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昨年は大変お世話になりました。今年もよろしくお願いします。
December 31, 2011
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先週が新潟市新津B&G海洋センターでの今年の稽古納めで今日が今年の本当の稽古納め。今日は新潟市鳥屋野総合体育館の柔道場で、久しぶりの畳のある稽古・・・だったはずが、稽古開始1時間前の午後6時ころいきなり職場で打ち合わせが始まってしまい、体育館に着いたのが8時近く。急いで着替えてウォームアップ。基本と形の動作をすこししてみるが、なんか動きが今ひとつな感じがあった。そこから、空乱撃1本目2本目3本目実乱撃1本目2本目3本目と稽古した所で時間が来てしまい、今年の稽古は終わりになった。来年はもっと畳の上で稽古できればよいのだけれど。
December 27, 2011
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大掃除で片付けたはずの机の上が1週間も持たずに・・・。なぜだ!?
December 26, 2011
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今日は、今年のB&G 海洋センターでの稽古納め。新潟拳水会の稽古納めは次の鳥屋野体育館の柔道場で畳のある道場でということになったのでもう一度あるけれど、B&G での稽古はこれで1月10日まで休業になる。いつものように少し遅れて参加、今日は小須戸のU さんが少し遅れるとのことだったので、3人の学生と私とで稽古を始めた。この季節のB&G 海洋センターはとても寒いので、アップを少し時間をとって、基本稽古も比較的動きの多い内容にした。今回の基本稽古は、30本の突き蹴りを行うのだけれど、最初の20本は軽く、最後の10本を気合を入れてという変則的な方法をとった。これは、身体を温めるためにとった方法だけれど、普段はまずやらない稽古だった。空乱撃(当てないルールの乱稽古)は、3人の学生のなかで既に実乱撃まで始めているS さん以外の2人も、いままでグローブ無しで開掌拳(開いた掌)で、ゆっくりとした空乱撃で行なってきたが、前回から少しずつグローブをつけた速い動きの空乱撃に移行しつつある。この2人が防具をつける日もそれほど遠くはないかもしれない。実乱撃は私と小須戸のUさん学生のS さんの3人で行った。少林寺の経験のあるS さんは、日本拳法の防具の感覚がだんだんわかってきたのか、時よりかなり良い突き蹴りがでてきた。小須戸のS さんもかなり調子がよいみたいで、私の膝の具合がまだ完全ではないので組討はほとんどなかったが、そうでなければ組まれて終わっただろう場面も多く、それ以外にも、一瞬の隙をつかれて、面突きをもらってしまった場面も多い。ここ、二週間で私が実乱撃で気にかけていることは、一撃離脱戦法で、最初は脚をつかって距離をとり、距離が詰まった所で攻撃(一撃といっても一発で終わりではなく、連撃の1アクションも行う)、すぐにまた距離をとるという戦法だ。これは私のように身体が小さい人間が本来もっと意識して行わなくてはならない戦法のはずだったけれど最近忘れがちだったのだ。今回は一撃離脱をするときに、攻撃を仕掛けたあとに、後退する離脱しかしていなかったので、次は相手の左右をすり抜ける離脱の方法も検討してみたい。今日で学生3人は今年の稽古が終わりになる。来年は、2人の学生は防具の世界に入ってこれるだろうか?楽しみだ。
December 20, 2011
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今日は初めての高校での出張講義。高校生向けに自分の専門分野の事を話す。いままで他の教員は何度も出張講義に行っていたけれど、私は声がかからなかったので「戦力外かな?」とおもって油断していたところで、先月出張講義の依頼(指示?)が入った。行き先は魚沼、google マップで調べると新潟市からは道のりが100km 近くあった。もう少しするとスノーボードの季節雪の季節になり、魚沼方面、特に山のほうは雪に覆われる。幸い今日は雪にならず雨だった。午前中の仕事を終えて、午後の出張講義のために魚沼に向かう。途中のパーキングエリアで車の中でスーツに着替えて、先方の高校に。今日は、幾つもの大学が集まって、それぞれが10名くらいのグループに分けられた高校生を相手に専門分野の授業をする。考えようによっては、私たちはプレゼンのコンペをしに来ている営業マンみたいなものかもしれない。そう考えると少し緊張が高まる。私が授業をするのは化学室、実験室だった。私は高校時代生物部の友達に混じって、生物室に入り浸っていたので、高校の実験室というものはとても懐かしく、ここで授業ができるのは嬉しかった。今日は「安全安心?迷信安心?食の安全」というテーマでの授業だった。このテーマは事前に提出しなくてはならなくて、提出時に苦し紛れに考えたものだった。このテーマをもとに、「フグに当たったら砂に頭を出して埋めるとよいは迷信」とか「キノコが縦に裂けたから食べられるは迷信」といった、比較的迷信であることを知っている人が多い話から、「添加物は危険であるという迷信、迷信であることの根拠」や「意外とリスクのある有機栽培」などの話をした。世間一般でいわれていることとかなり食い違う話をしてしまったけれど、混乱しなかったか後で不安だったが。思えば、若かったころの教育実習以来の高校での授業、始まるまでは少し緊張していたけれど、始まってしまうと思ったより楽しかった(生徒さんが楽しんでくれたかはわかならいけれど)。こんな調子ではじめての高校での出張講義は終わった。
December 7, 2011
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今日は、私の職場の学校の学友会主催で3回にわたってボランティア活動の反省会。私も同行した宮城でのボランティアの話も入っている。冬になり多くのボランティアセンターが閉鎖され、今年の活動も一区切りになったということで、反省会になった。ボランティアの参加者が集まって、学長を始め活動に協力した何人かの教員や職員と食べ物と飲み物(ただしアルコールはなし・・・残念)がでて、代表者の話を聞いたり、活動のビデオをみたりする。ボランティア活動をしているときとあまり変わらない服装の学生もいればうって変わって可愛い服装の学生も多い。ビデオでこれまでの活動が紹介され、みんなで「ああ、こんなことあったね」という話が盛り上がる。震災から9ヶ月、学友会の活動は最初は新潟市新津地区での募金活動から始まった。ショッピングモールや商工会議所とFMにいつが主催しているチャリティーイベントの会場で募金をしていた。既にそのころから被災地に行きたいという希望はあったそうだけれども、そのころはまだボランティアセンターもなく、一般の人のボランティアでは危険も伴うことから学友会担当の教員から止められていたとのことだ。その頃の私といえばイベント会場に行って、学生の募金活動に協力する位の関わり方しかしていなかった。それから6月に、新潟恩返し隊(ボランティア団体)と新潟交通旅行社によるボランティアバスでの現地での泊まりがけの活動が始まった。このときも私は業務で参加していない。そして、つい最近知ったのが、7月にもボランティア部が中心で新潟県三条市の水害のボランティアにも行っていたそうだ。9月に第二回のボランティアバス、ここに来てようやく私も参加するようになった。石巻市雄勝と七ヶ浜町での活動だった。このとき既に震災から半年、大きな瓦礫は除かれていたようだけれど、まだ復興にはほど遠い現状を自分の目で見た。雄勝では側溝の掃除、七ヶ浜では民家の瓦礫除去をした。そして先月11月の山元町。初日は震災後放置された畑の草取り。作業が完遂したのはこれが初めてだったそうだ。そして、畑の地主さんが深々と頭を下げてお礼の言葉を言ってくださったことは多くの学生の心に残ったようだった。二日目は側溝掃除でだった。深い側溝で外せない蓋もあり、遅々として作業が進まず、最後は雨で作業中止となってしまった。ビデオが終わりって、山元町で同じ班で作業した学生の一人と「今年はもう終わりですか?」という話になったので、行けるかどうかわからないけれど、山元町のボランティアセンターは11月で一旦閉鎖だったはずか、まだ延長に次ぐ延長で活動を続けているらしいというと、その学生は「また是非行きたい」と目を輝かせていた。10年近くこの学校で働いてきたけれど、この1年はこの学校の学生の凄さを改めて思い知らされた。もし、ここからまた10年経って、今の学生がみんな卒業していなくなっても、またどこかで困っている人がいたら団結して駆けつける、そんな伝統をもった学校になっていて欲しい。心からそう思った。
December 6, 2011
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