そしてユダ国が持つ宗教もまた、一時期無理やりアッシュールの一神教を持たされたが。
実際には多神教である。
この根拠は秦氏が1神教徒でないことで証明された。
そしてサマリア人の神は?
サマリアもアッシリア時代末期に、ユダ国の人民としてバビロンに皆殺しされてるので、後のローマ時代のサマリア人のことだが。
こちらも、強権のカワハギ神アッシュールでないことは確かである。
ローマ帝国から、のちに契約書を新しく与えられたはずなのだが。
砂漠の王族たちからも1神教を与えられ。
その対立の狭間で困っているのが現代。
彼らはしかしもともと、聖書と言う契約書が読めなかったはずなのである。
ラテン語や古典ギリシャ語は知らないし、アラム語は過去の言語だし。
読み書きとコーラン教えてもらうまでは、宗教とは無縁だったといえる。
今は神アッ・ラーの思し召しのままに。
忠実な神の奴隷になってしまった。
アラム族や帝国イスラエルが去ったオリエントは、エジプトやバビロン、メディア地域などからの、様々な神々が、混ざった。
多神教の神々が混ざった。
だから文化的には、ヘラス人が台頭していくのである。
その中のマケドニア人が、まず征服者として出て来る。
武力だけで来たのではない。
文化と一体で勃興した。
しかし領地が大きくなりすぎ、各地に王族の文化人が分散し。
背後の野蛮軍事国家ローマに、あっさり征服された。
彼らの本国がローマ帝国に食いつくされたのちには。
今度はローマ人の手に拠って、古典ギリシャ文化が生まれたのである。
勝手にできたんではなく、人工的に創造された。
ローマ人は超賢いので、自分たちが過去には野蛮人であったとは知っていた。
それで向上する自分たち用にふさわしい、「古典ギリシャ文化を作った」わけだ。
アリストテレス全集が編纂され、科学技術が生み出され。
新旧の聖書とユダヤ教も、ここで創り上げられていった。
既存の旧約聖書史観と異なる点は、ここだ。
ユダヤ教が、ローマ帝国内部で、新しく作られた。
それもユダヤ人の手に拠ってではなく、ローマ帝国王族によって。
危険なヘラス人はすでにいなかった。
家庭教師のいなくなる次の代までには、皆殺しにした。
王族の家庭教師として生き延びていた奴隷すらも、用済みなので1人も残さなかった。 ヘラス人は、みんな現地から消えた。
ヘラス文化の一部は逃げて散らばり。
世界の文化の中心は、バクトラ(アフガニスタン)やバーラタ(インド)、そしてシルクロードの彼方に移った。
大きく広がっていったわけだ。
砂漠地域の多くの都市が、数多くの神々の像に取り巻かれていたことなどは、今は想像もできやしない。
一神教とコーランを持つアラブ人王族がこの地域に戻って来たのは、ごく最近のことなのである。
(そして十字軍が占拠するこの地を、英雄サラディンとともに解放した連中こそが、ほんもののユダの末裔なんだが。)
彼らはアラブ人と名乗っていた。
ユダと名乗ることは、決してなかったのである。
まずユダ国の、アッシリア滅亡後のその後、を見てみたいのだが。
彼らのパレスチナ地域は、時代を4つに分けて考える必要がある。
だから聖書の核心部分ともいえる、出エジプトの時代から始める。
見る目的や対象は、神である。
1:出エジプトの時代。
2:アッシリア世界帝国の時代。
3:ローマ帝国の時代。
4:そして現在。
人種がコロコロ入れ替わっているだけ、じゃないのである。
神もコロコロ入れ替わっている。
1:<出エジプトの時代>
パレスチナに居たのは、フェニキア人である。
多種多様な海の民で。
彼らはしかも、得体のしれない文化人であった。
しかしエジプトやミタンニ、ハッチなどに繰り返し襲われて、酷い目にあっていた。
大津波や、天変地異で飢饉が起こったりもして、乱れてた時代。
まず北部にあったミタンニ帝国が衰退して。
マルヤンニ(マリアンヌ)とかハニガルバトといったへんな騎士階級が消えた。
その後、ハッチ(ヒッタイト)とケムト(エジプト)が、この地で大戦争をやり(カデシュの戦い)。
そののち両国は同盟関係に入って蜜月となったので。
パレスチナの地は、両国の親善大使地域、みたいになってた。
ここんとこを、旧約聖書は無視しているというか。
モトがバビロン目線なので、ロクに知らんのである。
ウガリトなども、ハッチ、ケムト(エジプト)の連合艦隊に参加して勢いのあった時代で、独特の線文字を持つ強国だった。
「聖なる郷里」という意味だと言う。
ハッチにひざまづいて生き延びていた。
しかし飢饉が広がる中で。
多民属国家で大帝国のハッチが、海の民の連合軍の猛攻により、突然の壊滅。
原因は「王族の一神教への宗教改革にある」のだが、ここでは無視したい。
ハッチは火となり。
連合艦隊も、当然燃やされたのだ。
大都市ウガリトは、裏切った南部ペレセト人達の巨艦に襲われた。
仲間に襲われたのだ。
ハッチの至るところで、同様の事態が起こっていた。
たった5隻の敵艦に、都市防護の連合艦隊ピケライン突破されて。
「そのため都市が瓦礫となった」と粘土板に記述されているそうだ。
巨艦ゴリアテに襲われたのだ。
アラシア(キプロス)の、ハッチ鉱山も陥落。
ケムト国もまた同時期に、食い詰めた海の民に襲われる。
しかしケムト(エジプト)はヘロヘロになりながら、なんとか敵を打ち破った。
「戦勝奴隷には什器食料を配って食わせた」と、ファラオの戦勝報告が残っている。
これがどうやら、勝利の理由でもあったようだ。
ファラオは食い物貯をめ込んでた。
捕虜の詳細が、やがてわかってくる。
どうやらケムト領のパレスチナ界隈から反乱軍の主力が出てたようで。
つまりペレセト人中心の軍だと判明。
一神教徒達だったのだ。
これが原因で、時の宰相モーゼは、ファラオにも惜しまれながら「失脚」。
しかし「膨大な数の戦勝奴隷得てしもうてる、飢饉のさなかに、コレ、どないすんねん」。
戦争よくやるので、捕縛労働者には不自由せんかったが。
奴隷「制度」そのものが、彼らには、ないのである。
ピラミッド建設に奴隷使ってたなんて、西洋のウソ八百なんである。
債務奴隷なんか、ケムトにはただの1人もいなかったし。
税金ちょろまかしの犯罪人とかは結構多かったようだが、奴隷制度の奴隷じゃない。
ともかくファラオには、つかまえた犯罪者であっても、「民を食わせる義務がある」のだ。
奴隷制度がないので、殺すこともできん。
かといって食わさにゃ、殺すことになる。
膨大な数の戦勝奴隷抱えて、ファラオ、困ってた。
飢えて反乱軍に加わった連中が多いんだから、エジプトで食えれば戦争なんてどうでもいいと、食い物に釣られて降参したようだ。
それでケムトは勝てたわけだ。
モーゼが、「俺の配下だった連中なんで、俺が責任持って領地につれ戻す」。
「そのために、本土の俺の都市からも兵を引き払う。」
と言ってくれて。
これにファラオは喜んで、飛び乗ったのである。
教科書や聖書の記述とは、真逆なんである。
ペリシテ人奴隷はペリシテに戻して、そこで生き延びさせることとなった。
この地は、ラムセスやセティといった最近の歴代ファラオの利権地域で、比較的食料もましなはずの地域。
ただ本土と大きく離れているので、今回のように謀反が起きたら厄介。
その防止を兼ねての現地での国づくり。
なので、現地で反乱者制圧して出来てるらしいハッチの亡命政権などとも緊密に親密に連絡とりあって。
現地に、大勢の兵士と奴隷たち加えて、小国家作ることで合意。
目論見に反し、抵抗した都市などの皆殺し。
これは、聖書のとおりだろう。
エジプトの小国が出来たんではない。
ハッチ・エジプトの親善連合国家ができた。
ハッチは本国が壊滅状態なので、願ってもない話だったのである。
当然、ゴシェン?かアヴァリス?かの大都市を引き払ったエジプト軍も、総移住したのである。
飢饉時の口減らし役までしてくれて、感謝感激。
ムリに自分が戦争せんで済むと、ファラオ大喜び。
(飢饉時には、自軍の口減らし目的での戦争が多かったようだ)。
ペリシテ人と、パレスチナ駐屯ケムト軍人との関係は、こんなもんだろう。
つまりみんな「同族」なんである。
全員が、「ヘブライ系エジプト人とハッチ人の混血種」なのである。
旧約聖書では、ペリシテ人とイスラエル人との関係を徹底して胡麻化してあるが。
彼らはともにハッチ・エジプトを出た同族、なんである。
国の名はパレスチナではなく、イスラエル。
これはまたたくまに帝国となった。
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