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今日は、日本拳法協会の全日本拳法選手権大会(東京武道館、足立区)。私は毎年空乱撃(当てないルール)に参加していて、今年でたしか10年目、一つの節目の年だ。この選手権大会では、実乱撃(防具着装での実撃)、空乱撃(軽量防具で当てない)、形の3つの部門で大会が行われる。実乱撃は、無差別級で行われ、軽量級から重量級まで、選抜された幅広い選手がぶつかる。この部門にも一度出てみたい気もするが、選考も通るかどうかだ。形競技にも一度出場したことがあったが、空乱競技と同時エントリーで、どちらも中途半端だったのでそれ以来出場していない。朝、会場を設営して、身長体重の計測(引き分けのときの判定のため)、開会式、形競技とプログラムが進んでいく。午前中は形競技は、形の勉強や将来なるであろう審判としての目を養うだけでなく、空乱撃競技と同時参加の選手がいれば、その選手の技のキレなどを見れる機会にもなる。けれど、その分プレッシャーも大きくなっていく気もする。この日は顔に緊張が出ていたのか、同じ道場の人や出稽古に行った道場の人からよく声をかけられたり、北海道のK 師範からは「珍しく緊張してるな」とはっきり言われた。午後、空乱撃と実乱撃の競技がはじまる。今回は、空乱撃の3強のS六段とE 四段が参加していなく、唯一参加のA 五段と当たるとしたら決勝戦。A さんはきっと決勝に上がってくる。そこまで自分も上がりたい。準決勝で相手は静岡の学生M さん。構えが左右にスイッチする選手だ。先に私がポイントをとって、序盤はいいペースで展開できた。けれども、中盤2回加撃の反則をとられ、そこから少し崩れだして、ポイントが4-3で追い上げられてきた。幸いそこで試合終了になり勝つことができたが。あと30秒あったら危なかったかもしれない。その後はしばらく実乱撃の試合がはいり、空乱撃の3位決定戦があり、そして決勝戦と続く。決勝戦、やっぱりA 五段との試合になった。A 五段と対峙、礼をして蹲踞、試合開始。ここから先のことは半分くらいしか覚えていない気がする。ただ、準決勝の時より自分の身体は軽く感じられた。最初の1本は私が先制できた。が、それまでだった。立て続けに2本取り返され、焦ったところで更に2本取られてしまった(後で師範から完全に呼吸を読まれていたといわれた)。完全にA さんの勝ちパターンに乗ってしまったようだ。そこで時間修了1-4で負けてしまった。この10年間、ほとんどずっと1~2回戦敗退で一昨年から上位に入ることができた。その間に何度も3強の選手とも当たって、ほとんど何も出来ずに負けたことも多かった。今回は一矢報いることができたけど、その一本で終わってしまった。こんなふうに今年の試合は終わった。帰りの新幹線の車中で思わず撮った銀メダル。嬉しくもあり、悔しくもありで・・・。
November 13, 2011
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私の職場の学友会主催、第3回ボランティアバスツアー2日目。今日は昨日と同じ山元町での作業。昨日より海寄りの地域での側溝掃除が今日の作業だ。今日の作業場所は海に近いせいで、建物のダメージが津波の被害の凄さを物語っている。宿で朝食をとり、バスに乗り込み山元町役場のボランティアセンターへ行き、今日の作業が側溝掃除であることを知らされる。そこから再度バスに乗り作業地域へ。そこは未だに一般車両が立ち入れない場所らしい。小雨のぱらつく中、テントを張って荷物をテントに入れる。今回の側溝は深く、多分1m 以上の深さがある。そして、蓋も外せないところも多く、作業は難航する。外せない蓋の下の泥もスコップと鍬をつかって泥を掻きだす。写真のように、人がなんとか入れる場所はまだ作業がしやすいが、カーブのところなどは人が入れないほど狭いのでさらに難航する。そんななかでも、すこじずつ泥が除かれていく。だんだん、硫化水素の匂いもしてくる。スコップが、硬いものに触れると、「底についたか」と思うが、なんのことはなく瓦礫や石に当たっただけのことも多い。それでも、底まで泥が除かれた場所も何ヶ所かできてきた。側溝に入って作業している人は泥だらけになっている。昼休み、すこし雨が激しくなってきたので、バスの中で弁当を食べる。雨具を着ての作業のせいもあり、シャツは汗にまみれている。ボランティアセンターでは、ボランティアの体調管理を重視して、昼休みと小休止は義務に近いくらいまもられている。けれども、少し寒くなってきたので作業で身体を温めたいのも正直なところでもあった。これから、本格的に寒くなるとボランティアセンターが閉鎖になる。たしかにこれ以上寒くなるとボランティアの体調管理も難しくなりそうだ。昼休みが終わり、作業再開。また、側溝に入り作業をする。少し、身体が暖まったかと思ったころに、また雨が激しくなってくる。そして、ボランティアセンターから雨のため打ち切りの指示がでた。ここまできて作業中止は少し残念だったが、帰り道が渋滞だったので、この早期終了に後で助けられた。道具をまとめて、再度ボランティアセンターに戻り、手続きをしてバスで帰路につく。途中でスーパー銭湯とサービスエリアに寄り、職場にもどったのは9時半過ぎだった。みんな疲れてはいるようだけれど、怪我も病気もなく帰り着くことができた。こうしてまた2日間のボランティア活動が終わった。追記すでに半年以上たっているのに、まだまだ震災は終わっていない、風化させてはいけないという気持ちが強くなりました。そんななかでも、先日同じ宮城で特に被害の酷かった雄勝町の中学生が東京駅で太鼓を披露した(東京駅の屋根は雄勝の石をつかっているらしいので)というニュースもあり復興に向かっていることも感じます。
November 6, 2011
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私の職場の学生が中心となって行なってきた、東北の被災地でのボランティアバスツアーも今回で3回目。私は1回目は会議と講義で行けなかったが、第1回から毎回同行しているA 先輩が言うには、ボランティアの数は相当減っているとのことだった。それだけでなく、これからの季節は活動も難しくなっていくのでボランティアセンター自体も閉鎖になるとのことだった。そんな中でも今回も34名の学生が集まってくれている。この学生の意識は何よりも外部に対して自慢できることかもしれない。今回訪れた山元町には、最近になってようやく立入禁止が解除になった地域もあるくらいで未だ多くの人の手が必要な場所もあるようだ。宮城県山元町、海沿いで福島県よりにある町。前回の雄勝町と同じように震災がなかったら訪れることもなかったかもしれない土地だ。ここはイチゴの生産地だそうで、多くのイチゴ農家がある。今日の作業は畑の草取りだが、多分イチゴ畑なのだろう。津波の後、放置されていた畑は雑草だらけ。目の前の広い土地と、隙間なく生えている雑草に圧倒されそうになりながら作業を開始する。草に埋もれてわからなかったけれど、瓦礫もそれなりに多い。草をとって、積んで、積まれた草を畑の端に移動する。この繰り返しで作業が進む。昼休みに、近くの山下駅のトイレまで行く。山下駅は被災して、鉄道が使えない状態でレールすらない。ここのトイレは多くのボランティアが使っているらしく、トイレ前にはボランティアのメッセージ専用の黒板とチョークも置いてあった。トイレは電源が来ていないため、トイレの水はペットボトルに汲んである水をつかって流す(個室のほうは、電動式でないので普通に使えるようだが)。午後、草取りのペースが上がってくる。瓦礫は思ったよりも土の中の深い場所まで潜っていて、除去が難航しているところもある。午後の作業が終盤になってくると、畑の逆側から作業を始めた他団体と合流できそうになってくる。こうなると、「あと少し」と思って作業が進む。そして、ついに本日の作業エリアの草がほとんど取り除かれた。作業終了後、この畑の地主のご夫婦に全員で挨拶をすると、地主のご夫婦は深々と頭を下げてお礼の言葉を私たちにかけてくれた。この畑にとって今日の草取りは多分、再び作物を作るためのはじめの一歩でしかない。きっとこのご夫婦はまた作物を作るためにこれまで以上の苦労をなさるだろう。いつかこの土地のイチゴが食べられるだろうか?そんなことを考えながら(半分は寝ていたが)宿に向かった。後日談新潟恩返し隊ブログより、量は少ないみたいですが、山元町の畑で採れたイチゴが出荷されたそうです。http://ameblo.jp/niigata-ongaeshi/entry-11079997429.html次は、今回作業した畑からも出荷されれば良いですね。
November 5, 2011
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