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風邪が長引いております熱は1日だけで済んだものの、未だ平熱には戻らず37度台の熱が続いているのと、咳と、ティッシュが手放せない状態と、声が情ない程出ない状態が続いておりますぅ。。。参ったなぁ・・・メールのお返事は、本当にチビチビのペースで致しておりますが、こんな状態なんでお待たせしまくりで、大変ご迷惑をおかけしておりますm(_ _)m2009年も今日で終わりですね。「毎日、ブログ見ています」と言うて下さる方が多い中、更新をサボることが多かったですねぇ。すみません今年も多くの方々との出会いがありました。そして、幾人もの方々との別れがありました。毎年繰り返される多くの出会いと、多くの別れ。。。別れが無い年が無い以上、「良い年だった」 とは言えない毎年となってから、もう何年過ぎたでしょうか。別れを忘れる事は出来ないけれど、思い出していてはやっていけない。そんな日々に身を置くようになってから、時に、「これって、人としてどーよ??」 と自問する事もしばしばです。人ならば、嘆き悲しみ、敢えて故人を悼むものでしょうにねぇ。それをやってしまうと、もう、やっていけなくなってしまう自分に時に嫌悪しております。恐らく、米村先生も同じでしょう。思い出して引きずっていては、メスなど握れないでしょうからね。つい最近の話ですけども、 本当は僕も辛いんですわそう、言うておられましたから。そう言いながら、また同じ年を繰り返していくんだろうなぁ・・・とこれまた、お互いわかっていつつ、来年も頑張ります最後にもう一つ。米村先生に、「若造君、どうしてますか?」と聞かれました。私も気になっていたところです。若造君というのは、直腸癌(20代・男性)の患者さんです。子供の頃、悪性リンパ腫を患い、中学生になりこれは完治。そして、20代最後の年に直腸癌・腹膜播種による腸閉塞を起こした患者さんです。昨年の5月に手術を受けたものの、QOLが著しく低下した生活を強いられることとなりました。術後1年が過ぎても、QOLは向上せず、かなり自暴自棄なメールが5月に届いたきりです。病気判明当初は、余命2ヶ月と言われた患者さんでした。命こそは、手術が間違いなく延ばしてくれました。本人も前向きに病気と取り組んでいました。どんなに辛い治療でも、子供の頃に既に経験済み。だから、何だって耐えられると。術後1年が経過する頃には、友人との繋がりも自ら絶ってしまい、自分の殻に篭るようになっていて、メールする相手も、私くらいのものだと書かれてました。こんな気持を言えるのは、ひろりんさんだけだと。。。そんな彼の気持に、私はどれだけ応えられただろうか。多分、応えられていないと思う。そんな若造君からのメールが、半年も届かないのでメールを送ってみたけれど、戻ってきてしまって。。。メルアドを変えたのかな。「ブログは読んでますよ」と言っていたから、これを読んだらメールください。待ってます。
2009年12月31日
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風邪をひいてしまいましたぁ声が全然出てません。。。すごいかすれ声で、聞く方も??なら、発する方も喉が痛いんですけどぉ。。。年末ということもあり何かと忙しなく、メールも溜めまくりで、現在1週間お待たせ状態でございますm(_ _)mこの間、スキルス胃癌・術後もうじき5年を迎える女性患者さん(40代)と久しぶりにお会いしました。この患者さんは、癌が胃壁を飛び出していて、腹膜播種の可能性が濃厚だと思われていた方なんです。病理でも、洗浄細胞診でも腹膜からは癌は検出されませんでしたけどね。ただ、ここまで癌が進行している場合、多くの方がリンパにも転移が見られますが、この患者さんの場合は、不思議とリンパ転移なしでした。何故、詳細を知っているかと言えば、セカンドオピニオンで借りてきた資料が、凄く細かいデータで(写真まで添付されてました)、ご主人が見せてくれたからです。スキルスであること、ショウ膜を癌が飛び出していたことから、再発予防を目的としてTS-1を服用していました。期間は、1年半です。何故、1年半かと言うと、主治医は1年服用と言い、セカンドオピニオンの米村先生は最低2年服用と言ったからなんですねぇ。。。本人の希望は最短期間だったんです。副作用の辛さは本人じゃなきゃわかりませんし、辛さの度合いも人それぞれで、受け止め方もそれぞれで・・・多くの患者さんから聞く話から思えば、客観的に言わせて頂くならば、副作用は軽い方に感じてましたけども。本人は、とにかく最短で止めたがっていました。2年は服用させたかったご主人と、1年で止めたがっていたご本人は大喧嘩の末、1年半で手打ちにんなったんです。ご主人が最低でも2年服用を推したのは、術後のペットCTで大腸に怪しい光が写ったから。3ヶ月後に、再度撮ったペットCTでは消えてましたけども。何でも良いから、再発の可能性をできるだけ低くしたいご主人と、副作用の辛さから開放されたいご本人は、この話になると、いつも喧嘩に発展してしまうのだと、言ってましたっけ。セカンドオピニオンで米村先生は、この患者さんに「5年生存率40%」 って言ったんです。これは、先生なりにオマケした数字でしたが、当時、胃癌である事は認められても、スキルス胃癌である事を認めたくなかったご本人は、かなりショックを受けておられました。・・・って言うか、この時まで本人は、スキルスとは言われていなかったようです^^;今は笑い話ですけども、この生存率を聞いて、夫婦して泣いたというのですから、米村先生にも困ったもんですわ。先生はめーいっぱい励ましたつもりでしたからねぇ。(おいおい、落ち込ませてまっせ~)術後、間もない頃にお会いして以来、本当に久しぶりの再会でした。とてもお元気で、普通の方同様に食事はするし、お酒も飲むし、ダンピングも全くないし・・・女性に対して失礼かと思いつつ、つい 少し、太りました?と、言ってしまいました はい 太ったというより、手術前に戻ったんです ひろりんさん、私より痩せてませんか?と、逆に心配される始末です(これでも、2キロ太ったんですけどぉ。。。博士と、どこかの医者に苦労させられているもんでねぇ。。。)手術を受けたばかりの頃は、・何故、胃を全摘せねばならなかったのか?・何故、胆嚢まで切除せねばならなかったのか?・何故、手術にこんなに時間を要してしまったのか?とにかく疑問だらけで、どれを考えても悪いことしか浮かばなかったと言われました。この患者さん、看護師さんなんです。担当は手術室で手術のペースや、アクシデント等々、よくご存知でね。だから、全ての疑問符に対して悪い傾向を読んでしまったそうです。食事も難なく摂れ、ダンピングもなく、太り始めた今となっては、胃の全摘は何の問題もないですから、「残胃から再発」 した患者さんの話を聞けば、全摘して良かったって思えるようになったし、胆嚢も、残していたら胆石だらけになって、また、痛い思いをして切らなきゃならなかったかもしれないし・・・全てにおいて、今ようやく納得が出来て、感謝の日々だと笑顔で言われました。 またこうして、ひろりんさんにも会えて、本当にありがたいですと言いながら、手を差出されました。しっかり、厚い握手をしてきましたよ~そうそう、アルバイト的にやっていた仕事をフルタイムに変えるのだと言ってました。とにかく、すこぶる元気です
2009年12月27日
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メリー・クリスマス今日はクリスマスイブですねクリスマスの次は、大晦日、そしてお正月。。。世間では賑やかな行事が目白押し。そんな華やかな世間の時間を、病室で過ごさねばならない患者さんが毎年います。病室では、ちょっと寂しいでしょうけども、そんな患者さん達にもハッピークリスマスです。昨日、久しぶりに届いたメールをご紹介しときます。患者さんは70代半ばの女性で、原発不明の腹膜癌の方です。私に相談メールが届いたのは、今年の6月で息子さんから。6月に自宅近くの病院で癌が判明。その時には、4Lもの腹水が溜まっていました。腹水がある時点で、手術不可と診断されるものなんです。検査を受けるものの、原発がわからず。。。卵巣原発ではないか?という推測しか出来ない状態でした。手術不可なので、今後は抗癌剤治療しか無いと診断を受けます。それならばと、癌治療では有名というより屈指の病院に転院して、抗癌剤治療を始めることにしました。そこの病院では、「権威」 と呼ばれる医師に診て貰うことができました。ですがここでは、本人を目の前にして「生きているのが不思議な状態」「看取ることも視野に入れて」等と、心にグサグサと突き刺さる言葉が幾つも出てきたそうです。6月の時点で、到底年越しなんて無理、余命は3~4ヶ月と宣告されてもいました。こんな話を聞かされた当初は、患者さんは泣いてばかりいたそうで・・・息子さんも、娘さんも、おろおろと傷つき、嘆き、それでもここは癌治療では屈指の病院。目の前にいるのは、権威の医師。ここで治療を受けたくて、治療が始まります。この時点で既に相談を頂いておりましたが、治療が開始されたばかりでもあり、せめて数クール様子をみては如何でしょうか?と返事をしました。・・・というより、文面から主治医に対する嫌悪感こそは感じられましたけども、やはり癌では有名な病院。この病院なら何とかしてくれるのでは・・・という思いが感じ取れました。ですが、2クールが終了した時点でも腹水は減らず、治療の効果が見られず・・・主治医のこの先の見通しは、暗く、この時点で緩和ケアの話も出てくる状況となり・・・いつまでもこの病院にいてもメリットが感じられなくなった頃、米村先生のセカンドオピニオンを受ける決心が固まったのでした。10月になって、セカンドオピニオンの運びとなり、TS-1と併用して腹腔内化学療法を試すことになったのです。この時も、原発は特定できずでした。これまで、腹腔内化学療法は患者さんの体にかかる負担の大きさから、高齢の患者さんには積極的には行ってきておりません。この患者さんの年齢ではどうなのだろう?と内心心配しておりました。(この頃から、私には息子さんではなく、娘さんの方からメールが届くようになります)ですが、娘さんは新たな治療を示されたことに大喜びで、私にも「少しだけの時間で良いんです、直接、お礼を言わせてください、どこでも行きます」と言われましてねぇ^^;(んなこと、気にせんでええっちゃ そもそも、治療が吉と出るか、凶と出るかもわからんし・・・)そんな私の心配をよそに、先日、2クールが無事に終了しました。この患者さん、実年齢よりかなり若く見えるのだとか。「見た目年齢は、内蔵年齢」なんて言われますけども、内蔵年齢はどうやら若いらしい。で、2クール終了した現状ですが、腫瘍マーカーの CA125が3400あったのですが、68に下がり、前の治療では減らなかった腹水が殆ど消えたんですご高齢ゆえに心配していた副作用ですが、特に辛い副作用も出ず、食事も摂れ、休薬期間には旅行に出かけるほどお元気(※この腫瘍マーカーは、女性患者さんの場合に限り、胃癌、大腸癌でも測ることがあります)癌が判明した6月には、最初の病院でも、次の病院でも 「とても年なんて越せない、無理」 と言われたこの患者さんは、お元気そのものでクリスマスを迎え、まさに年を越そうとしておられますよん
2009年12月24日
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ここ数日、なんか右の人差し指の先っちょが痛い。。。見た目、何とも無いのに何でだろ???って思っていたらば・・・そー言えば車から降りる時、静電気の青い光がここから走るのを2回見たっけ。どーも、皮下で火傷しているっぽいです。で、博士に言うたらば、「何の為に革のキーホルダーにしとんねん」 と言われてもーた。先に革でちょっと触れて、電気を少し逃がすようにわざわざ革のキーホルダーにしてる・・・って、はよ言わんかい再発胃癌患者さんとの出会いがありました。そー言えば、年齢を聞いてなかったけど、多分30代(女性)です。この患者さんは2年前に胃癌が判明して、胃と脾臓を摘出する手術を受けてます。その時のステージは1b。ですので、恐らく胃の摘出と言っても全摘ではなく部分切除でしょう。どれだけの切除であったのか、ちょっとわかりませんけども、派手に切ったとしても、まぁ癌が発生した個所にもよりますが、大抵は幽門を残します。術後、3ヶ月毎に血液検査と、CTを受けていたと言います。検査だけで、抗癌剤治療はなし。ステージ1では抗癌剤治療までは普通、やりませんからね。ところが、2年経過した時に大腸への再発が認められました。ここで抗癌剤治療が開始となったんです。この場合、大腸への再発ということは、腸閉塞の兆候が見られたって事です。腸閉塞の兆候が見られると、手術ではなく抗癌剤の治療のみになるのが一般的です。再度、開腹して癌を切るなんて事は先ずしません。開腹するとすれば、それはバイパス手術であって、これは姑息的手術とも呼ばれている手術です。残念ながら、癌治療の為の手術とは言えないものがあります。誤解の無いように補足させて頂きますけども、決して、バイパス手術を否定している訳じゃありませんからね。バイパス手術により、食事は普通に摂れるようになりますし、それによって体力が維持できますし、抗癌剤治療の副作用も、食事が摂れる方が軽く済むというデータもあります。良い面もちゃんとあるんです。癌は居座ったまま・・・なんですが。ご本人は落ち込みながらも、抗癌剤治療を受けておられました。何の目標も持たずに、辛い治療を続けるのは辛かったようです。主治医の姿勢が、後ろ向きなのも辛かったようです。そんな時に、海外に住む20年来の友人が私を紹介してくれたそうで、私の元にメールが届くようになりました。それでつい先日、米村先生のセカンドオピニオンを受けて来られたのですが、米村先生の前向きで優しい言葉に、その場で泣いてしまわれたそうな。。。そこで、自分の胃癌の事を初めて知ったようです。早期でも進行性の特徴を持つ、類似性スキルス胃癌であったこと。胃癌は大抵4つの型に分類されますが、このどれにも当てはまらない5型の癌であったようです。確か、以前も先生が「スキルスはスキルスなんやけど、スキルスじゃないスキルス」なんて、わっけわからん説明をした胃癌がありましたけど、どうもそのタイプの胃癌みたいです。どう違うのか?ですが、スキルス胃癌とはちょっと違う進行なのだとか?スキルス胃癌の場合は、胃の下側から癌がこぼれ落ちて行くのが一般的なのだけど、この類似性スキルス胃癌は、胃の真中部分から癌がこぼれ落ちているのだとか?必ずしも真中とは限らないでしょうけども、イメージ的には、重力を無視して進行している・・・みたいな感じでしょうか。。。(もうちょっと勉強しときますm(_ _)m)タイプがどうであれ、治療法は同じなんですけどね。で、早々に腹腔内化学療法が開始されました。そのポートを埋め込んだ時も、またまた泣いてしまわれたそうな。。。んな、何度も泣かんでも^^; 治療は辛いだろうけど、決して負けませんこんな言葉が添えてありましたよ
2009年12月22日
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先日、ここで「もしや危篤」と思えるメールが届いた事を書いたら、それを読んだご家族が翌日、メールをくれました。どうやら、脱水症状のようです。60代の直腸癌の女性患者さんです。2008年秋に腹膜播種と、肝転移が判明し、手術不可でストマのみ造設となりました。その後、FOLFOX6+アバスチンの治療を地元病院で受けておられました。春の時点で、アバスチンを13回行っていました。患者さん本人は抗癌剤治療を受けていれば、癌は治ると思っていたようで、ご家族が手術への道を探っている頃、当の本人は???だったみたいです。ですが、FOLFOXのオキザリプラチンの副作用で顕著に現れるのが、手足の痺れですが、これが酷くなったようで・・・そこで、抗癌剤を止めたい思い、治りたいという思いが芽生え、手術の道を選んだという経過でした。ここにきて、「抗癌剤では癌は治らない」 と知ったという風です。手術をしても治るとは言えず、術後も抗癌剤治療は続くものだという説明はしました。それでも、辛い痺れが延々と続くことに嫌気がさしていたのか、治療しても明るい先が見えないというより、何時真っ暗になってしまうかわからない不安にかられたのか・・・手術を受けたいと、ご本人が希望されるようになったんです。幸い、抗癌剤治療のお陰で腫瘍が小さくなっていたので、手術という選択肢が見えてきました。ただ、この時点での懸念は、アバスチン使用の手術への影響です。アバスチンは大腸癌で認可が降りて、2年くらい経ちましたでしょうか?(胃癌には保険適用外です)とにかく、歴史がメチャ浅いんです。「出血すると止まりにくくなる」という話は聞いていましたけど、実際のところはどうなんでしょ???って感じです。手術するならば、アバスチンを止めてどれだけの期間を空ければ良いのか、症例が少な過ぎでわからないというのが、本当のとこです。空ければ空ける程、安全かもしれませんが、そんなに癌の進行は待ってはくれないでしょう。手術による合併症や、感染症のリスクは、通常より高いと言わざるを得ず・・・やってみなければわからない、祈るしかない・・・ってご家族もご本人も覚悟を決めました。3ヶ月空けての手術となりました。やはり・・・なのか、たまたま・・・なのか、回復に時間がかかりましてねぇ・・・ストマの影響もあり、結局、3ヶ月の入院となったんです。これはアバスチンの影響とは、言えないかもしれませんけどね。抗癌剤治療を長く受けている患者さんだからかも?しれませんし。大変失礼な表現ながら、「若い」 という年齢ではありませんから、体力的な問題なのかも?ですし。数例で判断は出来ませんから、わっかりません。ただ、長期抗癌剤治療(薬剤を問わず)を受けている患者さんの、消化官穿孔の報告例が増えていると、何かの雑誌で読んだ記憶があります。この患者さんが退院して、地元で受けた抗癌剤治療の後、酷い下痢が続いていたようです。何故か高熱が出ましたが、これは市販薬で直ぐ下がったようです。ですが、痺れがまた酷く、眩暈も酷くなり、尿が僅かしか出ず、血圧が低下したというので、てっきり、危篤かと思ってしまいました「酷い下痢続き」 を聞いてなかったんで^^;尿が出ないというのは、便が出ないとは比較にならない程、大変なことですからね。電解質の点滴で、尿は普通に出るようになったようです。今は、熱が又出ているようで、もうしばらく様子見の状態となりました。危険と思った状態は脱水症状だった訳で、これは回避できてます。
2009年12月20日
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昨日は、久しぶりに学生時代の友人と会ってきました。朝一番に、大腸癌の患者さんのご家族から、「危篤」 を思わせるメールが届いたので、常にケータイを気にしながら。。。この友人と会うのは、数年ぶりです。新幹線の線路近くのデパートの最上階で、ランチを摂っていたら、黄色い新幹線があれが、ドクターイエローかぁ。。。初めて見ましたわ。本当に真黄色なんですねぇ。昼間でも走るんですねぇ。。。彼女も、父親を胃癌で亡くしています。2年前だったと思います。ここでも書いたことがあります。胃癌と診断を受けて、市内の病院で早々に手術。手術でリンパ転移が認められたので、術後1ヶ月でTS-1の服用が開始されました。ところが服用後、1週間か10日だったか・・・全身に真赤な湿疹が出てしまいました。それが、赤黒く変色した時点で 「こりゃ大変だ!!」 と病院へ直行。入院となりました。入院してから、酷いしゃっくりが始まり、止まらなくなったんですねぇ・・・何とか止まらないものかと、あれやこれや思案しているうちに、入院2週間で他界となったんです。しゃっくりは別にして、免疫が異常に反応した為に、全身に湿疹となったのだと思われました。薬剤に対する、拒絶反応だと推測しています。免疫異常の怖さを、知りました。そもそも、抗癌剤にはどの薬剤にも死亡症例があります。無い抗癌剤なんて無いと言っても過言じゃないでしょう。8年前に父がTS-1を服用したときは、まだ新薬の扱いでした。丁度、死亡例が出て間もなくて、怖い薬だと思って使いたがらなかった医師がいたほどです。死亡してしまう場合も、稀ながらあるのだと、当時の主治医から説明を受けました。100人に1人くらいの割合だと。(これは、8年前の話で、今はこのデータは当てはまりません 死亡割合は、もっともっと少ないはずです)胃癌のことなら、多少なりとも知っているつもりでした。症例数も結構知っているつもりでいましたが、まさか友人の父親に、こんな事が起きるなんて・・・・「稀な患者さん」 がこんなに身近にいたなんて。。。リンパ転移が、どこまでのリンパ転移だったのかはわかりません。3郡までの転移だったとか、大動脈周りのリンパに癌があったのかとか・・・詳細は聞いてませんが、腹膜を含めて、他にも転移があったという話は聞いていません。胃癌と判明して3ヶ月でした。普通はまずありえない、ごくごく稀なケースですが、あまりの早さに驚いたものでした。突然とも言える他界だったので、それからの大変さを、笑いを交えて聞きました。うちもねぇ・・・なんて、自分の父の話も笑いながらしてね。同じ痛みを知っていると、当時の辛さをこんな風に話せるものなんですね。
2009年12月17日
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さすがに年末が見えて来ると、何かと慌しく・・・忙しく・・・いよいよ、PCに向かえる時間も限られる季節となりましたひぇ~先日、米村先生にセカンドオピニオンをまとめてお願いしたら 忙しそうやねぇ(・・・今頃、何ゆうとんねん 何時ものコトですケドぉ?)最近は、ちょっとばかり手抜きして、敢えて先生には伝えず、勝手に患者さんを送っておりましたんで、先生が知らないだけなんですよねぇ^^;ここだけの話ですけども、我が家では・・・つまり博士と私は先生のことを 「脳天気オヤジ」 と呼んでおります。皆さん、これは内緒ですよ言うておきますけど、これは陰口じゃないっす。だって、本人に言うたことありますもん、 うちじゃ、先生のこと何て呼んでると思います? 世話の焼ける 脳天気オヤジ ですよって。えっ?先生は気分を害しただろうって? あっははは・・・・ すみませんねぇ・・・って、笑ってましたよん。(自覚はあるらしい・・・)私の元に届く相談メールは、殆どが胃癌、大腸癌の患者さんなのですが、ごく稀ながら 「原発不明・腹膜播種」 の癌患者さんからも届きます。年に数人です。その 「原発不明・腹膜播種」 の癌患者さんが先日手術となりました。実際に開いて見ても、原発がわからなかったんですが・・・実は、この患者さん、4月にも地元病院で開腹しているんですが、この時も原発がわからずで、バイパス手術のみの応急手術だったんですね。腸閉塞の症状が出てから病院に行き、検査を受けるも原因わからず。。。この時、腹水も少量ながら認められました。ですが、腹水自体は検査できるほどの量でもなく・・・2~3ヶ月、定期検査を受けながらの経過観察だったんです。ところが、酷い腹痛と嘔吐で、いよいよ開腹となったのが、4月という訳です。これは、腸閉塞の典型的な症状ですね。そこで医師が、癌を目の当たりにしたという経過でした。かなり癌に侵されている状態で、原発もわからず、子宮、卵巣も膨れた腸で見ることさえ出来なかったと。それで、何とかバイパス手術だけ施行し、ここから抗癌剤治療が開始されました。治療開始は5月でした。この時点で、米村先生の元へ来られました。TS-1の服用はしていたものの、腹水が多量に溜まっていたので、ここでFOLFOXに切り替えます。このFOLFOXが、劇的と言っても良いほど効果が出ましてね。家族も、医師も驚く程の元気っぷり当初は、抗癌剤での延命治療しか視野になかった先生も、あまりの効き具合に手術を考えるようになったようです。ここにきて、原発不明とは何で?と疑問になり、頂いた過去のメールを読み直してみました。先日、ご家族から、「5年前に盲腸をやってます」 と聞いたのがきっかけです。そして、これまでの経緯が詳細に書かれていたメールを見つけました。実に長い長いメールです。毎日、メールが届く日々の中、かいつまんでしか読んで無かったような気がします。ごめんなさいそれをじっくり読み直してみたら・・・ひょっとして、虫垂癌じゃなかったのだろうか?という疑問が浮かんできました。盲腸って言うと、誰も何も心配しません。手術して入院している理由が、「盲腸」 なら、誰も心配しませんもんねぇ?ですが、5年前からの体調変化を読んで、虫垂癌の再発では?と思えて仕方ありません。虫垂癌の再発で、腸閉塞となったのでは?と。証明は出来ません。盲腸で虫垂を切除しても、必ずしも病理検査を行なうものじゃないみたいなんで。そのまま廃棄処分してしまう場合もあるとか?検査したのかも?ですが、初期であれば目視出来る癌はなく、細胞をくまなく調べる訳でも無いでしょうし・・・もし、私の推測が当たっているとしたら、この再発は防げたかもいや、いや、そうは言い切れない。そんなことは誰にもわからない。「たら」「れば」を言うても意味はないし・・・と、わかっていても、つい思ってしまう 「たら」 「れば」 です。この 「たら」 「れば」 には、悔しい思いが込められますわ・・毎度のことながらね。今更、過去を振り返っても仕方無いんで、先ずは早く回復して頂いて、元気になったら又、治療に励んで頂いて、元気を取り戻して頂きたいと思っております。
2009年12月15日
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先日の患者さんの話を、もう少しだけ。。。術後、1ヶ月を経過しても痛みが取れないと、ご友人からメールが届いた頃は、痛みゆえに、電話もメールもままならなかったご様子でした。気力が無かったのかもしれません、この時点で、鎮痛剤を変える事を提案しました。痛みはストレスでしかないと、ここでもよく書きますが、ストレスがある状態では全てが上を向いてくれません。何より気力を無くしてしまいます。気力無くては、治療の効果も半減してしまうし、回復にも差し障るというものです。鎮痛剤を変えてから、痛みから開放されたようです。それから途端に、メールが届くようになったと、ご友人も言われました。私にメールが届くようになったのも、痛みから開放されたからのようでしたね。痛みから開放されたら、一つ自由を取り戻したって事でしょう。急変した日(旅立つ前日)まで、この自由は手元にあったようです。これまでも、多くの患者さんから旅立つほんの少し前まで、メールや電話を頂いています。その都度、思い出すのは戦友であるヒゲさんのこと。。。昨年、膵臓癌で40代で旅立ったヒゲさんは、旅立つ1ヶ月半くらい前から、鎮痛剤の影響からメールも、電話も自分から出来ませんでした。病院内を歩き回り、食事も少しながも摂れていたのに、集中力が続かないばかりに、「メールを打っても、打ちながら何を書いていたのか忘れていく」と、本人が言ってました。だから、本も読めないって。読んでも頭に入っていかないのだと。すみません、これは余談でした。。。話は戻って、このスキルス胃癌の女性患者さんは、米村先生の外来にとっても行きたがってました。 何故、食べれないのか聞きたいんですって、言ってね。地元の医師は、「小腸に癌があるから、どんどん食べれなくなる」 って説明したようです。ですが、本人は骨盤周り以外の癌は全部取ったから、食べれる筈だって言ってね。だから、 「説明を聞いて納得したいし、直ぐに治療を始めたい」 って言ってました。この訃報は、当の患者さんが行きたくて行きたくて仕方が無かった、外来主にも伝えました。 ふぅ~っって、大きく溜息を付いてました。それから、改めて他界した日を確認して、何かに書き留めているご様子でした。そして いつもケータイを握りしめてる人でねぇ 不安だったんやろなぁ・・・と、ポツリ。患者さんからは、米村先生の回診はまるで風のようだとよく聞きますが、こんな所をちゃんと見ているんだなぁ。。。この急変は、本当に寝耳に水のような出来事でした。これでも、随分と先が予測できるようになりましたけど、彼女の場合は本当にわからなかったです。インフルエンザのワクチンを接種したと聞きました。ご家族の印象では、それから具合が悪くなったような気がするとも。。。でも、因果関係はわかりません。せめてもう一度、外来に行けたら良かったのに。。。
2009年12月12日
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今朝、訃報が届きました。患者さんは、スキルス胃癌の女性患者(30代)さんです。この患者さんとの出会いは、ちょっと変わっています。この患者さんを渾身的にサポートしている、ご友人からのメールがキッカケで知り合いました。既に、米村先生の手術を受けた後のことです。ですので、発病からのことは、詳しくは知りません。わかっているのは、・以前、手術を受けていたこと・その時には腸閉塞の兆しが出ていて、ストマに加え、バイパス手術で終わったこと・その後、抗癌剤治療を受けるも、次々と薬剤耐性が出来てしまい、もう打つ手が無くなっていたこと・再度、腸閉塞の状態になってしまったこと・それから、米村先生の元へ来られたことこのくらいです。食べれない状態だったようで、何とか食べられるようにしようと、再度の手術となったようです。この時に、癌も出来るだけ切除したようですが、骨盤周りの癌は取りきれず、残す形となったようです。退院したものの、痛みが取れない日々が続いたようで、地元の元の病院で入院となりました。この痛みが術後1ヶ月を過ぎても続くので、心配になったご友人が、私にメールを送ってきたという訳です。地元病院の医師が、一番に疑ったのが、骨への転移でした。骨盤周りに癌が転移していたという事が判明していましたので、この可能性は否定できず、高いように思いました。実際、検査の予定も入ったのですが、検査台に乗ることさえ辛く行えませんでしたが。。。このあたりから、ご本人とメールのやりとりが始まります。食事が殆ど摂れずに体力が低下していることや、米村先生の外来に行きたいのに、退院のメドが立たない焦りや、地元の医師に対する不信感や・・・色々な思いが届きました。ここの医師には見放されたことがありますから、信じられませんという言葉もありました。実際は他所の病院で、勝手に手術してきた患者さんを、また迎え入れてくれる病院なんて、滅多にあるものじゃありません。受け入れてくれた時点で、好意的だというのが今の医療の現状です。本人が思うほどは、酷い病院じゃない筈なんです。体調の悪さが、そう思わせてしまったのでしょう。。。焦り具合は特に凄くて、いきなり、 明日、病院を出て米村先生の外来に行きます!!って、メールを寄越したこともあります。明日って・・・外来日でも何でも無い日なんです。何時でも大丈夫っていう私の説明が良く無かったのだと、慌てて補足のメールを送りました。よく考えれば、とっても行ける状態じゃないってこと、私にもわかりましたけど、何だか、何が何でも行きます!!って強い意思がメールには込められていて、とんでも無い無茶をするんじゃないだろうか・・・・って不安にさせるものがありました。そんな中で、中心静脈にポートを入れて、完全に点滴で補うことが提案されます。 食事が摂れなければ、とっても戦えません まだまだ、治す気力はあるものですから・・・と、泣き顔の絵文字が入ったメールが届きました。高カロリー輸液の点滴だけで、年単位で抗癌剤治療を受けた患者さんがいる話をして、食事が摂れなくても、栄養的には何も問題が無いこと、ちゃんと闘えることを、説明しました。食事を完全に否定されることは、実際には、相当のストレスで辛いことは知ってます。だけど、闘うことを強く希望しているこの患者さんにとって、それでも 「闘える」 という事を知ることが大切だと思いました。どうも、異物を体に埋め込むことへの、拒否反応があったようです。もう完全に食べれなくなる事を、認めるのは相当凹むものだったようです。 播種=死 と考えたく無いものでして・・・ 悪あがきしてしまいます 高カロリー輸液で生きていくなら、ポートを埋め込むことは仕方ありませんねこう、納得してくれました。このメールが届いてから10日後に旅立ちました。彼女とのお付き合いは、実質1ヶ月程度です。とにかく諦めたくなくて、生きたくて、生きたくて・・・そんな強い思いが常に感じられる方でした。希望を持たせることが、返って地元医師に対する不信感を増長させてしまったような気もしています。不満を抱きながらベッドに横たわる日々は、あまりにも悲しすぎます。もっと早くに出会っていたかったです。いえ、もっともっと長くお付き合いがしたかった。。。
2009年12月09日
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久ぶりに、胃癌・腹膜播種の患者さん(50代・女性)の経過メールが届きました。この患者さんのことは、以前にも書いております。今年の春に胃癌が判明し、開腹手術を受けるも多臓器に転移は無いものの、腹膜播種でそのまま閉じる結果になった患者さんです。この1ヵ月後に、米村先生の元へ来られ、TS-1服用と併用して腹腔内化学療法を受けました。約2ヶ月、この治療を受けていましたけども、まぁ、山あり谷あり、その上にまた山あり・・・みたいな状態でしたねぇ・・・ご家族からは、これらの山や谷に出会う都度、電話がかかってきたものでした^^;ケータイへのメールも、よく来ましたよ~遠路から来られたので、マンスリーマンションを借りての治療でした。慣れない環境に加え、狭いマンスリーマンション暮らしでは、ご家族揃っての生活とはいきません。患者さんは、ご主人と生活してましたけども、遠方のお子さん達は心配や不安で苦しそうでした。実は、この患者さん、ご主人も過去に胃癌を患ってます。ご主人の方は、早期胃癌、それも大人しいタイプの胃癌だったようで、手術して何も問題なく、早々に元気を取り戻されたようです。ですので、「胃癌」 と言っても、問題なく元気になった胃癌の先輩が家族にいたので、「手術不可」 と言われるまで、さほど慌てもしなかったようです。「手術不可」 との診断から慌て始めたようですが、治療をすれば、手術をすれば、きっと元気になる・・・だって、そのお手本が家にいるのだからって、心の中で思っていたようです。ですが、治療開始早々、トラブルがちょくちょく出てしまいました。腸閉塞の症状が現れるし、腹水が溜まってしまうし・・・腹腔内化学療法の為に埋め込んだポートの傷口から、腹水が多量に漏れ出る始末。腸閉塞による痛みや、腹水による圧迫から食事が摂れない等々・・・その都度、電話が鳴った記憶があります。そのトラブルを全て、クリアして手術となったのが、今年の6月でした。目視出切る癌は全て切除したものの、術後、早々に腹水が溜まり、足の浮腫みが酷くなり・・・術後の抗癌剤治療は、術前同様を予定していたのですが、イリノテカンに変えての治療が開始されました。相変わらず、食事の困難が続いていたので、退院後は高カロリー輸液の点滴を、在宅介護に力を入れているクリニックでお世話になりながら、ご自宅で過ごしておられました。で、今現在の状態ですけども、イリノテカンが効を奏して食事が摂れるようになり、高カロリー輸液の点滴も不要となりました。腹水も、浮腫みも無いようです。ご家族から届いたメールでは お陰様で、元気ですでしたよ~この経過には、私自身も驚いております誠に嬉しい驚きですけどねいやぁ、術前も術後も一時は本当に心配しました。奇跡って言っても、過言じゃない経過です。ホント、びっくりです。地元病院を確保しようと、退院後に早くから、あちこち病院巡りをしてましてね。その時に、「緩和ケア」 を強く薦めた医師もいたほどなんですよ。「患者さんは、もう治療をするより楽になりたいと思っている筈ですよ」って、言われたそうな。こーゆー患者さんもいるんだなぁ~と勉強になりました。※この患者さんのご家族へご依頼の件、近日中にしておきますからね
2009年12月08日
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ひろりんちの、クリスマスツリーでございます毎年、飾り付けしております。・・・って言うか、毎年、博士から いつ飾るの?と、煽られてから、バタバタとやるんですけども^^;今年は、200円ほど設備投資をしまして、サンタの前に星のイルミを二つ増やしました写真じゃわかり辛いですが、ランダムに色が次々に変わる優れもの。これ、100金で売ってました。ボタン電池3個で光る仕組みなんですが、電池じゃすぐに終わってしまうんで、博士が得意の電線をいじりまして、コンセントから電源を取ってます。うちのサンタさん、可愛いでしょ20年以上前に、母が職場の人から頂いたものです。先月12日に、 「手術を決意!!」 と題して書いた、ナオちゃんからもう随分と前にメールが届いてます虫垂癌・腹膜播種の40代の患者さんです。かなりの大手術となりましたが、目視出切る癌は全て切除できたようですよ~かなりの大手術だったこともあり、術後早々に歩け!歩け!とはいかないようですけども、メールが出来る程の「元気」は、ちゃんとあるようです。感染症による、高熱が出ているようでしてねぇ・・・それでも、ご本人は 「ありがとうございます」 の言葉と共に、前を向いて頑張っている最中です。ナオちゃんという方はですね、芯の強い人だって感じております。多分、ご自分でも気付いていないと思いますけども。これまで通院していた病院の医師から、ハッキリと、「手術するなら、もうここへは来ないで下さい」と、言われた患者さんです。癌治療に関しては、高名な病院に別れを告げたという訳です。遠路の病院の選択となれば、不安はどうしても付いてきます。不安は無い訳じゃなく、自宅に帰ってから体調を崩した場合を想定すると、怖くて仕方なかったけど、抗癌剤に耐性が見えてしまい、もうこれしか選択の道は無いと一世一代の決心をされたのです。切羽詰ったと言えばそれまでですが、それだけじゃ決断なんて出来なかったと思います。ナオちゃんのご家族を思う気持、そして後悔したくないという自分自身の気持が、決心させたのだと私は受け止めております。回復まで、もう少し!!頑張れ、ナオちゃん!!
2009年12月06日
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2週間くらい前だったかなぁ~ここでご紹介したいと思うメールが届きました。メールの送り主は、ご遺族です。この方のお姉さまが36歳で、スキルス胃癌で2007年の夏に他界されています。私のブログをずっとご覧頂いている方は、ご記憶にあるかと思いますが、患者さんのお名前はmisaeさんです。この方の事が、関西ローカルの番組で紹介されたそうで、連絡をくれました。以下のHPで紹介されています。http://www.mbs.jp/voice/special/200910/21_24495.shtml記のページをご覧頂くとわかりますが、misaeさんは、民宿のおかみさんです。病気が判明してから、何かを残したいという思いから音楽CDを製作しました。ご本人から、この音楽CDが私の元にも届いています。届いたCDには、長い手紙も同封されていました。便箋5枚です。今回、弟さんからメールを頂いたのを機に、この手紙を読み返してみました。出来上がったCDには、母親として、沢山の残したい思いが込められていますが、届いた手紙には 「一人の癌患者」 としての思いが沢山込められています。きっと同じ思いで苦しんでいる患者さんは沢山いるでしょう。そんな患者さん達に、「貴女だけじゃないのよ」 と、もしかしたら、misaeさんは今も訴えたいのかもしれないと、手紙を読み返して感じました。misaeさんのスキルス胃癌発覚のキッカケは、空腹時の胃痛だったようです。この胃痛は、何故かアメ玉をなめると治まったそうで、本人はさほど気に止めなかったようですが、丁度、家族旅行を企画していたので、その前に検査だけ受けてみようと思ったそうです。2006年の春のことでした。病院で胃カメラの検査を受けた時も、「胃潰瘍」 程度にしか思っていなかったと書かれています。ですが、この時に胃カメラでの生検で癌が見つかり、リンパの腫れも画像で確認できたようです。(既に、胃が全面的に癌に侵されている状態で、先ずは抗癌剤からと、タキソール+フルツロンという治療を受け、その後、手術を受けました) 家族は皆、泣いたけど、私は泣けなかった なんで? どうして? 今まで、胃の痛みなんて全くなかったのに なにが悪かったの?(この文↑は、misaeさんの言葉のままです)ここから、misaeさんの戦いが始まります。スキルス胃癌を、懸命にネットで探しまくったそうです。どこをどう探しても、「死」 のことばかりが書かれていて、怖くなって調べるのを一旦は止めています。「患者さんのブログには、励まされるものもあったけど、結局、皆、居なくなっている」この現実が、怖くて怖くて、泣けて泣けて、仕方なかったようでした。「死」 の恐怖と共に、「時間が無い」 恐怖・・・ ですが、どうしても仲間が欲しくなり、今度は同じ病院内で仲間を探し始めます。でも、misaeさんいわく、「胃癌なんて、おじさんばかり・・・」 仲間と呼ぶには、年齢も境遇も違い過ぎたようです。そして、またmisaeさんは、PCに向かいます。 「敵を知らなければ、闘えない」 との思いからです。そこで、私を見つけ、メールが届くようになったのでした。この当時、私のブログを見つけるのは、大変だったと思うのですが、これも縁だったのだろうと思います。術後、改めて病状の深刻さが判明します。医療雑誌や医療データには、生存率や、治療法による延命効果が、数字で出ています。この数値は、月単位や週単位で表すことが殆どです。そしてこれは、あくまでも、「生存」 を表しているに過ぎません。「生存」・・・これは、「生存=元気」 では無いことを、misaeさんはちゃんと心得ていました。何をクリアすれば、「元気」 という単位になり、何をクリアできなければ、「生存」 に変わってしまうのか・・・これは、人により違うでしょう。misaeさんの場合は、「元気」 の単位を 「自由に家族と出かけられる」 ことにしていたようです。だから、余命なんてどうでもよくて、「元気」 な時間がどれだけ残されているのか、これがどうしても知りたかったんです。その時間を、めーいっぱい、意義ある時間にしてやる~って風でしたね。そして、一人の癌患者としての思いが、沢山書かれていましたけども 死んでしまえば、こんなこと言っててもおしまいだな・・・とも思います と、文面の終わりの方には、書かれていました。んなこたぁないです!!ちゃんと、今もmisaeさんの思いは生きていて、残っていて、少しずつ浸透していってますからね。ご自分をちょっと遠くから見ることが出来た人だと思います。どこか、空回りしている自分を感じながらも、懸命に生きた人だと思います。 ひろりんさん、皆さんの心の支えを、いつまでも続けてくださいねこの文面で手紙は終わっています。。。
2009年12月04日
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どーゆー訳かここ連日、メールのお返事をしようと、気合入れてPCに向かうとケータイが鳴る・・・という事が重なりまして、更新はサボるわ、メールはお待たせするわで、皆さまにはご迷惑をおかけしておりますですm(_ _)m先日、こちらにコメントを頂いたCOCOさんのご主人の話を、米村先生にしてみました。この患者さんは、40代のスキルス胃癌の男性患者さんです。術後、元気に1年半が経過されました。 ○○さん、3日で1升のお酒を空けてしまうそうですよ 3日で1升なら、そんな多くないやん 1日1升なら多いけど そうは言っても、去年胃癌を患って、胃を全摘している患者さんですよ 奥さんは心配しますよ、飲みすぎだって 酒の量を減らしたいなら、安い酒を買ってくれば良いですわ 安い酒は美味くないから、そんなに量は飲めんからねぇ・・・ あっはははは・・・・(なるほど~そっかぁ~、納得・・・ってなるわけないやんこんな話をした私がバカでした)この患者さん、最近、太ってきたそうな。。。。元気満タンだそうな。。。。もともと、この患者さんには驚かされっぱなしなんです。胃全摘、脾臓、胆嚢切除、リンパ2郡カクセイ及び、腹膜部分切除を受けてます。術前に腹腔内化学療法を施行しましたが、手術時には、ここに癌があったと思われる痕はあったものの、病理でも癌は出てこず。明らかに癌の痕は残っていながらも、癌はどこからも出て来なくて、もしや癌じゃなかった??とまで、思える状態でねぇ・・・念の為、最初に開腹した(開腹したものの、播種があったので閉じました)病院で、病理検査等の詳細データを改めて取り寄せたりしてねぇ・・・間違いなく、胃癌で腹膜播種なんですよ。当時、余命3ヶ月だったか、半年だったか・・・余命宣告まで受けてますからねぇ。シャレにならない状態だった事は、間違いないんです。手術内容だって、定型手術に加え腹膜部分切除ですからね、大きな手術に間違い無いんですが、術後2週間で退院、一人で新幹線に乗って帰ってきちゃった人です。2週間ばかり一人で旅行してきた・・・って感じなんですよ。オマケに、まっすぐ自宅に帰ってきた訳じゃなく、途中下車して息子さんの野球の試合なんか見て帰宅という、ありえへん・・・です。その後も、早々に仕事に復帰するわ、趣味の釣り三昧はするわ、船舶の免許を取るわ・・・とにかく、ことごとく私の中の常識をひっくり返してくれてます1年半前は、奥さんが泣きながら電話してきたんですけどねぇ・・・で・・・今回は、お酒3日で1升事件という訳ですわ凄いですねぇ・・・これからもどんどん、私の常識をひっくり返しちゃってくださいませ
2009年12月02日
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