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週2回、出勤前に日本橋のカフェでインド人の カピルさんに教えている。 前回の授業で,絵本の話題になり,絵本を持ってくる約束をしていた。 子供向けの絵本は,日本語を学ぶ大人にとっても 良い教材だと思う。 でも。 私は多分大人になって初めて,書店の絵本売り場を訪れた。 小さい頃,二階の部屋に5枚布団を敷き詰めて,家族全員で寝ていた。 その家からはとっくに引っ越してしまったし、家すらも残っていないが、 畳の匂いや、天井の模様がいつも人の顔のように見えたことなどを、 今でもよく覚えている。 部屋の隅に大きな箱があり,沢山の絵本が入っていた。 その絵本の山から毎晩好きな本をとってきては、読んでもらっていた。 母曰く、「読んで読んで」と、本当にすさまじくしつこかったという。 よく振り返ると、なんと夥しい数の絵本たちだったのだろう。 小さい頃から絵本を読みきかされて育った。 今でも目をつむると、少しだけノンタンやぐり・ぐらの台詞を思い出せてしまったりする。 絵本コ-ナ-にはその頃の絵本が沢山並んでいて, 『これしってる!あ。これも!』と次々に手にとってしまう。 懐かしくて。 胸がどきどきした。 『あさえとちいさいいもうと』『はじめてのおつかい』『ちいさいおうち』・・・ 先週母の誕生日に実家に帰ったと書いたが,その時、 いつもいつもいろいろな物を送ってくれる母の知り合いの話になった。 お返しをしたいのだが,お返しをするとまたそのお返しをくださる。 どんどん続いてしまいなんだか申し訳ない気もするしどうしようかねえ… と母はぼやいた。 その時私は,『おかえしの絵本みたいになっちゃったりして、あはは』と呟いた。 たぬきさんときつねさんの家族が,それぞれ家にあるものをお返しし合っているうちに 「おかえしのおかえし」「おかえしのおかえしのおかえし」というふうに とうとう家や子供までそっくりいれかわってしまうという話で,イラストまで鮮やかに思い出せる。 http://www.ehonnavi.net/ehon00.asp?no=622 (「おかえし」で検索したら出てきたので読んでみると「繰り返しがしつこい。」 といったコメントがあって噴き出してしまった。) 今も好きないわさきちひろの絵にも,思えば絵本で出会ったんだなぁ。 大人になった今も,知らない場所にいくときは常に『はじめてのおつかい』気分だし, 新しいことに向かう気持ちはさながらぐりとぐらだ。 (・・・ってか、実際、今でも近くに出かける時「はじめてのおつかいみたいだね」 と言われることがあるなぁ^^;いいのかこんなんで??) 毎日のお風呂だって,ノンタンみたいに毎回数を数えながら浸かれたら楽しいのかもしれない(笑) そして今日私がカピルさんにプレゼントしたのは「ぐりとぐら」。 日本の絵本の代表格。 本当は、日本の子供の日常生活が垣間見られるもののほうが面白いかな、とも思い 随分迷ったのだが、 たとえ絵本でもひらがなすらあまり読めない外国人にとっては、実はかなり難易度↑なのだ。 カピルさんはとても喜んでくれた。 まったく文字が読めないけど、がんばって読んでみたい、と言ってはにかんでいた。 嬉しかった。 私も、小さい頃に読んだものが沢山並んでいて、選ぶのが楽しかったですと伝えた。 授業を終えて電車を急いで乗り換え、会社へ向かう。 今日は久々に気持ちよく晴れて、気持ちがウキウキする。 ** “パネットーネ”というケーキがあるという。 朝、フリーペーパーを読んでいたら、 「こんな真夏に冬の話題」といったタイトルで載っていたので 興味を惹かれて読んでみた。 とてもおいしそうな、ずっしり重みのありそうなパウンドケーキ。 これは、本当によだれがでる。 会社のPCで写真をしばらく眺めてしまった。 今からイタリアに注文すると、ちょうどクリスマスの時期に 届くとの事。 私はそれを読んで、なんだかとても素敵だなと思った。 真夏に注文したケーキが、冬に届くなんて。 どうして素敵だなぁと思ったのだろう?? 小さい頃、仲間とタイムカプセルを埋めたりしたことがある。 いまや記憶にすらなくなってしまったが、将来あけようねと約束した気がする。 そうたいそうなものでなくとも、例えば今は、日付指定をして相手にプレゼントや 電報を送れるシステムがあったりする。 !私は気づいた。! 多分それらはみんな、「未来がある」ということを確信しての行為だからなのだ、 だから素敵だなぁと思うのだ、ということに。 しかも、りょうちゃんが検索をかけてみたらなんと、ナカタがこのケーキについて 書いてあるページがあるとのこと。なんということ!! 思わずときめいてしまった。 http://nakata.net/jp/column/italywalk/italywalk024.htm ** 絵本を眺めていた頃の私は、未来の今もここにいる。 次に寒くなる頃はきっと、ケーキのかけらを口の周りにつけながら、 ワイン片手に仲間と笑っている私がここにいるだろうか。 いたらいいなと思う。 ** ** ** ** ** ** PS1) このカフェの『黒糖ミルクコ-ヒ-』が好きで,よく目覚ましに飲む。 健康的な甘さがすごくおすすめです。 http://www.ucc.co.jp/shop/brand/ueshima.html PS2)隣の席の新人君が、スペルの似ている会社からの電話に間違えて “FBIですか?“と聞き返していた。一同爆笑。相手も笑っていたらしい。 PS3)そういえば、カピルさんと花火の話題になった。 今週末、隅田川の花火がありますねという話をしていて、インドにも花火があると言うので どんなふうなのか聞いたら、「色んなデコレートがあって面白い。中には家中が光っている ところもある。」と言うので ??と思っていると、どうやら勝手に話がクリスマスに とんでいたようだ。^^;とりあえず、そのままにしておいた。うーん・・・
2006.07.26
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私はカフェが大好きで、特にスタバによく行く。 最近は、色々なスタバに行くのだが、昨日とても素敵なスタバに出会った。 あまりに好きで、就職活動の時にスターバックスの入社試験を受けようと思ったりもした。 その時にサイトを見ていて“サードプレイス”というコトバを見つけた。 家と、学校や職場との間にある、第3の場所、という意味だ。 とても気に入ってしまった。 そのスタバは神保町の三省堂近くにある。 私はその時、待ち合わせをしていて少し早く着いてしまったので、スタバに入った。 2階にのぼったときに、なんとなく様子が違うなぁと思った。 外から入ってくる光が、なんだか銀色だなぁって思ったのだ。 私は窓に面した席に座ってぼーっと外を眺めていた。 ふと隣に目をやる。 左側では、浴衣をきて赤茶けた髪をした男の子が、i-podを耳に本を読んでいる。 右側では、高校生くらいの女の子が、蝶ばかり、 それこそいろいろな形の蝶のイラスト集を ひたすら描き写している。 もしかしたら、美術大学が付近にあるので、アーティスティックな人が多いのだろうか。 とにかく、そこにいるあらゆるものの輪郭が はっとするほど際立っていて、 彼らの持っているものや、彼女らが見入っているものやらが、 あたかも銀色の中を一人歩きしていってしまいそうだ。 それなのに、ひとつひとつのもの、一人ひとりの人に 主張めいたものはなにひとつなく、ただひそやかに厳かに、 そこにあったような気がする。 多少とまどいながら、私自身は本を読むでも雑誌を眺めるでもなく、ただ時計の針を心で追っていた。 ** 最近、会社が新しいビルに移転した。 今まではとてもボロいけれどとても居心地の良い、あらゆるものの使い勝手の良いビルだったので、 ハイテク機器やインクの匂いを兼ね備えた完璧な今のビルはわくわくするもののまだ慣れない。 けれど、ビルのエントランスにスタバのマークを発見したときは、思わず微笑んでしまった。 思えば、いろいろな場所のいろいろなスターバックスに、 日々を落としてきたな。 今でも、いろんな想いを胸に訪れたスターバックスを通りかかったり再び入ったりすると、感慨深い。 自分の部屋でも職場でもない、とてもささやかで、 とてもとりとめもない場所が、 私の日々を造り、支えている。 その時間はともすれば、数百円のコーヒーの温度のように はかないものだけれど。
2006.07.25
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水曜日は母の誕生日だった。 ちょうど2週間前が父の誕生日だったのもあり、仕事が早く終わったら サプライズで実家に帰ろうと思いついた。 2月のグアム旅行のときに、両親にコーチのバッグをプレゼントしたローンが やっと終わったところで(涙!)、しばらくプレゼントはできないなぁと思っていたが、 何かあげたいと思い、途中で乗り継ぎに降りた北千住のルミネで、 母の大好きなベーグル&ベーグルのベーグルと、ちっちゃな花束を買った。 花屋さんになんと、ガラスでできたビアグラスが売っていて、重さも持った感じも とても良かったので、父に買った。 さあ、いざ実家へ! 最寄駅を降りると、私は早速まったく正反対の方向に歩いてしまっていた。 夜で暗いし、駅から自宅まで若干距離があるのでいつも迎えにきてもらったりしていたので 歩いて帰るのは初めてだったのだ。 沢山雨が降った後で、時々土砂にはまったりしつつも、「びっくりするかなぁ」 と考えると、はやる気持ちが抑えられなくて電車の中でも怪しくにやけたりしてしまった。 なんとか自宅の前へ到着。 ここで電話をしながらピンポーンを押し、「あ、誰かきたみたいだからきるね」と言ってドアの前に いるのは実は私、という作戦だった。 けれど、実際電話をかけて「お誕生日オメデトウ!」といったとたん、 隣の家の大きな犬がワン!と吠え出した(笑) ばれちゃう・・と仕方なく「私今、帰ってきちゃった」とつぶやくと母は大驚き。 家に入ると夕飯を終えてケーキを食べているところだった。 うちには未だに、家族の誕生日にケーキにろうそく立てて歌う週間がある(笑) とはいっても弟二人はもういい年なので、なかなか照れて歌わないが。 ちょうど残っていた一切れのケーキにろうそくをたててもう一度歌う。 気づくと、家族全員揃ってるジャン、と気づいてなんだか嬉しくなってしまった。 兄弟3人とも成人しているし、みんな行動範囲も違うので、全員揃うのはそうそう簡単な 事じゃない。とても幸せなことだと思う。 とにかく、ドアを開けたときの母の驚いた顔、父の驚いた顔がおかしくて忘れられなくて、 それだけで、帰って良かった、とても素敵な誕生日になったと思った。 ** 就職する前、ソウルのぎょん姉さんのところに3週間ステイしたときに、 ハングル語学校でであった後輩のちせちゃんという当時高校生だった友達が、 私が先に帰国するときに「思い出カルタ」をプレゼントしてくれた。 一枚一枚に、「キムチ」「テハンノ(一緒によく遊んだ街の名前)」など、 思い出にまつわるコトバを絵つきで描いてくれたのだ。 とてもイラストの上手な子だったし、本当に感激した。 その時に彼女が「人をサプライズするのがすごく好きなんですよ」と言っていたのを思い出す。 「びっくり」という感情にもいろいろあるが、嬉しい「びっくり」には特別なものがある。 友達のフランス人が、お誕生日に家に帰ると部屋が膨らませたカラフルな風船でいっぱいになっていて それをかきわけると旦那さんからのプレゼントがあった、という話をしてくれたことがあり、 なんて素敵なんだろう、と私の胸はワクワクしたっけ。 たくさんの、嬉しい驚きのある日々は素敵だなと思う。 ** PS 以前日記にもかいた「それからのパリ」刊行記念の雨宮さんサイン会に行ってきました。 本を買うと自動的に整理券がもらえるので、雨宮さんにあえるなんて!とときめきながら 切ってきました。 顔が小さくてとても綺麗な人でしたよ♪
2006.07.24
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人はもしかしたら,地名のついた土地を踏み締め歩く事ででも,何かを食べたり聞いたりする事ででもなく, ただただそこに吹く風の加減ややわらかさ,温度を感じながら旅するのかもしれない。 下町を歩いて,まずそう思った。 ** 『今号のNumber,今電車のつり革をみるとあると思うんだけど,W杯イタリア選手の優勝のときの顔が表紙で,歓喜というものをその写真から感じた。なんか,ちょっぴりぞっとするんだけど,ずっと眺めていたくなる感じ。見てみてね。それで,ともちゃんがどう感じるか知りたい。』 今朝はスレッシュの授業があった。 授業をするカフェに向かう道のりの途中, 友人からのそんなメールがきた。 職を失い集中授業を始めてからの彼の上達には 目を見張るものがある。 一文字も,読めなかった彼だ。 一緒に受けていたサムスンについていけないと言っていた彼だ。 やはり何事も,こうなりたいという気持ちが全てなのだろうか。 この仕事をしていて嬉しいと感じることは多くあるが, その中でも格別なのが,生徒の上達をあらためて感じる時だ。そして,その生徒の上達と共に,自分が成長していると気付くことでなおさら嬉しい。 日本語教育のテキストにはたいがい教師マニュアルというものがあり,効果的な教え方というのは確かに存在する。 が,実際の現場でもっともっと重要なこと,それは『呼吸』であるという気がする。 リピートさせること。 間違いを指摘するタイミング。 付加的な情報をどこで教えるか。 生徒の呼吸を読み取り,その上にのっかって,合唱の音程を合わせるかのようにリズムを乗せていく。時にはこちらのリズムを貫き,それに強制的に乗らせる。 そのさまは、まるで音楽のよう,風のようだと思う。 何度同じ事を教えても,相手が違えばリズムはかわる。 従来の方法が通用しない事だってある。それは,教える内容が簡単でも難解でも変わりはない。その『呼吸』のとらえかたが,随分みについてきたと感じられることが嬉しい。 そして,嬉しいことはもう一つ。 長らく授業の途絶えていた生徒がまた復活してくれること。 国に帰ったり何かで忙しくなって一旦中止してしまうと,そのままになる生徒だっている。 今回リスタートすることになったのは,香港のウィニー。 たいやきが大好きな,明朗快活な大学院生で,論文を書くのに忙しく,しばらく中断していた。 『論文終わりました!再開したいです』 そのメールが心から嬉しかった。 よく知っている生徒であるのに,春一番みたいな強い風が吹き始めるような感覚を,リスタートの時にはいつも感じる。きっと,中断の間に流れる私の時間や生徒の時間,そこにつまった人生が,再び通い合った瞬間にどっと流れ込んでくるからなのだろうと思う。 授業を終えてから,下町散策に出掛けようと,友人と浅草で待ち合わせした。 ** 仲見世に吹く風が好きだ。 そして今日はもう一つ,そんな風の吹く場所を見つけた。 老舗『前川』。ウナギやのある通りだ。 雑誌で見つけ, 『う~んウナギたべたい』『とりあえず,いっとく?』 いやはや,でもこのうな重,3990円と書いてある。 た,高い… 近頃夏ばてを感じていたし(これホント), 土用の丑の日も近いし(かなり、言い訳), なにより私たちはつねにノリと勢いで行動するので,今回も気付いたら『前川』に向かっていた。 本当に,本当に,たまらなく美味しかった。 皮と身が全く一体になっていて,ふわっとして,本当に絶妙なのだ。なぜか急に,自然を大切にしたいような神妙な気持ちがわいてきてしまう。 食べ物が人を作っているとは本当だなと思う。以前,遊んで沢山歩いたあと,真夜中2時過ぎに焼肉を食べた時の事を,今でもよく覚えている。食べる前は歩き疲れていたのに,食が進むにつれて,背中の後ろからぶわっと力が出てくるのが確かに感じられたのだ。あの時の感覚を今も忘れられず,こうして久しぶりにそれを感じたきがした。 ところで前川のおっちゃんはとても陽気で,娘さんがスペインに行っていたとかでしきりにラテン系の歌を歌い,『アディオス!』なんて言ってくる。酔っ払っているのかと思うくらいだ。なんでも,次週末の丑の日は,『うなぎ』というワ-ドが出てくる番組には必ず自分が出るからミテネ,とのこと。さすが老舗… おっちゃんに手を振りながら店の前を歩くときのそよそよした風に目を細めてしまう。ついさっきまでは,暑い昼下がりをぬけだすみたいに道を歩いていたのに。 ** その後縁日を見て回り,喉が渇いたのでラムネをのんだ。桃味やメロン味という色のついたラムネも売っていて,私は桃味にしてみた。まピンクな水がなんだかとてもかわいらしい。 『涼しいね…』通りを吹き抜ける風を感じながら,じゃあ次は甘味を満喫しようと,電車にのるために駅へ向かった。汐留,新橋,最後はやはり若者の街でおおはしゃぎ,カラオケ部始動。飛んだり跳ねたり、もはやブルーハーツ?普段はしおらしい(?)私たちの本性炸裂。 ** Numberの表紙を,私は帰り道の吊り革で発見することになった。ブラジル戦の夜の熱気がよみがえる。確かにそれは,あまりの歓喜にどこか悍ましささえ感じさせるような写真だった。 しばらく眺めていた。 『ん?』次の瞬間,私は気付く。 目の前につりさがっている写真を見ているのは私の眼だ。 確かにそうだ。しかし今私はこの写真から,熱気や歓喜の声,悍ましさを確かに感じている。見つめる自分の顔じゅういっぱいに。 それらは一体どこから?? そう,その正体は,写真全体から発せられる風だったのだ。 その瞬間,老舗『前川』の前を歩いた時に感じた風の匂いが蘇った。頬をかすめる風,その加減ややわらかさ,温度。 ** 人はもしかしたら,地名のついた土地を踏み締め歩く事ででも,何かを食べたり聞いたりする事ででもなく, ただただそこに吹く風の加減ややわらかさ,温度を感じながら旅するのかもしれない。 そうだ,きっとそうだ。 過去の素敵な出来事を思い出す時,愛する人たちの顔をふと浮かべる時。そこに吹いていた風の匂い,その人から発せられてくる風の温度を,いつも私たちは先に,思い出している。 だから,そんな風を,普段より,いつも生活している場所よりダイレクトに感じられるところへ,人は時々行きたくなるのだろう。時代の,ぐるぐる回転するわけのわからない速さの車輪に巻き込まれてしまわないように。 風をさえぎるもののなにもない海辺や,風の産まれる空に少しでも近い山の上や。子供の神様が住んでいる原っぱや,小さい頃に育った場所や。 もしかしたらそれが『なつかしい』の正体かもしれない,下町に『なつかしい』を感じるのはそんな理由からかもしれない。 まるで宝ものでも発見したかのように,私はそう思った。
2006.07.19
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