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先日の日記で、「女性の方からのメールで、下のお名前だけのHNが一番困ってしまう」 という内容を書きましたが、決してどなたかを特定してのことではありませんからね。実に多いんです。そういうHNでメールを送ってくる方が、ざっと数十人おられます。正直申しまして、「誰やねん??」 って感じでして・・・はたまた、フルネームで頂いたにも関わらず、同姓同名、漢字まで全て同じという方がいて、これまたビックリで、患者さんの確認なんぞを失礼ながら、させて頂きました。実際、手一杯になって参りました。少しばかり規制って訳じゃないですが、せめてお名前を明かして下さる方に限定させて頂き、ご相談を受けようと思っております。その方が、私も信頼されていると感じますし、誠心誠意のお付き合いが出来ると思ってもおります。私の保証は、米村豊先生がして下さいます。(←勝手に書いてますが、絶対に先生は否定されない自信はあります)1年程前に届いた相談メールなんですが・・・ご主人がスキル胃癌(50代)で、ある有名な癌専門病院で胃の部分切除を受け、その際に、リンパ転移が確認された方がいます。発生部位が幽門近くだったようで、この幽門を切除したようです。確か、腹腔鏡下手術だったと記憶しています。最初は早期発見と言われたようですが、開腹してみると予想以上に浸潤していたようでした。腹膜転移は限りなく、クロという状態。この時点で、相談を受けました。米村先生には、セカンドオピニオンという形ではなく、私が見解を聞くという形でした。その見解では、「恐らく、腹膜転移はしているだろうと思われるので、腹腔内化学療法をやって、それから手術した 方が良い 現時点で、洗浄診が陰性であれば、陰性のうちに手術が好ましい」というものでした。これを、そのまま奥さまに伝えました。しばらく迷っておられましたが、腹腔内化学療法は受けたいと思われたようで、手術した癌専門病院から、腹腔内化学療法を行っている病院に転院し、そこで1年ほど腹腔内化学療法を受けたようです。この時に、「もちろん、どこで治療を受けても構いませんが、手術という選択肢を出すのは米村先生くらいのも のだと思いますよ」と、付け加えました。ですが通院の関係から、できるだけ近くの病院で・・・と希望され、米村先生の元へは来られませんでした。腹膜転移が、検査上では確定している患者さんではありませんので、この患者さんは手術ではなく、「抗癌剤で再発予防」 を選択されたことになります。データを見た訳でもなく、私からの話だけで 「腹膜播種」 と診断したのは、米村先生の長年のカン以外の何物でもありません。これが、実に良く当ります。 で、この1年ほど何も連絡が無かったのですが、久しぶりにメールが届きました。完全に胃の出口が詰まってしまって、食道にまで播種が浸潤してきているとのこと。やはり、1年前に既に腹膜播種だったことになります。完全に腸閉塞状態で、食事が全く摂れなくなってしまったようです。ステント留置という処置を取り、何とか、しのいでいるご様子。それでも、食事は難しいようでした。ここへきて、手術は出来ないものでしょうか?との質問がありました。米村先生のセカンドオピニオンは、何時でもご都合の宜しい時に受ける事は可能ですが、と前置きをして・・・既に1年、腹腔内化学療法を受けてきて、現在に至るので、腹腔内化学療法で使用した抗癌剤には薬剤耐性が出来ていると思われること。また、腸は長いので現在、腸閉塞を起こしている個所以外でも、今後、腸閉塞を起こす可能性が高いと思われること・・つまり、現在、腸閉塞を起こしている個所だけを切除しても、何れ近いうちに他の個所が閉塞してしまう可能性が高いということです。手術を行うにしても、抗癌剤の奏効が条件になること。これまでの使用してこれらた抗癌剤から、今後、奏効が期待出来る抗癌剤が、残念ながら無いに等しいこと。これは、保険適用の抗癌剤では、という意味です。手術をしても、必ずしも食事が摂れるとも限らないこと。上記の懸念事項を踏まえて頂いた上で、今後を検討されては如何でしょうか?と返事をしました。手術を望まれるのであれば、1年前に決心して頂きたかった・・・というのが、私の正直な感想です。時は遅過ぎたように思います。もちろん、1年前に手術を選択していれば・・・というのは、「たら」「れば」 で何も意味がありません。仮に、手術をしていたら、食事に相当苦労したでしょうし、この1年と限定して思えば、手術しない方がQOLという意味においては、高かっただろうと思います。「時間を得る」 と言う意味では、手術した方が長いかもしれませんが、これは、やってみなければわかりません。私の元には、多くの患者さんから、色々な情報が届きます。この患者さんの主治医の噂話も、実に何人もの方から聞いています。米村先生はご存知じゃなかったけど、私の中では、有名な医師です。とても良心的な医師だと感じています。それと、自由診療で、抗癌剤治療を行っている病院もあると聞きます。エビデンスは確立されていないし、多くの場合がクリニックで入院設備が無いし、費用は莫大にかかりますが、現時点では、それも又、選択肢の一つではないかと思いますと、返事をしました。
2009年05月30日
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また、更新をサボりましたねぇ・・・メールもお待たせ状態が続いていて、何とか5日以内にお返事を!!のペースで頑張っております。それとですねぇ・・・私にメールを送る方にお願いがあります。できれば、フルネームでお願いしたいのです。ネットの中の世界ですから、「ひろりんなんて輩、イマイチ、信用できない」 って思われても致し方ありませんけども、沢山メールを頂くようになり、HNでは実に管理できなくなって参りました。私の勝手な都合で、ホント、申し訳ないんですが、「こいつなら、大丈夫じゃないかな」って思われたら、フルネームでのメールをお願いしたいんです。あとですねぇ、女性からのメールで、一番多いのが、下のお名前だけのHNなんですが・・・実はコレ、一番困るんです。同じお名前の方が、何人も重なってしまって・・・正直、誰だかサッパリ???なんです。あと、ケータイから頂く場合、署名の無い方が多くて、これも困っております。メールのお返事の迅速化の為、これらの点を何卒、ご協力をお願い致しますm(_ _)m昨日は、実にケータイがよく鳴る日でした。メールの着信音や、電話の着信音や・・・そんな中で、電話口でポロポロ泣かれてしまう事がありましてねぇ・・・私にとっては、これもよくある事ではありますが、その都度、胸が痛むもんなんです。胃癌患者さん(50代・女性)の娘さんからの電話でした。この患者さんは、胃癌で手術を今年の4月に受けたのですが、腹膜転移が判明してそのまま閉腹。この時点で、腸閉塞の兆しも判明。その後、主治医から米村先生を紹介されて、転院されました。ご自宅から病院は遠いので、マンスリーマンションを借りました。TS-1服用と併用しての、腹腔内化学療法が早々に開始されました。滞りなく治療は進み、洗浄細胞診ではクラス1という好成績。今月に入ってからの、治療開始ですが、治療をとても急いでいるという感じがしました。「先生、飛ばしてるなぁ~」って思いましたもの。ところが、2週間くらい前、凄い吐き気で食事が取れなくなった!!と連絡がありました。この2日、殆ど食べれないのだと。たまたま、自宅に帰っての急変で、慌てた娘さんから電話がありました。米村先生への連絡と、先ずは、近くの病院で栄養点滴を受ける事を薦めました。その後また連絡があり、栄養点滴をして頂いた病院で、CTを撮ったら腸が殆ど動いていないと、言われたと言います。この 「腸が動かない」 という症状の原因は、抗癌剤の影響かもしれませんし、はたまた、腸閉塞が進行したのかもしれません。この時点では、飛ばして治療をしていた事から、抗癌剤の影響かなぁ?と楽観してました。こういう場合、原因が不明ですが、絶食して様子を見るものです。狭窄や閉塞では無いので、飲み物は大丈夫な筈。先生と連絡が取れてからは、TS-1服用を中断となりました。まぁ、飲んでも吐いてしまっては意味がありませんからね。数日したら、あの吐き気と、寝込む程の状態の悪さが嘘のように回復したと連絡がありました。食事も一人前をちゃんと食べ、おやつまで食べ、家事までこなせるようになりました・・・ってね。そりゃ良かった、と安心したのも束の間・・・昨夜、「腹水が溜まってきました」と、電話があったのです。お腹の膨らみがハッキリわかる程で、腹腔内に埋め込んだポートの口から、染み出ていると。病院に行って、処置はして貰ったとのこと。この腹水ですが、腹腔内化学療法の副作用でも、妊婦さんのように溜まった方がいたので、これだけでは、なんともわからず・・・・この腹水を検査してみなければ、何もわからない事と、抗癌剤を中断している時の変化なので、再開したら収まるかもしれない事・・・そんなこんなの話をしているうちに、受話器の向こうから、ヒックヒックという泣き声が聞こえて来ました。一度泣き出してしまうと、止められないものです。こういう場合は、静かに待ちます。で、こう言いました。「今は、泣く時じゃないですよ、ダメって決まった訳じゃなし 泣くなんて、いつでも出来る事は、後にして、 今は、元気に明るくお母様を支えて差し上げる時ですよ」と。。。もう何年も前だけど、私自身がそうだったなぁ・・・と思い出しながら。あの時、「ひろりん」 は未だ、存在していなかったけど、いてくれたら良かったのに・・・って思うかな。
2009年05月27日
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2月19日以来ですが、今日は、「癌が消えた!」シリーズの続編と参りましょう~術後、1年と言う節目を迎えましたんで、奥さまが近況を送ってくれました胃の無い生活って、実際、時間と共にどう変化して行くものなんだろう?って思いますよね。米村先生の場合、スキルス胃癌患者さんは、ほぼ全員と言って良いと思いますけど、胃を全摘しています。この胃の全摘と、部分切除では、術後の食事の苦労がこれまた随分と差があるようです。部分的に残す場合は、発生部位によっても違いますが、幽門部を残す事で術後の食事が楽になる場合が、少なくないようですね。ですが、スキルス胃癌の場合、癌が微細なまま胃壁に向かって浸潤し、胃壁内にどこまで入り込んでしまったか容易にわからない。「残胃に再発!」というケースもある事から、全摘た方が安全だろうと考える訳です。安全かもしれないけれど、術後の食事の苦労は開始となります。この「癌が消えた!」シリーズの患者さんである、やんちゃさん(40代・男性)はスキル胃癌・腹膜播種で余命は長くても半年と診断を受けた方です。奥さまが、泣きながら電話をかけてこられてねぇ・・・1年後に笑って話せるようになるとは、私も実は思っていませんでしたわ^^;この患者さんの場合は、異例中の異例とも言えますが、手術で切除した個所のどこからも癌が検出されなかったんです。術前に、抗癌剤治療の奏効の手応えはあったものの、まさか、ここまでとは術前の検査では、間違いなく癌が検出されているんですよ。最初の病院では、胃穿孔での緊急手術を受けています。その際に、開腹して細胞を採取、その病理検査で癌が判明した患者さんですからね。腹膜には、目視出来る癌が散らばっていたと、病理検査の結果(奥さまが細かく書いて送ってくれました)が出ていたんですから。何せ全く癌が検出されなかった事から、術後の抗癌剤治療は一切なしで、1年が経過しました。今は、ご本人が一人で外来に来ての、定期検査だけです。奥さまは、ちゃんと話を聞いて来ているんだか、都合の悪い事は私に話さないだけじゃないのかしら?って、微妙に疑ってますわ^^心配しなくても、大丈夫ですって胃は全摘しても、抗癌剤治療が無い場合、食事は楽なんじゃなかろか?って自然な疑問がありました。その答えを奥さまが送ってくれました。術後1年が経過した今は、普通に食事が摂れているそうです。そうなるまでには、ご本人には当然の事ながら苦労があって、時間をかけて、ご自分なりに新しい胃との付き合いというか、折り合いっていうか・・・つけてきたようです。これまでも、胃を全摘された患者さんからの苦労話は多々聞いてきましたけど、どなたも、襲いくる吐き気と、食べたら即の下痢のタイミングとの折り合いのようですね。このやんちゃさんの場合、普通に食事が摂れるようになったものの、やはり、時にハメを外した食べ方をすると 「おえ~っ」 ってなっちゃうみたいです。それでも、毎晩、お酒は欠かさないし、趣味の釣りは以前と全く変わらずしているし、仕事もこれまで通りに、こなしているようですよ。術後1年経って、ようやく術前の体に近づきました・・・いう患者さんがいる中、これほど、お元気とはそもそも、腹膜播種で術後1年を迎えることは、決して容易いことではありません。それが、こんなにお元気で1年を迎えて、本当に嬉しいかぎりです
2009年05月24日
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沢山のご訪問を頂きながら、またまた更新をサボり、すみませんm(_ _)m複数の方から、緊急を要するメールや電話がありまして・・・尚且つ、溜め込みメールのお返事を書いておりました。ちょくちょくあるんです、急な変化症状が出てしまって、驚かれる方からのメールや電話って。患者さんもご家族も、癌初心者さんばかりですからね、これは当然。こんな時間だし、休日だし、こんな事で先生に連絡をしても良いものやら・・・と、迷われる方がとても多いです。また、意を決して米村先生に電話を入れてみたけれど、繋がりません(T T)とか、出ては頂けたけど、手術室に入られる直前だったようで、あまり話しが出来ませんでしたとか・・・まぁ、色々とちょこまかと私には、そんなメールやら、電話やら~があるんですわそんな不安なお気持の解消と、また、米村先生への連絡・・・なんていうのが日常と化しております。余談ですが、GW明けにここで、「早朝5時にメール寄越さんでも」と、米村先生への文句を書いたのですが、どうやら、先生、これをご覧になったフシがあります^^;(常日頃、米村先生には先生の悪口を沢山書いてますから、見ないで下さいって言うてあるんですけども)あれから、まともな時間にしかメールが届かなくなりました。ははは・・・・あれでいて、結構気を遣うタイプですからねぇ。ご本人が「僕、全然気にしないように思われているけど、ちゃんと気にしているんです また、文句言われちゃいますから」と、いつぞやも何かの文句を言うた時に、言ってましたっけ先日、ここで「希望に向かって」と題して書いている患者さん(スキルス胃癌・20代・男性)のお姉さんから、久しぶりにメールが届いたのですが・・・それが「弟が倒れました 自宅近くの病院に運ばれて、入院しました 再発でしょうか」という内容でしてね。はぁ??倒れた??再発??んなアホな・・・と思いながら、メールを読んでいると・・・メール内容によると、どうやら、栄養不良を通り越して、栄養失調で倒れたみたいでした。貧血でも起こしたのだろうと思いました。再発なんて事は、まず、考えられませんでした。そもそも、これほどの栄養失調状態では、癌だって存在していたとしても、癌も栄養失調ですわ。地元病院の医師から、既に米村先生には連絡を取ってくれたとのこと。この患者さん、過去の日記をご覧頂くとわかりますが、突然の大量腹水でスキルス胃癌が判明しています。抜いても直ぐに溜まる状態で、正直に言えば、末期的な症状とも取れました。そんな状態が、昨年の秋です。当然のことながら、手術なんて出来る状態ではなく、どれほど効果が期待できるかわからないけど、抗癌剤治療に賭けるしかない!!という状況でした。それが、腹腔内化学療法で嘘のように腹水が溜まらなくなり、手術したのが今年の1月です。開腹してみると、腹膜の癌が綺麗に消えていて、原発の癌もかなり縮小していました。癌治療はとても上手くいきましたが、胃全摘に加え、術後も抗癌剤治療が続くとなると、食事はそうそう摂れるものではありません。術前はマンスリーマンションを借りて治療を受けていました。術後しばらくは、やはり、マンスリーマンション暮らしをし、その後、自宅に帰り、定期外来に行くだけとなりました。この時点で、患者さんの父親は、地元に帰ることを若干渋っていたのですが、これ以上、マンスリーマンション暮らしでは、精神的に患者さんが参ってしまうだろうと思い、自宅に帰る事を薦めました。自宅に帰れば、友人との交流や、奥さんとの本来の新婚生活ができますからね。何より、精神的に落ち着くでしょうし、それが今後の治療に大切なものになるだろうと思ったのです。そうそう、この患者さんのお父さんは、息子さんの治療費(腹腔内化学療法)の為に家を売ろうとした人です。これも、私が止めましたが^^;その自宅生活で、食事が摂れずに倒れてしまったようです。近くのクリニックで、栄養点滴は毎日受けていたようです。単に栄養点滴だけだと、要はブドウ糖点滴ですからね、500キロカロリーが良いところ。この中には、体に必要なビタミンや脂肪、鉄分といったものは含まれていません。経口での食事が、一口や二口程度では、それでは栄養不良です。で、倒れて病院に担ぎ込まれ、数日入院。そこで高カロリー点滴を受けたら、直ぐに元気になった・・そうです。元気回復して、外来に行き、念のため、腹腔洗浄細胞診を受けたようですが、クラス1。どこにも再発の兆しなし。術後、しばらくはどうしても食事の苦労が付いてきます。抗癌剤治療がそれに拍車をかけてしまいます。食事は毎日のことですし、食事そのものが憂鬱になってはいけませんが、胃癌患者さんは皆さん、同じ苦労をしています。まだまだ、しばらくはこんなもの・・・と思って、得た時間を大切にして頂きたいと思っております。これまで、同様の苦労は沢山聞いています。この患者さんのような場合、術後1年は苦労されています。その1年が過ぎると、ようやく術前に近づいたと言われます。ですから、まずは1年の辛抱だと思ってみてください。
2009年05月21日
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頂いているコメントは全て拝見しております。相変わらず、メールをお待たせ状態で、メールのお返事を優先させて頂きます。コメントに対しましては、お返事出来ない事が多々ある事をお許しくださいませ深夜番組の名前じゃないけど、訃報が届く都度、「正直、しんどい」 って思います。今では、応援して下さる方が増え、ご遺族となった方からも声援を受け、必要としてくれる患者さんも増え、何とかかんとか続いております。先日の訃報から、左横のフリーページで紹介している、piccolaさん(30代・女性)のことを思い出しました。彼女は銀行のOLをしていて、海外勤務の経験もあるキャリアウーマンでした。背が高くて甘いマスクの彼氏と、結婚の約束をしていて、彼との結婚を心底夢見ていました。病気が発覚したのは、彼氏との旅行中で、ふと気が付けばお腹がパンパンに膨らんでいたと言います。いきなり腹水が溜まり、病院に行ったらスキルス胃癌と判明。手術不可で抗癌剤治療を受けていました。婚約者でもある彼が、それこそ親身になって彼女をサポートしていましたね。入院中、何度かお見舞いに行きました。ある時、癌患者さんを扱ったテレビ番組を見て、彼女は怒ってました。そのテレビ番組に出た女性の癌患者さんは、抗癌剤治療で髪が抜けることが辛いと言って、泣いていたと言います。「何を甘っちょろい事を言っているんだと思って、腹が立ちました」こう言いました。そういう彼女の頭は、既にツルツル。やたらと髪がまとまって抜けるので、掃除が面倒だし、所々抜け落ちる様は見て良いもんじゃないから、思い切って丸刈りにしたって言ってました。イケメンの彼氏が、バリカンで剃ってくれたんだと笑って言ってましたね。別に隠すつもりは無いけど、頭が寒いし、ジロジロ見られるから帽子を被っているのだと、これまた笑顔で話しました。胸水が溜まり、呼吸困難で病院に運ばれた後、胸膜癒着術を受けて、夜通し吐き続けた話さえ、笑顔で話す人でねぇ・・・側にいた彼氏が、「とても、可哀相だった」 と顔をしかめましたっけ。そんな彼女が、ある癌専門サイトの掲示板に投稿しました。内容は、「皆、メソメソせずに頑張りましょうよ!! こんな病気になったけど、捉え方によっては良い事もあるし、前を向くしかないですよ」こんな感じで、長々と書かれていました。辛い、悲しい、しんどい・・・そういった内容に対しては、多くの応援メッセージが届くけど、彼女のような内容は無反応でした。それどころか、メルアドを公開したばかりに、迷惑メールやら、ウィルス添付メールやらが、沢山送られてくる始末。大抵は、暖かなメッセージが届くのに、彼女の場合は違ってました。 「辛い思い」は、どの患者さんにも負けず劣らずしている彼女でしたが、それを辛いと言わず、ひたすら前を向こうと頑張っていただけなのに、世間は彼女のような癌患者さんを受け入れてくれないもの・・・そんな風に感じました。入院中、真夜中に、私にこっそり届くメールの中には、落ち込んでいる内容のものがあったし、泣いていたし、眠れないようだったし、食事が摂れないと嘆いてもいたけれど・・・会って話す彼女と、ネットに投稿する内容は、常に強気そのものでした。明るく頑張ってる姿勢をネットで書いても、誰も受け入れてはくれなくて、結局、仲間を作れないまま・・・一人の癌患者としては、孤独だったように思います。
2009年05月17日
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やっぱり・・・今朝、届いたメールで呟いた言葉です。。。「待っている電話」と題して書いた患者さんの訃報でした。この患者さんの話は、過去にも何度か書いています。腹膜中皮腫の患者さん(40代・女性)です。彼女は当初、卵巣癌だと思われていました。それが、悪性度の高い腹膜中皮腫だとわかったのが、昨年の4月。卵巣を切除した後、抗癌剤治療を受けていました。抗癌剤治療は副作用が出ると効いている、出ないと効いていない・・・なんて事が昔から言われていますが、これは確たる根拠がありません。ですが、この女性患者さんの場合「私、抗癌剤やっても、何とも無いんです 副作用はゼロです だから、全然効いていないって、お医者さんに言われました」これはもちろん、副作用が無いから効いていないって言われた訳じゃなく、彼女がそう解釈しただけの話で、検査上、全く効いていなかったということです。本当に全く副作用が無いのだと、変な言い方ですが、がっかりした口調で言っていました。「貴女には抗癌剤が効かない」って言われた事から、じゃ、どうすりゃいいの?薬がダメなら、誰か又、切って欲しい・・・そんな思いから、メールが届いたのが、昨年の秋頃だったと思います。効かない抗癌剤やっても意味が無い、このまま何もしなけりゃ先が見えている・・・こんな現実から、逃げたくても逃げられなくて、とにかく「無治療状態」でいる事が怖くて・・・そんな思いの電話が何度も何度もかかってきました。それで、手術となったのですが・・・開腹してみると、どうにも取り切れず、癌を残しての手術となりました。術後退院して、地元に帰ってから、あの救急車騒動になり、その後は落ち着いた状態での入院が続いていました。それからの1ヶ月間、よく電話がきました。恐らく、メールを打つのが大変だったのだと思います。着信に気付かなくて、出られない時もあったけど、そんな日は何回もの着歴が残ってましたね。一番多い日は、5回だったかな。そんな彼女だから、こんなに長く連絡して来ない訳ないんです。地元の主治医に何か宣告を受ける都度、「どうして良いのか、わからない」って言って、必ず電話をかけてきました。頭の中が混乱していて、まとまりがつかない状態で、私と話しながら少しずつ落ち着いてくる・・・そんな感じでした。これまで、色んな患者さんの声を聞いてきたけれど、彼女ほど「何が何だか、訳わからない」って状態で亡くなった方は、いないように思います。多分、今頃 「ひょっとしてアタシ、死んでるの?」 って、私に電話しようと思っているんじゃないか?って思うくらい。ある人は 「静かに、その時を待ちます」 と言い、また、ある人は 「私には、死ぬ覚悟なんて出来ていないんです!!」 と言い、また、ある人は 「永くは無いだろうけど、子供達に囲まれて今は幸せ」 と言い、また、ある人は 「もう永く無いなら、今から準備しておかなきゃいけない事があります」 と言い・・体が時間を感じさせ、そんな中で自分とも戦い、今ある幸せを見つけ、自分がいなくなった後を考えていました。でも、この彼女は全く違いました。「何でも良いから、治療して欲しい 治療してくれない所に居ても仕方ない、治療してくれる所に行きます」と言い、「治療を!」「治療を・・」と切望してもいました。緩和ケアとか、ホスピスとか、そんな言葉は一度も出たことがありませんでした。手術の経験は、これまでも何度もあり、痛みとの戦いがあった筈なのに、そんな痛みは何とも思わない人でした。とにかく切って欲しいと言ってました。米村先生がNOと言えば、諦めますとは言いましたけど。あの資料を送ったという電話が来てから、数日後に、「届いてますかね? 米村先生、未だ、見てないのかな」という電話が来たのが最後となりました。「多分、昨日か今日あたりにご覧になっている筈ですから、 明日、確認の電話を入れて、それからメールしますね」と答えると「何もしていないのに(多分、お礼のことだと思う) 色々、いつもすみません 宜しくお願いします」これが、彼女の最後の言葉となりました。世の中には、 「死でも良いから治療してください」と言う患者さんがいます。何も治療せずに死ぬより、治療で死ぬ方がマシだと言い切る患者さんがいます。治療を放棄されることは、世の中の全てから見放されるように感じる患者さんがいます。自分から治療を放棄するのは良いけれど、放棄されるのだけは嫌だと思う患者さんがいます。髪が抜けようが、死ぬほどの吐き気に襲われようが、生きる為なら何でもござれ!!と腹をくくる患者さんがいます。治らないのは承知の上で、治療を望む患者さんがいます。治療に求められるのは、何も完治だけじゃなくて、満足も求められるのです。それは、患者さん本人とご家族が望むことならば、結果が伴なわずとも意味はあるのだと、思う私がいます。ですが、それを許してくれない「現実」もあります。。。
2009年05月15日
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昨日は丸1日、出かけておりましたどこへって??世界一有名なネズミがいる「夢の国」、それも「海」の方です2年半ぶりかな。昨年の神奈川県民デーに購入したパスポートが、行けないまま手元にあったんです。その有効期限が迫ってしまって・・・無駄にするのは勿体無いしで、急いで行って来ました去年の秋から、急激に歩けなくなってしまって、行ってもなぁ・・・ただ、無駄にするのが勿体ないから行くけど、これがもう最後だなと思いつつ。1枚につき不足金額の1000円と、手数料200円を支払ったから、返って高くなってもーたがなGW明けの平日とあって、どのアトラクションも待ち時間0~10分で、何でもスイスイ行けましたよ~でも、風が凄く強くて、夜の目玉のショーは中止それにしても、ここには至る処にベンチがあって、足が辛くなると「直ぐ座る」を繰り返してたら、案外歩けたので自分でビックリこんな広大な土地、歩けっこないって、変な自信があったんですが。憎たらしい口をきくヤツだけど、博士が異様にゆっくり歩調で歩いてくれて、「ほら、そこ座れ」とちょくちょく気をきかせてくれたんで、無理なく楽しめましたたまには、感謝しておかないとね。たまには気持をリフレッシュさせておかないと、日々シビアな世界にいますから・・・なんて、都合の良いいい訳ですよね毎月、数件の訃報が届いております。相談メールも毎日届きますが、届くメールの中には、どうにも手が無い場合も少なくありません。先日届いた訃報も、残念ながらそうでした。2年前にスキルス胃癌で手術を受けた患者さんです。再発して、私にメールが届いた時は腸閉塞に加え、腹水がある状態でした。また、腸閉塞による嘔吐が酷い様子でもありました。術後の抗癌剤治療は副作用の強さから、2~3ヶ月に1度行っていたようです。何を?どれくらい?までは、わかりませんでした。それが、いつしか再発となり、副作用の辛さから昨年から免疫療法に、急遽切り替えたとの事でした。ですが、効果は見られず・・・この状態で、改善を図るためには、やはり抗癌剤治療しかなく・・・しかしながら、副作用の辛さから、実質上、本来の治療を受けて来られなかった患者さんです。そんな患者さんに、この辛い状態の中での抗癌剤治療は薦められません。それに米村先生の病院は、この患者さんにとっては遠くて、通院も出来そうもありません。入院による治療は、基本的に出来ないので、皆さん苦労しながら通院しています。マンスリーマンションを借りたり、ホテルから通院したりしてね。セカンドオピニオンだけであれば、構わないと思いましたが、治療となると、とても薦められない状態の患者さんでした。逆に苦しめるだけ、時間をもっと短くしてしまうだけ・・・のように思えてなりませんでした。上記のようなマンション暮らしや、ホテル暮らしをしても、それは精神的にも辛いのではないかと・・・沢山の患者さんを見てきて、その数だけ答えがあって、どれも正解だと思っています。もっと元気な時なら別だけど・・・この患者さんにとっては、今となってしまっては、ただ、帰る場所を失うだけだと、思ったんです。ある医療関係者が、ぼやいていました。例えば治療で500万儲けたとする、でも、行き場を失った末期の癌患者さんを引き受けてしまうと、そんな儲けは直ぐに消えてしまう・・・癌治療はお金がかかる。治療でお金を使ってしまった家族に、もうお金は残ってない。せめて個室に入って、差額ベッド代を払って欲しいけど、お金が無い人にはとても人道的に言えない。つまり、末期の癌患者さんは手がかかる、つまり費用がかかる、病院は相当の赤字を覚悟せねばならない・・これが現状のようです。変な話ですが、治療で儲けて、その儲けを緩和医療に回す・・・こんな流れが出来ないと、患者さんだけじゃなくて、病院も辛いようで・・・健康保険の請求には、レセプトと言う審査機関があります。そのレセプトが通らない分は、病院が赤字を被ることになります。末期の患者さんに、どこまでレセプトが認めてくれるか・・・より良い治療を求めて転院すると、治療が上手くいっている間は良いけれど、上手くいかなくなったり、進行したりしてしまうと、行き場を失うというリスクが付いてまわるのです。良くなる為の治療なら、患者さんも家族も無理をします。ですが、治療が成り立たない状態になると、遠路の病院は行けなくなるし、近場の病院を望みます。病院側は、末期の癌患者さんを受け入れるのは、赤字を作る事にもつながります。断れば問題にもなるし、社会的に叩かれるか、赤字を作るかの選択とも言えるのです。
2009年05月13日
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いやはや・・・現在、メールのお返事は1週間お待たせ状態と化してきています。ちょっと、ペースを上げて必死に対応しております何とか5日以内にまで、もって行こうと頑張っておりますテレビ番組等で、「癌治療最前線」とか「最新癌治療」とかのサブタイトルがあると、つい釣られて、見てしまいます。必ずと言って良いほど出てくるのが、陽子線治療や粒子線治療。でも、これって腹膜播種には関係無いんですよねそもそも、この陽子線とか粒子線とかって一体何って、私なんぞは思ってしまいます。・・・って、これ普通ですよね??ですが・・・我が家には、普通じゃないヤツがいますんで「説明したろか?」と、のたまう。。。その前に「どーせ、わかんないだろうけど」と、すんごぉく憎たらしい事を言う当っているだけに、悔しい専門的に説明するだけ無駄と思っているようで、かなり噛み砕いて説明してくれますけどね。「粒子線じゃ何でも通しすぎるから、陽子線くらいが良いんじゃないか」なんて事まで言いますが、腹膜播種には関係無いので、あまり興味は無いみたい。どういったものであるのか熟知している人が言うんだから、関係ないって事だけは確かでしょ。まぁ、陽子線治療や、粒子線治療だけならず、ペットCTやMRIの構造云々まで・・・超詳しく説明してくれますわ。そこまで要らんつーの。一桁の足し算、引き算を間違える人が、なんでそんな事知っとんねん・・・これは余談でした。私の元に届くメールには、いわゆる、民間療法が癌に効くかどうか?という質問が多々あります。民間療法と言っても、多種多様ありますし、効く物が無いとは断言できませんので、わかりませんがお薦めも出来ませんと、返事しております。効いた!!という患者さんを一人でも知っていれば、「こういう患者さんがいますよ」とは、言えますが、残念ながら一人もいません。だからと言って、効かないとも言えません。ただ「効くとは言えない」としか、言い様が無いんです。毒にさえならなければ、まぁ、本人やご家族が望まれるならいっか・・・と思っております。ですが中には逆効果と言えるようなものが、存在するようです。題名に書いたアポトーシスとは、言わば、細胞の自殺行為とでも言いましょうか・・・抗癌剤を使用すると、死滅する癌細胞と、生き残る癌細胞がいると言われています。人が違えば、癌も違うのでそりゃそうだ・・・と納得できますが、同じ体内でも同様の事が起こる。それは何故?同じタイプの癌だけが存在している訳じゃないから・・・という事になります。7~8年前、柑橘類を食べると、抗癌剤の効き目が悪くなるという俗説が、誠しやかに流れていました。理由はわからないけど、何故かそうだと・・・実は、これを証明するような事が近年になってわかってきたようです。抗癌剤を使用すると、死滅する癌細胞と、生き残る癌細胞の2つに分かれると、これまでは思われてきました。ですが、実はその中間の癌細胞が存在する・・・事がわかってきたようです。シェイクスピアの小説の台詞じゃないけど「生きるべきか、死ぬべきか、そこが問題だ」って悩む癌細胞がいるみたいです。この悩んでいる癌細胞が、ビタミンCを大量に摂取すると、酵素分解を起こさなくなり、つまり死ななくなるのだとか。これが、薬剤耐性の始まりとなり、癌が自ら性格を変えていく・・・どうやらこれが「柑橘類を食べると、抗癌剤の効き目が悪くなる」という俗説の元のようです。どこから仕入れてきたのか、うちの博士がこう言うとりました。ですので、どの民間療法も否定はしていませんが、ビタミンCの大量摂取に関してだけは、否定させて頂いております。あくまでも、大量摂取ですよ。今時、どんなモノにもビタミンCは入ってますからね。
2009年05月11日
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待っている電話は、未だに来ず。。。もしかしたら、もう・・・という思いがあります。彼女の心の葛藤を、書き留めておこうと思います。「何故か、全身が硬直して手足が痺れる感覚があって、家族の手を借りないと歩けないんです 昨夜なんて、特に酷くてホントに死ぬかと思いました」救急車で入院する前日、そんな電話がきました。この全身硬直というのが、よくわからないのですが・・・(※この彼女は、スキルス胃癌の患者さんではありません)スキルス胃癌の60代の女性患者さんで、同様の症状を訴える方がいます。全身が硬直して、動けなくなるのだと言われます。このスキルス胃癌の女性患者さんの場合は、原因がハッキリしていて、カルシウム不足なんです。ですので、カルシウムを点滴すると治まります。ですが、また、繰り返してしまうようです。何故、そこまでカルシウム不足に陥るのかと言えば、この原因は不明。一番原因として考えられるのは、抗癌剤の副作用?って事になりますが・・・この可能性を証明するには、抗癌剤治療を止めなければならず、それはできませんので、証明できません。他にも考えられる原因として、既往症とか、持病とか、年齢によるものとか、体質とか、はたまた、抗癌剤を含めて全てが絡み合ってのことなのか・・・もっとあるでしょうけれど、わからないので、症状が出たらカルシウムを点滴という処置で、しのいでいます。スキルス胃癌の患者さんを何百人と知っていますが、この全身硬直という症状に関して言えば、実に初耳なんです。それもそのはず・・・米村先生ですら「初めて」なんだそうで^^;それじゃ、私が知るハズ無いわ(←妙に納得)うちの博士も、さぁ??と首をひねってたし・・・話は戻りますが、ですので、前述の40代の女性患者さんも、カルシウム不足?かと思い、地元病院に行って検査をしてみては?と言いました。今から、時間的に、距離的に病院は行けますか?と聞くと、無理だと言います。なら、今から電話で予約だけでも入れておいて、明日早々に行ってみては?と言うと、「そうします」との返事でした。そんな会話をした夕方、あの荒い呼吸での電話があったのです。「救急車で今から病院に行きます 米村先生にも伝えておいて下さい」と。それから数日して、ごく普通に電話がありました。原因を探す為に検査入院していますって。カルシウム不足では無いとのこと。脳の異常を懸念して、MRIも撮ったようでした。一時、脳転移かも??の見解が出たのですが、それの可能性は直ぐに消えました。だったら原因は何?で今度は腹部CT撮影となりました。手術前には、術後はこの病院で抗癌剤治療という約束になっていたと、彼女は言います。だから入院ついでに・・という訳じゃないけれど、治療開始をお願いしたようですが、却下されたと涙声で電話がきました。「何がなんだか、サッパリわからない どうしたら良いのか、夜も眠れないんです・・・」何か行き違いがあったのか、勘違いなのか、それとも治療が出来るような状態じゃないですよと、言われただけなのか・・・片方の話だけでは、全く見えないので何とも言えませんが、ただ、彼女が途方に暮れていたのは確かです。今、どんな処置をされていますか?処方されている薬は何ですか?便や尿は出ていますか?状態把握の為に、電話の度に幾つか質問をしてみました。彼女の自己申告の内容から、腸閉塞及び、胆管狭窄もしくは胆管閉塞を起こしている。体内での出血もある様子で、それも既に時間が経っている。浮腫みが無い、尿が出ているという点から、何とか腎機能は保たれている。デュロップパッチを使用している。高カロリー輸液を点滴している、それも良心的な量。・・・彼女が話す、薬の名前や形、点滴の色、管から出ている液体の色やその変化等々から上記を推測しました。こんな状態で、ちょくちょく電話がかけて来られるのが不思議でした。声が小さくて聞き取れない言葉を、聞き直すと、大きな声は出せていました。電話は必ず、私を気遣った時間にかけてきます。私が推測している状態が正しければ、電話をかけてくるのも、時間を気遣うのも、相当の無理をしているはずです。何度もかかってきた電話の中で、彼女の心は大きく揺れ動いていました。「もう1度、手術をして欲しい、取り切れなかった残りの癌を切って欲しい」そう言ったけれど、時間が経つと「これまでも、借金して治療費を賄ってきて、これ以上の負担は家族にかけられません もう○○病院まで行くなんて、体力的にも経済的にも無理だから、諦めます」こんな事を言ったり「でも、△△病院だったら何とか行けます、△△病院じゃダメですかねぇ?」って、言ってみたり「主人が、もう手術や抗癌剤で、お前が苦しむのを見るのは辛いって言うんです 何だか、もう諦めちゃっている感じで・・・ 」と言ったり彼女自身が治療に未練を残したり、諦めたりの繰り返しでした。そんな彼女が最終的に出した結論が、「米村先生が、○○病院じゃなきゃダメだって言うなら、もう金銭的にも体力的にも無理だから 治療は諦めます でも、△△病院でも良いって言ってくれたら、何とかして行きますから手術して下さい」という事でした。その判断を託して、検査データを送ったのです。返事は何時来るか、何時来るかと、待ち詫びていたようで危篤連絡の3日前に、私に電話がありました。丁度、データが届いた日だったことになります。短い余命まで告げられていた彼女は、最後の最後に心の中で大きな賭けをしたとも言えます。これで凶と出たら、あとはもう黙って余命をただ過ごそうと・・・そう思っていたのではないでしょうか。。。翌日送った私からのメールを読んだのかどうか・・・賭けの答えも知らないままの、危篤となったのです。
2009年05月09日
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まだGW中の方もいると思いますが、暦上は、GWは終わりですね。毎年、GWはドタバタメールや電話が何件か入るのですけど、今年はとても少なかったです。早朝6時半にケータイメールが、1件入ったくらいかな。いつも、枕元にバイブでケータイを置いていて、鳴れば先ず目が覚めるんです。夜中2時、3時、明け方4時・・・と、たまにですけども、メールが入ります。ボケボケ頭ながら内容を見て、この内容なら明日の朝でいっか・・・って思ったり、寝ぼけ眼で返事を返したり・・・と対応は色々です。ですが、今回の早朝メールが届いたのは、寝たのが明け方3時・・・全然気付かずに、悪い事をしてしまいましたm(_ _)m気付いた時には、もう、米村先生と連絡が取れたとの2通目のメールが入っていました。いやはや、役立たずで申し訳ないです。。。あっそうそう、もう1件ありました、早朝5時メールが犯人は・・・じゃなかった、メールの相手は米村先生でした前日に送っておいた、連絡事項メールの返事なんですが、こんな時間に寄越さんでも・・ねぇ?実は、電話を待っている相手がいまして。。。彼女は今、入院中です。40代の女性患者さんなんですが、地元病院に入院したのですが、救急車で運ばれたんです。荒い呼吸の中で、電話をかけてきまして・・「息苦しくなっちゃって、今、救急車を呼びました これから、病院に行きます」そう言いました。その後落ち着いて、「呼吸困難になった原因を、入院しながら検査しています」って、メールだったかな、電話だったかな連絡がありました。それからも、ちょくちょく電話がありましてね。私がメールを入れれば、必ず、その日のうちか、翌朝に電話がきます。検査、そして経過観察で時間が過ぎ、確か1ヶ月は経ちました。で、ある日の晩にメールを入れました。米村先生に確認して欲しい事があるって、彼女から頼まれていて、その結果をメールしたのです。「ここの先生は、とても治療なんか出来る状態じゃないって言うんです もし、米村先生が治療してくれるなら、すごく、ありがたい・・・」って、涙ぐんだ声で電話が来て、検査データを米村先生に送るように伝えた後のことです。データが無事に米村先生の元に届いたこと、そして、米村先生から、そちらの先生に医師間で連絡を取ること・・・彼女が一番心配していて、不安だった事を、安心させようと思い、早々にメールしました。この時間にメールを送れば、先ず、又明日の朝、電話が来るだろうって思いながら・・・ですが、翌朝になっても電話がこない・・・おかしいなぁ~、いつもなら朝9時代に電話がくるのに・・・1日が過ぎて、2日目の朝になっても電話がこない・・・そして、この2日目の晩、間接的に彼女が危篤であることを知りました。あと、1週間くらいではないかと。危篤を知る3日前に、彼女本人から電話がきてます。全然、そんな感じじゃなかったんです。この危篤を知ってから、もう1週間以上の時間が過ぎました。彼女からは電話もメールも未だ無いんです。待っているのに。。。
2009年05月07日
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2日は、誠に勝手ながら「オフの日」とさせて頂いちゃいましたm(_ _)m多くのメールのお返事を溜め込みながら、ホント、ごめんなさいです。でも、ケータイに頂いたメールには、ちゃんと対応致しましたんで(いい訳^^;)この日は、従兄夫婦に誘われて、富士・本栖湖の芝桜に行って来ました高速の渋滞を回避して、裏道、裏道(←従兄がよ~知ってま)で行きました~行く途中のトイレ休憩で立ち寄った所ここのソフトクリーム(350円)が美味しい富士・本栖湖の芝桜とっても、綺麗でした芝桜の次に寄った朝霧高原ここのロバは博士が近づくと避けてた・・私の側には寄って来るのになぁ~帰路に立ち寄った御殿場にある静かなお茶処広い竹林の中に静かにたたずむ、知る人ぞ知るの場所かな柏餅250円、どら焼き250円、日本茶をセットにして頼むと500円でした(お茶お変わり自由)この日は足の調子が良くて、何とか歩けた!!って感じでした。いつも、片足引きずって歩いてますからねぇ・・・数ヶ月前のことですが、ご主人(胃癌・50代)が腹膜播種で再発と診断されたと、奥さんからメールが届きました。胃癌が判明したのが、昨年の夏。胃4/5切除し、その際に癌がショウ膜を飛び出している事が判明したもの、リンパ転移はなし。病理検査では、印環細胞癌。術後は、セオリー通りにTS-1を服用していたそうです。それが、今年に入って腸管の拡張が認められ、腫瘍マーカーも上昇し、腹膜転移との診断を受け、抗癌剤治療の変更が提示された時に相談がきました。「取り合えず、セカンドオピニオンでも受けてみますか?」みたいな私的には、軽いノリでお薦めしてみると、乗り気になられ、米村先生のセカンドオピニオンとなったんです。確か、この時は、2~3人の患者さんを「先生、まとめて宜しく!」って送っていたんで、その時点で記憶から消えてしまって・・・^^;次から次へと、色んな方からメールが届きますんで、記憶ってヤツが怪しくなってきてます。そしたら、それからと言うもの、この患者さんと奥さん、ご夫婦揃って何故か私は「凄く感謝されモード」なんです。奥さんからは度々、メールを頂きますし、患者さんご本人からもメールを頂きました。ホント、私はいい加減なヤツなんで、そんな恩にきるような事は必要ないんですけども・・・で、ですね、腹膜播種と診断を受けて来られたんですが、どうも、その腹膜播種自体が米村先生からすると、「ほんまかいな?」なんですね。念のための腹腔内化学療法が、始まりました。術後に、再発予防の為の腹腔内化学療法っていうのも、ありますから。転院当初も、その後も、腹腔洗浄細胞診は何度も受けてますが、反応しておらず。腫瘍マーカーだけじゃ、判断できませんからね。腹膜播種は画像診断も難しいし・・・兎に角、腹膜播種と断言するに値する検査結果が、何度やっても出て来なくて・・・現在は、腹腔内化学療法の投与間隔を空けて、あくまでも「再発予防」を目的とした治療を受けています。まっ、経過観察ってところでしょうか。肺転移の疑いもあったんですが、これは即却下でしたし・・・全然再発っぽくないんですよ。そうそうそれと、凄く笑えるんですけど、どうもこの患者さんのお宅では、大学生のお子さん方を含め、ひろりんは「プチアイドル」的存在みたいで・・・ちょっと、おかしくないですか?世の中、変わった方がとても多いと感じる、今日この頃。。。
2009年05月04日
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ちょっと更新をサボっておりますm(_ _)mメールがどえりゃ~ことになっておりまして日本古来の舞踊?「てんてこ舞」を華麗に舞っております久しぶりに虫垂癌・腹膜播種(40代・女性)の患者さんから近況が届きました(ここでは、何人かの患者さんの経過を、シリーズ化?してご紹介しています)~昨年12月11日以来のご紹介となります~この患者さん、昨年の7月に手術を受けたのですが、その手術に至るまでの葛藤が大変でした米村先生の手術を受ける患者さんの、殆どが「手術は未だですか」と煽るのですが、この患者さんの場合は違ってましてね。抗癌剤治療の効果が順調で、また、スキルスと違って進行もさほど早くもない。副作用の不快感に慣れ、体調の良し悪しで時間の使い方もコントロールできていました。つまり、このまま抗癌剤が進行を食い止めてさえくれるなら、何もまた、あんな痛い思いで苦しみたくはない・・・と思っていたんですね。過去の手術経験で、痛みはもちろん、同室の患者さんの心無い言葉に傷ついた・・・というトラウマから、手術!って踏み切れずにいたんです。だから、手術予約を入れた後もずっと、ずっと迷ってました。手術予定の1ヶ月前になって、未だ迷うこの患者さんに、米村先生の方がどうやらプチ切れしたようです^^;手術は未だですか?と多くの患者さんに煽られていて、手術を希望しないなら、待ちわびている他の患者さんに順番を渡そうと思ったようです。「手術するのか、しないのか、ハッキリ決めてくれ!!」と言うたそうな。この患者さんの心境の変化は、ご本人は今も不思議がっていますが、米村先生は「自分の強い一言」だと思っているフシが無いじゃないですわ前置きが長くなりました。。。術後、胃穿孔というアクシデントがあり、入院期間は1ヶ月半ほどかかりましたけど、術後9ヶ月が経つ今、食事も普通に摂れ、外食も難なくOK。体調も良好で、外出も楽しめている様子ですスキルアップの為の勉強も熱心で、向上心に溢れてます。ただ、問題は職場復帰のようです。術後、これだけの時間が経過して、体も心も元気満タンなのに、ほんの少しばかり腫瘍マーカーが正常値より高いというだけの理由で、復帰を延期させられているのだとか・・・この腫瘍マーカーですが、何種類か計っている中の一つだけの話なんですよ。単なる目安でしかないし、他のマーカー値は正常値以下なのに、なんで??どうも、この未曾有の不景気が一番の原因のようです、癌という病気じゃなくてね。確かに、癌が判明したら「閑職」に追いやられた・・なんて話も聞きました。患者さん本人だけじゃなく、癌患者を家族にもつというだけでも、閑職に・・という方も。首を切られるのは、派遣社員だけじゃないご時世になってきましたからね。この大型連休も、大企業は休業保証が目的の大型連休になっている会社も少なからず・・・ですから。この患者さんの目下の悩みは、職場復帰となり。。。癌患者さんの悩みとは、変わってきてます。不景気で悩む方は沢山いますからね、言わば普通かな。今も治療は続いていますし、治療費はかかりますし、その捻出は頭痛の種のようですがあんなに迷った手術ですが、今は、受けて良かった自分の選択は正しかったって思っていますそう書かれてました「手術しても、しなくても自分は必ず後悔すると思う」なんて、言ってたんですよ。ある意味、「絶対、後悔します!!」って宣言してましたっけねぇ・・・^^手術前に、あれだけジタバタした患者さんですからね、米村先生にこの患者さんの言葉をそのまま伝えたら、笑って喜んでましたわ。治療費捻出は実際問題大変ですが、ご主人とつつましく?過ごす時間は、間違いなく「幸せ」ですよね
2009年05月01日
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