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いい加減、飽きてきた。最初のうちは初めてのコトだらけでワクワク、ドキドキもしたけどハッキリ言って入院生活は退屈だ。3日目で慣れてきたということもあるのだろう。無性に体に悪そうなことをしたくなってきた。まずタバコ。次に酒。種類は何でも構わないけど一杯だけという条件なら迷わずに生ビールを選ぶだろう。そして第3位はマヨネーズだ。広島風お好み焼きの上でおたふくソースと絡み合ったヤツも良し。オーソドックスにサラダにブチューッとかけるのも良し。でもいま一番したいのはマヨネーズのチューブに直接、口をつけてむせ返るまで飲んでみたい。健康かつ冷静な状態なら考えただけでも気持ち悪そうな行為だ。でも、こう毎日のように精進料理みたいなもんばっかり食いつづけているとそんなアホなことが頭をよぎる。
2005.07.31
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ビョンビョンビョン…。ギーコン、ギーコン、ギーコン…。ビュワン、ビュワン、ビュワン…。無機質に鳴り響く電子音。MRI検査のため体を縛り付けられた状態で目を閉じたままあの音を聞いていたときには「オレはこのままダース・ベイダーにされちまうんじゃないか」と本気で心配になった。MRI検査。日本語表記では磁気共鳴画像装置とか言うらしい。あのビョンビョンやギーコン、ギーコン、といった耳障りな電子音は磁気が共鳴している音だったのだろう。車椅子、入院、MRI…。2日連続で初モノつくしだ。
2005.07.30
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あんまり、い~もんじゃね~な。真夜中に点滴を換えるため、看護婦さんが来た時は、ちょっとだけドキドキしたけどさ。左隣の人はイビキがうるさいし、右隣やつは落ち着きのないジジイで何やら一晩中、独り言。サッサと退院して~。〈終〉
2005.07.30
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あんまり、い~もんじゃね~な。真夜中に点滴を換えるため、看護婦さんが来た時は、ちょっとだけドキドキしたけどさ。左隣の人はイビキがうるさいし、右隣やつは落ち着きのないジジイで何やら一晩中、独り言。サッサと退院して~。
2005.07.30
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昼食後のことだった。冷し中華を平らげた後に食堂でタバコを2本ほどスパ~ッ。職場へ戻ってから「さて、仕事でもすっか」とパソコンへ向かうとなぜか左腕が上がらない。え~っ?右手を添えて左手をキーボードの上に置いてみたけど今度はキーを叩けない。マジ?右手で左腕をツネってみた。あまり痛みが感じられない。ちょっとヤバい。っていうかマジでヤバい。病院を紹介してもらおうと総務部へ駆け込んだ。「○×病院がいいんじゃない?仕事中に倒れた人はみんなそこに行ってるし…」あまり気乗りしない推薦の仕方だったけどタクシーで会社から1000円ぐらいで行ける総合病院はそこしかない。オレに選択肢はなかった。病院へ到着して必要な手続きを済ませると車椅子に乗せられた。「あ、あ、あ…。歩くぐらいは…」「いいから乗ってください」。CTや心電図の検査をした。「特に問題はないようですが一時的に脳の血管が詰まったのかもしれませんね」。かくして生涯初となる入院が決定した。 つづく
2005.07.29
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久しぶりだ。体調不良で休んだのなんていつ以来だろう。記憶が確かなら入社1年目か2年目に大熱を出して1週間ほど休んで以来だと思う。状態が良くなれば午後からでも会社へ行こうかなとも思ったけどやめておいた。まだ頭のクラクラ感は治っていない。でも依然として食欲は旺盛で昼食後も煎餅、ポテロング、ドラえもんチョコを平らげた。よく分からない体だ。
2005.07.28
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体調が相変わらずすぐれない。朝飯を食べている時からイマイチではあったんだけど会社に着いてノートパソコンを開くと余計に頭がフラフラしてきた。食欲とかは何の問題もない。今日も昼食にウナギの蒲焼を平らげそれだけでは飽き足らずカップ入りのワラビ餅までペロリ。なのに仕事をしようと思うとまた頭がフラフラしてくる。何が原因なのかはよく分からないけどサッサと治って欲しいものだ。
2005.07.27
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午前中から病院に行った。原因不明のめまいを診察してもらうためだ。行った先はみなとみらいにある総合病院。受付で症状を説明すると耳鼻科と内科で診てもらうことを勧められた。まずは耳鼻科。三半規管に異常がないかどうかのチェックをした。続いて内科。こちらでも三半規管の異常を第一に考えて平衡感覚やバランスを見るポーズをとらされた。耳鼻科の美人女医からは「念のため、めまいを和らげる薬を出しておきますね」と言われた。そして…。内科の医師からは「現時点で重大な所見は見られないので耳鼻科から出ている薬で様子を見てみましょう」と言われた。ホッ。とりあえず一安心だ。荷物を手にとって診療室を出ようとすると「あ、それとね…」と言って医師に呼び止められた。エッ?「もう少し、おヤセになった方がいいかもしれませんね」。言われんでも分かっとるわ!そう心の中で叫びながら愛想笑いを浮かべ病院を後にした。
2005.07.26
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日曜日あたりから体調がパッとしない。なんか知らないけど、めまいがする。そう言いながらも草野球をしたりしてんだけどこんなにクラクラが続くのは初めて。例えて言うならプチ禁煙した直後にプハ~ッとやって脳みそがキュ~ッとなるような感覚に似ている。何人かに症状を言って相談もしたけど「テキトーなアドバイスならできるけどオレは医者じゃないからな…」というもっともな返事ばかり。餅は餅屋、病気は医者と考えるのは当然だ。たまにはマジメに帰るか。そう思って仕事を早めに切り上げると知人から1本の連絡が入った。「いまからメシ食いに行かない?」気がついたら六本木にいた。こっちの”病気”を治す方が先決かもしれない。
2005.07.25
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お土産ってのはどんなものでももらえば嬉しいものだ。ペナントとかご当地提灯木彫りのクマなどもらって迷惑するものもないワケじゃないけどそれはそれでくれた人の人間性が如実に現れたりして笑えたりもする。つい先日ウチの両親が叔母夫婦と東南アジア旅行に出かけた。詳しいことを聞いてないからよく分かんないんだけどベトナムとかカンボジアを周ったらしい。で、餞別を1トンほど渡していたこともあって我が家には全員分のお土産が届けられた。女房にはアジアンテーストの小銭入れと象をあしらったブレスレット。娘達にはチャイナっぽい衣類。そしてなぜかオレだけタバコだった。海外土産のタバコと言えば免税店で買う日本でも馴染みのある銘柄っていうのが一般的だ。たまにダイヤモンドヘッドの写真がプリントされたマイルドセブンだったりすることもあるけど今回の一品には、さすがのオレも驚いた。その名も『Angkor』。カンボジアのアンコールワット遺跡のイラストの入ったキンキラキンのタバコ。しかもワンカートンだ。ウチの両親はどんな思いでこの『Angkor』をセレクトしたのだろうか。「ヘタなもの買うよりタバコの方が無難じゃない」とか言って真剣に悩んだのかどうかは知らないけどそのセンスには脱帽させられた。とりあえず開封して『Angkor』を1本取り出しベランダで火をつけた。プハ~ッ。例えるならラークマイルドに近いフレーバーか。あと199本も『Angkor』を吸うのは酷だから何箱かは会社の人間にあげようと思う。
2005.07.24
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揺れた。大きく揺れた。地震もスゴかったけど屋形船も大きく揺れた。千葉を震源地とした地震に見舞われた時には有楽町にいた。京浜東北線の車内でウトウトしているとグラッ、グラ、グラ、グラ。余震と思われる揺れも数回あった。電車はしばらく停車したまま。動く気配はまるで無かった。どうしようか…。集合時間までは、あと1時間ほどある。意を決して電車を降りて江東区内にある会社まで歩くことにした。約45分で到着。真っ先にテレビをつけるとまだJRや東京メトロは停まったままだった。参加予定メンバーの何人かが電車内に閉じ込められたり移動手段を失って呆然としていた。最低でも15人が集まらないと足りない分の参加費を頭割りしなきゃいけなくなる。どうする? どうする?船宿と相談した結果出航時間を1時間遅らせる上に人数が揃わなかった場合の参加費は乗船した人数の分だけでいいってことになった。さすがチャキチャキの江戸っ子だ。地震という不測の事態が原因だったとはいえそのキップの良さに感動した。たどり着けた人は先に船に乗って飲み始めてていいよ。出航前から宴会は始まった。桟橋に停泊している船ってのは動いている時より波の影響を受けやすくてかなり揺れる。ビールを数杯飲むと頭がクラクラしてきた。最終的には14人が集まった所で出航。約3時間に渡って飲んで食って唄って騒いだ。開始前からバタバタ、グラグラした屋形船だったけどスゴく、いい経験になった。
2005.07.23
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声をかけられたときは、ちょっと迷った。「屋形船で飲もうって話があるんだけど、どう?」参加費は1万円だという。夏休みにロングツーリングに行くことを考えればこの時期の大1枚の出費は痛い。スゴ~く痛い。でも生まれてこのかた屋形船なんて乗ったことないし以前から興味はあったから「ん~、ん~、行く!」。出航は明日の午後6時。レインボーブリッジの方まで行くそうなので天気が良ければディズニーランドの花火を洋上から見られるはずだ。不安もある。何せ船上で酒を飲むなんて千葉でゴルフをした帰りに航行時間35分の東京湾フェリーの中でビールを飲んだことがあるという程度。明日は飲み放題ということなので3時間に渡って飲みっぱなしになるはず。ん~。大丈夫かなぁ…。
2005.07.22
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もうタイトルそのまんま。マジで辛かった。4時半過ぎにカラオケボックスを出て真っ先に向かったのはなぜか松屋。気がついたら注文したカレー(並)を平らげていてフラフラしたまま会社へ向かった。タイムカードは押さずに荷物だけ机の上において休憩室へ直行。長いすの上でうつ伏せになって目を閉じた。目が覚めたのは9時半頃だった。ミネラルウォーターをガブ飲みしたけど一向に頭がスッキリしない。オエ~。吐き気までする。とりあえず一服。胃のムカムカは収まるどころか増幅した。自業自得とはいえ最悪の1日だった。やっぱ平日の”オール"はキツい。
2005.07.21
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「行くけど、どう?」声の主は所属部署の違う同期生の男。帰り支度をしていたオレは条件反射的に「行こっか」と答えてしまった。後輩と3人で入ったのが韓国料理店。2人の部署の愚痴なんかを聞いてるうちに真露をハイペースでグビグビ飲んでいた。誰でもそうかもしれないけど酒が入ると気が大きくなる。給料日前で財政難はピークに達しているというのに「今日はトコトン飲もっか!」。気がついたときには終電も突破していて店もカラオケボックスに変わっていた。「そろそろ出る?」カラオケボックスを後にしたときにはカラスやハトやスズメがカ~カ~、ホロロッホ~、チュンチュンと鳴いていた。都内在住の2人はタクシーで家路に着いたけど横浜在住のオレは時間とカネを節約するため会社へ。何をやってんだか…。
2005.07.20
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今年から年中になった長女が今日で1学期を終えた。ずいぶんと生意気になったし減らず口も叩くようにもなったけど5歳になったからなのか長女としての自覚が芽生えてきたのかシッカリしてきたのも事実だ。仕事から帰ると、女房から「幼稚園の連絡ノートに面白いことが書いてあるよ」と言われた。普段は「下痢気味です」とか「熱があります」といった連絡事項を先生とやり取りするためのノートなんだけど学期末には担当の先生がビッチリと「まとめ」を書き込んでくれるのだ。冒頭から褒め言葉が続いていた。「やりたい遊びに自分から取り組む姿勢が見られる…」「何事にも意欲的で”やってみたい!”という思いが強く感じられる」フムフム…。何事にも興味津々で好奇心旺盛っていうのは間違いなくオレの血だ。いい気分で先を読み続けた。「それまで行っていた遊びを途中で抜けてしまう」「1つの遊びにジックリと取り組めるよう配慮しています」あちゃ~。飽きっぽいのも落ち着きがないのもオレ似だ。カエルの子はカエルってことなのだろうか…。ちょっぴり胸が痛くなった。
2005.07.19
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今晩のオカズは餃子だった。昼飯を食ったのが夕方だったから控えめにしておこうかとも思ったけど餃子となればハナシは別。6こほど焼いてもらうことにした。チャプチェを食いながら発泡酒を飲んでいると待望の餃子が焼き上がった。いっただきま~す。餃子の乗った皿に箸を伸ばした。よく見ると餃子の形がマチマチだった。スティック状のものもあれば桜庭の耳みたいにクルクルっとしたものもある。また長女がお手伝いをしたものかなと思ったらスティックも桜庭の耳も次女が作ったもの。長女の作ったそれは女房が作ったものと遜色ない仕上がりだった。今日は仕事だったから娘達とは会話も交わしていないし作ってる様子も見てない。とりあえず明日の朝にでも褒めてつかわそうと思う。
2005.07.18
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約1か月ぶりにニンジャのエンジンに火を入れた。ちょっとはスネるかなと心配したけどチョークを引いてセルボタンを押すと一発でブワォ~ン!何のストレスも感じさせずに品の無い排気音を吐き出した。 選択したのはいつものショートコース。第2京浜を北上して環八を左折。第3京浜に乗って帰ってくるルートだ。 玉川ICからアクセルを全開にした。タコメーターはブィ~ンと7000回転ぐらいまで跳ね上がり車速も1×0キロに。ウム。なかなか好調だ。 休日のせいなのかいくぶん交通量が多かった。最初のうちは走行車線と追い越し車線を行ったり来たりして先を急いだけどいい歳したオッサンのすることじゃないなと思っておとなしく走ることに。すると今度は料金所の手前1キロぐらいの所から流れが詰まり始めた。第3京浜にしては珍しいことだ。 しばらくクルマの間をすり抜けて走った。しかし、やたらと車線変更するクルマが多かったのでゲートの100メートル手前から路肩を通って1番左のレーンへ出ようとするとK察官がズラッと並んでいるではないか。ヤッベ~。慌ててフルブレーキング。スッとクルマとクルマの間に滑り込んだ。無駄な抵抗かとも思ったけどK察官は誰一人としてオレの行動に気づいていない。幸か不幸か取り締まりポイントが”満車”で新規の”お客さん”を迎える場所が無かったからだ。セ~フ!追いかけられることもなく料金を支払い保土ヶ谷PAへ。普段の行いがいいとは思わないけどちょっと、いや、かなりラッキーだった。
2005.07.17
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コンサートに行ったのなんていつ以来だろうか。記憶違いじゃなきゃ広島赴任中の98年か99年にグリーンアリーナでサザンのコンサートを見て以来。そう、今日は静岡・掛川で行われたBank BandのLIVEに行ってきたのだ。片道200キロを往復するのはシンドかったけど井上陽水やトータス松本なんかもゲストで登場したりしてなかなか楽しかった。帰り道。クルマの中のBGMをミスチルのベストにした。ジャッキー・チェンの映画が地上波で放映された翌日にクラス中の男がカンフーの真似事をするように…。最近のには疎いけど2000年以前の曲なら、だいたい歌える。子ども達はグッタリして寝ていたけどオレは構わずに歌った。歌い続けた。すると助手席でウトウトしてた女房から言われた。「よく、それだけ歌詞を覚えてるね」と。これには深~いワケがある。ミスチルがブレークし始めた頃ってのは、まだ独身だった。で、小銭をある程度持っていたもんだから来る日も来る日もオネーちゃんのいる店で飲んだくれていた。で、店内では「え~、何か歌って~」「何かリクエストある?」「ミスチルの○○がいいな~」なんて会話が交わされる。こっちも何とか気を引こうとしてマジメに歌うから歌詞カードのコピーなんて取ったことなくても身体に染み込んでるってワケ。ん~。あの頃は…。異常なほどに飲み屋街で100円玉を使っていた時代だったなぁ。
2005.07.16
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「やっぱ映画を先に観た方が良かったかな」。ボンヤリとエンドロールに目をやりながらひとりごちた。待ちに待った『EP3』。正確に言うと待ちきれずに文庫本を先に読んじゃったんだけど実際に映画館で観た『EP3』には物足りなさを感じずにはいられなかった。オレの嫌いなCGだらけだったからというワケではない。映画と小説でストーリーが変わっていたワケでもない。CMでも使われているアナキンとオビ=ワンの対決シーンなんて本当に見応えがあった。でも…。ダークサイドへと堕ちていくアナキンの心の葛藤が、思ったよりアッサリしていたのがどうにも腑に落ちなかった。オレみたいなハードユーザーには問題ないけど彼氏に連れてこられて「スターウォーズ、初めて観ました」みたいな女の子に理解できるのかなっていうのもあったし…。映画(テレビもそう)には時間的な制約がある。本編は2時間を超えていたけど500ページを超える小説と比べれば稀薄になるのは致し方ないところ。そう考えるとやっぱ映画を先に観てから小説を読むべきだったのかもしれない。
2005.07.15
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帰宅後、午後11時半頃から広島から出張中の同級生とメシを食いに行った。暖簾をくぐったのは横浜市内にあるレバ刺しとタンタン麺の有名な店。「とりあえず生ちょうだい!」と言いたいところだったけど今日はクルマだったから2人してウーロン茶を注文した。さらに、もう夜中だというのに「レバ刺しと餃子を2人前ずつ、それと野菜炒めをお願いします」。「こんな食生活をしてたらヤセられるわけねーよな」。そう言いながらも、せっせと箸を動かした。こんな時、以前なら「最近、ゴルフ行ってる?」とか「オネーちゃん関係はどうなの?」なんて話で盛り上がっていたけどいまはどちらも人の子の親。黙っていても子供の話題になってしまう。「Mちゃんのとこは、もう1歳になった?」「11月生まれじゃけ、8か月かいのう」「病気なんかは大丈夫? 男の子は弱いって聞くけど」「ん~。病気はしとらんのんじゃけど…」歯切れの悪さが気になった。あえて続きを聞こうとはしなかったけど友人は「ウチの息子、アトピーでの。いろいろ大変なんよ」と悩みを打ち明けた。「これ分かる?」そう言ってオレは両腕のヒジの内側を見せた。「今は肩甲骨にしか出ないから分かりづらいかもしれないけど色が違うだろ。もうアトピーとは30年近い付き合いだよ」友人は身を乗り出してオレの話に聞き入っていた。「Mちゃんな、完治させようなんて考えない方がいいよ。ドツボにハマると大変なことになるから」と続けると友人は重い口を開いた。「実はな、何とかしよう思っていろいろと病院にも行ったんよ。よく分からん高い水を買わされたりしての。でも、まったく良くならんのんじゃけ」オレも学者じゃないから詳しいことは分からないけどいろいろと本を読んで勉強した限りステロイド軟こうで症状を少しでも和らげるしか道はない。以前に「ステロイド軟こうこそがアトピーの敵だ」みたいな論調が主流になってた時期もあったけどオレ的には「それこそがウソだ」という結論に達している。「だってな、Mちゃん。ウチの近所にある皮膚科なんて『肌にやさしい化粧水』だとか『体の中からアトピー体質を改善する飲料水』とか言ってべラボーに高い金額でワケの分かんねー水を売っててさ。そんで、その病院の自宅駐車場にはポルシェが2台あんのよ。こういうのをアトピービジネスって言ってさ。人の弱みにつけこむアコギな商売なんだよ」そう一気に捲くし立てると友人は大きく頷いた。そして「オレも最近になってようやく分かったよ。高い水を売りつけてた病院に通ってた時なんか行けば行くほど症状がヒドくなってたんじゃけ。今の先生は『ステロイド軟こうを塗りながら時間をかけて症状を軽くするのがいちばん』っていう考え方での。最近じゃ、ステロイド軟こうに変なイメージしか持ってなかった女房も納得して息子に塗ってるよ」と力説した。 そんな熱いアトピー談義をしているうちに頼んだ料理をすべて平らげていた。フィニッシュは言うまでもなく名物のタンタン麺。友人は「普通」オレは「4倍」(辛さの単位)を注文した。コイツは掛け値ナシにウマい。友人は「普通でこの辛さやったら32倍なんて食った瞬間に火を噴くんじゃないん?」と言いながらズルズルと麺をすすってたけどオレの場合は4倍でも火を噴く。翌朝の便所で…。下半身から…。ちょっと不安だ。
2005.07.14
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長女を幼稚園に送り届け最寄駅に向かって歩いていた時のことだ。ショートカットするために近所にある寺の敷地内を通り抜けようとすると参道のアスファルトに一定間隔でガムテープが貼られていた。 何だろう?よ~く見ると、それぞれに「ヤキソバ」やら「から揚げ」「お好み焼き」と書かれていた。それは週末に予定されている祭りに出店する露店の並び順を示すためのガムテだった。 このところ愚図ついた天気が続いたりビックリするほど肌寒かったりで「さあ、夏だ!」という気分的な盛り上がりがない。でも参道に提灯や露店が並べば「夏だなぁ」と実感するのだろう。 帰宅時に最寄駅から歩いていると自宅近くのマンションの壁にメスのコクワガタが張り付いていた。よく見るとそれはゴキブリだったんだけど帰宅後に『トリビア』を見てると「ゴキブリは夏の季語である」とかなんとか言ってた。夏は、すぐそこまでやって来ているようだ。
2005.07.13
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こんなに悔しい思いをしてのは久しぶりだ。帰宅時の電車で前に立っていたのがカップルだからじゃない。ましてや、そいつらが「オレにも見せてよ~」とイチャイチャしてたからでもない。その2人が引っ張りあっていたブツが『エピソード3』のパンフだったからだ。 過去の5作品は、ほとんど封切日に観ていた。今回もそうしたかったけど先週末はイベントラッシュ。今週末も忙しくて行けそうにない。できることなら仕事をサボって行きたいぐらいだけどそうも出来ないから話題に乗り遅れないよう『EP3』の文庫本を必死になって読んでいる。 そんな人の気も知らないで何が「なかなか良かったよね~」だ。「てめ~、この野郎! 少しでも会話が内容に踏み込んだら ただじゃおかね~ぞ!」そう心の中で叫びながらすし詰めの京浜東北線で『EP3』を黙々と読んだ。
2005.07.12
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「夏休みの希望日を早めに出してくれよ」先週あたりから上司にせっつかれていた。さて、どうしよう。認められている休みは平日5~6日で一括でも分割でも選択可能。そんな時に広島で世話になっていたショップのHPを見ていたら8月半ばにロングツーリングの予定があると告知されていた。どこへ行くんだろう?気になったので電話をしてみると目的地は北陸だという。 北陸…。去年の夏休みにも能登半島1周ツーを計画した。結果は集中豪雨のため2日目にして打ち切り。その後にドラマチックな展開もあってツーリングそのものは有意義なものだったんだけど走りに関して言えば不完全燃焼だった。そんなこともあって北陸ツーには興味津々。細かい計画は後から考えるとして大まかな行き先が決まったのは前進だ。 出発は8月12日。広島からやって来るチームはビジホに泊まって金沢の夜を楽しむようだけど金銭面に難のあるオレはキャンプ場で野宿するつもり。でも、そんなことはどーでもいい。またロングツーリングに行けるってことに意味がある。 1年ぶりの北陸まで、あと1か月。いまからワクワクしてきた。
2005.07.11
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帰宅したのは午前6時過ぎ。もう頭も体もフラフラだった。新聞にサッと目を通して就寝したのが午前8時近くだっただろうか。寝ている間に何度となく娘たちに乗られたり叩かれたりしたけど歯を食いしばって午後1時過ぎまで寝た。「買い物行こうよ」。重い体を起こしてクルマで近所のスーパーに出かけた。当初の予定では近所の焼き鳥屋でバースデーパーティーをすることになっていたんだけど体もダルいし、気乗りもしないから自宅で手巻き寿司をすることに。娘たちも「未体験」の食事スタイルに心を躍らせていた。 帰宅後は、また昼寝。目が覚めたときには林家たい平が座布団運びの山田くんに蹴りを入れられていた。 食後は次女、長女の順で娘たちとシャワーを浴びて9時前には就寝。せっかくの晴れた誕生日だったのに今日は寝てばかりだった。
2005.07.10
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最大の見せ場は9回二死一塁から訪れた。マウンド上には完封勝利目前の松坂。この日、4度目の打席に入った4番・松中は何とか意地を見せたかった。「グシャッ」。思いっきり差し込まれた打球は力なく三塁線に沿って転がっていった。結果は内野安打。さらに、続くも死球で出塁し願ってもない満塁のチャンスが巡ってきた。 点差は4点。6番・ズレータに一発が出れば同点だ。15連勝もした底力はダテじゃない。松中の内野安打も城島の死球も考えようによっては神がかっていた。「何かが起こるんじゃないか」。そう思った瞬間にズレータが空振り三振を喫して連勝記録は「15」でストップした。 インボイス西武ドームは遠かった。往きも自宅から電車で2時間近くかかった。球場も不便だった。内野のA指定席に座ってたんだけど便所に行くだけで階段を計50段ぐらい登らなきゃいけない。ビールは千葉マリンより100円高い700円。何から何まで客を馬鹿にしたような球場だったけど松坂を始め、選手がみんな精一杯のプレーを見せてくれたから少しだけ救われたような気がした。
2005.07.09
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ついに、ついにヤツがやってくる。初めてヤツに会ったのは小学校3年生の時だった。オヤジと2人で出かけた横須賀中央の映画館で。本当は弟も一緒に来るはずだったんだけど彼は前日にアキレス腱を切って自室のベッドで横たわっていた。ま、そんなことはど~でもいいんだけどオレはヤツとの対面にある種のカルチャーショックを受けた。 生まれて初めて映画館に足を踏み入れたからだったのか。それとも最新技術を駆使したSF超大作だったからなのか。当時の率直な気持ちはよく覚えてないけど黒ずくめのヤツの容姿は強烈な印象として残っている。あの独特な呼吸音はしばらく耳にこびり付いて離れなかった。 あれから27年。タトウィーンの砂漠で奴隷の子供として生を受けたアナキン・スカイウォーカーは数奇な運命を経て、ついに黒いマスクを手に入れる。 ダース・ヴェイダー早くヤツに会いたい。
2005.07.08
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仕事が終ったのは8時半。普段なら、まっすぐ帰るところだけど今日はちょっと事情が違った。用があって都内に出没していた女房から「時間が合うようだったら一緒に帰ろう」と声をかけられていたからだ。 平日に夫婦で一緒に外出するなんて滅多にない。家で子ども達の面倒を見させられている義妹には申し訳ないとも思ったけどせっかくの機会だし女房と食事でもして帰ることにした。 そんな時に前の部署で世話になった先輩から「今日は何か用事ある?」と声をかけられた。会社で逢うのは久しぶりだったし話したいことは山ほどあったので「ないワケじゃないけど、いいっすよ」と即答。事情を知った先輩は「そんな、無理しなくていいよ」と引き気味だったけど3人で夜の街へ出ることになった。 しかし女房からの連絡がない。なかなか用事が済まなかったこともあって「今から出ます」という電話があったのは10時チョイ前。合流地点への到着は11時近くになるという。「まー、いいから来なよ」。最寄駅から「いま、着いた」の連絡が入った時には10時36分だった。 先輩の仕事が思った以上に時間がかかったこともあって目当ての鹿児島料理店に入ったのが10時チョイ過ぎ。女房の到着は注文した料理が全て出揃った瞬間だった。 話題を仕事の話から夏休みの過ごし方に切り替え料理や焼酎を堪能すること1時間。アッという間に終電を気にしなきゃいけない時間になった。「間に合うの?」「あ~、東京駅までタクシーで行けば問題ないよ」女房は「タクシー」という言葉に敏感に反応していたけど自宅まで乗っていくことやマンガ喫茶で夜明かしすることを考えれば安いもの。八重洲口まで、すっ飛んで行ってもらった。 女房は電車の中で舟を漕いでいた。無理もない。朝も早くから洗濯物を干したり長女の弁当を作っているのだから。かえって負担をかけてしまったかもしれないけどこういうデートも悪くない。「たまには」だけど…。
2005.07.07
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いつの頃からなのかエスカレーターに乗るときは急ぐ人のために片側を空けるようになった。大阪なら左側、東京なら右側を。記憶が確かなら学生時代に訪れたパリでも地下鉄では、そんな感じだった。オレみたいなセッカチな人間には実に都合のいいシステムだ。 でも、長い登りのエスカレーターだと機械の力に身を委ねるケースが多い。東京駅なら総武線や京葉線といった地下ホームから地上へ上がってくる時。りんかい線の大井町駅や半蔵門線の永田町なんかも異常な長さで”追い越し車線”を利用する人は、ほとんどいない。 そんな名物エスカレーターでも隊列が乱れることがある。ミニスカートをはいたギャルが先行した場合だ。近づきすぎても離れすぎてもお宝にありつけないってことなのだろうか。微妙な距離を保つために”追い越し車線"に出たり”走行車線”に戻ったりの激しいポジション争いが展開される。元気のいいオジサンなんかだと”追い越し車線”越しにお宝を拝見。ツジツマを合わせるために最後まで登りきってしまう剛の者までいる。 かの坂本九が歌ったように上を向いて歩いていれば何か、いいことがあるってことなのだろうか。エスカレーターのベルトに頬杖をつきながらまた無意味なことを考えてしまった。
2005.07.06
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会社を出たときには曇っていただけの空が最寄駅へ着くと泣き出していた。あいた、た、た。井上陽水じゃないけど「傘がない」。自宅まではタクシーに乗るほどの距離じゃないし女房に「迎えに来てくれ」と頼むのも気が引ける。 あ、そうだ。布製のカバンの中を覗くと夕刊スポーツ紙が入っていた。電車に乗るとき何の気なしに買ったものだ。「これでいいや」。新聞紙を広げて頭を覆い雨をしのぎながら早足で自宅へ帰った。 考えてみると新聞紙ってヤツは使い勝手がいい。今日みたいに傘のかわりにもなるし外でバーベキューをする時などは着火材になる。筒状に丸めればゴキブリを叩き殺すこともできるし冬場にツーリングをする時などはトレーナーとジャンバーの間に挟めば保温効果まで得ることができる。 最近ではパソコンや携帯電話の発達で新聞を含めた紙媒体は右肩下がりだと聞く。実際に速報的な情報を得るだけならそれらの電子機器で事足りる。でもパソコンや携帯電話では雨をしのげないしキャンプ場で炭火を熾すこともできない。ましてやゴキブリを殺すために叩きつけるワケにもいかない。上から読んでも下から読んでも「しんぶんし」というだけでなく情報も得られるばかりかいろんな利用法のある新聞紙はかなり偉大な存在だ。
2005.07.05
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ダルビッシュ観たさに今日は会社の連中と3人で東京ドームへ行った。日本ハム対ロッテ。ま、どっちが勝っても良かったんだけどどうにも解せないシーンがあった。 ビールの飲みすぎで細かいシチュエーションは忘れちゃったけど確か、同店で迎えた5回のロッテの攻撃だった。マウンド上は高卒ルーキーのダルビッシュ。ヒットと四球で無死一、二塁の場面だ。ベンチからの堀への指示は送りバントだった。成功すれば一死二、三塁。暴投が許されないばかりか外野フライやボテボテの内野ゴロでも勝ち越し点が入る。場馴れしていないルーキーをつぶすには最善の作戦だ。ましてや打席に入ったのはプロで15年以上もメシを食っているベテラン。圧倒的に成功する確率が高かったのにカウント1-2からヒッティングに変わった。「アホか!」オレたちの叫び声も虚しく堀は三振。後続も倒れて1点も入らなかった。 明らかに采配ミスだ。結果的には延長戦の末にロッテが勝ったけどそれは相手がサイコーに弱い日本ハムだったから。あの青い目の指揮官にはありがちといえばありがちなんだけど自分がヒーローになりたいのか動かなくていいところで動きそして失敗する傾向が強い。今日の展開で勝てたのはロッテのセットアッパー・薮田と日本ハムのへタレ中継ぎ陣にハッキリとした実力差があったからに過ぎない。 この手のハナシはサラリーマン社会にも同じことが言える。困った時こそ指揮官はどっしり構えて部下を信用してやるべきなのだ。そして部下が失敗した時に指揮官が責任を取ってくれるなら誰だって死ぬ気でついて行く。「そういう上司っていないですよね」。今日はマクロなネタを肴に妙に盛り上がった。
2005.07.04
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ボケッとテレビを見ていたら5時から『笑点』が始まった。理由は巨人対広島が5時スタートだからだ。しかも今日は長嶋さんがスタンドから観戦するという。 こん平の復帰がいつになるのかも興味深いところだけどミスターが、どんな姿でファンの前に登場するのか気になって仕方がなかった。 実際のところオレは長嶋茂雄の現役時代を知らない。見ていたかもしれないけど、記憶に残っているのは「N」ではなく「O」だ。野球少年だったというワケではないけどベーブルースの記録を破った715号もハンクアーロンを抜き去った756号も鮮明に覚えている。なぜなら、それらは社会現象であり国民的関心事だったからだ。それにオヤジと同じ65歳にしていまだに勝敗や1プレー、1プレーに一喜一憂できる王貞治の若さは尊敬に値する。 そういう意味で言うと長嶋茂雄ってのはオレの中では「長嶋選手」じゃなくて「長嶋監督」。王さんに比べると親近感は薄い。でもインパクトという点で長嶋さんは王さんを圧倒している。何よりも、日本シリーズ第1戦の打撃練習後に「サバという字はどんな字でしたっけ?あ~、魚へんにブルーですか、ど~も~」と言ってのけたセンスは日本中捜しても長嶋さんしか持ち合わせていない。 そのミスター・プロ野球が昨年3月に脳梗塞で倒れて以来初めて公の場に姿を現した。元気そうに左手を振りながら満面の笑みを浮かべていたけど右手は終始、ポケットに突っ込んだままだった。そして着席すると右足の位置を左手で修正していた。年齢的なことや倒れた時の状況からすれば驚異的な回復なのかもしれないがあの様子では北京五輪で指揮を執ることなど不可能だろう。 でも、そんなことはどうでもいい。立って球場に現れただけでスゴいことだしその姿を見て、何人の人間が勇気づけられたことか。死ぬまで長嶋茂雄でありつづけることは常人には想像もつかないことだろうが長嶋茂雄に生まれてきてしまった以上はその責任を果たさなければならない。それを分かっているからこそ長嶋茂雄は右手をポケットに隠してでもファンの前に姿を現したのだろう。やっぱ、スゴい人だ。
2005.07.03
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クルマで港北ニュータウンへ買い物に行くと東急百貨店の入口に短冊のブラ下がった笹が何本も立っていた。その頃、女房と長女が買い物に夢中だったので次女と2人で短冊に願い事を書きに行くことに。「何て書く?」2歳の次女には難しい質問だったのかもしれない。ワケもわからずモジモジしていたから今度はこっちからネタを振った。「マジピンクになりたい?」。すると次女が「うん!」と大きくうなづいたので「大きくなったらマジピンクになりたい」と書いてあげた。 もちろん長女も黙っていない。「じゃ、マジブルーになりたいって書いて!」。すると傍らで女房も何事かを短冊に綴っていた。「背が伸びますように…」。オレだけ仲間ハズレってのも嫌だったからもちろん書いた。「ヤセたい…」って。しかもアンパンマンのイラスト入りで。 周囲を見渡すと「家族が健康でいられますように」やら「宝くじがあたりますように」なんてオーソドックスなものから「お父さんが早く出所できますように」なんていうウケ狙いのギャグ系まで色々な短冊があった。いずれも、かなう確率がゼロではないものばかりだったけど我が家に関していえば、かなう可能性は皆無だろう。マジレンジャーしかり、ダイエットしかり…。
2005.07.02
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朝、ズボンをはこうとした時にビックリするようなことに気づいた。お気に入りのコーデュロイのパンツの股の部分がよく見ると光を通しているではないか…。なぜ?穴じゃない。磨り減って生地が薄くなっている。その凸凹の削れ具合からいって原因が股ズレであることは容易に想像がついた。 これが股ズレじゃなくてタマズレとか竿ズレ?なら豪気なハナシだけどそんなワケはなく脂肪のタップリついたモモ肉が歩くたびに擦れあっているのだ。 今日は代用のズボンがなかったからそのままはいて行っちゃったけど擦り切れてからでは遅いのでコーデュロイのパンツは”現役引退”ということになりそうだが…。あああぁぁぁぁ、情けない。
2005.07.01
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