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雨もひと段落したようで・・・仕事の帰り道、こんな花がそこらじゅうに。センニンソウ(仙人草)名前の由来は、花が終わった後には、仙人を連想するかのごとく白いひげのついた実がなるそうで。どんなかなぁ~♪帰宅してすぐバク睡。目が覚めた時は闇の中既にセミの声無く、外はコオロギの声になった。昼の天気なんて私には関係ない夜勤残業が終わったのが昼の10時半昨日なんて12時15分・・・4時間15分の残業「ありえないよぉ!~」と、騒ぐ私に同僚女性は「お正月なんて8時間残業もOK出たんだよ」家族の為に年末年始は迎えたいので平気で休んでおります私には、考えられないわ私は、<休む為に仕事をする>というのをモットーにしているので。特に一般人が休みじゃない日に休むのが大好き天邪鬼で人ごみが嫌いな自分としてはある意味夜勤仕事は気に入っている昼勤が嫌なのは着替えのロッカールームが混むし、駐車場もいっぱい、履き替えるスリッパも足りなくなる最悪、着替えのクリーン服もろくなのがない。休憩の食堂は人だらけだしうるさい話し声が右や左、トイレも順番待ちなんて想像しただけでもイライラしちゃう私が勤める会社の夜勤は人数も昼に比べだいぶ少なく、働くラインによって休憩時間も違うので全く煩わしさがない。パートでも有給休暇があるので有意義に使わせてもらう以外に臨時休暇も好きな時に好きなだけすることにしている。仕事をする時間より自分の時間が欲しいから。それには少しでも時給が高くて、休みが自由に取れて束縛のない夜勤パートがやはり性にあっているようで。仕事中も眠気は残っていても動き出せばいつの間にやら消えうせて疲れ果てながらも家までちゃ~んと帰ってこれてるんだから、いい塩梅でそうそう、仙人草の花言葉調べましたら【安全・無事】ですと。ほぉ~こんな私にあわせたように?!祈って咲いてくれているのかなぁかげなが言ってくれてるような仙人草。「いってらっしゃい」、「お帰りなさい」可憐な白い花からは甘い香りが漂っておりました・・・
2008年08月31日

最近デジカメにはまって以来、何でも撮る癖がついたようだ。1GBなんていったいどれだけの画像が残せておけるものなのかわからないがねんじゅう「容量がいっぱいです」なんて表示がでてしまう。撮りためてブログに載せられたものはいいのだけれどそうじゃないものの行く末が悲しく、案じられたりする。もう1個SDカード買おっかなと、思いつつひたすら無駄撮りしたのを消し消し使っている日々。以前撮ったにもかかわらず載せそびれた画像のひとつかみを・・・群馬の高崎にあります【プチール】というケーキやさんです。お店の中・・・ レジとガラスケースをはさんで正面に厨房でたくさんのパテシエさん達が忙しそうにしてます。後方は焼き菓子の棚にずらっとお土産用の綺麗にラッピングを施したものがならんでます。ガラスケースから選びました。本心は全部ひとつずつ下さいと言いたいところ。焼き菓子の棚から長男の彼女用のおみやげです。我が家の近所に唯一出前がとれるお店を発見。悲しいことに年中取れないお鮨屋さん寿司割烹<末広>主人の会社に一年に一度群馬から来る会計士さんにお昼に出した散らし寿司、特上で2,000円也ついでに私用ボイル海老だけ~ワイドなテレビの画面を見てたらおお~美輪さん!!と、何気にシャッター切ったものの・・・どうすんの??って画像。待ち受け画面に美輪さん入れておくと色別に金運、恋愛運なんての運気が上がるなんて聞いたことはあったけれどはて???消すに消せない美輪明宏画像彩りの美しいものにはついついシャッター押す回数も増えてしまいます。食べるものにはついついカメラを向けてしまいます。美輪さんは・・・たぶん目を見張るばかりの鮮やかさに指が動いたのかと・・・そんなこんなで私のデジカメな日々は今日も続いてます。
2008年08月30日

息子達が幼かった頃は専業主婦なんてのん気にやらせて頂きテレビ番組も戦隊モノやらアニメなんて子供と話を合わせるためと言いつつもマジで見てしまっていたものです中でも子供以上に夢中になってビデオ撮りしていた番組がNHK教育で再放送とで週2回放送されていた『こどもにんぎょう劇場』いろいろな劇団の人形劇を15分という狭い枠でやってくれました。そしてその人形劇の中でもとりわけ強烈に印象に残った人形劇が人形劇団ひとみ座の『牛方と山んば』です。『ひょっこりひょうたん島』で有名な劇団ですね声、牛方は増岡弘、サザエさんのマスオさんです。山んばは阿部寿美子、NHKの人形劇『新八犬伝』の玉梓役で有名簡単にお話しすると・・・昔々、牛の背に塩サバを背負わせ、村から村に売り歩く牛方がおりました。「♪お~れは牛方だよ、山の村にゃ海はない、海がな~ければ塩サバ食べたい、塩サバ食~べたきゃ運んでやらにゃぁ~♪」こんな歌を歌いながら・・・とある山道で牛方は道に迷ってしまいます。すると、何処からか女の歌声が聞こえてきました。「わ~たしは、野~菊の花がいい~♪あ~きに咲く野菊の花が わたしはい~い♪」牛方が振り返るとそこには美しい女が立っています。こんな山の中に?!とは思いつつもその女の美しさにポ~ッとなる牛方・・・しかし!!!「私は野菊の花よりも・・・塩さばの方がいい!!」そう言うと突如、女は恐怖の山んばに豹変するのです。 ここで、美しかった女が一瞬にして口が耳まで裂け、世にも恐ろしい形相の山んばに変化するからくり人形の素晴らしさが発揮されるところです。初めて見る子供はビックリしてお粗相してしまうくらいのインパクト画像です。 牛方は、山んばに塩サバを与えるとその隙に牛を引きながら逃げ出します。でも、すぐに追いつかれてしまいます。ひたすら逃げる為に、サバを山んばに放り続けますが牛の背に山と積んでいた塩サバはあっという間になくなってしまいました。山んばは今度は牛を食わせろと騒ぎます。牛方は仕方なく牛を引く手綱を離すのでした。牛もペロリとたいらげて牛方を追う山んば。「今度はお前が食べたい!!!」牛方は食べられてたまるかとひたすら逃げて、逃げて、逃げきった先に見えた民家が1軒とび込んでほっと安心したのは束の間、そこはなんと、山んばの家だったのですさあどうする牛方ぁ~?!というスリリングで手に汗握る昔話。私の本題はここからなんですよ~あまり気に入ってこの人形劇を何度も見過ぎたせいか、牛方が歌っていた、「お~れは牛方だよ・・・♪」を息子ともども覚えてしまったからさあ大変!いや、大変ではないんですけれど・・・ご飯のおかずを考えながらスーパーで物色中、魚の販売コーナーに<塩サバ>を見つけるとこの歌が出てきてしまうんです、自然と。よく、きのこや魚にテーマソングがあって流れてくるでしょ。あれですね塩サバのテーマソングかで・・・ 塩サバ 今時は、マルのままのお魚を買うことも少なくなりました。姑のいた時代はサンマ・鯵はもちろん、タイ・ワカシ・鮭まるごとハラワタ入りを買ってきてさばく様に言われたものです。塩サバは面倒くさがりの私にはありがたい味付の魚の切り身です特に、<灰干し>になったものが生臭みもなく、脂ものって美味しいんですよねちなみに、長男は、牛方の歌と山んばの野菊の歌両方覚えてました・・・歌えます他にもあるんですから幼い頃の記憶は馬鹿にならない
2008年08月29日
パートの仕事を始めて8年程です。大きな会社ではどこでも健康診断がありました。今日も今日とて勤め先の半年に1度の健康診断。検尿からスタートです。おなじみの検尿カップでなく巨大な綿棒に尿を吸い込ませ添付の袋に入れ係りの人に手渡し・・・結果待ち・・・異常なしお次は身長、体重一番嫌なのは体重よりも身長という今日この頃の私。世にも奇妙な出来事は身長が測るたびに減っているという事実。高校時代から変わる事無く40代までやってきたというのに半年ごとの検診では160センチから数ミリずつ減っている!!今日計ったらなんと!!158・2センチだなんて~!!ありえない!!異常だっ40歳を過ぎると身長はどんどん縮むとかで10年ごとに約1・3センチ低くなるって・・・原因は諸説あるけれど身に覚えがあるのは、数年前に患った《手根幹症候群》手首の手のひら側にある骨と靭帯(じんたい)に囲まれた手根管神経が慢性的な圧迫を受けて、しびれや痛み、運動障害を起こす病気起床時、毎日数分間両手がしびれて動かないしぶしぶ病院へ出向くと、1時間ほどの検査の末ビタミンBの投与と、就寝時に手を固定して動かさないようにする両手ギプスの装着を命じられたことがあります。・・・ではなくて、その時の検査で撮ったレントゲンを見てお医者に言われたんです・・・「首の3番目と4番目の骨の間の軟骨が・・・(笑) 年齢の割には減り過ぎですね」「なにぃ~?!」そうなんです、身長が減る原因のひとつにこれがあるらしいんです。軟骨の減少・・・最近首が痛いのもここが原因かと考える私。なので、身長が縮まない為の予防としては1・姿勢を正しく保つ2・筋肉を強化する運動をする 背筋・腹筋・腰筋・・・姿勢の維持3・カルシウム・グルコサミン、コンドロイチン、コラーゲン を補給するのがいいそうです。そういえば健康管理の<け>の字も実行していない、横着者で不摂生な私・・・将来は腰曲がりの魔法使いのお婆さんの様に変身してしまうやもしれません・・・あ”~なんとかしなきゃもうこれ以上に異常が増えない様に健康診断の結果・・・祈ってます
2008年08月28日

最近の小梅重くなりましたし、顔も身体もだいぶ大きくなりました・・・態度もこんな顔して何を考えているんでしょ・・・身が軽いのをいいことにこんなトコに、仏壇の上にのるなんて・・・ご主人の膝上でまったりしているおとめに狙いを定めてる小梅小梅、ハイジャンプ!!パンチ~!!すかさずW猫パンチで応戦するおとめあ”~!!膝の上ですんなぁ~
2008年08月27日

数日前、会社の同僚さんに「ねえ、ねえ【B型女の取扱説明書】って本 知ってる?」と聞かれました。最近、本屋に行ってなかったので知りませんでしたがこれがまた面白くて、同僚さんは自分のことを言われているようだったそうです。彼女はもちろんB型でございます。基本、B型女性は血液型に非常に興味を示すそんなに面白いならと、長男が本屋に用があるとのことで購入を頼みました。条件付で「目を通して見て面白そうで、自分の彼女のことが書いてある、 と思ったら買ってきて」長男の彼女はもちろんB型でございます。で・・・買ってきてくれました 『B型女の取扱説明書』 <先ずはB型から>が今時の血液型本を出版する時のお決まりかの様に最近はこんなのばかりなんですねB型女の私が買っても何の意味もない。男女問わずとはあるものの、できればB型の彼女をもつ男性が参考にして欲しい・・・具体的に言うとおおよそつきあっているとしか思えない30代半ばのB型同僚女性と20代後半のA型社員クン年がら年中彼女にふりまわされてませんか?「なんで怒ってるの?ナンカ気に障ること言った?」そんなこと彼女に聞く前にこの本参考にしたら、少しは理由がわかるかもねAB型長男のB型彼女。血液型分析に結構詳しくなっていた長男は付き合う前からそれを参考にしていたフシがある。最後に付いてる<B型女取扱マスター検定試験>全60問を受けて、どれ程実力つけたか試して欲しいものでございますねちなみに私、B型女が検定試験受けるとどうも公私混同してめちゃくちゃ回答になりました。やはりB型女がB型女の取扱検定を受けるのはちと難しい・・・
2008年08月26日

外ではこのところ日々降りしきる雨なのにセミ達が残り少ない一生を精一杯主張するかのごとく鳴き続けてます。しばらくはこの天気続くみたいじゃないですか・・・せっかく日の目を見たのに1週間程の寿命で雨ばかりじゃ気の毒だな~セミも私も~やる気を出して頑張らねばならない休日の今日。1週間分の買出しと家事。実家に行ってた分のツケがたっぷりついて洗濯物も多いのにこんな雨続きの天気じゃ私も泣きたいおまけに自分の部屋にいて鼻水すすっている私・・・風引いたのか?寒いのか?天気の悪い日は、日が当たらない部屋なだけにホント冷え冷えするのが泣き所・・・天気予報をみるとこんな天気が今週いっぱい続くかんじだし、早すぎる気はするけど、ホットカーペット敷いておこうかな~で、猫に2年でボロボロにされたホットカーペットのカバーを買いかえようと買い物ついでに《メガマックス》へ5,800円で3畳用ラグ購入なんだかくしゃみもとまらない5連発が数回続く・・・考えたらまだ8月。秋の長雨には早いんでしょう?横になって寝ていると、いつの間にやら猫の小梅が私のお腹の上で寝ている・・・猫も人肌のぬくもりが必要になっているのかな?ん~雨があがって天気の日になるまでまてないから、やっぱり敷きかえちゃおっと
2008年08月25日

最近は年のせいなのかそれとも夜勤労働に慣れたせいなのか3~4時間の睡眠でも1日のサイクルは完結できてしまうのです。休みの日くらいたっぷり寝れば美容の為にはいいのでしょうに、夜勤が休みの日もついついいつもの如く夜中なのに目があいている。これが困りもので・・・会社にいる分は身体を動かすからいいのだけれど休みの日は、ブログやら趣味やら家事やらのやらやらでそれをしながらついつい間食をしてしまうのだなでも週1回の買い物前日はコンビニに行かないと何もない最近はヤバイと思ってなるべく余分なお菓子は買わない様にするのだけれど・・・なければないで侘し~いお腹今日も今日とて・・・お腹がすいた。そうだと、思い出したのはいつだか地元の《ドンキホーテ》の前の自販で買った秋葉原では有名の缶詰アキバ名物だったのに、こんなトコにも売ってるんですね。こてんぐ おでん・中華そば非常食にもなると思って面白半分で買っておいたけれどいったいどんな味なのか興味津々だったのにすっかり存在を忘れておりました・・・あ、非常食っていうのは私のお腹が空いて何も食料がない時のねで、湯せんして開けてみました おでん(蒟蒻・うずら・ちくわ・大根・さつまあげ2個・昆布・しらたき)秋葉原で流行ったのは手軽さ、食べやすさ、缶詰の中におでんという物珍しさ、ジュースに並んで当たり前のように自販機に入っている唐突さが秋葉原という町にマッチングしたらしいけど確かに歩きながら、小腹空いたらで販売機にあったら買っちゃいますかもね。味も悪くない、普通に美味しいです。贅沢言えば・・・辛子が欲しい・・ 中華そばあっさりとんこつ醤油味、こんにゃく麺、メンマ・うずら・刻みチャーシュー入りう”~んこの他にもカレーうどん、冷やし麺、ラーメン等あった中でこれを選んだのだけれど・・・スープはホントあっさりで、おでんと一緒に食したせいかおでんより味が薄い・・・麺系は全部こんにゃく麺使用なんでしょうねでもおでんのしらたきとたいして変わらないで・・・ごめんなさいパス!!・・・どう考えても中華そばには思えないふたつとも300円でした。(考えると高いんだな)今、通販で買えたりするようですけれどやっぱり、販売機ものだけにその場で食べた方が有難みも、美味しさも感じることができるんでしょうね・・・。わたし用の非常食じゃなく、災害時の非常食にはもってこいですね
2008年08月24日

おとめは9歳人間でいうとうちの主人とあまり変わらずの50代過ぎたあたりの年になるそうで。寝てばかりいるし、素早さもなくなって小梅の相手も面倒くさいみたいです。おまけに一年前位に・・・左の下の犬歯が私の知らないうちに抜けておりました。まだ歯抜けになるには早いんじゃない何かやったの?!とか、思いましたけれど・・・いやいや調べてみると猫は8歳頃から身体の衰えが出る年齢らしく人年齢だと48歳。人間と老化状態はたいした違いはなくて肥満や白髪が混じったり、体力が衰えるのも歯が抜けてしまうのも当然の様です。猫は10歳が老猫なんですってだからって好きに寝かせてばかりおくのも運動不足になるし、よくないらしいのですがおとめの場合は・・・最近やたらと自分からケンカを売るようになった小梅体力がありあまったお子様におとめは怒りながらちょっと相手をしつつもすぐに逃走、小梅も追いかけます。ある意味いい運動なのかもしれません一方、小梅犬歯が二枚歯になってる!!と、発見した時ビックリしたのですけど考えたら猫も歯が生え変わるんですねだいたい6ヶ月ほどで歯は、乳歯から永久歯に被毛も生え変わるそうです。だからなのかこの時期やたらと噛み付きたがるのは・・・ホント、あまいカミカミでも痛いんだって
2008年08月23日
水曜日の朝の5時・・・次男を仕事先まで送ろうと山道を愛車マーチを走らせ500メートルほど行ったカーブの先で静かぁ~にエンジンが停止・・・え”~~っ・・・次男と顔を見合わせお互い焦った顔色を確認する・・・黄色のエンジン警告ランプが付いたまま慌てて、もう一度エンジンをかけなおすといつも通りかかった。「ほぉ~」っと安堵の溜め息・・・自動車免許取ったばかりの次男が「母ちゃん点検整備やってんの~?!」自信満々で私はお答えしましたね「やるわけないじゃん♪」そうなんですよね・・・近頃はどこのスタンドもセルフになってしまって率先してエンジンルーム開けてみてくれるお兄さんはどこにもいなくなりました。おまけにメカに弱い私のおツムは車はハンドルから愛情込めればガソリン食べて動いてくれるものだ!くらいにしか思っていなかった気がしております。主人が本日、日産に点検してもらいに行ってくれました・・・。「エンジンオイルがドロドロだったってさ!」「え~だって、車検やったとき交換しなかったっけ???」「もう1年半も取り替えてないじゃん! オイルはマメに交換しとくもんだよ」「へぇ~」でも、さすがに手遅れだったらしくパーツ交換修理に10万円程かかるらしいのです・・・う~ん、考えてみたら最近、群馬の行き帰りだけでも300キロ年に何回も往復しているし、マニュアル車なもんだから運転楽しくてルンルン運転し過ぎてたしなぁ~おまけに点検回数ゼロじゃ、車も悲鳴あげるよなぁ・・・なんてのん気に車に同情してる場合じゃないんです!来月また群馬に帰らなくてはならないのに。実はこの車、30代からと年齢制限つき保険なのでせっかく福島まで免許取りに行った次男も車の保険に入っていないからおちおち乗ることもできない。保険の書き換えも視野に入れているところだったし・・・主人の車は商用のワゴン車だから、普段使えない次男は乗れる車がない・・・・・・まだろくに稼ぎもない・・・「マニュアルの2ドアじゃ、母ちゃん運転荒いしきちがいに刃物!おまけに不便~」と、長男にぼやかれた私でもあります。(ふん嫌だったら免許取れっつ~の!)・・・車お乗換えの時期かなぁ・・・ん~♪どうせ買うならやっぱり<日産マーチ>が好きですオートマで4ドアはもちろんだけどできたらコマーシャルに出てきてた<しましまマーチ>か<花咲かマーチ>がいいななんて贅沢言えるワケもなし・・・これから主人と相談です
2008年08月22日

我が家の長男はラーメン好き東京の大学に通っていたせいもあり変にラーメンにこだわる男になってます6月にオープンしたという【東池袋大勝軒 節物語 in 本厚木】鰹節がたっぷり入った濃い口しょうゆ味食べ終わった後、猫ご飯でも食べたかのように口の中が鰹節状態売りはつけ麺とか味が濃いと思ったら・・・ポットに入ったスープも用意されてます。群馬に行った際も、「基本はしょうゆらーめんだからね」なんていってるくせに「味噌ラーメン専門なんてよっぽど自信がないとやらないよなぁ~、めったに見ないし・・・」とかごたくを並べ結局、オープンしたばかりの味噌ラーメン専門店へ・・・三種類の味噌味ラーメンを看板に出してます。こちら信州味噌ラーメン(やや濃口)これは北海道味噌チャーシュー麺(濃口)他に九州麦味噌(甘口)があります面白いのは味噌によってトッピングがひとつだけ変わってくるのですが・・・信州は山菜、北海道はフライドポテト、九州は薩摩揚げが、それぞれのって出て参ります。・・・それにしても・・・年齢に加算して、お腹周りに加算されるお肉。プラスハイカロリーなこの頃。次男がいれば誘うのはそちらなんですが、どうしても移動条件の整った私にお誘いが回ってくることが多くてラーメンにはそんなに魅力は感じてない私だけれど誘われると嫌と言えない、意思薄弱者の母を何かにつけてラーメン屋に誘うのは・・・やめて~
2008年08月21日

小さなアイスボックスをかかえて主人が帰って参りました。気を利かせて晩御飯のおかずかな?それともデザートの類いかな?と、期待のまなこの私でありましたが・・・「知りあいが、安く譲ってくれたんだ♪」と、並べられた品にはワンコの絵柄・・・?! 犬用アイスクリーム 犬専用のアイスクリーム1個60円で分けてもらったそうで。驚きです、人間どころかワンコにも贅沢な時代になっているんだなぁ~内容表示を見てみると・・・ ミルクを使わず豆乳を使うことでワンコのお腹をいたわってあげてるそうで、ハチミツや、砂糖もちゃんと入ってる早速、主人が愛犬の<クール>にあげたところぺろりとたいらげてしまったとかならばと・・・ おとめと小梅にもお味見させてみる・・・そ、そんなに美味しいの???・・・ならば、ならばと・・・私もちょっとお味見・・・まずっ!!・・・人間様のいただくバニラアイスとはかけ離れて甘みもなければ、ミルキーでもなくバニラビーンズとかの香料も入っていないからちょっと粉っぽいうえに、無味無臭・・・?でも嗅覚が人間の100万倍とかいうワンコなら十分な香りとお味が堪能できてるんじゃありませんかねおとめと小梅にもひとつお裾分けしてくれたけれど猫に犬用のアイスあげてもいいのかしら???でも、たまに欲しそうにするからついついあげてしまう人間の食べるヨーグルトやお菓子に比べたらこっちの方が数段、猫達の身体にはいいとは思えますけど・・・
2008年08月20日

実家に向かう途中の埼玉には国道沿いに多数の梨の直売所があります。8月のこの時期は<幸水>が最盛期のようです。 梨サイズはL~5Lまであってこれは5L半分も食べるとお腹はプクプクの水っ腹になる程の大きさとみずみずしさ。実家での、お盆時期の葬儀となり帰宅する際、我が家のご先祖様にお供えだけでも・・・と思って買ったものです。実家の藤岡にも梨の栽培農家があって昔は父や祖母が直に農家に出向いては梨を買ってきてくれました。梨を剥きながらよく祖母が口にするのは「梨と牛乳は一緒に食べちゃダメなんだぞ。お腹ン中で虫が湧くっていってな・・・」姑も息子達の小さかった頃に舅の実家から梨が届くと、「牛乳を飲む子供に梨をあげないでちょうだい!あげるならリンゴにして」なんて年長者二人から<梨と牛乳禁止令>が出されておりました。食べ合わせで調べてみると誰でもよく聞く<鰻と梅干><西瓜と天ぷら>なんていうのはザラにありますが、<梨と牛乳>は見当たらない・・・はて?ホントのとこはどうなのでしょうか。ちなみに、息子達は禁止されていた反動でしょうか?!リンゴよりも梨が大好きです
2008年08月19日

妹が、お昼に茹でて食べさせてくれましたこまめにひとぼっちずつまとめてね~偉い!偉い!こうすると取りやすいし食べやすい今の私なんてザルにドバッとぶちまけてしまいますもの 干しうどん 我が実家は昔は、ビンボー生活?で夕食は干しうどんとか煮込みうどん。たま~のたまにご飯がくるとカレーだったり。結婚当初、主人が毎晩ご飯を食べるというのを聞いて「どうして夕飯に毎日ご飯なんて食べるの?!」と驚愕したことがあります。でも、朝はご飯なんですよで、お椀に<ひとぼっち>うどんを入れて頂きます♪???<ひとぼっち>???「息子に方言じゃないの?」なんて言われましたけれど、祖母がいた頃から、うどんを一玉に丸めたものを<ひとぼっち>とか普通に言ってました。あとは、ふたぼっち、みぼっち・・・とか数え方にも方言なんてあるのか知りませんけれど隣近所のお年寄りは使っていたと思います群馬に着てから割り箸という割り箸がみんなこの割れ方でした100円ショップの一番安い割り箸と同じ?!とか内心思いつつ、使い辛いなぁと感じながらも、そのまま使ってましたけれど。お箸って上手く均等に割る方法ってあるんでしょうかね?
2008年08月18日

夏休みに計画して心待ちにしていた海への旅行はキャンセルをせざるをえなくなった妹の子供たち3人。今夜の夕飯くらいは食べたいものでもおばちゃんがおごってあげましょうと行った所が北関東ではちょいと有名?!なカフェレストラン《貴族の森》友達の受け売りですが、群馬は麺大国だそうで群馬に来たら麺類食べなきゃ~なんだそうです。約一年前にオープンしたばかりのごはん屋さんは早々に潰れてラーメン屋に早変わりしていました。ご飯ものは流行らないのかなぁ・・・群馬の昼夜スパゲティー専門店は長蛇の列は当たり前のようです。で、この店のスパゲティーです 完熟トマトとほうれん草のスパゲティー(左)海の幸のトマトソーススパゲティー(右)シーフードの明太子クリームスパゲティー楕円形の40センチ以上はあろうかという巨大な皿に盛られてまいります。デザートにも驚かされますにゅうどう雲パフェです。白いのは綿菓子。下は普通にフルーツパフェこの綿菓子がパフェの上にのってくるんです。綿菓子どかさないとパフェが食べれない~素晴らしく美しい和の器幅は25センチくらいかな・・・中に入ってるのは何でしょうか?フルーツあんみつでしたヨソにないここのサービスが驚き金券半額返しをする日があって、その日食べた額の半額を金券で返してくれるのです。金券の額は制限なく使えるし~驚きですいやご馳走さまでしたそうそう、ここにはテレビでも取り上げられたコーヒーがあるみたいです。9,995円のコーヒー息子が飲みたそうな事を言うので出世したら飲みに来るよういいました。
2008年08月17日

午前中、伯母のお見舞いに行くことに。花が好きな伯母なので花屋さんでユリを中心にアレンジメントしてもらいました。 今月27日は伯母の83歳の誕生日です。ちょっと早かったですがプレゼントにとスモーキークォーツが数珠状につながった単純なゴム入りのブレスを用意しました。ちょうど伯母のトコのお嫁さんも来ていて「今日は何の日かわかる~?」なんて聞いてきます。伯母とふたり顔を見合わせ、「???」「やだぁ~知らなかった?!おばあちゃんの誕生日♪」すぐに、自分の勘違いだと知ると恥かしそうに、「私、てっきりお誕生日だと思ってお花買って来ちゃった~」なんて言うもんだから大笑いです。病室に笑いはホントは控えなければなんでしょうけれど、気持ちの和みがあっていいもので。お嫁さんは遠慮してすぐ帰ってしまいました。3人寄ってかしましくおしゃべりしたかったなぁとちょっと残念でした。伯母は気に入ってくれた様ですぐブレスレットを付けてくれました。 スモーキークォーツ 長期療養患者の快復を助ける。神経を鎮め、精神を安定させ、力強さと忍耐力を養う。不安や焦りからの解放、不幸を防ぐ魔力をもつ。
2008年08月17日

この日、夕方6時からの同窓会この日の為に毎年恒例の父の墓参りを遅らせたんだっけ・・・出欠はどちらにしたものかと前の日まで悩みましたけど・・妹や息子や主人にも、「え?!行けばいいじゃない」とか言われたりして・・・同じ町内で母親の葬儀に出てくれた同級生も出席してるし、ヒンシュクものじゃない???とか、もろもろ悩みぬき結局、私のモットー《しないで後悔するよりは、しちゃって後悔する方がいい》を実践することに致しました。いつまでもひとつのことに燻っているのは性に合わないのです。気晴らしということで・・・40代も半ばを過ぎると更年期やらメタボやら忘れっぽいだの身体のあちらこちらにヤバイものを感じるお年頃です。今、会っておかないと悔やむことになるやも知れず、年々参加者も減り、出席できる先生方もお年を召し、私だっていつコロッとなるかもしれない3年に1度の割合でしかやらない中学の同窓会です。私はこれが2度目の出席。前回女性だけにあげたストラップ26本。偶然女性の参加人数とピッタリ。今回できたのは21本。前回と同じく女性参加者と偶然同じ数。ちょっと驚きです。次回は50歳を迎える同窓会になるようで、伊香保か草津か?温泉1泊2日だそうです。3年後の同級生達がどう変貌するか、自分も元気でいられるかな~とか想像しつつ・・・帰りのタクシーがつかまらず、息子の待つビジネスホテルまで夜中に45分間歩き続けた私でした。
2008年08月16日

母の亡き骸と12日から15日まで共にありました。この日、本葬と合わせ初七日法要も滞りなく終わりました。実家に戻ると力が抜けます。母のいつもいた部屋はベットも片付けられ納骨までの祭壇が飾られました。暫くは、母の残像を追う日々が続くんだろうな・・・私以上に妹や子供達に。要所に取り付けられた母の為の手すりは誰も頼る者もなくなってしまってこのままなんだろうな・・・母の急死の連絡をもらった時電話口の奥から聞こえた子供達の泣き声に、心に残る病も気にして郷まで帰ってきたのだけれど、そんな心配もいらないようで安心するところ・・・いつまでもじめじめしていないのは我が家の家系なんでしょうか。母のことはあの世の父にまかせて・・・「お母ちゃんが行ったらたっぷり説教してね」と母の祭壇横の仏壇にお願いする。
2008年08月15日
先月、藤岡の病院へ入院を決めた伯母から携帯に連絡が入りました。入院中の伯母には母のことは聞かせないほうがいいかと思っていましたが、養子である息子さんから母が亡くなった事を聞いたようですぐに病院まで来てくれるようにとのこと。伯母は希望していた個室にも入ることができ入院すれば口の中の痛みも消えるものと信じていたようです。私も痛みだけでもなくなっていればいいのになぁ~と思いつつ訪ねました。再手術をすすめる群馬大学病院を無視し実家の側の病院に入院した伯母は1ヶ月前に会った時よりも更に、病魔に侵され痩せて口腔癌であるがゆえに、声もろくに出ない状態になっていました。伯母は覚悟を決めてしまっていました。でも、かすれる声で言うんです。「あたしも自殺したい。でも家族や親類のことを思うと自分から死んだりできない」って・・・・・・涙がでました・・・それが本当なんだと思いました。でも、目の前の伯母の苦しそうな辛い姿を見ているとかわいそうで、かわいそうで側にいるのがとても辛くなりました。もう癌の治療を拒否した以上医者のやることは辛さを少なくしてあげることだけ。私のできることは何なんでしょう?伯母の好きな食べ物はを持ってきてあげたくても口にすることも不可能になりました。「頑張って」「元気をだして」なんて見え透いた口先だけの言葉は言えません。強がりを言いながらも、本当は寂しがり屋の伯母です。養子夫婦の悪口を言っても毎日病院に来てくれるようになって喜んでいるのがわかるし、「もう、来てくれなくてもいいよ。遠いし大変だから」と、言う伯母に「また来るから、今度は来月のお彼岸位かな~ 待っててね♪」と返せば笑顔でうなずく伯母です。一日でも多く顔を見に行ってあげること。自分が辛くても、してあげることが浮かばなくても会いにいってあげることが今の伯母が一番喜んでくれることと思って群馬に帰る機会を1日でも多くつくろうと思っています。
2008年08月14日
母の行為によってたくさんの<後悔>が生まれていました。実家のお隣に住んで母とも仲良しだったおばさんや、在宅介護で来てくれていたヘルパーさん、一番側にいた妹や孫3人、そして私にも、<後悔>がそれぞれの口から出てきます。ヘルパーさんは交代が決まってもう、来れなくなるので会えなくなることを母に告げたことを後悔していました。母が見捨てられたと勘違いしたんじゃないかと・・・近所のおばさんは胃が痛くなるくらい思い込んでしまっています。妹も孫たちも、してあげたかったことがあったのにと悔やんでいます。私は・・・いつもは父の命日の8月5日を里帰りに決めていたのをお盆の時期に決めたことを後悔していました。5日に実家に行っていれば母はこんな馬鹿な行為はしなかったんじゃないかと。何故、母は周りの人達にこれ程の後悔と悲しみをあじあわせてまで逝ってしまおうと思ったのか。遺書もなければ、思いつきで書く日記も最近は書いていなかったようです。前の日は普段通りの生活をし、食欲もあり死を考えているなんて思えなかったようです。突発的に起こしたとしか思えないのです。只、言えることは脳出血の後遺症は、身体だけではないということです。脳の特定の部位の損傷によっては、脳の神経ネットワークが影響を受け、うつ病になったりと精神不安定な状態が起こる場合があります。母は就寝する時間が多く、夢をみることはよくあり、たまに現実と区別できなくなることがあったみたいでした。悪夢を現実と思い込む節はありました。以前からの自殺未遂も何らかの思い込みからくるものだったのかもしれません。《病気の後遺症が母の死に何らかの影響をもたらした》私はそう思わずにはいられません。先月会ったときの母はとても明るくお茶目な表情をさかんに見せてくれていました。自殺する行為は許せません!でも、母の笑顔を想い出すと自然と涙が溢れます。12日から14日まではお盆で葬儀が挙げられず、葬儀場の宿泊施設付きの安置場所で母を預かってもらうことになりました。私と長男は母の遺体と共にそこで寝泊りです。本葬は15日。長男と14日の夜は母を交えてお酒を飲むことに決めました。
2008年08月13日

母の死がなければこの日にブログに残しておきたいことがあったので載せておきたいと思います。1985年8月12日に起きた日航機123便の墜落事故・・・私の生まれ故郷である群馬県でこんな悲惨な事故が起きた事はとてもショッキングで、当時、私は次男を4月に出産したばかりでリビングでふたりの子供達の相手をしながら見ていたテレビで流れるテロップを読んでこの事故を知りました。多くの犠牲者を出したこの事故を自分のことの様に忘れる事ができないでいるのは故郷である藤岡市が関わっているからなのか・・・実家に帰ることもままならなかったその頃の私は故郷での危機的状況を知るすべはテレビや雑誌の記事でしかありませんでした。でも、当時の藤岡市がどんな状況にあったのか、たくさんの人々がどう事故に遭われた方達に接してあげていたのかを数年前、偶然図書館で見つけた本で知ることになります。 生まれ故郷の懐かしい建物が多くの亡き骸の安置所やその家族の待機場所になり多くの悲しみが集結する場所になったこと。二度と繰り返してはならない事故であったことを認識させてくれる著書でした。特に<河村一男氏>の著書『日航機墜落』には現場に立つ人間の目から見た心の葛藤や日々の状況変化が克明に書かれ涙と感動を与えてくれました。当時遺体安置に使われた藤岡体育館や小中高等学校の体育館は殆ど取り壊され、新しい建物に変わっています。実家に帰った時に通りかかることがあると自然と合掌してしまう場所でもあります。あれから23年。この時期になると必ず日航機事故の遺族による御巣鷹山の慰霊登山や神流川(かんながわ)での灯籠流しが行われたとのニュースを聞きます。ご遺族の亡くなった人達への想いと、事故を風化させたくないという願いはこういったことが続けられる限り忘れ去られるることはないのでしょうね。
2008年08月12日
12日、早朝長男と一緒に群馬に向かいました。長男と私は共に母の死に憤りを感じていました。自らの命を自らが絶つ者が自分の身内から出るなんて誰も思ってもみないことでしょうし。私達親子がこの行為に憎しみさえ覚えてしまうのは理由があります。 。。。。。長男の高校時代お付き合いしていた同級生の彼女がおりました。清純で、頭の良い、家族思いの優しい今時の女子高生なのに家庭の躾がよろしいのか家事もソツなくこなせる素晴らしい女性でした。彼女は実母とその再婚相手との3人暮らし我が家と同じくフレンドリーなご家族長男は家庭料理をご馳走になったり、バーベキュー等、家族の団欒にお邪魔するほどで彼女の父母にも、将来はふたりを結婚させてもいいと思わせるほどの存在にもなっておりました。幸せに思えていたはずだった彼女の家庭・・・実は、彼女の実母は年下の男性との恋に溺れ夫婦仲は危機に陥っていたのです。日々険悪になっていく夫婦間落ち込む彼女を長男は支え続けておりました。そんな中悪夢は起きてしまいました・・・自らが起こした家庭争議と男女間の葛藤に正常な心のバランスを取れなくなった彼女の母親は【死】を選んでしまいました。自宅で首を吊るという最悪な行為そんな残酷で悲惨な姿を何故、最愛の娘にみせつけるなんてことができてしまうのか!幸い発見が早く命は助かりました・・・息子はその知らせを彼女から受けてすぐ駆けつけて、彼女の側を離れませんでした。自宅にも帰る事無く、彼女をずっと支え続けていました。彼女の心には母が首に残した痕よりも深く、消えない傷ができました。本当に罪な行為です。失敗して生き続けることができても自分の思いが叶って死ぬことができたとしても彼女の母は<幸い>助かることができました。でもこの幸いというのは何なんでしょう?母親には障害が残りました。3歳程に低下した知能と身体障害別れを考えたはずの将来ある娘と、離婚まで考えさせた夫に介護をさせるという過酷な苦労を与えることになってしまったのです。確かに<幸い>なんでしょう、命が消える事無く助かったのですから。でも第三者の立場から言わせてもらえば<幸い>ではないと思います。私は痴呆老人の介護経験もあります、妹が脳出血で後遺症の残った母の介護の様子も見ております。経験した者にしかわからない苦労を今もその娘と夫は続けています・・・ 。。。。。私と長男は車中で、当時のことを思い出しながら自殺をする人を軽蔑し、その行為を憎む言葉しか出てきませんでした。何故、人は苦しくなると死を選ぶのか、何故、死=安楽と思うのか、何故、私の母は自ら生き続けることをやめ死を選んでしまったのか・・・やはり、残された人間の気持ちを考えない身勝手な行為です。それすらも考えることができなくなるから自殺できててしまうんだとも言います。死を選ぶ自らも傷ついているのは当然でしょう、しかし、それ以上の傷が残された者たちに命ある限り消える事無く残るのです。本当に罪深い行為です!・・・悲しいはずなのに、涙も出て来ませんでした・・・重い話なのでコメントは無理になさらないで下さい。
2008年08月12日

急なお話ですが・・・本日早朝、群馬の母が亡くなりました。いつもご覧になっている方達には申し訳ありませんが、しばらく留守を致します。帰りましたらまとめて更新致しますのでよろしくお願いします。二匹のベッピンさんに留守番お願いしときます
2008年08月11日

会社の保養システムを利用して格安で家族を連れ、軽井沢に遊びに行った仲良しの同僚からのお土産を頂きました。 左のは欧風の焼き菓子で《雷鳥の里》ウエハースの厚焼き版て感じで歯ごたえのある甘~いお菓子です雷鳥は長野の県鳥になっています。私好みのを頂いちゃったなぁ~てのが、かっぱえびせん 信州限定わさび味 約幅1.5センチ、長さ8センチの巨大なえびせんが一個一個ご丁寧に包んである!そしていつものえびせんの中に、<安曇野 大王わさび農場>のわさびが練りこんである!2パターンの限定刺激涼しげなわさびの緑と清らかな水と信州の爽やかな空を描いたパッケージがまた目を惹かせるねぇ~最初のひと口で「わっ!!わさびだよ~」「か、からっ!」次男と同時に口にした時の最初のひとこと。でもでも、2本、3本と食べ続けるうちにさすが天下のかっぱえびせん!やめられない状態にさせてしまうんだからにくいね~長野の方言で外箱にもありますが、ホントに「やめられないずら、とまらないずら!」ところで今日のニュースでは、浅間山が小規模噴火したとのことで彼女の家族が遊びに行った日も警戒警報が火口周辺の立ち入りを規制するレベル2になるかならないかのあたりだったらしいです。ご存知の方はご存知でしょうが、浅間山の麓に軽井沢があります。浅間山は長野と群馬の県境にある活火山私の子供の頃も何度か爆発したことがあり「クイズタイムショックを見ているときに浅間山が 爆発しました・・・」なんて小学校の作文まで書いたことがあります。子供の小学生くらいまでは経営する会社が、軽井沢に1戸建ての別荘と個人で、隣接するホテルの施設が利用できるマンションをもっていて、夏の2~3週間は軽井沢で過ごしていたリッチな時代もございました。今頃軽井沢は夏休みを過ごす多くの人達でごった返しているんでしょうね・・・
2008年08月10日

お昼を過ぎた辺りから<ひぐらし>が鳴き出し、雷を伴った大雨が降り出しました。それだけならまだしも横殴りの強風と一緒に今夜も夜勤なので、昼前に就寝に入った私も突然の雷音に目が覚めてしまいました。それでなくても建付けの悪い中古の家リビングの窓めがけて吹く風は我が家はすっ飛ぶんじゃないかと思うくらい長男が驚き顔で二階から下りて来て「竜神が来たんじゃないの?!」なんて申します。今日はこの辺りのお祭りそれも雨乞いの竜神様のお祭りなんです。山の中の小さな賑わい日 強風がおさまっても、雷雨はしばらく続きツバメ達も電線上で恵みのシャワーとばかりに羽をばたつかせます。愛猫の<おとめ>は・・・恐怖の雷の音がなかなか止まないのでテーブルの下に避難してます。 小止みになった頃 外を眺める小梅の目には・・・ ひとっ風呂浴びたツバメの姿・・・お祭りは雨天順延とありましたが夜になってもはっきりしないお天気ででも7時も回ると、雨乞いぽ~い小刻みの太鼓の音が・・・お社は家のすぐ側なので音もよく聞こえます。9時過ぎ・・・花火も上がるというのですが。雨が・・・降ってる強行突破の模様です。表に出ると目の前で花火「すごいじゃなぁ~い!こんな近くで見れるなんて」「上手く撮れない~!!」と、私が騒いでるうち数十発上がってアナウンスが聞こえてきました。「へっ?!もう終わり???」お山のお祭りはいとも簡単に終結です。でもお祭り自体は藁でかたどった巨大な龍でねり歩き、最後は民の願い札を結びつけたその龍をお焚き上げします。なかなか面白そうですが引っ越して去年も、今年も見てません。そういうお祭りだって今日知ったもので来年は・・・見に行ってみよっかな
2008年08月09日

朝、目が覚めたとき仕事や勉強の合間、眠気と戦いたいとき・・・主人と長男は必ずコーヒーを飲みます。買い置きのインスタントはもちろん缶コーヒーはよく飲んでます。だからって本格的なコーヒーまでには手は出しません・・・まっそんな贅沢私が許しません♪コンビニ寄ったついでに買って来てあげるくらいです~ 缶コーヒー 主人がまだ20代~30代位の飽食の時代は姑が缶コーヒーでも缶ジュースでも箱入りのまま何ケースも買ってきて冷蔵庫も飲み物専用なんてのがあったりしました。好きなだけ与えているせいか、姑や私の躾が悪いせいか?!主人は缶の飲み物は口を開けて最後まで飲みきったことがありません。いつだって半分からふた口み口は残すんです。そして、机・枕元・トイレ・玄関何処にでもおきっぱなしこぼして汚されるのが嫌な姑や私は口をすっぱくして主人に物申すのですが聞くタマではありませんでした。かたやこの時分、姑は群馬の自宅に、自分専属の《黒沢さん》ていう住み込みの家政婦さんを雇っていました。姑よりも年配の女性でマメに働いてくれていたのですがひとつだけ難点がございました。この方、すご~く《もったいながり》だったんです。特に飲食類に関してはものすごくて。私達家族が食事で残したものを捨てる事無く冷蔵庫や戸棚等に仕舞いこみます。黒沢さんにも、家族と同じ食事をしてもらうのに自分はそれを食べないで前に家族が残したものを食べるのです。自分が残り物をとって置くのも、食べるのも大~嫌いだった姑は「冷蔵庫や電子レンジの中に残り物を入れないで 捨ててちょうだい!!」と、注意をするのですが、反対に「捨てないで下さい、私が食べますから!」と、強固な態度仕舞には、言っても聞かないからと黒沢さんが買い物や実家に帰った時にさっさと捨ててしまう姑なのでした。そんなある日・・・事件は起きたのです。黒沢さんが主人の残した缶コーヒーを飲んで大慌てしたんだそうです黒沢さん「まだたくさん残ってたからもったいないと思って 飲んだんだよ。そしたらタバコが入っててねぇ~」私 「ええ~?!社長(主人)の残したコーヒー飲んだの?!」黒沢さん「まさか、タバコが入ってるなんて思わないからさ、 えらいめにあったよ」私 「あの人面倒くさがりで、灰皿ないと代わりに缶使うけど・・・ 大丈夫だった?」黒沢さん「すぐ吐き出したからね。でも死ぬかと思った」良かったね、一気に飲まないででも懲りない黒沢さんは、それからは残った缶のジュースやコーヒーはいったんコップに移してから飲むようになりました。(だから~、残り物を飲まなければどうってことないのに~)と、思いつつもそういう世代を生きてきた人にしか理解できない物への執着みたいなものがあるのかなぁと思う私でした。ちなみに現在、主人は缶コーヒーは自分でちゃんと片付けるようになったみいたいで・・・ま、昔みたいに飲み放題なんてことできませんしね
2008年08月08日

昨日、主人のラジコン会員仲間の奥様の甲府の実家で作られた桃のお裾分け巨大な桃と小振りの桃 今年は桃は高くて手が出なかったのにここにきて、一昨日お供え用に買ったもののお下がりを頂いて、今日またまた食べごろのがこんなに頂けるなんてありがたいことです♪YOKU MOKUのクッキー 先日、遊びに来た長男の彼女の手土産です「そんな~お土産なんて、遠慮する家でもないんだからぁ」と言いつつ手を伸ばす私。やっぱり、彼氏の家でも彼女の家でも気を使わねばならないなんて。手土産なんてまさに親が介入している証拠ですか?!って、私も息子が彼女の家に行くとき「ヨソ様のお宅にご厄介になるんだから何か気のきいたもの 持ってきなさいよ!」とか言っていたり・・・まだ大事に冷蔵庫の中に・・・むふふふふ 巨大ホットプレート 殆ど未使用のドでかいホットプレート。(箱入り)(なんでこんな重くてがさばる大きなモン玄関に置いとくの?!)と主人を怒ってやろうと思ったら「芸能関係で仕事をしている人が、使わないからってくれた~」またもラジコン関係の人からの恵みの品でも・・・うううむうちにも1台あるのに何処に置いておくの?!我が家の1年間におけるホットプレート使用頻度365分の1あるかないかだというのに・・・焼肉とお好みやってないなぁ~そういえばでも、使った後のホットプレートって片付けるの嫌いなんだもの~箱に入れたままで陽の目を見る日を待ってもらうしかありませんな
2008年08月07日

餃子を手作りするというのは嫁いでから初めて教わったことで、キャベツやらニラを大量に刻まなければならない餃子の皮に練った具材をチマチマと40も50も内職するが如く包んでいかなければならない手間のかかる気長な作業を経て、その上、パリパリに焼き上げなければならない本格的には皮まで作ってしまうというこれこそ手作りの極みじゃあ~りませんか姑は自慢げに「昔は皮まで自分で作って水餃子なんてしたものよ♪」とは言っていたが皮を作ることは教えてくれなかったなぁ。今では地方からお取り寄せしたりお気に入りのお店の餃子を買うなんて面倒くさがりを楽しんでしまっています。 10年程前はバリバリの主婦だったのでまじめに餃子も作っておりましたけれど・・・その頃、気分転換と小遣い稼ぎにフリーマーケットへ出店することにはまっておりました。山のように姑が買い与えてくれた幼児服のお古要らない雑貨品などがあったので処分も兼ねて。姑にバレるとまたまた烈火のごとく怒るのが目に見えていたので内緒で行ってました。初めて行ったフリマで知り合ったのが中国からお嫁に来て、当時小学1年生の男の子のお母さんでもあった<陳さん>です。日本名を<夏子>「夏ちゃんでいいよ♪」と自分から。明るく流ちょうな日本語で話します。主人が道楽の思いつきで買った小型の電子オルガンが要らなくなったので出品したのを購入してくれました。「私、向こうで餃子売ってるよ」で、試食したらこれまた、美味しい餃子だったので何パックか買わせて頂きました。夏ちゃんの餃子は中国の香辛料を使った日本のそれとは違った美味しさがありました。皮からみんなひとりで作るんだそうです。この頃お互い痴呆症の舅をかかえていて共感するものがあったので、電話をしたり、月に1度のフリーマーケットでの会話を楽しんだり、ある時は餃子を作る仕込み中の台所にお邪魔したこともありました。でもそのうち、私のところが舅が亡くなったり引越ししたり、就職が決まったりで私がフリマに出店参加する機会が少なくなったのと、夏ちゃんも、アメリカの友達を頼って渡米が決まっていたのとで会う機会もなくなってしまいました。どうしてるのかなぁ~餃子を見るとたまに思うのですけれど・・・今日も今日とて市販の焼くだけ餃子。「しばらく、うちの餃子食べてないねぇ~」と、次男のぼやき「また、この餃子かぁ~」の主人の文句にいささかプッチンしそうになりつつも約1年ぶりに作ってみようかなぁと思ったりするのです。
2008年08月06日

私の父は、阪神淡路の震災があった年、1995年の夏、呼吸不全で亡くなりました。享年67歳。今日が命日です。いつもは5日前後に休みをとって群馬に墓参りに毎年行っていたのですが、今年はお盆に行くことになりました。私は、父が亡くなるまであまり実家には帰ることはできませんでした。孫が2人できたときも帰ることは殆ど無く「孫ができたって顔が見れない孫なんてかわいくも何ともねえや!」なんて言わせていた私です。まともに帰ったのは、日々姑に強いられる数多くのことに耐え切れなくなって、嫁ぎ先を出た3度の家出の時くらい。本当に父に対しては親不孝ばかりでした。生きているうちにもっと会いに行ってあげれれば良かった、だから今、後悔することは山のようにあります。父が亡くなる数日前に電話をしました。いつもはしゃがれて、もそもそした声なのにその日はやたらたとハツラツとしゃべっていたのでなんだか不思議でした。そのとき話したのが、<下駄傷害事件>私が小学校低学年頃でしょうか。近所の小さな子供達を3~4人連れて1キロ程離れた場所にある我が家の田畑までレンゲ摘みに、親に何も告げないままでかけてしまったことがありました。気が済むまで遊びほうけて、夕方、まだ暗くならないうちにみんな引き連れて自宅近くまで帰ってくると、道の真ん中で、親達が何人も集まって話し込んでいる様子。小さな子供達はそこに自分の親をみつけると駆け足です。「何かあったのかなぁ~???」見ると自分の父親もその親達の輪の中にいます。「???」その状況が把握できないでいる私。あとからひとりのこのこやって来た私と視線が合った父はものすごい形相で駆け寄ってくるじゃありませんか!危険を察知した私とっさに父に背を向けると駆け出そうとしたのですが、この時七五三の時にお古でもらって気に入っていた下駄を履いていたんです。あわてた私は下駄の片方が脱げて、出遅れてしまいました。すかさず、父は脱げた片方の下駄を拾うとスッコ~ンと、私の頭をその下駄でヒッパタキました。 「」大人達の集まりは、夕方になってもどこにも姿が見えない子供を捜した親達が集まっていたところで、一番年上だった私が子供達を連れまわしていたのを知った父が、責任と怒りで制裁を加えたんでしょうが・・・父との会話「何もあのとき下駄でぶつこと無かったんじゃない?!」「そんなことあったっけかなぁ~」「けっこう痛かったよ、あれ」「そうか・・・」「それだけ元気な声ならまだまだ長生きできるよ! じゃぁまた電話するね」父は20歳間もない頃に<肺膿瘍>を患い片方の肺を切除するという大手術を受けています。そのせいで、呼吸器が非常に弱く年中<痰>にさいなまれ、咳も頻繁なので家族の者が風邪をひくと酷く怒ったものでした。父が風邪をひいた日には最悪、咳の為に吐血。洗面器一杯吐いたこともありました。長生きは出来ないだろうと言われて60歳過ぎまで生きたことは奇跡だったのかもしれません。電話をした前後も体調が思わしくないとは言っていたのですが、この電話の声はその心配を打ち消すような元気な声でした。父の死は静かな死だった様です。誰にも看取られる事無く、朝、家族が起こしに来るまでその死は気付かれることはありませんでした。あれから13年、今は誰にはばかる事無く好きなとき好きなだけ群馬に帰ることができます。帰って父に会うことはもうできないけれど、父の姿をみつけて来ようと思います。
2008年08月05日

先週ですか・・・食料の買い出しついでにいつも寄る《メガマックス》という家具のアウトレットの大きなお店があります。面白い雑貨品や安いインテリア小物とかもあるのでついつい見て回るんですけれど。この日の通路中央に置かれたワゴンの中に素敵な、かわいいスリッパが置かれてました。 買ってしまいました! スリッパ各種 一番気に入ったのが下の左から2番目ピンクの水玉地で包みボタン2個とレースがついてる♪それとその右のピンクの竹炭スリッパ☆他のも履き心地いいのや、かわいい生地、いいデザインなんてのがたくさんあってその中の10種ですで、このスリッパどれでも30円でも、み~んな片足なんです~!!買った以外にもまだ30個位あったけれど色違いすらなく全部別物の片足のスリッパそれもみんなしっかりとした作りで丁寧にできているし。先日買った、中国製夏物のスリッパ1足298円より数段出来の良い日本製でも片足これひとつ作るのにどれだけの時間と材料費かけたの??30円で片足だけ売られるなんて作った人は泣いちゃうよ。自分がものを作るのが好きなだけにこんなことも考えてしまう・・・嫌な性分だ・・・でもなんで片足だけこんなにいっぱいあるんだろう???もしかしてスリッパの商品サンプル?そうよね、商品でこんなに片足だけ残ってたらえらい赤字だろうし・・・サンプルなら片足で十分だろうしじゃあ、誰か片足だけのスリッパ買いますか?型が同じで色違いならチグハグでも、まだ履いててバランスはとれるけど、人様にはお見せできないものがある。ましてや、型も色も違うスリッパなんて誰も見向きもしていない勤め先の同僚さんに聞いてみました。「片足だけのスリッパ10個、何に使う?」「使うよりも何よりも、お店で片足だけのスリッパ見たら、 こんなの誰が買うんだろうねって言いながら 通り過ぎるよ」・・・賢明なご意見を拝聴させて頂きました・・・自分で使い道も考えてみた1.ゴキブリ、害虫用叩き 我が家ではとっさに近くにあるもので叩くので あえて用意することもない2.レターラックの代替 つま先を下に壁に取り付けて。 幅が足りなかった、それに先詰まりなので到底無理3・(ならばと、)小物入れ う~んなんかいけそう4.天海祐希の真似をしてみる 積水ハウスのシャーウッドのCMで天海祐希が 子供の頃の草履に草花を生けて壁にかけているシーン ちょっと真似してスリッパじゃ・・・どうかなぁ?5・ネットでアイデア検索 <スリッパラジコンカー>なるものを発見 ラジコン好きの主人に頼んでまで作るものでもない。 実 行 玄関、リビング、トイレにちょいと置いてみた・・・ついでに履き心地のいいのは履いてみたどっちも履き具合めちゃくちゃいいのにね~しばらく履いてよっかなぁ
2008年08月04日

昨日に引き続き長男の彼女がお泊りだったので息子2人と彼女の4人で近場に(とは、いっても7~8キロ先)7月オープンしたファミレス《ココス》に夕食です・・・夜の10時ですこの辺にはココスはあまり存在しないのでもの珍しくて、次男は自分で2度程来ていました。値段的にはロイヤルホスト並ですか。メインよりもデザートに目が行ってしまった私はダイエットなんては二の次に食後でなく出来次第持ってくるよう頼んだのでしたマンゴーの黄色いパルフェ この時の会話私 「なんか盛り付け方がメニューよりもヘタクソ~」長男「当たり前ジャン!メニューの方がヘタクソなんてある分けない し、プロが盛り付けて撮影してるんだから」私 「基本に忠実に作って欲しいなぁ~」で、主食は八宝菜のあんかけ卵チャーハン カロリー控えて温野菜のサラダにしようか?魚介のスープスパにしようか迷った挙句彩りに負けて頼んだお品。あんは自分で後がけ。ジュゥ~って音がいいねぃ♪5分の2位残したけど・・・美味しい、えび2匹彼女がチーズの包み焼きハンバーグ息子二人が頼んだのは~ 包み焼きハンバーグ で、息子たち3人で食べると行って頼んだ、カリフォルニアタコサラダタコスの皮を揚げて器にしサラダを入れたものに、アボカドベースのガッカモーレとチャンキーチキンがトッピング。崩したり、サルサをつけたりして食べます♪アボカド好きの長男のご希望品おのおの好きなだけ取り皿に取ってたんですが、そんな中彼女がカットトマトをテーブルの上に落としたんです。みんな注目、しばし沈黙・・・長男が突っ込みを始めたその時の会話長男「おい、トマト落としたまんま?」彼女「あぁ、ごめんなさい」何もなかったかのごとく、拾ってもとのサラダにトマトを戻す彼女長男・私「戻すのかよ!」彼女「え?!いけなかった?」長男「普通、別皿にどかすとか、早稲田の女子ならその場で 拾って食べるとか、自分の皿にのせるとかするだろう~」彼女「へぇ~そうなんだぁ」見ていて苦笑いの次男、黙ってその落ちたトマトごと自分の皿にサラダを取って食べる。私 「食べちゃうんだ~」まぁ、彼女の行為はおよそでしたらえらくヒンシュクを頂いちゃうものでしょうが、我が家はこんな感じです。楽しいお食事タイムでした
2008年08月03日

10年程前我が家は今よりもはるか町なかに居住しておりました。2階にあったベランダは家の南東を囲うようにあって、東側にはお稲荷さんと小さな庭がつくられていました。そんな場所で当時可愛がられていたのが 兎のチャコ息子たちが小学生の時、2匹姑が購入してきて、野うさぎ模様の1匹は事故死(長男の同級生に誤って踏まれてしまいました)残った方のパンダうさぎでございます。むろん子供達は面倒なんて見るわけもなく私の担当になってしまったわけで。ひとりで広いベランダを走りまわっていました。亡くなる2~3年前、留守をした間に後ろ左足を傷めたらしく、ビッコをひくウサコになりました。目の前の家が動物病院だったので、対処を聞くと小動物なので麻酔も大変とか、無理に治療しなくても元気ならそのままの方がいいかも・・・みたいな話。確かにビッコうさぎのチャコは元気でした。「チャコ」と呼べば片足引きずりながらも脱兎のごとく(ってうさぎなんですが)走り来て、庭の土を掘っては、腹を冷やして暑い夏をのりきってきましたが、10数年生きたうさぎのチャコにも寿命がきたらしく平成10年の3月亡くなりました。ひとり、泣きました・・・その約1年後に、この自宅の前の空き地に捨てられていたのがおとめとすぎぞう 私が庭掃除をしているとこの辺りではあまり聞かない子猫の声が・・・どうやら道路向こうの広い空き地からのようで。草むらからひょっこり顔を出していました。最初に目に入ったのはすぎぞうの方でも鳴いてお知らせしていたのはおとめの方でした。この時飼っていたのは、雑種犬1匹と鯉だけだったし猫好き家族に反対者はおりませんでした。しばらくして気がついたことがありました。目の錯覚なんでしょうけど・・・おとめの頭の模様にうさぎの影が見えるんです。右を向いたパンダうさぎに見えませんか???「チャコだ」!チャコの生まれ変わりかもしれないと思いました。今もおとめの中にチャコを見ることができます
2008年08月03日

私はマメで規則正しい人間ではないので昔から小遣い帳なんてものはつけられません。日記帳だって気分の良し悪しでつけるので、トビトビの日記です。・・・ブログが続いているのが不思議ですさて、嫁にきて、酷な事をさせられるのは多々ありましたが、「家計簿と献立表を書きなさい」と、姑に言われた時は目の前が真っ暗気分になりました。「かけるわけないじゃん!!」でも、そう言っても許されるわけないし、怖いお叱りはも~っと嫌だったので仕方なく考えて考えて、ワープロで打ち込んだ献立表が先日1枚だけヒョッコリ出てきました 約2週間分の朝と夜の献立です。私はカロリー計算できる人でなく、栄養バランスも思慮できる賢い主婦ではないし、姑が10日~20日に1度まとめ買いをして来るのでその食材を利用して、同じものを作ってはいけないという酷な制限付きの献立表でございます。見る人が見たら呆れますよ~姑はこの献立表をちゃ~んとチェック。台所に掲示しておくのであります。何故ここまでするのか・・・?以前はなかったんですよ。でもある日の夕食、フライ物を作ったら、姑や主人達は、外まわりの営業やメンテナンスが多い仕事なのでお昼はカツどんとかの油ものだったらしいんです。「お昼もフライ物だったのよ!1日に何回も油物なんて食べられないわよ!」とか、ご立腹私は家にいるんですもん、そんなのどうにもならないじゃな~い!とか、思いますでしょすると、「お嫁さんだったら、会社に電話するなりして今夜召し上がりたいものありますか?ってくらい聞くものよ」なんてお言葉が出てくるわけですよ。そんなことが数回あった挙句の献立表です。「食事するとこに貼っておけば、外で働く者は朝食の時見て今夜は○○だから、お昼は○○は食べないでおこうって思うでしょ」・・・なるほど・・・なんですけど、続いて1ヶ月~2ヶ月・・・どうも根っから強いられてやることは続けることが死ぬほど苦痛な性分らしく、家計簿とて同じこと。結局、怒られてましたね、続けられなくて・・・まっ、最終的には姑が根負けしたのか、呆れ果てて言うのも疲れたのでしょうか???自然消滅させてしまった私でした。いいじゃないの、頑張って美味しいもの作ってあげればっとは、当時思ったかどうかは覚えてませんが、専業主婦やっていれば料理本見て美味しそうなもの作ったり冷蔵庫の中整理しながら献立たてたりしてみたいですよ~でも、私のことだから3日坊主なんですよ。きっと
2008年08月02日

私の勤めている会社で働く人は多国籍です。日本人の他に、ポルトガル・スペイン・中国等の派遣の方達なんです。大体、片言で二言三言、難解な内容や都合悪くなると?!「私日本語わからなぁい」中には、日本語の達者な方もおりまして片言な人達の間に通訳に入る程の方もおります。そんな中、ロッカーが近くだったせいもあり挨拶するようになったのは<グレゴリア>というスペイン生まれの私より少し年上の女性でした。「おはよう!元気?しばらく見なかったね?!」「今日は暑いねぇ~」「遅いね、残業あったの?たいへんねぇ~」彼女がかける声はいつもハツラツとして元気に満ちあふれています。あんまり日本語が上手なので何年日本にいるのか聞くと6年だと言うのでビックリ私なんて学校で6年やったけど英語しゃべれないもん♪尊敬してしまいますね。スペイン人のうちの息子と同い年の男性は働いたお金を国の家族に仕送りしているとか家族の為に頑張ろうとか、役に立とうとか目的意識の高い、家族愛のある外国の方達を見ていると自分本位の為だけの今の若者!日本人!しっかりせにゃぁ~いかんと、発破かけて貰いたいくらいですねある日、私と同じグループで働く男性が(日本人)グループ内のメンバー5~6人にだけビニール袋にパンパンに詰め込まれたクッキーをくれましたカントリーマアム バニラあまりの量の多さにビックリだって、けっこうなお値段しますよね、このクッキー奥様がこのメーカーにお勤めで、山のように配給されるのか何なのか、その恩恵に与ったわけでして。全部で50個程あったでしょうか、あんまり持って帰っても太るもとなので半分程グレゴリアにお裾分け彼女も大喜びでお持ち帰りでしたね~♪今年の春からは、グレゴリアと仕事が重なる機会が増え、私はいつしかグレゴリアのことを<グレちゃん>と呼ぶようになりました。でも面と向かって<グレちゃん>なんて恥ずかしくて直接呼んだことはありませんでも、夏になって<クーリングオフ>なんて訳のわからない国の都合だか、会社の都合だかで同じ部署で働けなくなる期間があるとかで<グレちゃん>は人数制限の中に引っかかってしまったのか?!会社にあまり来なくなってしまいました。いつも私より最初にロッカーの前で着替えをしていて、元気に声をかけてくれていた人がいなくなってしまうと寂しいもので・・・(夏休みで里帰りでもしているのかな~)とか思いつつちょっとがっかりの毎日が十数日続きました。一昨日、同じスペイン人の同僚に「最近グレゴリアみかけないけどどうしたの?」と聞くと、辞めたという。がぁぁぁんずいぶん唐突な話で、「さよなら」も言えなかったじゃない何だかちっさい穴が開いた気分になりました。コンビニに一袋だけカントリーマアムが売れ残ってたので買ってきました。グレちゃんとの思い出つなぎはこのお菓子かぁ~とか思いながらポリポリしつつブログしました。
2008年08月01日
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