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先ほど書いたwowwow録画依頼の件、とうとう番組が始まってしまったので諦めます(;'A`) ・・・って、読んでない方には何のことやら、ですよね。お騒がせしました。小学5年の長男が、生まれて初めて「年越しの瞬間」を迎えたいと必死で起きている。目覚ましにと腹筋運動なんかをやって。これが終わったら、「行く年来る年」でも一緒に見ることにしよう。仲良くしてくださった楽天の皆さん、ゲストの皆さん、10月開設以来どうもありがとうございました。元気と楽しさを沢山もらいました。また来年も変わらないお付き合いを、どうぞよろしく。では、良いお年をお過ごしくださいませ。
2004年12月31日
えー、始めにちょっとお断りを。私は今まで日記の中で「です・ます」調で書いてきましたが今後は書き方を変えようかと思います。理由は単純、「私のキャラではないから」それと、自分の気持ちがです・ます調だと上手く書けない気がするから。というわけで、以下「だ・である」調で失礼します。=========================10月末に楽天にHPを開設し、多くの方々と出会うことが出来た。主にダウン症を中心とした障害児の親御さん。乳児のママさん。そして“天使”ママ。流産、死産、新生児死でお子さんを亡くされた方々。こんなにも多くの天使ママがいることに改めて励まされ、そして同時に悲しくもあった。身を引き裂かれるような辛い経験をしただけにとどまらず、その後傷口に塩を塗りこめられるような二次被害とでも言うべきこと・・・それは例えば身体を壊したり、ということもあるけれどやはりダントツなのは「外部の人間からの見当違いな励まし」である。これに泣かされてきた方の何と多いことか。「まあ、若いんだしまた作れば」「上にもお子さんいるし、まだいいよね」「成長してから死なれるよりよかったよね、思い出がない分」「無事に生まれたとしても、きっと障害があったのよ」「妊娠中に何か悪いことしたんじゃないの?」つい何日か前にも、天使ママの一人が経験した辛いことを拝読し、改めて考えさせられた。その天使ママに言葉を投げかけた相手は、何の悪気もなかったのだろうし上で挙げたような酷い部類には入らないと思うが、天使ママの心に傷を付ける結果となった。言葉の凶器を振りかざされても、顔では微笑んで対応するしかない私たち。何故か。「流産・死産などの悲しい出産は触れてはいけないこと、表ざたには出来ないこと」だからである。回りのそうした人間は、私たち“天使ママ”たちにもっと大人になれ、常識ある人間になれと迫る。例えば葬儀の席に真っ赤なドレスを着てくる人はいない。それと同じこと。悲しい出産を語るのは非常識。何日か前に、掲示板に外部の方からの書き込みがあった。曰く、ご自分の職場に来た人が流産し、占い師に見てもらったところ「悪い因縁」が原因ということが考えられる。そこで水子供養のお寺を紹介されたので、こちら(私)のHPに紹介させて欲しい、と。・・・気持ちは大変ありがたい。水子供養・・・私も考えたことはある。何でもいいから何か形に残る供養をしたかった。現に仏壇を購入したりもしたが。その、職場に来た人というのも、藁にもすがりたい気持ちで占い師に相談したのだろう。悪い因縁が・・・と言われ、納得して心がいくぶん晴れたのかも知れない。しかし。占い師に相談し、お寺を紹介されて心安らいだのはあくまでも「その人」に限ったこと。私なら・・・流産には自然の法則?因縁?先祖に水子がいる?ふざけるな。春歌は因縁によって死んだんか?と、真っ向から否定したくなる。心の拠り所は、人それぞれ。書き込みをした方は、残念だがそこを全く分かっていらっしゃらない。勘違いな励ましの数々の中で、「自分の考えを押し付ける人」というのが一番対処に困るタイプだったりする。繰り返すが、そのお気持ちは大変ありがたい。だからこそ邪険にあしらうことは出来ないし、感謝の気持ちを述べるだけにとどまる。こうして、天使ママは益々「常識ある大人」の仮面をかぶっていく。先日、私は春歌を死産した病院に、春歌の出生体重などを訊きに行ったと書いた。実はあの日の出来事には続きがある。春歌のデータのほかに、あの日分娩に立会い、その後春歌に母乳を飲ませる手伝いをしてくれて最後に一緒に見送ってくれた助産師の方のお名前を確認したく本来絶対に行きたくなかった産婦人科外来も訪ねたのだった。失礼なことに、お顔は覚えているのだがお名前はすっかり忘れてしまっていたのだ。外来にいた看護婦長は、倉庫からファイルを引っ張り出してこないと分からない、今は外来が混み合っているから後で調べて、夜か翌日にでも電話する、と言った。外来を立ち去る時には、嫌なフラッシュバックも感じなくなり顔をしっかり上げて歩くことが出来た。・・・が。あれから10日。看護婦長からは何の音沙汰もない。(笑)こちらから連絡をする気力もなくなってしまった。私は未だにどこかで「常識的な人間」を演じていたいのかも知れない。暮れで忙しいのに、過去に死産した患者なんかに訪ねて来られてきっと迷惑だったに違いない。現在通院している妊産婦に気持ちが移っていても当然だ。あの時の助産師さんも、元気にお仕事をされているならそれでいい。春歌のデータを知ることが出来ただけで満足だ。・・・本当は、一言お礼が言いたかった。それだけだ。天使ママたちを取り巻く環境はまだまだ苛酷なんだろうか。どうしたら亡くなった天使たちのことを理解してもらえるのだろうか。誕生死で悲しむ母親がこれからも増えるのは・・・悲しすぎる。
2004年12月30日
今日は医療センターにおいて、栄養指導の日でした。麺類命の伊吹を、いかにその他の食物に興味を持って行かせるか栄養士の方にアドバイスをしていただきました。結論から言うと、色々な食物を食べて違いを楽しむという段階はまだ期待出来ないのでまずは栄養バランスを考えることから始めるということ。ペーストで和えた麺類が好きなら今まで通り与え、一方で麺類と絡めていない、ペーストだけを時折与えるということ大人の食事を取り分けてミルサーなどでつぶせば、とりあえず栄養は問題ないということ。ベビーフードは味が薄くて嫌がるだろうから大人の介護食のレトルトを活用すると時には楽だということ。あと、そういった偏食が多い子は口への刺激が普段少ないから、とも考えられるので歯磨きを頑張れば少しずつ口への刺激に対する抵抗感が薄れるだろうということでした。頑張ろうね、イブちゃん。・・・って、夜の歯磨きをしないまま寝ちゃってるよ(;'A`) ともあれ、今日で子供関係の用事は全て終わり。あとは急病になったりしないよう祈るばかり。どうか頼みますよ。あ、伊吹のアルバム、新たに追加しました。1歳前後の写真は見つからないまま。ウワ~ン、行方不明だ~。
2004年12月28日
今日は久しぶりにゆっくり出来たので、伊吹のウェブアルバムを作成してみました。フリーページ「伊吹」の項目の下に「あるばむ」とあるのがそれです。とりあえず生後9ヶ月まで出来ました。その後の2歳前までのデータ(CDに焼いたもの)がちょっと見つからなくて・・・どこに行ってしまったのか。見つかったらまた続きを作ります。伊吹の0歳の頃の写真、久々に見ました。どちらかと言えば表情に乏しい子だと思っていたけれど、だんだん顔がはっきりしてきたのがよく分かりました。伊吹、お姉ちゃんになったねぇ。
2004年12月26日

久々の日記になってしまいました。約2週間、家族の風邪に振り回され、疲れが溜まってしまったようです。昼間は療育や家事に追われ、夜は眠くなって何も出来ずに就寝、の繰り返しでした。と言うことで近況報告。子供たちの風邪の状況は、伊吹は鼻水、三男は鼻水&夜間の咳・・・のみで、心配するほどではなくなりました。今日はインフルエンザの予防接種にゾロゾロと出かけてきました。これ以上病魔に振り回されたら、私はストレスで痩せてしまいますから。(笑)23日、クリスマスイブ前日。申し込みをしておいた、ベネッセ社の「こどもちゃれんじ・プチファースト」が届きました。ご存知、し○じろうパペットで有名なやつですね。三男のために申し込みました。伊吹のお下がりのビデオを非常に喜んで観ているので前から考えていました。絵本は伊吹に齧られてボロボロ、おもちゃも以下同文。なので改めて新品を。親馬鹿ですか?私もそう思います。^^;だってパペットを見てニコーッとするのが、可愛くてたまらんのですよ・・・今年最後の、昨日の療育施設でのテーマはクリスマスケーキ作りでした。何組かのグループに分かれ、スポンジにクリームやフルーツを乗せて飾りつけ。始めのうちは、飾りつけどころではありませんでした。子供は皆スポンジを触りたがり、フルーツはつまみ食いをしたがり・・・でも途中からは親の真似をしてちゃんと飾りつけをしていました。うちの伊吹ですか・・・?興味がなさそうにソッポ向いてました(;'A`) 来年には一緒に楽しめることを願って。最後に切り分けて、大人はお茶で、子供はジュースでティータイム。私は伊吹の分までいただいたんですが、見事に完食。こんなことをしているから痩せないんだな。痩せる気もないけど^^;三男にも食べさせたかったけど、こんな時に限って到着したばかりの時から帰る時まで、ずーっとお昼寝してました・・・その後、皆でクリスマスの歌を歌った後にサンタさんが来てくれました。推定40代前半のサンタさんです。(笑)それにしても・・・巷のサンタクロースは何故「ふぉーっふぉっふぉー」と笑うのでしょうか。その方もそんな感じでした。不思議。先々週に作った「靴下」の中それぞれに、共通のプレゼントを入れて渡してくれました。アンパンマン号に乗った、アンパンマンとメロンパンナちゃんの指人形でした♪伊吹本人はあまり気に入らない様子でしたが、可愛いんですよ、これが。ちなみに指人形は高さ4~5cmってところです。 イブの夜は、毎年恒例自宅でのんびり過ごしました。私は夕食に何も作らなくていいことになっています。昨年はピザとサイドメニューの宅配。今年は近所にできたジャスコでチキンなどの惣菜を購入。ケーキはジャスコ内の「FLO」(フロって読むの?)というケーキ屋で。いずれもなかなか美味でした。子供たちへのプレゼントは、上から順にGBアドバンスのゲームソフト・本(何と推薦図書!本人の希望)・ガラガラ・歯固め。・・・下二人のは手抜きですね。しかも伊吹に「ガラガラ」って。本人は喜んで遊んでいますけど。10月の誕生日に、うちにしてみたら結構イイものをプレゼントしたのでクリスマスはちょっと。三男も、2月の誕生日に高い出費を考えているのでちょっと・・・来年には二人とも「○○が欲しい!」とか言って、手抜きは出来なくなりそうですね。・・・なるかな?で、考えてみたら、ちゃれんじの教材を三男のプレゼント代わりにすればよかったかも知れません。まあいいや。何はともあれ、メリークリスマス<おーる
2004年12月25日
先週金曜日にお知らせした、春歌の出生体重などを病院で訊ねる件ですが予定通り行ってきました。まだ伊吹たちの体調が思わしくないので、長居は出来ませんでしたが。と言っても、歩いても行けるぐらい近所にある病院なんです。週に一度ぐらいは通りかかるものの、思わず顔を背けて足早に通り過ぎる場所でした。正面入り口をくぐってから人々でごった返す待合室、病棟へ続く廊下、喫茶室、売店・・・どこを見渡しても、あの時過ごした数日間がよみがえり何とも言えない気分になりました。伊吹と三男を二人用のベビーカーに乗せて歩くので、どうしても注目を浴びるのですが(皆さん、双子だという固定観念を持つようです)その視線でさえ辛いだけで。責められているみたいで・・・決してそんなことはないのですが。廊下の果てにひっそりとある、事務室に通されました。先日電話で応対してくれた事務員の男性が書類を持ってきて、春歌の身長・体重・胸囲・頭囲・出生時刻及び死亡時刻・・・以上、私が前もってお願いした内容を伝えてくれました。書類(カルテとは異なるものだと思います)を手にとって見ることは出来ず、口頭で伝えてくれたことをメモするだけでした。まあ、仮に体重などを偽って伝えたところで何の利益もないでしょうからその点は信用出来るし、何ら不満はありません。事務の方の印象も、やや事務的であったものの丁寧でしたし。でも・・・「出生時刻=死亡時刻」だったんです。春歌は午後2時6分に心音停止状態で生まれ、その後人工的ではあるけれど「蘇生」しました・・・その間、約3時間・・・だったと記憶しています。最期を抱っこして看取ったのは夕方の5時を回った頃だったかと。つまり、医学上または生物学上、私が何と思おうと娘は「死産」で死んだままだったということです。こう、書類にあったということに対し、抗議したりするつもりは皆無です。私がしたいのは、すぐ上に書いたことと逆のことを言いたいということ。つまり、事実上「死産」であろうが何と言われようが春歌は確かに息を吹き返し、頑張って短い命をまっとうした後私の腕の中で天使になった・・・と。お礼を言って事務室から出た私は、たった今知った娘の身体の重みを何度も反芻し他の子たち同様、脳にしっかり刻み付けました。体重2438g 身長45.5cm胸囲29.0cm 頭囲32.cmこれが長女・春歌の重みです。命の重みです。ここの病院が辛い思い出の場所であることには変わりないけれど、今私に見えるのは「冷たくなった春歌を抱く、自分の亡霊」でなく「春歌と限りある時間を過ごす、微笑んでいる自分」・・・ほんの少しだけ、そう思える気がします。フリーページの「春歌」のページを、若干編集し直しました。お暇な方はご覧下さいませ。と言っても、急いで直しただけなので中途半端ですが。
2004年12月20日
やっとほとんど回復してきたように見えたチビ二人。がっ!!お次は咳が出てきやした・・・鼻水も健在。三男は午後の昼寝から覚めてから、伊吹は夜になってから発熱。伊吹はそう高くないのですが、三男は38度を超えました。平熱が高め(37度)なのであまり心配するほどじゃないかもですが、数値で見るとショックですよね。りんごジュースやおかゆを与え、今は冷えピタを貼って寝ている三男です。何が一番辛いかって、今までも書きましたが、言葉が出ないから要求が分からないこと。三男は比較的機嫌がいいんですが、伊吹は定期的に悲しそうな声で泣くんです・・・いつもは指しゃぶりで落ち着くところを、それもしないで私を見つめて泣くんです。辛抱強く抱っこしていると落ち着いてくるんだけど、それが一日に何度も・゚・(ノД`)・゚・。でも、ここ1週間で伊吹が表情豊かになってきたという気も。普通は逆ですよね。具合が悪いと無表情になると思うんですが。食事を差し出す時は器をじっと見ているし、抱っこして欲しくて?泣く時はしっかりと私の目を見てくれている。伊吹としてはすごい進歩なんですね、これでも。一体何が伊吹を変えたんだろう。それだけ具合が悪いってことかな?精神的に「参っちゃうなモー」状態の私ですが、そんな発見をしてちょっぴり微笑むことが出来たのでした。
2004年12月19日
私は、ここ楽天に自分のHPを持っていることを夫には話していないのですが(いやぁ・・・夫の悪口が書けないじゃないですか)、長男には私が楽天の管理ページを開いているところを今日覗かれたので流れで「お母さんはHPを作っている」と話してしまいました。「すげー!」と長男。更に、写真やアイコンの貼り付け方を訊いてきたので、タグというものを入力するんだよ、とか、ブログの仕組みなどを教えてやったところ「いいなぁ。俺もHP作ってみたいな」だって。そりゃあ、昨今は小学生だって大人並の知識を持つ子も沢山いるだろうけど。お前・・・書くネタはあるのかい?テーマを考えて趣向をこらし、ネチケットを理解し・・・などHPを運営するのは大変なんだよ、ブログならそれほどじゃないけど。と説明したけれど、どこまで理解したのやら。新しいものになら何でも飛びつき、飽きる時はスパッと飽きる長男。HP開設はまず無理だろうと思うけれど、彼の場合は個人情報をいとも簡単に漏らしそうなので、まずはネチケットから教えないといけないです。ま、明日にはその熱も冷めているでしょうけれど。本日の伊吹。今朝は夜泣き(朝泣き?)で起こされました。お腹が空いていたのか他の理由があるのか分かりませんが・・・食事量やや大目、ミルクは約50cc×三回。何度かジュースの類も美味しそうに飲みました。三男と一緒におもちゃを散らかす数も増えました。それでも時々潤んだ目をパッチリ開け、ボケーッとした表情も見られます。そのウルウルした瞳が可愛いわけですが。(親馬鹿上等)少しでも確実によくなって来ていると思います。
2004年12月18日

伊吹が、今日になって久々におもちゃを手に取りました!朝食後におもむろにおもちゃ箱に近づき、タンバリンのおもちゃで遊び始めた様子。「うお!イブちゃんが遊んでる!」と、声を上げてしまいました。この姿を母は待ちわびていたのだよ。あまり長時間は続かず、すぐに絨毯の上に寝そべってしまいましたけど。でも・・・ようやく半分ぐらい一安心です。念のため小児科に連れて行ったら、「水分を積極的に摂らなくても、食事の中に水分は含まれているんだからあまり心配しなくていい。ミルクを飲みたがらないのも鼻がつまっているからだろう、時々鼻の掃除をしに来て」とのことでした。三男が未だにおとなしくて心配でしたが、徐々に治るそうです。確かに、少しずつ元気な二人に戻りつつあるかな?二人とも今日は一度もウンチが出ていないのがかえって気がかり・・・下痢止めを飲みすぎたか?夫は今朝仕事に行きました。しかし、夜遅くに帰るなり「今度は胃にきた・・・」気分の悪さが後を引いているようです。それでも頑張って仕事をしてきたみたい。~~~~~~~~~~~~~~~~話題はガラリと変わります。4年前に“長女”春歌を死産した時に、出生体重などが記載された母子手帳を何をトチ狂ってか、一緒に火葬してしまった私たち。なので春歌の正確な数値のデータは全く記憶に残らず(メモもしなかった)今までずっと後悔していました。きょうだいたちの出生体重は一人一人覚えているのに、あの子のだけ知らないということが私の心を責め続けていました。身長や体重を正確に知ったところで、別にどうということはないのですが知ることが出来る事柄はなるべく知っておきたいと思い・・・死産後暫く経ってから「病院に訊いてみようか」「でも出来ない」と、自分ひとりで押し問答を繰り返していました。だって・・・怖いのです。「『そんなことを知ってどうするんですか』と責められたら」「言いがかりを付けに来たのでは、と思われたら」「(総合病院ゆえ)受付をたらい回しにされたら」「カルテそのものが消失していたら」そして・・・春歌を見送ったあの病院へ足を運ぶことの不安。他の天使ママたちに相談しようかと何度も思いました。が、実行するのはあくまでも私自身。自分で自分の背中を押すことに決め、今日の午後、病院に電話しました。電話口で開口一番、どう切り出すかもシミュレーションしておきました。いきなり「4年前に死産した者ですが・・・」では引かれそう。そうだ、「“出産”した者ですが、母子手帳を紛失してしまったので正確な出生体重などのデータを知りたいのですが」にしよう。嘘は言ってないわけだし。その後に事情を説明すればいい。産婦人科窓口から事務の方に回された私は、そのように説明しました。そして「事務的な書類などに書くわけではないのですが、私の気持ちの整理をつけるつもりで今更ですが教えていただこうかと思いました」と付け加えました。事務の方は、どう思ったかはともかく、快く承知して下さり「では来週の月曜日にでもお越し下さい」と。当たり前でしょうけれど、プライバシーの都合上、身分を証明出来る物を持って直接出向かないと教えられないそうです。というわけで、月曜日に病院に行ってきます。4年前の今頃は、義母が肺癌で入院していた所でもある病院。待合室のクリスマスツリーは今年も飾ってあるのだろうか・・・結局は私の考えすぎだったわけで、読む方によっては一体何を悩んでいたのか理解出来ない方もいるでしょう。でも、私にとっての最大のトラウマなのです。産婦人科の窓口まで行かずとも、事務の窓口で済むみたいでよかった・・・産婦人科の待合室にズラリと座る妊婦や、1ヶ月健診らしき赤ちゃんのことは直視出来ないと思うから。よそで見ても全然平気になったのに、あの病院の、あの待合室、産科病棟、新生児室・・・今も駄目です・・・これからも多分・・・春歌の、ではなく、悲しみのどん底で佇む自分自身の亡霊を見るような、そんな気がするから・・・
2004年12月17日
本日の伊吹と三男の症状。三男・・・下痢、一日で3回程度。忘れたころに出る。ミルクはいつもの量、離乳食は普通のおかゆを食べるようになる。ハーゲンダッツのアイスを初めて食す。気に入った模様。イオン飲料は飽きたのか、全く飲んでくれない。伊吹・・・下痢は昨日から止まる。朝、ミルク100cc昼、あんかけうどんを子供茶碗に半分ちょっと+ヨーグルト+ミルク50cc夜、あんかけうどんを1杯半、ミルクは拒絶。嘔吐は二人ともなくなりました。しかし三男の下痢にも困るし、伊吹の不機嫌にも困ります。でも、数日振りにまともな?食事をしてくれた伊吹。ミルクにはそっぽを向き、うどんに抵抗なく口を開けた姿に驚いた私。嬉しかったですよ。食べてくれるのがこんなに嬉しいこととは。反対に、夕食時などミルクを一口も飲まなかったのがかえって心配だったり。このまま離乳をあっさりしてくれればいいのだけど、そう上手くはいかないだろうな。しかし、相変わらず床や布団でゴロゴロしては時々泣いてグズります。夕方には熱も少し出てきちゃって・・・ああ、その前に、お昼前に夫から電話。気持ちが悪くて熱も出てきたから、仕事を切り上げて帰るって・・・夫よ、お前もか!!!そりゃあ、うつっても不思議じゃないよな。夜には下痢が始まったそうで、何度もトイレに立てこもってました・・・寝込むほどではないんですが、布団に入って真面目に寝ております。明日には治るかな?母ちゃん、もう疲れたよ。病人は子供たちだけで十分ですわよ。
2004年12月16日
ここ二日間、PCから遠ざかっていました。三男、伊吹の順で始まった胃腸炎を伴う風邪が長男にもうつり、さぁ大変。長男は丸一日で治った様子で、今日は学校へ行ってきましたが三男と伊吹の下痢は、下痢止めを飲んでも芳しくなく今日も忘れた頃に垂れ流している始末・・・(汚くてすみません)一日中あまり目を離せず、オムツ交換ばかりしてその日が終わる、という感じです。今日はだいぶオムツの消費数も減りましたけどね。三男は(始めからですが)食欲はまあまあで、ベビーフードの粒の細かいパンがゆなどを食べています。ただし上手く飲み込めないようで、少しずつ。薬もお湯でのばしたのを、スプーンで嫌々ながらも飲んでくれます。TVは好んで見るし、おやつのせんぺいやクッキーは相変わらずよく食べるし今夜になってやっとおもちゃで遊び始めました。問題は・・・伊吹で。昨日まではイオン飲料とミルク(いつもはフォローアップですが栄養不足なので三男の乳児用ミルク)100ccを一日3、4回は飲んでいましたが今日になってからは、ずっと水分もミルクも一切嫌がり、泣いてグズるだけ。午前中に病院へ行き、食欲増進などの効果のある薬をもらってきたのですが薬を薄めるミルクなど自体を嫌がるので薬も飲めず。そう、伊吹には薬はいつもミルクに薄めて与えているんですよ。効きにくくなるということは分かっているんですが。水分をゴックンと飲み込むことが下手であること、スプーンを嫌がること、これと決めた食物以外は受け付けないこと・・・以上の理由から。これは・・・飲み薬云々より、早く点滴をしてもらうべきでは、と真剣に思い始めていました。夕食の時間が終わった頃に目を覚ました伊吹に、薬を与えるためのスポイト(今日買ってきた)で夫と二人がかりで薬を飲ませることに成功。・・・そういうスポイトを早く買えばよかったんですが。その後、ミルクを飲ませようとしてもまたワアワア泣いてグズるだけ。それまで膝の上に座らせて飲ませようとしていた私ですが、ふと思いついて食事時に使う、専用の椅子に座らせてみました。・・・やっと、丸一日ぶりに飲んでくれました・゚・(ノД`)・゚・。伊吹が一日中訴えていたことは、多分こういうことでしょう。「椅子に座って飲みたい」赤ちゃん扱いされたのを怒っていたのかも知れません。しかし、指差しもまだ出来ない、もちろん言葉も発しない、視線も定まらない、そんな知的障害児である伊吹。親の私たちにも分かりませんでした・・・イブちゃん、ごめんね。お腹空いて辛かったんだよね。いつものようにお椅子に座って飲ませてもらいたかったんだよね。気づいてあげられなくてごめんね・・・少量とは言え、ほぼ飲み干してゲップをした伊吹を抱きしめ何ともやりきれない気持ちになりました。「障害児の親」という自分の立場を、改めて思い知らされた気がします。こうした、言葉が通じないことで辛い気持ちになる時期は、健常児の親にもありますが「いつか必ず終わる」と思えるから希望が持てる。うちの場合はどうなんだろう。1年後には、3年後には、10年後には、「あの頃は大変だったなぁ」と笑って振り返られるのだろうか?「今じゃこんなにお喋りになっちゃって」と苦笑出来るのかな。う~ん暗くてすみません。でも、これが今の私の正直な気持ち。で、今日という日に限って夫は「床のワックスがけをしよう」とか提案するし。綺麗好きなんですね、私よりも。我が家が綺麗、と褒めて下さった方がいらっしゃいますが夫の綺麗好きのお陰で保てているようなものです^^;自分の仕事が休みの日には、暇を見つけて掃除しています。そう言われても、伊吹を抱いてウロウロしてばかりでいた私を見て(布団に下ろすと泣くので)怒り出した夫。喧嘩になりましたよ。最悪・・・その後、わざと一つも手伝わずにいた私を見て、少しは何か思ってくれたのか今日オープンしたばかりの近所のショッピングセンターでも見に行ってくれば?と、送り出してくれました。自分の靴下と靴、合計1950円というショボイ買い物をしただけでしたが結構ウサ晴らしになりました。たまにはやってくれるじゃん、夫よ。ありがとね。今現在は伊吹と三男、揃って眠っております。夜中に何度かグズられるけど、寝付いてくれてようやくホッとします。
2004年12月15日
バッチィ話がテーマなので、お食事中の方は閲覧を避けて下さい(;´Д`)参りました・・・始まりは先週金曜日の夜中。隣で寝ている三男が不可解な咳をしたかと思ったら、「ゲロゲロゲロ~」・・・未消化の食物が多数入っているモノを吐いてしまいました。ミルクをちょっと出しちゃったとかのレベルではなく、明らかに具合が悪いから、らしい。本人は顔中○○まみれになりながら、平気で眠り続けましたが・・・朝、離乳食とミルクを摂って暫くしてからもミルクを少し吐いてしまいました。でもその後はケロッとして遊んでいたので、「出すものを出してすっきりしたのかな?」と、少し心配ながらも伊吹の療育施設へ。それがいけなかったんですねぇ。施設でのおやつの時間のどさくさに紛れて、お昼のミルクを飲んだ三男。その後の設定遊びの時に抱いてくれていた先生共に○○まみれ・・・先生は「(三男)くんと先生はクサイ仲~♪」と、サラリと流して下さって恐縮。そして帰りの車中。運転の真っ最中に、見事にやって下さいました。「ゲェ~ロゲロゲロゲロ~」「!!!」そりゃもう滝のような(以下自粛)チャイルドシートと三男の身体は地獄絵図。それでも平気な顔をして座っている三男でしたが、午後一番にかかりつけの医院に。胃腸に来る風邪だそうですが、吐いているということはもう治りかけているとか。今度は入れ替えに下痢をするようになり、それが暫く続くだろうと下痢止めの薬だけもらいました。その通り、車中で吐いた以降は気になる嘔吐はなくなり、下痢がやってきました・・・翌日(昨日)の昼。お次は伊吹のゲロッパが始まりました。吐いて下しながらも食欲はある三男と違い、すっかり食欲を無くし夜遅くまで飲まず食わず状態。夜中に目覚めたところにイオン飲料を与えてみたところ、美味しそうに100cc飲み干した伊吹。翌日(今日)はミルクとイオン飲料で一日生き永らえました・・・具合が少しでも悪いと、食べ物は一切受け付けずミルクしか飲まなくなってしまうので。下痢止めの薬を三男と共用したのですが、もう無くなることだし明日早速医院へ行ってきます。現時点での二人。熱はなく嘔吐も大体治まり、主な症状は下痢・食欲不振。三男は食欲はまあまあですが、ご飯ものは嫌がるので柔らかいうどんを与えています。日中は揃って絨毯や布団の上に寝そべり、黙ってゴロゴロしていました。この二人がいながら、おもちゃが床に散らからない不思議。おもちゃで遊ぶ気力もないようです・・・上の二人の息子は別の部屋でDVD鑑賞。子供が4人もいながら、この静けさってどうよ?って感じでした。で、実は具合が悪かったのはこの二人だけにとどまらず。私自身も一昨日の午後から翌朝まで、胃のむかつきと微熱、関節痛に悩まされました。一緒にもらった薬が効いたのか、すぐに治ったようですが・・・もうね、気分の悪さと言ったら、三男妊娠時のつわりを思い出し懐かしくなってしまったほどで。何年ぶりだったろうなぁ、風邪を引いて医者にかかるの。こういうのを鬼の霍乱て言うのかなぁ。家族中が風邪を引いても私だけケロッとしていたのが普通だったのですが油断大敵ですね。気を抜いたらいけないですねぇ。先日の日記へのコメントやアクセス、皆さんありがとうございます^^お返事は少しずつしていきますので、暫しお待ち下さい。はぁ・・・明日こそはゲリッピもよくなっているだろうか。
2004年12月12日

今日は一日中どんより&冷え冷えな天気で憂鬱でした。昨日からの洗濯物がやっと乾き、今日の分の洗濯物は近くのコインランドリーへGO!今時のああいうところの乾燥機はすごいんですよね。大きなドラム型の機械で、30分もあれば6人前のものがほとんど全て乾いちゃう。1日も2日も乾かないような天気だと、すぐに利用してしまいます。結構お金が馬鹿にならないけど(約30分400円)、乾かないストレスよりマシ。さて、タイトルの件ですが・・・カメラを向けられても興味を示さない伊吹。当然カメラ目線などするはずもなく、撮影時には苦労を強いられます。療育手帳用の写真を撮る時にはほとほと参りました・・・パスポートみたいに基準が厳しいわけではないけれど、一応は真正面を向いた写真を使いたく、小一時間カメラを向けっぱなしにしました。撮影枚数は50数枚・・・デジカメだからよかったようなもの。結局はカメラ目線は無理でも、「顔を上げている」写真が撮れました。↓療育手帳に使用した写真。当時2歳7ヶ月です。 つい先日も正面を向いた写真に挑戦してみました。結果はまたしてもカメラ目線にはならず・・・しかしまぁ、見てやって下さい。↓黒目がとても大きいんです、この子。長男もどちらかと言えば大きな目ですが、伊吹には及ばず。両親のどちらにも似ていないこの目。一体誰に似たのやら?!奥二重なのがちょっと惜しい。二重ならもっと大きく見えたんですが。伊吹のチャームポイントだわ♪と、親馬鹿の会会員(@すずママ)の私は思う次第であります。これでも1歳過ぎの頃には、カメラを向けるとすごく笑ってくれたんですけどね。当時使っていたカメラ付き携帯のメモリーにいくつも残っています。どうしたわけか当時でも、デジカメで撮った方はカメラ目線のはなかったので、最高の笑顔の写真は古い携帯の中だけ。で、古いのでメモリースティック仕様ではないのでデータをPCなどに転送出来ないんです・゚・(ノД`)・゚・。その当時の笑顔は、私の心の中にしっかと記憶していますがやっぱりデータとしてしっかり残したかったなぁ・・・今は今で、とても可愛いけどね( ^ー^)
2004年12月09日
お気に入りの(て言うか必要悪)「パスタ」弁当を持ってOTの日~。今は、ある程度の長さがある麺類全般しか口にしないのをどうにかすべく、一部を裏ごしして麺の質感から遠ざけたものを織り交ぜながら与えています。麺と一緒に裏ごししたのを口に突っ込む、といった騙し作戦から始めると、何口目かには裏ごししたのだけを口に入れても食べてくれるようになります。でも、スプーンやフォークを使うと絶対に食べてくれない。もう一つの好物・ヨーグルトはスプーンOKなんですけどね。(そりゃ箸じゃ無理ですわな)どうしてでしょうね?箸の方が口の奥まで届くからかな。OT終了後は間髪を入れずPT。現在私の手を取って前進歩行が出来るレベルである伊吹。椅子に腰掛けさせ、2,3歩先の所にテーブル、その上にはおもちゃを置いて誘導、支え無しに歩く練習をさせます。大抵思惑通りに頑張ってやってくれるのですが、かったるくなるのか、楽をしたい、されどテーブルの上のおもちゃでは遊びたいということで一旦床に手を着き、つかまり立ちの姿勢からおもちゃを取ろうとズルをすることも・・・でも、偉いぞ。悪知恵?を覚えたなんて、お利口さんです。その後は前回同様、歩行器を使って歩行訓練。身体の横のバーを握って歩きました。それも何メートルか分からないぐらい沢山沢山歩けました!つかまる場所が身体の前ではなく、サイドでも大丈夫になってきたということ。しかも、歩くこと自体を楽しんでいる様子でした。Xデー(初・自力あんよ)は近いかな?
2004年12月08日
奥の歯茎が腫れているので歯科に通いだしたはいいのですが腫れが引くまでは歯石を取るということになり、今日は初の歯石取りに行きました。なんせ5年ぶりの歯科。恥ずかしいことですが、歯石も相当溜まってたようで(汚い)・・・歯科衛生士さんも苦労していたようです。ヤスリ?で歯の間をギコギコガリガリ削られ、歯茎から鉄のカホリ(血)が・・・お陰で、すっかり忘れていた歯と歯の間の隙間が出来ました!(゚∀゚)しかし・・・歯がツルツルになったのは確かにいい。でも、未だに続く、この嫌~な違和感は何なのでしょうか。痛みではなく、歯と歯の間ぐらいにある、何ともうざい違和感。一晩経てば慣れるのでしょうか。そうそう、親知らずは抜くことに決めました。歯茎の腫れは定期的に消毒に来てもらい、隣の歯に汚れが溜まらないようマメにブラッシングすれば問題ないのだけれど、やはり虫歯にはなりやすい。根本的な治療にはならないと言われまして。陣痛の痛みと、どちらが辛いか経験してみることにします(;´Д`)夕方は小5長男の個人面談でした。話をした結果、思わず肩を落とし帰途についた私。実はですねぇ・・・長男は1年ほど前、「学習障害」の可能性を医師から指摘されたのです。正確には「可能性がある」ではなく、「学習障害、またはその周辺の可能性あり」という言い方だったのですが。つまり、はっきりと診断名があるわけでなく、あくまでも学習障害に近いかも、という程度。それから暫くはOTを受けたり、市の教育相談室というところで訓練を受けたりしていました。最近はすっかり落ち着いたように見えたので何もしなかったのですが、それがいけなかったのかどうか・・・長男の症状としては、・人が口頭で伝えたことを即座に理解できない。・黒板など、自分から離れたところに書かれた文などを書き写すのが苦手。・両手をそれぞれ異なる動かし方をするのが苦手。・物事を忘れやすい。(忘れ物や多い・約束事を忘れやすい)・・・まあ、こう書くと「そんなのうちの子だってそうだよ、至って普通じゃないの?」と思われるかも知れません。私もそう思ったことは何度もあり、つい昨日までそう思おうとしていましたが今日の面談でまたマイナス志向に戻っちゃった感じです。曰く、個々で学習する授業内容(漢字の書き取りや計算問題など)は意欲的だし普通に出来るがグループ学習や委員会、掃除など、集団で行うことが上手く出来ない。自分の話したいことだけを放っておけばいつまでも話し続け、しかも同じ内容を繰り返し、人の話は聞こうとしない。委員会での自分の当番日は何度も忘れ、迷惑をかける。そういうことを指摘されるとカッとなり、大きな声で反発する・・・忘れ“物”が多いというだけの段階なら自分が困るだけなので別にいいとも思っていましたがこうして回りに迷惑をかけるようでは、親として心配で仕方ありません。だからと言って、口を酸っぱくして注意すれば反抗期も入ってきているのでうるさそうにするだけ。放任主義にすれば、自滅するだけなんじゃないかと。今まで夫婦でそれなりに方法を見つけ出そうとしてきたものの、意見がお互いに食い違って、長男の前では二人で全然違うことを述べてみたりしたのでこれもいけなかったんですね。今後悔しても、取り返しのつかないことも沢山ありますが・・・「今、長男のために出来ること」を今後はやっていきたいと思います。学校側でも、「この子はこういう子だから仕方ない」と悪い意味ではなく、しっかりと認識してフォローしてくれているようです。とりあえずは、また教育相談室の馴染みの先生に連絡を取ってみます。
2004年12月07日

・・・へ行ってきました。今年は私の母も誘い、子供4人わらわらと連れて参加。夫は仕事。て言うか、苦手なんですね、こういうの。母はダウン症者といったら自分の孫しか知らないんで、大きくなったダウン症者の様子を見てみたいなというわけで・・・毎年催し物は少しずつ異なり、昨年はバンドを呼んで音楽を楽しみましたが今年は芸人さん・・・と言ったらいいのか分かりませんが子供たちを相手にパネルシアターを見せてくれたり歌を歌いながら風船で色々作ってくれたりしました。・・・と書くと、ずいぶん子供だましな催しという感じがしますが大人が見てもハイレベルで楽しかったです。おっと、その前におおよその年齢別に出し物をしたのですが伊吹含め就園前の子供たちは『きらきらぼし』などに合わせて家にある楽器を自由に持ち寄り、『合奏』しました。実際には『合奏』とは名ばかりで、めいめい好き勝手に楽器で遊んだりその辺をハイハイしていたり、泣いていたり・・・ 前列(子供)向かって右から二番目の子が三男、一人置いてその隣が伊吹。後列(大人)右から三番目が私。・・・いや、粗悪な写真で分からないですわな。長男に撮影を頼んだのですが、やはり子供ですねぇ。ステージでの写真は、全てこんな感じになってしまいました。お粗末。一応、子供たちはサンタっぽい衣装を着たんですよ。↓帽子は靴下と同じくらい大嫌いな伊吹。サンタ帽は被らず残念。 ↓三男。帽子がブカブカです。 その後の就学前の子供たちの出し物は、お名前呼びの歌で、発音はちょっといまいちながらもしっかり自分のお名前を言えていました。小学生たちは、『おおきなかぶ』の物語をアレンジしてそれぞれ自分のなりたいキャラに扮してかぶをひっぱり、立派に劇をしました。中学生~成人は手話で『赤鼻のトナカイ』の合唱。楽しくて、和気藹々とした空気が流れました。親同士のプレゼント交換も行いました。私は先日、ロフト内の"Candy A Go-Go"というお菓子屋でクリスマスにちなんだお菓子を選んで詰め合わせにし、それをプレゼントにしたのですが、包装が透明の袋だったので今朝、急遽手持ちの包装紙で上からカバー。だって中身が丸見えじゃ面白くないと思って・・・その小学生の工作のような、稚拙な包装がいけなかったのでしょう。私のプレゼントと他3点ほどは売れ残り、回収されてました・゚・(ノД`)・゚・。人数分しかないはずなのに、何故余る?一生懸命選んだのに、何てことでしょう。あれ、結局どうなったのかな。ま・・・まさか捨てたりしてないよね。すごく心残りです。ラッピングには気を使え、ってことですね。休憩時間、顔見知りの方々と少し話が出来ました。夏に一泊旅行をしたのですが、その時の顔ぶれもほとんど来ており懐かしくて嬉しかったです。高校生の女の子、中学生の男の子・・・彼らには斜に構えたようなところが全くと言っていいほどなく、特にある男の子は本当に礼儀正しく、優しい目をしていて素敵なんです。また一緒に遊びたいね、と話しました。サンタクロースも会場にやってきてくれました。上の子たちも、芸人さんの催し物を見る時と、この時は大喜び。年齢に応じた中身のプレゼントをもらい、満足な様子。最後に、天使の格好をした二人の子供がキャンドルサービス(蝋燭じゃなくてペンライトを使う)を行うところはロマンチックで可愛かったです。パーティーは3時間でしたが、本当にあっという間に終わってしまいました。催し物盛り沢山なのはいいんですが、もっとフリータイムということで色々な人とお話する時間が欲しかったなぁ。母も、もっとそうしたかっただろうに拍子抜けだったかも。ここで愚痴っても仕方ないんですけどね。ところで、中学生~成人の出し物の参加者に一人スーツを着こなし、驚くほど明瞭に自己紹介をした青年がいました。そのお母さんとは話をしたことがあるんですが、T田くんという青年。昨年もやはりスーツ姿で、かっこよくダンスしていた様子が印象的でした。帰りに後片付けをしていたら、何と向こうから私に話しかけてきたのです。「はじめまして、僕T田○○と言います。(私に掌を向けて)何ておっしゃるんですか?いやぁ~お若いですねぇ^^」ステージでの印象からして、彼がかなり賢そう(こう書くと失礼かも知れませんが)とは思っていましたが、あまりにも自然な挨拶と仕草にびっくりし、ドギマギしてしまった私。しかもお世辞付きですよぅ・・・^^;おばちゃん照れちゃうよ。お母さんから、彼が社会人でしかも数年経っていることを聞いていたはずなのに何故か彼に向かって「高校生・・・でしたっけ?あ、ごめんなさい。社会人なんですかー。1年目ですか?」と、失礼極まりない阿呆発言を繰り返してしまいました。高校生と思ったのは顔が童顔だからで、フレッシュマンだと思ったのは文字通りフレッシュで生き生きした感じに見えたからで・・・ごめんなさい。気に障らなかったらいいのだけど。T田くんと、もっとお話したかったなぁ。ダウン症者として、とかではなく、一人の青年として。はっ・・・これは、もしかして恋?!←(違)でも、本当にまた近いうちに、T田くん始め沢山の人と話がしたいです。パーティーも楽しかったけど、日常として彼らとお付き合いがしたい。そんな炎を心に灯してしまった私でした。
2004年12月05日
夫にバリカンで丸刈りにされ、最近ようやく頭があまり寒々しくなくなってきた坊主。生意気にも寝癖がつくようになりました^^;表情や仕草は益々豊かになり、人が食事をしていれば口をモグモグさせて「マー!」と発語?するしネェネ(伊吹)に乗っかられて「ヒィィィ」と助けを求めるしそれを見て爆笑するばかりで助けようとしない母(私)。ここ1週間かそこらで、「怒り」の表現をマスターしました。足を投げ出して床に座り(まだ正座が出来ないというのもある)両手を前の方に出して勢いよくバン!バン!と床を叩くのがそのジェスチャー。「ヒアァァ!」という奇声がもれなく付いてきます。こっちにガンくれてます。お前・・・それで精一杯威嚇しているつもりだろうが・・・怖くないぞ!つーか可愛すぎるぞ!(←馬鹿)床を叩いているときの丸まった小さな背中は思わずナデナデしたくなります。こうしてネェネのことを追い越していくんだろうなぁ。心の豊かさや感情の中身は、二人とも同じぐらい沢山あるだろうにそれをほとんど苦もなく出せる三男。知的ハンディによって、心の引き出しに沢山秘めちゃう伊吹。三男の成長は泣けるぐらい嬉しいのに、片やとても複雑な心境だったりします。こうした思いは、きょうだいのいるダウンちゃんの親御さん共通の悩みでしょうかねぇ・・・
2004年12月04日
障害児療育施設、S園の日。今日見学に来た女の子が、またまたダウン症児でした。前回見学に来た子も親の会で一緒だし、その少し前に入所した男の子もダウン症児。なんかねー・・・増えてんのか?!というぐらい回りはダウンちゃんが多くなって参りました。ダウン症発生率はざっと1000人に一人というけれど最近は環境の変化か何か(?)で確率が多くなってるのでは・・・と思ってしまうぐらい。今日来たのは、伊吹の丸々一つ年下の、目の大きな可愛い女の子です。とても上手に歩いていました。お名前呼びでもお返事が出来ていたし、楽しい時には手を叩いて喜びの表現が出来るし見ていてこちらが楽しくなってしまうような子。聞けば、我が家からとても近くに住んでいるそうで・・・多分まだ20歳そこそこの若いママだけど、仲良くなれるといいな。来週から来てくれるだろうか。親の会の会報に「新入会員の紹介」のページがあったり、今日のように新しい出会いがあったりすると喜ぶべきか悲しむべきか分からなかったりするのですが・・・この場合、喜んでもいいのかなぁ?例えばこれが、告知されたばかりの親御さんに向かって会えて嬉しいです!とか言っちゃったらやはり駄目でしょうけどね・・・ただの「ママ友」とお気楽に育児の話をするのとは違う気もするし、何か難しい気がします。
2004年12月03日
遺伝科などでお馴染みの医療センターにて、「発達外来」を受診してまいりました。伊吹に対する目下の悩みは、とにかく麺類(+ヨーグルト)しか食べないこと。では栄養指導を受けてみては、とのことで遺伝科から紹介されたのでした。専門医は、物腰のとても柔らかい、紳士な先生でした。今の伊吹は、興味の範囲が非常に狭いということでそれは食べ物にも言えること。まずは伊吹が喜ぶことを沢山してあげることで、少しずつ興味の幅を広げていきましょうとのこと。つまりは、伊吹のペースに付き合って焦らずやっていこう、ということでしょうか。また、先生からこんなことを言われました。「紙を齧ってしまうとのことですが、海苔なんかは与えてみたことはないですか? 紙の感触と似ているものから試してみるといいですね」海苔!!なるほど・・・何故今まで気づかなかったのでしょう。喉に貼り付けたらどうしようと思い、今まで試したことがありませんでした。目から鱗とは、正にこのことですね。早速やってみます。診察が終わって廊下を歩いていたら、親の会の知り合い2組とばったり会いました。我が子がダウン症と分かってからは、世間一般のダウンの人をちょくちょく見るような気がしていましたがそれにしても病院で知り合いに会うというのはすごい偶然だと思います。
2004年12月01日
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