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これは夢である。それほどいい夢ではない。 気がつくと、創造主がわたしに話しかけているではないか。「あなたはてんとう虫に生まれ変わります。」そんなことを突然言われても、わたしには答えようがなくて、わたしは黙っている。でも、真面目な顔をしていることはできなくて、何故かにやにやとしている。わたしには期待もなければ、失望もない。 七星てんとう虫は植物を害するアブラムシを食べるから益虫だと小学校で教えられる。あのプラスチックの玩具のようなつやのある色と風貌で、その上、人類の味方となれば、こどもたちにも人気があるだろう。 しかし、見方を変えると七星てんとう虫は肉食性の凶暴な昆虫である。アブラムシをむしゃむしゃと食べ続け、噛み潰されたアブラムシの体液が周囲に飛び散る様は、想像するだけでとても気持ちが悪い。自分の顔にだってその体液がかかり、小さな球になって付着しているというのに気にする風もない、そんながさつな昆虫であるにちがいない。可愛い女の子が、「わたしはお肉がとても好きなの。」と言って、血のしたたる牛肉を顔を汚しながらしゃぶりついているようなものである。 少し物知りの小学生なら、七星てんとう虫が出てくれば、一緒に二十八星てんとう虫を思い出すだろう。二十八星てんとう虫は野菜の葉を食べてしまうから害虫であり、その外観も、背中に星が多すぎるうえに全体的に短い毛で覆われているものだから、くすんだ色に見えて薄汚く感じられる。悪者にふさわしい容姿ということだ。 けれども、彼らは草食性で、争うのが嫌いな心優しい昆虫かもしれない。肉食性の七星てんとう虫の方がよほど気性が荒くて付き合いにくいかもしれない。 実物のてんとう虫を見たのはいつのことだったのだろう。とても遠い過去の記憶の中に埋もれている。その記憶を掘り返しているときも、てんとう虫が写真のように動かないことを願っている。子供の頃にはまったくなんとも感じなかった小さな昆虫が、大人になるとそれがうごめいているだけで気持ちが悪くなる。 ぶーんとあの丸い背中を開いて羽を広げて飛んできたら、わたしはそれが七星だろうが二十八星てんとう虫だろうが、手を振り回して追い払おうとするだろう。体のどこかにてんとう虫が止まろうものなら、なるたけ触らないようにと意識しながら、その虫を取り除くだろう。 創造主は確かにわたしをてんとう虫にしたのにちがいない。ただ、それが七星てんとう虫なのか、二十八星てんとう虫なのか、自分で確認することができなかった。自分がてんとう虫であるとわたしが意識したときに、体全体が空中に投げ出された。 子供が見ていないときに、小学校の理科の先生が自分のワイシャツにとまったてんとう虫を指で弾き飛ばしたのである。そこには益虫も害虫もなく、ただ生理的に受け入れられないとして、その拒絶を人差し指に託して虫けらを強打したのである。 あまりの痛さにわたしは意識を失いつつある。こんな夢からまもなく醒めるであろう。
Jan 25, 2009
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冬の日。外に出るには寒すぎた。 図書館の出入口のところに設けられている2つの自動ドアの間で彼女は携帯電話をかけていた。その出入口は南側を向いていたから、太陽光が降り注ぎ、外側の自動ドアが開かなければ外気の寒さをまったく感じさせない、そんな場所で彼女は話していた。「それで、延命しないということには変わりはないのね。」 図書館から出ようとして自動ドアに向かっていたわたしにも聞こえた。携帯で話すときに妙に大きな声を出す人がいる。 彼女は外を向いて電話をしていたから、もともと顔は見えるはずもなかった。その上、逆光で彼女の後ろ姿もはっきり捉えられない。 それが犬や猫の話なのか、それとも自分の親族のことを言っているのか、自然とわたしは聞き耳を立てていたが、はっきりしなかった。ただ、いずれにしても、彼女の話し方の軽さにわたしの意識は反発した。 わたしは祈った、銃弾がその自動ドアのガラスから滑らかに侵入し、彼女の心臓を確実に射抜くことを。彼女には罪はない。それでも、既にあたりの空中に拡散し、再現できない言葉とその口調を咎めないといけないと思った。彼女がその言葉を発したその情景に一撃を加えたかった。 彼女は話し続けていた。あの柔らかな太陽光を存分に受けて、寒さを感じることなく快適そうに話している。 わたしは銃声を聞きたいと思った。彼女がわたしの眼前で倒れていくその姿を見たいと思った。 わたしはかばんの中にあったスーパーの薄い透明な袋を取り出すと、その中に空気を入れて袋の口を片手でつかむと、その空気で膨らんだ袋を図書館の受付の机に叩きつけた。 パンッという大きな音がそのフロアに響き渡り、皆の視線を振り切るように、わたしはその自動ドアのマットを力強く踏み込んだ。携帯で話し続けながらも驚いてわたしを見ている彼女のすぐ脇をすり抜け、わたしは北風の吹く外に出た。
Jan 11, 2009
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不注意で墜落してしまったお釈迦様を助けるために、極楽の蓮の池にいる蜘蛛という蜘蛛が、何十匹、何百匹と、地獄の血の池めがけて糸を垂らしていく。血の池でばたばたともがいていたお釈迦様だが、その血まみれの手に何本も蜘蛛の糸がからみつけば、のんびり育てられたお釈迦様でもさすがに気づく。よっこいしょ、よっこいしょと蜘蛛の糸を上り始めるのだが、日頃、力仕事などしたことのないお釈迦様は少し上るだけで疲れてしまう。2,30メートルも上るともう疲れ果て、必死の思いでぶら下がっていたが、それもむなしくぼっちゃーんと再び血の池に落ちていく。周囲の罪人がこれに気づかぬはずはない。蜘蛛の糸を見つけるとこれ幸いに上っていく。中にはお釈迦様を踏み台にして上っていく者までいる。何人もが同じ糸にぶら下っていると、芥川龍之介の小説のカンダタのように「こら、罪人ども。この蜘蛛の糸は己のものだぞ。お前たちは一体誰に尋いて、のぼって来た。下りろ。下りろ。」と叫んで、ぷつんと糸を切られるものも沢山いる。しかし、芥川の小説を読んでいてそのトリックを見破るものも当然いる。それどころか、罪人同士で助け合いながら、友情や信頼感をはぐくみながら、確実によじ上っていく罪人達もいる。肝心なお釈迦様はと言えば、未だ血の池でもがいている。(47)
Jan 4, 2009
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