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来年の平城京遷都1300年祭を記念して、近鉄では万葉列車を走らせています。美しい古都の風景と万葉の歌が、何種類も楽しめます。ただし、そうしょっちゅうお目にかかれるわけではありません。 今日も執筆の取材に奈良へ行って来ました。黄昏時の奈良町をぶらついてみたかったのです。この地も古都特有の血で血を洗う戦を経験している筈ですが、ざわざわするような悪寒は感じられませんでした。ちなみに、夜の京都は怖いですね、私には。魑魅魍魎の気配が濃厚に渦巻いています。そういう感覚を期待して行ったのですが、だめでした。軒先の灯りが邪魔していたのかもしれません。 なかなかいいアイデアが浮かんで来ません。焦っても仕方ないので、また半睡時幻覚に委ねることにします。
2009年11月06日
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クラシック音楽には宗教音楽と呼ばれるジャンルがあります。レクイエム、ミサ曲が有名ですが、これらはもちろん西洋のキリスト教と結びついています。 日本にもいわゆるクラシック音楽の作曲家はいますから、彼らが日本(もしくは東洋)独自の仏教音楽を自分の作品に取り入れて宗教音楽を作ろうと考えるのはむしろ自然なことと言えるでしょう。 戦前にも「仏陀」(貴志康一作曲)のような仏教をテーマにした作品はありましたが、実際のお経を専門職のお坊さんに読経してもらって、それを曲の中に取り込もうとしたのは黛敏郎氏の「涅槃交響曲」が最初ではなかったかと思います。 聲明(しょうみょう)とオーケストラのコラボレーション。今ではCDも何種類か出ていると思います。例えば、細川俊夫氏の「観想の種子」や一柳慧氏の「邂逅」、権代敦彦氏の「無量光/無量寿」などです。後のニ曲は2002年にローマの聖イグナチオ教会でライヴ録音されたもので、「千年の響き」というCDに収められています。 私はこの聲明というのが好きで、たまに法事で聴く機会もありますが、魂が洗われるような恍惚感を覚えます(自分で言うのも何ですが、私には信仰心は殆どありません)。あくまで音楽体験として聴いているのです。ついでに言えば、私は音楽に歌詞が付いていても(歌謡曲や民謡以外は)、それをまったく無視して聴いている事が多いです。 前置きが長くなりましたが、兵庫県立芸術文化センターで聲明の公演があったので聴きに行って来ました。 武智由香作曲「西行マンダラ-深き山に澄みける月を...」 天台聲明10名、真言聲明19名、龍笛1名、笙2名、筝2名、十七絃1名、打楽器2名 古くて新しい形の舞台芸術と呼んでいいのでしょう。聲明(と雅楽器)を用いて西行の精神世界を描出するという画期的な試みでした(初演は2007年神奈川県立音楽堂)。場内に立ち込めた崇高な空気に圧倒されました。これに加えて能楽もコラボされたら・・・と贅沢なことを想像してしまいました。 出来たら一度、山深い古刹の伽藍で聴いてみたい気もするのです。
2009年11月02日
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