2025年02月18日
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 飢えに瀕し、死んでいく百済人たちの処遇に困り切っていたのだと思う。
 異民族ではない、からだ。
 みんな自分たちと同じシウシン族。

 唐軍の対高句麗前線からは、「補給品早く届けろ」という矢の催促が来る。
 なので、軍用の糧秣などには一切手を付けるわけにはいかん。
 そうかといって、現地の飢饉は酷くて、すさまじくて、死臭が国中充満している。
 占領下の百済では、何処へ行っても飢えで倒れた死者が累々の酷い状態だったと思われる。


 今回の唐の大軍というのは、中国に居る「シウシン族の軍」である。
 彼ら中心の大海軍が唐政府に拠り編成され、総動員されてた。

 百済も王族は扶余族だが、もともと民衆はシウシン族が中心なのである。
 百済に、「馬有れど乗らず」、という言葉がある。
 同じ海人系倭人であって、両者は同族なのだ。
 唐は巧妙に、百済と同族の海軍を使っての軍事作戦をやった。
 それが大成功したのである。

 シウシン族という彼らは、「北倭」に属する。
 高句麗にも大勢いるヘビや太陽女神を祀る倭人(海軍)種族だ。
 百済側も唐側も、王族は違うが、庶民は全員が倭人なのだ。

 そしてその地へ新しく殴りこんできた暴力団筑紫軍も、これまた倭人。
 特に倭国軍。
 北倭ではなく南倭だが、同じ倭人グループ。
 片言程度であれば意思疎通が出来たかもしれんほどの、近縁種族。

 事実、ずっと後の話だが、渤海通史の契丹種族と日本人は、貴族であればカタコト会話ができたと言われる。
 しかもこれ、倭人の倭国軍が、実は新羅と仲良しだとしたら?。

 つまり唐軍からしたら、突然出現した大海軍にびっくらこいただろうが。
 そいつらが、彼ら輜重部隊の上陸を阻んで立ちはだかる百済の賊軍を、陸戦やって解散させたので、もっと驚いた。

 唐軍は輜重兵(しちょうへい)ばかりで、倭国軍は戦闘専門部隊なのである。
 まともに戦える相手ではないので、必ず交渉の席を設けたはずだ。
 筑紫倭国軍は新羅の旗を揚げているはず。
 なので、警戒すべき相手だが一応は、お味方になる。
 つまり対話もできる。

 ここは教科書とおいらの説は180度違うわけだ。
 但し教科書の説では、百済復興軍を解散させた説明ができない。
 トンデモ説の劉仁軌様にご登場いただこう。


  交渉

 「吾等は唐の大将軍、劉仁軌様が率いる軍だ。見ての通りおぬしらの3倍以上の兵を持つ、唐最強の精鋭軍である。おぬしらの軍は?」

 「俺たちは、扶余豊璋様の率いる倭国軍の尖兵。新羅の陣営だが新羅軍ではない。百済復興のため派遣された倭国軍である」

 半島の軍ではないと、その正体を知って驚愕し、一段と警戒を強める唐軍。
 しかし彼らが先般、唐軍の大補給部隊の上陸を阻止していた賊軍と戦ってこれを破壊したことは知っていた。
 首都の駐屯軍の連中など、補給部隊が来ているのに震えあがってしまい、賊軍が居座ったため上陸援護にも出てこなかった。
 彼ら異国の軍のおかげで、やっと上陸できたのだ。

 百済の残党でなく味方だとは、新羅の旗でわかっていた。
 だが、異国の軍だし超危険なのだ。
 しかも自分たちがまともに戦える相手ではないことは、さすがに唐軍も知っている。
 なので、威勢で圧倒しようとした。

 「百済兵の残党を処理したそうだが、俺たちがもう少し早く着いていたらなら、小指で処理できたところだが」

 倭国の通訳は言った。
 「百済の賊軍は意外に強い。大損害受けた。それに、民衆がどこでも酷く飢えている。俺たちの持ってきた軍糧などでは絶対に足らぬ。」

 唐軍が答える。
 「死臭は俺たちも気になる。しかし俺たちは高句麗へ向かう後続の部隊だ。補給物資で百済の民を食わせるわけにはいかんのだ。おぬしたちの短期補給分くらいはなんとかせよという、俺たちの大将の寛大な仰せなんだが」

 そのとき筑紫軍の通訳達の背後にいた将が、歩み出て来て、告げた。
 「あぬしらはみな、飢えた彼らとは同族なんだろう?大将と話したい。俺は百済の王子、扶余豊璋だ。」

 しぶしぶと、表に出て来た劉仁軌。
 シウシン族ではない。
 紅毛碧眼の、超立派な風采の唐人。
 しかも豪胆で情にも厚く、野心もひときわ大きい男だった。

 中央政府の官僚なのに百済の窮状を知り尽くしていて、一部私財で補給船を水増ししてかき集めてきたほどなのだ。
 今は補給部隊の責任者なのだが、百済を自分の地盤にしようと、ひそかに企んでいたのである。

 その劉仁軌に、扶余豊璋は告げた。
 「百済の扶余族は、頼りにならぬ。彼らは死者の群がる国で、自分の身を守ることしか考えていない。」

 いわれた劉仁軌は、そのとおりだと思った。
 扶余の王子たちはどいつもこいつも、頼りにならん。
 国の基本は民である。
 その民を飢えに任せて、国の経営などは成り立たない。

 戦勝のあと、真っ先に考えるべきは民を十分食わせることだが、首都の唐人たちにもそれが出来てなかった。
 こうなってるだろうと思ってた、そのとおりだったのだ。
 彼らは高句麗との戦闘のことしか念頭になく、民を飢えさせてしまった。

 「俺は、百済の復興と経営が可能だと思って精鋭軍を率いてやってきたんだが。それが不可能だと汝は言うのか?」

 「不可能だ。食料を得るべき者が兵になり、無駄に浪費していた。百済に今必要なのは漁労民の船と漁労資材と、そして農業の従事者だ」

 「俺が唐を裏切って手持ちの補給兵糧を出せば、それが可能に変わると言いたいのかね?」

 扶余豊璋は驚愕した。
 そんなことまでを言い出す人物だとは、思わなかったのだ。
 彼は目まぐるしく考えた、やはり、ムリだ。

 「それもたぶん不可能だろう、残念ながら。百済に明日はない。百済王になるべき俺が言うんだから間違いない。新羅に膝真づいても、唐に膝真づいても、この状態での復興は俺でもムリだ」

 「そうか、おぬしの兄弟たちの誰に任せても、おぬしに任せても無理か。」
 そういってからしかし毅然と、その唐人は言った。
 「しかし大勢の民は、生き延びねばならん。」

 扶余豊璋は、またしても驚愕した。
 自分が模索しようとしていることを、先に言われたからだ。
 不可能の一つを、彼はつい、口にした。
 これは、相手にその地位を失えと言ってるわけで、不可能なのだが。

 「百済での復興はムリだ。しかし海を渡りさえすれば、彼ら百済の民は生き延びられる。」

 唐人は冷静だ。
 「新羅は決して兵糧を出さんだろう。彼らにも余裕はないようだからな。」

 「新羅への渡海ではない、倭国の扶桑へ渡ればよい、そこは今、唐の制度に国中を切り替える大作業をやっている最中だ。」

 「仮に倭国が唐の一部となっても、唐も貧民への資材は出さんよ。俺も、ここで自分の持つ兵糧に手を付けたら、明日がなくなる。」

 しばし時を置いて扶余は言った。
 「いや、あるかもしれん。もちろん唐軍はクビになるだろうが。」

 そういって扶余豊璋は続けた。
 「倭国の支配者斉明帝は、人の危急を救いさえすれば、必ずや貴軍を歓迎する。」
 彼は、壊滅した日本府の人を渡海させて救出したお方のことを考えていた。

 唐人は、この若い扶余族の豪胆さにあきれた。
 「8千の軍を持つ俺に、2千余の兵を持つにすぎん汝が、異国への帰順を奨めるのか。」

 扶余は答えた。
 「先日の戦闘で、俺の配下はもう戦える状態じゃない。しかしあんたら輜重兵だろ?、百済の義兵に上陸邪魔されて困ってた。」

 「知ってたのか。」

 「ああ、これは俺の脅迫だと思っていい。筑紫兵は5倍の唐軍を相手できる」
 「あんたら唐軍の生き延びる道は、二つある。まだ時間は少しある。じっくりかんがえることだな。」
 彼は続けた。
 「一つは、今度は俺たちが物資上陸を邪魔するので、上陸できずに、唐に逃げ帰って、処罰されること、だ」
 「今一つは物資をすべて引き渡し、今後は吾らの兵を率い、百済人庶民を救済するために渡海することだ。」
 「あんたは英雄になれる。」

 しばしあきれていた唐人。
 「英雄も悪くはないが、保証はあるのか。」
 「あんただけが英雄になって、おれは嵌められ男になって野垂れ死にかもしれん。

 扶余は暗い目つきになった。
 「俺にはもう明日はないんだ。百済の復興を命じられてここまできたが、飢餓将軍の前には不可能なことだとわかった。」

 「どうするつもりだ。」

 「高句麗には同族がいる、俺は軍を離れ、そこを頼る。百済の民と軍は、むしろ唐のあんたに任せたい。」

 劉仁軌は扶余豊璋の淡々と語る様に、あきれた。
 (若いのに、悟りきっていやがる。)

 劉仁軌は言った。
 「とりあえず今回の兵糧は前線に送り、俺が再び唐から渡海用の兵糧を仕入れて来るというのはどうだ、俺には、それくらいの財力もある」

 「そのころには、民は死に絶えてる」



 筑紫軍の百済王子から見たら、現地を掌握するのに、まず百済復興軍を叩いて主導権を握ろうとしたのは当然なのである。
 ところがそれが、意外と厄介、いや失敗だった。
 後のない民衆も多く参加していて、伏兵が無数にいた。
 とんでもない規模の損害を出してしまった。

 しかし眼前の8千の唐軍輜重兵相手であれば、解散した雑兵の中で帰順したい連中も潜んでいる事だし、2千の精兵で十分だろう。
 但しそれだと、兵糧収奪はムリかもしれんのだ。

 彼は、旧日本国の任那から上陸し、知らされてる日本府の「壊滅状況を確認」した。
 そのあと扶余豊璋の軍は、百済領内へ攻め込んだ。

 新羅側とは、ほぼ話がついていた。
 特に日本軍の花郎(総大将)である斉明帝とは、新羅の軍艦を通じて、緊密に連絡が取れていた。
 百済の処遇は、彼に一任されていたのだ。

 そのとき現地にあったのは、「筑紫倭軍」、「扶余の旧百済復興勢力」、「唐勢力のシウシン軍」、「新羅の金春秋の倭軍」など4勢力。
 高句麗の前線では唐軍と新羅の秦軍が戦っていた。

 教科書は、日本府の壊滅と、彼らの列島への大撤退について、全く触れない。
 なので、事情の一部が見えてないに等しいのである。

 今一度、百済の健在な時点にまで時を撒き直し。
 百済、唐、新羅、高句麗、そして倭国との関係から説きなおす必要がある。



  過去の事情

 百済・高句麗が滅亡に至った、その大戦争の。
 これを起こした根本原因は。
 天候不順による飢饉。
 特に高句麗、百済の民が、最初から酷く酷く飢えていた。

 新羅は食料増産が出来ていて、余力があった。
 新羅女王の命令で、武器用の鉄を農具に大規模転用したためである。
 日本文化を新羅が利用できるようになった事が大きい。

 これは新羅内辺境の地の扱いにくい小国、日本府を手名付ける戦略で育てられてた宝姫(伽耶姫)が、その後、新羅国の跡取りとなった、そのことに拠る。
 農具に武器用の鉄を使った事と、新しいクワの利用は大成果だった。
 それまで鍬はなかった。

 伽耶姫は、チヌン大帝の孫にして、当時血筋優先の新羅で唯一の、聖骨になっていた。
 すでに、先の対高句麗戦役で勇名も上げていた。
 小国日本の源花の花郎、つまり総大将でもあった。

 のちに善徳と贈名された伽耶の姫は、「宝姫」である。
 倭人の血を少し引く、しかし新羅秦人の、秦氏の女王として立った。
 そのことに拠り、新羅は大きく勃興する。

 血族結婚ばかりで血筋が途絶えそうになり、国がガタついていた新羅である。
 コケる寸前に、金管加羅の王族から倭人の血を、実権の無い養子で入れ、蘇っていた。
 その混血王チヌン大帝以降、国土を盛り返しつつあったが。
 特に、この善徳女王の時代が最盛期だった。

 新羅女王は、秦人の首都ソラボルに拠って、国を治める。
 国内の、4つの主たる種族から夫を娶り、4人の夫を持てる法律を勝手に作って、バランス感覚で支配。
 露骨に敵対はしないものの、唐からは超嫌われてた。

 旧シロ国の伝統を守り、倭人と血を交えた金管加羅国の当主には、実権を一切与えていない。
 名目だけの辰王権を上手に利用して、わざと地下に潜らせて。
 つまりそれを利用して、倭人をも間接支配していたのだ。
 それが、金ユシンとの兄妹をうたう仲、というもの。

 この、わざと野放しにしていた辰王権が独り歩きし、これが倭王権とみなされることもあるようだ。
 新羅は言わば、倭王権を飼っていた。

 女王と最も仲のよかった、大兄として慕われるこの人物は。
 この金管加羅国の跡継ぎで、倭人王子なのである。
 新羅では下級王族だった、反唐派の主。
 実は、隠れ辰王役の金ユシンなのである。

 対高句麗との戦闘で、阿羅軍を率いる宝姫の、さらに上官として。諸国の倭人軍を率いて活躍した男。
 新羅配下の下級王族だが、辰王にふさわしい地位にいたわけだ。
 その金管加羅が、どうして辰王権を担えたのかは、わからんのである。
 先の対高句麗戦で倭人軍を統率して、新羅を勝利に導いた男だった。

 新羅ではそれでも、倭人の地位は秦氏に比べると低い。
 国内最大勢力の出であるヒドンを皇太子に据え、ユシンには軍人としてトップに上り詰めてもらう予定があったようだが。
 倭人国家では伝統的に、政治中枢と武力中枢、二つの権威を並列させるのが普通だからだ。
 多民族国の行く末は、順風満帆に見えた。

 ところが、この食料増産の「余力」が災いを生んだのである。
 列島へと侵略の手を伸ばしすぎた、そのために、国境警備が手薄となり。
 そこを高句麗や百済に一斉に突かれたのだ。


 そもそも今回の極東世界大戦のきっかけとなった直接原因が、全世界的な飢饉だった。 「食い物奪取」と、自国兵士の「口減らし」が、今回の大戦争の主目的。
 高句麗も百済も、口減らし目的の侵略軍を、やはり列島にも送り出していただろう。

 新羅の、列島への侵略方法は手が込んでいた。
 列島への入り口となる北九州勢力とは、極度に仲良くして。
 多分、筑紫への直接食料援助や、敵対勢力へ対抗できる援軍を送るといったこともやったんではあるまいか。

 実質の侵略は、瀬戸内から四国、中国方面への浸透をもって行われた形跡がある。
 同時に、若狭からも上陸し、明日香へと至る十字ラインの制覇。
 川での運搬を中心に、この二筋の侵攻手段が執られたようだ。
 それで一度は、新羅秦軍、つまりソラボルの正規軍が、明日香を制圧した様相もある。
 明日香の最底辺に新羅風庭園の古い遺構が残っているし、名古屋方面に秦の大勢力があったのは、のちに中央で百済勢力に負けて逃れたのだろう。

 高句麗・百済両国の同盟が、正式に成立して以降は。
 高句麗のシウシン族と百済のシウシン族が同盟連合して襲って来て。
 これが新羅領内だけでなく植民地の城をも、次々と無数に落とした。
 宝姫同様に地方に派遣されてた女王の義理の孫娘も、命を奪われた。

 日本書紀にある程度の話じゃない。
 新羅は追い詰められていた。
 この戦争は、列島各地にも小規模波及したとみられ、列島内でも戦闘があったようだ。
 出雲と結んだ百済系勢力が、どうやら秦人を追い出して明日香を支配し、そこにある新羅遺構を壊して、上に百済風の方形プールのある庭園遺構を築造している。
 いつ、だれが、それをやったのかはわかっていないが、モノの跡は厳然とある。

 戦争の狙いはもちろん、食料確保。
 それが、この極東大戦争の初期経過なのだ。
 この時の百済軍による「新羅諸城の征伐」は、日本書紀内に描かれているのである。

 実は新羅側の人物が作らせたのに、書いたのも唐人なのに。
 百済側の目線に立って書かれている。
 その理由があるのだ。
 おいおい、わかってくるはず。

 領内に侵入されて多くの諸城を落とされ、列島植民地でも拠点奪われて。
 これに泡食った女王国の新羅が、救護のための唐軍を呼び込むための、自国変革大作戦をやった。
 親唐政策を、危機にある国の隅々にまで生きわたらせ、臨時で立った王代理の金春秋は身内を唐軍の兵営にまでいれて、走り回った。

 そう、新羅では。

 「女王がいなくなってた」のだ。
 これがまさに「親唐派政策」というものである。

 唐の諸制度への制度改革は、新羅にとって「死活・超重要課題」だったのである。
 唐に嫌われ者の女王は、真っ先に邪魔者となってしまった。
 だから反唐派の皇太子に「殺されたことにして、真っ先に姿を消した」。

 墓の上には四天王寺を立てて、あばかれぬようにした。
 「百済」や「倭国」の側には、唐の制度を真似るなど、この時はまったく必要なかったのである。

 ここから考えても。
 倭国での「大化の改新という唐制度への改革」などは、未だ必要ないことだ。
 もちろん白村江が敗戦であれば話は違ってくるのだが、それは後の話。
 まったく怪しいのであり。
 唐化政策というこれは新羅のものであった、そのことが、わかる。

 当時の「倭国大和での唐制度の導入の出来事」というのが、ことごとく、後日でっち上げのウソ話なのである。
 この、作話のウソは、敵味方を明確にしていくと、よくわかってくる。

 かなり後の話になるが。
 日本書紀の作者は間違いなく、この「シウシン族」なのである。

 百済に「攻め込んだ側」の、つまり百済の敵である「唐・新羅側の」シウシン族のはず。
 しかし日本書紀が「百済側の目線」で描かれているので。
 これに騙される。

 作者は百済の敵の、「唐軍出身者」のはずなのである。
 ほんとうは新羅の御味方のはずであり。
 その記述を命じたのも、実は新羅人だ。

 半島の事情に詳しくない新羅系の天皇のもとで書いていて新羅側に立つべきだが。
 その天皇の立場すらも、じつは「百済目線」なのだ。
 天皇になるためには、彼らの力が絶対に必要だったからだ。
 そこにはしかも、百済と一体化した「唐勢力」が絡んでいた。
 唐の本国とは関係ない唐勢力。

 百済人や唐の力を、自分の陣営に、ぜんぶ取り込んだ。
 日本書紀では、むしろ半島の新羅は、「異国として描いてある」のだ。
 敵方の、大友の皇子の大津陣営は、異国。

 それで、いよいよわけがわからんなるが。
 壬申の乱を列島統一戦争として考えたら、納得がいくはず。

 筆記者は新羅・唐の力で列島に至っているのに、完全に、倭国・百済側の視点から、日本書紀を描いているのである。
 それは間違いない。

 つまり新羅や日本や列島ではなく、「シウシン族の立場で」、この古い時代の半島の、過去の大戦争を描いているのである。
 そしてそれが、日本国を、小国ではなく超巨大なものにしたのだ。
 唐軍にいただろう唐人学者がずっとのちに描いた、日本書紀の記述である。



 唐は過去にも、高句麗とは何度も戦っている。
 騎馬系の大軍を動員して、しかも負け続けていた。
 だから今回は、半島の新羅をまず味方につけ、大海軍を編成して第一級の将軍を投入し。
 百済をまず襲って潰し。
 それがあっさり成功したので、新羅軍と連携して、一斉に高句麗に攻め込んでいた。

 百済の首都攻略は、実に簡単に終わったのだ。
 新羅軍が遠方からの陸路で、正面に敵の大部隊を引き付けてたことが大きいのだが。
 海路海軍で直接首都に攻め込んで、あっさり陥落させた。

 同盟の新羅が敵の主力を遠方で引受けてた、それは無視して、首都包囲戦に間に合わなかったとして、逆に新羅の金春秋を非難している。
 これは、手柄の独り占めには必要な措置だ。

 当時、女王はすでに、皇太子に殺されていた(ことになってた)そのあとのこと。
 その新羅皇太子も、直後に、金ユシンによって殺され。
 下級王族金ユシンは、これで新羅の大将軍に任じられる。

 反唐派なんだが。
 その総帥を切って親唐派への乗り換えを誓ったので、唐側も、まあいいじゃろと。
 但し警戒はしてたようだ。

 新羅は事実上、女王の夫の連れ子にあたる、親唐派金春秋の掌握となった。

 蹴鞠の席で知り合ったとされる、この金ユシンと金春秋の、仲のよさは有名なのである。
 ほとんど一心同体なのだ。
 ただ、金ユシンは反唐派、金春秋が熱烈な親唐派だったことになってる。

 金ユシンは、女王殺しの反唐派の皇太子を切ることで大将軍となり、唐にも一応それで認められ。
 金春秋は、身内を唐の軍営に入れるなどして大いに唐に認められ、唐化政策取った新羅の総代表にのしあがった。

 だが、4年間ほど、新羅王位は空白なのである。
 唐側の即位促しにも関わらず、未即位、なのである。
 あたりまえである。

 女王はコッソリでも生きているのだから、即位なんて、できない。
 しかし皇極帝の御代は終わって、死んだはずの女王は冥府の太陽となり。
 百済に攻め込まれて滅亡に瀕している、育った国へと戻ってたのだ。


 唐軍の下士官兵と百済人の民衆は、どちらも倭人。
 シウシン族。
 もしかしたら意思疎通も可能だったかもしれんほどの、近しい、ほとんど同族同然の連中。
 なので、情勢もつかみやすい。

 飢えてた百済の首都では将兵が出払っていて、わずか5千余と、少なかったらしい。
 それで、あっさり首都を陥落させたのだが。
 敵とはいえ、同族の窮乏を目のあたりにしては、唐人の武将はともかく、下士官兵のシウシン族には、心穏やかでいられるはずはないのである。

 首都にも飢えが蔓延してたのだ。
 そもそも今回の極東大戦は、全世界的な飢饉が遠因だった。
 新羅襲撃のあがりも、意外に少なかったようだ。
 新羅側も列島遠征してて、糧秣は集積して前線へ送り込んでいたためである。

 この戦争初期の百済軍による「新羅諸城の征伐」は、日本書紀内に描かれているのである。
 百済側目線に立って、つまりシウシン族目線に立って、書かれている。
 日本軍が新羅を攻略したことにされている。
 史実は全く違うのである。

 百済・高句麗に侵入されて、これに泡食った新羅が、救護の唐軍を呼び込むための、自国変革大作戦やって。
 親唐政策を、危機にある国の隅々にまで生きわたらせ、金春秋は身内を唐軍の兵営にまで人質いれて。
 唐側も、ここまでやるのなら本物だろうと、同盟認定をして、出兵したのだ。

 その結果、百済は、あっさり滅亡した。

 日本書紀の筆記者は、つまり自分の属するシウシン族の立場で、しかも唐出身という立場も捨てて、この古い時代の半島の過去の大戦争を描いているのである。
 唐軍にいただろう唐人が、のちに日本人となって描いたのである。

 たぶん、明日香板葺きの宮の資材調達責任者を「金多遂」と、隠し言葉で記すように指示されてても、その理由は全く知らなかっただろう、と推測できる。
 天皇が新羅人(倭人系秦人)だなんて、作者には知るすべないのである。
 おいらたち日本人も知らされてない。

 金多遂は金春秋の弟で、天武帝である。

 日本側の記載では、これはウソだが、斉明と天智帝の間の息子、となっている。
 金管加羅を持ち上げようとしているのだ。
 斉明は義理の母で実母ではないし、金ユシンとは通婚関係、ない。
 天智帝とは実際には、「超親しい大兄の親戚」、でしかない。

 日本書紀を書かせた男は金多遂。
 日本書紀の中に、この名は、ちゃんと、名前としてではないので伏字だが、出て来るのだ。

 書紀の作者は、百済の民衆を大勢救ったシウシン族の一人。
 こちらは、のちの藤原氏の一門なのである。
 さあ、いよいよ、わけがわからんなってきただろう。








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最終更新日  2025年02月18日 10時48分17秒
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