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22日に完了予定だったはずの仕事のフォローがあり、また例年のようにシラバスと時間割作成があり、社会人入学生の既修得単位認定の準備やら、非常勤の先生方への準備やら、結局日曜祝日を除き、連日の出勤。学内での最長滞在時間は13時間を記録した。働いたなぁ、自分。 職場周辺は計画停電の地域に入っているため、昼前後に停電の時間帯の来る日は、仕事も滞る。だが、ヒトもすぐに慣れるもので、停電の時間帯には端末などを使用しない仕事(いわゆる力仕事ってやつですね)ができるよう、上手く配分できるようになった。それにしても、力仕事って???
2011/03/31
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卒業式を挙行できなかったため、卒業生への配送などを行いつつ、新年度への準備が進む。で、本日は、新2年生の有志を募り、壁面(幼稚園などでよく見られる壁の飾り)の作成を行う。集まってくれた6人に様々な材料を提示し、「新入生や子育て支援センターを新たに利用する方々に向けた、4月の壁面」を課題として、壁面作成にとりかかった。 佐藤の(本来の)研究分野からすれば、こうした内容のものは正規の授業では行えないけれども、こういうフリーの時間を使うならば問題ない。本年度の学科予算で買い貯めてきた様々な工作素材を使って、学生が互いに意見を出し合って4月らしい壁面ができあがった。 ねぎらいのランチを振る舞い(本八幡だけど)、再び職場へ。あれやこれや、教務がらみの仕事に勤しむ。
2011/03/28
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この1週間は舞台鑑賞漬けの日々の予定であった。本日も宝生会春の別会能第1日であったが、早々に中止(7月に延期)の英断が下された。 ここ数年、別会第1日目の午前にマサオのお目覚め&クロメダカ水槽のリセットを行っている。しかし、今年はいつになく気温が上がらず、こちらも延期。持ち帰りの仕事をやったり、本を読んだりして、のんびり過ごす久々の一日となった。
2011/03/27
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昨日の公演同様、一仕事終えた自分へのご褒美予定だった能楽鑑賞。だが、先般の地震の影響で、3月の国立劇場系の公演はすべて中止。 実は18日に大劇場で鑑賞予定だった歌舞伎公演も中止だったので、本日もないのは既に承知の上で、仕事に出たのだが・・・・・・。昼過ぎに自宅から電話があり、公演中止の連絡が入ったとのことであった。いや、わかってるけど、っていうか、この時間に自宅に電話しても、普通、連絡取れないんじゃあ・・・・・・宝生会は早々に連絡をくださったけれど・・・・・・ 本日予定されていた公演は狂言「川上」と能「調伏曾我」。「調伏曾我」は平成21年度の公演予定(22年3月)にも当初組まれていたのに、上演されなかったもの。今年もまた流れてしまった。滅多に上演されない曲で、<不動>の面を使用する点でも興味深いが、どうも縁がないようだ。
2011/03/24
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14・15日は震災後の様子見ということで特別休暇、その後16日からは連日の出勤が続く。千葉県内でも被災なさった家庭があるという。1日も早く、復旧されることを祈る。 22日に仕事のとりあえずの完了予定があったので、本日は自分へのご褒美用に予約購入した舞台鑑賞。シアターコクーンにて、こまつ座公演(井上ひさし追悼ファイナル)「日本人のへそ」を観る。 掛詞というか、音の連想によって紡がれていく言葉言葉言葉。謡曲や歌舞伎台本にも似た言葉の響きが耳に心地よい。この辺りは、井上ひさしの真骨頂であろうか。 舞台は、吃音治療のための芝居という設定で始まる劇中劇と思っていると、第1幕ラストで、その吃音治療という設定さえも劇だったという入れ子型構造の展開。そこに殺人事件もからみ、第2幕は犯人捜しへ突入。二転三転するスピード感ある展開が面白い。追悼公演ということで、19年ぶりの上演とのこと。吃音を扱う点で公演を避けていたのだろうか、かなり面白いストーリーだと思う。もう1公演くらい、チケットを取っておけば良かった。
2011/03/23
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宝生会は普通通り能の会を開いたのだろうか。もちろん行く気は起きない。 学長と相談して朝一番でソフトテニス部の謝恩会の中止を決める。飲食の手配をしていた業者にキャンセルの電話をかけたところ、どこもキャンセル料の請求などもなく、受けて下さった。お見えになるはずだった外部の方々にも連絡をし、寮のソフトテニス部学生に連絡を取る。 これまでここの日記で記しているように、勤務先はソフトテニス部の学生を積極的に受け入れている。例年、高校卒業式を終えるとただちにこちらに来てもらい、4月以降の大会に向けて練習を始めているのだが、今年の新入生のうちの2名の実家が、宮城と岩手、それもテレビで報道される町の出身だったのだ。2人とも親御さんと連絡が取れないまま今日まできていたが、今日になってようやく無事だったと確認が取れた。家の被害は大きかったようだが、ご家族の無事が確認できたことが幸いであった。
2011/03/13
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東北から北関東のいたましい災害を気にしながらも、大切な学生を預かる教員としては出勤しなければならない。昨日から各担任がクラスの学生の安否を確認し、自分もソフトテニス部の学生を含めた寮と連絡を取っていた。クラス全員の連絡を確認するため、昨晩から一睡もしていない教員もいた。各担任の先生がさっさとこういう行動を取るというのは大きな大学ではないことかもしれないが、誇って良いことと思う。 研究室に入ってみたら、オレンジ色のミシマが数冊落下。よりによって、その下にあったノートPC(大学からの支給品)を直撃したせいか、スクリーンには、右端から左に向かって蜘蛛の巣のような亀裂が写っていた。こんな小さな部屋なのに、自宅よりも被害が大きい(涙)。 千葉県もあちこちで被害が出ていて、九十九里方面ばかりか、東京湾岸にも甚大な被害の出ていたことを知る。意外だったのは東京ディズニーランドの被害も報道された浦安市。東京の隣であるし、揺れ自体はそれほど大きくなかったはずだが、海岸線近くは道路がゆがみ、液状化現象も起こっていたという。断水も起こっているらしい。ほんのちょっとのところ、目と鼻の先でこういうことが起こっている。これが浦安ではなくて、東京の海岸沿いだったら、被害の規模も桁違いだろう。
2011/03/12
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悪夢の大地震から1週間が経過した。手をさしのべることもできず、ただただ無力であることを痛感し、安心できる生活が陸奥の地に1日でも早く訪れることを祈るばかりである。 11日当日、自分は幸いなことに出勤をしていなかった。3月に入って、研究日も関係なく毎日出勤している中で、たまたま自宅で持ち帰り仕事をすればよいという日だった。2時過ぎにちょっと人に会う約束があり、大井町にいた時に地震に遭った。ビルがゆらゆらと揺れたので尋常ではないと思いつつ、免震構造のためか、正直ここまですさまじいことになっていると、その時は思わなかった。だが、JRも私鉄もすぐにストップで人々がわらわらと駅前にあふれ、そうかと思っているうちに台場の方やら湾岸の方で煙が上がり始め、これは想像以上かもと思って急いで帰宅した。 自宅もおかげさまで被害は皆無であった。家にいた母は、巨大な揺れに肝をつぶしていたようだが、築65年のぼろ屋は何とか持ちこたえ、鍋が1つと、2列に重ねていた本のうちの数冊が落ちたのみ。ご先祖様(建てたのは祖父の弟)に感謝である。その一方、テレビの向こうに流れる東北の光景は、おもわず「逃げろっ」と声をかけてしまうほどの凄絶なものだった。 さて、我が家のチャオは佐藤のベッドの上で寝ていた。動物的本能はないのか?と疑問に思う。そう話していて、ふと気づいたのが、昨日10日のできごと。昨日、母がちょっと玄関の戸を開けた瞬間にダッシュで家を抜け出したのだ。だが、外での生活に慣れないチャオは裏庭から少し歩き回ってすぐに戻ってきた。通常、脱走はほとんどない猫なので、もしかしたら異変を察知していたのかもしれない。
2011/03/11
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