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今日の夕方のNHKニュースを見ていたら、「弘法大師の誕生地」として四国75番札所善通寺が紹介されていました。そこで善通寺を案内する善通寺僧侶が登場しましたが私が高野山に居候していたお寺にアルバイトに来ていたS君ではないですか!(@_@;)なんとなく見覚えのある顔ですが、かなり歳を取った(*^_^*)15年も経つと会っても判らないかもしれません。空海の誕生地は畿内?ー「弘法大師 伝承と史実」の衝撃 2再び真言宗と弘法大師 再び空海の誕生地は畿内?再び空海の誕生地は畿内?ー2再び空海の誕生地は畿内?ー3善通寺の逆襲?善通寺の逆襲2 ー弘法大師畿内誕生説への反論善通寺からの回答 この研究の方はどれくらい進んだのでしょう?研究成果が知りたいものです。
2014年05月27日
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ネットをこんなニュースが駆け巡りました。世帯貯蓄、平均1739万円=株高で過去最高-13年家計調査~~~~~以下引用~~~~~総務省が16日発表した2013年の家計調査報告(2人以上の世帯)によると、1世帯当たりの平均貯蓄残高は前年比4.9%増の1739万円となり、増加率、金額とも02年の調査開始以来最高となった。安倍政権の経済政策「アベノミクス」による株高で有価証券の評価額が2割以上上昇したことが寄与した。2014/05/16 時事ドットコム~~~~~以上引用~~~~~これを受けてネット上では「貯蓄が1739万円もあるのか?」という疑問の声が出ています。>安倍政権の経済政策「アベノミクス」による株高で有価証券の>評価額が2割以上上昇したことが寄与した。有価証券の評価額が増えるとなんで貯蓄が増えるのという点も不思議で元の調査に当たってみました。家計調査報告(貯蓄・負債編)-平成25年(2013年)平均結果速報-(二人以上の世帯)1、二人以上の世帯の貯蓄現在高は1739万円2、貯蓄保有世帯全体を二分する中央値は1023万円3、年間収入は616万円勤労者世帯に限ってみると4、貯蓄現在高の平均値は1244万円5、中央値は735万円6、年間収入は708万円異常に高い数字が出ているようですが、これまでの最低が2009年は全体が1638万円、勤労者世帯が1203万円でそれほど変わっているわけではないです。ちなみに勤労者世帯は2003年と2005年が1292万円で最高ですから下がり気味といえます。アベノミクスの宣伝で衝撃的に書いたんでしょうか。7、平均値(1739万円)を下回る世帯が68.0%8、貯蓄現在高が最も少ない100万円未満の階級が占める割合は10.0%ちなみに4000万以上の世帯が11.1%2000万~4000万の世帯が16.9%と金持ちが4分の1以上となっています。勤労者世帯に限ってみると100万以下の世帯が12%4000万以上の世帯が5.7%2000万~4000万の世帯が13.3%です。9、1世帯当たり貯蓄現在高をみると,定期性預貯金が724万円生命保険などが379万円通貨性預貯金が356万円有価証券が240万円金融機関外が40万円10、勤労者世帯についてみると,定期性預貯金が450万円生命保険などが320万円通貨性預貯金が295万円有価証券が116万円金融機関外が63万円 貯蓄と書いてあるので預貯金かと思っていましたがいわゆる預貯金(定期性預貯金ー定期、通貨性預貯金ー普通)意外に生命保険や有価証券も含まれているんですね。一般には金融資産と呼ぶべきものです。保険ならば積み立て式の生命保険や学資保険などを合わせると200万~300万位になる人も少なくないのではないでしょうか。金融機関外というのはタンス預金でしょうか?つまり一般の人が考える預貯金は全体で1080万円、勤労者で745万円ですね。また、貯蓄の内訳を貯蓄高別表から見ると面白いことが判ります。有価証券は200万以下の世帯では2.9%に対し3000万以上の世帯では18.9%一方タンス預金は200万以下の世帯では4.3%に対し3000万以上の世帯では1.8%定期と普通の割合は200万以下の世帯では51.4%、25.7%に対し3000万以上の世帯では16.9%、42.9%と逆転しています。金持ちになるには定期で積み立てて有価証券に回したらいいのでしょうか?11、二人以上の世帯の負債現在高は499万円12、二人以上の世帯の負債平均値は499万円13、勤労者世帯についてみると,負債現在高は740万円勤労者世代では預貯金745万円、負債740万円ですから借金が多いという人も少なくないでしょう。現実に50歳以下の世代では保険や有価証券を含めた貯蓄を負債が上回っています。14、30歳未満の世帯の貯蓄は288万円15、60歳以上の世帯の貯蓄は2384万円60歳以上は30歳未満の世代の8倍以上の金融資産を持っているということでしょう。この世代間格差には驚きました。なお、この先も家計調査報告は続くのですが書くのが面倒になりました。興味のある方は、ご自分でお調べください。また、肝心なことが抜けています。これは2人以上の世帯の調査ですから、単身者は含まれていないということです。一般に単身者は世帯を持っている人に比べて年収が低く金融資産も少ないと思われるので現実世界とはかなりかけ離れた調査のように思われます。最後に新聞屋の諸君に言いたいのですが官庁からの報道を垂れ流しにせずに、分析して一般の人にも分かりやすく書いてくださいね。こっちはわざわざお金を払って記事を読んでいるんです。それぐらいはしてもらってもいいと思います。いかがでしょう。
2014年05月19日
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最後に確定した札所と明治期には廃寺になっていた四国霊場について質問がありましたのでアップしてみます。25番 津照寺明治の改革に遭い地領は一旦政府に没収亦は小作農民に払い下げとなり寺は廃寺とされました。 荒廃にまかすこと約十数年明治十六年ようやく寺名復興を許され今日に至った。27番 神峰寺明治初期、新政府の神仏分離令により、天照大神などを祀る神峯神社だけが残り、本尊は二十六番金剛頂寺に預けて一時廃寺の悲運に遭った。明治中期に、もと僧坊の跡に堂舎を建立して本尊を帰還させ、霊場は復活した。だが寺格がないため、大正元年、茨城県稲敷郡朝日村の地蔵院を移して認可を得るなど、苦難の道を歩んで今日にいたっている。28番 大日寺明治新政府の神仏分離令によって一時は廃寺となったが、本尊は「大日堂」と改称した本堂に安置していたので救われ、明治17年に再興されて現在にいたっている。30番 善楽寺明治新政府による廃仏毀釈の難を受けて寺運は一変し、昭和4年に再興されるまで苦難の日々が続いた。その後、2ヶ寺で納経ができるなど混迷の時期を経て、平成6年1月1日を以って「善楽寺」は第三十番霊場として現在にいたっている。60番 横峰寺明治新政府の廃仏毀釈令により寺は廃寺となった。明治42年になって、檀信徒の協力によりようやく復興している。62番 宝寿寺明治維新の廃仏毀釈令に遭い、明治10年に再建されている64番 前神寺明治新政府の神仏分離令により寺領を没収され、廃寺を余儀なくされた。その間、石鎚神社が建立されたりしたが、明治22年に霊場として復興した。79番 高照院明治新政府の神仏分離令により、摩尼珠院は廃寺とされたが、天皇社は白峰宮となって初代神官には摩尼珠院主が赴任した。明治20年、筆頭末寺の高照院が当地に移り、金華山高照院天皇寺として今日にいたっている。上記はすべて四国八十八ヶ所公式ホームページからの引用です。他にもあったと思うのですが、すぐに調べられませんので追って書きたいと思います。四国霊場がこれだけの苦難を乗り越えてきたというのはやはり信仰の力でしょう。一方で安易に商業的な宣伝を行って事実を曲げようとすることには異議を唱えたいです。
2014年05月07日
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皆さん、高野山の三鈷の松と飛行三鈷杵の話を御存知でしょうか?~~~~~以下引用~~~~~伽藍、御影堂の前にある松の木を「三鈷の松」と呼んでいます。弘法大師が唐(中国)へ渡って、明州(現在は寧波という地名だそうです)の港から、密教法具の1つである「三鈷杵」を、東の空に向けて投げました。時に、大同元年(806)であったといいます。投げた理由は、「わたしが受け継いだ密教を日本の国で広めるのにふさわしい地に飛んで行くように・・」というものでした。帰国後、その三鈷杵を探し求めると、高野山の松の木にかかっているということが分かりました。こうして高野山の地が開かれ、真言密教の道場となり、松の木は「三鈷の松」と呼ばれるようになりました。高野山 霊宝館のサイトより~~~~~以上引用~~~~~現実に中国から日本へ三鈷杵を投げるなど不可能。田中将大が投げても海の中。室伏広治が紐を付けて投げても無理(*^_^*)たまたま低空飛行していた飛行機に幸運に三鈷杵が引っ掛かりそれが宝くじに十回連続で当たるような確率で高野山上空で落ちたとしてもそれを見つけるのは不可能に近い(*^_^*)あんな山の中に高野山平原といわれる天空の平地が広がっているなど普通は想像できませんから、高野山に伽藍を作るなど当時としては狂気。反対する人々を「この土地は選ばれた場所なのだ」と弘法大師が説得する話として作られたのかもしれません。しかし、現実には高野山は平地故に発展し、東洋最大の宗教都市となったことを考えれば、ここを真言密教の根本道場として開かれた弘法大師の読みの深さに驚きを隠せません。だから三股の話は完全な作り話だと思っていたのですが、ある方が現実に可能であることを書かれていて驚きました。飛行三鈷 -承転結-四次元空間を通せば、唐から高野山へ三鈷杵を投げることは不可能ではありません。おお~凄い発想(@_@;)ただ、これを思いつかれた方もこう締めくくられています。「4次元」の話は飛躍しすぎの論理でもあるから、「飛行三鈷」のお話は「そのように伝承されるほどの偉大な宗祖であった」と伝えるのが良いのかも知れない。ところで弘法大師の即身成仏義の偈頌にはこうあります。六大無げにして常にゆがなり四種曼荼各離れず 六大というのはこの世を構成していると考えられていたもの現代の言葉で言えば、元素といえるかもしれません。(厳密には意識も含まれるので元素だけではない)それが四種曼荼羅の形で現れてくるというのです。四種曼陀羅とは生き物・無生物・それ以外の眼に見えない風や波の音などこの世にあるすべてのものを指しています。つまり六大無げにして常にゆがなり四種曼荼各離れずというのはこの世を構成する元素は常に絡み合ってこの世の構成するありとあらゆるものを作り出ししかも、お互いに分離しているわけではない。ということです。人間は自分と他人が別物のように思っていますが、素粒子レベルなら、あなたと他人その間にある空気は分離しているわけでなく、素粒子密度に違いがあるだけなのです。二十世紀なら事実かもしれませんが、千二百年前にこんなことを知っている人がいたとは驚きませんか?(*^_^*)
2014年05月01日
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