度という人もいる。一方で月1、2回会う人もいる。頻度が問題ではない。ただ、自分が大切だ、必要だと思う人の共通項というかキーワードは「エンゲージメントを有している人」である。日本語に訳しづらいが「信頼しており、尊敬できる人」というニュアンスが最も近い。具体的に言うと、ドタキャンしない、事前に連絡をして約束を基本守る、他人への思いやりがある、前を向いて生きている、トラブルがあっても自暴自棄にならず、臨機応変に対応できる、嫉妬心が少ない、裏切らない…といったことが該当する人だ。この種の人たちと、決まった周期で会って月日が流れているときは、自分の生活はが充実していることが多い。自分が尊敬できる相手が、友人知人を引っ張ってきて紹介してくれると、幸運にレバレッジがかかる。ところが、時に「この種の人たちと正反対の人」と頻繁に会う機会ができると、逆回転が起こり、よい流れが止まったりする。「自分のために相手を利用する」「ドタキャンする」「時間にルーズ」…。面白いのは「時間を守らない人」ほど、普段からルーズなところが多かったり、足を引っ張ることを無意識でやったりする。悪気がないのを見て取れることも多いのだが、残念ながらこちらの神経が参ってしまうから、逃げ出したくなる。不思議なのだが、忙しくても真摯な人は約束を守るし、アポイントを切るのも早い。だから「自分はついてない」と思う人は、付き合いの中で自分の時間を盗む「時間泥棒」がいたら、そういう人間関係を断つ、あるいは会う頻度を少なくしてみると、自分の星回りは変わるのではないだろうか。辛らつな言い方だが、時間泥棒だと感じる相手は、あなたの人生にとって「どうでもいい相手」なのだ。ということで、時々、自分の運気を顧みながら「人付き合いの棚卸」をしている。人間は環境の生き物だと常々言っているが、「相手を立てる」ことのできる人に囲まれているうちは、自分も(相手ほどではないが)そういうことができる心身を保てているんだと思う。自分の人脈は、自分自身を映す「姿見」でもある。
2020年09月10日
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9月に入ると「ひやおろし」が目に飛び込んでくる。酒好きの私としてはそれで秋の訪れを感じる。もともと「ひやおろし」とは、春先に新酒に一回火を入れ、夏を越してそのまま瓶詰めして出荷した酒を指す。樽内の温度と外気温が同じくらいになったときに出すので「冷えたまま卸す」→「ひやおろし」というわけである。以前の日本酒はもう一度火入れをして、2回火を入れて出荷するはずが、最近はひやおろしで出すブランドも増えている。火入れが1度きりなので、フレッシュな味わいを感じる(ような気がする)。8月末に残暑が長そうだなと思い、白ワインを1ダース近く買い増しした。夏はワインがどうしても呑みたくなるからこれでいいと考えたことが裏目に出た。現在家にワインが4ダース弱ほどある。どうするんだ(笑)昨日土曜日の夕方、秋風が頬を撫でた。「うーたまらん、ひやおろしが呑みたい!!」となり、家にワインのストックがあるにもかかわらず、酒屋へ。ちょうど好きな銘柄の一つである「宗玄」のひやおろし原酒(4合瓶で1700円台)が販売開始になっていたので早速購入した。能登杜氏の造りは太った味わいで米のふくよかな旨味をこれでもかと堪能できる。肉の脂にも負けない力強い味わいなので好きなのだ。特に宗玄は冷やすと、独特の吟醸香(エステル)の香りが立ち上る。セメダイン臭に近いものだが、これが私にはたまらない香り。エステル香が強い日本酒はワイングラスに入れると呑み口が柔らかくなり、女性にも受けがいいのでおすすめである(^^)冷凍庫からうなぎの白焼きを引っ張り出し、解凍して両面を軽く炙って、塩わさびと山椒を交互に振りかけて肴に。ついでに梅干しと焼きのりもつまみとする。「うなぎに梅干し」は相性がよくないと言われているが、実は栄養価的には食欲を増進させ、組み合わせがよい。江戸時代に「悪い取り合わせ」として流布されたのは、食べ過ぎないようにという戒めだったと言われている。冷蔵庫には常備菜のラタトゥイユもあったが、やっぱりここは「冷やしトマト」だよな…ということで、別にトマトを切り、自家製の蕪の漬物にしそを添える。カニカマときゅうりを使ってサラダ巻きを作り…とやっていたら、もうお腹はいっぱいなのであった。エアコンを切り、扇風機の風にあたりながらひやおろし。やっぱり四季折々の暮らしは気持ちがいい。
2020年09月09日
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ようやく9月19日からプロ野球の観戦人数が段階的に増える。これまでは上限5000人だった。ガチで抽選に応募して、8月の東京ドームのタイガース戦のチケットが1試合だけ当たって観戦したのだが、ご覧の通り。収容最大人数の1~2割ほどで、当たった5000席分のチケットは、好きなエリアの席を選べるので、ほぼ観客は内野に集中。外野はガラガラで、旗振り役の応援団か、ホームランボール目当ての観客しかいなかった。これが球場の収容人数の50%に引き上げられるわけだ。5000人上限ルールの時は、東京ドームの場合「お酒持ち込みダメ」「入り口で検温して37.5℃以上は退場」「名前と電話番号を記入した券を入り口で提出」「チケットの半券は後日コロナ感染がわかった時のために14日保存」「ビールの売り子はなし」「フードコートでの酒販売もなし」「メガホン持ち込み禁止」「応援歌斉唱禁止」「声援禁止」と、文字通り『注文の多い料理店』と化していて、なんでここまで意地悪されて野球を観に来なければならないのかという感じだった。日本文化の嫌なところに、ルールを決めると突然主宰者側が高飛車になることが多い。要は権力を持っている側が、意味のないマイルールや、規定以上にちょっと強めの規律を課して、「いじめる」のだ。権威を振りかざしたくて仕方ない心理が働いているのだろうが、自分の背後に担保されている権力を盾にして「正義」を振りかざして必要以上に「同調圧力」を求めるのだ。俗にいう「パワハラ」だが、こんなのは戦前からずっとある。以前LCCに「ものは試しで」一度だけ乗ったことがあるのだが、荷物の重量など、必要以上に細かく測って意地悪されたり、離陸時のシートベルトの点検や荷物のルールなどとにかくうるさい。その上運行時間は平気で遅れたり、着陸するターミナルが駅から本当に遠かったりして、JALやANAに比べて数千円安いだけでこんなに嫌な気持ちになるのなら、もう乗るのはやめようと思ったのだった。今回、ピーチエアラインで「マスク拒否」で降ろされた人の話を読んだが、降ろされた人が少々クレーマーだったとしても、CAからの「ちょっとしたパワハラ」があったんじゃないかなと想像している。話を元に戻すと、件の8月の東京ドームの場合、野球の生観戦のだいご味を半分以上失った試合で、正直味気なかったし、「こんなことを続けていると経済が死ぬな」と本気で思った。というのも、普段の試合は興奮して、流れ次第でついついビールの売り子さんに声をかけて、だいたい3~4杯ビールを注文していた。1杯800円だからそこそこの値段になるわけだが、それがゼロ円になるわけだ。お酒持ち込みも禁止なので、食べ物もほぼ要らない。持ち込んだおにぎりを食べようとしてマスクを外すと「マスクをご着用ください」とすぐに警備員が注意しに来る。「これが本当のマスク警察だ」などと思いながらマスクをするが、食事する時間もままならない。お金を払って窮屈でストレスのたまる時間を過ごしたわけで「もうこんな環境での観戦なら、自宅のほうが安いし、呑めるし、騒げるからいいよ」となってしまう。そう感じる人はたぶん私だけではないから、「あ、これじゃぁ景気はメタメタだ」と感じるわけである。コロナによる政府要請は、経済を波及させる「波」(相乗効果)を殺してしまうのである。「波」をこしらえる基盤は主にサービス業に依拠するわけだが、飲食、イベント、トレーニングジムなど、人が集まることを生業としている業態だ。この産業(いわゆる第3次産業)に従事する割合を増やしていたのを止めることは、新しい雇用を手っ取り早く破壊する効果もある。「コロナは若者vs.高齢者の経済対立である」ということを否定する人がいるが、結果的にそういう構図に落とし込まれているのが現実だ。「そんなことはない、何よりも経済より命優先だろう」という人には、「コロナは若者vs.高齢者の経済対立である」と考える立場の人を喝破し、命優先で経済も壊さない持論を述べる必要があると思う。できないと思うけれど。私はコロナは「大山鳴動して鼠一匹」という代物だと思っていて、長く平和が続いたからオーバーに危機を世界各国で演出しただけだ感じている。あるいは世の中の仕組みが人間にとって快適になりすぎたのにそれを当然と考える人が増えた結果だと思う。情けないことだが、人間が弱くなって、ちょっとしたことに「ぎゃー」とヒステリックになっているだけだと思う。目が覚めて、「大したことなかったよね」と多くの人が感じたとき、それまで騒いでいた人たちが「どう振り上げた拳をどうおろすか」を観察する日を、私は心から楽しみにしている。<お酒メモ>9月12日土曜日宗玄 八反錦ひやおろし原酒 2合
2020年09月08日
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気が付くとブログを数日書くことができなくなって日記が滞る、ということがここ数カ月続いていて、ちょこちょこ見に来てくださっていろ方々には申し訳なく思っている。「書くことがないから」とか「怠惰な生活をしている」という実感はなく、むしろ前よりも一日一日や、その日の中でやっている習慣―たとえば毎朝お茶をきちんと入れるとか、家の汚れに気づいたら面倒くさがらずにすぐ身体を動かして処理するとか―を淡々とやっている。その日常の「当たり前のこと」が、最近とても尊いものに感じられるようになった。禅寺で雲水(見習い)さんが掃除や家事をやる、いわゆる「作務」(さむ)呼ばれるものだ。はたから見たら以前と何も変わらない雑用なのだが、これをやることがとても生きていくうえで重要な修行というか、とても大切なものだと感じるようになった。しっくりくる表現かはわからないのだけれど、「感じ入っている」ことが増えた。自分の心のありようが変わってしまったようだ。そうすると、見た目には変わらないことをしているのに、1日が長く濃くなっていく。今まで何気なく、無意識にやっていた「当たり前のこと」が、「今日もこういう日常が送れて、ありがたいなぁ」と思って幸福感を感じるようになった。「おいおい、ちょっと早いけれど寿命が近いのかな?」などと思ったりもする。美味しいものを食べたいとか、旅行で贅沢したいとか、ゴージャスなことをしたいとか、カネを稼いで称賛されたいとか、人間の欲望というのは限りなく、多くは消費にフォーカスされ、単純で、時にあさましい形になるものも多いが、そういう特別なことをしなくても、美しいものは誰の周りにもあふれているような気がする。「毎日を丁寧に生きよう」という気持ちが日に日に強くなっている。そうなることで、風呂に入っても「ああ気持ちいい温度だな」と感じて幸せな気持ちになる。手乗りにならない間男「文蔵」がいる鳥かごの掃除をすれば、きれいになった後、少しだけ機嫌のいい声で啼く文蔵を見て、(コミュニケーションはまだとれないけれど)「文蔵は文蔵なりに嬉しそうだな」と思う。そういう時間がいとおしいと感じるのだ。頭が変になってるのかもしれないが、どうせ狂うなら、人に迷惑をかけず、多幸感にあふれた生活をしたい。なにせうぞ くすんで 一期は夢よ ただ狂へ上記は室町時代の『閑吟集』に収録されている小謳のひとつだ。私は昔からこのフレーズが好きだ。「何になろう、まじめくさってみたところで。所詮、人生は夢よ。ただ面白おかしく遊び暮らせ」といった訳が一般的にはあてられるが、これはやさぐれ感、いわゆる普通の人が思う(夢のような)「刹那」を詠んだものではないのかもしれいなと思うようになった。「刹那」とは「瞬間」、つまり時間の最小単位のことだが、人生が刹那ならば「どんなにいい加減な生き方をしてもかまわないだろう」と解釈するのではなく、「刹那」「刹那」「刹那」…と瞬間が連続している(あるいはそう認識している)のならば、その最小単位ひとつひとつに感じ、その経験を丹念に味わうことが大切だということを示唆しているのではないか。「狂へ」は、「はたから見たらそういう人生の味わい方はおかしい(狂人)と言われますよ」という意味であって、「それでもいいんだよ」という暗喩が含まれているんじゃないのかなと思うのだ。時代は違うが、鴨長明の『方丈記』のような無常感がそこにはある。<お酒メモ>9月8日火曜日小布施 2e セパージュヨーロピアン 2018 赤 グラスで1つフランギーナ100% 白 イタリア ハーフボトル9月9日水曜日キリンラガー 中瓶 半分甕入り紹興酒 あたためて 1本(3合くらい?)9月10日木曜日蒼空 美山錦 2合赤武 純米吟醸 ひやおろし 1合半荷札酒 黄色ラベル 2合9月11日金曜日overstone メルロ 赤 ホークスベイ NZ ハーフボトル
2020年09月07日
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10月のサロンFUJIYAMAの募集が始まりました。今回は5月にご登壇をお願いしたものの、自粛要請のために中止した投資家さんに、再度講演依頼をお願いしまして、お越しいただくことになりました。平松さんは、数社の大株主で、四季報でスクリーニングをかけるとお名前が出てくる投資家さんです。最近は大株主に名前が出てくる個人投資家は、一時期の一世を風靡した「村上ファンド」のような、グリーンメーラーまがいのアクティビストが増えたなぁという印象なのですが、平松さんは「対話を大事にしたい」と口にしており、それが建前ではないなと感じたものですから、ぜひお話をということでお願いした次第です。カネがある投資家が何を考えて、どんな企業を選んで投資をしているのか、投資対象に何を期待しているのか、という率直な話を聴ければと思っています。9月10日(木)夜から募集は開始されており、「申し込みました」という連絡をくださる参加者を拝察するに「おいおい、あなたも大株主欄に名前も出てくる人だし、聞く必要はないんじゃない^^;」と思う人尾ちらほらいて、にぎやかになりそうです。お話自体は「投資初心者でもわかるようにしてください」ということを伝えておりますので、講演テーマ自体は難しそうに見えるかもしれませんが、普段の語り口は非常にあったかい方なので、投資経験が浅い方でも、ご興味あればぜひお申し込みください。懇親会も密を避ける格好で実施すべく段取り中です。どうぞよろしくお願いいたします。<10月サロンFUJIYAMA>開催日:2020年10月3日(土)時 間:14:30 〜16:30場 所:プラサヴェルデ401 静岡県沼津市大手町1-1-4 電話:055-920-4100講 師:平松 裕将さん「大株主投資と株主権」参加費:2,000円(現地にてお支払い下さい)お申込は、株式会社吉野エージェンシーの鈴木さま&杉本さま宛に1.お名前2.ご連絡先(お電話番号)3.懇親会参加/不参加かのご意向を記載の上までinfo@hokenyoshi.jpメールでご連絡ください。どうぞよろしくお願いいたします。
2020年09月06日
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マスクを着用するのがマナーになって久しい。私はマスクがそもそも嫌いなのだが、夏には世の中のヒステリーが収まって、さすがに蒸れるから「マスクしなくてOK」の生活になるかな?と思っていたのだが、予想は外れて、秋に突入しようとしている。それにしても、みんなよく耐えられるなぁ…私の平熱が高い(37.3℃)から、体感的に違うのかな。もはや気合とかで乗り切れるレベルじゃないと思うのだが、みなさんすごいなとしかいいようがない。ところで、マスクをする生活になってから「肌の調子が悪くなった」という声をよく聞く。特に女性が多い。基本女性は外出時に化粧をするけれど、マスク生活になるとマスク部分にファンデーションが付くと汚れてしまうので、いろいろ工夫が必要らしい。一番簡単なのは「マスクをしたら化粧しない」だが、夏のエアコンの乾燥を守る役割を果たしていたのが「ファンデーション」。どうも薄くしたり、ファンデーションを塗らないと「乾く」らしいのである。乾燥は「しわ」や「肌荒れ」を呼び寄せる。しかも乾燥というのは化粧品販売している会社の人に言わせると「顔を触った回数が多いほど乾燥も増える」らしい。マスクを取ったり外したりすると、顔周りを必然的に触る回数が増え、余計に乾燥に拍車がかかり、肌の砂漠化が早くなってしまうというわけだ。在宅も増えたせいか、今夏は日焼けの心配はあまりなかったのだが、その分私も何気に肌の乾燥を(齢以上に)自覚していて、風呂上りに化粧水を軽く塗っただけだったのが、最近2度塗りしたり、美容液をたまにつけたりするようになった。自分の年齢の場合は、すでにこの程度のスキンケアをして当たり前らしいのだが、それすらやっていなかった。「女の人の準備って時間がかかるんだなぁ」と驚いたりする。乾燥を防ぐにはまず「触らない」がいいらしいので、無駄に肌に触ったりしないように普段気を付けるようになった。頬づえをついたりするのは止めて、なるべく正座して背筋を伸ばしながら生活している。在宅では眼鏡の機会が多いのだが、眼鏡はコンタクトレンズに比べて外したりレンズを拭いたりするたびに、必然的に肌にふれてしまう。コンタクトレンズを常用するのは別のメリットがあったんだなと思う。あとは、「化粧品ショッピングをしない」。これも昔、美容家さんから伺ったのだが、「乾燥したからコレ」「今日は気分的に香りのよいこの化粧水」と、ちょこちょこ使う基礎化粧品を変えてしまうと、その化粧品自体が持っている特徴が肌に浸透しなくなってしまうのだという。要は成分が肌に伝わるためにはある程度の期間(最低限、数週間とか)、用法を守って根気よく使ってはじめて効果が得られるわけで、こらえ性がないと効かないんだそうだ。このあたり、「株を買ってはすぐぶん投げて他の株に行く」を繰り返して儲からない投資家によく似ている。そして、気持ちばかりだが「普段のむビタミンCサプリの量を増やした」。もともと10年以上のんでいるのだが、1日の服用量の2/3しか摂っておらず、風邪をひいたときに1日量をとるようにしていたが、最近は週の半分くらいは1日量を摂っている。これで肌がいい意味で変化したら、1日量の服用を基本にしようかなと思っている。ビタミンCは抗酸化作用があるので、しわとかシミ防止になるのかな、と久しぶりに女らしいことを言ってみる。
2020年09月05日
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いつも目をかけてくださる80代のマタギさんから白州産のぶどうが届いた。完熟するまで木になっていたものを直送してくれるので、本当に新鮮^^左の藤色をしたものは「藤稔」(ふじみのり)という品種で、1年で数週間しか取れないという大粒のぶどう。糖度も密度も濃いので、見た目よりもずっしりとした重みを感じる。右はおなじみ、シャインマスカット。皮ごと食べられるぶどうである。これ以外に紅色がかった「トッピー」という種ありぶどうも含め、計3種類をいただき、しばらく毎日ぶどう三昧だった。ワインはご存じの通りぶどうからできているので、ワインのつまみにぶどう、というのは前菜で意外といい組み合わせだ。ぶどう糖は吸収が早いため、太りやすいので、食後のデザートというよりは、先に食べてしまったほうがいい、ついでに皮ごと食べられるのならばそうしてしまったほうが繊維や栄養がとれるのでよい、というのが持論である。また、地元の物同士というのは相性がいい。白州産のぶどうならば、ということで勝沼の原茂ワインを抜いて、つまみにぶどうを食べてみたのだが、やはり美味い。ハズレなしの組み合わせである。日本産のワインは、その生産地のつまみやおかずと合わせると、味がマッチすることが多い。例えば長野産だったら、こんにゃくやキノコ類の料理は抜群に相性がいい。赤ワインだったら味噌ベースも合う。長野の県南は名古屋メシの味付けが入ってきており、赤味噌を使用するところが多い。なので、ビーフシチューのかわりに味付けの似ている「どて煮」なんかをつまみにするとぴったりだったりする。北海道のすっきりとした白ワインに帆立やイクラを合わせてもよいし、天日干ししたイカをあぶって食べても合う。では、外国産のワインに何を合わせたら?と思う人もいるだろう。その国の気候風土に似た都道府県を考えて、その郷土料理だったりつまみを合わせると失敗が少ない。私がニュージーランドの白ワインを好んで飲むのは日本に気候風土が似ているから。和食に合う確率が高いからである。イタリアワインも好きだが、こちらは静岡県と採れるものがよく似ているので、しらすや海苔、桜えび、キャベツ、トマトなど静岡県で生産量の多いものをベースに献立を考えたりする。他に手掛かりは?と聞かれたら、そのワインの説明を参考にする。赤ワインで「プラムのような」と書いてあれば、プルーンが思いつく。これを豚バラ肉に巻いて料理をしたらいいかな?などと考える。「バラのニュアンス」と書かれていたら桃がよい。なぜなら桃はバラ科の果物で、新鮮なものは食べた後、体内からバラの芳香がするからだ。好き嫌いはあるとは思うが、生ハムと巻いてみるのも美味しい。こんな風にして連想しながら酒のアテを組み立てていくのである。
2020年09月04日
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祭りのない夏が終わろうとしている。コロナでいろんなイベントが相次いで中止になっていたので、たまたま白神山地を訪れるために滞在した弘前の呑み屋街のデコレーションを見たときに、「なんだかお祭りみたいだな」と感じた。照明が提灯に似た円いフレームで、近くで見るとおしゃれなのだが、遠くで見ると夏祭りの屋台周りに飾ってある灯りのようにみえるのである。確かに呑み歩きは一種のお祭りのようなもので、私はいつも祭りの「ハレ」の状態を愉しんでいるのかもしれない。世の中の景色とうって変わって、日米市場は過熱感が出て、まさに「夏祭り」だ。日本ですらバフェット指数がこのところ120となった。100を超えたら過熱のサインだから、まだごく初期だが。コロナ対策の巨額の財政出動で、大規模な資金が日米市場に流入したため、という分析が9月7日付の新聞に書かれていたが、今回の資金流入がバブルだとすると、大きなドカン(不況)前の最後の株高ということになる。なんとかいいところで株を粛々と一部売却して、現金にしないといけないなぁと思っている。でも、いつもできないんだ、これが。期間は不透明だが、1920年代の状況と似ているなと感じていて、その見立てが正しいのならば、長くて2年、短ければ半年くらいで終わってしまうなぁというのが率直な感覚。なにせ今回は「事(こと)が起こる前に大規模な手当てをした初めてのケース」で、世界各国のGDPに対する赤字比率は第2次世界大戦時を上回っている。少々長いタームで、経済分析をしないといけない状況に来ていると思う。<お酒メモ>9月1日火曜日小布施 ドメイヌソガ ソービニヨンブラン 白 グラスで1つ蒼空 美山錦 1合蒼空 こうじましまし 半合荷札酒 黄色ラベル 半合楽器正宗 純米吟醸 1合弱参乃越州 半合9月3日木曜日小布施 ドメイヌソガ ソービニヨンブラン 白 グラスで3つ蒼空 キヌヒカリ おりがらみ 1合半9月4日金曜日村祐 特別純米 1合弱開運 ひやおろし 2合半レモンサワー 缶 グラスで1つボルドーワイン 赤 グラスで1つヱビス 缶 250mlくらい9月5日土曜日アサヒスーパードライ 瓶 グラスで3つ白隠正宗 純米吟醸原酒 2合魔王 ロックで1つモルドバワイン ブラン 白 グラスで3つ林酒造の白ワイン グラスで1つボルドーワイン 赤 グラスで1つ恋熊 (日本酒) 2合弱ディアブロ チリカベ 赤 グラスで1つ9月6日日曜日開運 ひやおろし 3合半9月7日月曜日カタヒ ホークスベイ ソーヴィニヨンブラン NZ 白 1/2本小布施 2e セパージュヨーロピアン 2018 赤 グラスで3つ
2020年09月03日
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明け方、吐き気と腹痛で目が覚めた。特に下腹部が痛くて眠れず、じっとしていると痛みはどんどん強まってきた。これはたまらん!と思い、市販の胃腸薬をのみ、冷凍庫から氷枕を引き出す。私は薬が嫌いで、市販薬もあまりのまないようにしている。今回のんだ胃腸薬は今年初めてのんだ薬だ。それだけ我慢できない状態だったのである。動悸が強まってきていたが、在宅勤務の日だったので、定時前にのこのこと布団から這い出てメールや電話で仕事をする。会社にはまず行けない体調だった。これが以前だったら有休をとって寝込んでいたのだが、在宅ゆえに仕事ができるとは。リアルタイムでジム仕事は淡々と処理できるので、以前のように休んだ翌日に仕事が溜まってバタつくということもないので、在宅はコロナ禍の数少ない「功」かもしれない。余談だが、最近、上司の裏目っぷりが半端ない。星廻りなのだろうと思うのだが、この人が言うことと逆を張るとうまくいくことが多い。この上司が昨日突然電話をかけてきた。「体調、大丈夫?」などと言ってくる。私はおびえた。3年前の今頃、死にそうなときに休暇や休職の申し出をしても聞き入れてもらえず「(私の)仕事が終わってから検討する」と言われて、最後に失神が続いて頭から出血し、8針縫った。そういう人がねぎらうなんて…最近、私すこぶる体調良かったけれど、これって何かのフラグ?具合悪くなるの?とおびえた数時間後から、体調が突然悪化。すごい…何かの冗談かと思ったくらいだ。とりあえず体調を立て直さないといけない。昼頃には熱がマザーズ株並みに上がるが、持ち株は下がる。「熱が上がるんだったら株も上がれ~!」などと言いながら、ビタミン剤を口に放り込み、エアコンを極限まて冷たくして、冷えピタをおでこに貼っているうちに、だいぶお腹の「しくしく」が収まってきた。人間は弱い部位があって、病変はそこから始まるという。主に頭(頭痛)、喉、胃、腸の4つのどれかで、稀に間接という人もいる。自分の場合は喉が多いのだが、最近これがだいぶ克服できて、代わりに腸がどきどきしたり、しくしくすることが増えた。腸の病変初期は、水分をとって、粗熱をとって、抗酸化作用のビタミンCを摂って、胃腸を休める、が一番リカバリが早いので、そうしている。こうすることで今回も何とか数時間で平熱まで下がってきて(といっても37.3℃だけど)、近場までだったら外に少しは出られるまでに回復した。熱と逆行するように、ポートフォリオの株は騰がってくれたので万々歳。明日にはいつも通りになっていたいなぁ。
2020年09月02日
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内閣府の「8月の消費動向調査」で消費者態度指数(2人以上世帯、季節調整値)は前月比0.2ポイント下落の29.3となった。4カ月ぶりの悪化だそうだ。お盆休み中もあまり人を見なかったし、新幹線もガラガラだった。8月は普段だったら帰省などで散財する時期なのに、それを止めろといったのだから、当然だと思う。私は世の中よりは相も変わらず遣っている方だろうが、おうちにいるときはケチケチしている(つもり)。買い物で「新鮮なもの」で「お値打ち」を探して料理するのが至福なのだ。解凍すると生食できる冷凍帆立を少しいただいたので、「それを活かした料理を」ということで昨日は野菜を買いに出かけた。無性にかいわれが食べたくて、最初のスーパーに行って値段を見たが、1パック70円と微妙に高い。ならば商店街奥の八百屋まで行ってみると、あったあった、「3パック100円」とある。ただ、2パックしか見当たらない。右往左往して八百屋のおにーさんに「3パック欲しいからもう1パック出してください」と頼むと「売り切れだから値引きで勘弁」と言われ、結局2パック60円でかいわれを買うことができた。ただ、クレソンやみょうが、かぶ、アスパラなども美味しそうだったので、値引きしてもらったことの罪悪感からついつい購入。どれも帆立と合わせられる食材だ。水菜も安かったので、これを合わせてサラダにするのもいいなと思ったが、水菜は予冷品だったので購入は見送った。予冷品は鮮度が落ちていることが多く、ビタミンなどの栄養が平均で3割ほど低いのだ。ついでに、と別のスーパーに入ると、今度はきらきらしてしゃっきりしたセリが2束で198円だった。帆立のカルパッチョを作るためにクレソンか、かいわれがあれば十分なのだが、美しさに負けてカゴに入れる。鶏皮も新鮮で好きなブランドだったので、100g70円と皮にしては高いのだが、これもカゴに放り込む。うーむ。つい散財しているような。。家に買って、結局、当初の予定通り「帆立とかいわれのカルパッチョ」を作る。せりをどうしても食べたかったので、こちらは鶏皮と砂糖醤油でオリーブオイル炒めにして、残った油でかぶの葉をにんにくスライスと炒める。このほか、きゅうり、しょうが、かぶの漬物やらナッツやらを出して呑んでいたらそれなりに腹は膨れて、最後の締めにいぶりがっこをかじって晩酌終了。なんかいつもこんな感じだ。株は指値、料理はなりゆき。とりあえず最近は「冷凍庫を覗く」→「主菜を決める」→「それに合わせた野菜を考え、足りなければ階に行ってお値打ちのものを探す」ようにはしているけれど、ついで買いが多いなぁ、やっぱり。<お酒メモ>8月31日月曜日カタヒ ホークスベイ ソーヴィニヨンブラン NZ 白 2/3本蒼空 特別純米 雄町 おりがらみ おちょこで1つ
2020年09月01日
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