全31件 (31件中 1-31件目)
1
しのぶの里のバス停「文知摺」の近くには稲田が波打ったまま黄金色に稔っていた。刈り入れの終わった田んぼには小さな藁塚が並んでいた。いずれも日が当たり懐かしく良い香りがしていた。それは幼い頃の母との思い出の香りである。「稔田」「刈田」「藁塚」と秋の季語であるので同時に遣うと季重ねになるので、同時には遣えない。今日は藁塚を詠むことに。 人住みてをり藁塚の香る辺に 今日で10月がおわります クリックしてね ↓ 人気ブログランキングへ
2009年10月31日
コメント(0)
陰暦九月十三夜の月。まん丸でなくちょっと不完全なところが魅力ですね。 九月のころ夕霧の大将小野より帰りたまふ所に、 十三夜の月のいとはなやかにさし出でぬれば、 小倉の山もたどるまじうおはするに、(『源氏物語』夕霧の巻)野川の上にも十三夜の月がはなやかに昇った。野川沿いでは家路をさして自転車が行き交っていた。大人に混じって子ども達はバイバイと互いに言いながら左右に分かれて行った。暗くなるのにわざわざ口紅をつけて家を出た。 紅引いて外に出でけり十三夜 朝からずっと晴れて佳い月見ができました クリックしてね ↓ 人気ブログランキングへ
2009年10月30日
コメント(2)
子規の句碑と池の間の路を2・3段上がったところに広場があった。そこには四阿があり、池の紅葉を眺めるによい場所であった。もっと進んで行くと隣に民家があった。民家と広場には境界がなく、ふと足元を見るとひっそりと秋の麒麟草が咲いていた。観音へ入ってから誰にも出会わず至福の刻が流れた。 独りてふしあはせ秋の麒麟草 吟行の旅はひとりに限る クリックしてね ↓ 人気ブログランキングへ
2009年10月29日
コメント(0)
明治26年夏しのぶの里へ正岡子規が訪れた。子規は《涼しさの昔をかたれ忍ぶずり 子規》と詠んだ。今から千百四十五年ほど昔に陸奥国按察使源融(のちの河原左大臣)は、里の長者山口の女、虎女と恋をする。やがて公は再会を約束して都へ戻る。再会を待ち望む虎女は観音様に百日参りの願をかけた。だが、都からの便りはなく、満願の日に麦の穂先で文知摺石をこすると、恋しい融公の面影が石の面に表れる。それもすぐに消え虎女は恋いこがれるあまり病に倒れる。やがて都から一通の歌が虎女のもとに届いた。しかし虎女の病は重く、間もなく息絶えてしまった。という伝説がある。 みちのくの忍ぶもぢずり誰ゆえに みだれそめにし我ならなくに 『古今集恋四・小倉百人一首』文知摺石の上は公園になっていて池の回りのかえでは虎女の心のように紅く燃えながら散っていた。子規の句碑は池に面して建っていた。 色葉散る昔を今に忍ぶずり 最後までお読み頂き有り難う御座いました。 クリックしてね ↓ 人気ブログランキングへ
2009年10月28日
コメント(2)
今週は野川を離れ芭蕉の足跡を辿り東北しのぶの里へと足を延ばす。 あくればしのぶもぢ摺の石を尋て、忍ぶのさとに行。遙山陰の小里に石半土に埋てあり。里の童部の来りて教ける、「昔は此山の上に侍りしを、往来の人の麦草をあらして、此石を試侍をにくみて、此谷につき落せば、石の面下ざまにふしたり」と云ふ。さもあるべき事にや。《早苗とる手もとや昔しのぶ摺 芭蕉》新幹線福島駅東口バス3番ポールから宮下町・大波経由掛田行き「文知摺」(20分)下車進行方向を直進し徒歩5分のところに文知摺観音があり、しのぶもぢ摺の石はこの境内にあった。いろは紅葉がこの石を照らしているかのように見えた。(つづく) もみぢして文知摺石を照しをり 明日もまたしのぶの里の様子を書きます クリックしてね ↓ 人気ブログランキングへ
2009年10月27日
コメント(2)
野川が温かいので亀もまだ冬眠前の様子。岩の上でじっと動かずまるで時が止まったように日を浴びている。 岩の上に亀の坐ありぬ秋日濃し 食いつき亀を見たという人がいたもしかしてこれ? クリックしてね ↓ 人気ブログランキングへ
2009年10月26日
コメント(0)
初鴨のそばを細長いものが泳いで下って来た。蛇である。蛇は段差をするりと落ちると傍の土手を登り、何か探っているかのように動かずにいる。蛇の中にはもう冬眠したものもいるだろう。この蛇は冬眠する穴を探りどれにしょうかと迷っているのであろう。美しい蛇であった。 穴惑細身となりて美しき ここにいる蛇は見ているぶんには恐くありません クリックしてね ↓ 人気ブログランキングへ
2009年10月25日
コメント(0)
野川にも鴨が何羽となく渡ってきている。時折散歩の人が鴨をのぞき込む姿が見られる。私もそのうちの一人。見ると鴨が水際の草を食べながら上流へ移動している。動きが激しいので三枚ほど摂ってみた。そのうちの一枚に鴨が草に首を伸ばした瞬間を捉えた。 初鴨の草を摂らむと首伸す 鴨だけでは冬の季語です クリックしてね ↓ 人気ブログランキングへ
2009年10月24日
コメント(0)
日に日に野川の中洲や岸辺が末枯れてきている。一本の末枯れた枝に翡翠が止まった。翡翠は軽いので枝が揺れることもない。川面の水輪はたった今翡翠が水に潜って揚がった瞬間に生まれたものである。 十月やかはせみの瑠璃日に映えて 日が落ちたあとも翡翠が飛んでいました クリックしてね ↓ 人気ブログランキングへ
2009年10月23日
コメント(0)
近くの都営住宅の壁塗りが終わり足場が外された。随分明るくなった。住宅地の裏庭には様々な植物が植えられている。そこに杜鵑草が咲いていた。買い物の途中遠回りをして何度か訪れているが、人と出会ったことがない。杜鵑草の名前は花被片に薄紫の斑点があり、それが時鳥の胸の斑点に似通っているところから付いた。 日当りて静かな時や杜鵑草 今頃は家々に灯が点っていることでしょう クリックしてね ↓ 人気ブログランキングへ
2009年10月22日
コメント(2)
午後5時になるとどこからともなく「夕焼け小焼け」のメロディーが鳴る。夕焼け 小焼けで 日が暮れて山のお寺の 鐘がなるおててつないで みなかえろう からすと いっしょに かえりましょ子供が かえった あとからはまるい大きな お月さま小鳥が夢を 見るころは 空には きらきら 金の星山のお寺の鐘が鳴る「夕焼け小焼け」は中村雨紅(なかむら うこう)の代表作。雨紅は東京都八王子市の宮尾神社の宮司の二男として生まれ、1916年に現在の東京学芸大学を卒業後、1949年まで教職を務めた。この歌を口ずさみながら西の空を見ると鰯雲が夕日に染まっていた。2.3日前のことである。まるで子どもたちの夢が夕空へ拡がっていくような気がした。ちなみに今日の日没は16時59分。一緒に帰ろうね。 子らの夢明日へ繋げむ鰯雲 日没後次第に茜色がうすれていく クリックしてね ↓ 人気ブログランキングへ
2009年10月21日
コメント(0)
夏夕暮れにきれいな花を咲かせる烏瓜は秋になると長卵形の長さ5~7センチの実を結ぶ。末枯れの進む晩秋になると烏瓜の朱色が目立つ。すっかり蔓が枯れても朱色が褪せることなくまだぶら下がっているのは印象的である。手の届くところにかたまって烏瓜が下がっていた。 晩年はもうすぐそこに烏瓜 晩年とはいつ?このあいまいさが好き クリックしてね ↓ 人気ブログランキングへ
2009年10月20日
コメント(2)
おんぶばったがいた箒草であるが、青々とした箒草は夏の季語となっている。夏の箒草は涼しげでいいが、晩秋の箒草が紅葉して紅く染まっているのは温もりを感じ、また格別である。もう少し寒さが加わればもっと赤くなる。 誰が庭か紅葉づりてきし箒草【紅葉づ・黄葉づ】《自上二》後撰和歌集「斯くばかり紅葉づる色の濃ければや」というように使う使い方がある。 「紅葉づ」ためしに使ってみて下さい クリックしてね ↓ 人気ブログランキングへ
2009年10月19日
コメント(0)
郵便局への道に箒草が赤く染まっていたので、それを撮ろうとしておんぶばったを見付けた。歳時記には雌が雄を乗せているとあるが、それを親子だとずっと勘違いしていた私。 負蝗虫(おんぶばつた)まことおんぶをしてをりぬマンションの敷地内にこども広場がある。草が綺麗に刈ってあった。小学生の男の子が4・5人でボールを蹴って遊んでいた。その広場のあちこちに花壇があり、サルビアは夏の花であるがまだ咲き残っていた。今日はサルビアの葉に乗っているおんぶばったを詠むことに。おんぶばったは町なかでも見られ、普通雌が雄をおんぶしていることが多いので此の名がある。 負蝗虫一つといふは寂しかろ どう見ても親子に見えるのですが・・・・ クリックしてね ↓ 人気ブログランキングへ
2009年10月18日
コメント(0)
秋の日は、釣瓶を井戸の中に落とすときのように急速に落ちてゆくということから「釣瓶落しの秋の日」といわれる。16時40分から5分刻みに撮ってみた。 マンションの二階の釣瓶落しかな 不思議且つ懐かしい光景ですね クリックしてね ↓ 人気ブログランキングへ
2009年10月17日
コメント(0)
日当たりのよい路傍、空き地など人の通るところに自生する。野川にも多く見られる。漢名は車前(しゃぜん)で、車の轍のあるところどこでも生えることから名づけられた。車前草は踏まれても踏まれてもすぐに立ち上がる。そんな力を私も欲しいと思った。 おんばこや踏まれても立つ強さ欲し 最後までお読み頂き有り難う御座いました。 クリックしてね ↓ 人気ブログランキングへ
2009年10月16日
コメント(2)
イネ科の多年草。原野、水辺に生える。薄に似ているが、背丈も高く葉も広く長い。古人は荻に吹く秋風の音に趣を感じたことから荻の声、荻の風という季語が派生した。野川の岸辺を歩いていると荻の風が芳しい。暑くもなく寒くもなくいつまでも歩いていたい気持ちになる。 草の根によろめきをれば荻の声 躓いてもまだ転けることはありません クリックしてね ↓ 人気ブログランキングへ
2009年10月15日
コメント(2)
【灯火親し】中国の「灯火稍可レ親」から出た季語であるが、秋も深まってくると家庭内の灯火のかがやきの柔らかい感触が生活の中に感じられる。私たちにとってなじみ深い季語である。文鳥堂の文鳥さんカレンダーができた。秋灯の下、文鳥のデザインを見ていると文鳥を慈しむ心がくみ取れ安らぎを覚える。 灯火親し白文鳥の嘴(はし)赤く 文鳥堂で扱っています クリックしてね ↓ 人気ブログランキングへ
2009年10月14日
コメント(0)
木犀は普段は気にならない木であるが、このところ外へ出たとたん木犀の良い匂いがする。どの辻を行くも前から横からとその香りに包まれる。そのたびに立ち止まると、目をその方にに向けると金色の小花がびっしりと付いている。今年は木犀の当たり年かも。 木犀や麺麭のはみだすエコバッグ 髪や服にまで木犀の香りがします クリックしてね ↓ 人気ブログランキングへ
2009年10月13日
コメント(0)
茶室で句会をした折、茶華に変わった実が活けてあった。何処かで見たことがあるが、名前が出てこない。3・4人がのぞき込んでてんでんばらばらのことを言う。結局山芍薬の実と知れた。 大仰な山芍薬の実といふは 昨日鳴いた鴉もう泣き止んだ クリックしてね ↓ 人気ブログランキングへ
2009年10月12日
コメント(0)
10月12日一日かかって写真を半分ほど削除した。日記も平成21年1月以前のものはなるべく削除した。削除したのは良いが最近の写真を削除するというミスを犯してしまった。バックアップしているのでまた1枚ずつ写真を貼り付けたが、一面!newになってしまった。一人であれこれやっているので、これが実力(たいしたことないね!)。故人の追悼句も詠めずおろおろしている私。せめて故人の好きな零余子と松江の酒李白で献杯。 零余子炒る酒は李白がよかりけり。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。写真を掲載しようと思ったが、容量が足りないので要らない写真を削除してからしなおして下さいとコメントがでた。写真は明日ゆっくり考えて削除することにする。今日は遠方のお通夜に行って疲れたので、ブログの書き込みも俳句も明日へ回します。 いつもご訪問ありがとうございます クリックしてね ↓ 人気ブログランキングへ
2009年10月11日
コメント(0)
とある保育園の運動会を見る機会があり出かけた。その保育園はキリスト教保育で園庭は四季を通じて裸足で自由に歩き、木登りも出来、高い櫓にも登れる。兎に角、園生活は自分で考え自分で遊べる子どもたちになって欲しいという精神のもとで運営されている。従って徒競走もお遊戯も勿論裸足である。その裸足でもって白線の上を走るので、白線は何度も引き直されていた。 運動会白線を消し走る子よ 園庭の公孫樹もまもなく色づくでしょう クリックしてね ↓ 人気ブログランキングへ
2009年10月10日
コメント(0)
お昼前にアヒルがすこしは動いたかと思いつつ昨日見かけたところへ行ってみたがいなかった。念のため青い橋のところまで行ってみたが、そこにもいずがっかりしての帰りに赤蜻蛉を見かけた。そして翡翠を3羽・鶺鴒を2羽・小鷺を3羽にであった。アヒルさんのことを訊いてみたが知らないらしい。念のためいつもの小足立橋の上から川の様子をうかがうと、アヒルはいつもの中洲に戻っていた、ヤレヤレ。台風一過野川は何事もなかったかのように水音を響かせていた。 流転とふ淋しさありぬ赤蜻蛉 これでまたアヒルさんはパンにありつけます クリックしてね ↓ 人気ブログランキングへ
2009年10月09日
コメント(2)
台風18号は風雨を伴ってやってきた。私の居住地は大した事もなく過ぎた。しかし前を流れる野川は濁流が川岸の草を薙ぎ倒してしまった。家鴨がいつも避難する場所もすっかり浸水し、家鴨は下流に流されたよう。家鴨のことが気になり夕方下流に沿って歩くことに。すると藤棚のある辺りに家鴨といつもの鴨がいた。ヤレヤレ、本当は昼頃上流や下流を探したのだが。結局家鴨は○○市から500メートル下流の○○○区へ引っ越したことになる。いつ○○市へ戻ってくれるかこれまた心配の種である。 台風過家鴨の住所替はりけり 通勤の方たちお疲れさまでした クリックしてね ↓ 人気ブログランキングへ
2009年10月08日
コメント(4)
台風18号は、8日明け方から昼前にかけて東海地方に最接近する可能性が高まった。報道によると1959年の伊勢湾台風とほぼ同じコースで東海地方にとって最悪のコースとなる恐れが高まったと指摘している。今朝も朝顔が小さい花を開いた。バオバブの木が丈を伸ばし葉を茂らせている。大したものはないが他に鉢が20程ある。それらが風で倒れないようにベランダの地に下ろした。野川は風は未だでていないが昨日から小雨が降り続いている。野分雲が張り出し昼過ぎというのに此の暗さである。その所為で小鷺がいつもより白く美しく見える。 野分雲小鷺は餌を捕りそこね 台風の備えは万全ですか クリックしてね ↓ 人気ブログランキングへ
2009年10月07日
コメント(0)
キク科の多年草。花びらは黄色い菊ににていて、根はころころして芋に似ているのでこの名がある。野川の岸辺に自生して秋の彩りを添えている。先日婦人が散歩の足を止めてスケッチしていた。可憐に咲いているところを気に入られたようだ。 菊芋の花を描きて若からず 台風の前の静かさとなりました クリックしてね ↓ 人気ブログランキングへ
2009年10月06日
コメント(0)
日本列島に秋雨前線が停滞し、おまけに台風18号が近づいている。これで当分月ともお別れである。そんな天候のため今日は一日中雨となり十七夜月は見られない。月見を早々に諦めて雨の野川へ出てみた。さすがにこの雨ではジョギング・散歩・犬の散歩をしている人はいない。それでも雨の野川では鴨と鶺鴒を見かけた。また、川岸には葛が縦横に蔓を延ばしハート形の葉の間から小さな花を掲げていた。急流を見つめていて、ふと野川の上流に恋ヶ窪があるのを思い出した。 上流は恋ヶ窪なり葛の花 10月30日は十三夜(後の月)です クリックしてね ↓ 人気ブログランキングへ
2009年10月05日
コメント(2)
陰暦8月16日を十六夜という。月齢15.3、満月である。前夜の十五夜よりやや遅れて出るので、「いざよう月」とも用いる。「いざよう」とはたゆたい、あるいはためらうという意味がある。右下のあかりは野川沿いの常夜灯である。常夜灯が点いていても新宿から帰ったあとの野川沿いは闇そのものであり、十六夜の月あかりを有り難いと思う。東京へ越してきてすでに25年経つ。ふるさとの京都もいいが、東京も嫌いではない。蘇軾詩の「人間至る所青山あり」を心にもう少し東京で頑張るか。 十六夜や四半世紀を東京に 明日は立待月です、月を存分に愉しんでね クリックしてね ↓ 人気ブログランキングへ
2009年10月04日
コメント(0)
月の出17時、月齢14.3。従って満月は明日までお預けであるが、今日は陰暦8月15日なので、十五夜という。5時過ぎから野川沿いを歩いていたところ、東の空の大部分が雲に覆われていた。今日は名月は見られないかもという感じであったが、一部雲の切れ間があったので一縷の望みを託した。何度も空を仰いでいると突然、神明の森の上の雲の切れ間から名月がすらすら昇ってきた。ほんの小さなできごとであるが、嬉しい。突然の名月に小鳥たちも一瞬声をひそめた。 名月や鎮りゐたる神の山 みなさんのところは名月見えましたか クリックしてね ↓ 人気ブログランキングへ
2009年10月03日
コメント(2)
朝起きてから月の出のことばかり考えていた。朝からずっと雨で野川は濁流となっている。アヒルは小足立橋の下の川岸に上がって難を逃れている。昨日待宵の月が出ないことが予測できたので、月の写真を撮っておいた。今日月が出たとしたら昨日よりちょっと丸に近い。 家鴨にも雨の待宵とはなりぬ 明日は十五夜、晴れるかな クリックしてね ↓ 人気ブログランキングへ
2009年10月02日
コメント(0)
女郎花は秋の七草の一つ。ちなみに男郎花(おとこえし)という名前の花もある。この花は白い色の花を咲かせる。お茶室のある庭園に群がって咲いていた。地味な花であるが、どこか気品が漂う。名前につられてついじっと見てしまう、不思議な花である。 女郎花群れ咲きしかば華やげり 明日は待宵です、晴れるかな クリックしてね ↓ 人気ブログランキングへ
2009年10月01日
コメント(0)
全31件 (31件中 1-31件目)
1