全8件 (8件中 1-8件目)
1
2月22日に真言宗大覚寺派が声明公演を吉野川市で行う予定です。詳細は後日お知らせいたします。声明というのは仏教音楽。以前に「真言声明」をユーチューブで検索したら私の高野山時代の同級生が出てきました。よく聞くと、音がおかしい。緊張しているんですかね?(*^_^*)タイトルの呂律というのは、その声明の曲の種類なんですね。いくつか決まりがあって、「呂」の曲と「律」の曲ってのは明確に違います。その「呂」と「律」がごっちゃになったような状態を酔った状態に例えているんでしょう。さて、その練習に昨日は向かいました。今までに、実は4度練習があったのですが、公私多忙につき?欠席しておりました。先日の近隣寺院持ち回りの法要では某住職から「みんな真面目に練習に参加していますよ」と言われ、暗に「三人文殊さんは不真面目」と言われてしまった(;一_一)もう、そろそろ行かねばなるまい。まあ、プロ野球でも一軍は後から登場しますからね(*^_^*)練習場所は市内中心部のA寺。立派なお寺だと聞いていましたが、想像以上に立派でした。玄関を入ると、密教関係の書物が並んだ応接を通り、大法要の会所にするであろう書院?が練習場所でした。冷暖房も完備しているようで、トイレも広くてきれいです。また、ごちゃごちゃ物が置かれていて整理されていない当院とは大違いで余計な物は全くおかれていません。まあ、住職の性格でしょうね(*^_^*)さて、練習が始まりましたが、既に4回練習した割には演目も正確には決まってない様子(@_@;)取りあえず「四智梵語」を全員でお唱えします。「四智梵語」といえば、真言宗の法要では最も唱えられる声明ですから、大体は合っています。まあ、こんなもんだろう、練習したらイケる(*^^)vと私は思ったのですが・・・遠方から初参加のK僧正が「う~ん」と悩んでいます。「決めるところが多すぎるな」「ここは、掛かるか、真っすぐか」「ユリの音は最後は入れるか出すか」「ユリ掛けの数は2・3・3だけど・・・」「ここでは半音下げるか一音下げるか」「モドリイロは3.5?」「ユリは下から?上から?」一文字ごとに、節が付いているのですが、その一文字ごとに、これはどうすると検討するのでなかなか進まないです(*^_^*)「ここでは半音下げるか一音下げるか」というのが議論になり、半音下げて習った人は挙手してと言われましたが・・・「私は半音下げて習ったか、一音下げてたか判らないです」全員の冷たい視線が刺さる(;一_一)その半音と一音の違いが良くわからんのですけど(;一_一)ちなみに私が高野山で習った先生は「ここで1オクターブ下げる」とよく言ってました。1オクターブも下げたら、声が出ませんけどね(*^_^*)声明は、西洋音楽のように絶対音階を使っているのではなく相対音階で、自分の声の高さを11段階に分けて唱えます。相対音階ということは、普段から相当練習していないと自分の音階は判らないです(*^_^*)ところで、練習には「声明類衆」という正式な本を持ってきたのですが、改めて開いてみると、普段唱えている声明はこんな音階で、こんな唱え方をするんだと驚いたりして(*^_^*)こう書くと普段はどうしているんだと言われますが、普段は仮譜と言って、「大体こんな感じで唱える」というのが節で書いてある物を使います。これが結構違う(*^_^*)なんで、そんな違うもので唱えるかと思われそうですが、「声明類衆」そのままでは、複雑すぎて判らない(*^_^*)結局、実用では仮譜で足りるので、「声明類衆」を開いて確認することはないんですが、こういう正式に公演を行うとなると正式にしないといけないです。あっという間に2時間が過ぎて行きました。まだ4カ月あります。なんとかなるでしょう(*^_^*)
2014年10月30日
コメント(11)
こんな記事を見つけました。~~~~~以下引用~~~~~宗教学者の島田裕巳氏 簡略化した葬儀「0(ゼロ)葬」を提案 遺族に負担をかけず、静かに逝きたい。葬儀費用約200万円、お墓代約280万円(東京都)ともいわれる従来の「終活」を見直す動きが高まりつつある。そこで宗教学者の島田裕巳氏が提唱するのが「0葬」である。一銭も払いたくない、払わせたくないと願う人々が実践する新たな「葬られ方」をレポートする。 日本の伝統習俗への疑問は、最近巻き起こったものではありません。近代に入って最初に「葬式はいらない」と唱えたのが自由民権運動で知られる中江兆民です。遺言には「死んだらすぐに火葬場に送って荼毘にしろ」とありました。 文豪・夏目漱石も葬式不要論者の一人で、自身のロンドンでの留学体験を踏まえて書かれた『倫敦塔』という小説のなかに、「余は死ぬ時に辞世も作るまい。死んだ後は墓標も建ててもらうまい」といった言葉を記しています。 それでも戦前の日本には、「葬式」に求められる役割がありました。日本はまだまだ貧しく、人々が天寿を全うできる状況になかった。戦争や天災、疾病などで命を落とすことは“日常”でしたし、大往生は限られた者にしか許されなかった。 若くして亡くなった無念を晴らすために遺された者が供養をし、その“功徳”によって死者を極楽浄土に導くというシステムが社会的に求められたんです。 でも、豊かな暮らしを多くの人々が享受でき、平均寿命が80歳に届かんとする現代では、こうした浄土教信仰の基盤が崩れつつある。 都市部への人口集中や核家族化など日本古来の伝統に押し寄せる波も、もはやとどめようがない。私はそれらを悲観するよりも、「これで葬り方の『自由』を得ることができる」と歓迎したいと思っています。 日本の仏教が“葬式仏教”と揶揄されるようになって久しいですが、葬送の場において、仏教は役割を終えつつあります。 それを象徴するのが戒名です。「戒名は、仏教の信者になった真の証」というのが仏教界の考えでしょう。しかし現代では仏教への信心によってではなく、社会的地位、もっといえばお布施の額によって戒名の立派さが決まります。 私は「院号のインフレ化」と呼んでいますが、かつての村社会では有力な門家しか授かることができなかった“院号”が、今ではお金さえ多く払えば誰でも授かることができるようになりました。 背景にあるのが現代における“寺院経済”の歪みです。都市部では檀家との関わりが薄く、年忌法要も減少しているので、お寺としては葬式時のお布施が有力な収入源です。その際、院号のついた戒名を授けることで、より多額のお布施を得ようというのが寺院側の狙いなのです。 現在では戒名の半数以上が院号のついた戒名とされ、50万円以上のお布施を寺院側に渡すことも珍しくはない。 仏教とは、民に「平等」を説くことを旨としている教えのはずなのに、こうした戒名制度は明らかに矛盾しています。現実社会との乖離は、「葬式」のあり方を見直す気運の高まりと無関係ではないでしょう。葬式や告別式を行なわない直葬、海や川に遺骨を撒く自然葬といった葬り方が広がっているのは時代の“必然”です。 そして私は、簡略化された葬儀のさらに先をいく「0(ゼロ)葬」を提唱したい。 遺骨の処理は火葬場に任せ、それを引き取らないという選択です。多くの火葬場では遺族が遺骨を引き取ることが前提となっていますが、申し出があれば遺骨を引き取らなくても構わない火葬場が一部にあります。 残された遺骨は契約業者が引き取り、骨粉にされた上で、寺院や墓地に埋められ、供養される。そして、火葬だけで済めば業者に頼んでも10万円でおさまるから、遺族に負担がかからない。墓を「造る」「守る」といった心理的、そして金銭的重圧に現代人は悩まされていますが、そこから自由になれます。「0葬は人の葬り方ではなく遺体処理だ」といった反論もあるでしょう。でも、80歳、90歳を過ぎ、人生を謳歌したのなら、「遺体処理」でもいいのではないか。来世こそ極楽へ──といった憂いを抱く方も少ないと思います。 墓がなければ墓参りに行けないと思われるかもしれません。しかし、墓参りは都市部への人口流入に伴って郊外に墓が建てられるようになってからの新しい習慣に過ぎない。 故人のために親戚が集まりたいなら故人を偲ぶ食事会を開けばいいし、そこで遺族たちが思い思いに故人の「思い出」を語るなら、形だけの墓参りよりも、実りあるのではないでしょうか。※週刊ポスト2014年3月21日号~~~~~以上引用~~~~~これほど突っ込みどころのある文章も珍しいですね。島田裕巳氏の「宗教常識の嘘」という本は秀逸で一般的に言われているように「日本人は宗教に関心が無い」わけでなく「日本人は世界でもとりわけ宗教性が強い民族」という切り口は新鮮でした。島田氏は日本の宗教について詳しく知っているはずなのに何故こんな文章を書くのか、不思議でなりません。>戦前の日本には、「葬式」に求められる役割がありました。>若くして亡くなった無念を晴らすために遺された者が供養をし、その“功徳”によって死者を極楽浄土に導くというシステムが社会的に求められたんです。こんな事実はないでしょう(*^_^*)「無念を晴らすために」供養したのではなく「死者への恐れ」がそうさせたのだし、供養して「極楽へ導く」のではなく残された者を守るためでしょう。>平均寿命が80歳に届かんとする現代では、>こうした浄土教信仰の基盤が崩れつつある。葬式に対する信仰が崩れつつあるのは、寿命が延びたのでなく戦後の人口移動によってその地域に住み続ける農村社会が崩れたのが原因ですよね?>私は「これで葬り方の『自由』を得ることができる」と歓迎したい葬り方の制約など元々ありません(*^_^*)自分でも中江兆民や夏目漱石の例を引いているではありませんか。>仏教とは、民に「平等」を説くことを旨としている教えのはずなのに、こうした戒名制度は明らかに矛盾しています。この言い方は奇怪です(*^_^*)お布施を出せばどんな戒名でも授けるというのはむしろ平等では?お金を出しても特定の人には特定の戒名しか授けないというのが「差別」のはずですよ(*^_^*)>残された遺骨は契約業者が引き取り、骨粉にされた上で、寺院や墓地に埋められ、供養される。>そして、火葬だけで済めば業者に頼んでも10万円でおさまるから、遺族に負担がかからない。仏教式の供養を否定している筆者が寺院での供養を想定しているとは奇怪極まりないです。ゼロ葬というなら「寺院」での埋葬や「供養」は否定しましょうよ(*^_^*)遺族の負担があるのは仕方ない。親や先祖にどれだけ世話になりました?今の自分があるのは先祖のおかげではないですか。>墓を「造る」「守る」といった心理的、そして金銭的重圧に現代人は悩まされていますが、そこから自由になれます。もともとお墓は幸福増進装置。先祖を祀ることによって、子孫は繁栄するという考えのもとにお墓は作られています。先祖が必死で守ってきた財産は、子孫のためのもので、親から貰ったその財産を受け継いで、次世代の子供に引き渡す。それがうまくいくようにご先祖様に感謝しながら供養する。それがお墓ですよ。それを重圧だと感じるようであるなら、財産を受け継ぐこと自体に重圧を感じるべきです。先祖の残した財産で勉強させてもらい、その成果で成功した。それが自分の力ですか?先祖を祀ることが重圧になるってどうなんですかね?>80歳、90歳を過ぎ、人生を謳歌したのなら、「遺体処理」でもいいのではないか。親を「遺体処理」でもいいと言い切るこの人の人間性はどうなんだろう?>しかし、墓参りは都市部への人口流入に伴って郊外に墓が建てられるようになってからの新しい習慣に過ぎない。ここまではっきり間違えていると、指摘する必要もないですよね。墓参りの習慣がいつから始まったのかはわかりませんが、少なくとも江戸時代までは遡るはずです。>故人のために親戚が集まりたいなら故人を偲ぶ食事会を開けばいいし、そこで遺族たちが思い思いに故人の「思い出」を語るなら、形だけの墓参りよりも、実りあるのではないでしょうか。この人は基本的に宗教を理解していないですね(*^_^*)形があるからこそ、中身が無くなっても伝えられていくのですが形が無くなったら、何も伝わりません。故人を偲ぶ食事会???こんなものを開いたという話は聞いたことは無いし、わざわざ、遠方からこんなものに参加する奇特な人も現代では少ないのではないか?それに一族の成功者が親族の優秀な人間に援助するような時代ならともかく、個人主義が広まって、親族間のつながりが薄い現代では「故人を偲ぶ食事会」を開く価値のある人は少なくないか?単純に法事をして仏壇の前に親族が集まり、供養した後にお墓詣りをして食事をとるスタイルでは、なぜだめなのか?「故人を偲ぶ食事会」などわざわざお金を払ってまでくる人はいないだろうから、主催者の持ち出し額は法事より大きくなる可能性もある。最近、たまたま古い過去帳の整理を頼まれましたが、意外なことに、かなり遡って、きれいな家系図ができました。こういう整理を依頼されると、今生きている人に辿りつくまでにどれほど際どい状況があって、その方の先祖が苦労してきたかしみじみと感じます。ただ、残念ながら依頼者の方は、私が感じているほど感慨深い思いはないらしい(;一_一)現在のように先祖の財産を兄弟で分け、先祖が必死に守ってきた伝来の田畑を売って、その家が無くなりつつある状況は見ていて悲しい(;一_一)まあ、ゼロ葬でも何でもしたらいいですわ。その程度の供養しかして貰えない人間に大した価値はない(*^_^*)ご意見お待ちしております。
2014年10月26日
コメント(4)
ついでに、徳島ヴォルティスも書いておきましょうか。17位のセレッソ大阪に負けて、予想通り?J2降格が決まった徳島ヴォルティスです。17位セレッソ大阪 勝ち点 29 7勝8分け14敗 18位徳島ヴォルティス 勝ち点 13 3勝4分け22敗 圧倒的な差がついて降格決定ではありますが、シーズン初めに「一勝もできないのではないか」と言われたことを考えれば善戦?地元では「気合いが足りん」とか「取り組みに問題がある」という厳しい意見が多いようです。実際、期待していたほど経済効果も上がっていないので(弱すぎて盛り上がりに欠ける)余計かもしれません(*^_^*)ただ、過去の記録を調べると、毎年最下位チームは結構ひどい成績で、徳島が「特別ひどい」というわけではないみたいです。3勝したので、昨年の大分の2勝よりは上に行きましたね(*^_^*)一方で、もう少し頑張ってほしいところもあります。まず勝ち点 これまでの最低は2013年の大分と2012年の札幌の14ですがこのまま5試合で勝ちも引き分けもなかったら、最低記録更新。次は最小得点 これまでの最小は2007年の横浜FCの19点、現在15点なので頑張って5試合で5点取りたいですね。最後に得失点差、これまでの最低は2012年の札幌のー63現在ー52なので、あと5試合で-10に収めたいところです。降格が決まったとはいえ、まだまだ目が離せません。
2014年10月25日
コメント(0)
昨日はプロ野球のドラフト会議でしたね。プロ野球を目指す若者にとっては長い一日です。徳島では前日に、3勝22敗、得失点差マイナス52という超ぶっちぎりでJ1降格を決めた?徳島ヴォルティスの悪夢から打って変って、四国IL徳島からは二人の指名がありました。中日8位の山本選手と楽天5位の入野選手です。二人とも活躍出来るといいですね。さて、京大の田中英祐が2位指名って凄いですよね(@_@;)活躍できるんだろうか?東大のプロ野球選手は5人いますが、新治伸治(65~68年大洋)通算9勝6敗。井手峻(67~76年中日)投手として通算1勝4敗 打者として通算12安打小林至(92~93年)1軍登板なし遠藤良平(00~01年) 1軍登板1試合松家卓弘(05年~12年)通算0勝1敗通算成績 5人で10勝11敗12安打ちなみに日ハムの大谷翔平が通算14勝4敗103安打東大出身の選手が束になってもかなわないですね(*^_^*)京大の田中英祐にはがんばって欲しいところです。名古屋大の怪椀・七原優介がトヨタ自動車へ入りプロ拒否したのは残念でした。愛知大学リーグの二部ですが、9勝7敗 153回投げて打たれたヒットが84本、奪三振168 防御率0.889回投げて1点も取られないのに9勝7敗ってどうよ(;一_一)京大の田中英祐は8勝31敗 380回投げて打たれたヒットが314本、奪三振258 防御率2.25やはり、押さえているのに、全く勝てない(*^_^*)ところで、指名選手を見ていて面白い事に気づきました。以前は(本当に昔の話ですが)大学生の指名選手と言えば東京六大学、東都大学、関西六大学ぐらいに限られていたような気がします。プロで127勝した西崎幸弘が大学時代一試合23奪三振した時も、愛知大学リーグなのでレベルが低いと言われていたくらいです。しかし、今年の指名選手の大学は様々ですね。中部学院大(岐阜)第一工大(鹿児島)富士大(岩手)なんて初めて知りました!ただ、私が知らなかっただけで、野球ではそれぞれ有名な大学です。プロ入りするぐらいの実力を持っている選手なら、高校卒業時に関東関西の有名大学へ進学することも可能だと思われますが、あえて地元の大学へ進んだのでしょうか?関東関西の有名大学へ進学すれば、野球をやめた時のつぶしも効きやすいように思いますが、一方で実力者が揃ってますから、レギュラーを取るまでに時間がかかり下手するとレギュラーを取れないかもしれません。一方で、それほど有名でない地方大学ならば、野球をやめた時は困りますが、一方で一年から活躍する場が与えられ、経験を積むことができそうです。将来プロ野球を見据えて、それ一本に絞るならば、そういう選択肢もありそうに思います。どうなんでしょう?詳しい方がいらっしゃったら教えてください。
2014年10月24日
コメント(2)
壊滅的打撃に呆然とする(;一_一)再び壊滅的打撃? こんな二つの日記を書きましたが、3たび、台風が襲来しそうです。今度の予想では、最悪は直撃、それても室戸岬をかすめていく感じでしかも最接近時の気圧は960HPで前回壊滅的打撃を与えられた台風11号は965HPで高知県に上陸した台風より強力(@_@;)恐ろしいのは、1980年代以降で最悪の被害を出した平成26年の台風23号に近いルートを取りそうな感じなんですね。はたして本堂が耐えるんだろうか?最近は海水温が高くなって、台風が巨大化しているといいますが、 日本へ940HP以下で上陸した台風は戦後10ありますが、平成になってからは二つだけとデータ的には根拠はありません。また、最大風速を観測したのもトップ10すべてが昭和時代。ところで、史上最悪の台風被害で5098人の死者・行方不明者を出した伊勢湾台風も現在ならその百分の一の50人ぐらいの被害だろうと言われたことがありますが本当でしょうか?伊勢湾台風は929HPという史上最低レベルの気圧で潮岬に上陸して富山湾に抜けますが、大都市名古屋付近が壊滅的な打撃を受けました。現在でもそのレベルの台風が上陸した場合やはり名古屋は都市機能が止まるぐらいの影響を受けることは避けられないでしょう。まして、910HP台で上陸したと言われる室戸台風や枕崎台風位のレベルの猛烈な台風が日本を襲った場合には、コンクリートで固められた都市部では排水機能を上回る降雨に対応できず甚大な被害が起こる可能性が否定できません。現代では自然の脅威が感じにくい生活になってますがこのように台風などの自然災害に対しては、怖れをもって対応したいものです。
2014年10月11日
コメント(10)
皆さんのところは台風はいかがですか?こちらは未明に通過して、明るく成る頃にはほぼ雨が上がって、現在は風はありますが陽が差しています。さて、このところ、何故かアクセスが増えています。9月末からアクセスが400を超えていたんですが一昨日は577、昨日は1133、今日は9時半の時点でアクセスが500に迫っています。なんで???これまでは200~300ぐらいで安定して特に注目記事も無いと思われるのですが謎のアクセス増加ですね。これまでにも一時的にアクセスが急増したことはあったので、その類かもしれません。ところで、このところ記事を整理しています。FC2が動画投稿で捜査を受けているので、FC2ブログも閉鎖されるのではないかと噂になっています。楽天はFC2とは関係ないですが、以前に「法螺の部屋」というブログを開設されている美加さんが、すべてのブログを楽天に削除されたことを思い出し、自分のPCにお引越ししています。昔の文章を読んでみると、文章下手ですね(*^_^*)現在でも文章はうまいとは言えないですが、酷すぎます(;一_一)ただ、手前味噌になりますが、切り口は面白いですね。時事問題や社会問題について考えたことを書いているので推敲したら、読める文章にはなるような気がします。ただ、文章自体が読み手が読みやすいように行間を開けたり長い文章を書かないように心がけているのでワードに落とし込もうとすると、文章を詰めたりつないだりしなければならないので大変(;一_一)10ページも書くと嫌気がさしてきます。引越しが終わるまでには、しばらく時間がかかりそうです。
2014年10月06日
コメント(4)
今回、近づいている台風18号が伊勢湾台風に近いといわれています。また、壊滅的打撃を覚悟しなければならないのでしょうか?壊滅的打撃に呆然とする(;一_一)さて、伊勢湾台風といえば、増水によって家が流されたといわれています。http://www.youtube.com/watch?v=fZDVnDx0rU4こんな動画を見つけました。伊勢湾台風は被災者は多かったものの、大きな台風ではなく、その原因は満潮時に高潮が大都市名古屋を襲ったと思っていましたが違うようですね。戦後の台風の中では暴風雨域は最大級で925HPという低気圧の状態で潮岬に上陸して、富山に抜ける時点でも950Hpなんですね。皆さんご存知でしたか? 今回の台風はここまで強力では無いと予測されていますが今年は長雨が続いたこともあって、普段の年より災害抵抗力が落ちている恐れがあります。注意したいところですね。
2014年10月03日
コメント(2)
御嶽山の噴火には驚かされました。私の生まれたところは、御嶽山から比較的近いところにあります。歩いて1時間半ぐらいの場所に御前山という山があるのですがその山頂からは御嶽山が目前に見えます。私の祖父などは戦前には御嶽山に歩いて登ったと聞きましたが、そのルートはもうありません。俗に「木曽の御嶽山」というので長野県にあるように思われますが飛騨(岐阜県)と木曽にまたがっています。最高峰が「たまたま」木曽にあるだけで、長野県の山のように思われるのは心外だ、と飛騨の人間は思っています。(ただし私だけかもしれない)ただ、子どもの頃から、御嶽山は比較的身近にある山で、それが3000メートルを超えているのは、なんかわからないけど、誇りでした(*^_^*)当時は御嶽山は有史以来噴火の記録がないので死火山と呼ばれていて、噴火することは無いと思われていましたが、沈黙を破ったのが昭和54年10月28日のことです。残念ながら記憶がない(-_-;)青年になってから、何度か御嶽山にも登りました。木曽側から見上げると、独立峰ですから、標高差は1200メートルぐらいの雄大な姿を拝めます。ただ、私は飛騨の人間ですから飛騨側から登らねばなるまい。そう考えて、数度登ったうち、木曾側から登ったのは一回だけでした。しかし、飛騨側から登る人間は多くはありません。濁河温泉からのルートはアプローチが長いので敬遠されますしその濁河温泉まで行くのが大変(-_-;)以前は、ガードレールのない道路で、脇見でもしようものなら崖下へ真っ逆さま、対抗車が来たらどうかわそうと悩んでしまう道を延々と走り続けるために、飛騨の人間でもわざわざ木曾側から登る人が少なくありませんでした。そんなところでも、一応バスも走っていて、スキー場もあるというから驚き!(@_@;)バスの運転手曰く「濁河温泉へ冬に行くのは命がけ」余談ですが、さすがに冬にそのスキー場へ行く人は「地元では」ほとんどいなくて、私の子どもの頃にスキーの宣伝のために、地元のスポーツショップがスキー場のリフト券を配っていましたが、濁河温泉のリフト券は「ババ抜きのババ状態」誰もいらないので、もらっても返す(*^_^*)さて、今回の噴火ですが、ちょうど土曜日の昼間ということで登山者も多く、死者48人でさらに増えそうという大災害になりました。今回も警察消防自衛隊の方々が、本当に命がけで救出・遺体搬送に当たられているのは頭が下がります。実際、歩いて登っている方々は、もし噴火が起こったとしてもすぐに逃げられませんし、ヘリは空気が薄いのでホバリングの限界高度を超えているみたいですし、火山灰が降り積もっている山頂に降りることも難しいでしょう。ところで、休火山といわれている富士山が爆発したらどうなるんでしょう?富士山の登山者はどんどん増えているといわれますが、あの山が噴火したら、もっと大変なことになるような気がします。皆さんはどう思われますか?
2014年10月01日
コメント(4)
全8件 (8件中 1-8件目)
1