浮舟日記
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遅くまで会議は長引いて、終わった時には既にオフィスは人影もまばらだった。 後片付けした時には、時計の針は既に10時も回り、最早オフィスには誰も居なかった。 すっかりお腹もペコペコ。 帰りにコンビニで惣菜でも買って帰ろうかな?と思いながら、事務所の裏口を出ると、外はザーザーと雨が降っていた。 「あれぇ。いつの間に?」 会議室の窓の外は闇の世界だったし、事務所は地上30階、雨音もしない宙空の中に聳えてたから気づかなかった。 今日は雨が降るとは思っていなかったから、生憎傘の持ち合わせはない。 困ったなぁと思い、どうしようかと、しばらく恨めしく空を見上げていた。 「どうした?傘ないの?」 振り向けばそこには先程まで一緒に会議に出ていた職場の同僚君。 「あれ?まだ居たんだ?」 「うん。コピー室で明日の資料焼いてたから」 「そうなんだ。部屋の電気消したから暗かったでしょう?」 「うん。ビックリしたよ。取り残された!って感じ」 「ゴメン、ゴメン」 「で、傘ないの?」 「うん。降ると思ってなくて」 「じゃあ、入れてあげるよ。俺、折り畳み持っているから」 「ホント?ありがとう!」 彼が差してくれた折り畳みの傘。 大きな彼の体が収まらないぐらいのチッポけな傘。 なのに彼は、自分の体は構わず、私が濡れないように傘を私の方に傾けていた。 「自分が濡れちゃうよ」 「大丈夫だよ。濡れてないし」 嘘ばっかり。 どんな暗がりだとしも、街の明かりに照らせば、スーツの色が黒ずんでいるのはすぐ判る。 私なんか、そこまで過保護にする価値の無い女だよ。 「さっき言ってた件だけど...」 歩きながら私達は先程の会議の場での話をした。 あの時はこういうつもりだった。 あの時はこう言えば良かった。 そんな話を一生懸命していた。 でも一生懸命していたのは彼だった。 私は会話しているフリしながら、何となく彼の存在に気を囚われてた。 こうして相合傘している二人。 何だか高校生のカップルみたいだ。 学校の帰りに彼氏としたっけか。 学校の友人の視線を背中に感じながら、それを無視するように二人の世界に浸っていた。 友達の輪から外れること自体が幸せに感じた。 何だか少し自分だけ大人になれたかのような気がして。 今私は同僚君との世界のドップリ浸っていた。 別に同僚君は彼氏でも何でも無いのに、まるで彼氏のような気がしてしまった。 「ねぇ、聞いている?」 「えっ?!う、うん!!」 同僚君の問い掛けに、ふと我に返る私。 四次元空間から三次元に帰還したかのような気分。 慌てて話を聞いている素振り。 「雨一番かな?」 「ん?なぁに?」 「立春を過ぎて、初めて雨だけが降る日のこと。北海道じゃ、そう呼ぶんだよ」 「北海道出身なんだっけ?」 「そうだよ」 「物知りね」 それにしても、何だか、彼の腕にすがりたい気分。 不意の肩でも抱いてくれないかしらん? ・・・なんて、ふしだらな私。 いけない妄想。 会議が長引いて疲れてんのかな? でも、相合傘なんて久しぶりなんだもん。 相合傘は何だか楽しい♪ 童心に返ったかのよう。 こんな雨の日を過ごせるなら、梅雨になっても構わない。 「ねぇ?」 「うん、なに?」 「もうこんなに遅い時間じゃない?」 「そうだね。 「晩御飯どうするの?」 「大丈夫、彼女と待ち合わせなんだ」 「え?!こんな時間に?」 「うん。今日遅くなるって言ってあったから、なら待ってるって」 「あぁ、そう。イイ彼女ね」 ヤケに現実に引き戻された。 何だか千尋の底に引き摺り下ろされた。 こんな男の腕にすがりたいと思った自分が情けなくなった。 いっそ一人で雨宿りしていれば良かった。 今日の私の心は雨模様。 冬の氷雨に打たれて芯まで冷えて。 あぁ、誰か雨宿りさせて下さいな。 濡れた小さな私の体を、あなたの大きな傘で守って下さいな。 冷え切った私の小さな体を、あなた大きな肩で包んで下さいな。 雨一番。 春一番。 私が今欲しいのは、彼一番。
2010年03月02日
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