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「餅は餅屋」・・・ユキ君の件でY先生に相談メールを送ってみました。癌と診断された訳じゃなく、胃カメラの写真等のデータがある訳じゃなく、状態だけで相談されても先生も困るだろうなぁ・・・とは思ったけれど。このテの私のワガママには、先生は慣れておられるので^^;スキルスの遺伝についても伺ってみました。いつものように、(^0^)や、m(_ _)m、^^:の絵を入れたメールです。Y先生は600床を越える大病院の副院長です。毎日、多数のメールが届くようですが、こんなメールを送るヤツは多分私ぐらい先生からのお返事は再度胃カメラをした方が良いでしょうこれは、予想通り。胃に不調があって、小さなポリープが見つかっています。単に原因はストレスと言われても、確かにそうなのかもしれませんが、納得のいくものではありません。次に遺伝については遺伝はありません。大丈夫です。先生からのお返事はいつも、短文で用件のみです。いつもなら、遺伝はありませんの文で終わりのハズですが、大丈夫ですの言葉を付け足した所に先生のお人柄が現れています。私は単にユキ君を心配してお尋ねしたに過ぎないのですが、私が父をスキルスで亡くしている事をご存知なので、私を気遣ったのだとわかります。そーゆーおヒト。電話でお話を伺おうかなぁ・・・とも、思ったのですが、先生はすぐに腹膜播種についての新たな試みやお考えを熱く語り出すんですよ。あのぉ~本題から離れてますけどぉ~(T T)それに、私では理解不能な域に到達してるしぃ・・・・それに加えて、最近行った学会のお話にまで、話が飛ぶ飛ぶ本題よ返ってこぉ~い・・・と心の中で叫ぶ私。ははは・・・まっ、これも毎度のことなんですが(^0^)そうそう、いつだったかある学会で腹膜播種に関する論文を発表したら誰も腹膜播種になんか、興味も示さん!!と、お怒りでした。そりゃそうだろうなぁ・・・こんな負けがこんでいる題材に何十年も情熱を持っている医師なんて、そういませんから。・・・って、私こそ本題から離れてしまいました。ユキ君ですが、仕事を辞めました。もう、何年も仕事上での人間関係がこじれていたそうで・・・これで、体調が回復すれば本当にストレスが原因だという事かな。
2006年11月30日
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胃癌と診断された後のことなら、道筋は見えるのですが、発見前の「もしや、まさか??」という状態は本当に難しい・・・と今更ながら思います。そもそも、こんな経験をしていなければ「もしや、まさか?」とも思わなかったでしょう。以前にも書いた事がありますが、胃の不調を感じた方がついでに全部調べて貰おう!と人間ドックに入って(それなりの費用がかかりますよね)、問題無し、超健康体であるランクAという診断を受けた方がいます。ですが、この方はその2ヶ月後に腹痛と腹水で病院に駆け込みました。この時にようやくスキルス・ステージ4との診断です。いくら、スキルスの進行が早くても2ヶ月前に癌じゃなかったという事はありません。とにもかくにも、こういうケースを幾つも知っているので、何を信じたら良いのか・・・安心のために受けた検査が、こんな結果ではお手上げです。腫瘍マーカーだって、出ない人もいるし・・・胃カメラでも、医師が怪しいと思う個所があれば生検に出すものですが、その怪しい個所を見抜ける医師となると、そう多くは無いのが実情です。スキルスは粘膜層下に、はびこるので見抜く事がとても難しいのだとわかってはいますが・・・スキルス胃癌を何人発見しましたという言葉を看板に載せたら患者さんが集まる病院になったりして病院の実力と題して、病院が紹介されるようになりましたが、それは1年間での手術件数が何件とか、生存率が何%とか、そういう項目です。これに加えてステージ毎のスキルス発見率も欲しいとこだなぁ~なんて思ったりして
2006年11月28日
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ちょっと気になる事が出来ました。親類のユキ君(29歳・独身男性・両親と同居)が、この3~4ヶ月胃の具合が良くないというのです。それまでの食事の7~8割の量しか食べられないと。それ以上食べると、吐き気が出るから食べたくないとの事。元々、男性のくせに華奢な超細身体型で、身長は高くないけど50キロしか体重が無かったのに、それが4キロも減ってしまい、今は46キロしかないそうな。彼の仕事は肉体労働だから、この体重減はかなり堪えるはずだ。母親が心配して私に相談してきたので、検査を受けるように薦めた。で実際、先週胃カメラを飲んで来たそうだ。そこでの診断は、胃は綺麗。小さなポリープが一つある。原因はストレスだろうと、言うもので、単にプリンペランという吐き気止めを貰って帰ってきた。彼は今年1月にボールマン3型の胃癌で亡くなった知子さんの甥にあたります。父方の親戚にはボールマン4型の私の父がいます。何十年も前には、若くして胃癌で他界した祖母もいます。つまり、彼にとっては父方の親戚に一人、母方の親戚に二人ものスキルスで他界した人がいる事になります。知子さんは数年に渡り胃潰瘍を患っていて、胃潰瘍の症状が出る度に自宅近くの病院で胃潰瘍の治療を受けるという事を繰り返していました。ある時の胃潰瘍の症状で、毎度の如くの治療を受ける際に腹部のしこりを自己申告して、癌発覚!!という経緯があります。父も自宅近くの病院で胃カメラを飲んだ際に、胃幽門部に通過障害を起こすポリープが発見され、「急がなくても良いけど、取った方が良い。癌じゃないだろう。」と、言われた時にはステージ4だった・・・という、経緯があります。こんなケースが身近に2件もあるのですから、ユキ君の診断をそのまま真に受けられません。胃のポリープについて調べたら、案外問題無いように書かれていました。何人もの消化器の専門医が、胃のポリープについて「癌化するものは、滅多にない。小さければ自然に消えるものもある。」と、書いています。中には、「生検を受けた方がより安心」と、書いている医師もいました。ふぅ~ん、じゃ、大丈夫かな・・・と思って、この内容を主人に話したら・・・幹細胞が何たるかを、語り出しました。私には理解不能~(T T)主人は医療に足を突っ込んでいる、工学博士です。余談ですが、今朝の新聞に、ある大学病院が癌細胞の転移に関する論文を発表したと書かれていて、その内容を読んでみましたが(新聞ですから、概要だけです)、この内容は1年以上前には主人は知っていました。そーゆー人なんで、その人の話を聞いていたら、小さな胃のポリープも心配になりました。確かにユキ君は、悩み事があると食事が摂れなくなるタイプで、現在も仕事の悩みを抱えている様子です。ストレスは間違いなくあるけれど、このストレスが病気を作る事もあるみたいだし・・・・ん~・・・・心配だ・・・
2006年11月27日
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今日は寒い朝でした。すっかり富士山が雪化粧をしていて、裾の方まで真っ白です。毎日のように見ている富士山ですが、こういう富士山を見る度「綺麗だなぁ~」と、感動です。夕べ、ちょっとご無沙汰していた方からメールが届きました。今年の6月にご主人を亡くされた30代の女性です。本当に性質の悪いスキルスで、驚く程の速さで進行していきました。患者さん本人が若いという点、あまりにも早いという点・・・心無い言葉が時に耳に入る事もあったようです。悔しくて、辛くて、悲しくて・・・逃げ出したくて・・・そんな思いをされていたようです。まだまだ、泣けて泣けて仕方ない日々もあるようですが、「言いたい人には言わせておけ」「やるだけの事はやったんだ、私も主人も」と、思える強さが出来ました。こんな風に思えるようになったのは、ひろりんさんと出会えた事が大きく関係していると思います。貴女に出会えて良かった。と、書かれていまして・・・もう、私は涙、涙、涙・・・・です。私はなんという幸せ者かと思い、泣けてしまいました・・・昨日は嬉し泣きです。又、頑張れそうです
2006年11月25日
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昨夜、突然ヒゲさんから電話がありまして・・・何かあったのか!?と一瞬心配になりましたが、私が住む市で事件があったとテレビのニュースで見たから・・・となんじゃ、そりゃ・・・と思う内容でしたが、久しぶりに電話で話したら何となしに気持ちが楽になってきました。おかしな人ですが、戦友なんです昨夜「Dr.コトー診療所」を見ました。胃癌患者さんの話でした。胃幽門部に癌が見つかり、胃を半分~2/3を切除する予定で開腹したのですが、開腹してみると予想以上に癌が進行していて、バイパス手術のみで閉じるというものでした。術前の検査では、他に転移も見つからないので治るだろうとの診断でした。あんな田舎の診療所じゃなくても、今も尚、開いてみないみないとわからない部分は多いのです。あの様子から、胃と膵臓がかなり癒着していて切除不可能、そして腹膜に目視で確認出来る癌細胞があったのかな・・・と素人ながら推測してしまいました^^;コトー先生はここでバイパス手術を施行しましたが、これは良心的な行動だと思いました。この時点で何をしても体の負担になるし、さほど意味は無いからと、何もせずただ閉じてしまう場合も実際はありますから。術後、ベッドで寝ていたドラマの中の女性患者さんは、何にも捕まらずに起き上がったりしていて「バイパス手術だけとは言え、開腹したら痛くてお腹に力なんか入れられないのに、この人はスゴイ腹筋だなぁ~」などと、ちょっと意地悪く突っ込みも入れましたが^^;それに発熱もしてないし、IVHもしてないじゃん!とか・・・・根性悪の私ですここに出てくる小さな可愛い女の子・・・この女性患者さんの一人娘の設定ですが、この女の子がNちゃんとダブりました。Nちゃんも、お世辞抜きで可愛い、このくらいの年齢の女の子です。Nちゃんは、今年2月に旅立ったキヨカさんのひとり娘で、「とんびが鷹を産んだの」って言って、キヨカさんが自慢した娘さんです。ベッドから起き上がれなくなったキヨカさんに、Nちゃんがそっとミカンを差し出した情景が思い出されました。キヨカさんは「もぐもぐ・・・」って、言って食べるふりだけして、そっとそのミカンを隠していました。可愛いくて可愛くて、大好きな娘なのに、ずっと相手をするのがしんどくて「お願い、もう連れて行って」と、眉間にシワを寄せてお義母さんに言った姿も・・・・このドラマの中の患者さんは、ずっと元気でいて欲しいなぁと・・・何も意味も無い事と思いながら、つい願ってしまいました。
2006年11月24日
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更新もしていないのに、沢山のアクセスを頂いて、私自身がご心配をおかけしているような気がしております。そうであれば、誠に申し訳ありませんm(_ _)m以前の自分を取り戻すべく、ずっと気になっていた岐阜の患者さんにメールをしてみました。やはり、昨年三島へ来てくれた30代の女性患者さんです。「経過報告」って題して、ちょくちょくメールを頂いていたのですが、途切れがちになり、時折ケータイにメールを入れるようにしていたのですが、ここ2ヶ月ほどご無沙汰してしまっていました。2ヶ月前に頂いたメールでは、随分と状態が良くないようでしたが、新しい自宅PCのアドレスですと自宅のアドレスも書かれていました。ですが、ケータイに送ったメールはすぐに戻ってきてしまいました・・・・時期的にケータイ会社を変えたのかもしれないと思い、再度、自宅のアドレスに送ってみました。また、返事待ちの状態です。彼女は今年の春あたりから、腹水が溜まり始め、定期的に抜くようになっていました。腹水が溜まると抜いて、抜くとお腹が小さくなる・・・の繰り返しで、お腹が膨らむ度に小学生のお子さんが、このお腹にキャサリンだの、マイケルだのと名前を付けるのだと言っていた患者さんです。ご本人は、「こんな事でもしていないと、やってらんな~い」と、茶化していましたが。お子さんが作ってくれた、ミサンガが宝物だとも言っていました。この春に思い切って自分の余命を聞いてみたそうです。主治医ではなく、近くの病院で何度目かのセカンドオピニオンを受けに行った先の医師に。余命というよりも、何年生存率が何%かと。そしたら、「もう私は、1年後はいませんでした。余命半年だそうです」と書かれていました。主治医も言わずにいた、残り時間をセカンドオピニオンを受けに行った先で聞くことになるとは、皮肉なものですが・・・・余命など、当たった患者さんを知りません。ただの統計上の数字に過ぎないと、伝えましたがご本人の心の葛藤は、相当のものであったと思います。そんな彼女の事がずっと気になっていたにも関わらず、連絡もなかなかとれずにいました。以前の私なら、こんな事はなかったのに・・・頂くメールに返事をするのが精一杯になってしまっていました。申し訳なく思っております。「ひろりんさんが私の目標です」と、言ってくれた患者さんなのに・・・今の私は彼女の目標から遠くなってしまいました。ご不安なお気持ちを抱えている方、私とメール交換をされていた方、遠慮なくそちらから連絡ください。煽られなければ、奮起しないヤツですから^^;
2006年11月23日
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そもそも・・・先月のkazeさんからのメールには「もう、私の命は月単位ではありません、自分の体だからわかるのです」という、言葉がありました。ご自分の運命を悟りメールが打てるうちにと、私に「さよなら」の思いを込めてのメールをくれたのだと思います。今月に入ってすぐに、お二人の患者さんから「kazeさんにメールしたのに、返事がきません。ひろりんさん、何か知っていますか?」というメールが届き、急に不安になりkazeさんにメールを出したのが11月3日・・・・それまで私は深刻な状態に気付かずにいました。以前の私なら、そんな事は絶対になかったのに・・・私はどこで変わってしまったのだろうかと、自分に嫌気がさしたり・・・「私の方が年上なのに、ひろりんさんはお姉さんのよう」そんな言葉が浮かんでは消え、お皿を洗いながら涙ぐんだり、コーヒーを飲みながら泣けてしまったり・・・そんな日が未だ続いています。お元気なときは、ご家族の自慢話や、「全く、子供というのは親がいて当たり前、やってもらって当たり前と思っているんだから!」なんて、普通の母親の愚痴があったり・・・何もかも、過去になっちゃって・・・・いつまでも、こんな状態じゃ悲しむのは彼女だなぁ・・・と思うから、何とか前を向こうと思います。今日も頂いたメールにはちゃんと?お返事しています。頼りないヤツですが、泣いてばかりはいませんです
2006年11月21日
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更新しておかないと、kazeさんが心配するといけないなぁ・・・と思ったら、ちょっとPCに向かう気持ちになりました。「毎日、ケータイから見ています。更新していると安心する日々です」って、言われていたからなぁ・・・機種変する前のケータイを覗いてみたら、去年の秋前にもらったkazeさんからのメールが沢山出てきました。それだけじゃなくて、midoriさんからのものや、知子さんからのもの、こぐまママさんや、キヨカさんやpiccolaさんからや・・・もう沢山出てきました。私を支えてくれていた人達がこんなに沢山いたんだったなぁ・・・今更ながら、思いました。そして今も・・・kazeさんの大切な友達のpeeちゃん。彼女は甘えん坊で泣き虫さんだから^^;他にも沢山いますしね、私を支えてくれる人が。kazeさん、大丈夫・・・私はまた奮起出来ますよ・・・私を必要としてくれる方がいる間はね。
2006年11月20日
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昨日、突然訃報が届きましたので「癌告知に関する思い」はちょっと中断します。ずっと、返信メールを待っていた福岡の患者さん(40代半ば)・・・kazeさんから昨日の夕方、電話がありました。出てみると、彼女の息子さんでした。「今朝、母が亡くなりました」と・・・kazeさんとは、2年近いお付き合いです。サイトの掲示板に時折レスを書いていた私が、しばらく登場しない事を心配した内容の投稿をくれた事がきっかけでした。私が高熱で寝込んでいた時でした。彼女はスキルスで胃全摘の手術を受け、再発予防のためのTS-1を服用していましたが、半年後に再発。再発後も化学療法を受けていましたが、体調の変化と時期を同じくして主治医が転勤となりました。新しい主治医は、今後の化学療法はあまり期待できないと半ば匙を投げているような医師で、転院すら薦めるので、悩んだ末思い切って転院と同時に緩和医療に移行しました。2005年の春の事でした。余命3ヶ月と医師から言われた事も彼女はちゃんと知っていました。この緩和医療の医師は穏やかな人で、いつも不安な時には手を握って話しを聞いてくれる医師だと言っていました。ですが、体調の悪さを訴えても鎮痛剤しか処方してくれない・・・と彼女はいつしか、ぼやくようになりました。これは、緩和医療であれば当然の処置なのではありますが、この事が彼女にとっては不満になっていきました。この頃のメールのやり取りで、そういった不調であれば、その病院に外科があればこういった処置で改善も可能かもしれませんよと書いた事があります。この言葉に奮起したのかどうかはわかりませんが、それからしばらくして「外科のある病院に転院しました。ここでは、まだ治療が可能だと言ってくれたので、又治療を再開する事にしました」というメールが届きました。この再開した治療が奏効して、彼女はそれから小さな目標を立て、一つずつその目標・・彼女にとっては夢ですが、その夢を叶えていきました。その夢とは、息子さんの野球の試合の応援に行く、旅行に行く、子供の卒業式に出席する・・・そういった類のものです。その夢の中の一つに「ひろりんさんと会う」というものがあったようです。昨年11月、静岡県三島市でサイトが開催したフォーラムに福岡から車椅子に乗って、ご主人と来てくれました。初めて会った彼女は真っ白なコートに包まれていて、「わっ、美人!」これが私の印象です。私と写真を撮るためにカメラを持って来たのに、舞い上がってしまったのと、疲れですっかり忘れてしまったと、福岡に帰ってからのメールに書いてありました。彼女の帰り際、私もこの時、彼女と写真を撮りたいとカメラ担当のヒゲさんを大声で叫んで呼んだのですが、丁度いなくて・・・・これが、最大の心残りです。余命3ヶ月と言われてから1年半以上が過ぎました・・・・今年の3月にご家族で沖縄に旅行されてからは、夢を叶える体力が無くなってしまって、私へのメールには、天に召されたいと切望する内容が増えていきました。先月、私に届いたメールの抜粋です自分の心が病気と共に縮んでしまっていた事、反省させられました。今、心から全ての人に感謝する気持ちと死に対する恐怖もなくなりました。なんだかとても気持ちが穏やかで変かもしれないけど希望に満ちた平和な心でいられます。そしたら痛みや苦しさも楽になってきたのです。三島から一年…いろんな思い出が蘇ってきます。ひろりんさん、ずっとありがとうございました。これからも頑張って下さいね。そして、これは私に届いた最後のメール・・10月20日です。色々あったけど私の願いは叶ったし、もう思い残す事もないから、本当に幸せな逝き方かもしれないと今心からそう思います。私にはひろりんさん夫婦がとてもステキな理想の夫婦です。ずっといつまでもステキなお二人でいらして下さいね。そして、彼女は昨日逝ってしまいました。彼女から暖かくて優しい言葉が届いた人は私だけではないでしょう・・・・彼女の幸せも、苦痛も・・・いつも手にとるように感じてきました。どういう状態でいるのか、私には見えます・・・あの辛さに耐えて生きて、そして幸せを掴んで・・逝ってしまいました。これからも頑張って下さいね・・・・って、貴女が応援してくれなきゃ、私だって頑張れないのに・・・・
2006年11月18日
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昨日に引き続き、癌告知に関するお話です。癌告知と言いましても、ここではスキルスに限定してのものですが。多くの告知パターンの一つに医師→家族→患者という流れがあります。突然の事でご家族も動揺し、落ち込み、嘆き悲しみ、そして迷った末に本人に告げる・・・こういう事が多いです。この時に多くのご家族は余命を告げずに全てを話す、もしくは一部を外して残りを話す・・・こういう結論に至ります。スキルス胃癌という病気になった方が、その時点でこの病気を熟知している方などまずいません。ドラマや有名人の話題で名前だけは知っているけれど・・・この程度です。そして、今や癌は治る病気だという風潮もあります。それでも、癌は癌だと落ち込み「あと何年生きられるのだろう」と、そんな思いもよぎります。あと数年の命なのだろうか・・・そんな思いが。知子さんも、そんな患者さんの一人でした。全ての癌が取りきれなかったと説明を受けてはいましたが、それが何を意味するのかは理解してはいませんでした。今後の化学療法で、良くなると思っていました。もう長くは生きられないかもしれないと、感じていた様子でしたが、開腹時に余命半年と言われた事は知りませんでした。私は父の時に、もっとちゃんと時間を告げるべきだったと後悔していましたので、知子さんには半年とは言わなくても、長い時間は無いという点は話すべきだと思いました。ですが、ご主人も実姉もこれには反対で言わずにおこうと言う事になりました。知子さんは普通の主婦です。家計を考え、当時中3だった三男にかかるお金を考え、同居しているお姑さんへの遠慮もあり、自分のことなど二の次の人です。入院・手術でかなりの出費もかさみました、その中で自分の事など優先するはずもありません。行きたい所、やりたい事、会いたい人・・・あったはずです。それとなく、薦めてみましたが「三男が高校受験だから、来年あたりね」と笑うばかりでした。○○が食べたい・・・程度の事は言いましたが、それ以上の事は言いませんでした。抗癌剤の副作用による下痢、取れない痛みで、旅行しよう!なんて気にもなれなかったのでしょうけれど。私は今は無理してでも思いを叶えてあげる時だと、常に思っていましたので、ご主人にも実姉にも何度もお尻を叩くように薦めていました。一度だけ、日帰りで山梨の温泉に実姉夫婦が連れて行きました。その時に撮った知子さんの写真の明るい笑顔は、遺影となりました。また、後日続きを
2006年11月17日
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何度となく告知に関する思いを書いてきましたが、姉貴さんから先日の日記に頂いたコメントを読みまして、改めて告知に関する思いを、少しばかり書こうと思います。悪までも、医師でも看護士でもない、私個人の考えですけどね。私の父も姉貴さんの弟さん同様に、いきなり父一人で主治医から癌告知を受けました。それも回診の時に、「病名を聞いていますか?未だでしたか?貴方は胃癌ですよ」・・・こんなノリで聞かされたと、父は言っておりました。その後に付け足すように「未だ、充分に治る胃癌だから私が責任を持って治します」と、フォローはあったようだけれど。治ると言われた癌だから、余命の話はありませんでした。その後、大どんでん返しがあった経緯は、左横のフリーページに書いています。私はそれまで癌告知というものは、まず医師から家族に説明があってその次に患者にするものだとばかり思っていましたので、いきなりの告知には驚きました。父の場合は、単なる胃癌という説明からスキルス・ステージ4と急変した、特異なケースですが。これまで、幾度となく告知に関してのお悩みを聞いてきました。病名告知は今や常識になってきましたが、次の問題はどこまで真実を告げるべきか、そしてどうやって伝えるべきか・・・です。父と違い、スキルスと最初から判明している患者さんの告知は、まずご家族に説明してから本人に告知、もしくは、家族同伴で告知・・・この2種類が殆どのようです。抗癌剤治療の性質から、告知は必要不可欠だと思っています。命がかかっている治療だと認識していなければ、あんな副作用で辛い思いをする治療など、誰だって放棄してしまいます。家族が最初に告知を受けた場合、家族も悩み抜いた末に事実を告げる・・・こういう流れが殆どです。この場合、まず患者さんがお元気である時にすべきでしょう。そして、出来れば主治医にお時間を作って頂き、主治医から前もってどこまで話すかを相談の上、主治医から本人に告げる事が良いのではないか?と私個人は思っています。家族から真実を少しずつ聞いた、ある男性患者さんが「真実を小出しにされてきたので、100%は家族を信用できなくなった。常に未だ何かを隠しているんじゃないか?と疑ってしまう」と、こっそり心情を吐露してくれた事があります。余命を含めた話にすべきかは、患者さんの社会的立場も関係してきますので、是か非かは言い切れないものがありまが、告知すると決心されたのであれば、主治医から希望の道も含めて全てを話して頂く事が望ましいのではないかと、思うのです。長くなってしまいました、1日じゃとっても書けませんねぇ・・・ご自身の命の限りを知っている、この病気の患者さんとは何人もお付き合いがあります。そんな方々の思いも含めて、また、後日続きを書きます。
2006年11月16日
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昨日の夜は思い立って河口湖のもみじ祭りに行って来ましたこの数年、毎年秋に行っています。この秋は昨日で2度目。紅葉が綺麗でした。ライトアップされている風景が「わぁ~」っていう感じなんです・・・ってこれじゃわかりませんね。で、出ていたお店で新栗の甘栗を千円で購入。だって、ここの若い男性の売り手が千円の甘栗の袋を二つもち、一つをもう一つの袋へジャーって入れて「はい、どうぞ」って。「えっ?これって2千円分じゃないの???千円で良いの??」お得だったのか、まんまと相手の手に乗ったのか・・・・まっ、美味しかったからいっか昨日の日記に補足を入れておきます。このなおさんのお母様は、最初の病院で癌が判明しなかった点は残念なことです。ですが、スキルスは元々見つかりにくい病気ですし、胃潰瘍であったことも事実。この胃潰瘍の下に癌が潜んでいた訳ですが、ここで癌を疑う方が少ない事も現実のようです。病院を変わって、ここではすぐさまスキルスが判明していますから、前の病院でも判明しても良いようなものですが、この点はさておきこの二つ目の病院での処置は相応であったと思います。この二人目の主治医は、すぐさま抗癌剤治療の必要性を判断し施行しました。この治療は大博打で結果的には裏目に出てしまいましたが、抗癌剤治療自体が博打的な要素を含んでいる事も事実。必ずしもプラスに効く訳ではなくて、逆に命を縮めてしまう場合すらある・・・そんな可能性を秘めている治療なんです。この点を、ご本人やご家族がどこまで承知していたか否か・・・それは不明なのですが。悩んでいる間もなかった事も本当で、事実上切羽詰まっていました。患者さんが無菌室に入ってから、これは只事ではないと緊迫感を持ったなおさんは、この時お父様と一緒にY先生の元へセカンドオピニオンを受けに出向いています。兵庫県から当時Y先生がいらした石川県まで、夜間に車を飛ばして・・・・Y先生は希望の持てる治療法を提示して下さいましたが、患者さんが無菌室に入っている状態では何も出来ません。まずはご本人の回復を待ってから・・・という条件付きでした。ですが残念ながら、患者さんは回復することもなく旅立たれました。結果的には、このなおさんとお父様の行動は意味を成しませんでしたが、この行動自体がその後のお二人の心の支えになっただろうと思っています。私自身がそうでしたから・・・ただ、あまりにもの急展開で患者さんご本人のお気持ち、お心残りな事が沢山あっただろうと思うととても胸が痛みます。
2006年11月15日
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国立がんセンター内に、今年の10月から「がん対策情報センター」なるものが開設されたらしい・・・って、昨日の読売新聞の夕刊を読んで知ったのだけれど^^;専門的な内容を海外の論文を含めて、一般の人にもわかるように情報を提供しているようです。ネット上でも公開している・・・みたいです。(すみません、未だ見ていなくて・・・)この試みの中に、地域医療格差を無くそう!というのがあって、地方の病院等で画像診断が難しいような場合、画像を電送して国立がんセンターの癌専門医に診断を仰ぐ事も出来ると新聞には書かれています。これは医師間の事であって個人的には出来ませんが。未だ知られていないようで、10月の問い合わせ件数はたったの2件らしいです。もう5年も前の話ですが、私が未だ「ひろりん」というハンドルネームを持つ前、サイトの掲示板を通して初めてメール交換をした方がいます・・・なおさんと言います。彼女の母親(50代後半)が、スキルスでした。この患者さんは、胃痛を訴えて病院に行きましたが「胃潰瘍」と診断を受けました。胃潰瘍の薬を処方され、言われるままに4ヶ月間胃潰瘍の治療を受けました。ですが、ちっとも良くなりません。さすがに痺れを切らして、病院を変えた途端スキルスと診断を受けました。この頃は私自身も知識などゼロで良く覚えていないのですが、もしかしたらボールマン3型のスキルスタイプの胃癌だったのかもしれません。このボールマン3型という胃癌は、胃潰瘍の下に隠れている事が多いのです。既にかなり進行していて手術は無理、転院先の医師はすぐさま化学療法をしました。恐らく、この医師は一が八かの大勝負に出たのだと、今なら理解出来ます。ここで何とか進行を食い止めねば、もう先が無いと判断されたのでしょう。薬剤名等、知識ゼロだった私にはわかりませんでしたが無菌室に入れねばならない程、白血球が減少してしまいました。そして、みるみる状態が悪化・・・・無菌室では、家族もずっと側にいる訳にもいきません。そんな中のある晩、痰をのどに詰まらせてしまい、この患者さんは亡くなられました。ナースが気付いた時には、もう息が無かったと説明されたそうです。あまりにも、あっけない幕切れでした。もし、最初の胃潰瘍と診断した医師が胃潰瘍が改善されない事に疑念をもって、そして、こんな電送システムがあったのなら、もっと違う時間が過ごせたかもしれません。知子さんもずっと胃潰瘍と言われ、胃癌に気付いて貰えなかった一人です。折角、素晴らしいシステムが出来たのですから、このシステムによって恩恵を受ける患者さんが沢山出来ると良いのになぁ・・・と思います。それから、この新聞記事には「癌患者が一番知りたいのは、一般的な癌情報ではなく自分自身に関するもの」とも、書かれています。人は誰も一人しかいません。「多くの場合」と冠が付いていても、そこに自分が当てはまっているとは限りません。そもそも、スキルスという病自体が「多くの場合」から離れています。この事を充分ご自分の中で踏まえて、ご自分に最適な治療、病院、信頼のおける医師に巡り合ってください。
2006年11月14日
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ちょっとした思い付きで、昨日の午後は土曜日だというにも関わらず、私のケータイメールに何度も杉さんを付き合せてしまいました。杉さんは、残念ながら半年前にこの病気でお母様を亡くされています。闘病後もお付き合いが続いている方の一人です。懇切丁寧、なおかつ迅速で快く(多分^^;)私の頼みごとを聞いてくれました過去にも、病気が縁で知り合った方の中には、私の突然の思い付きにすぐさま対応してくれた方は何人もいてくれて、本当に恐縮するほどありがたいと思っております。感謝しています胃を切除すると、さすがに以前のように食事を摂る事が難しくなる方は多いようです。体重を増やすとなると、これはもっと大変。メタボリックシンドロームという言葉が巷に流れていますが、これは体重を減らさねばならない方にとっては、耳が痛いところでしょう。ですが、真剣に取り組んで頑張れば、成せば成る成さねば成らぬ何事もというものでしょうけれど、逆は成してもなかなか成りません。頑張って食べる事には限界があります。食べて体重を増やそうとしても、なかなかそうはいきません。それでも、ちゃんと食事が摂れている間は痩せていても問題はありませんが、その食事がままならなくなってしまう方もいます。こういう場合は、栄養の点滴で補うのですが腕の静脈から入れられるカロリーは500カロリーが良いところです。細い静脈からは高カロリー輸液は入れられませんから。在宅でIVHをされている方には思い当たる事があると思いますが、あの輸液パックは多くの自治体で普通の可燃ごみで捨てることが出来ます。この際、このパックを可燃ゴミの日まで自宅外に放置したりすると、蟻がむらがってきます。それだけ糖分が含まれているという事です。つまり、そのような糖分を血液に入れるという事は、一時的な高血糖状態を作ることになります。ですので、高カロリー輸液を入れる場合には太い静脈(大抵は中心静脈)から入れるのです。高カロリー輸液を点滴する場合は時間がかかります。8~12時間というところでしょうか・・・ちょっと外来で・・・という訳にはいきません。食事量が少ない程度なら、腕からの栄養点滴でも充分でしょうが中には全くというほど食事が摂れない方もいます。去年の今頃だったか・・・・知子さんがこういう状態になった(小さい子供程度は食べれました)ので、積極的に在宅IVHをお願いしました。栄養を多く摂ることは、癌細胞にも栄養を行き渡らせる事にもなるという考えから、この手法をしたがらない医師、病院のシステム上出来ない場合も多々ありますが、栄養失調では動けません。ですので進行を早める可能性・・リスクもある事を承知で、本人が寝込む事がないように、せめて近所の買い物程度はいつでも出来る体力を維持するためにお願いしました。昼間は普通に生活し、寝ながらIVHの点滴・・・という生活でした。これがあったから、普通に動き回れたのだと思っています。抗癌剤の副作用の下痢に悩まされ、腹水もあり、動き回ると言っても制限はありましたが。もしかしたら、これをしない方が生きる時間としては長くとれたかもしれません。でも、口からの栄養だけでは体がきつく、横になる時間ばかりが増えたかもしれません。答えはわかりませんが、自分が動きたいときにはちゃんと動けましたので、これで良かったのだとご家族も私も思っています。待ち遠しい、福岡の患者さんからのメールが未だ届きません。毎日、ケータイをちょくちょく覗くのがクセになりました。
2006年11月12日
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一昨日の晩だったかな、深夜番組の「アメトーーク」で自称ガンダム芸人が集まって、ガンダムについて熱く語っていたのを見たけれど、これを見て主人が一人で「そうそう」「うんうん」とか頷いている(主人は49歳・技術屋)で、「技術屋の究極の夢は等身大のガンダムを作る事だ!!」と、又訳わからん事を言っていた・・・前前から「この人はアホちゃうか?」とは思っていたが・・・ちょっとスキルスとは離れるけれど、ここ連日腎臓移植の外科医がマスコミで槍玉に挙げられているようですね。泌尿器の事も、この外科医の事も初めて知ったのだけれど。何故こうも毎日マスコミが騒ぐのかと、一応テレビや新聞を読んでみました。私が見たり、読んだりした内容には腎臓を提供した患者さんも、病気の腎臓を移植された患者さんも、誰も文句を言っていないように思うのですが・・・私が見ていないだけかもしれないけれど。文句を声高に言っているのは、この腎臓移植をした外科医を批判する医師だけのような気が・・・テレビで意気揚揚とこの外科医を批判していた泌尿器内科医の話を聞いていたら、全然関係の無い私ですらこの腎臓移植をした外科医を擁護したくなりました。あまりにも「普段から気に入らなかった」って風に批判していたので。何故、どこもそうなのだけれど外科医と内科医って仲が悪いのでしょうねぇ・・・父の最初の主治医のM先生は有名な教授だけれど「内科医は良いよなぁ~、ただ机に座っていれば良いんだから。それで同じ給料だからなぁ」と、側にいたお弟子さんである若い医師に言っていた。又、ある有名な病院に勤務する内科医は、患者さんが外科医の意見も聞いてみたいと申し出たら、その外科医をメチャクチャ批判しました。そこまで言わんでも・・・と思うほどに。国際胃癌学会にもぐりこんだ時に、医者同士の激しいディスカッションを見た話はずっと以前に書きましたが、まるで喧嘩です。「そんなハズあるか!!信じられない」「答えが出るまで、もう少し待ってろ!!」こんな感じ・・・難治性の病気に対して何か希望を見つけようと努力し、新たな治療を試みると必ずや反対、批判する人間が現れる。これは切磋琢磨でもあるのだろうけれど・・・・この切磋琢磨がもっと友好的になって欲しいと思う私です。
2006年11月11日
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昨日の日記の反応が多かったので、こちらで再度お話ししますね。昨日、ご紹介した40歳の女性患者さんは、ちょっとデータがあやふやなんです。と、言いますのも・・・セカンドオピニオンを受ける際に必要なデータがありますが、まぁ私なんぞがCTを見てもわかるハズないので、画像は別として・・・この方の主治医が珍しいくらいに懇切丁寧に「説明書」を作成してくれまして・・・それを当然、ご本人もご主人も見ているのですが、これを私にも見せてくれました。ちょっとした冊子になってました。これによるとこの患者さんはT3、つまり癌細胞が胃壁を浸潤して胃の裏側に顔を出していたと記載がありました。こういう場合、かなりの確率で既に腹膜に転移していると考えられています。それで、お二人はかなり意気消沈されましたが、落ち込んでばかりいても仕方ありません。再発予防のためのTS-1を始め、1年半が問題なく元気に経過した・・・という訳です。ですが・・・ここに来て、主治医とラフな会話が出来る機会が出来、雑談のごとくの会話の中でT2だったと言われたそうな・・・T2とは、癌細胞が胃壁内部で留まっている事です。元々、リンパ転移はありませんでした。T2、リンパ転移無し!・・となると、これはかなり良い状態です。主治医が安心させるために本人の前でこう言ったのか(心配させても良い事はないので)真偽のほどはわかりませんが・・・腫瘍マーカは出るタイプの人と、出ないタイプの人がいます。この方は出ないタイプで、腫瘍マーカは目安になりませんでした。ですが、出ないタイプの人が突如出始める事もあります。ちなみに、winkiさんのご主人ですが(winkiさんから何でも書いて良いですよ~ってお許しを頂いてます^^)CEAだけ、何故かすごい上下しました。このデータも見せて頂きましたが、明らかに標準値の5を飛び出たかと思いきや、何時の間にか下がって標準値に。トチローさんが書かれたように、たまたま癌とは関係ないところで炎症でも起こし、数値に現れたのかもしれません。Y先生ご自身が、「あの人は不思議な人やね~」って首を傾げてましたからねぇ・・・服用期間につきましては「主治医の判断」+「患者さんやご家族の意志」次第というのが現状です。決まりはないんです。そもそも、こんな悩みが出てくる方自体が少ないのでデータも少ないようです。
2006年11月10日
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昨日は夕方から隣町に住んでいる従兄のお宅にお邪魔して来ました。「最近はちっとも遊びに来ないね」って、従兄の奥さんから催促メールが届いていたので・・・^^;ここでは家の中でオスのマルチーズを飼っているのですが、「こんばんは~」って、私の声を聞いた途端にすっ飛んで来て足にまとわりついて来ますしばしお邪魔して、主人が少しでも帰ろうという素振りを見せると、部屋の隅で寝ていたくせに私のひざの上に飛び乗って来て押さえ込みに入り、横にいる主人を見上げます。「人質はとったぞ、これで帰れないだろう」って言わんばかりにね・・・・で、こんな事を何回も繰り返すのでついつい帰りそびれ・・・帰宅したのは夜12時を回ってました^^以前、再発予防の為のTS-1の服用を始めて1年半が経過する患者さん(40歳・女性)が、もう服用を止めるか続けるかで悩んでいる話を書きましたが、結局あと半年、計2年服用を続ける事にしたようです。専門医を含めて、色んな人の意見を聞いて出した結論です。・・・というよりも、ご本人はご主人の意向を汲んだ・・という所かもしれません。それで、TS-1を再開した早々に副作用の下痢に悩まされている様子です。このカプセルを飲めば体調が崩れる・・・そう、わかっているのだから本人は止めたいと思うのも無理はありません。術後1年半・・・幸運にも再発もせずにきているのですから、もう勘弁して・・・っていうのが本音でしょう。ですが、例え一人でも1年~1年半で服用を止めた途端、再発した人がいる・・・(たまたま、かもしれませんが)スキルスの患者さんを沢山診てきた専門医が「もう少し、飲んだ方が良いと思うなぁ」こんな話が耳に入れば、やはりできればもう少しだけ頑張ってくれと思うご主人のお気持ちもわかります。双方、望む事は一つ・・いつまでも再発せずに元気でいてくれる事なのだけれど、正解のない謎解きをしているようなものです。きっと、来年の今頃は患者さんである事を卒業されているでしょう^^
2006年11月09日
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昨夜は10時半に就寝・・・ここ数日、股関節痛であまり眠れなかったんです。子供の頃、右足の股関節を脱臼してその後遺症です。昼間は何とも無いのに、床に入って眠りにつくと「激痛」で・・・痛みで眠れない、痛みで目が覚めるという事が時々あります。毎日じゃないのですが、この痛みはかなりキョーレツで参ります湿布薬を貼って寝るとかなり良いので、昨日は前と後ろに1枚ずつ貼って寝ました。おかげでかなり湿布臭いです^^;そんな中途半端な睡眠の中、ついつい考えてしまうのは福岡の患者さんのこと・・・・まだ、お返事が頂けていないのです。日中でも、ふとこの方を思うと全身に鳥肌が立つような思いが駆け抜けていってしまって・・毎日、ケータイから私のブログを読んでいると言ってました。具合がよくなったら安心させて下さいね、待ってますから。先週昇仙峡へ出かけた時、帰りに河口湖の紅葉祭にも寄りました。この日は私の母も一緒で、主人と3人で出かけたのです。専用駐車場の場所が暗くてわからず、問題なさそうな空き地に車を停めました。この真っ暗な空き地に車を停めたとき、私から見ると異常なほど母は暗闇を怖がりまして・・・「気味が悪い」って言うんです。一人ならともかく、主人も私も車内にいるのに・・・・知子さんと同じだ・・・って思いました。何度も書いていますが、知子さんは54歳のボールマン3型(ステージ4)の患者さんです。一緒に病室に泊まりこんでも、必ず枕もとの明かりを点けていました。少しとは言え、顔に明かりが当たっては睡眠の妨げになるようにも思ったのですが・・・自宅に帰れば、煌煌と電気を点けて寝ていたそうです。歳を取ったり、病気になると、どこか心に不安を抱えていて暗闇が怖くなるものみたいです。私も子供の頃は確かに暗闇がすごく怖かったから、子供の頃に戻るのかな。がんセンターでも、夜間になると言葉は悪いけれどある種の「異常行動」をする患者さんが結構いると聞きました。であれば、そんな精神状態にならない為に夜間の睡眠は必要不可欠。その為には昼間多少なりとも体を動かして、疲れて夜眠れるようにするとか、導眠剤の手助けを借りるとか、何とか夜眠れるようにしなくては!!と、ここ数日夜間まともに眠れていない私は思うのでした^^;そもそも、夜眠れないとろくな事を考えませんもの。
2006年11月07日
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世間は3連休ですが、主人の休みは今日だけ。何をしていたのかと言うと「山芋ほり」です。正確に言うと「大和芋ほり」ですが。豆粒のような種芋から主人が育てたもので、出来栄えはそこそこ・・・かな?大・・・・じゃなく小収穫祭でした^^;数日前、車のラジオから「スキルス」という言葉が聞こえてきたのでボリュームアップ!!やはり、スキルスとか胃癌という言葉には即反応してしまいます。聞いてみると「アジアンタムブルー」という映画の紹介でした。で、この言葉だけを記憶してネットで調べてみました。アジアンタムというのはご存知の方も多いかもしれませんが、シダ科の植物の名前です。女性に人気の植物だとか・・・で、このアジアンタムが何らかの原因で枯れ初めてしまうと止められなくなり、どんどん枯れていってしまうのだそうで、この症状をアジアンタムブルーと呼ぶのだそうです。この題目の映画の内容は、阿部寛さん演じる男性が、松下なおさん演じる女性と本物の愛に目覚めていく・・というラブストーリーのようです。(私個人の思いとしては、スキルスをドラマや映画のネタにして欲しくない・・・っていうのがあります、実話ならともかく・・・)所々のあらすじを読んでいくとこの松下なおさん演じる女性が、突然の腹痛に襲われ病院に行くとスキルス胃癌と診断、余命1ヶ月と宣告されます。ここだけを読んで、「んな訳あるかぁ~!!そもそも何でスキルスやねん!!!」って、つい思ってしまいました^^;susuさんのブログ風に書くならば、ここで大きなげんこつパンチです。じゃぁ、他の病気なら良いのか?って突っ込まれると困るのですが・・・・どうせなら、架空の病気にしてくれれば良いのに・・・・原作も読んでいないし、映画も見ていないし(まだ、これから封切り)、こんな感想はとても失礼なんですけどね・・・数日前からずっと待っているメールがまだ届かず・・・ある患者さんからなのですが・・・気になって仕方なく・・・つい何度もケータイを見てしまうここ数日です・・・
2006年11月05日
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昨日はカズオさん、今日はmidoriさんの命日です。昨年の今日は連日の強烈パンチを浴びて参りました・・・現在頑張っている方にとっては、辛い事ばかりを連日書いてしまう事になりますが、それぞれの患者さんは本当に良く頑張った方々ばかりです。今、いないからと言ってその頑張りに意味が無いなんて事はないでしょう。だから、書き記しておきたい・・・そう思っています。midoriさんは、元気に飛び回っている頃から、「もし私から連絡がこなくなったら、ひろりんさんはきっとスゴク心配しますよね。だから、私がメールも打てないようになった時のために、妹のアドレスを教えておきます。」って、言って妹のちーちゃんのケータイアドを教えてくれました。当のちーちゃんは、そんな事はつゆしらず・・・いきなり、私から届いた「midoriさんから、このアドを教えて貰いました。ひろりんです、宜しくね。」っていうメールにすごく驚いたらしい^^;知り合った頃はもう手術を終えて随分と経った頃でした。手術時に温熱療法を受けた、珍しい患者さんで、私が直接知る限りでは唯一の患者さんでした。温熱療法を施行している病院自体が稀です。温熱療法と言っても、もう数年前の話で今の癌雑誌に取り上げられている最新のものではありません。この病気は手術を受けても、再発率がとても高い。これは、手術時に目に見えない微細な癌細胞が腹膜に既に存在しているからだと考えられています。であれば手術で原発巣を切除し、目に見えない癌細胞に対しては癌細胞は熱に弱いという特徴があるので熱で癌細胞を殺してしまおう!という考え方です。癌細胞は42度で死滅すると言われています。それで、midoriさんは手術時にこの温熱療法を受けました。本人から聞いた話では、術後は体全体が腫れ上がってしまったそうです。顔なんて2倍に膨れ上がったと。この様を見たご両親はもうダメだと観念したそうです。癌細胞にだけ熱を与える訳ではない(そもそも、あるのかどうかもわからない)ので、体が受けるダメージも大きかったのではないでしょうか。midoriさんの病状の詳細は、実を言えば良く知らないのです。ご本人のブログでは病気にはろくに触れていませんし、サイトの掲示板の過去ログを探せばある程度はわかるかもしれませんが、この過去ログ自体もサーバーのミスでかなりの量が消えています。ですので術後から再発までの期間の詳しい時間はわかりませんが、結構長かったような印象があります。(あやふやでごめんなさい)ここまでしたのに再発したのは、目に見えない微細な癌細胞が熱が届かない部分にも浸潤していたのかもしれません。本当のところはわかりませんが。亡くなる1週間前にTDLまで旅行に来て、病気で寝込む間もなく生きた人でした。色んなやり取りを数えきれないほどしたのに、最後に届いたメールは他界する4日前「お腹がすごく張っています、熱はありません」という、短い内容でした。妹のちーちゃんから「姉が亡くなってしまったんですよぉ」って電話がきたのが1年前の今日でした。
2006年11月04日
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returnさん、コメントありがとうございます^^ちょっとここの場にはそぐわない・・・というか、全く無関係のコメントでしたので、削除させて頂きましたm(_ _)m今日はカズオさんの命日です。あれから1年経ちました。カズオさんは、○○液という高価な漢方を試されていました。これはヒゲさんの奥さんも試されていたので、ヒゲさんから話を聞いてどういう物かは知っていました。良薬口に苦し・・・これも同様でかなりマズイそうです。ヒゲさんの奥さんも飲むのをとても嫌がり、ヒゲさんはそんなにマズイのか?と一口飲んでみたそう。ヒゲさんは「ゴキブリを磨り潰したような味」と、表現していましたが・・・そもそもゴキブリを磨り潰すって・・一体どんな味なのよ~!!と思った事を思い出し、カズオさんにこの話をしたら「わかるなぁ~その表現!」って・・・妙に納得して笑っているし・・・はぁ???「病気だから飲んでいるけど、そうじゃなかったら飲んだら10万円くれるって言っても嫌な味」・・・とカズオさんは言ってました。ますます、わからなくなったこの漢方の味です^^;そんなカズオさんが逝ってしまったのが1年前・・・奥さんから、消え入りそうな声で電話がかかってきたのが、ついこの間のような・・ずっと昔のような・・・ぽっかり心に穴が空いてしまった日でした。
2006年11月03日
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今日は山梨県の昇仙峡へ行って、絶景を堪能してきました。トチローさんのお膝元へお邪魔させて頂いちゃいました。影絵美術館へ行って、その近くのお土産物屋さんへ寄って・・・・水晶を売っているお店が多いのですが、「これは2万5千円水晶のネックレスですが、お買い求め頂けるのでしたら1万2千円で良いですよ」という、超お買い得の申し出を丁重に辞退し、隣のお手軽なお店でメノウとおぼしきブレスレット(500円也)を記念に購入。かなり、気に入っています^^最近はちょくちょく出かけるようになりました。昨年(2005年)は知子さんの病院の付き添いが多かったし、2002年は住所は父の病室って言うくらい病院詰めで、自分の時間なんてほとんど持てませんでした。今は、こんな風にあちこち出かけられるような時間が持てるようになりましたが、病院に付き添っていた頃が嫌だった訳ではありません。昨年の今頃は病室によく泊り込んでいました。到底、時間を楽しむ余裕なんてありませんでした。父を亡くしてからは、それぞれの季節をちゃんと楽しもうって思ったけれど、とっても昨年は無理でした。でも、知子さんと過ごす病室での時間は楽しかったです。知子さんは結婚前の事とは言え、ちょっとご主人には話せないなぁ・・と思うような事や、息子さんが不登校で悩んでいた頃の事・・・一杯話してくれて・・・病室での夜は修学旅行の夜みたいだった。自分の時間なんてとっても持てないような状態だったけれど、それはちっとも嫌じゃなかった。いなくなってしまった事の方がずっと嫌だった・・・いつもその時しか出来ない事・・・これをする事に大きな意味と意義がある・・・そう感じています。
2006年11月02日
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昨日は1階にいる時にAちゃんからメールが届いたので、ケータイを持ってドタバタと階段を駆け上がり2階にいた主人の下へ。Aちゃんからのメールと写真を見せ、二人して感動!「15歳の女の子の言葉とは思えないなぁ・・・」と主人も感心してました。文字通り、体を張ってmidoriさんを支えていたAちゃん。まっすぐに育っているよ・・midoちゃん。何人もの患者さんから今まで色んなメールを頂きました。入院中の患者さんから「主人と喧嘩したら、今日は休みのハズなのに来やしない!!!」・・・えっ、喧嘩しちゃったんですか・・・ありゃありゃ・・・「昨日、便が出なかったんですけど大丈夫でしょうか・・?」・・・ずっとは困るけど、1日くらいじゃそんなに心配しなくても・・・・「すごいよ、すごいよ、今日の血液検査で腫瘍マーカーがこんなに下がったんだよぉ~」・・・それは、素晴らしい、良かった良かった^^「いつまで、こんな辛い状態で生きなければいけないのでしょうか・・・」・・・ん~難しい質問ですが、私は貴女にやっぱり生きていて欲しいです。「そんな事言ったって、痛いものは痛いんです!!」・・・あっちゃ~むくれちゃった・・・ごめんね・・そんなつもりじゃなかったんです。ホントごめんなさい。「豚汁の作り方教えて」・・・って、あっこれはヒゲさんからだった^^;その時、その都度、吐き出してしまいたい思いは誰しもあるハズ・・・こんな甘えは大歓迎です。吐き出して、少しでも気持ちを軽くしてください。
2006年11月01日
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