全12件 (12件中 1-12件目)
1
昨夜、とっ~ても嬉しいメールが届きましたので、今日は連日更新しちゃいます(まだまだ、お待たせメールが多々ある中でスミマセン)スキルス胃癌・腹膜播種で術後1年を迎えた患者さんの報告です患者さんは60代の女性で、スキルス胃癌・腹膜播種で手術不可の状態で病名が判明しました。娘さんから相談メールが届いたのは、2007年の秋です。この患者さんの場合、実に慎重でしたねぇ・・・腹腔内化学療法を受けて、手術を目指すという治療法を提示されてから、迷いに迷って、2度セカンドオピニオンを受けています。この時点では、手術に持ち込めるようになるか否かは、全くの白紙状態でしたが、上手くすれば選択肢が一つ増える訳です。選択肢が一つ増えた時点で、また、考える事もできますからね。2007年12月から、それまでのTS-1服用と併用して腹腔内化学療法が開始されました。辛い副作用ですか?出ちゃいましたよ・・・食事が取れない、下痢、もう止めたい・・・って思うようなキツイやつがね。ご本人は相当辛かったと思います。それを側で見ているご家族も辛かったと思います。嫁ぎ先で、その様子を聞くだけの娘さんも、かなり心を痛めていました。たまたま、一度だけなんですが、治療入院中のこの患者さんとはお会いした事があります。治療の辛さを、娘さんからはちょくちょくお聞きしていましたので、その苦労を労い、エールを送りました。今しばし、頑張ってみてください・・・って。その時は、食べれなくてねぇ・・・って、しみじみ言われましたけど、笑顔を見せてくれました。それでも、頑張った甲斐がありまして、昨年の2月に手術となりました。胃全摘、脾臓、胆嚢、子宮、卵巣切除。腹膜の部分切除に、リンパ2郡カクセイです。大手術でした。それだけ、病気が進行していたようです。術後の病理検査の結果では、ステージ4だったのが、ステージ2にまでダウンしていて、腹腔内化学療法が見事に効いてくれていた様子です。また、純粋な?スキルス胃癌ではなく、変異した5型の胃癌だと先生から言われたと、娘さんから聞きました。これまでも、結構あるんです。スキルス胃癌って言われて来た患者さんが、実は、ちょっと違ったという事が。でも、腹膜播種の胃癌であれば、これは一大事ですので、心配度は同じなんですが、あくまでも学術的レベルで見た場合の話です。患者さんサイドからみたら、あんまり関係ないです。これだけの大手術という事もあり、体力の低下も大きく、入院中に感染症というアクシデント。入院期間は1ヶ月半と、長引いてしまいました。退院後の苦労も、多々あったようです。その後、ずっと連絡が無かったので、気になっていました。ボチボチ術後1年が経つけれど・・・どうしておられるだろうか・・って。お付き合いのある患者さんが、手術された日は私の手帳に書いてあります。多いですよ~月に何人ものお名前が書いてあります。強敵の腹膜播種ですからね、再発してしまった方、今はもう旅立ってしまった方・・・決して少なくありません。ですから、自分から「お元気ですか?」って聞くのが、正直怖いんです。でも、連絡が無いとずっと、ずっと気になってしまって・・・メルアドを変更して、連絡をする時も、この方には連絡しても良いものだろうか???なんて、考えると、手が止まってしまったり。だから、今回のアド変メールは過去半年を対象に、120人までは数えて送信したのですが、それ以前の方には躊躇してしまって。。。多忙はしてますが、気になってしゃーない患者さんは沢山いますんで、たまにはメールくださいね。・・って、話が横道にそれちゃいましたね。で、で、で、この60代の女性患者さんですが、見事、無事、術後1年を迎えました~大手術の後、大変な苦労もあった様子ですが、術後1年を迎えらるようになり、ようやく術前の状態にかなり近くなってきたと、報告を頂きました。術後1年経って、ようやく新たな人生の始まり・・ってところでしょうか。間違いなく、人生の時間を延ばせたようです。患者さんご自身が頑張って勝ち取った、時間でしょう。このまま、ずっとお元気のままで人生を楽しんで頂けたら・・・と心から願っております。また、術後2年、3年・・・経過連絡をお待ちしております。
2009年02月28日
コメント(0)
大腸癌の患者さんから、再発の報告が届いています。この患者さんの事は、以前に書いた事があります。70代後半の女性患者さんで、癌歴30年近い方です。50代の初めに乳癌が、末期の状態で判明した方で、この末期を見事乗り越えられました。乳癌は、胃癌や大腸癌と比べて、スパンが長い癌です。大抵の癌が5年間、再発しなかったら「完治」という目安がありますが、乳癌の場合は10年とも言われています。その乳癌を見事、克服されたのですが、後に大腸癌が判明。大腸癌の手術を経て、この大腸癌が再発するまでに、行った手術回数は9回と聞いています。まさに、癌との戦いを何度も繰り返し、百戦錬磨の人生を送られてきた患者さんです。大腸癌の再発が、腹膜播種という形で判明した時に、娘さんから相談メールが届きました。丁度、1年前のことです。この患者さんの場合は、他の患者さんと経緯が少し違います。地元の病院で抗癌剤治療を続け、その奏効をみて米村先生が手術・・・という形を取りました。ですから、定期的に検査データを持参して頂いて、来院する・・・という風です。この患者さんの場合は、腹腔内化学療法はしていません。これほどまでの手術回数から、腹腔内には癒着が考えられます。手術をすると、必ずと言って良い程、癒着を起こすものです。癒着がある場合、腹腔内にポートを埋め込む事ができません。また、体にかかる負担も考慮して、70代後半という年齢からも、腹腔内化学療法は向かないとの判断です。この患者さんの場合、上手い具合に抗癌剤治療が効いてくれて、昨年の8月に手術となりました。大腸癌の再発からの、再手術です。ですが、高齢の患者さんでもあるため、温熱療法も行えなかったんですが。手術は上手くいって、無事に回復し退院の運びとなりました。一時は、娘さん宅に居候という形で療養されていましたが、元気回復して、また元の一人暮らしに戻ったんです。スゴイですよね、お歳もさることながら、これほどまでに何度も癌を克服しつつ、戦いつつ、一人暮らしをされてきたのですから。気丈なお人柄がうかがえます。この時は、患者さんご本人から礼状を頂きましたが、和紙に書かれた毛筆でのお手紙は、達筆すぎ・・・でした^^;ところが、今年に入ってから明らかな腸閉塞の症状が出てしまい・・・2度目の再発となったのです。大腸癌の患者さんですから、胃はあるのですが、食事が出来ない状態となってしまいました。この腸閉塞が改善されないと、吐き気や痛みに襲われて、食事は取れません。栄養点滴で何とかしのいできましたが、いよいよ厳しくなってしまいました。そこで、食事が摂れるように・・また、手術となったのです。食事が摂れないというのは、本当に辛いものです。精神的も相当、参ってしまいます。腸閉塞を起こすと、食事自体が怖くなってしまって、食事そのものを拒否したい心情に駆られる時もありますが、食事は本能ですからね、やはり「食べたい」という気持が沸いてきます。栄養点滴だけでも何とか賄えますが、食事が与えるのは、何も栄養だけじゃありませんからね。一口でも食べて、「美味しい」って感じたら、それは正に「幸せ」そのものですから。食事が摂れるだけでも、人は幸せを感じることができます。その昔、米村先生がこんな事を言っておられました。腸閉塞で全く食事が摂れなくなった、ある患者さんの話なんですが、その患者さんが入院中にずっと、作り物のミニチュアの「お寿司」を、じ~っと見つめていたんだそうです。ただ黙って、ずっと長い時間見つめていた様を見て、何とか食べさせてあげたい・・・と思ったと。食べたいんよねと、しみじみ言われておりました。食事が摂れるようになる事は、幸せにつながりますから。この70代後半の患者さんは、再度の手術となり、今、又少しずつですが、食べる事が出来るようになりました。他にも転移が判明していて、今回の手術では癌を残す形とはなりましたが、一度失った幸せをほんのちょっと・・の段階ではありますが、また取り戻す事ができたようです。「美味しい」って言葉は、幸せのサインですものね。
2009年02月27日
コメント(0)
ここ数日「急患」連絡が相次いでいます。急を要する連絡が多く、ドタバタしております。明るくて、良い話ばかりを書いておきたいのですが、あらゆる状況に選択肢は現れてくるもの。どの状態で、どのレベルの選択をするか・・・患者さんの数だけありますからね。。。この急患連絡の中には、電話もありまして・・・題名の「切ないです・・私」と言った患者さんの奥さんのお話を。この患者さんはスキルス胃癌(50代・男性)腹膜播種で、手術不可の状態で病名が判明しました。判明したのは、2年くらい前のことです。私に奥さんから相談メールが届いたのは、2007年の夏だったか、初秋ではなかったか・・・と思います。2本の尿管が狭窄していて、カテーテルを入れていました。TS-1服用と併用して、腹腔内化学療法を行いました。尿管狭窄がある場合、この尿管にも癌があると想定されますので、手術を目指すとしても、どこまで癌が切除できるか・・・尿管にあると思われる癌が、腹腔内化学療法で消滅してくれれば良いなぁ・・・と思っておりました。治療は順調に進み、手術日程も決まりつつあったのが昨年の春です。ですが、この前にクレアチニンの数値が上昇してしまい、手術は延期、抗癌剤治療も中断となったのです。この場合、腎機能を回復させる事が先決となりますからね。手術は延期となったまま、今に至ります。その後、腎機能は回復してくれました。治療も再開されました。尿管に入れるカテーテルは、定期的に交換せねばなりません。ずっと放置しておくと、尿管の肉に埋まってしまいます。3~4ヶ月毎に交換・・・と言ったところでしょうか。癌が原因で尿管狭窄が起きた場合、交換する都度、尿管は細くなっていくもので、挿入するカテーテルも細くなっていきます。交換していくうちに、いずれ入らなくなる事が予測されます。実際、この患者さんは3回交換しましたけど、3回も交換できた患者さんを初めて知りました。3回も交換できたのは、腹腔内化学療法が効いてくれたからではないか?と私は思っています。ですが、やはり交換できなくなる時がやってきてしまいました。尿の排泄口は確保せねば、早々に命に関わりますので、腎ろうという処置をとりました。腎ろうは、ご家庭で行う場合は管理が大変・・というと語弊がありますが、気をつけねば腎盂炎で高熱!という懸念がつきものになります。奥さんが管理を頑張ったのでしょう、感染症も起こらず、自宅療養が続いています。もうずっと以前から働ける状態ではなくて、それこそ奥さんは、仕事を増やして家計を切り盛りして頑張っています。ところが、この2ヶ月程度でしょうか・・・どうもご主人の様子がおかしい・・・と電話がありました。思い違いや、物忘れがやたらと目立つと言います。抗癌剤の副作用に「記憶障害」という場合も症例的にはゼロではないので、TS-1服用を中断する事となりました。ですが、このおかしな症状は進むばかり・・・色々と原因は考えられます。抗癌剤の副作用もその一つですが、もしかしたら精神を病んでしまったとか、尿毒症にかかってしまったとか・・・転んで頭を打った事もあると言うので、脳のMRIも撮りましたが、脳に異常は見られませんでした。麻薬系の鎮痛剤も使用しておらず、鎮痛剤による悪影響は考えられません。とにかく、考えられる原因を伝え、一つずつ消去という形で原因を探ってみてはどうでしょうか?と返事をしました。泌尿器科や内科の医師とも相談するようにも伝えました。少しずつ会話がおかしくなり、やたらと自宅で転ぶようになり、目が離せなくなって・・・意思の疎通がちゃんと出来ている間は「看病」だと思えますが、意思の疎通が上手くいかなくなると、いつしか「介護」に変わっていきます。目の前にいる大切な愛する家族が、よく似た別人のような感覚。。。これは私も父が貧血により転倒し、脳挫傷を負い、前頭葉を損傷という経験があるのでわかります。ある日突然、住所も電話番号もろくに言えなくなってしまった父。目の力を失い、焦点が合わない父の顔を見た時の衝撃・・・看病は介護に変わり、心身共の負担が増えていく中で、よく似た家族をいつまで、どこまで愛せるのだろうか・・・という自分の中で生まれる不安。そして、そんな自分を嫌悪する自分。どんな状態でも父は私の父じゃないか・・・と、どこかで言い聞かせている自分がいる。。。「切ないです・・・私」そう呟いた奥さんの気持が、何となくわかるような気がしました。
2009年02月25日
コメント(3)
先日は、winkiさんのご主人の「再発」??の経過観察から、術後6年を迎えるという話を書きました。丁度、やんちゃさんの「細胞診3」が出た同じような術後の時期の事でした。腫瘍マーカーも上昇しましてね、経過観察すること何ヶ月だったか半年だったか・・・再発予防のTS-1単剤服用というパターンも変えずに、様子をみてましたねぇ。いつしか細胞診は陰性となり、腫瘍マーカーも正常値に落ち着いて、元気にこの春で術後6年です。TS-1は3年服用して、卒業です。もう一人、この春に術後4年を迎える、スキルス胃癌患者さん(40代・女性)がいますが、やはりですね、同じような事が起こりました。この女性患者さんの場合は、手術はしたものの、開腹してみると癌が胃のショウ膜から顔を出していましてね。腹膜転移は確認されなかったものの、限りなく腹膜播種にクロという状態でした。再発を心配して、術後の同じような時期にペットCT検査を受けたんです。そしたら、腸に光るものがありまして、画上結果では大腸に再発!だったんです。でも、これだけでは確定要素に至らず、経過観察となり3ヶ月後に再度のペットCT検査を受けました。今度は何も写らず・・・で、この春に元気に術後4年を迎えます。TS-1は2年服用して、卒業しました。このお二人のように、術後数ヶ月~半年くらいで、検査結果上で再発?が疑われても、治療も変えず、もちろん再手術なんて事もせずに、元気に4年、6年と経過している方々がいます。ですが、スキルス胃癌や腹膜播種の場合、術後3~6ヶ月で再発という事は珍しくはありません。その判定方法ですが、やはり経過観察をせねば確定要素には至らないので、どうしても「再発では?」と思っても、判定が下るまでは数ヶ月を要するのです。ほんの少しでも体調に変化が現れると、再発?って思ってしまいますが、癌患者さんでも普通に風邪も引けば、食あたりも起こすので、再発とは言えません。逆に、検査結果で癌の縮小が見られたり、腫瘍マーカーが下がっても、即には喜べず、これまた経過観察が必要となります。腫瘍マーカーも細胞診も、1度では何とも言えない・・・これがホントのところみたいです。これまで、多くの患者さんの「再発」に出会ってきました。どなたも・・・とは言いませんけども、体調の不調を訴える事から始まるようですが、この時点では検査で何も判明しない事が実に多いです。食べられなくなった・・とか、腹痛があるとか・・・患者さん自身は感じるようですが、検査で現れてくれないと、抗癌剤の副作用かもしれず、またまた、癌とは無関係の何らかの症状かもわからず・・・経過観察しかないんですねぇ・・・
2009年02月23日
コメント(3)
久しぶりに、「癌が消えた!」シリーズをばスキルス胃癌(40代・男性)で、「やんちゃさん」と名づけた、あの患者さんの経過です。奥さんがですね、時折ですね、「経過報告(返信不要です)」と、メールを送ってくれます。私が常に、切羽詰った患者さんの対応に追われているからと、気を使ってくれています。で、お言葉に甘えてしまっている私です^^;簡単に経緯を書きますと、スキルス胃癌と判明したのが、2007年11月。開腹してみたものの、腹膜播種で手術不可、余命数ヶ月宣告を受けたのが、2008年1月です。この間の2ヶ月は、胃に穿孔があって出血を止めるのが先!手術も抗癌剤も無理!だったんですね。で、奥さんから私にメールが届き、泣きながら電話がきたのが、丁度1年前ですかね~電話口で泣かれてしまいましてねぇ・・・とにかく、未だ諦めるのは早いからと米村先生を紹介し、腹腔内化学療法を経て手術となったのが、2008年5月です。この手術の際には、どっこからも癌細胞が出て来なかったんですよ。本当に癌患者?腹膜播種?って風でしてね。術後の回復も順調、順調・・・「迎えに行く!」「来なくて良い!一人で帰る」と、夫婦喧嘩勃発ですわ^^;この時も、「ひろりんさ~ん、夫が言う事を聞いてくれませ~ん」と、泣きの電話が・・・しゃ~ないんで、無茶しないように米村先生に脅し?をかけて頂いて、一人での帰宅となりました。その後、定期検査をずっと続けています。本当に腹膜の癌は無くなったんだろうか??と、多分、先生は首を傾げているのでしょう。他の患者さんより、腹腔内洗浄細胞診の検査頻度が高いように思います。で、2008年11月に、ついに???クラス3という結果が出てしまいまして・・・あっちゃ~と、思ったものの・・・この細胞診っていうのはですね、疑陽性という場合があるんですね。また、検査機関によっても、微妙にズレもあるようでして・・・「気にせんで良い」と、先生が決定付けて今に至ります。結局、あのクラス3は何だったのか??って、ことなんですが、そー言えば、過去にwinkiさんのご主人が、術後、丁度、このやんちゃさんの時期に、陽性反応が出たことがありました。その時も、何でだろう??経過みときましょ・・・で、いつしか、術後この春で6年ですわ。やんちゃさんの奥さんから電話がきて、途中で泣き出されてしまって・・・あれから、もう1年経ちますねぇ。当のやんちゃさんですか?趣味に、仕事に、息子さんの野球の応援に、それから、止むなくの仕事の付き合いなのか、ご自身の希望なのか、飲みに出かけたり・・・凄いパワフルな生活を送ってますよ。今月は、小型船舶の免許を取得しに出かけるそうな。1年前に、余命数ヶ月宣告を受けた、スキルス胃癌患者さんとは思えませんです。奥さんはですね、まだまだ、不安が拭いきれないようですが、少なくても1年前、絶望に泣いて、想像も出来なかった1年後を迎えられた事を感謝されています。これから先、まだまだ、再発の不安はあるけれど、希望を頂けて、こうやって普通の日が過ごせて、本当に今、幸せで感謝の日々です・・・って言われました。また、経過報告をくださいませ~待ってますんで~
2009年02月19日
コメント(2)
昨年の11月下旬以来の、「そりゃないよ」シリーズ続編です。この患者さん(スキルス胃癌・30代・男性)は、再発の患者さんです。スキルス胃癌で手術を受け、その後、再発してしまい、奥さんからメール相談を受けました。ですから、出会った時にはスキルス胃癌・再発!の状態でした。腹腔内化学療法を受け、再手術となったのが、昨年の夏です。確か、昨年の春には腸閉塞の症状が現れて、奥さんから泣きベソかいた電話がかかってきましたっけ・・・^^;この患者さんの奥さんと、患者さんご本人、それから、患者さんの実のお母様ともお付き合いがありまして、ある意味「家族ぐるみ」のお付き合いをさせて頂いておりますちょくちょく、メールで近況を知らせてくれます。大抵は4歳になったばかりの、愛娘「マイちゃん」とパパのツーショットの写メ付きメールです再手術して、順調に回復して、退院となりまして自宅療養を経て、職場復帰となりました。職場復帰は午前中のみ出勤から始まって、リハビリのような感じで、ホント良い感じだったんです。昨年の春に、軽いとは言え、腸閉塞を起こしたとは思えない状態に回復したのです。ですがどうもその後、体調が優れません。食事が思うように取れず、ご本人は塞ぎ込むようになってしまいましてね。術後の抗癌剤治療の副作用かな?定期検査では、順調に回復してきている筈なのに、おかしい・・・???という状態になりまして・・・ご家族としては、何で?何で?本人の気力、努力が足らんだけじゃなかろか??とまで思ったようです。あまりにも本人が辛いと言うので、地元病院に行ったところ・・・白血球がかなり減少している事がわかりました。栄養状態も良くなくて、入院して回復を計ることになったのです。昨年の12月だったと思います。治療を受けている病院は、新幹線に乗って行く距離ですから、地元の病院でお世話になる事にしたのです。抗癌剤には副作用が付きものですが、抗癌剤の目的の一つとして「骨髄抑制」というものがあります。癌細胞は血中に流れる糖分を栄養にしています。骨髄抑制を行う事で、癌に与える養分を少なくする・・つまり、兵糧攻めも目的にしているんです。ですから、本来必要な白血球や赤血球、血小板等も必然と少なくなってしまうんです。だから、どうしても貧血になりますし、白血球減少による免疫力低下になりますし、血小板減少により止血に時間がかかる等々・・・弊害が起こります。胃癌患者さんの場合、食事にも苦労が付くので、骨髄抑制は倍増・・・って表現は間違っているかも?ですが、そういう状態に陥りやすくなってしまいます。そんなこんなで、この30代の患者さんは、入院する事となりました。当然、抗癌剤は中断です。腹腔に埋め込んだポートの傷口が開いてしまったり、化膿してしまったり・・・そこから、溜まった腹水が漏れ出てしまったり・・・アクシデントが続きました。栄養不良もありますので、傷口は塞がるだろうか・・・??という不安もありましたが、いつしか傷口はちゃんと塞がり、腹水も溜まらなくなりました。病室の中だけの生活だったのが、外泊するようになったり、院内を散歩するようになったり。娘のマイちゃんは、お正月早々が4歳のお誕生日だったんですが、年末にこんな事を言ったそうです。クリスマスのプレゼントも、お誕生日のプレゼントも要らないその分、(頑張っている)パパにあげてって。自分が欲しい物を我慢すれば、その分、パパが元気になってくれるんじゃないか・・って思ったんでしょうかねぇ。。。自分が我慢すれば、そのご褒美に、神様がパパを元気にしてくれる・・・そう思ったんじゃないでしょうか。。。4歳の誕生日を、パパと病室でお祝いして、大きなケーキの半分を看護師さん達にお裾分けしたそうです。この半分のお裾分けには、泣いたそうですけども^^;正直言うと、塞がらないだろうと思っていた傷口は、ちゃんと塞がり、ご本人からは前向きなメールも届くようになりました。これも、マイちゃんの「願かけ」のお陰じゃないでしょうかご本人からは元気になって、又、米村先生の診察を受けたいです沢山の患者さんを抱えておられるから、ずっと行かないと、忘れられちゃうんじゃないかと思うんで、元気になったら、又、行きますと伝えてくださいこんなメールが届きました。大丈夫ですよ、先生は、忘れてなんかいませんから。近況をちょくちょく頂いていますんで、私から報告入れてますし先生の頭の中には、ちゃんと入ってますからね~お~、来て下さい、来て下さい待っとりますわと、先生も嬉しそうに言うてましたから。そうそう、頂いたメールの中には、外泊するとマイちゃんが世話を焼いてくれるのだと、娘自慢が入ってましたわ3ヶ月近い入院になってしまっていますが、少ぉしずつですけども、回復してきてます。昨夜届いた恒例の写メは、何故か照れているマイちゃんを、だっこしているパパが写ってました。「幸せ」が写ってましたよ~
2009年02月17日
コメント(0)
ずっと更新をサボってしまって、誠にすみません。ご心配を頂いていましたら、これまた、すみませんです。私は元気しておりますので、ご安心くださいませここ連日外出が続きまして、PCに向かう時間がろくに取れず、僅かの時間をメールのお返事に当てておりました。ケータイに頂くメールも、即日には返事できず、翌日や2日後だったりしております。ご迷惑をおかけして、ホントすみませんこの間、トチローさんの奥さんと又、長電話しちゃいました。そんな中で、笑いありの思い出話に花が咲きました。男性が癌という病気になると、家計は大打撃・・もろ直撃です。20代、30代の男性患者さんの場合は、大抵は、患者さんのご両親や奥さんのご両親が未だ「現役」だったりするので、経済的に頼る事ができます。これが、40代後半や50代の患者さんの場合は、親は頼れず、子供にはお金がかかる時期で、マジ大変な状態になります。癌の治療はなんせ、お金がかかりますからね。それまで、風邪程度でしか病院にかかった事がない方は、医療費の恐ろしさにビックリされると思います。病院に行って支払う金額って、何百円~数千円が相場って思ってますからね。それも、短期間で終了~がフツーですから、痛くもない金額で終わるわけです。それが・・・癌治療となると、万札が飛ぶ飛ぶ~ですからねぇ・・・トチロー家はどうだったかと言う話になりました。トチローさんが癌になる前、ご夫婦でそれこそガムシャラに働いていた時期があったそうで、この時の蓄えで随分と助かったと言っていました。それにね、うちの場合、子供が小さいですからね公立の学校に通わせている分には、そんなにお金ってかからないんですだから、主人に思いっきりお金を使う事ができましたそんな風に言われました。スキルス胃癌と言われて、手術して、再発するまでの4年半は仕事を普通にされていましたからね。再発となって、通勤が辛くなると、自宅勤務に切り替える事が出来たのも幸いだったようです。収入の道は確保できましたからね。それでも、再発後の術後はもう仕事どころではなくなり、家計はピンチに陥ったようで、実家におんぶにだっこ、しちゃいました・・・実家に苦労をかけてしまったけれど、やれるだけの事はしましたから、と言われ「だから、もうお金は殆ど無いんですよ、あはははは・・・」と笑ってましたね。健康保険適用の治療だけでも、これだけ経済的には負担になってしまうのが、癌治療なんですよね。これまでも、この手のご苦労は沢山聞いてきましたけども。ご実家を頼るのは普通で、車を売ったとか、奥さんがパート仕事を幾つもかけもちするとか・・・逆に、たまたま癌保険に入っていた方は、随分と助かったという話も聞きます。そんな経済的な苦労も経て、それでも、トチローさんの奥さんは今、私、こんな風に笑って話せるじゃないですかやれる事をみ~んなやったから、笑って話せるんだと思いますまだまだ、夜がダメで、寂しくて悲しくて堪らなくなりますけど、見えないけど、側にいてくれているって思う事にしていますトチローさんとは、私も付き合いが長いですからね、奥さんとは話す事は沢山あります。だから、つい長話になりました。声をあげて笑いながら・・ね。そして、トチローさんの奥さんはこう言いました。ひろりんさん、今この時間に、辛い思いで闘病されている方と話される事があったら、伝えて下さい病人扱いは、しないであげてくださいって奥さんが言われるには、病人扱いをしなかった事が、本人が一番喜んだようなんですね。特に排泄に関しては、オムツではなく、「手を貸してトイレ」これが良かったみたいですって言われました。そもそも、トチローさんの場合、病人らしい病人だったのは、最後の5日間だけだったと言われましたけども。
2009年02月16日
コメント(1)
先日はスキルス胃癌(20代・男性)の治療が凄く上手くいっているお話を書きましたですが、この20代男性患者さん同様の状態ながら、治療が上手くいかなかった患者さんの話も書いておきます。もう、ずっと前の話です。過去に書いた事がありますが、詳しくは書かなかったと記憶しています。こちらの患者さんは30代男性で、病気判明早々に奥さんから相談メールが届きました。スキルス胃癌で手術不可、抗癌剤治療を始めたばかりの頃です。TS-1単剤だったか、シスプラチン併用だったか・・・記憶は曖昧ですが、治療が始まったばかりでしたね。米村先生のセカンドオピニオンを希望されて、まぁ、治療開始したばかりでもあり、焦ってのセカンドという訳でもなく、また、この頃、米村先生の予約が取れるのは2~3週間先ってのが普通だったんです。予約自体が入れられなかったんですよ。それで、3週間先くらいだったかな、予約を入れていました。奥さんからは、ちょくちょく状態報告メールが届きました。副作用らしきものも出ず、仕事にも生活にも支障をきたす事もなく、普通の生活を送っていたのですが・・・ある日、奥さんから「主人の下腹が出て来たような気がします」とのメール。ん?もしかして腹水?って思ったので、ご主人のシルエットを確認して貰いました。腹水が溜まっても、少量であれば悪さを働くこともなく、また、傍目から見てわかるものではありません。ですが、量が増えると独特のシルエットを描きます。女性でいうアンダーバストの当りから、水の滴のような曲線を描くので、素人でも見てわかります。体重も増えます。奥さんに確認して貰ったところ、どうやら腹水のようでした。治療を開始して、未だ半月程度だったと思います。抗癌剤が効いていないのか、はたまた、未だ効力を発揮していないのか・・・腹水が多量に溜まると起こりうる懸念事項を知らせ、その際には病院に直ぐに行くように伝えました。セカンドオピニオンまで、あと1週間という時に、救急で病院に連れて行くという事態に発展。明らかに状態悪化でした。これは、とてもセカンドオピニンどころでは無いなぁと思ったので、延期されてはどうかと提案したのです。新幹線に乗ってくる距離ですからね。ですが、患者さん本人が、どんどん変化していく自分の体に、かなりの不安を覚え、どうしても行くと言ってきないと言います。今の治療ではダメなんだと、強迫観念が芽生えた様子でした。奥さんも、本人が強く希望しているので、私一人の付き添いでは心配だから、主人の兄と一緒に行きますと言われます。それで米村先生に相談し、急遽、日程を早めました。僕ね、○日の日曜なら病院におるからね、この日に連れてくれば良いって仰るんで、日曜に病院に行く事になったんですよねぇ・・こんな状態なので私も心配になり、博士と一緒に日曜に病院に行き、病院の車椅子を借りて玄関で待っていました。タクシーで降りてきた患者さんは、相当やつれていましてね、緊急入院となりました。即、腹水を抜き、腹腔内に抗癌剤を投与しました。患者さんもご家族も、できれば米村先生の元で治療を受けたいと言われるので、このまま入院して治療となったのです。奥さんは着の身着のままで数日泊まり込み、一端自宅へ帰って、荷物をまとめて病院に送る・・等々、相当ドタバタしました。ですが、抜いた腹水は数日後には目に見えて溜まるという状態。その都度抜いて、期間を置いて腹腔内投与を繰り返しましたが、腹水は全然止まってくれず・・・多少の吐き気と、食欲不振の副作用はでましたが、重篤な副作用は一切でませんでした。それなのに、どんどん体力が低下していき・・・病状は進行していくばかり。体力があるうちに帰らないと、もう地元には帰れなくなると判断。結局、3週間くらい入院し、帰って行かれました。そして、帰って1週間後に旅立ったのです。同じ病気で同じような状態、全く同じ治療をしても、これだけ明暗が分かれます。これが、抗癌剤治療というものなのです。奥さんからも、当のご主人からも、感謝の言葉を頂きましたが、何ともやるせなく、辛く、苦い思い出です。ですから、私、治療が上手くいった20代の男性患者さんのことを、すごく心配していたんです。先生にも言いました、○○さん(亡くなった30代男性患者さん)の事があるから、心配ですと。でも、怖がってばかりいたら、治療って前には進めないんですよね。治療成功の芽を摘んでしまうことにもなるって、改めて感じました。
2009年02月10日
コメント(0)
昨年11月下旬に「希望に向かって」と題して書いた、スキルス胃癌(20代・男性)患者さんの手術が終わりました~あの、腹水で苦しんでいた患者さんです。地元病院でTS-1+シスプラチンの治療を受けていましたが、1クール終えても、抜いてはすぐ溜まるを繰り返していました。それが、2クールに入ってから著しい改善がみられたという経緯の持ち主です。「腹水を抜いてもすぐに溜まる」を繰り返していたこの患者さんは、腹水が消えているうちに、手術の可能性を目指して転院してきました。というか、とにかく今のうちに!!って風で、焦って米村先生の所に飛び込んで来た!!というのが本当のところです。この間の経緯には、ちょいと色々とありましてね。ご家族も、患者さんも、これまで絶望としか言えないような話ばっかり聞かされてきたんです。実際、現実はそれを否定できないものもあります。どこに行っても抗癌剤による延命しかない、もう、時間もそう残されていない・・・そんな話ばかりを聞かされていたのです。誰一人、手術なんて話はしてくれない。手術によって開かれる道・・・それは正直わからないけれど、それでも、これまで何処でもダメダメって言われてきたんだから、ダメでもともと!!ダメな時は緩和ケアでもホスピスでも行きますから!!兎に角、診て下さい!!ってなりました。かなり厳しい状態でのスタートだと・・・内心思っていました。過去に、同様の患者さんがいましてね。30代の男性患者さんでしたが、ダメもとで腹腔内化学療法をしたのですが、一気に悪化してしまいまして・・・数回投与したのですが、抜いても直ぐに腹水でパンパンになってしまって・・・間もなく、亡くなったのです。この患者さんには、抗癌剤が全く歯が立たなかったんです。こういう患者さんがいたことは、ご家族には話しておきました。それでも良いからと言われましてね。それが、この20代の患者さんには、腹腔内化学療法が良く効いてくれました。そして、先日手術となったのです。この時もですね、開腹してみないことには、わからない部分が多い事は念を押しておきました。何せ、同様の患者さんで過去に辛い思いをしましたからねぇ・・・「覚悟」や「リスク」は理解して頂かないと・・・って思いました。手術が終わって、ご家族から報告が届きました。原発である胃の10センチ以上あった癌が、3センチ程度まで小さくなっていたそうなおまけに、腹膜は綺麗になっていて、目視出来る癌は存在せず。病理検査結果も出ましたが、そこからも癌は出て来なかったそうな。ステージ4の患者さんがステージ3に退行した事になります。若いからかしら、術後の回復も早く、早々に退院とあいなり、今や外来で診てもらっているそうな。とにかく、スタートラインがかなり進行していた状態なので、再発しないように、これまた早々に治療開始予定です。術後も腹腔内投与を行う予定です。いやはや、驚きましたわ。この患者さんに関しては、悪い方、悪い方を覚悟して、最悪を大前提に考えておりましたから。一つは良い方に転んでも、二つも三つも良い方に転ぶことなんて無いだろうって、思っていたのに、次から次へと良い方に転んでくれました。ようやく、本来のスタートに立ったってところかもしれません。先のことはわからないけれど、この患者さん、最初言われた余命をもう突破しましたからね。このまま、また、良い方に転がり続けてくれて、私の悪い予想をことごとく覆して欲しいです。
2009年02月08日
コメント(0)
今朝には平熱に戻りましたが、昨日は、久しぶりの発熱でした前の晩に酷い下痢で、翌朝は微熱・・・それが、夕方には38度まで上がりまして・・・薬も飲まんと様子見してたら、戻りましたたまに、急患相談を受けますんで、私も寝込んでいられないんですわ。患者さんの状態が変化すれば、ご家族は心配されますからね。病院に連れて行く程の状態なのか?この程度では、ご多忙の先生に電話入れるのは気が引けるし・・・とか、こりゃ先生に連絡取らないと!!という状態で電話したけど、繋がりませんとか・・・そんな時、ケータイメールや電話がきますからねぇ・・、私も寝込んでいられないんですねぇ^^;これでいて、結構忙しかったりします。日曜だからとか、夜10時を回ったからとか、そういう理由で電話に出ない事はないです。実際、大晦日にメールがきたり、夜11時過ぎに電話がきたりしますもん。電話は出られない時もありますが、先ず、対応しております。PCメールは毎日きますしね~もちろん、ボランティアですよ~、全く儲けていませんです。貧乏ヒマなし、ひろりんヒマなしです沢山の相談メールを頂くようになりましたが、その中には、いわゆる「超知識階級」の方々も増えて参りました。現役のお医者さんを始め、大学の先生や、弁護士さん、化学者等々・・・私としては、ひぇ~です。だって私、「普通」とは言わないかもですが、ただの主婦ですよん。普通じゃなくて、ちょっと変わってる主婦ってとこでしょうかね。ほんのちょっと・・ですよ。こういう方々に対しては、どう対応して良いのやら・・サッパリわかりません。「○○でござりまする~」とか?(←時代劇じゃあるまいし)「しかるべく!!」とか?(←裁判ドラマの見すぎ?)あ~~サッパリわかりませんえっ?米村先生や、アンタの旦那もそういう類の人じゃないのか?って?滅茶苦茶な扱いしとんやん!!って?お~!!そうだったーー!!すっかり、忘れとった何事も例外ってあるもんですなぁそんな中でですね、超賢い方から相談メールが届きましてね。(対応の仕方がわからないんで、結局、いつものままなんですが^^;)どうやら、30代の奥様が早期胃癌のようなんですね。私ねぇ・・・ここだけの話ですよ、早期胃癌ってわからんのです。(え~~という大合唱が聞こえたような・・)だって、わからんものは、わからんので、早期胃癌のご相談って受けていないんです。ですので、なんで私のところにメ-ルが??って不思議だったんですが・・・早期胃癌だと思って開腹したら、予想外に進行していて、胃のショウ膜を突き破っていたか、寸止めで止まっていたか、実に微妙だったそうです。他の臓器転移なし、リンパ転移なし、腹膜転移も確認できずで、胃の部分切除で終わったらしいんですね。進行度合いが、実に実に微妙なんで、執刀医の薦めで米村先生のセカンドオピニオンを受けたと言います。で、電話を頂きました。米村先生から「類似性スキルス」と言われたそうな。「あの~類似性スキルスって何ですか?」と、私の方が逆質ですわ^^;「僕もよくわからないんですが、米村先生が執筆された本に、この言葉は何度か出てきてます」と言われます。先生の本ねぇ・・・最近、読んどらんからなぁ・・・??記憶にない・・・その後、ネットでも調べましたけど、イマイチよくわからない。こりゃ、言うた本人に聞いてみた方が早いな・・と思ったので、聞いてみました。先生~、類似性スキルスって何ですか?スキルスはスキルスなんやけど、スキルスじゃないスキルス(・・ったく、またわっけわからん事を言う~)先生~、ぜんぜん、わっかりませんあっはっは・・・(←自分で言うた事に自分でウケとるがな)その後の説明で、私なりに解釈したところ、この類似性スキルスというのは、ボールマン分類でいう4型のスキルス胃癌のことではなく、5型に分類される胃癌のようですね。(まぁ、1~4型に当てはまらない胃癌を全部5型って事にしてますから、5型って何?って聞かれても答は無いんですが)癌細胞の中にスキルスの形状をしていた癌が含まれている胃癌の事、らしいです。この場合、スキルスの形状をしている癌が含まれていたと言っても、ごく僅かみたいですね。私にメールを送ってこられた、このご主人は、僅かであっても、スキルスが含まれていたと言われれば、放ってはおけない、万全の処置を取りたいと思ったようです。胃癌に関する論文を読みまくっておられました。凄いな・・・私の方が勉強させて頂きたいくらいですわ。再発率は高い訳じゃありませんが、ショウ膜に寸止めか、出てしまっていたか、不明瞭なので、この場合は悪い方を考えて・・・と思ったようです。心情的には、寸止めの方を取りたいんですが、何年後かに後悔する事がないようにと、心を鬼にしてショウ膜を破っていたと思う事にしたようです。腹膜に、万が一でも癌が飛んでいたら、これはやっかいですからね。念には念を入れて、腹腔鏡下手術による、温熱療法を受ける事にしました。再発を防ぐ手立ての一つとして。このご主人の熱意に負けた・・って感もなきにしもあらずですが^^私としては、大丈夫じゃないかしらんって、思っておりますけどね~
2009年02月06日
コメント(0)
トチローさんが、術後3ヶ月で転院して間もない頃、奥さんから電話を頂きました。「こちらの先生の診断では、とてもとても年が越せないようです。もう、あと1~2ヶ月だろうって言われました。」そんな内容でした。去年の9月だったと思います。丁度、ヒゲさんの命の期限が迫っていた頃で、なんで一度にあっちも、こっちも・・・と、うなだれた覚えがあります。それが、年を越せるほど頑張れました。トチローさんは、退院こそは出来ませんでしたが、寝込んでいた訳でも、車椅子のお世話になっていた訳でもありません。1日おきにシャワーを浴び、外出許可を貰って、ちょくちょく出かけてました。つい先日頂いた奥さんからの電話では、入院中の話をされましたが、次から次へと思い出話をされました。楽しい事が一杯あった入院生活の話です。ターミナルケアが条件の転院でしたが、実際は回復して、患者サイドが頼む前に、新しい主治医から治療再開を提案されたそうです。イリノテカンをやったと言っていました。これは、トチロ-さんと奥さんの念願でしたからね。デパートの物産展にも行きました病院近くのお惣菜屋さんには、こっそり抜け出してよく行ったんですよ何でも食べられるようになりましたから食べたいって言うものを、いつも病院に持参しましたクリスマスには、毎年恒例の行事にも参加しましてね、フルコースのディナーも食べたんですクリスマスの頃には、どの料理も一口か二口しか食べられなくなっていましたけど、全ての料理に口をつけることができましたリンパマッサージをしたり、足湯をやってみたり、良いって思う事をみ~んな、やりましただから、後悔は全くありません奥さんも大変でしたね。。。と労うと大変だったーーーー!!お金も一杯使っちゃいましたーーーー!!でも、主人がいる時間は楽しかった・・・と言って、又、泣き出してしまわれました。そして・・・ひろりんさん、うちの主人、本当に酷い状態だったじゃないですか?大学病院でも良くして頂いたけど、治療はもう無理って言われて、他のどこの病院でも治療出来ないって言われて・・・そんな状態でも、米村先生には診て貰えて、治療も手術もして頂いて・・・退院は出来なかったけど、時間を延ばして頂いたと思っています思ったより永い時間を作って頂いて、本当に感謝していますそう、泣きながら言われました。退院できなかったトチローさん本人の本当の気持は、わかりません。だけど、良い知らせを私に伝えてくれと言ったトチローさんの言動から、後悔は感じられません。どうしても、この歳で逝かねばならない運命ならば、それこそ命を賭けて奥さんに「一緒にいる時間」をプレゼントしたのではないでしょうか。最後のプレゼントとして・・・そして、トチローさん自身の「命の通貨」を含めて、これまで預かってきた「命の通貨」を、若造君に託して逝ったのだと、私は思います。
2009年02月04日
コメント(0)
結局、若造君は2008年5月に、トチローさんは同じ年の6月に手術となりました。若造君の手術は、目に見える全ての癌が切除できました。その為に、腸がとても短くなり、常に下痢との戦い・・・が始まってしまった訳ですが、今は、時に塞ぎこみながらも、前を向けるようになりました。今も時々、メールをくれます。ですが、トチローさんの方は残念ながら、僅かばかりの癌を残す結果となりました。手術で取りきれなかった癌は、術後の回復を待って抗癌剤で叩こう!となったのです。手術時に出血が予想より多く、回復に時間を要しました。3ヶ月経っても最後の1本のドレーンが抜けない・・・治療再開のメドが立たない。。。治療出来ない状態で、遠くの病院に入院しても仕方ないので、地元病院へ転院となりました。トチローさんの場合、地元とこの病院と遠いって程の距離じゃないですけどね。ただご家族の負担が、小さなお子さんもいますし、限界かな・・って感じで。健康保険の絡みもありますが。術後、どうにも食事がままならず、僅かばかりの経口の食事では回復も出来ないので、IVHもしていました。IVHの針を刺したまま、ドレーンを付けたままの転院となりました。転院先の病院では、「ターミナルケアという事で宜しいですね」と最初に釘をさされたそうです。トチローさんも、奥さんも、回復したら治療を再開するつもりでしたから、この条件は呑めないものでしたが、それを言えば行き場を失ってしまう・・・回復した時に治療をお願いすれば良い・・そう思って、この条件を承諾したのだそうです。転院してから、IVHの針が抜けてしまうというアクシデントが起こりました。直ぐに入れ直す事をせず、しばらく経口摂取で様子をみようとなったら、何故か食べれるようになったんです。栄養点滴が不要なほどに。体重まで増えました。エコーで確認していますが、腹水もあるかないかの、ごく僅かの量。時に両足が浮腫むことがありましたが、利尿剤を飲めば、細い足にすぐに戻る。間違いなく、体重が増えたのです。好きな物、食べたい物がちゃんと食べられるようになりました。手術前に腸閉塞を起こしてからは、食事は常に恐々・・・おかゆとか、豆腐とか、子供の離乳食みたいな食事を、ビクビクと食べていたんです。手術をして、人工肛門は免れなかったけれど、3ヶ月以上もろくに食べれなかったけれど、普通に食べる事が出来たのです。食べ始めたら、太り始め、ついに食事制限が出るまでに!!もともとトチローさんは、糖尿病の持病がありましたからね。先日、奥さんが電話でこう言いました。あのね、ひろりんさん食事が摂れるようになった時にね、主人がこう言いました食べれるようになった事、ひろりんさんに伝えてくれあの人は、いつも仲間の事で辛い思いをしているから、一つでも良いニュースがあれば、きっと喜ぶからってだけど私にね、欲が出ましたこれだけ食べれるようになったんだから、元気になる、退院出来る日が来るって良いニュースは一つより二つの方が良いだろうって、そう思っているうちに、こんな事になってしまいましたこれを聞いた時に、涙が溢れ出てしまい、それが奥さんにも伝わってしまったようで、二人で泣き出してしまいました。
2009年02月02日
コメント(0)
全12件 (12件中 1-12件目)
1