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やっぱり見てしまった。24時間テレビ。以前は偽善っぽくて嫌いだったのに、娘を授かってからは涙なくしては見られない。結局、自分は何も分かっていなかったんだろうな、と思う。自分なら障害を持っても、こんな狭い世界に生きたりはしない、きっと今まで通り、輝いて生きていけると思う、と。経験乏しく、想像力も欠如していて、根拠のない自信に満ちていた自分。いろいろな立場の人に、いろいろな人生があって、いろいろな価値観がある。こんな当たり前のことを知らなかった。SPEEDのボーカル今井絵理子の息子、礼夢くん。彼の話は本当に泣いた。今井絵理子は歌手で、子どもに歌を歌ってあげたかった。たったそれだけの小さな望みなのに、高機能感音聴覚障害の彼の耳に届くことがない。その無念さはいかほどだっただろう。私は子どもと一緒に学ぶことが楽しみだった。科学館や美術館の子どもツアーに一緒に参加したり、理科の実験を一緒にしたり、史跡を旅したり。私のすべてを授けたいと思っていた。それが出来なくなった、と書いたらきっと、人権侵害になるのだろう。今からでも娘とそれをしていけばいい、と。そんな気持ちにまったくなれない私は、差別をしているのだろうか。差別しているんだろうな。今井絵理子は、それでも彼に歌ってあげたい、と言っていた。私も娘と学びたいと思い、実行してもいるし、心から楽しいと思える瞬間もあるが、抱いていた夢を実行している気持ちには、どうしてもなれない。
2008.08.31
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息子のクラスの母会で今、帰宅。息子のクラスは父母同士、本当に仲が良い。ほとんどの人が参加して、1次会で帰った人もどうしても次の日に仕事がある人だけで、皆と、担任の保育士まで2次会へ。久しぶりにいっぱい飲んで、いっぱい話して。その話の内容は深い話などなくて。私の本音を話したわけでもなかったんだけど、それでもいい、『普通』のパワーをもらえたから。息子の発達は遅いが、娘のように診断書があって障害児枠で入っているわけではない。だからといって、心情的にも実際にも、ついていけない会話はいくらでもある。それでも『普通』のパワーがもらえる気がするのはなぜなんだろう。数日前にもらった同窓会のお誘い。それに伴って届いた、旧友からの誘いメール。大雨を心配してくれた久しぶりの友人からのメール。隣の人からいただいた4個の梨。『普通』のパワーで少しづつ回復してきた気がする。
2008.08.30
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保育園へ迎えにいったら、娘が大切そうに何かを持っていた。よく見ると、セミの抜け殻。最近、娘が気にいっているらしい。持って帰る、というので、みんなのだから、と返させようとすると、「いいよ、持って帰って。もう、みんな忘れちゃってるんだから、ここに抜け殻があること。△△(娘の名前)だけだよ、(セミの抜け殻を)覚えてあげているのは。」と、担任に言われた。娘だけ周囲と違うとしても、娘のこういうところは、いつも私をホッとさせてくれる。利き手の左手の平にセミの抜け殻をのせて、そっと歩く姿も可愛くて、なんだか、嬉しくなって教室を後にした。玄関で靴をはき、外へ出ると雨が強かった。前抱きにしている息子が濡れないように気をつけ車へと急ぎながら、後ろからついてくるだろう娘に、「セミの抜け殻、雨に濡れたらフニャフニャになっちゃうかもしれないから、濡れないように持つんだよ~」と、声をかけた。よく考えれば、そんな自然現象に弱い殻では、セミも成長できまい。つまらないことを言ったものなのだが、その時は、娘がせっかく大切にしているものだから、と、気を使ったつもりだった。普段から意思や想いみたいなものが薄い娘が、いや、もしかしたら、本当は強いのだけれど、私がくみ取ってあげられないのか、私の前では出せないのか。常に、何が本当にしたいのか、考えているのか、が分かってあげられない娘の、ほんの少し見えた本音を大切にしてあげたくて、とことん、セミの抜け殻に付き合うつもりだった。車に息子を乗せて、娘を振り返ると、手に何も持っていない。「…セミの抜け殻は?」焦ったように、後ろを一生懸命指さしながら、「ポイしたの。」「…なんで。」「だって、ぬれちゃうっていうから。」娘の指さしたところを見やると、道の真ん中にセミの抜け殻が雨に打たれて転がっていた。「ポイしたら、もっと濡れちゃうでしょ、見てごらん、あんなに濡れちゃって…」私は自分で道を戻りセミの抜け殻を拾った。そして、娘の手に乗せて、もう一つの手で屋根を作り、「こうやったら濡れないでしょ。」と、言った。「あぁ、そっかぁ。こうすればぬれないんだ」娘はそのまま、そっと持って車に乗りこんだ。家につくと、娘は、「セミのぬけがら、どこにおこっかな~」と、言っていた。独り言なのか。それとも、そう言いながら、どこに置いたらいいのか、私の顔色をうかがっているのか。私は聞こえないフリをしてキッチンへ入っていき、娘に視線も合わす気持ちになれなかった。セミの抜け殻は、まだ家のどこかにあるのだろうか。
2008.08.29
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ひどい雨とかみなり。ノートパソコンを開いているダイニングテーブルの上の電気が、たまにチラっと消えて、また点いたりしている。停電かな。もしかしたら、途中で消えてしまうのかもしれない。水曜日は友だちと水族館へ。プールに入ってイルカに触ってきた。障害はないけど1つ下の女の子と、娘と同じくらいの発達年齢の同級生と。娘はそのどちらとも1対1では遊べる。が、こうやって3人になってしまうと、他の2人が手をつないで遊びに行ってしまい、娘は1人になってしまう。それでもいい。他の子と遊びたくなくて遊ばなかったり、遊びたいけど興味が違うのであれば。娘はそうではないのだ。やりたいことも興味も一緒。でも、仲間に入れないのだ。娘は、そのストレスで、持っていたゴミを口に加えながら、顔面蒼白にして固まって立ちつくしている。私はそんな彼女を見るのが、どんな彼女よりも一番辛い。辛くて辛くて辛くて、とても正視できない。内蔵をわし掴みされて、取り出されるような痛みに耐えられず、彼女を嫌いになってしまいたくなる。嫌いにさえなれば、彼女のことがどうでもよくなる。どうでもよくなれば、辛くない。怒りも湧かない。怒っても無駄だ、という冷静な自分を取り戻すことができる。冷静な自分は彼女のことが好きではないのに、そのとき抱き寄せてあげることが1番だと思えば、抱き締めて「ママがいるよ」と耳元で囁いてあげられる。でも、本当に本当に本当に娘のことが好きなのは、娘の行動一つ一つを息が詰まる思いで眺め、心から悲しみ、悲しんで怒り、怒っては自分を責めている、そんな最悪な自分なのだ。娘はどっちが好きなのだろう。どっちかの私でも許してくれたらいいのだが。
2008.08.27
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こんな時間に更新して…。子どもたち、夕食まだなのに。自分だけビールあおって、グダグダと日記を書いてる。娘の耳だれは絶不調で、抗生剤なんて効きやしない。まず、間違いないく、こちらもMRSAだなぁ。また、毎日、耳鼻科通いかぁ。息子の手も治りいまいち。やっぱり縫った方がいいのかな。娘の就学。手帳がなくなったからデイサービスが使えないんだった。学童もなく。来年からどうなるんだろなぁ。あぁ、誰かと一緒にいたいな。…今、一緒にいたい人が頭に浮かんで、消さざるをえなかった。そうだ。彼は、無理なんだよな。好きな人ではない。もちろん、肉体関係など、まったくもって、の人で。私は…本当に本当は貞操観念などない人で、どうして仕事のために相手と寝てはいけないのか、全然理解できなくて。今、どうして、こんなに貞操を守っていられるかといえば、ひとえに夫が悲しむみたいだから、というだけで。彼は、80点以下の女とは寝ない、と言っていた。容姿端麗な彼が言うと、まったく冗談に聞こえなかったし、ま、冗談でもないんだろうな。私のことは40点って言ってたかな…。50点に修正させたんだっけ…。でも、私が100点でも彼は寝なかったと思う。彼は夫の元職場の同僚で、夫のことを大切にしていたから、その彼が大切にしている私と寝る、なんて選択肢は絶対に持たない人だと思う。彼は、それだけ、彼の周囲を大切にする人だった。少しでも自分を思ってくれる人に対して、身を投げだす勢いで助けてくれる人だった。はじめて、彼と出会ったとき、自分と同類の何かを感じた。きっと、彼も感じたと思う。でも、二つだけ違ったことは、彼は私と違って、容姿という才能にも恵まれていたことと、もう一つ、私の先の先の先の先の先の先を歩いていた。傷ついた人生で今、彼があの人生を歩いているとしたら、私は当時、まだ、傷ついた自分を越えられないでいた。だから、なんか、彼に話しかけるときは安心できた。きっと、分かってもらえるような気がしたし、私のものにならない感じがまた、気楽だった。そんな彼は、子どもを作らないと言っていた。自分の子どもは絶対に障害児だから、と。自分のように苦労させたくない、と。今、思えば、あれは私にもあてはまったんだろうなぁ。理屈なんてないのだろう。そういう星のようなものがあるのだろう。でも、私はきっと、彼も失ってしまったのだろう。彼が私に相談してくれたとき、私はあまりにも彼の後を歩きすぎていた。私は彼に相談できても、彼の相談を受ける技量どころか、それを受け止めるどころか、その事態と向き合うことさえできなかった。そして、もっと悲しいのは、そのことが原因で彼を失ってしまったかもしれないことにさえ、気付かないで生きてきたのだ。今でも、夫の同僚としての付き合いがある。でも、このことを改めて謝罪するなんて、そんなおこがましいことをする勇気は自分にない。そもそも、こんな考え自体が間違っているかもしれないではないか。私が彼と同類だ、と思っていたこと自体が妄想かもしれないのだ。万が一、すべてが当たっていたとしても、今更、子どものように「ごーめんね」「いいよ」、というわけにはいかないのだ。失った人生。失った過去。これ以上、何を失っていくのだろう。
2008.08.26
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息子が治ったと思ったら、今度は娘が耳だれ。朝から耳鼻科へ連れていく。その後、保育園へ。娘の加配の保育士が今週いっぱいで退職することが判明する。彼女の夫が転勤するそう。去年から1年半。娘が心を開いて甘えきることができる、担任よりもなついている人だった。クラスに入ると、担任から、娘の目が悪いのではないか、と指摘される。難聴のために、いつも、最前列に座らせているが、すぐに席をたって、前までくる。聞こえないのかと思っていたら、「見えない」と。いつも、本をページすれすれで見ているし、一度検査した方がいいのでは、と。うつうつと日中を過ごし、迎えに行ったら、娘にハサミで切られた息子の手の傷が、またパカっとあいて出血したらしい。縫った方がいいのでは、と保育園のナースから言われる。よくもまぁ、次次と。どうやったら、やれるのだろうか。これ以上、どうしろっていうのだろうか。
2008.08.25
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ちょっと目を離した隙、とも言わないほdの、ほんのわずかの間に、事故は起こった。息子の、かつて聞いたことのない悲鳴が家中に響き、不安に押しつぶされながら、声の聞こえた玄関にかけよると、ハサミをもった娘と、泣いている息子と、床に血。何が起こったかは、すぐに分かった。問題は、その場所と怪我の具合。ふるえる手で息子を探ると、親指と人指し指の水かきのような部分に血。そっと見てみたら、ぞっとするほどバックリ割れていた。一瞬。あぁ、ここなら太い血管やら神経やら通ってなさそうだな、と、冷静に思ったのだが、リビングにいる夫の元へ連れていって、「こわくて見れない」と訴えた。夫は消毒をし、包帯で固定。「太い血管や神経はなさそうだし、これで血が止まれば大丈夫なんじゃない。」と言った。こういうのを甘えている、というのかなぁ。本当に本当の私は、どちらなんだろう。娘は懸命に、どういう事情だったか説明していた。どうも、私が新聞を束ねるのを真似して、ヒモを切ろうとしたとき、息子が手をだしてきたらしい。娘はもうハサミを使える年齢だし、片付け云々の問題ではない。使い方をもう1度確認し、しばらく息子は手を使えないから、あなたが手となってあげなさい、と言った。娘は、どこまで分かっているのだろう。何食わぬ顔で遊んでいる娘を見ると、そう思う。息子を傷つけたことが悪いことだと分かっているのだろうか。ハサミの使い方をこれから気をつけてくれるのだろうか。もっと怒った方が良かったのだろうか。普段、つまらないことではブチ切れてるくせに、こういうときはヘンに冷静になってしまって、というか途方に暮れてしまって、一瞬怒リそびれてしまう。これでは、彼女自身の中で事の軽重をはかり間違えてしまうのではないだろうか。私のように。自分のことも人のことも、なんだか難しい。
2008.08.23
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夜中、何度も目が覚めて。朝からだるく。やっとのことで子どもたちを保育園に預けて、家へ。ぼーっとコーヒーを飲んでいたら、ふと、誰かと一緒にいたいな、と思った。こういう感覚は、はじめてかもしれない。そういえば、彼女もそんなことを言っていたな。彼女。とは、以前、日記に書いた、月に1、2度、現れるママ友のことだ。看護師である彼女は夜勤のふりをして夫に3人の子どもを預け、自分一人で我が家へ来る。そして、家族の顔を見たくないから、と、1時を過ぎてから帰宅する。障害のない3人の子どもに恵まれ、自他ともに天職とみとめる看護師の仕事をし、夫は家事をシェアしてくれるどころか、夜勤のときは子どもをみてくれる。休みの日は家族5人で、他の家族を誘ってレジャーにいそしみ、困ったときには、自分がすすんで子どもを預かってくれて。幹事など、面倒な役職も笑顔で夫婦そろってこなす。彼女の一家を、理想の家庭、と、酔って語るママ友は一人や二人ではないのだ。そんな彼女から、ある日。突然、メールがきた。会えば挨拶を交わし、クラスのイベントでは出会う、そんな程度の仲だった。一日に少なくても3回。多いときは一日中、夜中も。メールをすぐに返さないと、今、何を考えているか不安だ、と、またメールがくる。内容はともかく、なぜ、こんな行動に出たか、といえば、彼女は『共依存』なのだ。依存相手の苦労や悩み、境遇に、依存しないと、いてもたってもいられない、のだそう。彼女の言葉を借りれば、「申し訳ないような気がする」のだそうで。今までの『共依存』の相手に逃げられて、次の依存相手を探していて、そこで、障害児2人を抱えている私に白羽の矢がたった、というわけ。そんな彼女が言っていた。「何もしゃべらないでいいから、誰か、自分を分かってもらっている人と、ただ一緒にいたい、と思いませんか。」と。正直、そんなこと思ったこともなかった。ただ、彼女が来ると、何か人の役にたっているような気がして、嬉しいような。メールも、求められていることが安心なような。数か月、そんな生活が続き、次第にこちらも心を開きはじめた、ある日。突然、メールがこなくなった。逃げていた相手とヨリが戻ったそうで、やっぱり、ふりむいてもらえなくても、あの人を追い続けてみたい、と。あの人は私が追いかけていないと死んでしまうから、と。勝手によってこられて、勝手に去られて。恋愛にもあるんだろうな、こういうの。あの人よりも悩みが薄い、と思われた、のかな。喜べばいいのかな。全く、勝手な人だったな。もう、2人きりで会うことはないだろうけど。私も会いたいと思わないし。でも、なぜだろう。恨む気持ちにはなれない。あえて沼地を選んで泳ぐ彼女が、心配ではあるけれども。
2008.08.22
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「きょうもゴーオンジャーのほん、よんでね。」いつものように息子が眠くなりリビングから廊下へつながるドアを指さしてグズりだすと、娘がそう言った。「うん。読もうね。」息子のオムツを替えながら、そう答えた。『ダッシュ豪快!ゴーオンブラック!』『蛮機族ガイアークをやっつけろ』「ねぇ。ゴーオンジャーの敵って誰か分かる?誰と戦ってるのか知ってる?」「これ。これがたたかってるの。」指をさしているのはゴーオンジャーのメンバー。「ちがうの。誰が戦ってる?じゃなくて、ゴーオンジャーは誰と戦ってるの?って聞いてるの。」「これ。これなの。」焦ったように、ゴーオンジャーたちを指さす。「ちがうの。そうじゃなくて…。ゴーオンジャーの敵はだれ?って。アンパンマンはバイキンマンと戦ってるでしょ?ゴーオンジャーは?」「だから、これなの、これ。これ。」半泣きでゴーオンジャー。「ここに書いてあるでしょ。『ゴーオンジャーは蛮機族ガイアークとたたかって…』って。」蛮機族ガイアークの写真を指さして教えると、「これ。これね。わかってるよ。」と、答える。娘の全身から汗が噴き出しているのが分かる。なぜ、こんなに私に緊張するのだ。たかだかゴーオンジャーの本の内容を質問しただけで。そんなに私の期待に応えられないことが怖いのか。なぜ、こんなに簡単な質問が通じないのだ。ゴーオンジャーの内容が分からないのか。アンパンマンのときもそうだったが、悪と善という空想の設定自体が分かっていないのか。誰が誰と、という助詞の使い方が分かっていないのか。そして、なぜ、こういう娘の態度がこんなにも私を腹だたせるのだろう。本を読み終わると、すぐに自分のベッドに戻ろとする娘に、「ちょっと。昨日、もう1回読んで欲しいって言ったクセに。さっき、質問して答えられなかったから嫌になったんでしょ。」と、言わずにはいられず。「…うん。」と、視線をそらす娘に、どうしても腹がたち、「もう質問しないから、もう1回、聞きなよ。」といって、もう1度、読んだ。娘は黙って聞いて、最後まで聞き終わると、「おやすみ」と、自分のベッドに戻っていった。これを機会にゴーオンジャーを教えてあげたかっただけなのに。少しでも、周囲の友だちと共通の会話がもてるように、と。彼女のために、と。憎くてやっているわけではないのに。怒っているわけではないのに。一度、かみ違えてしまった歯車を元に戻すのは、難しい。
2008.08.21
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息子が読んで欲しいと持ってきた『わにわにのおふろ』を、うながされるまま3回読み、さぁ、寝ようねと電気を消そうとしたとき、娘の遠慮がちな声。「…ママ、これよんで。」このタイミングで言うなよ、と思いながら、ちらっと見ると、彼女の手には『炎神戦隊ゴーオンジャー』の本。「こんなのどこ読めばいいの。こういうのは一人で眺めてればいいでしょ。」と、イライラを隠せず言い放ってしまった。この本は、数週間前。何か別の絵本を買いに行った際、こっちが買いたいと言ったもの。本やの戸口にクルクル回る本立ての、3歳くらいの子用の1ページづつがぶ厚い本で、なんだか、何かでグズグズしていた娘に「はやく」と促したら、自分のすぐ横の本立てから、見もしないでスっと取り上げた本だった。娘のそういうところが、私をよりイラつかせる。私に怒られないように、「はやく」と言われたら、自分の意思は2の次で、ただただ焦ったように急ぐ。その姿が、またイライラを増長させていると、彼女は気付いているのだろうか。6才の娘は、炎神戦隊ゴーオンジャーなるものを、テレビで見たこともないのだ。「だったら、これ、よんで」娘は、息子も喜びそうな本を持ってきた。『息子が喜びそうなものなら、私が読む、と思っているんだろうか…』「…いいよ、ゴーオンジャー読もうか。」「うん!」「ぶっちぎるぜ、ゴーオンレッド」「たおせ」写真ばかりで、ほとんど単語ばかりの本を読む。終わって、本を閉じると、「もう1かい、よんで。」3回読むと、「あしたも、ゴーオンジャーのほん、よんでね。」と言って、自分のベッドに戻っていった。あの時、買ったゴーオンジャーの本は本当に読みたかったのだ、と証明してみせたのか。息子と同じように、自分も3回、読んで欲しかっただけなのか。それとも、本当に、この本が好きなのか。娘が本当にして欲しいことをしてあげたいと願っているのに。相性が悪いのか、まだ信頼関係が出来上がっていないのか。娘の気持ちが、いまだ読めない。
2008.08.20
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お盆明け。各病院も療育もはじまって、また、いつもの平日。夫は出張。疲れる。病院や療育に行けば、いつも、大体、何かしらコトが動く。前に進むことばかりだが、それが必ずしも自分の望むような未来であるとは限らない。面倒なケアが増えたり、家庭での勉強が増えたり、手術の予定が入ったり。どれもこれも未来につながっている、ということになっている。が、本当にそうなのだろうか。どういう未来になれば、自分は幸せなのだろう。どういう未来になれば、子どもたちは幸せなのだろう。未来を考えれば不安になる。だから、予定はすべてスケジュール帳に任せて、とりあえず今日を耐えぬき、こなしてみる。やっていることの意味を考えるなら、頭をもたげ未来を見るしかない。が、頭をもたげてしまえば不安になる。そこで思考をストップして、とりあえず今日を。出口なし。やっている意味が分からないことのために、自分の時間を注ぎこみ続ける。賽の河原で石を積んでいる方が、まだ救いがあるのではないか。何度も鬼に壊されたとしても、悲しませてしまった父と母を想って積めるのだから。
2008.08.19
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娘が帰ってきた。でも、だからといって、といった感じ。今までもずっと一緒にいた感じで、久しぶりな感じも、ラブ~な感じもなく。会った瞬間、一瞬で時を飛び越した。よく、夫のことを、『空気』のような関係、と評す人がいるだろう。好きとか嫌いとか、特別な感情はなく、いて当たり前。いなかったら死んでしまうとは思うのだが、あって当たり前すぎて想像できない、みたいな。あれなのかな。娘とは。だと、いいけど。娘を連れてきてくれた義母は我が家に3時間ほど滞在して、またトンボ帰り。明日、パン教室があるらしい、彼女が先生なのだが。娘だけ連れてくるのも大変だろうに、朝から焼いたパンをいっぱい持ってやってきてくれた。もちろん、息子である夫のためとか、孫のためなのだが。その愛は素晴らしいと思う。勉強になるというか。勉強しても仕方ないんだけど。でも、こういうのを近くで見ると、凄いと思う。例えば、であるが、今回も、こんなことがあった。夫は今日、休みだったのだが、それを伝えて私では行けないような大きな駅まで迎えに行く、というと、たまの休みに煩わせたくないから、という。夫は、車を運転することは大して疲れない人だし、何より、少しでも早く娘に会いたいから、と、迎えに行くというのだが、義母は、だったら着く時間を知らせないで行く、という。私にしてみれば、何時なのか分からなければ食事を作るタイミングもあるし、何より、娘を預けている身としては、心配が全くない、ということもない。お盆のUターンラッシュの真っ最中だし、娘を少しでも疲れさせたくない。ただ、連れて帰ってきてくれるのだし、今まで遊んでもらったわけだし。義母にどういっていいか分からず、まぁ、時間が経てば気持ちも変わるかな、と、そのままにしておいたのだが。当日、の今日。お昼過ぎても連絡なし。やっと連絡があったのは、もう、最寄駅近く。夫は、そういう効率の悪い、私さえ犠牲になれば的な辛気臭い話が嫌いで、ほっとけ、と、お怒り気味。我が家についた義母は、いかにも、褒めて~と言わんばかりの武勇伝口調。それでも、夫が子どもの頃は良かったのだろう。が、今では彼も人の親。娘と会いたいし、娘が心配で、時間に追われる仕事人にもなった。そういうことは全く度外視で、子どものころの想い出だで生きていくのが、母親なのだろうな。もしかしたら、夫だって、そんなポーズをとっているだけで、いや、真剣に怒っているのかもしれないが、心のどこか、奥の奥では愛を感じとっているのかもしれない。いや、たぶん、そうなのだろうな。奥が深いな、親子愛って。…いや違うのかな。本当に怒っているのかな。私には分からない。
2008.08.17
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昨夜、…違うな。日付かわって2時半に夫が出張から帰ってきた。これで3人。明日には娘が帰ってきて4人。お盆が終われば通院や療育、保育園も復活し、また日常に戻る。一眠りした夫が朝一番。「△△(娘の名前)ちゃんに電話した?」私は今まで彼女に電話をしていなかったことに気づいた。「私が電話したら、向こうがやりづらいかなと思って。」別れ際のエピソードを知っている夫は、なんの違和感ももたなかったようだが、私には違和感があった。どうして、あんなに毎日、彼女のことを考えているのに、電話をしたい、声を聞きたい、とは思わないのだろう。帰ってくることを憂鬱に思うことはない。食事などの世話も、どうせ息子はいるのだし手間はそんなに変わらない。むしろ、娘がいると息子の気をひいてくれるし助かる。でも、会いたいか、といえば、どうなのだろう。「もしもし。あ、オレ。△△ちゃんにかわって。」電話をした夫が、おそらく義母にぶっきらぼうな声でそう言った後、いきなり声をかえた。「もしもし~??△△ちゃんですか~??おとうさんです!!」最後は、絵文字でハートマーク10個といったかんじだろうか。何かをちょっとしゃべったあと、「…うん?…うん。……うん。」と声が低くなり、私を見て一言。「ママにかわって、だって。」「…もしもし?」「ママですか?△△です!」鼻がつまったような甘く細い声。「ママです。元気ですか?」「げんきです!あした、かえるからね!△△がいなくてさみしい?」「うん…さみしいよ。はやく、かえってきてね!」「うん!」本当は、さみしくはなかった。うそをついた。でも、だましてあげた方がいいに決まってる。こちらの気持ちに余裕がなければ、彼女の想いに応えてあげようと、だましてあげることさえ出来ないできないことなのだから。夫は電話を切った後、自分としゃべっているとき、すぐにママとかわってと言われたことが、気に入らない様子だった。そして、「あ~はやく明日にならないかな~。△△ちゃんに会いたいな~。」と、絞り出すように天井を見上げてつぶやいた。娘を愛している夫のそばで、娘からの愛を真に受け、それに必死に応えていけば、いつか私も変われるのではないか。そう思った。
2008.08.16
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目が覚めたら10時だった。すぐ隣のベビーベッドでは息子がつかまり立ち。…つかまり立ち?おぉ。そんなことできるようになったのか。リビングに置いてある背の低い机や私の体などに腹をつけてのつかまり立ちはできたが、そうか、そんなところで腕だけで立てるようになったのか。本人も嬉しいのだろう。あんなに空腹には敏感な男が、こんな時間まで。こうやって人は幸せを感じるんだろうな。子育ての楽しさ、とか。子どもの成長を楽しむ、とか。もちろん私も幸せを感じる。楽しいし、息子の成長が嬉しい。でも、なんだろうかな。やっぱり、どこかで1%落としてきてしまったような。こうやって一生生きていくんだろうな。いつも、どこかで1%づつ足りなくて。それは、子どもたちが障害児だからなのだろうか。私自身の問題なのだろうか。宮崎駿のドキュメント番組を見て、生い立ちなど複雑な彼は自分自身の闇にフタをしているが、それをアニメを作ることを通して浄化させていると知った。「人を喜ばせることができないなら、自分自身に存在価値はない」という感情に追われてアニメに向かう。僭越ながら分かると思った。誰のためでも何のためでもない。自分自身の存在価値のために。あれだけのことを成し遂げた彼でも、常に1%を感じて生きているのだろうか。その1%が彼を圧しつづけているのだろうか。
2008.08.15
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息子の耳だれが止まった。また、どうせ1週間ほどで出はじめるのだが、とりあえずは決着。もう少し早く止まれば娘と一緒に夫の実家へ行けたのが、神様、このタイミングでありがとう、という感じ。というのは冗談…でもないのだが、正直、どちらでもいい、が正確かな。娘が一人で行くのも、きっと彼女を成長させると思うし、何より夫の両親は、私に気兼ねなく娘をいじることができて楽しいに決まっている。なにせ服装一つにしても私が着せる服が気に入らないのだ。そういえば以前、髪も切られてしまったことがあったな。「そろってないから切ってあげたよ。」と、褒めて~といわんばかりの笑顔で言われたのだが、まさにワカメちゃんカットに、シャツをズボンにきっちり入れ、更にサスペンダーでヘソまであげられて走りまわっている娘を見て、「ありがとうございます。さっぱりしましたね。」と言った後、辛うじて、「最近はそういう風に美容師がカットするんですよ」とだけ口にしたんだったっけ。おかげで、髪だけは切らないでもらえるようになったのだが(笑)でも、娘はずっと家族で夫の実家へ行くことを楽しみにしていた。息子の入院でいつも突然連れていかれる夫の実家に、一人で行くのはイヤと言っていた。最近では「こんどは4にんでくるね。だって、さみしいもん」と、ずっと言っていたようだし。そんな娘の想いにこたえてあげるのも、娘のために良いと思うし。一方、息子が新幹線に乗って見知らぬ場所に行くことや、おじいちゃんおばあちゃんに可愛がってもらうことも、息子のために良いと思うし。私自身も食事などの家事を義母とシェアして生活できて全く悪いことばかりでもないし。もちろん、耳はずっとふさいでおくが(笑)…あぁ、つまらないことを書いてしまったな。今日は、もっと発見すべきことや、来客なんかもあって楽しい一日だったのに。というわけで、息子と2人きりの生活。娘がいなくなって、やっぱり私に来てうるさくなったのだが、それでも、そうだな、娘がいるよりもノンビリできる。2-1=1とか。そんな楽さ、ではなくて。心の負担というのか。うーん。まだまだ私は娘との関係が改善されていないんだな。娘がいなくなるだけで、こんなにホッとできるのだから。嫌いなわけではないのだ。一時期は正直、嫌いで、側にいるだけで息苦しく感じだ娘も、ようやく、いなくなれば淋しさを感じるまでになったのだが。きっと、彼女のために私が役にたってあげられないことが申し訳ない、のだと思う。ここまで関係が改善してきた今の段階での私の気持ち。彼女の素直な気持ち、に邪推を加えたり。せっかく芽生えた彼女の自信を打ち砕いてしまったり。何かを教えてあげようとしてイラついてしまったり。当たってしまったり。彼女と母子として行動することで、眠っていた自分の幼少時期の母子体験がよみがえって辛くなったり。今、まさに咲こうとしている彼女の妨げにしかなっていないような、罪悪感を感じるのだ。息子とはいると楽しい。ただただ楽しい。家事をしていてうるさくなったら、一緒に横になる。息子はそんな私でつかまり立ちをして、「どう?」とばかりに顔をのぞきこんでくる。私が「わっ!すごいね!!」と大袈裟に驚いてあげると、誇らしげに屈伸運動をする。疲れて本を読んでると、彼も絵本を持ってくる。「あっあっ」と読んで欲しいとせがむ。読んであげると、すぐにパタンと表紙を閉じてしまう。そして、また「あっあっ」。「もう1回読んでほしいの?」と、指を1本立てたら、息子も指を1本立てて「あっ」読んであげると、すぐにパタンと表紙を閉じて、今度は指を1本立てて、「あっあっ」「分かった、もう1回なんだね~上手だね!」というと、誇らしげに、また屈伸運動。1才半でこのレベルでは発達的には遅いのだろう。でも、私には十分なのである。涙がでるほど、こういった時間が嬉しい。娘とは、こんな時間を共有できなかったから…。今からでも取り戻せるのだろうか。せっかく娘から解放された時間なのに。考えることは、いつも娘のことばかりで、我ながらバカらしいと思わなくもないのだが…。
2008.08.14
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昨日の夜。娘と一緒に寝たおじいちゃんの話によれば、娘は朝の4時に飛び起き、「もう、あさだよ。はやく、おばあちゃんのところにいこっ」と、おじいちゃんを起こした、という。朝の早い、おじいちゃんのために朝食を、と、6時に下へ降りてくると、もう、話声がしていた。ここ2日間。朝ごはんの話をしているので、ここでも朝ごはんの話を。そんな私なので、来客があると大いに悩む。自分の中にスタンダードがないので、相手のスタンダードを探ることからはじめるのである。住んでいた地方。経済状況。家庭環境。…でも、そんなのが分かったとしても、そういう風の朝が分かるはずもなく。分かったとしても、再現できるわけもなく。徒労のうちに、大体、ホテルっぽい感じでまとめてみる、ことになる。仲の良い相手だと、ダラっとさせてもらっているうちに、相手が動いてくれてたりするのだが(苦笑)そんな私だが、スタンダードが決まると結構強く。義父などは、もう大体、夫の実家のしきたりは分かっているので、まず、着がえてから朝、リビングへ下りてくる。シャッターを開け、窓もあけてちょっと換気。そうそう、朝は、6時くらい。かなり早い。朝は和食でも洋食でも必ずコーヒーメーカーで作る薄目のコーヒー。と、夫の実家マニュアル通りにふるまう。絶対、同居は無理だな。たまだから出来るだけで。朝食を終えて、8時には出発。お茶とお菓子。不測の事態用に1組の着がえと。あ、あと、紙パンツにはきかえさせる。娘は馴染みのないトイレが苦手で、数か月前、あまりにも我慢できなくてもらしてしまったのを、とっても気に病んでいて、保育園のお泊り保育も紙パンツをはいて行くことで、本人が納得したのだった。結局、一度もぬらさず、外でしたそうなのだが。お守り、なのだろう。娘にとって。最寄駅まで車で送っていくと、下りる間際に一瞬、顔が歪んだように見えた。そっと車を下りる背中を見守っていると、義父が、「ほら、ママに、いってきます、せい」と、声をかけた。あっ…と私が思った瞬間、娘は声をあげて泣き出した。おじいちゃんの手前、我慢していたものが一気に崩れおちたようだった。名前を呼びかけても、娘は車を下りかけたまま声をあげて泣くばかり。おじいちゃんは、いろいろ、楽しいことを言ったり、おばあちゃんの名前を出したり、気を引こうと必死。お姉ちゃんが行ってしまうことを察した息子までもが大絶叫で泣きだした。これはどうしたら良いのもかな、と、推移を見守っていると、数分か、もしかしたら数十秒くらいだったのかもしれない、娘は泣きながら車から離れた。そして、そのままバイバイをしながら、何歩か後ろに下がっていった。何かの1シーンみたいだな、と、思っていると、おじいちゃんが焦ったように自分のカバンの中からごそごそとカメラを取り出すと、泣きながら笑顔で手をふる孫に向け、シャッターを切りはじめた。分かる、その気持ち、おじいちゃん。何か、ドラマや小説で使いふるされた場面は、よくある出来事だからそういったものに取り入れられて、結果として使いふるされたような、ありふれたような感じになるんだろうな。でも、そういった疑似体験たちと決定的に違うものがある。それは、本当に、そういった場面に出会う当事者たちにしかわからない、夏の朝の少しだけ涼しく、でも、まとわりつく湿気と、黄緑色の空気、身体の中から湧き上がってくる想いと、こみあげてくる熱い何か。きっと、娘はまた成長して帰ってくるんだろうな。遊び相手の姉がいなくなって一気にうるさくなって辟易させられる息子と一緒に、彼女の帰りを楽しみにしていよう。
2008.08.13
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朝。やる気が全くおきない。ベッドの上で目は開けているものの、体が動かない。ひさしぶりのしんどい朝。今日は協力期間だが、保育園へ連れて行く日。朝9時予約で息子を耳鼻科へ。子どもたちを保育園へ。14時30分、娘のお迎え。大学の発達相談室へ、娘はプレイセラピー、私はカウンセリング。16時30分までに息子を迎えに行ったら、そのまま、ピアノへ。夜、18時30分に、夫の父、子どもたちにとっては、父方のおじいちゃんが来る。部屋の片づけ。食事の下ごしらえ。布団の用意。寝ている場合じゃないのだが。寝ている場合じゃないって状況が、また、のしかかってきて身体を縛りつける。もう、限界ってところで、無理やり起きて、保育園の支度、朝食の準備。8時に子どもを起こす。バブバブ遊び真っ最中の娘を着がえさせ、ただ単に幼い息子を着がえさせ。なんか、そこで疲れてしまった。どんぶりを持ってきて、ご飯を入れ、納豆を入れ、大根の味噌汁をぶっかけた。味が薄いので醤油をたらし、テレビの前の子どもたちのところへ。「はい、バブちゃん」というと、娘は喜んで口を開けた。「ここで食べていいの?」と、聞くので、「うん、いいよ。今日、ママ疲れててさ。」ふーん、と、またテレビ。「はい、オギャくん」と、口に運ぶと、いつもは自分で食べたくて口を開けない息子だが、娘の楽しそうな雰囲気を見たからか、素直に口を開けた。バブ、オギャ、バブ、オギャ、と、あっという間に朝食完了。歯磨きを促して出発した。と、こんな朝のことを、大学のカウンセリングで、いつものように一方的にしゃべっていたら、またもや次第に自分の頭の中が整理されてきた。どうして私は、朝、起きただけでウンザリするのか。それは、朝をどうしていいか分からないからである。どんな朝食を食べるか、は、もちろん、はたして、どのタイミングで着がえたらいいのだろう、とか、そんなことまで身についていないのだ。正確にいえば、違うか。自信があるのは、あの、私が子どもの頃、経験した朝だけは間違っている、それだけで、どう過ごしたらいいのか、自信がないのである。左軸で仕入れた、あの小説の一場面の朝、あのテレビドラマの朝、あのマンガの朝、あの人の家で過ごした朝、夫の実家で過ごす朝、が、ごっちゃになって右軸に流れこみ、どれをチョイスしていいのか分からないのである。毎朝。どれを実行していいのか分からなくてウンザリする。理想に突っ走って息苦しいほど頑張っている、のではなくて、頑張る前に投げだしてしまって、でも、本当は何かをしてあげたくて、結局、何もしてあげていない自分に、またウンザリして、そんな気分にさせる朝がウンザリする、と、まぁ、そんな感じなのだろうか。でも。今日の朝のことを思い出した。好きなテレビ番組を見ながら、着がえさせてもらって、ご飯を口に入れてもらって、弟と奪いあうようにいっぱい口を開けて、いつもより短い時間でいっぱい食べることができて。そんな今日の娘は幸せそうな顔をしていた気がする。いつも。こぼさないように注意して食べたり。もっと食べなさい、と言われたり。いっぱい食べる弟が褒められているのを聞きながら。イスにじっと座ってテレビを我慢して。そんないつもの娘よりも、とっても穏やかな顔をしていた気がするし。少なくても、間違いなく、私が子どものころ。毎朝、来る日も来る日も、トーストを2つ折りにして、インスタントコーヒーに浸して食べる試練を乗り越えていた私の子どものころより、今日の娘は幸せだったハズである。それで、いいのではないだろうか。試練だった朝ごはんから、幸せな朝ごはんへ。そこに、栄養のバランスだの、しつけ、だの、マナーだの、が気になったら、それは、もう、次の世代に任せたらいい。「私のお母さん、朝、ダラダラだったんだよ。」と、批判してもらって、バージョンアップしていってもらえばいい。…2人とも障害児なので、どこまで成長するか分からないし、そんな機会があるかどうかも分からないんだけど。
2008.08.12
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今日、子どもたちは保育園お休み。保育園の協力休み期間で、仕事がない人は職員が休むために、なるべく休んでくれ、というもの。うちが行けば、娘にも息子にも余計に人材がかかるので、園長から直接、頼まれての協力休みである。父は今日から出張。保育園が余計に人材がかかって大変な子どもたちを、私が家で母一人でみるのは、もっと大変だろう、とは思ってもらえないのかな。子どもが休みだと、何が一番大変か、といえば、食事である。昔と比べたら娘は何でも食べれるようになったし、息子は、とにかく意思がハッキリしている男で、食べるとなったらガッツリ。嫌いなものは、とりあえず一口食べて、あとは顔をそむけ。牛乳がほしければ、オッパイオッパイと怒り。娘よりいっぱい食べて、おなかいっぱいになれば、手を合わせてゴチソウサマ。きわめて、あげやすい。では、何が大変か、といえば、朝に朝食、昼に昼食、夜に夕食を出すのが大変なのである。私は、子どもの頃、ご飯が出なかった。中学生くらいまで、父親が家にいた頃は、父親が仕事へ行くとき、自分のついでに、私たちもパンを焼いて、インスタントのコーヒーを入れてもらえた。が、食べるのが遅い私は、食べ方を指定されて、スピードも父と同じにするように言われ、電気もつけない、テレビ、それも決まってNHKだけついた薄暗い部屋で、一日の最初の試練のように食べて家を出ていた。夕食は母親の気分次第だった。母親が自分が食べたものを残しておいてくれた日は、それを食べて。お弁当を買いに行け、と言われた時間が、夕食の時間だったり。空腹を我慢できず、冷蔵庫の中から腐っていないものをチョイスして、自分で作ったものを食べた時間が夕食だったり。いつものように一人で本を片手に食べていたら、突然、怒られて、これからは立って食べなさい、と、いきなりルールを決められて、立って食べたのが夕食だったり。ある日、突然、そのルールは改正されていて、空気を読まずにそのルール通りに食べていた、と言って怒られたのが夕食だったり。人間、というのは、2本立てなんじゃないかな、と思う。左足から体をつき抜けて頭まで1本。右足から体をつき抜けて頭まで1本。それらが、胸のあたりの横棒でつながっていて、真ん中に透明な入れ物がある。左軸は、知識。勉強したり、聞いたり、書物から学んだもの。右軸は、そういった以外のもの。家訓とか、親からの教えとか、身についたもの。真ん中は、心。どれだけ愛を受けたか。朝になったら朝食、昼になったら昼食、夜になったら夕食、というのは、この右軸のもので、私は、この右軸が空っぽなのである。食事の時間になると、仕方なく、左軸を作用させる。どうも、朝になったら朝食を食べるのが普通らしい、という指令をあえて出して行動する。何かが落ちていれば、それを拾って家に持って帰りたくなる。母親が、落ちているものをしょっちゅう、がめていて、むしろ自慢げだったからだ。すると、左軸が作用する。落ちているものには持ち主がいて困っているらしいし、警察に届けましょう、と。右軸で行動するよりも、左軸で行動する方が、アクションが大きくて疲れるのだ。発達障害の子どもも、こうやって左軸で生活しているのかな。何かの不具合で、右軸に生きていきやすい情報が入っていかなくて。でも、横軸の真ん中にある、透明な入れ物が、愛でいっぱい満たされていて、上手く、右と左がつながるようになるのかもしれないな。私は、その透明な入れ物が満たされていなくて、左軸と右軸がうまく連動できない。左軸で学んだ知識が、ヘンな風に右に流れてしまう。例えば、自然食品が体に良い、と学べば、愛の入れ物が空っぽだからか、横軸を通ってダイレクトに右軸に流れてしまう。『自然食品で食事を作らなければ』と、気負ってしまったり、ちょっとしたところで外食できなくなったり。で、それをおかしいと気付いて、また、左軸で学び直したり。いちいち、生きていくのが疲れるのだ。それでも、まだ、これで良いのかもしれない。きっと、左軸も空っぽだったら…。お腹がすいたときにしか食事をとらず、栄養など考えず、食べたいものを食べ、寝たいときに寝て。風呂は汚れたと感じたときにしか入らず。落ちているものは自分のもの。交通ルールは自分に都合の良い部分だけ取り入れて。季節を考えない服を身につけ。自分の正義だけが唯一の正義。他人の痛みは感じず。日常生活に目標を持てないので、毎日の意味もわからず、ただ過ごすだけ。夢を持っても、実のない荒唐無稽のものばかり。こんな自分がおかしいかも、と思いつく幅さえなく。犯罪をしても、自分がこんなに良いと思っているのに、どうして悪いのか、さえ分からず。生きていったのかもしれないのだから。
2008.08.11
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なんとなく誰とも会いたくないと思った、通院も、療育も、イベントもない日曜日。庭にプールを作って子どもたちを入れ、それをみながら、組立式木製ストッカーの組み立て。電動ドリルを使ってやってみるが、どうしても上手くいかない。やはり注意書き『2人で作業してください』は、ダテではなかったか。物自体が重くて支えきれず、断念…。しかし、夫は月曜日から出張で金曜日まで帰ってこず。雨が降ったらひとたまりもない状態なのだが…どうしよう。夕方。ミスタードーナッツのちらしの裏のぬり絵の提出期限が今日までだったと気付いてしまった。娘は、これを店の人に渡すことを楽しみにしていて、私は、それを提出したらかわりにクーポン券がもらえることを楽しみにしていて。息子を連れて3人でいそいそとお出かけ。車は夫が乗っていってしまったので、バスで。娘は大体のことは分かっていて、大人しくバスに乗れるし、下りれるし。どこで降りるとか分かっているのだが、ただひとつ。気が散ってしまう、のが難点で。「降ります」と言えば、いや、言わなくても、バス停が近づけば降りようとするのだが、一瞬、乗ってきた人やら、バスの運転手が触ったボタンやら、に気を取られれば、ポカンと口を開けて立ち止まり、眺め入ってしまう。名前を呼んでも、「降ります」と再び声をかけても、そうなってしまうとダメで。離れた状態で彼女を動かそうとすれば、難聴なだけに大きな声をかけないといけないし、それを避けるならば、近づいて耳元で声をかけるなり、手をとるなりしなければならない。最近、車でばかり出かけていたので、すっかり、こんな娘のことを忘れていて、息子を抱っこしていたこともあって、つい、大声で怒鳴ってしまって、恥ずかしい思いをしてしまった。そうすると、なんか、また娘が嫌いになって、なんでも娘のせいのような気がしてきて。後から考えれば、それはただ当たっているだけなんだけど、その時には、本当に娘のせいのような気がしてムカムカする。2月くらいに市から巡回して保育園に通う障害児を見回っている臨床心理士が、そういえば言っていた。あなたとお子さんには、何より、ただただ幸せだな~とまったりと過ごす時間が必要だ、と。まったりと過ごそうと思えば、こんな結果で。まったりと過ごせないのは私が悪いのだろうか。そうさせない娘が悪いのだろうか。まだ歩かない息子が重かったのがいけなかったのか。こんなメンバーで、どうやったらまったりと過ごせるのだろう。
2008.08.10
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今日も耳鼻科。土曜日は予約なしで先着順なので、8時に診察券だけ出しに行く。こういうとき、夫が、たとえ出勤でも家にいてくれると助かる。8時2分に到着して2番。1番にはいつも、同じ男の人が呼ばれる。8時が再診受付時間なのだが、その前に到着した場合、番号札をとって、8時になると、その順に並んで診察券を読み取る機械に通す。1度、その時間に行ってみたのだが、なんともいえない、みみっちい、という日本語は正しいのだろか、たかだた1、2番違う程度なのに、争いあう空気にうんざりして、私はそのあとに行くようにしている。1番の男の人は、いつも、そうやって、あのみみっちい雰囲気を乗り越えて、1番を奪いとっているのだろう。40代くらい。独身っぽい。毎週土曜日だけなのかな。きっと仕事をしているのだろう。いつも1番。私が知っている限り1番。彼を見ていると、淋しさと羨望がうず巻いてくる。私はきっと、彼だった。子どもをつくらず、もしかしたらつくっても障碍を持っていなかったら、彼のように、自分の正義だけが正義と信じ、他の立場の人を見向きもせず、傲慢に生きていただろう。今日。彼は1番をとっていたにも関わらず、9時、ちょっと過ぎに来て、2度目に名前を呼ばれたときに、診察室に入っていった。そのタイミングは、2番の私が呼ばれるほどの遅さではなくて、とても微妙で、もしかしたら、彼は名前を呼ばれた時間に間に合った、ぐらいに思っていたかもしれない。でも、10人近く待っていた待合室の人たちは、人にこんなに冷たい視線を向けるんだ、と思うほどの視線を浴びせていた。彼はきっと、気付かないだろう。もしかしたら、死んでも気付かないだろう。どっちが幸せなんだろう。彼と。私と。
2008.08.09
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今日も息子を耳鼻科へ連れていってから保育園へ。午後は12時30分に娘を迎えに行って、それから言語療育へ。言語では、サ行の練習。『し』は言えるようになったが、その他のさ行はハ行になっている、という。そうかな?私には、そう聞こえないけど…親ってすごい。言語障害の子どもの言ってることが分かるのは、まぁ、ずっと一緒に過ごしているのだから、それはそうだとしても、こんなに心から「ちゃんとしゃべってるじゃん」と、思えてしまう、というのはすごい。「家でハ行になってしまっていたら直してあげて」というのだが、…努力してみよう。14時30分に帰宅。息子のお迎えにはまだ時間があったので、せっかくだから息子がいて出来ない遊びをしよう、ということになった。娘が痛くお気に入りの『めばえ』のふろくを作って。あと、モザイク画。娘は、言語療育の大学病院のロビーから吹き抜けで屋上までつながっている細かなタイルで作ったモザイク画に興味があって、以前、「折り紙で同じようなものが作れるよ」と言ったことを覚えていたみたいで、一緒に作ろう、という。家に帰って、まず、ふろく。こういうのって、なんで親が真剣になってしまうんだろう。娘が「やりたい」というのを、熱く制してしまって反省…。そのせいか、上手にできたのに、あまり、少し遊んで止めてしまった。もし、娘にやらせてあげていたらどうなったんだろうな。本来の遊び方が出来ないぐらいの代物になってしまったとしても、そちらの方が彼女は思いいれて遊んだのだろうか。それとも、「あそべないやん」と言って、見向きもしなかったんだろうか。そのあと、モザイク画を折り紙で作ろうと思ったら、お迎えの時間になってしまった。娘は、ちょっと残念そうに、でも、時間だから、と玄関へ。モザイク画は息子がいても、折り紙を食べてしまうだけで出来ないことはないだろうから、一緒にやってみようか。こうやって、何か、娘とやると頭の回転の悪さに辟易する。でも、停滞していないような気がして、少しホッとする。もう少し、純粋に楽しく一緒の時間を過ごせないものだろうか。
2008.08.08
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朝、息子を耳鼻科へ。14時に娘を保育園に迎えに行って、口腔外科の定期健診へ。全く、通院記録か、ってほど、毎日毎日、あちらの病院、こちらの病院と行くものだ。通院や療育がある日。私の脳みそは活動が止まってしまう。朝、洗濯機を回して、とか。保育園に提出するアンケートを持って、とか。あの人に連絡メールして、とか。冷蔵庫の中身を考えて夕食を何にして、そのために何をして、とか。そういった家事全般の計画みたいなものができなくなって、ひたすら、病院のために持っていくもの、とか、そのために、保育園に伝えなければいけないこと、とか。病院や療育の場所に行ったら伝えなければいけないこと、とか。そういったことで頭が支配されてしまう。自然、家はいつも片付いていなくて、自分の理想とはほど遠くて。家の中にいると、息苦しくなる。目を開けて見えるものすべてが自分を責めているような気持ちになる。主婦の才能があったら、もう少し違う結果なのだろうか。そういえば、今日、保健所から視察にきて、私に家事ヘルプがつくことが決定した。月曜日に1時間。金曜日に1時間。水回りを含めた掃除や整理整頓など、自立支援法に基づいてヘルパーが手伝う。私の家があまりにも雑然としていて驚いたからだろうか。それとも、私の日常を知って、これでは出来なくて当たり前、と、共感してくれて、のことだろうか。いずれにしても、有難く使わせてもらおう。家事にまで手が回っていないのは事実なのだから。
2008.08.07
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精神科受診の日。私と初老の医師のカウンセリングを、市から私につけられたケースワーカーが聞いている。その内容によって、すぐに行政が動く。これを拒否する人が多いらしいが、私は自分からすすんで頼んでいる。ケースワーカーをつけてもらったとしても、どこまで本音で話せるか。本当に私が困っていることを、どうやってアピールしたらいいか。自分では大丈夫だと思っていても、人からみたらどうなのか。こんな悩みが、ケースワーカーに同席してもらうことで解決する。彼女は、私のケースワーカーは女性なのだが、とても私に親近感を抱いてくれているようで、私のことをよく褒めてくれて、なにくれとなく、よく力になってくれている。自分の個人的な悩みとか、他に受け持っている人の悩みとかを、個人情報にふれない程度ではあるが話してきたり。お役所側で40代にして未婚の彼女と、要求する側の障害児2人の母である私とは、まったく立場が違うようだが、あまりにも違いすぎて、360度回ってきてしまったのだろうか。もしかしたら、人の生い立ちや悩みに触れていると、それが自分に向けられているものではなくても、その相手に親近感を抱くのかもしれない。テレビドラマなどで、登場人物に自分を投影して入り込んでいくように。今日は医師と話しているうちに、自分でも意外な方向へ話がすすんでいった。私が、今後の人生でやっていきたいこと。大学院へ行く。これは、ずっと私の中で考えていたことではあったが、今日、医師を前に話しているうちに、自分でも驚くほど考えがまとまってきた。大学院へ行こうと思ったきっかけ。行ってからやりたいこと。行きたい大学院と、指導を仰ぎたい教官の名前と、すでに数年前、教官とは何度か連絡を取り合っている、という話をし、「現役で2人の障害児を育てている今だからこそできる研究だと思うんです。」と、言うと、医師は、「確かに、そういった視点での研究はないし、現役だからこそ出来ると思う。やってみるのは良いと思う。」と、体調面からも太鼓判を押してくれた。もし、私が大学院へ行って、その研究をすれば。それは、障害児を2人授かった私だからこそできる研究になるはずである。そうすれば、私がこの世に生まれ、今、生きている意味を見出せるのではないだろうか。障害児を2人授かった自分の人生を受け入れることができるのではないだろうか。ひいては、あの子たちが生まれてきた価値が生まれてくるのではないか。そんな価値だの、意味だの、つまらないごたくを並べなくても、心から障碍のある子どもを大切に育てている人が多い中で、相変わらず私は成長しない、どうしようもない動機で、我ながらウンザリなのであるが。それでも。そんな私で生きていくしかないのだから。カウンセリングの後。ケースワーカーが私の意見に熱く賛同してくれて、やるべきだ、と、絶賛してくれた。そのために、就学してからの娘を安心に預かってもらえるよう、システムを隈なく調べてくれる、という。こうやって周囲に恵まれていることに甘えて、ちょっとやっぱりやってみようかな。
2008.08.06
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週末。娘のお泊り保育へ。夫にも休みをとってもらって、家族4人で参加。ちなみに、娘のお泊り保育は親の参加が原則なので、障害児だけ親同伴などもめることもなく、皆と同じように当たり前に参加できるのは面倒がなくて良かったと思う。子どもたちは保育園所有の山荘へ保育士たちと泊まり、親たちはキャンプファイヤーが終わったら車で5分のところにあるペンションに移動。夜は飲み会で親も盛り上がる、というイベント。こういうイベントがあると、なかなか気持ちを回復できない。なんでだろうなぁ。非日常生活から日常生活へ戻れないのはなんでだろうな。私も娘のように切り替えが下手なのだろうか。それとも、こういうことに異常にアドレナリンがですぎるのだろうか。こういうことが私はきっと、どうしようもなく苦手なのに、こういうことに『普通』さを感じて、嬉しくて仕方なくなる。夜。ビールを片手に皆で飲んでいると、何か、興奮してくるというのか…。それなのに、そこでしゃべっている内容は、ほんと、薄っぺらくて、興味がなくて、つまらなくて、その上、お受験の話やら、子どもたちに流行っていること、など、娘ネタでこられると、ついてもいけなくなる。それなのに、どうしても、その場から離れられない。昔から、そうだ。こういうとき、夫などは、あっさり寝てしまう。輪から離れて、他の家族の連れの小学生などの子どもたちとウノやトランプを楽しみ、息子を連れて皆にニッコリ挨拶をして寝室へ行ってしまう。そういう夫が私は猛烈に羨ましい。私もそうすればいいのだ。何も、こんなに無理してこの場に身を置くことはないのに。別に、いなくなったら皆が私の悪口を言う、とか、そんなことも思っていないし。この場から去ったら、感じが悪いかな、などとも思っていない。ただ。…そう、ただ、嬉しいような、刹那な感じがするのだ。祈るような…というか…ほんと、自分でもよく、分からないんだけど…。で、次の日。つまらない話に無理に合わせている自分を思い出して嫌悪感を覚え。余計なことをいって傷つけてしまったかもしれない人のことを思って、反省し。単純に二日酔いで体長の悪さに辟易する。バカバカしいな。周囲は、最後の3人にまで残って、酒をあおって騒いでいた私を、お気楽で楽しい人だと思っただろうか。
2008.08.05
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