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マリーどす。いよいよあつうなってきましたなあ。うちの家はプラスチックの水槽型やから、空気がこもってしもて、この時季なかなかしんどいんどす。せやのにうちの人、涼しい金網タイプのケージに入れ替えてくれやらへん。なんでも、うちが歯をいためてるから、金網を齧ってますます悪うしたらあかん、とか思たはるみたいなんやけど、うちの歯のことはほっといておくれやす。粉もんとお豆腐さえいただければ特に差し支えはおへんのやから。ええやん、ともぞうはん、ケージ替えて~替えて~。替えておくれやす~。…ま、ねだっても無理でしょうな。うちの人頑固ですさかいに。せやからうちは、毎日ちょっとでも寝やすいところを探して、家中を歩き回るんどす。そしたらこないだは、こんなええとこ見つけましてん。お腹も背中もプラスチックにぴったりくっつけられてしあわせ~。しばらくこの姿勢でいたら、うちの人がなんか冷たいもんを外側からあててくれはって、ひんやりええ気持ち~。。。まあ、それやったらもうしばらくはここでしんぼうしときます。真夏になる前にお引越し、考えてくれはりますように。
2007.06.30
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友達とカラオケへ行った。この人とは以前よく一緒に行っていて、どんな個性的な歌でも自分の持ち歌として歌い上げる彼女の芸人魂(怒られそうだ)に感服しつつ、2人でPUFFYやらSPEED(少々無理が……)やらを練習したものだった。なのに、なんてしばらくぶり。歌って、歌いなれていないとどんどん声が出なくなる。このごろカラオケに行く機会も減ったねえ。なにを歌おうかねえ、などと言いつつ。それぞれぽつりぽつりと歌う。あんまり新しい歌が増えてないねえ、私も増えてないねえ、とも言いながら、お互い歌った一番新しい歌は、「CHE.R.RY」と「ウエディング・ソング」。その他はまあそれなりで。斉藤和義、といえば、かつて好きだった「幸福な朝食、退屈な夕食」を一緒に歌って終わりにする。これからはまたどんどん行こう、歌ってまた上手になろう、と話して別れた。歌うたいは楽しい。さして上手ではないけど、カラオケに行こうと言われればまずたいてい行きますなどと、かつて職場の新人研修にて、自己紹介書に書いた私である。その日から、またすっかり歌うたいのくせがついて毎日家で歌っているのだった。テレビを見ながら、、、お風呂に入りながら、、、おふとんに入ってからも。。。マリーちゃんに迷惑、というか、お隣さんに迷惑だったらごめんなさい。
2007.06.26
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うちのマリーちゃんがしばらく前から固形のハムフードを食べなくなった。器から寝床(兼トイレ)に持ち出しはするが、隅っこにこっそり溜め込んでいる。でも食欲はあるらしく、毎日帰ると回し車を猛スピードで回して一生懸命アピールする。また、好き嫌い言うて、と夏場に向けて体力を落とさせたくない飼い主は好きなものに逃げることを許さず、さらにハムフードを追加していたのだが、ある日ふと、これはもしかして、と思い至り、マリーちゃんを持ち上げて大抵抗を受けながらの口内検査をしたところ、またしても歯がなくなっていた。またしても、というのは、先代のハムがケージを噛みすぎたために歯が傷んで抜けてしまって、毎日の食事に難儀したことがあったためである。前回の場合は上の歯がすっかりなくなっていたが、マリーちゃんの場合は折れてしまったらしく、まだ根元の部分が少し残っているのが救いだった。にしてもなんで。かつての苦い経験から、今回はプラスチックの水槽タイプのケージに入れていたのに。齧り木も入れていたのに。そういえば木よりも回し車の台座のプラスチックをつるつるになるまで齧っていたけど。。。もう。マリーはん。まだ若いのにこれから毎日どないしはるんですか。と、心の中で話しかけながら、毎朝毎晩ハムフードをすりつぶしてあげている。これまでのように、袋から出してすぐ食べさせるというわけにいかないのにマリーちゃんは、ごはんまだかまだかと、全速力で車を回す。ちょっと待っておくれやす。こなごなのハムフードは少し食べにくそうにするのでお豆腐と菜っ葉もあげる。これまで食べたことのなかったこのお豆腐が、マリーちゃんの現在の一番の好物だ。冷蔵庫にお豆腐を欠かさない飼い主。でもマリーちゃんが食べるのはほんの少し。できるだけ新鮮なうちに食べさせたいと思えば、自らせっせと食べることになる。それでも、明日も買うたげよ、買うたげよ、と心の中でそっとメモるのだった。
2007.06.24
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このところ職場にて、次のような調査を何件か承った。「○○年頃に△△に勤めていたのだが、その場所と連絡先を知りたい」とか「○○年頃にあった、△△という会社の所在地を地図で確認したい」というもの。よく聞くと、「社会保険庁に行って来たんだけど」、と始まる。勤めていたという事実確認に必要なんだそうだ。そこで、古い電話帳や古い地図をご覧いただくことになる。中には、「保険料を払った記録は間違いなくあったので安心した」とおっしゃる方もいる。のだが、その場合今度は「子どものころの社会保障制度について知りたい。親がどんな負担をしてくれていたのか調べたい」という別の調査をいただいたりする。いつ頃かというと昭和初期。で、そのころの資料をお探しすることになるのだった。私の勤め先は年金問題とほぼ関係ない。でもこんなところにまでかの問題が波及してくるんだなあと私自身も年金の記録を調べないとなあ、と思いつつもテレビの向こうでまだどこか遠いと思っていたできごとが一気に体温を持ち始める感じ。
2007.06.22
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浴衣を買った。来月は習っている狂言のおさらい会があるのだけど、今回は本格的な衣装を着るのではなく、上は浴衣、下は袴、である。諸事情により、昼前から浴衣で出歩くつもりである。が、持っている浴衣がどうも出歩きにくい。一枚は山吹色に紫がかった「どピンク」の花模様で、かつてはそれなりに似合ったものだが、もはや派手すぎ。もう一枚は紺地に茂山千之丞さんのお名前と狐の絵が白抜きになっているもので、万人に似合う感じ。去年、狂言の会のみんなで採寸して仕立ててもらった。なのに、なぜかデカイ!自分では着付けがうまくできない、のであった。このたびは、持っているものとダブるけど、主に紺地を目あてに買いに行く。手持ちの帯と合わせて選んで、まず何枚か羽織らせてもらった。中に、浅い青とピンクの花模様の入ったのがあってまあ、これかな、と思ったけど、青の分量が多すぎてしっくりせず、つづけて紫色のと白いのとを着てみる。紫のはピンクの花柄だったせいか、かわいらしすぎでだめ。白いのは、着るなり「病人が寝巻を着てそこにいます」みたいになってだめ。白は普段着るのだけど、着物だとなんか予想と違う。で、そういえば黒を着てなかったなと思い、帯に合わせて薄桃色の花模様のを着せてもらったところ、店員さんも私も「なんだ、これじゃん」という気になった。他の黒は全く見ず、「じゃあ、それ包んでおいて下さる?」風に即決でいただく。店員さんも私も晴れ晴れすっきり。お互いにっこり笑って円満に別れた。あとは着付けの練習だ。それと、狂言の練習なのだった……。
2007.06.19
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仕事帰り、牡蠣の食べ放題に赴く。ノロウィルスがはやったために、冬場でもなかなか口にしなかった生牡蠣。梅雨時にどうかなあ…と思いつつ、バイキングと銘打って堂々と食べさせるからには大丈夫だろう、と職場の人と計画した。行く日が決まってからは一日に何回も、「生牡蠣だ~生牡蠣だ~」と、うっとり。39個食べたとか、30個余り食べたとか、頼もしい話を聞いていたので私もまあ、30個は食べよう、と思っていた。日替わりで用意される牡蠣。行ってみたら厚岸、釜石(だったかな?)、タスマニア、ニュージーランド産の4種が本日のメニューに入っていた。それぞれ味も大きさも違う。4種が乗ったプレートごとにお代わりをし、牡蠣フライをはさみつつ、ワインと一緒にいただく。ソースが3種類用意されていたけど、牡蠣のもともとの塩気と絞ったレモンだけでほぼ十分。おいしいねえ、おいしいねえ、と言いながら16個までは快調。こんなに一度に食べたのは初めてで、自分の限界がわからない感じ。でも20個を食べきるころにはお腹が生っぽくなってきた。それぞれだいたい22個食べたあたりで終了する。生ものの限界はいつも予想より早く来るのだった。お腹は牡蠣でみちみち。濃いコーヒーで少し落ち着いたけど今度はどうしても塩気のある温かいものが食べたくなって帰ってお茶漬けと濃い緑茶をいただく。大満足。たぶん一生記憶に残る夕食。でも案外、ちょこっと注文して大切に食べた方が、気分的においしいかも。
2007.06.16
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国分太一さん扮する落語家の“三つ葉”。落語は大好きだけど伸び悩んでいる。そんな彼が、落語を人に教えることになる。教わるのは、いつも怒っているような顔の若い女の子と、転向してきたばかりで学校になじめない子どもと、野球解説の下手なもとプロ野球選手。この4人に共通するのは、人に話をして言いたいことを伝えるのが苦手、ということらしい。らしい、のだけど、どうももひとつ伝わってこない。最終的には4人がそれぞれがんばった結果、それなりのハッピーエンドを迎えるのだけど三つ葉さんがなんでそんなに教える相手に惹かれるのかわからない。おそらく自分を見ているようで、みたいなことがあるのかもしれないけど、伝わってくるものがないので単に頭で推測しているだけだ。原作は佐藤多佳子さん。この人の小説はわりと好きな方なので、もしかしたら原作はもっといいんじゃないかなと残念に思う。同じ落語ものでは先日見た『タイガー&ドラゴン』の方が断然よかった。あちらではキャラが、「そんなやつおらんやろ~」と思うくらいにくっきりはっきり描いてあったので、何で今この人がこんな話をするのか、とかそれを聞いた人がどんな風に聞くのか、とかとてもわかりやすかった。でも日常的にはそんな濃いキャラばかりで世間は回っていない。さして濃さの感じられない、どちらかといえば内省的なキャラクターの方が身近にたくさんいるので私もごく自然にそんなキャラを描きたい思うけどそういう、表面的にはうすいキャラクターほど、行動を起こさせるための伏線となる描写が難しい、とまじめに思った。まして映像表現であればなおのことかと思われる。今度原作読んでみよう。
2007.06.14
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マリーどす。ちょっときいてくれはる?だいたい、うちは砂風呂と寝床を一緒にして、ついでにそこをトイレにも使う、その砂でまた砂浴びする、いうライフスタイルが好みで、ひととおり浴びたあとは夜中にその砂を外に蹴り出すことが一番の楽しみなんやけど、うちの人、それがずうっと気に入らんかったみたいで、そんなことするんやったらもう家ごとお風呂にしたげよか? とか言うて、試しにこれ使ってみよし、とか言うて、よそのお宅から、なんか土みたいな、おがくずみたいなんがいっぱい入ったケースを借りて来ゃはってん。ほんま、極端なお人ですやろ? ほんで、そこに普段うちが入ってるお風呂兼寝床兼トイレの入れもんを置かはったん。うちは気がすすまへんかったんやけど、いちおう顔は出してみたんどす。まあ、ちょっと見るくらいはなんも害はおへんやろ? せやけどそれがなんか黒うて、匂いでみたらよそさんの匂いがしますねん。聞いたらどうも、シロさん、いう、よその男はんが1回使うてはったやつみたいで、もう、かなんわともぞうはん、うちは白うて、さらさらした砂が好きなんどす、ましてよそのお人の使いさしの土なんかにはようつかりまへん、さっさとかえしておくれやす、言うて知らん顔してましてん。せやけど、うちの人も強情ですさかいに、なかなか戻してくれはらへん。だんだんうちもなんとのう気になってきて、そうろと土の上に出てみたんどす。黒い土の感触は、思うてたよりも乾いてましたわ。ぱらぱらしてて、普段の砂よりは粗いんやけど、その分堀りがいがある、言うか、さすがにケースいっぱいに入ってるだけあって、いくらもぐっても底に行き着かへん。ぐんぐん掘っていって、あれ?上はどっちやったっけ?と思て慌てて掘りもどる、いうのを繰り返してしまいましたわ。そんなんしてたらようやくもとのところに戻してくれはったんやけど、うちの白い鼻先も、ぽやんとしたおしりも、なんとのう黒うなってしもて、あとの毛づくろいがたいへんでしたわ。おかげでいつもよりきれいになった、いうか。この土の名前はなんか、「毛づやピカピカマット」?とかいうらしいんどす。だからといってべつにおもしろいことはおへんけど。いや、ほんまに。ともぞうはん、ほんのときどき、いうか、1日1回、いうか、まあそんなんで、堪忍しとくれやす。新しい土やったら、うちも考えんことはない、かも知れまへんけど。どっちにしても初めてのモンは、なんか緊張するんどす。見て。うちの顔、えらいしかめっ面になってますやろ。
2007.06.11
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私の基本的な話し言葉はたぶん、比較的くせのない関西方言だ。関西方言といってもいろいろで、大きく分けて大阪の人と神戸の人と京都の人はそれぞれ違う。子どものころからあちこち引っ越ししていた私は、子どもなりの羞恥心が強かったため、外ではその土地土地の方言を使い、家の中では親と同じ言葉を使っていた。うちの両親は淡いめの京都弁を話す。そのころは、親や親戚の話す京都弁以外の関西方言を聞いたことがなかったので、京都弁というのが大阪や神戸の言葉とどう違うのか実感としては全く知らなかった。約20年程前に関西に帰ってきてからできた友達には、神戸の人や大阪の人がいた。知らず知らずのうちに彼らの言葉がうつってしまって、「○○しやんと」(←たぶん奈良の方面の人の言う「○○しないと」という言葉)とか「○○しとってやった」(←神戸方面の人の言う「○○なさった」という言葉)とか「○○せえへん」(←大阪方面の人の言う「○○しない」という言葉。京都では「○○しいひん」と言うかと……)とかを時々親の前で使ってしまい、ひどく奇異な顔をされた覚えがある。それからは同じ関西方言といえどもできるだけネイティブな言葉を使っていこうと、意味もなく決めた。言葉は割とすぐうつる。身近な人の口ぐせもうつる。言葉に関しては憑依体質な私は、よほど気をつけていないといとも簡単に。方言とは違うけど、数年前よく一緒にいた友達の口ぐせに、「全然いいよ」というのがあった。文法上は間違っているけれど、その言葉を口にする時の彼女のやさしげな雰囲気やあえて文法的に正しくない言葉を使うことでたぶん出てくる、相手を緊張させない隙がとても感じがよくて、いつのまにか真似して使うようになった。言葉は、日常的に一緒に過ごす相手のものでないと影響を受けにくい。時に、具体的な口ぐせの伝播を見ることがあるけれどそういう時は、この人も私と一緒だ、とほほえましくもあり若干、気恥ずかしくもある。言葉を通して、その向こうを垣間見てしまいそうな……。たぶん考えすぎだけれど、余計なものを見てしまった。そんな気がすることがある。
2007.06.06
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仕事柄、「あるもの」を毎日何回も持ち運ぶ。それを扱うのが私の仕事なのだけどその「あるもの」をいくつもまとめて持つことが多く、けっこう力がいる。ところが過去3年くらい、この「あるもの」をほとんど全くさわっていなかった。毎日パソコンに向かって、パソコン等の関連の仕事をしていたためである。それが、人事異動で久しぶりに「あるもの」を扱う仕事に戻って約ひと月。しかも「あるもの」の中でもひときわ重い種類のものをよく手にするためか、このごろ手首の小指側の筋が痛い。「あるもの」をいくつか重ねて持ち上げるときに、両手首が小指の方向に曲がった状態で、負荷がかかっているためと思われる。ついでに左の人差し指も、突き指したみたいに痛い。これは、ある日、見た目以上に重い「あるもの」を何の気なしに持ち上げた時にグキッとなった覚えが。。。なんてシロウトな!、とちょっとなさけない。と同時に、かつて武道をやっていたときには、あらゆる関節技に耐えたはずの手首なのに……。「あるもの」恐るべし、でもある。常に手首を立てて親指を体の方向に少し傾けた状態で固定したい感じだ。でもそんな格好で歩いてたら、お客さんは引くだろうなあ。。そんな私には話し掛けにくいかも。ウフ。いえ、湿布貼って寝ます。。
2007.06.05
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京都の地下鉄御池駅を出てすぐにある「京都国際マンガミュージアム」。かつて小学校だった建物があれこれ転用され、現在はこれになっている。以前、ここのすぐ近くに住んでいて、入学したのがこの小学校だったのだけど、その後すぐに引越しして、ずいぶんあちこち転々としたために自分では場所がわからなくなっていた。そこを見つけて連れて行ってもらったのが数年前。以来、機会があるごとになんとなくさまよってしまう一画になっている。このマンガミュージアムになってからは初めて行ってみた。建物は、以前と変わらず明治頃のものが基本的に使われているようだ。でもずいぶん改装されている。京都の町の真ん中にありながら、古びたコンクリート塀に長らく囲われていたかつての小学校は、どこか鬱蒼と重い雰囲気に風情があってよかったのだけどこのたびはこの塀が取り除かれ、フェンスに囲われていて、青々とした芝生が植え付けられた“もと”校庭が見える。この校庭を、コンクリートの暗い建物越しに、中庭風に見通した記憶がかすかにあるけれど、いまや四方八方がスカーンと抜けて明るい雰囲気。チケットを買って中に入る。漫画漫画漫画の棚に目もくれずに、ただ建物を見て回る。もう、ほとんど覚えていないけど、木の廊下の色や、地下室に下りる階段の大理石風の手すりや、なぜか小学校に特有の粘土臭い匂いにうれしくなる。数少なく残された小学校の雰囲気のひとつとして、私と一年違いの生徒の卒業記念作品の、「クラス全員の自画像」が展示されていて、全然知らないその人たちに勝手に親近感を見出したのだった。ひとつだけ、いつ行っても記憶の中とまだ変わらないところがある。正門だったのかどうかはわからないが、石段を登ったところにある玄関。少し建物の内部が見える。その感じはまだ変わっていない。その近くの電信柱のそばで、入学式の時にお母さんと写真を撮ってもらった。申し訳ないことに、できれば、もうあんまり変わってほしくないのだった。
2007.06.04
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遅ればせながら、「タイガー&ドラゴン」。もう2年くらい前になるんだろうか。放映されていたころは何となく見過ごしていておもしろいと聞いていたけど、見始めを逃したドラマを途中から見たがためにわからないあれこれにやきもきするのが嫌さに結局最後まで一度も見なかった。そんなわけで、全部終わってからビデオ貸してと頼んでいた友達から借りて、早や1年余り。いや、もっとかな。このところ仕事に弱りながらも家での時間が以前よりたくさん取れるようになったので、ようやく見た。宮藤官九郎さんは天才ですねえ。そして秀才ですねえ。ドラマの一話一話で、古典落語とストーリーをリンクさせつつ、全体としてもちゃんと話が進んでいくという構成に恐れ入り、登場人物が途中で突然落語の登場人物に成り代わってしまうという自由自在な感じにほれぼれ。さすがにいろいろ読まれたんだろうなあと想像するけどご本人はいっつも飄々とした感じなのがさらに感じがいい。加えて、出演しているV6の岡田くんがかっこいい。本来ならうすーいお顔立ちが好きなはずなんだけど要するに、「いいんです、かっこよければ。濃くても薄くても」ということを発見した。(かっこいい、の範囲はあくまでも私本位で、主人公の長瀬さんは案外全く興味なし)もう、すっかりはまっている。機会あるたびに、「俺の話を聞け!」と会話の枕に使いたいくらい。ヤクザ言葉に影響されて、若干言葉遣いも乱れているこのごろ。見たものにすぐ、影響されるのであった。次は木更津キャッツアイを見ようっと。
2007.06.02
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