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August 25, 2005
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当時、何故、ザクセン公アウグストは、それほどまでに錬金術に執心したのでしょう。勿論、人間は金が好き。富はいくらあってもよい。しかし、彼には、逼迫した事情があったのです。まじで、財政困難だったのです。人一倍見栄っ張りだったことは、彼のあだ名が、”スタルケ=強精王”であることからも伺えます。

彼は、何で有名だったか。
これが、彼の居城、ツヴィンガー宮殿の地下室です。すごくない?おびただしい中国の壺でしょ。



17世紀、イギリスの東インド会社を通して中国や日本の白い磁器がたくさんもたらされました。多くの小国家に分裂していたドイツでは、各国王や貴族たちが、競争でそれらを集めました。

この感覚は、子供のXXレンジャーコレクションみたいなもの。
一杯持ってるヤツが、強いヤツなのです。
しかも、ただ、持ってるだけじゃ、駄目。飾り方も、アピールの材料でした。
東洋の陶磁器を持つことが富と権力の象徴なんて、今考えると滑稽ですが、彼らは真剣だったのよね。

そして、集めれば集めるほどお金がかかるので財政難に陥るという悪循環。


東インド会社に、支払いをしなくてすむ。
好きなだけ、白い磁器を所有ことができる。
うまくいけば、その磁器を他の諸侯に売って、大もうけできる。

これは、国家的事業として最高の企画です。
アウグスト大王の目が、ギロリと光ったのは、言うまでもありません。

さて、一口に陶磁器といいますが、陶器と磁器は、どんなちがいがあるのか。また、なぜ、ヨーロッパでは、磁器が焼けなかったのでしょうか。

簡単にいうと、陶器は、柔らかく、低温で焼き上げたもの。
磁器は、硬く高温で焼き上げたものなのです。

中国にカオリンという、真っ白な土の山があります。その、カオリンの土を使って高温で焼くと、叩いた時澄んだ音の出る磁器ができるのです。

しかし、ヨーロッパでは、当時、このカオリンが発見されてなかったわけ。油田の発見を待つように、人々は、カオリンを探していました。

そして、ベトガーは、どうなったか。

アウグスト大王は、実験内容の漏洩を防ぐため、彼をいくつもの城塞に隔離し、さらに研究に研究を重ねるよう命じました。 

1707年11月、彼は、最初の手掛かりとなるヤスピス磁器に成功しました。これはまだ東洋の透き通るような白いものではなく、日本でいう〃べんがら〃を含んだ土であったため、肌は赤黒いもの。しかしこの技法はすでに、オランダ、イギリスで完成しており、彼はさらに実験を積みます。

そして、遂に、1708年1月15日、彼は窯からでてきた7種の磁片のうち、白く、透明感に溢れる3片を発見しました。彼が、26歳の時です。

私は、この頃のベトガーの焼き物を写真で見ただけですが、厚手で茶色の壺に色彩を施したもの、黒い壺に花を描いたものなどで、決して美しくはありません。しかし、彼の苦労を考えると、こういうものを何千も作っては壊していたわけで、なんだか、可哀想。自分が作りたくて苦労している芸術家とは、明らかに違うものね。

中国茶器、宜興の茶壺 【朱泥茶壺】 180cc 


ベトガーの作品は、楽天では勿論売っていないので、写真がないのですが、上の中国茶器は、1710年に彼が作ったものとよく似ています。こんな茶色のこんな形の焼き物に、極彩色の花と鳳凰が散りばめられている、と思ってください。





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Last updated  November 7, 2005 11:01:59 AM
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