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娘の手術が延期されることになりそうだ。理由は、MRSA耳だれが止まらないから、らしい。術後の管理が難しい、とか。術後、MRSAが悪さしたら、せっかく手術をしても無駄になってしまう、とか。そういった理由ならわかる。が、主治医から聞いた説明では、「MRSAが他の重症な患者にうつると命にかかわるから、個室に入り3週間出られなくなる。小さい子にそんなの可哀そうだから」「そんな理由なら缶詰になります!」と、言ったのだが、冗談ととられたのか笑ってすまされた。どうしても納得いかなくて、今週の金曜日まで最終決定を延ばしてもらった、耳だれが止まる可能性もあったので。耳の状態が危ないから緊急枠で手術を入れたんじゃないの?延期しても年内は無理って…それで娘は大丈夫なの。そんな気持ちで知り合いの医師に聞いたら、この主治医は、大学病院にいた頃はMRSAの患者をいつも娘が通っている病院にうつし、そこへ出張して手術を行っていたらしい、大学病院ではMRSAの手術ができないから、と。でも、今の病院に移ってからそれをしなくなった、と。偉くなったからしなくなったのか。経験をつんで、昔やってきたことは危ない橋だったと反省したのか。それは知らない。が、昔、そこまでして手術していたのなら、もう少し、説明があったっていいでしょう。私に。金曜日は主治医がいなくて別の医師なのだが、やっぱり、その人にも言ってみよう、と思う。本当に本当は、こんなこと言いたくない。イイコぶって言われた通りにした方が楽だし、伝えなきゃという気持ちが高ぶって、きっと震えてしまうだろうと思う。それにおそらく、こういった大きな病院にありがちな話としては、私には金曜日に結論をのばす、と言っておいて、実は裏ではもう、キャンセル枠の手術待ちの人に連絡をしていて、私を納得させるための一芝居、という可能性も高いのだ。が、このまま説明に納得しないまま手術が延期して、もし、娘の耳が手おくれで聴力を失うことになったり、事前の説明とおり脳にまで悪い影響が出たりしたら、きっと、後悔すると思うから。勇気をふり絞ろうと思う。
2008.09.30
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以前、日記に書いたように、私に家事ヘルプがつくことになった。自立支援法に基づいて1割負担の使用。つまり、1時間160円ほどでヘルパーさんが家事を手伝ってくれる。やれやれ、これで病院、療育めぐりで片付かない家に手を入れられる…安心したのもつかの間、事業所が見つからない。『週に1時間30分、それも、月によって曜日がかわったり、いきなりキャンセルされたりするようでは委託できるヘルパーが見つからない』と、いうのだ。そうは言っても、コントロールできる通院や療育は可能な限り都合をつけるが、たとえば、予約をしていても1時間待たされるような通院では、あちらが指定してきた日程をズラそうとすれば、もともと3か月先の日付なのに、さらに2週間、3週間後を提案される。仕事などやむ終えない事情なら仕方がないと思えるが、自分の家事ヘルプのせいで…というのは、ちょっと後ろ髪をひかれる。あげくに、こんな体の弱い息子を抱えていては、申し訳ないがキャンセルで…、という場面を想定しないわけにはいかない。週に2回も安定して家事に没頭できるようなら、家事ヘルプはいらないのだ。私が困っている姿を見て、役所、保健所がタッグを組んで、それは見事に融通をきかせて、制度を最大限、都合をつけてくれた。ここに引っ越してきて、彼らに出会えて、本当に心強いと思っている。が、所詮、ハードはハードなのだ。どんなに箱組が出来上がっていても中身が伴っていない。たとえば、通学、通園などの移動しかり。通学、通園の付添を私の代わりにしてくれるのはありがたい。が、公共交通機関を使って30分以上から、という条件付き。以前の家は保育園まで徒歩圏内だった。30分もかからない。一方、今の家は保育園まで車で10分ほど。が、公共交通機関となれば、子どもの足でバス停まで10分弱、バスで10分、そこから保育園まで10分強。確かに30分以上である。だが、バスは1時間に2本しかない。想像してみてほしい。ヘルパーは我が家にバスでやってきて、何十分も時間調整して娘とバスで行き、また時間調整をしてバスで帰る。こんなに時間をかけてもお金が出るのは実質娘といた分だけ…。こんな割の悪いこと、誰がしますか?それも、早朝から。せめて、自動車が使える、とか。せめて、かかった時間すべてが保障される、とか。早朝手当がある、とか。そういうきめ細かい制度にしなければ、いくら箱が立派でも使いみちがないのだ。3か所断られ、児童相談所のケースワーカーにそんなことを愚痴っていたら、ケースワーカーが事業所を紹介してくれた。その事業所は、そういった児童相談所からの紹介の場合、委託できるヘルパーを探さず、給料性の社員や管理者自らが臨機応変にヘルプに入ることにしている、という。今日、来てくれた方は、「だって、児童相談所から紹介されてくる方って、本当に困っている方ばかりだから。」と、温かな笑顔でニコニコと笑う。テキパキと家事をして、私のスケジュール帳の空きをぬったややこしい予定でも、いやな顔ひとつせず契約し、帰り際、「もし、下の子どもさんが病気になったら、気楽に電話してくださいね。上のお子さんの移動支援に入りますから。もちろん、いつも希望通りに入れるとも限らなくて申し訳ないのだけれど、私とか、社員の空き時間で入りますから。」と、言ってくれた。こんな箱だけの制度を、こういった善意が世の中を支えている。私は、今まで何も知らずに生きてきたんだな、と、恥ずかしさで顔から火が出る思いがする。一方、困った人の中でも行政の手さえ届かない人は、事業所に断られても、「確かに自分のようなケースは無理そうだ」と、あきらめたり、無理にスケジュールを合わせようとしたり、自分を責めたりしているのだろうし、声をあげても行政の当たりが悪ければ、表面的な対応をされて涙を飲んでいるのだろう。この子たちのおかげで、いろいろな勉強をさせてもらっているな、と思う。…まだ、だからこの子たちで良かった、というほど達観はできないし、こんなこと知らずに、鼻高々で、いかにも自分は何でも知ってます風を吹かせて、生きていきたかったな、とも思う。でも、知ってしまった以上、どうにかしたいという気持ちは抑えられないし、知って良かった、とは思う。今日は。
2008.09.29
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保育園では友だちに引いている娘だが、障がいのある子どもだけの集団ならどうなるのだろう、と、ふと思った。障がいのある友だちとはいっぱい遊んでいる、が、それは、あくまでも母連れである。子ども同士ならどうなるのか…。幸い、療育手帳適用外の判定を半年猶予してもらったので、娘にはまだ療育手帳がある。土日やっている児童デイを探すことにしてみた。3ヶ所回り、責任者が職員で責任をもっていて、各自のロッカーや今日過ごす友だちの写真など、手を抜きたくなるようなところも手を抜かず、土曜日の昼ご飯は子どもたちと買い物に行ってクッキングをするデイが気に入った。娘のピアノの先生が月に2回、音楽療法に行ってることもある。早速、見学に行ったのだが何故だか娘が気に入ってくれない。前に見学へ行ったデイの方がいい、という。そこは、狭い1ルームに、コンクリートむき出しの壁には落書き放題、壁紙むしり放題、トイレには飾りもなく、子ども用ロッカーも何もないところで、とても10人で食事が出来ないだろうテーブルが1つ、隅に寄せられていた。その後、他も1ヶ所見に行ったのだが、そこで「(前のデイ)がいい」と名前まで出して言ってしまう始末で、そこも悪くないところなのに見ようともしない。腹がたってきて、なら行ってみなさいよ、と、日曜日に行かせることになった。送迎は自分ですることになったので連れて行くと、出てきた若い兄ちゃんが「?」連絡がきていない、という。連れて帰ろうか…と思った瞬間、ノリノリな娘は玄関で靴を脱ぎながら、「ママ、もうかえっていいよ」と言ってやがる。挙げ句の果てに若い兄ちゃんまでニコニコとドアを締めようとする。「ちょっと…。娘のこと何も知らないまま預かったら大変だと思うんですが…。」アハハ~そうですね~と笑うのは、余裕だからか??それとも適当に預かるだけだからか??家に帰っても落ち着かない。何があったか話してくれるだろうから、と預けたのだが、もし口がきけないような状態で返されたらどうしよう…。同じように児童デイを探していた友人にメールをしたり、16時までの6時間、落ち着かない時間を過ごすハメになってしまった。お迎えに行くと朝の兄ちゃんと2人でいた娘。別に泣きついてくることもなく、淡々と。雰囲気で、あまり楽しくなかったんだな…とすぐに分かった。娘はマイナスな感情があればあるほど、顔面蒼白になって能面になるから。うちの戻って話を聞くと、まぁ、総合すれば、悪くはなかった、楽しいこともなくもなかった、怒られもしなかった、が、また行きたいというわけでもない、といったところか。母的に気になったことは色々あった。午前中、わざわざ30分も車でかかる公園に行き、戻ってきて昼食。そのあとは部屋で過ごした、という。移動は1台のノアで、1番小さい娘は大人の膝の上だった、とか。職員に聞いたら2人担当がついた、というのだが、娘に聞けば、送迎時に部屋にいた、あの兄ちゃんしかいなかった、という。公園だけのヘルプで、あとは1人で回していたのだろか。また、連絡帳には、「ご飯をペロリと全部食べた」と書いてあったのだが、お迎え時に兄ちゃんに聞いたら、3分の1しか食べなかった、とのこと。誰が書いているんだ?連絡帳??部屋にオモチャはなく、娘は紙と鉛筆を渡されて、ずっと何時間もお絵かきだけしていた、というし。「ちょっと…ほかもいってみるわ…」と、トーンダウンした娘。それは良かったのだが、そのためにちょっと危ない橋を渡ったかな、と、結構、反省。…だった。
2008.09.28
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子どもの保育園が加盟している連盟主催の『保育園に通う障碍児たちの就学相談』へ。子どもたちを保育園へ預けて、娘のクラスの担任と一緒に参加した。一人一人、子どもの障碍やらを自己紹介がてら話した後、市内の特別支援学級の担任を現役でしながら4人を育てている講師の講演、その後、質問タイム。どうしても聞きたかったことを聞いてみた。「友だちは、放課時間や、朝のひと時、給食、掃除などでできると思うのだが、特別支援学級からどんなに普通級で授業を受けたとしても、それは授業中のこと。友だちは出来ないと思うのだが、実態はどうなのでしょうか。」療育手帳適用外になった娘を、普通級に通わすか、特別支援学級に通わせるか迷っているのだが、なぜか、そういうと皆、私が特別支援学級をイヤがっているかのように、「特別支援学級へ行っても、普通級でいっぱい授業が受けられますよ。」と、笑顔で言う。バカか、と思う。本当に娘の成績だけを考えたら、特別支援学級がいいにきまってるのだ。30人の中に混じって難聴の子どもが授業に集中するのは、そりゃ難しい。発達もゆっくりなのだから、気も散ろう。それに比べて学区の特別支援学級は来年は娘の他に小学校4年生の男の子1人だけ。どれだけ勉強がはかどるか、と思う。公費で家庭教師、すみません、って感じだ。普通級と授業は交流させないで欲しいくらいだ。そうじゃない。教科書もって筆箱もって、授業になったり給食になると、「こんにちは」って感じであらわれて。それで友だちってできるものなのだろうか。30人のクラスに入っていくことに引いたりしないのだろうか。ずっとお客さん状態にならないのだろうか。そういうことが聞きたいのに、ちょっとでも聞こうと思うと、「交流があるので特別支援学級に所属していても大丈夫」と、話しの先を聞く前に腰を折る。普通級に無理に入れなくても特別支援学級でもがっかりすることないのよ、とでも言いたいのだろうか。特別支援学級の方が成績が上がって良いかもな、ウヒヒと思っている親もいるのだ。ただ、やっぱり友だちができないのであれば、小学校4年のそれも男の子だけでは、ちょっとかわいそうだな、と思っていた。確かに、友だとはできづらい子だ。でも。仲良くなりたくて一生懸命くっつこうとはしているのだ。その相手さえいないのでは、あまりにもあまりかな、と。だから、この機会に。邪魔されずに一方的に質問できそうなこの場で、それも現場の先生に、聞いてみたかったのだ。答えは、出来ないこともないが、やはり、授業では無理。名前とか覚えてもらっているので、放課後や学童で友だちになりやすい、ってことはあるようだが。であった。横に座っていた担任が小さい声で言った。「やっぱり△△(娘の名前)は普通級かなぁ。。」私もちょっと、そう思った。ただ、普通級が茨の道であることが分かっているだけに、一歩踏み出すのをためらってしまう。娘のためにも。私のためにも。
2008.09.27
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2年待ちの、発達障碍で有名な児童精神科の受診に行ってきた。ようやく2年前の予約の日がやってきて…というわけではない。電話をして、3週間後に予約がとれた。どうして、こんなカラクリになっているのだろう。以前、娘の手術が延期にされたときの顛末もこうであった。違う病院なのに、ここでも、こういうことがまかり通る。キタナイ、と思う。自分も。相手も。でも、相手がこういう論理で動いている以上、障碍児の一母親でしかない私が、どんなに正義に燃え意見をしても、なんの力にもならない。それよりも今は、私しか頼るものがいない自分の子どものために。私の中の正義には目をつむって生きるしかない。こうやって、少しづつ私は手負っていく。障碍のある子どもを育てているからなのだろうか。障碍のない子どもを育てていても同じ人生だったのだろうか。1時間診察した児童精神科医と検査を担当した臨床心理士とが意見を合わせた結果が出るのは1週間後。通常は2週間後なのだが、手術の日程もあるから、と、特別一週間後なのだそうだ。子どもたちが少しでも利益を受けられるなら、それでいい。私がやってあげられることは、それぐらいしかない。でも、思う。同じように病院の論理で傷ついたり、悔し涙を流している人たちのために、私が何かできることはないのだろうか、と。
2008.09.25
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夜。保育園で、全体での会議があった。運動会やバザーなどの話し合い。その後、各クラスに分かれてクラス対抗種目に出場する父母を決めたり、運動会で用意するもの、作成するもの、などの連絡を受けた。息子のクラスにちょっと顔を出して、すぐに娘のクラスへ。輪に加わると、担任が娘の話をしはじめた。前もって、「みんなに△△(娘の名前)の話をしてもいい?」と聞かれてはいたが、まさか、この場、親の前で話すとは思わなかった。担任は、まず、リレーの顛末を話した。△△が変わりはじめていること、皆も△△を交えた関係で一生懸命考えていること、病気と言ってしまって△△に指摘され、また子どもたちと話し合いたいと思っていること。最後に、「子どもたち、本当に本当に一生懸命考え、がんばっているので、どうか、温かく見守っていてください。」はっきり言葉には出さなかったのだが、なんとなく私には担任の言いたいことが分かったような気がした。『△△のことを、運動会のことを、各家庭でも子どもとじっくり話してみてほしい』保育園というのは不思議な場所だ。高校を中退して子どもを産んでシングルで育てている人も、高学歴でがっちり資格を持って、キャリアを活かして働いている人も、子どもが同じ年、というだけで、同じクラスに存在している。それぞれの立場の人がそれぞれの価値観で、同じように時間がない状態で子育てをしている。その前提で考えれば、きっと、これが精一杯の言葉だったんだろうな、と思った。担任が一通り話した後、一人の母親が真赤な目をして発言をした。あの、最初に娘をなじった2番目に足が速い女の子の母親だった。その女の子は、あの発言をした後、担任に、「△△はわざと遅く走ってるんじゃないんだよ。一生懸命走ってるのに、もし、同じことを言われたら、どんな気持ちがする?」と言われ、家に帰っても母親に同じことを言われてしまい、一時はリレーのことを聞くだけでも、怒って荒れてしまっていたそうだ。「うちの子が、ごめんね…。もしかしたら当日負けちゃったら、△△ちゃんのこと、なじっちゃうんじゃないか、と思って…。」そういえば、その女の子は、とても感情が豊かな子で、去年、はじめて徒競争で走れただけで、それまでの徒競争、発表会などなど、皆で何かを披露する場は、本番になると保育士の影に隠れてしまって泣いていたのだった。はじめてのリレーで、年長で。自分は足が速くて期待されていて。どれだけ、想いを募らせていただろう。それなのに、娘のことで躓いてしまい、それでも気持ちを立て直して、娘が同じだけ走りたい、と言ったときに、「私もめっちゃ速く走るから!」と、言ってくれたのだ。その子の母親も、毎回、何か行事があるたびに悩んでいた。終始、保育師の後ろから離れない発表を見た後に、涙を流している時もあった。せっかく去年、走れるようになって、最後の運動会のそれも見せ場。「ちょっと、この障がい児、うちの子の気持ちを乱さないでよ!!」と、思っても責められないだろうに。こうやって、娘のことで涙を流してくれて…。十分だな、と思った。私以外の11人の中で、たった一人でも、△△の存在のおかげで、自分の子どもが良い経験をしている、と感じてくれたら、それでいい。「△△、びょうきじゃないのに。びょうきっていわれてかなしかった」と、娘は怒った。なんとなく、そんな娘の気持ちに寄り添えたような気がした。
2008.09.24
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運動会シーズン。ご多分にもれず子どもたちの保育園でも来月早々に行われ、9月に入って、ずっと、そのための取組が続いている。その中の種目、リレーでいろいろあり、今日、ひとつの結論が出たようだった。それを書きたいと思う。うちの保育園では年長だけがリレーを行う。だから、リレーは子どもたちにとって、ちょっと憧れの、ちょっと大人になった気分の、大切な行事である。今年の年長、娘を含めて12人も、リレーを行うことになった。まず、はじめ。子どもたちの意見で男の子6人チーム対女の子6人チームで走ったそうだ。娘が足を引っ張り女の子チーム惨敗。が、その日は、それで別に悔しいやら何もなく終わったそうだ。娘にいたっては笑顔で手をふりながら走ったらしく、リレーについても全く認識していなかった。次の機会。一部の子どもたちが、娘のせいで差が大きくつくことに気づいた。娘は他の子どもたちとコース半分も差がつくそうなのだ。そこで、子どもたちの意見で、速い子チームとその他チームをつくり、娘を速い子チームのトップにした。が、結果。速い子チームの負け。もう1回走っても速い子チームの負け。次の機会。また、速い子チームの負け。とうとう速い子チームで2番目に速い女の子が泣き出した。「△△(娘の名前)のせいで勝てなくていやだ!!」保育士はこの瞬間を待っていたらしい。逆に、このまま誰も何も言わずに本番になったらどうしよう、と、やきもきしていたらしい。みんなで娘の足を触って、「やわらかい」「ほそい」自分の足を触って、「かたい」「ふとい」「△△は病気だから、みんなと同じように走れないの。どうしたらいいと思う?」と、保育師が言うと、さまざまな意見が出たようで、結論、娘はみんなと半分の距離のところからスタートしよう、ということになったらしい。娘もそれで了承。やってみたら良い勝負になり、1回目は速い子チームの勝ち、2回目は普通チームの勝ち。その日は保育園からクラス便りが出て、ノートにも詳細が書いてあった。が、次の日。娘とリレーについて話していたら、娘がポツリと、「せんせいがね。△△のことびょうきっていったの。△△、びょうきじゃないのに。それがいやだったの…。」娘がこんな風に、自分の中のマイナスな感情をストレートに表現できたのは、それも自分からこんな風に言い出したのは初めてで、私は驚いた。「…え。そうだったんだ。…もしかして、リレーも半分はイヤなんじゃないの?」「…うん。△△、みんなとおなじようにはしりたい…。」「だったら、病気のことは、ママが先生に話してあげる。だから、リレーのことは、△△が自分の気持ちをみんなに話すんだよ。△△が話し合いで1回、それでいい、って言っちゃったんだから、やっぱり同じだけ走りたいけどいい?って聞いてみるんだよ。」と、言った。娘は、「うん!みんなきもちわかってくれるかなぁ。」と、嬉しそうに言った。私が先生への連絡帳を書いているときも、「せんせい、△△のきもち、わかってくれるかなぁ。」と、心配顔でのぞきこんできた。夫の5連休。夫の実家で、娘はずっと走っていた。おじいちゃんと、お父さんと。いつもいつも走っていた。その顔は真剣で、私の気持ちを動かした。市販の靴の中で、しっかりしたつくりのメーカーの、中でもとびっきり軽い靴を探しだした。そこの中に装具の中敷きをはめこんで、体のバランスを保ちながらも軽い、運動会用の靴をつくった。そして、連休明け。娘は、みんなに言った。「あのさー。△△もみんなとおなじだけはしりたいんだけど…。」すると、あっさり「いいよー」の声声。一番速いアンカーの子が、「オレがむちゃくちゃはやく走ってやるからだいじょうぶ!」先日、泣きだした子が、「わたしもメッチャはやくはしるから!」そして、新ルールでよーいどん!なんと、速い子チームの初勝利!娘は今までのようにお手振りもせず、笑顔も見せず、歯をくいしばって真剣に走り、相手との差もコース4分の1にまで縮み、普通チームのリードでレースがすすみはしたが、アンカーで逆転の涙涙の大勝利だった、らしい。話によると、娘は自分が走ったあとは地面に絵を描いていて、アンカーが走ったあとも、一緒に勝利を喜ぶこともなく、いまいちリレーが分かっているのかどうなのか、って感じだったらしい。が、チームの子どもたちの真剣な想いは確かに娘に届き、連休中に彼女を練習させ、みんなに自分の気持ちを伝え、真剣に走ることができた。そのことを『すごい』としか表現できなくて歯がゆいほど、素敵な素敵な経験をしているな、と思った。
2008.09.22
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深夜。高速に乗って、また、日常へ。2時、到着。子どもたちを抱きかかえて寝室へ。眠れない大人たちは録画しておいた番組の鑑賞を。俗好きな夫の連続ドラマに付き合った後、私の好きな番組へ。私はそうやって世俗を知り、夫はそうやって堅苦しい番組に目を通し。案外、私たちはうまくいっていると思う。見た番組は、『戦場 心の傷 ママはイラクへ行った』。イラクへ派遣された母親兵士が帰還後、心のバランスを崩し、我が子を愛することができずに心を痛めている、というもの。母親がまたイラクへ派遣されることに「どうしてママが行かなければならないの」と、涙ながらに訴える我が子に、一般論を理論的に他人行儀に説明することしかできない姿。ふざけて石を投げている1歳の我が子に真剣に止めようと怒っている姿。どれもこれも、私の姿に重なるような気がして仕方がなかった。特に、イラク派遣から帰還して以来、イラクでの出来事がフラッシュバックされてしまって家族で外出できなくなってしまった母親が久しぶりに外出した際、子どもが何かある度に母親の様子を気にかけて、何度も何度も振り返って顔色をうかがっている映像は胸が締め付けられる思いがした。が、残念なことに、番組は終始、そういった事実を羅列しているだけで、では、どうしてイラクに行ったら、そういった心境になってしまうのか、というところには言及していない。よって、どうして、戦場に行っていない自分と、戦場に行った彼女たちに、共通の何かがあるのか、というところが分からなかったことは残念だった。戦場に行ったという経験と、障がい児を授かったという経験と、何か共通する点でもあるというのだろうか。
2008.09.21
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夫の実家に滞在中のどの日だったか。朝。たまたま目にしたテレビ番組に釘付けになった。大物女流作家と有名小児科医のビッグ対談。家だったらピッとHDDに録画するのだが、ここは老夫婦2人の夫の実家。ビデオしかないだけでなく、普段使っていないだけに、どのテープを使用していいのかさえ、分からない。そういうときは遠慮して諦めるのだが、話が四国巡礼からお互いの世界観まで興味深く、子どものようにテレビの前に座りこんで見入ってしまった。が、何気ない女流作家の話で気持ちが止まってしまった。話のコンセプトは、『自分の中のスタンダードに合わないとき、見て見ぬふりができない』というものであったのだが、その例に出したエピソードが気になった。女流作家が病院の待合室にいた際、ひと組の母子に出会った。母は子どもに薬を飲ませようとしていたのだが、適切と思えない飲ませ方を強要した上に、やっぱり飲めない子どもを大声で怒り、挙句の果てにゴツンと一発頭に見舞った。それを見ていた女流作家が、「あなた、子どもに対してそんな怒り方は間違えてると思いますよ。」と、一言注意したところ、「人の家の居間に土足で踏み込んだ。」「これは警察沙汰だ。」「本当なら、あなたの家に火をつけられますよ。」と、まくしたてられた。待合室には大勢の人がいたのだが、みな、知らん振りだった。と、こんな話だった。その場にいなかったのに口をはさむことでもないのだが、きっと、この母親の様子は尋常じゃなかったのだろう。半狂乱になって子どもを怒っていた様子が手に取るように分かる。が。子どもが病気。家に戻るのも待てず待合室で薬を飲ませようとするくらいだから、よほど心配しているのだろう。もしかしたら、何日も看病していたのかもしれない。そんな状態の母親にかける言葉として、「あなたのやり方は間違っている」は、ないのではないだろうか。それも公衆の面前で。うちの娘だって、公衆の面前で怒ってしまったら、たとえ自分が悪いと思っていても、素直になれずに、ふてくさって、さらに事態がこじれてしまう。まして、余裕がない母親であることは、注意する前から分かるだろう。だとしたら、「子どもが病気だとお疲れになるでしょう。」「薬って飲んでくれないんですよね。こんな方法もありますよ。」など、かける言葉としては、どれだけでもあるだろう。善意からくるお節介ほど、厄介なものはないな、と思う。たまたま、この母親は激しい人のようで、大きく言い返すこともできたが、きっと、大半の人は、この身なりの良い善意と正義の塊のようなお節介に、ただ頭を下げて、場から去り、陰で涙を流すことになるのだろう。この女流作家の作品を読んでみたくなった。弱者の立場を想いやってみたり、さりげなく優しさをふるまうことができず、あまつさえ、そんな自分に気づきもせず、自分が正しいとテレビで発言してしまう人が、どんな作品を書いているのであろうか。
2008.09.20
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夫の5連休に夫の実家へ行くことにした。水曜日。子どもが寝入ってから車へ詰め込んで、深夜の高速へ。子どもの気分に左右されることなく、大人の好きな歌を聴き、大人のタイミングで休憩し、ひさびさに夫とじっくり話しをすることができた。息子は、はじめての夫の実家に興奮、ひたすら探検三昧。娘は、おじいちゃんおばあちゃんに、「はかせて」「たべさせて」「こっちきて」「いっしょにやろうよ」と、もうわがまま放題。何を触っても許されているようで、おじいちゃんのパソコンを勝手に開いて、ゲームをしたり、写真を見たりしているのには驚かされた。夫は、そんな子どもたちを嬉しそうに眺めながら、のんびりしているよう。私は、「具合が悪い」ということにして、家事を最低限だけ手伝って、あとは、客間で本を読んでいた。ウソをついたわけではない。ただ、熱がでたり、咳がでたりする、分かりやすい体調の悪さではなかったので、説明が億劫だっただけだ。たまっていた『歴史のミステリー』のページを片っ端からめくったり、最近、興味がある、ローマ帝国の皇帝ネロ関係で集めた本を読んだり。思ったより息子が私から離れてくれたおかげで、また、事前に夫に、「(具合が悪いからと言って)こうやって過ごしたいからフォローをお願い」と頼んでおいたおかげで、強力な磁石で無理やり固められてしまったような心が、ほどけていくようだった。娘と目も合わさないで数日を過ごした金曜日の夜。一人でのんびりと入浴して、バスタオルで頭を拭きながら廊下に出ると、娘が立っていた。そのまま通りすぎて客間に入ろうとしたら、「ママ」と呼び止められた。「うん?」と、振り向くと何か嬉しそうな表情で見上げている。「なにかあったの?」すると、娘はおもむろに言った。「あのね。ママとはなれたらね、ママがよくみえたよ。」「…え?」「ママはさ。ママとはなれたら、△△(娘の名前)がよくみえた?」「…ママはさ。ママだからママと離れることは出来ないよ。」「あっ、そっか!」娘が笑う。「でも…。△△とはなれたら、ママも△△がよくみえたよ。」聞こえたのだろうか。聞こえなかっただろうか。娘はそのまま笑いながら、薄暗い廊下を、リビングの明かりの方へかけて消えていった。どういう意味だったのだろう。何を考えているのだろう。もっと娘と近づきたい。もっと娘のことが知りたい。この気持ちを素直に娘に届けられたら、どんなに幸せなのだろう。
2008.09.19
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そして夜。娘が帰ってきた。トンボ返りで帰るおじいちゃんを見送り、また息子と3人きりになって娘が言った。「ママ、△△(娘の名前)がいなくてさみしかった?」「うん、さみしかった…」何度でも聞きたいのだろう。何度でも確認したいのだろう。何度言ってもらっても嬉しいのだろうな。そんな娘の気持ちに応えてあげたくて私も何度も答える。そう思えるようになっただけでも、一歩も二歩も前進なのだ。「△△、もうおじいちゃんのところへいくの、やめるわ。」「どうして?」「だって、ママがさみしがるもん。」いつか。こんなやり取りがなくなったときが、彼女の信頼を得られたとき、なのだろう。
2008.09.15
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書いたか書いてないか忘れたが、今、娘がいない。敬老の日にちなんだ保育園の行事に姑が参加して、我が家に滞在し、金曜日にそのまま娘を連れて帰った。三連休の最終日の夜、舅が連れて帰ってきてくれることになっている。夫も出張中で息子と2人きりの数日間。何の問題もなく食事を食べる息子と楽しく食事をし、反抗をまだ知らない1歳児を自分のタイミングで入浴させ、21時にはコテっと寝てしまうので、後、のんびりと自分時間。二人目だから、ということもあるが、何と余裕で幸せな子育てなのだろう。娘も息子も同じ障碍児だというのに。いかに、食事が大変だったか。本当に、これに尽きるのだろう。今回、娘が自分から「おばあちゃんといっしょにかえる」と言い出した。「いっしょにいく」ではなく「いっしょにかえる」。最近、娘と私は、また負のスパイラルを駆けめぐりはじめた危険な感覚があった。もしかしたら、娘もそれを感じていたのだろう。お互いそれぞれの充電時間。帰ってきたら、また娘はきっと、自信に満ちた活き活きとした娘に戻っているだろう。私もきっと、娘に会いたいと思う、当たり前の母親を取り戻しているだろう。そうやって、少しづつ2人の距離を縮めていけたらいい。どうせ、これからまだまだ長い時間、ずっと一緒に生きていくのだから。
2008.09.14
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もう2度と2人きりで会うことはないだろう、と思っていた人が、また我が家へきた。共依存の彼女だ。メールで約束してすぐ、23時。看護師姿の彼女が玄関に立った、急患のフリをしてきたのだろう。彼女は言う。「私は人に何かしてあげることでしか存在価値がないんです。でも、○○(私の名前)さんは、子どもの親だから、とか、何かしてくれるから、ではなく、○○さん自身として価値がある。だから、私をはじめとして、子ども関係なく、親だけが会いにくる。それが羨ましいです」と。私は言う。「それは、私の子ども自身には何の価値もない、と言ってるわけで。私は、ファーストネームで呼び合って子ども同士が仲良くて、一緒に遊びに行ったりする、あなたの環境が理想だよ、…実現はしないけどね。」「明日、朝9時、××さんと▼▼さんと3家庭で待ち合わせです。皆でお弁当を持ち寄って。山遊びです。私の担当はブロッコリーとか、とうもろこし、とか。野菜関係です。羨ましいですか。」「羨ましいよ。」私はビールを片手に。彼女は飲まない人なので、お茶と、なしに手を伸ばしながら。「共依存の相手はどうなったの。」「聞きたいですか。」「うん。」「聞きたい、って言ってください。」「…聞きたいよ。」彼女の、ここまで攻めこんでくる心理は何なんだろう。この、干上がった川がどうしようもなく水を欲しているような、何かは。「くだらないって思ってます。止めたくて仕方がない。崇高さがないんです。」「…崇高さ??…たとえば?」「暇なときにも呼び出されたりするところです。私は呼び出されれば、それが例え明確に呼び出されているわけではなく、来てほしいという雰囲気を感じさえすれば行きます。でも、それは、人生に疲れていたり苦しんでいたりするときでないと嫌なんです。」「なるほど…たまに本当にしんどいときに呼び出してもらえる快感が忘れられないわけね。」「…そうなんです。でも、もっと一番嫌なのは、もう全然連絡がこないことなんです。だったら、くだらない、と思っても、連絡がきた方がいい。だから、相手のことを何とも思わないようになれることが理想です…。」そして彼女はこう言った。「本当に死んでくれたらいいのに。そしたら神格化できるのに。くだらない、と思うこともなく、ひたすら、自分の力不足で自殺させてしまった、と、悔みながら生きていくことができるのに…。」日付かわって朝4時半。5時に早朝草野球に出かける父子たちが、車がないと困るから、看護師姿の彼女は、「今から帰って、ちょっと寝て。で、お弁当の分担をつくって出かけます。急患なのにお疲れ様って、車の中で寝ても誰も責めないだろうし、また良い人にされちゃいますね。」と、言い残して帰っていった。彼女が帰ってすぐ、私も死んだように眠った。『来てほしいという雰囲気を感じたら出かけていきます』私が、彼女を呼んだのだろうか。
2008.09.13
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odd lookでショックを受けて、次の日。息子の一人目の主治医からメールがきた。半月ぶりのメールで、「どう?最近。元気?」という内容。あまりのタイミングに驚いた。2ヵ月の子どもを育てている彼女に申し訳ないな、と思いながら、どうしても気持ちを抑えきれずに、昨日のことをメールしてしまった。すると、送信して数十秒で電話。「もしもーし」と出たら、「そっか、そっか。」と、ねぎらう一言。なんか、じわっと涙ぐんでしまった。odd lookは医学用語で、どんな症候群か分からないけど何かありそうな見た目、と感じたときに使うんだよ。との説明の後、でもね、と一言。実は症候群の中には、そんなに発達に問題のないものもいっぱいあって、NICUでそういう症候群っぽいlookを何度か見かけたりしたよ。時に、その子のお父さんに会ったら、まさに父親がその症候群っぽいlookだったりすると、もうあえて説明しなかったりもするんだ。それにね。そういう自分の手から離れる患児のための紹介状って、わざと大袈裟に書くのよ。確かに、□□には遺伝子的に何かあるとは思う。でも、私も□□(息子の名前)のMRI見たし、放射線科の先生にも診てもらったけど異常はなかったし、きっと、3人目主治医の愛だと思うんだよね。次の主治医を定めず追い出そうとしているのも愛だし、わざと大袈裟に書いて、なんとか大御所の目に止まって手厚く見守って欲しい、という、愛も入ってると思うよ。その後、育児のよもやま話をして、また彼女の家に遊びに行く約束をして、電話を切った。医者の愛、か。そっか。いくらお互い気が合ったとはいえ、こうやって育児しながら元患者の親と電話で話してくれるのもまた、愛なんだよな、息子への。だからといって、息子の障碍がなくなったわけではないんだけど、こんな愛に出会える人生っていうのも、きっと悪くはないのだろうな。死ぬ直前に思い返したときに。
2008.09.12
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朝、8時。3回目の解熱剤を使って無理やり耳鼻科へ。熱なら熱に集中できないのが、あの子たちを育てる厄介なところだ。本当なら今日は保育園の行事の日。敬老の日にちなんで、子どもたちのおじいちゃんおばあちゃんを招待し、子どもたちの出し物を見て、一緒に食事をする。うちから参加は、例の姑。きっと娘は何もできまい。今日、行事が終わった後、うちに泊まる予定になっている姑のことを考えると、胃が痛いやら、掃除に精が出るやら、で、これも十分、大きな心痛であるはずなのに。幸い、なんと、娘は誰よりもきちんとしっかり挨拶をし、特技披露では鉄棒で逆上がりをくるっとやったそうで、ご飯も一人で食べたらしく、とってもご満悦で帰ってきた。(ただ、ご飯を残したらしくて、「ちゃんと食べさせてもらってない」「だから、あんなに細いんや」「大丈夫か、あの保育園で」と、いつものように、ひとしきりの文句は忘れなかったが)やれやれ。解熱剤の切れる14時になっても息子の熱も上がってこないし、何より、覇気が出てきたし、予定通り、主治医の最後の診察へ行ってきた。息子の主治医は、これで3人目。この医師の退職で、ここに、もう私が希望する医師はいなくなった。主治医も、自分の代わりの医師が医局から来ることはなく、また、ここには、この子を安心して引き継きができる医師がいない、と言った。この病院を離れた方が良い、と。今後、この病院は当直もバイトでまかなっていくだろうし、医局から新たに補充される予定もない。今は、この子を特別に救急でも診ているが、来ても事情に疎いバイトだけでは、何かがあることがない、とは言い切れない。断られることもあろう。だから、今のうちに、きちんと他の病院に道をつけておいた方が良い、と。実は、それは一番目の主治医にも言われていた。彼女、女医なのだが、は妊娠して、この勤務体系の過酷な病院を辞めていったのだが、個人的に友だちになった今でも、息子のことを心配している。あの病院は危機管理がなっていない、医師のやる気もごく一部以外低い。本当は、この病院で引き継ぎをしたくない、と。それもあって、私は娘の頃からお世話になった、この総合病院から離れることを決意した。娘の頃からいる医師は、元からやる気のない、夜勤もしない、点滴の技術だけ一級品の古株医師だけになっていた。耳鼻科や整形外科も通っているので、完全に離れるわけではないのだが。今までの経緯が、紹介状の親分のような畏まった紙に出来上がっていて、それを見たとき、なんだか、胸が詰まる思いになった。内容が見たいから、と、コピーを一部ももらい、馴染みの看護師といつまでもお別れを言いあって、(彼女もやっぱり、次のお薦め医師はいない、と苦笑していたが…)帰宅した。家では姑が気持ちよく夕食をつくってくれていて、息子も娘と仲良く遊びはじめたので、何気なく先ほどのコピーを読みだしたら、思った以上のことが書いてあった。今まで主治医と話していた以上のことが書いてあったのだ。難聴、身体的な発達の遅れ、耳介の低位置、心臓のことや、斜視、停留精巣、気管支炎や肺炎で入院した記録、酸素とパルスオキシメーターの借入など。これらは確かに話していた。が、猿線、脳に委縮ありか?、非対象の胸郭、odd lookは、そんなこと話にも出たことなかった。odd lookを調べてみたら、直訳すると、『奇妙な見た目』そんな風に見ていたんだ、息子のこと。MRIだって、異常がない、と言っていたではないか。『奇妙な見た目』が、不細工だとか、可愛くないとか、そんなことを指しているわけじゃない、と分かっている。でも、そんなにodd lookなら、いろいろなところに相談してくれたっていいじゃないか。遺伝子を調べるでも、そういった専門家を相談してくれるのでも、大きな検査を進めてくれたっていい。医師として、やってくれることもあったのではないか。数か月の3人目の主治医。この病院に残っている医師の中では、入院中のケアもいいし、母親の話もよく聞いて治療してくれるし、病気、治療法もきちんと説明してくれるし、良い医師であった。きっと、こうやって次から次へと流されていては、きちんと大きな検査もしてもらえないし、専門家にも会えないだろう、と、彼は彼なりの精一杯の誠意で、せめて、この病院から背中を押して追い出してくれたのだろう。彼を恨むまい。息子の症状と向き合おうと思えば向き合えるのに、斜視だ、耳鼻科だ、また入院だ、と、対処療法ばかりで、私も一歩踏み込めずにいるのだから。まだ。
2008.09.11
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朝。…あら、と思った。息子を着替えさせようとしたら、なんとなく、だらっとしている。それに、小さい発疹があるような…ないような…。熱を測ったら、37度3分…微妙。ちょっと悩んだのだが、今日は夫が保育園へ2人を連れていってくれる、とうこともあって、なんとなく流されて、そのまま送りだしてしまった。すると、1時間で電話が。「…あの、あの、□□(息子の名前)くんですが、呼吸が苦しそうで…顔色が悪くて…」電話の向こうで、しゃべっている保育園専属ナースに思わず言ってしまった、「私への報告は後でいいので、救急車呼んでください!!」「…いや、というほどではないんですけど、肩で息をしていて、体中に発疹が…熱は37度4分なのですが…」まぎらわしいなぁ、もう。しかし、久しぶりに肝をつぶしてしまった。一瞬の間に、朝の息子の姿、最近、ようやくつたい歩きをする姿など、走馬灯のように頭をかけめぐってしまった…全く。こういうとき、自分が案外、子どもを大切に思っているんだな、と再認識する。…こういうときじゃないときに再認識できれば、もっと良いのだけれど。。迎えに行くと、だらーーっとした息子。目も潤んでいて、何より、この細かな赤い発疹…。いきつけのクリニックの午後一16時に予約して連れていくときには、熱は39度4分。「溶蓮菌の検査」をしてみたが、シロ。この発疹自体が熱を誘発しているわけではないから、と、とりあえずは様子見。。でも、なんか、発疹って落ち着かない。病院へ行っても隔離されてしまうし。夜中には39度7分まで上がり、1回嘔吐。2回座薬。SPO2は90前半をうろうろ。本当は上がりきったところまで見極めて、本人を熱と闘わせるべきなのかもしれないのだが、もう、こわくてこわくて見てられない…こういうときにもダメな母親だ…。
2008.09.10
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今日は娘のピアノの日なので早めにお迎えに行き、息子を抱っこして娘のところへ行けば、まだ一人残って、おやつ中。一声かけて、教室に行き、私が荷物をまとめてリュックにつめて振り向けば、おやつ片手にボーーーっと窓の外を見ている。側に行って名前を呼ぶと、ハっと我にかえって残ったおやつを口の中へ。ピアノに行くからトイレに行って、と声をかけ、他の子に話しかけられて話して、トイレを見ると、便器に座って手遊びをしながら歌っている。また名前を呼ぶと、はっとして動きだし、ようやく手洗い。この時点で一回家に帰るのは無理なので、そのまま行こうと急いでいたら、玄関前の保育園の本の貸し出しコーナーで、「ほん、かりる」ピアノだから時間がないよ、と再び説明したのだが、「ほん、かりる」の一点張り。仕方なく貸し出し書に名前を書こうとしたら、「△△(娘の名前)かく」じゃあ、名前だけね、と、書かせて、あとは殴り書きで車へ。ピアノ教室へ着き、後部座席の自動ドアを開けた瞬間、飛び出して、犬のふんを踏む。ピアノ教室周辺は、犬のふんや放置ゴミが多くて、いつも確認してから降りなさい、と言っているのに。ようやく教室に入ったが、かなりのおふざけモード。娘も私が人前ではキレないのを知っていて、ちょっと怒ったぐらいでは言うことをきかず。ピアノをわざとヘンなテンポで弾いたり、立ち上がったり。18時すぎに帰宅して、体力があるうちに入浴、食事となんとかこなし、歯磨き、口腔ケアをして、さあ、寝ようか、と、借りてきた本を読もうね、と声をかけたら、「それ、読まない」の一言で、完全にブチきれてしまった。(と、何かここまで我慢したように聞こえるが、もちろん、ちびちびキレてはいた)「だったら本借りないでよ、重いし、時間がない中せっかく借りたのに」「もう、絶対に借りないから」「お迎えに行ったのにダラダラして。ピアノだから急いでって言ったでしょ」「おやつのときも、トイレのときも、何考えてるの、ぼーっとして」「ピアノ教室なんて行かなくていいよ、ふざけるために行ってるんじゃない」「お金がもったいない」「行くな、行くな」と、猛烈に怒りをブチまけてしまった。一通り怒鳴り倒して、ちょっと脅え加減の息子を抱っこして横になって目をつむったら、「ママ、ほんよんで」と、もってきた本のタイトルは『ママおこらないで』ブッチーっとまた頭にきて、「△△はママの言うこときかないのに、どうしてママは△△の言うこときかなくちゃなんないの。本なんて読まないよ、やだやだ!」と、寝たフリをしてしまった。娘はそのあと、何か歌を歌いはじめたのだが、それさえもムカついて、「寝てるんだから、うるさい。」ようやくお互い眠りについて終戦…になった。私が怒っても怒っても、それが分かっていないかのようにニコやかなのも腹がたつし、落ち込んで顔色を見ながらジメーっとしているのも腹がたつし。とにかく、ひたすら腹がたつ。絶対、この中には、そんなに腹をたてる必要のないことも入っているはずなのだ。娘の何かがこうさせる、その理由と対処法さえ分かれば、もっとお互い楽になるはずだ。児童相談所に行っても、児童精神科へ行っても、発達を専門に診ている小児科へ行っても、かえってくる言葉はみな同じ。「発達障害ではありません。」どこにあるのだろう、娘をこうさせる何か。どこにいるのだろう、こういう娘を解読してくれる専門家は。
2008.09.09
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人間って限界がやっぱりあるもので。昨日というべきか今日というべきか。日付が変更してから1週間の出張から帰ってきた夫に、ここ最近の出来事をしゃべっていたら、なんだかヒートアップしてきた。「大体さ。出張のない日は保育園に送ってくれるって言うから2人目作ったんだよね?」そうだった。2人目に全然前向きになれない私に、彼は育児の全面バックアップを具体的に約束したのだった。トイレ掃除。出張のない日の朝の保育園。節目となるような大きな通院の手伝い。などなどなど。「明日。朝8時までに診察券を出しに行くか。9時に2人を連れて耳鼻科へ行くか。11時までに息子を小児科(クリニック)へ連れていくか。どれやる。」「…んーと。耳鼻科かな。」「起きてよね。起こすだけで面倒になって自分で行くハメになった、とかイヤだから。」「それは仕方ないでしょ。そういう生活してないもん。明日も昼出だし。」「それじゃあ意味がないでしょ。手伝うならガツンと手伝ってよ、気合入れて。」「えええーっ」そう言いながらも2時前に、「もう寝よっかな。明日、早いみたいだし」と、独り言のように言い目覚ましをかけてベッドに入ってしまった。朝。7時に起き、サンドイッチを作って診察券を出しに。8時10分に戻って子どもたちを起こしにいくと、ちょうど目覚ましがなって。普段なら8時間睡眠の後でもスヌーズ機能フル活用でようやく起きる男が、さくっと1発で目覚めて子どもたちと一緒にリビングへ。一緒にサンドイッチを食べて、ひょいっと息子をかつぐと娘に声をかけ、さらっと行ってしまった。拍子ぬけ…という言葉はこういうときに使うんだろうなぁ。あまりにも、あっけなく行ってしまって、かえって落ち着かない。せっかく3人がいないのだから掃除機でもかければよかったのだが、やったことはパソコンあけて更新…。50分後。行ったときと同じように、さらーっと息子をかついだ夫は帰ってきた。診察内容など必要事項を確認しあったあと、「どうだった?」と、おずおずと聞いてみた。すると、「こんなんで良かったら、いつでも手伝うよ。」とニッコリ。あぁ、そうだったな。2人目を決意した理由、もっと大きいのがあった。『2人目に障碍がなければ娘を助けてくれるだろうし、障碍があったとしても娘が2人目を守ろうとがんばってくれるよ。大変だったら、オレが仕事辞めて育児担当を代わってもいいから、2人目をつくろうよ。』息子をクリニックへ連れていき、12時30分に戻ってくると、夫は和室で爆睡していた。娘はやりたい放題で部屋も荒れ放題。庭の砂場に隣の男の子を誘ったらしく、砂場には玩具が散乱し部屋も砂だらけ。それでも。全然、怒る気にならなかった。夫と。障碍のある娘と。またまた障碍児だった息子と。私。4人、なかなか良い家族なのではないかな。
2008.09.06
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また、やらかしてくれた。保育園でのトラブル。今日は、夜、会議だった。うちの保育園は皆、仕事をしているため、夜、会議などがある。今日は県下の保育園が集まって保育情勢について学び、それを啓蒙し署名を集める、という、保育園あげての大イベントだった。正直、子ども2人とも調子がいまいちの状態、自分は納得できた人生を歩めていない現状で、保育情勢だ?保育システムが変わる、だ?そんなのどうでもいいわ、というのが本音である。以前の私なら、こんなものに参加したりはしなかっただろう。が、子どもたちを授かって考え方は少し変化してきた。自分だけの正義や知識だけですべての社会を把握することはできない。さまざまな立場の人がいれば、その立場の分だけ抱えている正義があり、そこにはきっと、自分の知らない世界がある。お年寄りにはお年寄りの立場と正義と、そこに広がる世界が。同じだけの正義で、未婚子どもなし50代の女性の立場と正義と、そこに広がる世界が。保育園には保育園の立場と正義と、そこに広がる世界がある。もちろん、それらをすべて掌中にし、我が事のように心を痛めることはできない。それをしてほしいのは政治家であるのだが。エリート、というものは古はそうであった。民衆の利益を全く立場が違っても我が事のように考えることができ、民衆のために死ぬことができる人、それをエリートと呼び、彼らに政治を託した。今はどうだ。エリートとは名ばかり。偽エリートたちは偽エリートの利益だけを追求しようとしている。日本もエリート階層をつくればいいのだ。血であっても、能力であっても、その両方であってもかまわない。そのかわり、そこで学ぶものは一律、エリート道を学ばせる。すなわり、民のために死ね、だ。熱くなってしまった…閑話休題。だから、だ。親でさえも片目をつぶりたくなるような子どもたちを愛し、そのままの彼らを受け入れてくれている保育園の人たちが、そんなにも、保育制度改革は改悪だ、と叫ぶのであったら、その理由いかんは別として、無条件で手を貸してあげたいな、と思ったのだ。18時半に子どもたちを保育園に預けて、21時半に戻ってきたら、保育園は大騒ぎ。娘が2歳児の女の子の髪をわしづかみにして、それも3回、髪が大量に抜けた、というのだ。その子が娘と同じクラスの女の子の妹だったものだから、皆の批判ボルテージはマックス。謝れ、いやだ、とモメにもめ、で、私登場、という場面だ。場にいた保育士に問えば、どうも、娘はおしっこをもらしてしまい、それでバツが悪くなったところに2歳児の子がたまたま通りかかり、えじきになったんじゃないか、という。家を出るときトイレを確認したら、保育園でする、と答えていた。あれは、出ない、ではなかった、出るけど保育園で、だった。夜の保育園で興奮しきっていて忘れてしまったのだろう。急いでいたので、そこまで頭が回らなかった。とりあえず、相手の母親に頭を下げ、子どもを回収。家に帰ったのはもう22時を回っていた。明日は朝一で耳鼻科、その後、11時予約で小児科。朝ごはんと昼ごはんのタイミングは。あぁ、なんでよりによって、こんなに考えることが多いときに。「あんた、そんなんだと友だちできないよ」「友だちいらないんでしょ」「当たるなら自分より大きい子にしたら、そしたら、やりかえされてわかるんじゃない」などなど、だめだだめだ、と耳元で誰かが囁いてくれているのに止めることができず、ねちねちねちねちねちねちねちねち責めたててしまった。黙って聞いていた娘が、「悪いってわかってるよ」と、言ったのを聞いて我に返り私も黙ってしまった。そうだよね。友だちもほしいし、やり返されたらいやなのも分かっていて、だから、小さい子を狙ったんだし、悪いって分かってるんだよね。悪いって分かっていて、どうしてやってしまうのか。娘だって、しんどいんだよね。「△△(娘の名前)、しんどいね。いろいろあってさ、しんどいよね」「ママ」真のエリートもいない。解決策も見つからない。耳だれも止まらない。ないないづくしの2人だけど、一緒にがんばっていこうか。娘よ。
2008.09.05
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息子、発熱。息子、耳だれ。娘、相変わらず耳だれ。ひどい鼻水。朝から2人を耳鼻科。熱のある息子を連れて身体障害者手帳の相談をするために娘を予約してあった整形外科へ。ようやく息子を小児科へ。先週、予定が変わって休む旨を事務に連絡済の大学の発達相談室から、待っていたのに、と責める電話がかかり。こども病院の心療科に予約を入れたら、耳鼻咽喉科からの院内紹介状がないから予約は取れない、と言われ。耳鼻咽喉科に電話を回してもらったら、心療科ではないから判断つきかねる、と言われ。よその児童精神科の診断書で予約をしようとしたら、院内紹介状以外は新規の予約は受け付けていない、と言われ。本当に、自分の身の上に起きていることなのだろか。
2008.09.04
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夜。2通のメール。子どもたちのトラブルをわが子から聞いた親、2人から。1人は、『聞いたよ。△△(娘の名前)は大丈夫?子どもの言うことだから、いまいち何があったかは分からなかったけど、たとえどんなに相手が悪くても大勢で囲って責めてはいかん、と話しあったよ。こういう機会をくれて、ありがとね。』と。もう1人は、『先生の対応、ひどいよね。母、大丈夫?子ども同士のことだから、ある程度しかたないけど、やっぱ、そこまで責められてたらかばってあげないと、味方もいなくてかわいそうじゃん。』と。すごいことだよな、と思う。トラブルになった相手から、娘や私を気遣ってもらえるなんて。それもこれも、あの保育園でみっちり関係をつくってきたからなんだろうな。時には…レベルではなくて、かなり頻繁に普通の子どもを育てる親たちの中で、しんどくなったり悲しくなったりしてきたけど。時には、えいっとサボってしまったこともあるけど。でも、娘の障碍云々、置いておいても、自分を慕って傍に寄ってニコニコと見上げる娘のことが、嫌いにはなれないんだろうな。他人の子どもだとしても。それが障碍を持っていようとも。一人間として。こういうときに思う。娘のパワーってすごいな、と。あやつは、ただ、ニコニコとおバカなことをしているだけなのに、なんとなく周囲が動かされる。動かないのは私だけで、その他の人をゴトリと動かす。保育園自体が温かな園風を持っていることもある。私も、そりゃいくばくかは貢献しているかもしれない。でも、やっぱり娘のパワーは大きかろう。娘を信じてみればいいのかな。私には感じない、その娘のパワーを。娘の足を引っ張らない程度に、私も周囲との関係を保ちながら。
2008.09.03
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どうして、突然、みんなが作っていたブロックの家を壊したのか。娘に聞いても、わからん、の一点張り。そりゃ、そうだろう。分かるようなら、壊す、というような破壊行動をするわけもないのだ。何度か話しているうちに、ようやく、分かってきた。「…んん。△△(娘の名前)はぁ、いっしょに、つくりたかったの。」そんなことかな、とは思っていた。というのも娘はブロックが大好きなのだ。だが、皆がつくるような、戦艦だの要塞だの銃などには興味なく、家や車庫など、ごっこ遊びのフィールドとしてブロックが好きなのだ。何人か共同で家をつくっていたと聞いたときから、娘が好きそうだな、とは思っていた。「だったら、入れてって言ったの?」「いってない。」「なんで言わないの。」「だって、いったら~みんな、ダメっていうじゃん。」えっ!!それは随分と先読みな…。「でも、結局、壊したら仲間に入れないでしょ。」「……」「ダメって言われたら、なんでダメなの?って聞いてみたら。」しばし沈黙…の後、顔をあげて、「なんで?っていったら、みんな、なんていうかなぁ。。」なんだか笑ってしまった。「それはさ。ママはみんなじゃないから分からないよ。」「そっか。」娘もつられて笑った。「今度は、なんで?って聞いてみたら。」「こわすからダメっていったら?」「△△はこわすの?」首をふる。「だったら、なんて言う?」「こわさないから、いれて、っていう。」「それもいいね。」本当なのだろうか。入れてほしいけど、どうせ入れてくれないから、と、思って壊した、そんなことがあるのだろうか。不思議な人だ。
2008.09.02
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よくもまぁ、こんなに書くネタに困らない人生だな、と呆れてくる。息子の耳だれが止まり、ハサミで切られた手の傷も治ったと思ったら、今度は娘。それも、またもやMRSA。連日、耳鼻科通いが決定して、うつうつと保育園へお迎えに行ったら、クラスの子どもたちが私を見つけて駆けよってきた。「きょうね~△△(娘の名前)、ブロックこわしたんだよ」「みんなでつくったブロックこわしたの」「やめてっていったのに、やったんだよね」話を総合すると、6、7人の子どもたちでブロックで家をつくっていたら、娘がそれを突然、壊しはじめた、という。大騒ぎになり、担任も見守る中、みんなで説得し、一度は「もう、やらない」と言ったらしいのだが、そう言ってすぐにまた壊しはじめたという。「だから、みんなで△△がつくったのをこわしたの」「どんなきもちがする、って」「せんせいがね~おしいれにいれちゃえっていった」それはないではないか。いくら娘がみんなのつくったブロックを壊したからといって、みんなでよってたかって娘がつくったものを壊して、それが正義なのか。みんなに迷惑をかける行動をとった娘を押入れに入れたり、無理やり「もう、やらない」って言葉だけをもらえば、それで満足なのか。第一、娘がどうしてブロックを壊したのか、その理由を私に教えてくれるものは一人もいないではないか。息子と娘を連れて、なんとか玄関まできたところで、同じように障害をもつ子どもを育てる友だちに出会って、そこで、タガが外れてしまった。涙が後から後からあふれて止まらない。そんな中、たまたま、息子の担任が通りがかって話を聞いてくれていたところに、勤務を終えた娘の担任が帰宅しようと玄関に現れてしまった。「どうして、だれもブロックを壊した娘の気持ちを考えてあげてはくれないのですか」担任は、そのときの事情を話してくれた。みんな、一方的に娘を責めていたわけではないってこと。一生懸命、どうやったらみんなが楽しめるのか話あっていた、ということ。就学すれば、こういったトラブルはいっぱい起こる。その前に、こうやって大人の目が届く間に、いっぱいトラブって、娘に人間関係を学んでほしい、と。△△の力を信じて、保育園に任せてほしい、と。私の涙は止まらなかった。担任の言うことは正論だ。事実、そうやって成長することもあるのだろう。だが、どうして娘が皆に合わせる勉強をしなければならないのだ。皆が娘に怒った正義と同じ量の正義が娘にもあって、それでブロックを壊した。気持ちがわからなくて壊したのではない。皆が嫌な気持ちをすると分かっていて、そういう気持ちにさせたくて、娘はブロックを壊したのだ。そこまでして貫きたかった娘の正義を、誰も考えてはくれていないではないか。そういう風な方法でしか正義を出せない娘を、丸ごと個性と受け止めてくれる方法だってあるのではないのか。ありがとうございます、おねがいします、と泣きながらお礼を言い、その場を離れた。担任の目が、善意に満ち溢れていて、そのことがとても私を絶望させた。自分だって娘を丸ごと受け止めてあげられていないのに、これ以上、あの善意をくつがえせるほど説得できるような気が全くしなかった。
2008.09.01
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