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変なタイトルをつけてしまったけど別に最新お笑い芸人事情について語るわけではない。本当のカンニングについてのハナシだ。 細かい事情はハショるけど今日は以前から交流のある某大学の関係者と新橋で飲む約束をしていた。なぜ今日になったかと言えば2月になれば入試の手伝いをしなければならず非常に忙しいので「1月末なら」という要望があったため。こっちはいつでもウェルカムだからまさに期限ギリギリでの新年会となったわけだ。 会うのは久しぶりだったこともあっていろんなハナシで盛り上がった。世間話もあれば子どもの話もありそれぞれの職場での愚痴もある。でも、そのなかで1番印象に残ったのが入試の際のカンニングの話だった。 自分も高校時代には、あらゆる手段を駆使してカンニングを試みたことはあった。重要事項をメモ用紙に細かく写してネクタイの裏や上履きの底に貼り付けたりワイシャツの袖口にしのばせたり・・・。それは、いい点を取ろうというだけじゃなくて一種のゲームみたいなものだった。 でも入試となればハナシは別だ。やっぱ、なんだかんだ言っても神聖なものだしガチンコで勝負するのが当然だった。しかしながら、現実は「やってる子たちはたくさんいますよ」という。さらに、何年も試験監督をしているという知人は「でもね、ヘタしたらこの子の人生をメチャクチャにしてしまうことになるかもしれないって思ったら簡単に注意なんてできませんよ。学内の試験で相手がウチの生徒だったら後頭部の1つもハタきますけどね」と続けた。 深いハナシだ。どこの学校でも、というワケではないんだろうけどそうやって法の目をくぐり抜けて合格した子がまっとうな人生を送れるのだろうか・・・と他人事ながら心配になった。カンニングぐらいで全人格を否定するのも酷だけど人間は荒波にぶつかってこそ強くなれるものでかわすだけの人生は長続きしないからだ。 仮にカンニングで志望校に受かりカンニングで優秀な成績を収めて卒業できたとしても就職試験でカンニングは通用しない。例えは悪いけど女遊びなんかと一緒で若いうちならシャレで済むことも年を取ってから同じようなことをすると犯罪や家庭崩壊につながるケースもある。 明日1日以降は中、高、大、問わず入学試験が本格化する。今後のためにも受験生諸君にはガチンコで勝負してもらいたい。
2005.01.31
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不覚だった。ちょっと足を伸ばして東雲にあるライ○ランドでフロントタイヤを交換した帰りだ。「最初のうちは滑りやすいので極端な倒しこみや急ブレーキは避けてくださいね」そんなアドバイスをもらって店を後にし湾岸道路へ。そのまま帰宅しても良かったんだけど品川・大井に住む祖父母の家を訪ねることにした。 台場まで直進してフジテレビの手前を左折。トンネルで大井埠頭まで行ける道を通ることにした。ここなら信号も少ないし比較的、交通量も少ない。新品のタイヤの慣らしには、もってこいだったんだけど悲劇はトンネルの中で待っていた。 1キロ以上の長い直線。トンネルだから横風の心配もいらない。前方にはテールランプすら見えず、後続車も皆無。「うぉりゃーっ!」とスロットルを全開にして爆走した。メーターはアッという間に180キロを突破。190キロも超えて200キロに届こうかという時にミラーに不信なライトが映った。え~っ?トンネル手前の信号で確認したときはオジサンが運転するアメリカンしかいなかった。ノンカウルの単車が追ってこれるはずもないしライトは1つだからクルマではない。もしや?そう思った瞬間にライトの両脇で赤色灯がクルクル、ピカピカ回り出した。 リアブレーキを数回に分けて踏みながら立て続けにシフトダウンして減速。何とか80キロ近くまで落としたけど今度はウゥゥゥゥゥ~とサイレンが鳴り出した。「後ろを付いてきなさい」チロバイに曳航されながらトンネルを抜けた。チロバイ「メーター振り切ってただろ?」オレ 「あ~、あ、あ、そうでしたね」チロバイ「こっちも追走してて、リミッター効いてたからな」オレ 「・・・・・・。フロントタイヤを交換したばかりだったんで つい…。魔が差したというか。」チロバイ「新品のタイヤなら、なおさら スピードは控えるべきなんじゃないの? パーツ屋でも、そう言われなかった?」オレ 「そういえば言ってたような・・・」チロバイ「すぐに気がついたようだから良かったけど あの先には水溜りもあったからな。 フルブレーキでもされたらどうしようかと思ったよ」オレ 「ご心配かけてスイマセン」チロバイ「何キロオーバーか分かるか?」オレ 「いやぁ、どうでしょう? 少しまけてもらえませんか?」チロバイ「何を言ってんだよ! どれだけマケてやったと思ってんだ!」オレ 「で、何キロオーバーだったんすか?」チロバイ「ここは制限速度50キロだから27キロオーバーだな」オレ 「それだけ?」チロバイ「そう。最近1年間、違反してないなら 免停もないし、1万5000円を振り込んでオシマイ。 もっと手前でスイッチを入れてたら逮捕もできたけどね」オレ 「それは、それは・・・。失礼しました」 ずいぶんとフレンドリーなチロバイ隊員で書類に必要な事項を書き込みながらタイヤを買い換えるならどこが安いとかプライベートではジムカーナを楽しんでいるとかバイク談義をした。「慣らしが終るまでスピードも出し過ぎないほうがいいぞ」そういい残してチロバイは走り去った。フ~。おもむろにタバコに火をつけ一服してから祖父母の家を目指すと同じチロバイが反対車線でスクーターを捕まえていた。その先では別のチロバイがフィットをさらに1キロ先ではパチョカーがバンを捕まえていた。決算に向けた追い込み?なのかスゴい稼ぎ方だ。 バイクでのスピード違反(生涯3度目)は生まれて初めてだった。1万5000円は確かに痛いけど免停とか免取じゃなかっただけマシ。高い授業料だと思って今後は今まで以上に安全運転に努めるつもりだ。トホホ・・・・・・。 本日の走行距離 約65キロ 本日の速度超過 27キロ 本日の罰金 1万5000円
2005.01.30
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今朝になってスポーツ紙を読んで知ったんだけどキョンキョンが目黒で当て逃げをしたとか。被害にあったのは新聞配達の原付で当初は「ヒドい、許せない」と態度を硬化させてたのに本人が謝罪に現れたら、事態は急変。立件されることなく一件落着となりそうな雲行きになってきたという。キョンキョンも悪気は無かったんだろうし幸いなことにケガ人は出なかった。もう、これ以上騒ぎが大きくなることはないだろう。 う~ん。これこそオレが中学生のときに夢見ていた理想の事故だ。相手はピッカピカのアイドル(明菜ちゃん)で被害者はオレ。ケガは骨折程度で命に別状はないんだけど入院を余儀なくされる。向こうは人気商売だからマスコミなどに知られることを警戒。だけどオレは被害にあったことすら口外しない。そんな配慮への感謝の念もあってかアイドルは多忙なスケジュールをおして毎日のように病院へ見舞いに来てくれる。で、そのうち恋が芽生えて・・・みたいな。男ならだれでも?一度は妄想したことのあるはずの夢。それが現実に起きたんだから驚きだ。 気がつけばキョンキョンも38歳。これが20年前だったら「なんでオレにぶつけてくれなかったんだよ!」と絶叫していたことだろう。 事故なんて、無いに越したことはないけどどうせ起きるならオール阪神よりキョンキョンにぶつけて欲しい。オレだけじゃなくて、男ならみんなそう思ってるはずだ。
2005.01.29
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今日は気が乗らないからキャンセル。たまには、そんな日があってもいいかな、と。ちょっと疲れてるんだろうね。新しい部署で1か月。大したことしてるワケじゃないんだけどこう見えてもナーバスだから。知らない所で気が張っていたのかも・・・。というワケで。
2005.01.28
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会社の最寄駅が知らない間に携帯電話が通じるようになっていた。いまどき都内の地下ホームで圏外になる方が珍しいくらいだけどこれで電車に乗る前に「今から帰る」のメールを送信できるようになった。 便利になったことは間違いない。でも今まで圏外だったからといって困ったことなど何ひとつ無かったのも事実。連絡を入れるにしてもメールを打つにしても地上に上がってからでも遅くはないしいざとなれば公衆電話で用は済むからだ。 ところで携帯電話の普及で電車の中での過ごし方が著しく変わった。以前なら朝夕の通勤時でも新聞を四つ折りにしてまでじっくり読む人が大勢いた。で、無意識のうちにオジサンが熟読している東スポを覗き込んだりして心の中で「宇宙人なんかいるはずね~だろ」なんて呟くのが、けっこう楽しかったりした。それがエロ面だったりしたら、なおさらだ。 でも今は・・・。帰宅時に夕刊紙を読んでいる人など満員の電車でも1車両に10人いるかいないかだ。読書にいそしむ人も10人程度。あとは目をつぶっているか右手の親指をピコピコと動かしている。ゲームだったりメールだったりやってることは人それぞれだけどしている動作は100人が100人とも一緒。そんな光景を冷静に観察してみると、かなり異様だ。 そう言う自分もP505iSのBombLinkにハマってたりするんだけど決して有意義な時間の過ごし方とはいえない。最近では無意識のうちにゲームを起動していたりしてほとんど中毒症状に近くなっている。このままではますます自分がバカになっていくようで怖い。
2005.01.27
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今年に入ってから、けっこうマジメに肉体改造に取り組んでいる。そんなに大ゲサなことをしてるわけじゃないんだけどね。自分で言うのもなんだけど続けられているのがマジな証拠。いい傾向だ。 で、何をしているかというとメーンは日記でも何度か触れている通勤時のウォーキング。それとスポーツショップのバーゲンで買ってきたジムボールを使った入念なストレッチだ。 ガキの頃から体の硬さときたら筋金入りだった。前屈なんか、いつでもマイナスかプラス1センチ。体が柔らかくなれば可動範囲も広くなるわけだしケガの防止にもつながる。血流なんかも良くなって肩こりとかにも効果的だろうからと思ってストレッチは風呂上がりに1時間近くかけてするようにしている。 そこまで真剣にするようになったのにはワケがある。ダイエットとか成人病予防とかも意識はしているけど本当の狙いは年明けに入部した社内の野球部(草野球)でレギュラーを取るためだ。 これまでも人数合わせなどでイレギュラーでの参加はあったけど年末の人事異動で土、日休みのシフトになったこともあって正式に入部。ユニホームも作って背番号は1ケタ台で唯一、未使用になっていた「3」をもらった。「長嶋さんに憧れて」というワケではないけど対戦相手から「見掛け倒し」と思われないためにもやれる範囲内のことはやっておこうということ。 今日は会社帰りにドンキホーテへ寄って携帯用歯ブラシやデンタルフロスと一緒にハンドグリップ(握力を鍛える「くの字」の器具)を買った。レジで会計を済ませると合計金額は税込みで1000円ジャスト。小市民的な発想だけど何やら吉兆のような気がしてすごく嬉しかった。
2005.01.26
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何とか、この日を迎えることができた。昨日も書いたけど財布の中身は、たったの2000円。タバコや缶ジュースを買うのもためらっていたほどだったけど家へ帰れば女房から小遣いがもらえる。今日は弁当持参だったし息を止めて過ごすぐらいの気持ちで会社へ行った。 でも意外なところに落とし穴?があった。出社前に本屋へ寄ったときだ。バイク雑誌をパラパラと見ていたら読者投稿のコーナーに見覚えのある名前が・・・。思わず「おぉぉぉっ」っと唸ってしまった。周囲にいた人から変な人でも見るような視線を送られたのでその雑誌を持ったままレジへ直行。迷うことなく購入した。そして、気がつけば財布の中身は1500円を切っていた。 どのみち毎月のように買っている雑誌だし購入したこと事態に問題はない。でも出社前に残金を4分の3にしてしまったのはちょっとマズかった。気持ちにゆとりがなくなるからだ。 それでも何とか1日を無事に乗り切った。社内では1円も使うことなく仕事を終えた。それなのに「さぁ、帰るか」と片づけをしていると後輩から「軽く行きますか」と悪魔のささやきが・・・。 行った先は全国チェーンの居酒屋。1時間半でサクッと終らせたけど食べ物6品と生中4杯で会計は4300円だった。情けなかったけど後輩から2000円もらって支払いは「カードで」。クセにならないよう気をつけなければいけない。
2005.01.25
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給料日まで、あと1日。財布の中身がついに底を尽きた。スッカラカンではないけど残金は2000円ポッキリだ。 以前はここまで悲惨な状態になることなんてなかった。そんなに余裕があったわけでもないけど不測の事態に備えて1万円ぐらいは残るような使い方をしていた。それが、こんなことになってしまったのは部署が移動になって生活のリズムそのものが変わってしまったからだ。 以前は外勤ばかりで直行直帰が多かったんだけど今の部署は会社内にいることの方が多い。帰る時間も早いから、つい「ちょっと軽くやってく?」なんて流れにもなってしまうのだ。同僚から誘われることもあればその逆もある。もともと酒は好きだからよほどのことでもない限り断ることもない。行くのは単価の安い店ばかりだけど回数を重ねれば財布が薄っぺらくなるのも当たり前で残金2000円なんて事態に陥ってしまったわけだ。 要約すると自業自得で大ピンチを迎えてるってハナシなんだけど給料は銀行振込だから小遣いをもらうのは明日の帰宅後。不測の事態に遭遇しないことをただただ祈るばかりだ。
2005.01.24
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小学生の頃から図工とかは苦手だったんだけど思いつきでタンデム用のチャイルドシートを自作してみることにした。4月から高速道路の2人乗りも解禁になるし以前から「父さんのバイクに乗りたい」と長女からセガまれていたのでいっちょやってみるか、となったワケだ。 用意したのは100円均一で購入したプラスチック製の小さなイスとS字型の布団バサミ(枕バサミつき)。それと工具として糸ノコやボルト&ナット、ボンドなどを近所のホームセンターで買った。 特に設計図を作成したり綿密な準備をしたわけではない。全ては頭の中に浮かんでいるイメージだけだ。最終的には作成したチャイルドシートをベルトをシートの下に通すなどして固定。ライダーともウエストバックなどを使って後ろに座った娘が落ちないようにしようかと思ってるんだけど背もたれやステップはあった方がいい。今のところ考えているのは枕バサミを真ん中で切断し枕バサミの部分をアブミ型(J字型)のステップとしてイスに固定。もう片方のJ字型の部分をヒジ置きにするというものだ。 今のところ掛かった経費は1000円足らず。仮に失敗してもシャレで済む範囲内だ。でも、やるからにはそれなりのものを完成させたい。ウマくいったら画像もアップする予定。そうじゃなかったら忘れた頃に失敗談?を披露します。
2005.01.23
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それにしてもよく飲んだ。今日は会社の有志で構成された野球部の新年会。午後6時から会社の近所で飲んだんだけど当たり前のように2次会へ突入。若い衆は「すいません。六本木へ行ってきます」というので先輩と2人で近所で飲みなおすことにした。 時間は午後8時半。まだまだ夜は長い。オレ「どこへ行きます?」先輩「どこでもいいよ」オレ「そう言われても店とか知らないんで…」先輩「分かった。フィリピンと韓国のどっちがいい?」オレ「どっちでもいいですけどジャパニーズという選択肢はないんですか?」先輩「じゃあ、フィリピンにするか」何だかよく分からないままフィリピンパブへ連れていかれた。 オネーちゃんのいる店で飲むのなんて久しぶりだ。ましてやフィリピン系となれば何年ぶりかも分からない。で、テキトーに飲んでると時間は12時半。財布の中には6000円しか入ってなかったからタクシーで帰ることも出来ない。当然のことながら飲み代は先輩に持ってもらって3件目へナダレ込むことになった。 今度は韓国クラブ。クラブという割にはやる気のなさそうなマッタリとしていて客の追い出しにかかっている雰囲気がアリアリだった。 先輩はウイスキーの水割りに少しだけ口をつけると爆睡。30分ほど経過すると店長と称する男が「お支払い、よろしいですか」。小さな紙には「¥22000」と書かれていた。先輩はネボケマナコでサッサと現金払いしてたけど冷静に考えれば怖いハナシだ。 先輩は「なんだか身包みハガサレタな」とだけ言い残してタクシーで帰宅。オレはひとり、取り残された。どうしよう。仕方がないからインターネットカフェで夜を明かすことに…。ずいぶんと濃い夜だった。
2005.01.22
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冗談抜きで正真正銘の事件が起きていた。会社の近所の台湾料理屋で食事&軽飲を済ませて自宅へ帰る途中のことだ。最寄駅からトボトボと歩いていると雑居ビルの周りにK察官数名と鑑識の担当らしき人が物々しい雰囲気で立っているではないか。入口には刑事モノの映画やドラマで見かける「立入禁止 KEEP OUT」の黄色いテープがピッと貼られている。誰がどう見たって事件が起きたあとだった。 パトカーとワゴン車が1台ずつ停まっていただけで救急車もいなければ消防車もいない。状況証拠から流血沙汰じゃないことは察知できたけど真相を知らないままでは不安にもなるから入口を固めていたK察官に「何があったんですか?」と直撃してみた。K 「まあ、ちょっとね」オレ「ちょっとね、じゃなくて説明してくださいよ。こっちは近所に住んでてウチには小さい子ども達だっているんですから・・・。何も具体的なことを教えろって言うわけじゃないんだし大まかに何があったかぐらいは教えてくれたっていいでしょ」 そこまで詰め寄るとK察官のひとりが「泥棒が入ったんです。大きな事件って言うほどではないけど」と重い口を開いた。 そんならサッサと言えってんだ。奈良の女児誘拐殺人事件や福岡空港付近で起きた謎の殺人事件などこのところ痛ましい事件が多い。20日には同じ市内の小学校に不法侵入した男が小学6年の女児に暴行を振るって現行犯逮捕されたばかり。そんな中、自宅の近くで事件が起きたとなれば住民が不安に思うのは当たり前で事と次第によっては対策を練ったり警戒レベルを引き上げたりしなくてはならない。例えK察官にとって取るに足らない事件であったとしても一般市民は何が起きたのかが分からなければその判断すらできないってことが彼らには理解できないのだろう。 営業成績を上げるために物陰に隠れて交通違反の取り締まりをする感覚と一緒。彼らの常識は相も変わらず一般常識と大きくかけ離れている。
2005.01.21
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最近は地下鉄や私鉄各線の相互乗り入れが当たり前になってきた。京急は京成と、東横線は日比谷線、東武線と埼京線はりんかい線と直結。パスネットやスイカの発達もあって精算の手間もいらず移動がずいぶんと楽になった。でも、そんなサービスの充実が良いことだけなのかというとそうとも言い切れない。 このところのオレはちょっとした睡眠不足に陥っている。そうは言っても4時間半以上は寝てるから特に深刻な問題という訳ではないんだけどふとした拍子に、ストンと落ちてしまう。昨夜も風呂場でバイク雑誌を見ながら湯船に浸かっていたら知らない間にウトウト。本を置く台としてだけじゃなく万が一の場合でもアゴが引っかかるようにと風呂のフタを8割方閉めていたから事なきを得たけど溺れていても不思議ではないほどの熟睡をしてしまった。 今日は今日で千代田線に乗って代々木公園で下車するはずだったのに目が覚めたら小田急線の下北沢。代々木上原が終点だったら何てことはなかったのに予定外の爆睡でアポを取っていた先方を待たせることになってしまった。 ハナシがずいぶんと脱線したけど今日のメーンテーマは睡眠不足。このところ午前3時くらいまで寝付けずかと言って午前8時までには起きなくちゃいけないから体もきつくなってくるのも当然なんだけどなんで寝つきが悪いのか原因はよく分からない。 でも今日はたまった疲れが限界点に近づいてきたのか異常なほどに眠たい。だからサッサと寝ることにする。もう午前1時半を過ぎてるけど…。
2005.01.20
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マジで焦った。仕事中のことだ。あるデータ(写真)をROMから取り出そうと思って部のパソコンをイジっていると突然フリーズしてしまった。 普通なら、それぐらいのことでは驚かないけど強制終了させた直後から事情が変わってきた。WINDOWS XPの表示が出て強制終了後に出てくる怪しげな画面に変わったまでは良かったんだけどさあ、これからという段階になるとヒュ~~ンと、か弱い音を立ててダウン。何度、チャレンジしてもその繰り返しなのだから慌てた。 黙々と仕事をしていた同僚達も「おいおい、大丈夫か」という視線でこちらを見ながらザワザワ。何とか頑張ってみたけどもともとパソコンは詳しい方でもないから、どうにもならない。ギブアップして社内にいる専門家の助けを求めた。 どれどれ…。専門家は慣れた手つきでピ、ピ、ピっとイジるとアッサリと結論を出した。「これね、ハードがイッちゃってますね」「ハ、ハ、ハードが…」「データも全部、飛んじゃいますけど大丈夫ですか?」 そのパソコンってのは部長席の隣にあって部宛てのオフィシャルなメールなんかも全てそこに届く。次長の話だと「(部長は)大事なものは別のディスクにコピーしてたみたいだよ」ってことだったけど当の本人が外出中だから確認のしようがないんだから生きた心地がしなかった。 出先から戻ってきた部長は「このパソコンは前から何度も故障してるし気にすることねーよ」。消えて困るようなデータは入っていないことが判明してようやくホッとできた。それにしても異動から1か月も経たないうちにこんな地雷を踏んでしまうとは…。トホホな1日だった。
2005.01.19
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会社のビル内にある床屋で散髪をした。※最近では差別用語だといってメディアなどで「床屋」という表記がNGらしいけど何が差別なのか理由が良く分からないから今日は、あえてその表現で統一する。 広島に住んでいた1999年までは髪を切ると言えば床屋だったけどこちら(横浜)へ戻ってからは美容院オンリー。当然のことながら顔剃りも5年ぶりだ。行った先は会社の入っているビル内の店だったけど扉を開けるとき、妙に緊張した。 店員はMr.マリックに似た店主1人。髪を洗うたびに黄色い声で「お疲れ様でした」攻めに遭うキャバクラ化した美容院とは違い大人の雰囲気が漂う。 病院なんかと一緒で初めてのところを利用するってのは勇気が要る。ましてや会社の同僚で同店を利用しているのは揃いも揃って角刈りばかり。一部には「角刈り以外はできないらしい」なんていうウワサまであったほどだ。ある角刈りの先輩は「そんなことねーよ」と語気を荒げて完全否定したけど一瞬たりとも気を抜くことはできなかった。目覚めれば角刈り、だけは避けたかったからだ。「横と後ろは短めにして上は遊べるようにして下さい」行きつけの美容院と同じ注文をした。多少の誤差はあってもイメージから大きくかけ離れることはないだろう。そんな甘い思いは一段落して手鏡で後頭部が映し出された瞬間に吹き飛んだ。ウスウスは感づいていたけどハサミの使い方も違うんだから仕上がりが同じになるハズがない。 何度か手直しをお願いして何とかイメージに近い状態にたどり着くとお待ちかねの顔剃りだ。抹茶を立てるときに使うような道具で石鹸を泡立てて、頬っぺたにシャボンをシュッシュ。切れ味の良さそうなカミソリの刃がザリザリザリッと音を立てて顔面を滑った時にはゾクゾクッとした。最後に耳タブや耳穴付近の産毛をザリザリッとされた時には緊張と歓びで昇天するかと思ったほどだ。 美容院では存在することすらないであろう前かがみになる洗面台。松本ちえこもビックリのバスボンのシャンプーで髪を洗い流すと「セットはいかがなさいましょうか」と店主。「上の方だけワックスでテキトーに…」「ジェルとかでもいいですか?」と再び店主。「あ~、何でもいいです」仕上がったヘアスタイルは浪速大学第一外科教授・財前五郎だった。 仕事が終って自宅へ戻ると女房がオレの頭をマジマジと見て「床屋で切ったの?」オマケに「それは美容院の髪型じゃないよね」とまで指摘した。モーニングサービスで300円引きだったけど料金は行きつけの美容院に比べて500円安いだけの3500円。「マリックと再会することがあるなら仕事でヘタでも打って丸刈りにしなくちゃいけなくなったときだな」決意は変わりそうにない。
2005.01.18
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帰宅後に夕食を食べながらテレビを見ていると興味深いドキュメンタリーが放映されていた。日テレの『スーパーテレビ』今日のお題は歌舞伎の名門・片岡仁左衛門の孫片岡千之助(4歳)の初舞台まで描いた密着モノだ。 これまで特に興味があったわけでもなければ生の舞台を見たことがあるけでもない。でも名家の看板を背負うの主人公が長女と同い年だということもあってついつい見入ってしまった。 芸事の世界が厳しいというのは何となく知っていた。それが350年間も続く梨園の名門ともなればなおさらなのだろうが4歳児に、それを求める世界の厳しさはそこに身を置いたものでなければ分からないものだろう。 我が家の長女は氣志團がお気に入りでビデオ録画したPVを見ては唄や振り付けを練習。ビックリするような言い回しまでサラリと唄ってオレや女房を驚かせてくれる。4歳ともなれば、その吸収力は相当なものでいいことでも悪いことでもビックリするようなスピードで覚えていく。 もっとも楽しんで物事を覚えていくのと仕事として覚えることが義務付けられているのでは決定的な違いがある。どっちがいいとか、どっちが悪いとか優劣をつける類の問題ではないけど千之助くんには長女が同い年として誇りに思えるような歌舞伎役者としてスクスクと育ってもらいたい。
2005.01.17
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横浜地方は昨日からずっと雨。せっかくの週末だというのにどこへも出かけられない。クルマで買い物には行ったんだけど娘2人が片道15分弱の道のりに耐えられず撃沈。クルマの中で留守番することになり外気に触れないままの帰宅となった。 何か物足りない。家でゴロゴロしてても良かったんだけどスカッと汗をかきたかったので夕飯までの2時間弱の時間を近所のサウナで過ごすことにした。 歩くこと10分。「確か、この辺だったよなぁ…」あるハズの場所にサウナが無い。「1本、裏の道だったかなぁ…」サウナが見つからないイライラに加え尿意まで催してきた。「あー、もう限界」トイレのある公園までダッシュして用をたすと目的も果たせないまま帰宅した。ちなみにサウナは知らないうちにツブれていたようだ。 仕方がないからサウナ替わりに自宅で長風呂することにした。入浴開始は午後5時前。30分後に呼び出しボタンを押して娘達も合流。2人をピッカピカにして湯船を出たときには大喜利も終了していた。 今日の晩ご飯は我が家の定番・広島風お好み焼き。仕込みは女房にしてもらって焼くのは亭主の仕事。今日は生地が上手いことマン丸になってくれなかったけど全体的にはなかなかな仕上がりだった。 食べていると腹一杯になるけど中身はキャベツやモヤシばかりだから時間が経つと腹が減ってくる。夕食後にサッサと歯を磨いたけど駄菓子の誘惑に負けないとも限らない。だから今日はトットと寝ることにする。
2005.01.16
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今日は女房が子ども達を連れて友人宅へ泊まりに行ったので夕食は義妹と2人きり。義妹は「何か作ろうか」と言ってくれたけど今日の晩飯はオレが作ることにした。 そうは言っても凝った料理ができるわけではない。何にしようかと考え「寒い」「簡単なもの」「子どものことを考えなくていい」といった要素を加味してキムチ鍋を選択することにした。 ハッキリ言ってしまえば先日、韓国居酒屋で食したブデチゲのパクリ。冷蔵庫に白菜と大根はあったのでタラ、エノキ、シメジ、豆腐、キムチ鍋スープそれと辛ラーメン(これが1番大事)なんかを近所のスーパーで買ってきてさっそく仕込みを開始した。 準備と言ったって白菜や大根をサクサク切ったりする程度だけどそれが終るとタラや大根から鍋でコトコト。ある程度、煮えてから白菜と辛ラーメンを入れてフタをした。 待つこと約5分。辛ラーメンが食べ頃になったら完成だ。ただでさえ辛いスープに辛ラーメンの粉末スープや残りわずかだったキムチの残り汁なんかも入れたからスープは、かなり辛いものになっていた。娘達がいたら到底無理な味付けだけに貴重な鍋になった。 義妹もシメのラーメンごと煮込んでしまう新機軸の鍋料理には大満足。辛ラーメンは2袋目も投入したほど食が進んだ。 スープは残っている。明日の朝は卵を落としてキムチ雑炊にする予定だ。
2005.01.15
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昨年末から始めた通勤時のウォーキングがいい感じで日課として定着してきた。往きなら有楽町から会社まで帰りなら会社から東京駅まで。片道3キロ前後の距離を黙々と歩く。成人病予防、並びにダイエットを目的としてやってたのに無情にも年明けから体重は増える一方だった。 原因として考えられるのは適度な運動をすることによる食欲の増進。歩くことによって帰宅と夕食の時間が普段より遅くなるのも体重増の理由の一つになっていたのかもしれない。そうはいっても無理なダイエット→すぐに飽きる→リバウンドが来るといういつものパターンとは決別したかったから深刻に考えないようにしていた。すると、あらビックリ。ここへきてジワジワと体重が減り始めてきたのだ。 ウォーキングだけで筋力がついたとは思えないけどストレッチなんかも平行してやっていたことで稼動域が広くなったり脂肪の燃焼効率が良くなってきたのかもしれない。 気のせいかもしれないけどクルマで横浜-広島を往復してから鈍痛の続いていた坐骨神経痛がこのところ、気持ち和らいできた。色気を出してジョギングなんかに切り替えた日にはかえって身体を悪くすることも考えられるししばらくは無理のないウォーキングを続けていきたいと思う。
2005.01.14
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仕事から帰ってきたのが22時半過ぎ。あらかじめ女房には到着予定時刻をメールで知らせていたこともあり夕食の準備は万全だった。出来上がった料理をササッと食卓に並べると女房は黙ってテレビの前に体育座り。こちらが話し掛けてもウワノソラでドラマに没頭していた。 こっちは途中からだしどんな話なのかも分からない。モグモグと食事をしながらも何の気なしにブラウン管に目をやると寺尾聡が時任三郎と会話をしているシーンだった。 ずいぶん前から番宣もやってたしそれが『優しい時間』であることはさすがのドラマ音痴のオレでも、すぐに分かった。黙々と1人で食べてるのも寂しいから「どこが舞台になってるの?」とか「寺尾聡って、どんな役なの?」なんて質問をしていると女房から耳を疑うような答えが返ってきた。女房「アキラって読むんだ。テラオ・サトシだと思ってた」オレ「えっ? マジで知らなかったの?寺尾聡って言えばレコード大賞だって取ってるしザ・ベストテンで11週だか12週連続の1位になったりしたじゃん」女房「あー『ルビーの指環』だっけ。歌は知ってるけど…」オレ「寺尾聡って言えばお父さんだって有名じゃん」女房「だれ?」オレ「宇野重吉だよ。マジで知らねーの?」女房「知らないよ。どんな人?」オレ「どんな人って言われても説明しにくいけどソックリな顔したお爺ちゃんだよ。確か、もう死んじゃってた(88年1月に73歳で死去)と思うけど…」そんなやり取りをしていると「『半落ち』をビデオで観た」という義妹までが「私もサトシだと思ってた」と言い出した。 気になったので寺尾聡のことをネットで調べてみると『ルビーの指環』でレコ大に輝いたのが1981年。当時、小学6年生だったオレにとってザ・ベストテンで10週以上も連続して1位の座を死守した偉業はそれを記念して作られた刺繍入りの赤いソファーとともに鮮明な記憶として残っている。 対して女房は当時、小学2年生。年齢的にも毎週のようにザべテン(通はザ・ベストテンをこう呼んだ)を観る習慣がなかったとしても不思議ではないが…。でも、やっぱ「テラオ・サトシ」はショックだった。
2005.01.13
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仕事の都合で営団地下鉄に乗っていた時のこと。右斜め前に気になって仕方がない女性が座っていた。年齢は26~28歳ぐらいだろうか。特に好みのタイプだったわけでもないんだけどその女性の左手の甲にはピンク色のシール(長さ5センチ弱)が貼られていて「あれは何なんだろう」と気にしだしたら目が離せなくなった。 カットバンの類だったら気になることもなかったんだろうけどよ~く目を凝らしてみると左手に貼られたソレは小田急百貨店で包装時に使用されるシールだった。膝の上には同店で購入したと思われる某ブランドの紙袋がチョコンと乗っている。推察するにその女性には以前から欲しかった物があって今日は意を決して小田急百貨店へ行き、購入。嬉しくて仕方ないから家へ帰るまで我慢できず電車の中でシールを剥がして購入したブツをニヤニヤしながら見たのだろう。その際に剥がしたシールが邪魔に。そうかと言って車内で捨てるわけにもいかないから左手の甲にペタリと貼ったのをつい、そのまんまにしてしまったという感じだ。 ハッキリ言ってしまえばそんなことは、どーでもいいこと。その女性が帰宅後に恥ずかしい思いをしようが知ったこっちゃないんだけど他人の目クソやハナクソと一緒で「あーっ、もう! そんなにデカいのに何で気がつかねーんだよ」と見ているこっちがイライラしちゃったりする。 問題の女性は小田急百貨店のシールを貼ったままオレより先に電車を降りた。果たして帰宅する前に自分で気づくことができたのか…。それとも帰宅後に母親あたりから「あら、やだ。○×ちゃん、何で左手に小田急のシールなんて貼ってんのよ」とか何とか言われて顔を赤らめたのだろうか…。ま、どっちでもいいんだけどね。
2005.01.12
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会社帰りに同僚3人で近所の韓国居酒屋へ寄った。2人は以前からちょくちょく来ていたようだがオレにとっては初めての店。定番のキムチ、チヂミ、トッポキあたりを注文してまずは様子を見た。 メチャウマというほどでもないけど値段を考えれば悪くない。生ビールは1杯だけにしてジンロの水割りをスッスと飲んだ。 シメはチゲ鍋と決めていた。そうは言っても鍋も何種類かあるから何にしようか悩んでいると同僚2人は躊躇することなく「ブデチゲ」なる鍋を注文した。 ところでブデって何?初めて聞いたメニューに素朴な疑問が浮かんだ。ウマいからといって調子に乗って食べ過ぎるとブーデー(デブ)になるとか…。気になったから店主に「ブデって何ですか?」と尋ねてみると丁寧に説明してくれた。 何でも韓国が今と違って貧しかった時代に在韓米軍の残飯をもらって調理していたのがブデ鍋の原点でブデは「部隊」の意味だという。ヤミ鍋とかと一緒で中身は何でもあり。今日のは牛骨ベースのダシ汁に白菜やスパム、ソーセージおでんの大根やさつま揚げなんかが入っていた。インスタントの辛ラーメンまで突っ込んで一緒に煮ちゃうというかなりの荒業だったけど食べてみるとなかなかウマい。最後にはダシ汁とメシを足してもらってキムチ雑炊まで作って堪能した。 店主の補足説明によれば「韓国でブデチゲを食わせろなんて言ったら『オレたちをバカにしてるのか! そんな貧しい生活はしてないぞ』って怒られるから気をつけてくださいね」というワケありの鍋料理。味と歴史の深さに2度、驚かされた。
2005.01.11
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つくづく自分で自分が嫌になった。日曜日に東伊豆へ出かけた時に撮った写真を先輩が早速、プリントしてくれた。『高磯の湯』での1コマ、伊豆スカでの1コマ。どれもなかなかの仕上がりで大満足だったんだけど温泉で撮影したマッパのやつがどうにも、いただけなかった。写りはいい。景色もいい。表情もいい。でも下腹部についた贅肉が鏡餅のようにボテッとしているではないか。 風呂上りに鏡で自分の姿を映すことはあってもまず正面からしか見ない。お腹がポッコリしていることぐらい自覚症状はあるけど改めて斜め横から見ると大変なことになっているのに気がつく。 どう考えても臓器の間に所狭しと脂肪が詰まっている鏡餅の下段。成人病になる前に何とかしないと…。
2005.01.10
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ついに行ってきました。2005年初のツーリング。行き先も決めないまま集合場所の第三京浜・保土ヶ谷PAで会社の先輩と合流。コーヒーをすすりながら作戦会議をした結果東伊豆を目指すことにした。 昨日の曇天とは打って変わって気持ちいいほどの快晴。そうは言っても風が冷たかったから「あんまり寒かったら休憩を多めに取ろう」と話していたんだけど最初の休憩ポイント・西湘PAまでは順調だった。 2杯目のコーヒーをすすりながら具体的な目的地を決めることにした。「やっぱ温泉には浸かりたいよな」「出来れば露天風呂がいいっすね」そんなやり取りをした末行き先は熱川の『高磯の湯』に決定した。 定番となっている伊東の『ふしみ食堂』でサバの味噌煮を平らげてから一路、熱川へ。伊東を過ぎたあたりからバイクがアオられるほどの強風が吹き始め寒さで指先の感覚が麻痺してきたころに目的地の『高磯の湯』に到着した。 目前では高さ1メートル近い波が次々とテトラポットに当たって波シブキが上がる。その先には大島がデ~ンと一望できる最高のロケーション。カラダが冷え切っていた分だけ湯温が熱く感じられたけど慣れるとなかなかの適温で額がジンワリと汗ばむまでじっくりと浸かった。 それでも汗が引いてから再び走り始めると、あっという間に体温は前方から吹きつける寒風に奪われていった。伊豆スカイラインは、そこら中に残雪があるし路面も光っている。凍結こそしてないけどあのテカテカはスロットルを握る右手を躊躇させる。 R32のGTS-tがひっくり返っていた箱根ターンパイクを震えながら走り抜け上りの西湘PAで最後の休憩。自宅へたどり着いたころにはあたりも真っ暗だったけどなかなか充実した1日だった。 本日の走行距離 270キロ
2005.01.09
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今日の大黒ふ頭は異常なほど寒かった。天気予報では前日比-7度ながら晴天のはずだったのに太陽がヤル気なしおちゃんだったのかまったく顔を出してくれない。面子は娘2人と会社の後輩。狙いはメバルにアイナメ、それとカレイだったんだけど6時間も粘った挙句、釣果は丸坊主だった。 青イソメを多めに準備してたのに3分の1近く余ってしまった。魚が釣れなかっただけでなく根がかりも無く、食い逃げも無い。すごく、すごく虚しかったから娘達をバーゲン帰りの女房に預け後輩を最寄駅まで送ってから再び海へと向かった。 出向いた先は穴場的なところで具体的な場所は教えられないけど知る人ぞ知るポイント。以前にもアナゴ(当時はウナギだと勘違いしていた)を釣り上げたことのあるゲンのいい場所だ。もう娘達に気を使う必要も無いし到着するなりカレイ狙いの1投目を投じた。続いてメバル狙いの仕掛けを真下へ。「ここでも坊主だったら目も当てられないな」などと縁起の悪いことを考えながら投げたほうの竿を巻き上げてみるとアナゴが釣れているじゃないか。 昼の悪戦苦闘はなんだったのかと余計に虚しくもなったけど結果良ければ全て良し。そうこうしていると手前に垂らした方の竿も微妙な振動を繰り返しているではないか。今度は待望のメバル。もう大満足だ。ほとんどパチンコの確率変動のごとくアナゴ、メバル、アナゴ、メバルの順で各3匹(メバルは4匹釣れたけど1匹は小さかったのでリリース)をヒット。寒風吹きすさぶ真っ暗闇の中で予想外の釣果を上げることに成功した。 帰り支度を始めた頃には携帯電話のディスプレーがホワイトアウトしてしまったほどの寒さのせいなのか指先が痺れてきた。でも大漁だった歓びの方が勝っていたから気にもしなかったけど自宅へ帰ると痺れの原因が判明した。メバル群のなかに25センチ強のカサゴが混じっていたのだ。文字通り、心も身体もシビレた1日だった。ちゃんちゃん。
2005.01.08
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週末のツーリング予定日まであと2日だというのに肝心の行き先が、まだ決まっていない。 去年のこの時期はアンコウ鍋を求めて大洗まで行ったけど同じ事をしていては芸がない。かと言って栃木や群馬は路面凍結の恐れがあるからちょっと足を伸ばしにくい。そうやって絞り込んでいくと冬場のツーリングコースってのはほとんど選択肢が無いに等しく房総、三浦、伊豆の3半島のどれかってことになる。 雪国で愛車を冬眠させている人が聞いたら「この季節にそれだけの選択肢があれば十分じゃん」と怒られそうだけど、人間とはそもそも贅沢な生き物だということでご勘弁ください。 で、3つの半島のうちどれか1つとなれば距離的に物足りない三浦半島は消える。房総半島も捨てがたいけど温泉が無いのは大きなマイナスポイント。そうなると最後に残るのは伊豆しかない。 日帰りで半島を1周するのは時間的にちょっと厳しい。西伊豆も悪くないけど沼津ICを経由しての往復東名道では高くつくし一般道での峠越えにはこれまた路面凍結の心配が付きまとう。 お約束のルートになってしまうけど純粋に、走れる喜びを噛みしめながら東伊豆をブラブラするのが妥当なのか…。あぁぁぁぁぁぁ、悩ましい。
2005.01.07
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我ながら学習能力の無さにはアキレ返るしかない。今日も深酒するきなんて、コレッポッチもなかった。遅めのスタートではあったけど「食事ついでに軽く飲もうか」と会社の同僚に声をかけたのは自分だったのに生中を3杯飲んだらそんなことはどこかにスッ飛んでいた。 暖簾をくぐったのは会社の近くにある焼肉屋。そもそもは「食事もライトな方がいいな」なんて言ってたのにお目当ての韓国料理屋が定休日。脳も舌も胃袋もハングルモードになっていたってこともあるけど替わりの店が焼肉屋ってのは我ながら、いかがなものかって感じ。でも食べ始めたら、食も進むし酒も進む。気がつけば軽く終電の時間を突破していた。 何とか営団地下鉄の最終には間に合ったから東京駅までは行けたけど京浜東北線の下りは蒲田止まりしかない。ひょっとして山手線で品川まで出たら内回りとの接続の関係で桜木町行き最終が待っているかもしれないっていう淡い期待もあったけどそんな都合のいいことは起こらなかった。 芋焼酎のボトルまで入れた焼肉屋の料金が高いか安いかは別にして蒲田からのタクシー代は、どう考えても余計だった。「じゃあ、あと1杯だけ飲んで帰ろうか」。その一言が、ずいぶんと高くついた。
2005.01.06
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5日は仕事始め。12月25日から11日間の冬休みも終わって久しぶりに会社へ行った。 そうは言っても新年早々、しなきゃいけない仕事ってのも特にない。喫煙所との往復を繰り返したりダラダラと時間をつぶして恒例の社長の新年の訓示を聞いた。その瞬間に仕事は終わり。ますますヒマになった。 そんな時にバイク乗りの先輩が通りがかった。「日曜日って休みだったりしないっすか?」「休み、休み。どっか行く」「行きますか」 とりあえず今年の走り初めは1月9日に決定。週末が待ち遠しくなってきた。
2005.01.05
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今日は女房が体調不良だったため午後から主婦業に専念することになった。そんな大げさなことをしたわけじゃないけど子守り、買い物、炊事のフルコース。まずはチャリに娘2人を乗せての買い物から始めた。 いまでは台所に立つことなんてメッタになくなったけどもともと料理そのものは嫌いじゃない。学生時代から通算して1人暮らしを7年ほど経験。基本は外食だったけど特に外出する用事がない時は積極的に自炊する方だったから苦にはならない。作ることよりメニューを考える方が大変だってことも知っている。近所のスーパーで右手の人差し指をアゴに当てて「さ~て、何を作ろーかな」と主婦のマネをしながら悩んだ末に今日は焼きそば(昼食)とハヤシライス(夕食)の2本立てにすることにした。 どちらも独身時代の得意メニューだ。焼きそばは某競馬場の売店で焼いていたこともあるしハヤシライスなんかタマネギを切るだけだから手がかからない。そのうえ娘達も喜んで食べてくれそうなメニューでもある。我ながらベストな選択だったと思う。 そうは言っても慣れないことをするとハプニングが付きまとう。別に包丁で指を切ったとかじゃないんだけどハヤシを作る時に水の分量を間違えてしまったのだ。10皿分のルーを半分だけ使ったから箱の後ろに書いてある材料を牛肉350gを180gにタマネギ中3個を1個半にと全て半分にした。当然のように900ccと書いてある水は450ccにしたんだけど実は5皿分を作る場合は550ccだというじゃないか。アク抜きをしてから15分間煮込んだそれはシチュー状というよりツユダクの牛丼。 箱の注意書きを見てようやく間違いに気づいたんだけどただ100cc、水を足してもつまらないから水30ccと牛乳70ccを注ぎ足してみた。レストランなんかではハヤシの上にミルクがかかっていたりする。マイルドになった方が娘達にも食べやすいかと思ってやってみたんだけどこれがなかなかの大正解だった。 自分で釣った魚もウマいけど自分で作った料理はもっとウマい。機会があったら、また隠した爪を披露してみたいと思う。
2005.01.04
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年末年始のバラエティー番組を見てて少しだけ気になったことがある。「泥水を飲む覚悟」で巨人残留を決めたキヨハラの露出が異常なまでに多いことだ。かつてテレビを忌み嫌っていたはずの吉田タクローがバラエティー番組に出まくっちゃうのにも似た節操の無さを感じてしまう。 シーズン中の苦悩を自虐的な笑い話にしてしまうトークはハッキリ言って、おもしろい。番長だのなんだの言われてても素に戻れば弱さもある人なんだなというのが良く分かって親近感もわいてくる。表情なんかもスゴく穏やかで街中でスレ違ったら、思わず「キヨ、ガンバレよ!」とか知人のような感覚で話し掛けてしまいそうなほどだ。 でも、しかし、だ。「泥水を飲む覚悟」で巨人の4番と一塁の定位置を奪い返そうという人間がそんな温和な人に成り下がってしまっていいのか。彼がどんな晩年を過ごそうが知ったことではない。でも、昨オフの球団やホリウチ監督をも巻き込んだ引退騒動という名目の茶番劇やバラエティー番組三昧を見ているとキヨハラがどんどんチープな人間になっていくようで無性に腹が立ってくる。 どう考えても、あれほどの安売りぶりは来年の引退を見据えた上でのテレビ局への売り込みだ。口では何年も野球を続けていきたいようなことを言っているけどあと8本に迫った500号本塁打さえ達成できればいいや的な打算が見え隠れする。同世代の人間として高校時代からスーパースターとして脚光を浴びつづけていた男が泥水を飲む間もなく泥沼にハマる姿は見たくない。歳も歳なんだし1日も早く目を覚まして欲しいものだ。
2005.01.03
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長女を連れての駅伝見物は今年で3年目になる。初めて行ったのは次女が生まれた直後の03年。優勝がどこだったかは忘れたけど母校が逆転でシード権を獲得したことと肩車をしてやってた長女がウ○コを漏らしたことだけは強烈な印象として残っている。 当時の長女は2歳半。ようやく会話が成り立つかどうかという程度だったけど「父さんのガッコ(学校)ガンバレしたときにウ○チ漏らしちゃったんだよね」が第1京浜を走るときの口癖になっていた。「一生懸命にガンバレしてくれたから父さんの学校が頑張れたんだよ」と繰り返し言って聞かせてたこともあるけど長女にとっても楽しい思い出になったのだろう。 去年は家族4人で沿道に立った。それぞれに読売と報知の旗を持って声援を送ると母校は6位に大躍進。優勝は無理にしても1つでも順位を上げてもらいたかったし今年は長女と2人で眠い目をこすりながら往路も応援することにした。 出掛けに1日のスポーツ紙をチェックして2区を走る母校の走者の名前を長女にインプット。「父さんが『来たよ!』って言ったら『○○ガンバレ~!』って大きな声で言うんだよ」とレクチャーして第1京浜の歩道に立った。 先導する広報車などが行き過ぎた後にトップを行く東海大の走者が走り抜けていった。母校の走者はなかなか姿を現さなかったけど5位集団の中に発見。長女に「ホラッ、来たよ!」とゴーサインを出した。しかし…。照れがあったのか練習どおりの大きな声が出ない。責める気持ちなんて全く無かったけど復路もあることだから、長女には「明日は大きな声でガンバレしてよ」とレクチャーした。 結果は12位だった。残念は残念だけど明日もあることだし特に気にはしていなかった。でも結果を聞いてガッカリした父親の姿は長女にとってショックだったようだ。寝かしつけている時に「今日は大きな声で応援できなくてゴメンね。眠たかったから声がちゃんと出なかったんだよ」なんてつぶやくんだから、泣かせる。 昨夜はクルマで12時間をかけて広島から帰浜。寝たのは午前1時を過ぎていた。「今日は早く寝るから明日は大きい声でガンバレするね」。親子のタスキも、いい感じでリレーできている。
2005.01.02
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予定を変更して午前中に広島を発つことにした。ニュースで首都圏が久しぶりの大雪で交通機関が麻痺したとか言っていたし850キロの長旅で積雪やチェーン規制などに直面したら悲劇だからだ。 初詣に行ってたりして出発は11時半過ぎだった。とりあえずナビに自宅をインプットすると感情の起伏のない音声が「目的地までの所要時間は12時間以上です」とアナウンスしてくれた。高速道路を100~120キロ平均で走りつづければ10時間もあれば到着は可能。しかしながら幼子を抱えているとそうもいかない。ナビが割り出す到着予定時刻は走っている限り短縮されていくけど休憩をすれば、その分だけ遅くなる。慌てて帰って事故にでも遭ったらシャレにならないし、マイペースで横浜を目指した。 天気は良かったけど山間部へ差し掛かるとそこら中が銀世界になっていた。広島も北神戸も…。女房の実家は広島でも南寄りなところだから雪が積もるようなことはなかったけど全国的にホワイト大晦日?だったようだ。車内は暖かいけど、外気は摂氏0度前後。フロントグリルには本物のミカンをぶら下げたお飾りをくくり付けていたんだけど日が落ちる頃には皮が寒さでカチカチになっていた。 最大の難関は関が原だった。京都を過ぎたあたりから雲行きが怪しくなり積雪で50キロの速度規制となっていた。最初のうちは長女と「雪だよ、雪」なんてハシャいでたけど知らぬ間に猛吹雪に…。追い越し車線が幅50センチほどの帯状になってノーマルのタイヤでは怖くて車線変更も出来ない状況になっていた。 山間部を抜けると雪もやんでいた。ハイウェイラジオをこまめに聞いていたけどもう雪で走行が困難になるようなことはなさそうだった。ホッと一息。肩の力が抜けた時に大事なことを思い出した。お飾りのミカンのことだ。車の先端部で吹雪を受けていたんだから冷凍ミカンになっていてもおかしくない。実際にナンバープレートが雪に覆われているクルマを何台も見た。その理屈で言えば冷凍ミカンが出来上がっていても不思議ではない。 最後の休憩場所に選んだ浜名湖SAでワクワクしながらフロントグリルを覗き込んだ。だけど無情にもミカンの姿はなかった。西宮名塩SAまではしがみついていたのに…。もげたとすれば猛吹雪の前後だろう。今頃、関が原あたりの路肩で冷凍ミカンが転がっているかもしれない。 所要時間 12時間15分 走行距離 833キロ
2005.01.01
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