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今日は「ハロウィン」だとか。田舎のスーパーマーケットにまで、クリスマスの長靴と一緒にかぼちゃのおもちゃが並んでいます。一体、ハロウィンが何なのか分かっている日本人がどれほどいるのでしょうか?恐らく、誰も知らない、と言うのが実態ではないでしょうか。おぼろげに、ハロウィンがキリスト教にまつわるお祭りだと考えている人が大半だと思いますが、簡単に言うと、悪魔崇拝ドルイド教の儀式です。ドルイド教とは、古代ケルト人の祭りと言うか儀式で、人間を生贄にしたり、焼き殺したりと凡そ日本では考えられないような、恐ろしくおぞましいことが行われていました。日本百科事典によると・・・ケルト人の死者の神サムハインをたたえる夜がキリスト教に取り入れられたものとされている。ケルト人の1年の終りは10月31日で、この夜は死者の霊が家族を訪ねたり、精霊や魔女が出てきたり、サムハインによって解き放たれた死者の霊が生きている者たちと交わると信じられていた。これらから身を守る為に仮面を被り、魔除けの焚き火を焚いていた。ドルイドたちは提灯を手に通りを練り歩き、家にやって来ては、サタンへの捧げ物として金銭を要求した。ハロウィンは、悪魔崇拝の儀式が行なわれる主要な日である。悪魔主義者が犠牲をささげ、魔女が輪になって静かに祈ったり死者のための食事をしたりする、死者の世界のための宗教的な祝日である。よく日本の先祖崇拝のお盆に似ているお祭りだと言っている人もいますが、全く異なります。このハロウィンはこの世に彷徨う死者を呼び出し、サタン(悪魔)と交信する為の儀式なのです。霊的なものは『儀式』や『形』、『音』などによってまねきよせることが可能です。安易にそれらを真似ると、取り返しのつかない事態に至ることもありえます。気をつけて下さい! ↑クリックしてもらえると励みになります。
2009年10月31日

昨日、10月27日、憲政記念会館に於ける「中川昭一先生の追悼および請願受付国民集会」に参加してまいりました。会館内も外も人があふれ、言いようの無い熱気に包まれました。多くの保守系の議員の方々が先の衆議院選挙で落選され、日本の先行きが危ぶまれましたが、中川昭一先生の死を無駄にしてはいけない、と大いに士気を上げて、日本全国のみならず、海外在住の日本人の保守の団結を呼びかけました。27日までに、中山成彬先生の事務所には、4万通を越える請願書が届き、FAXが壊れてしまったそうです。また、昨日の請願書受付で3メートルにも届く高さの請願書が集まったと言う報告がありました。夕方5時から始まり、多くの方々のリレー登壇で、会場は拍手の嵐で、あっと言う間に8時になり、最後は『君が代』斉唱でお開きとなりました。この集まりこそ、君が代が相応しいものはなかったのではないでしょうか。皆、興奮冷めやらず、と言った面持ちで会場を後にしましたが、今、まさに保守が大同団結し、我が日本国を一刻も早く、真の日本人による政治家によって、また真の日本国民によって取り戻さなければならない、という意識を確認しました。この活動を、大きな大きな国民運動にし、日本という国、そして日本人の真の素晴らしさを、絶対に失ってはならないと心から思った次第です。このように大興奮して帰宅して、ひと段落したところ、先にも書きましたご家族が癌で入院されていた方からお電話を頂きました。抗癌剤、放射線治療の途中経過では腫瘍があまり小さくなっていない、というお話でしたが、先程のお電話では、何と5~6cmあったガン細胞が1.5cmほどに小さくなっていて、お医者さんもびっくりだったそうですが、何しろ患者御本人が「これは私のではない!」などと言ってしまうほど、驚かれたそうです。当初、もう少し入院が長引く予定のところ、すぐ退院して、最終的には11月末ごろ手術してガン細胞を取るという計画だそうです。とにもかくにも嬉しい限りです!! ↑クリックしてもらえると励みになります。
2009年10月27日
10月27日に行われる「請願受付国民集会&デモ」に於いて、当初、日比谷公園から出発するデモに『非理法権天』の幟を掲げて参加する予定でしたが、今回は下記の通り、所謂「デモ」ではなく、「行進」で、幟やプラカードなどを持ち込むことが禁止されているようですので、私達夫婦は直接、憲政会館の集会に参加することにしました。デモが出来ない事は残念ですが、仕方ありません。主催者、警察の警備などの関係で出来ないようです。いずれにしましても、多くの日本を守りたい、保守の人々の集まりになることは間違いありません。前回、チャンネル桜主催のデモに始まり、これから次々と保守が団結する場が設けられると思います。少しでも多くの日本人が参加なされることを願っています!最重要:《日比谷公園大噴水前からの移動要領決定》 New警察署に 憲政記念館での集会申請をしてきました。今まで告知していました通り、国会周辺でのデモは規制されます。今回、「請願受付国民集会&デモ」と告知していましたが、所謂「サヨク団体」とか「 プロ市民」のデモとは全く違います。あくまで、一般市民による請願書提出の移動です。1)、目的は、憲政記念館に「日本解体法案」反対請願書を提出することと、その移動過程で「中川昭一先生への黙祷」をすることを認めて戴きました。2)、所謂「サヨク団体」のデモ行進と同じようなイメージは棄てて下さい。3)、歩道を2列で移動し、尚且つ「中川昭一先生の追悼」を兼ねていますので、警察官や街頭を行き交う都民にも、請願者の品格が歴然とわかるかたちで、 日比谷公園大噴水前から憲政記念館講堂受付に請願書を提出するための移動中、一般歩行者の邪魔になる持ち物や行為は厳禁です。但し、第一衆院議員会館前の「国会裏信号機」から参議院会館角の「参通前信号機」までの歩道で請願に関するアピールは、日常的に様々な団体が行っていますので可能です。4)、日比谷公園からのスタートは、実行委員の 山田惠久氏が責任者として、指示しますので間違いのないようにお願いいたします。スタート前に、山田氏から説明があります。5)、【コース説明】16時30分から。日比谷公園大噴水前スタート→西幸門前交差点→霞ヶ関二交差点→財務省上交差点→国会議事堂南門前歩道→官邸前交差点→議員会館側歩道・国会裏信号機→参通前→国立国会図書館前歩道を国会参観駐車場角を目標に移動して戴きます。6)、【中川昭一先生への黙祷】17時18分になりましたら、進行方向から国会議事堂側に向きを変えて、一分間「半眼」でお願いいたします。7)、黙祷終了後、先頭から順次、憲政記念館講堂受付に請願書を提出して戴きます。尚、講堂ステージ壁面に、 中川昭一先生のご葬儀会場「 善福寺」に掲げられた遺影が掲げれることになりましたので、一目見られるようにしておきますので、「心の合掌」でお別れの祈りをして戴ければと思っております。【ネットだけ転載フリー】「請願受付国民集会」実行委員会・事務局長・水間政憲
2009年10月23日

今日はオリオンザ流星群がよく見える、と言うことで、夜の公園が昼間のような人だかりになっているそうです。皆、公園に寝そべって、ほうき星が出現するのを観察しているとの事。流れ星が流れる瞬間に、願い事を言えば、それが叶うと言う話を聞いた事がありますが、恐らく、近代科学によって流れ星が単なる自然現象と捉える事で、その神秘的な様子からロマンティックな事柄と結びつけてしまったのでしょう。けれども古今東西、古くから、流れ星は凶事の前兆として恐れられていました。実際、陰陽道に於いては流れ星そのものが『穢れ』だと言う事で、流星が流れた後、人心の荒廃、地震、不況、内乱などの現象が現実化する可能性が高くなります。また今年は7月に皆既日食がありました。これも大きな『穢れ』です。天皇はこの穢れを避けるためにお籠りになられます。『皆既日食』と『流星群』。さらに『民主党』。穢れに穢れた日本に、浄化の嵐がやってくる可能性は否定できません。けれども浄化されることをただ口を開けて待っているのはただのバカでしょう。少しでもこれらの穢れによる災いを避ける為にも、日本を守るために、現政権民主党が成立させようと目論む、所謂『闇法案』を何としても阻止して、国内にこれ以上の穢れを撒き散らさないようにしなければなりません。そこで私達が出来ることは、草莽の力で、日本人らしく正々堂々とまた粛々と行動することです。そしてその闇法案阻止の為の国民大行動として、今月27日に「日本解体阻止・国民集会およびデモ」が行われます。2600年以上続いてきた日本の文化と伝統を守る、大きな運動になります。国を思う同胞のみなさん、是非とも参加して下さい!! ↑クリックしてもらえると励みになります。
2009年10月21日

昨日は、家族ぐるみでお付き合いをさせて頂いている、作家日本画家で院展同人評議員の高橋天山画伯がご夫妻で我が家にいらっしゃいました。5月頃、新型インフルエンザが日本にも上陸し、今後の流行が懸念されていた時、『疫病封じ』のご祈願をなさいました。新型インフルエンザは陰陽道的な観点から見た場合、『疫病神』『流行神』の仕業であり、それらの神による疫病疾患と言えます。感染拡大の可能性の高い疫病の霊的な予防策として、疫病封じのご祈願を執行したわけです。このご祈願によってお頒かちした御札には『☆蘇民将来之子孫也』と書かれています。この『☆蘇民将来之子孫也』という御札には、「うちは蘇民将来の子孫ですから、災難に遭わせないで下さい」という意味が込められています。蘇民将来の伝承とは次のようなものです。その昔、祇園精舎を守護する牛頭天王が老人に身をやつして世を忍んで旅に出た時の事。ある夜、巨丹将来・蘇民将来の兄弟が済む村に牛頭天王が宿を求めてやってきました。裕福だった兄の巨丹将来は老人姿の牛頭天王を冷淡に扱ったのに対し、貧しかった弟の蘇民将来は牛頭天王を優しくもてなしました。牛頭天王は蘇民将来に自らの本当の姿を明かした上で、いずれ悪病が流行るが、蘇民将来の一族は助ける事を約束し村を去りました。やがて本当に悪病が流行り、兄の一族はみな死んでしまいましたが蘇民将来の一族は助かりました。このご祈願は新型インフルエンザに絶対に感染しない、と言う趣旨のものではなく、あくまでも感染を予防し、万一感染したとしても大事にならないようにご祈願するものです。勿論、マスクの着用、手洗いの励行などの具体的な予防策は必要です!昨日のお話の中で、ご夫妻の長女が突然、真っ赤な顔になっていたので、熱を測ってみたところ、何と39.5度の高熱になっていたそうです。ところが娘さんはさほど具合が悪くないので、仕事をすると言っていたそうですが、さすがに病院に行かせてタミフルをもらってきたのですが、本人がどうしても飲みたくないと言って、薬も飲まずに家で安静にしていたところ、あっと言う間に熱が下がり、すっかり元気になられたのだと言うことでした。6人家族でお住まいですが、一時期長女を隔離したものの、その後家族の誰にも感染する事無く、皆様はお元気だと言うお話でした。大事に至らず、お元気になられて本当に良かったです! ↑クリックしてもらえると励みになります。
2009年10月16日

昨日は、いつもご相談にいらっしゃるご夫婦が家を新築されたので、その宅神祭と、パン屋さんを開業されると言う事で、オーブンの火入祭を執行してきました。このご夫婦はとはもう5~6年のお付き合いになります。当初は夫婦共働きをしていて、二人とも自然農法に興味を持ち、休日に借りた土地で農作物などを作ったりしていました。その時のお二人の夢は、曖昧なものではありましたが、自然農法で作った物を加工して売れるような仕事が出来ればいいな、と言うものでした。その後ご主人が突然脱サラし、調理師免許取得のため1年間学校に通い、免許取得後、自然農法の稲作を体験的にさせてもらえる所があると言うことで、千葉市内のアパートから千葉の成田市に近い地方に、偶然希望に適う家が見つかって引越ししました。この引越しに伴って、ご主人が近年話題になった天然酵母のパンに興味を持ったことで、近くの天然酵母のパン造りをしているパン屋さんに勤める事になりました。ところが、生憎、そこのパン屋の経営者が少し変わった人だったようで、3ヶ月くらいで辞める事になったのですが、御主人の夢が「天然酵母のパン屋さん」と言うことではっきりしてきたのでした。偶然、引き寄せられて引っ越した先に、300年続く老舗の造り酒屋があり、そこでは自然酒造りをしていたので、ご主人がそこの日本酒の天然酵母を使ってパン作りをやってみようと言う事になったのです。また、無職だったご主人が仕込みの時期にそこの酒蔵を手伝うなどして、お店のご主人と懇意になり、新しい土地での暮らしを色々と支援して下さるようになったようです。そして引っ越してから約2年後、その想いは本格的なパン屋さん開業の夢となり、先ずは工房と家を併設すると言う構想で言え探しが始まりました。当初はご夫婦とも中古住宅を買って、リフォームして工房を作ろうと考えていて、近くで色々な物件を探しては相談されましたが、崖の上とか、家の前が舗装されていない道路になっているとか、どれも一長一短でお店を構えるのに、ここがベストと言うところはなかなかありませんでした。家探しで半年ぐらい過ぎた頃、夫が心願成就のご祈願をお勧めしたところ、その後すぐにびっくりするような話が舞い込んできたのです。突然、酒蔵のご主人から話があり、近くに土地があるから良かったら安く売ってあげる、と言うことだったのです。そこは、大きな舗装道路に面した商店街に近い平らな土地で、しかも150坪もある長方形の土地でした。陰陽道的に土地を見る時、変形、特に三角形の土地は最悪です。また台形もあまりよいとは言えません。特に三角の土地は家運が衰退していきます。家の前は開けていて、陰になるような建物は四方に無いと言う、絶好の場所です。そのお話を聞いた時、即、購入をお勧めしました。その後はとんとん拍子でどんどん話が進んでいきました。工務店は酒蔵の御主人の娘婿さんが勤めているところを紹介されたのですが、そこがまた、現代に珍しいくらい良心的、かつ仕事熱心な社長はじめ職人がいる、素晴らしい会社でした。夫は地鎮祭・上棟祭を執行しましたが、工務店の社長が仰るには、これほど立派な地鎮祭・上棟祭は見たことがありませんとびっくりされていました。そして昨日、家が完成したので、家屋の建築にまつわる最後の神事である宅神祭を執行してきました。完成してから初めて伺ったのですが、その立派さに驚きました。自宅部分とパンの工房部分を併せているので、かなり費用がかさんだのでははないかとお聞きしたところ約1千万円だと言う事でしたが、どう見ても2千万以上の家にしか見えませんでした。完成までの間、工務店サイドで予算内で納まるように、様々な業者に交渉してより良い設備を、また知り合いの大工さんに依頼してドアや腰板、作り付けの家具など、全て手作りで作らせたり、当初は予定に無かったことも、こうすればより見栄えがいいよ、と言うことで予算を上まらないように工夫して材料を手配してくれたりと、細かいところまで気を配って作ってくれたそうです。ダイニングキッチンとリビングは吹き抜けのため天井が3メートルくらいあるので、ものすごい開放感です。また2階は作らなかったのですが、屋根裏と言う事で20畳ぐらいはあるので、仕切りをすれば3部屋くらいは作れます。全体に木目を活かした落ち着いた雰囲気で、素晴らしい家でした。このご夫婦の家は今までこの工務店が手がけた中で、最も魅力的な家になったそうで、雑誌にも掲載したいと言うことだそうです。さらにこの不況の中、この工務店は飛ぶ鳥を落とす勢いだと言う事で、何とも良い話を聞かせていただきました。あとは今月の月末に、神棚の奉斎に伺います。さらに玄関の方除け祈願をすれば、家にまつわる神事を全て行う事になりますので、このご夫婦の家は『磐石』と言えるでしょう。 ↑クリックしてもらえると励みになります。
2009年10月13日

一昨日、初宮で若いご夫婦がお見えになりました。今回の初宮は二人目のお子さんでした。よく子供は親を選べない、と言いますが、例外なく子供は親を選んで生まれてきます。子供が親を選ぶ基準は、基本的には前世で親子、兄弟姉妹、隣人、友達など、顔見知りが多いのです。例外的に全く見知らぬ人を選ぶ場合もありますが、かなり少ないと言えます。やはり自分がこの世に出てきた時、前世で知り合いだとお互いが理解し合い易いからですね。全く気心の知れない人たちの中に生まれ出るのは、不安ですから。子供の魂はお母さんが妊娠7ヶ月目位で肉体に入ります。ですから、変な話ですがそれ以前は、肉体だけの状態です。肉体に魂が宿る事で、本当の意味での『人間』になると言えるでしょう。ところで今回初宮でいらした方は、最初のお子さんを妊娠された時、どのような魂の人が自分の子供になる予定ですか、と言う質問をされました。その時は、3人の候補者がいました。第一候補は日露戦争で海の軍神と崇められた広瀬武夫中佐です。彼は日露戦争において旅順港口に船を沈めてロシア艦隊を港内に封鎖する作戦をとったとき、広瀬少佐(軍艦朝日水雷長)は閉塞隊に参加し、第1回(明治37年2月24日)は報国丸を指揮し見事成功しましたが、第2回(3月27日)にも参加し、福井丸を指揮して港口に突進、船体を爆破後、ボートに乗り移ろうとしたとき同乗していた杉野兵曹長の姿がないのに気づき、再び船内に戻り杉野を探し求めていた時、敵弾に当たり船と運命を共にしました。当時、この態度を軍神と崇め、多くの歌が作られました。享年37歳と言う若さでした。(戦死後中佐に昇進)第二候補もまた日露戦争で活躍し、陸の軍神として奉られた橘周太中佐です。彼は東宮(大正天皇)の御付武官ののち、名古屋陸軍幼年学校第二代校長となり、その人徳は職員・生徒に深く敬慕されていました。その後歩兵第34聯隊第1大隊長となり、明治37年8月遼陽会戦においては聯隊右翼第一線として敵を攻撃、首山堡において壮烈な戦死を遂げたのです。彼もまた39歳と言う若さでした。第三候補もやはり日露戦争で活躍した須知源二郎中佐です。彼が有名になったのは常陸丸事件です。この事件は、日露戦争中の1904年(明治37年)6月15日、玄界灘を西航中の、後備近衛歩兵第一連隊本部および第二大隊(第八中隊欠)および第十師団の糧食縦列を乗せた常陸丸がウラジオストク巡洋艦隊所属の3 隻の装甲巡洋艦(ロシア、リューリク、グロモボイ)に追撃され、降伏を拒否して撃沈された事件です。第一連隊は小銃で対抗しましたが及ぶはずがなく、須知中佐は敵艦が近距離にあり、施すべき策の無いことを察し、連隊旗手大久保少尉に軍旗を焼却させ、重要書類を焼き、第二大隊長山県俊信少佐その他とともに屠腹して壮烈な最期を遂げました。どうして3人とも明治の軍人なのでしょうか?日清・日露戦争で斃れた英霊は、霊界で今の日本の危機を何とかして救わなければ、と必死の思いでおられます。そのような中、一日も早くこの世に生まれ出でて、御国の為に奉公したいと、多くの魂が出番を待っているそうです。とは言え、どんな親でも良い、と言うわけにはいきません。親の品格、環境、様々な条件が整っていなければ、生まれても人生が台無しになってしまいます。当初、広瀬中佐がどうしてもこの世に出て来たいと願っていましたが、橘中佐の方が明治の時には上官にあたると言う事で、今回はお譲りしますと言う事で、第二候補だった橘中佐が、第一番目のお子さんとして生まれることになったのでした。そして広瀬中佐はその1年後、この方のお姉さんの第一子として無事、お生まれになりました。今回はご夫婦の条件も良かったことは勿論ですが、夫がこのご夫婦ととても近い存在だった事が、彼が選んだ要因となりました。ところで今回初宮でいらした第二子は、どなたかと言うと、昔の人には長男以外はあまり人気がなく、なかなか決まらなかったのですが、日清戦争で大活躍した木口小平と言う方になりました。(昔は長男は大事にされたそうですが、次男以降はぞんざいな扱いを受けていたそうです。)彼は中隊のラッパ手を務めていて、突撃ラッパを吹いている最中に被弾、銃創により出血し倒れ、絶命した後も口にはラッパを放さなかったとして有名になりました。T君(前世橘中佐)は早3歳になり、お話も上手に出来るようになりました。彼が色々な事をおしゃべりする中で、夫の事を「昔から大好きだ!」とよく言っているのだそうです。3歳の子の「昔」はいつを指すのかわからないのですが、みんなで大爆笑してしまいました。夫とT君は年に何回か会う程度、また、夫はニコニコして座っているだけで、特にT君のことをあやした事も全く無いのですが、T君が夫と会えると思うとすごく喜んだり、他人には絶対に触らせないおもちゃも、夫には「見せたい!」と言って持ってきたりと、大サービスをしてくれました。またT君が以前、自分は上からストンと落ちてきた、少し怖かった、などと話していたそうです。察するに、魂が肉体に入る時の感覚を言ったのかもしれません。T君が「昔から大好きだ」と言った理由は、夫の側からすれば、十分に考えられる事でした。先ず、前世、T君が橘周太だった時、夫は乃木大将の長男、乃木勝典で、橘氏が度々乃木家に訪れて親しく接していた事があったからです。また橘家は、楠正成の子孫にあたる家柄ですが、実際、橘周太も南北朝時代、正成の家臣として活躍していたと言うことで、本人が願って橘家に生まれ出たのでしょう。さらに、南北朝時代には夫が楠木正成その人であり、T君は家臣だったのですから、尊敬する大将にこの世でまた会えたのですから、喜びもひとしおなのでしょう。ところでこの度、もし女の子だったら、津田梅子か篤姫に来てもらおうと話していました。次はお姉さんのお子さんが2月に出産予定なので、もし女の子だったら、どちらかになるかもしれません。お姉さんは英文学を勉強された方なので、梅子ちゃんかもしれませんね。今回、姉妹のところに生まれた魂たちは、基本的には遠い前世において、親子や兄弟などのご縁があった魂ではありますが、具体的に呼び寄せる事が出来たのは、夫が直接それぞれの魂と交渉(?!)したから可能になったことです。一般的にはこのようなことはありません。敢えて「波動」と言う言い方を致しますが、あまりにも波動が合わない組合せもありません。つまり、魂の波動が高い者と低い者が一緒になると言うことが無い、と言う事です。ただ、例外はつきもので、どんな場所に出てきても、それほど影響を受けないと判断した魂たちは、親の人柄・環境・場所と言うよりも時代を選んで来る場合があります。話は変わりますが、夫が安産祈願を執行したこの方は、初産の時も1時間ぐらいで出産、二度目は30分くらいと、本当に安産だったとのことでした。また、その後も何も心配する事も無く、すくすくと成長されているようです。 ↑クリックしてもらえると励みになります。
2009年10月12日

過去に例を見ない猛烈に激しい台風がやっと過ぎ去って行きました。午前中、ずっと強風で家が揺れて、竜巻でも起きているのではないかと思うような激しさでした。やはり民主党の穢れは、天災と言う形で祓われるしかないのでしょう。これからも次々と日本列島は、様々な災害に見舞われることになることと思います。大袈裟かもしれませんが、ノアの方舟の時のように、今、日本は時代の大転換期にあり、正しい方向性を示す為に多くの日本人が立ち上がって叫んでいる中、自らの利益追求に夢中になり、あるいは全く無関心と言った人たちは、「その時」が来ても何も気が付かず、気付いた時は「時既に遅し」と言うことになるのかもしれません。ノアの方舟以前にも、幻のアトランティス大陸が沈む時、やはり同じような事があったようです。アトランティスは今の文明よりも遥かに高い文明が発達していたと言うことですが、その時もノアや現代と同じように、利己主義、個人主義に走る人間が増え、あまりにも波動が下がってしまった為、地殻変動によってアトランティス大陸を沈ませ、波動の低い人々を海の藻屑としてしまったそうです。この時、霊的にあるレベルに達した人たちは、次のステップへと進み、進化していったと。これらのことはエメラルド・タブレットと言う古い、古いエメラルドで出来た石板に書かれていたと言われています。私達人類は、何度と無く同じことを繰り返しながら、進化を続けているのだと思います。けれども正しい進化を望む人々だけでなく、その逆の人々も常に存在しているので、簡単に進化し続けると言うわけにはいかないのでしょう。真実はダイヤの原石のように、一見何の変哲も無い石の中に潜んでいると思います。また、日本人がごく自然に受け入れて来た、自然そのもの、野の草の一葉そのものとも言えます。多くの仏教者が死に物狂いで求めて止まない『悟り』なるものは、普通の人の日常生活の中に存在するでしょう。『神』とは一神教や様々な宗教の神のように遠く離れた存在、あるいは罪や罰を与える存在、何か特別な力を与える存在ではなく、日本人に馴染み深い、まさに自然そのものでしょう。自然の脅威をいくら科学的に分析しても、それだけでは限界があることでしょう。自然災害とは一体何なのか、精神的な領域と併せて研究すれば、私達日本人はきっと正しい選択をして、豊かな国造りをすることができるのではないかと思います。今の民主党の政策を強行に推し進められれば、自ずと日本国民は滅亡へと向かわされ、日本民族にとって苦しい、困難な時代がやって来ることは避けられないことと危惧しています。けれどもノアやアトランティスの時も、最初に気付いた人たちは『その時』まで警鐘を促し続けていました。今、日本の正しいあるべき方向性に気付いた人たちも、彼らのように正しい事を伝える努力をしていき、少しでも滅亡に歯止めをかけていこうではありませんか!私達ひとりひとりの努力が、天を動かす、と夫は言っております。頑張りましょう! ↑クリックしてもらえると励みになります。
2009年10月08日

「非常に強い台風」が本州に上陸寸前です!過去10年で例の無い大型台風だと言うことです。やはり、民主党の穢れは「神風」によって祓われる事になりそうです。とは言え、秋の収穫を目前にして、日本列島、様々な地域での農作物の被害は避けられそうにありません。また、人的被害もどれくらいになるのか…。出来るだけ、最小限の被害で済む事を祈ります。10月3日、チャンネル桜の主催で、「日本解体阻止」と言うことで緊急大街頭宣伝とデモが行われ、先ず、渋谷駅ハチ公前で街宣、その後民主党と公明党前まで行き、デモを行いました。その日は朝から雨模様でお天気が心配されましたが、午後からは雨も上がり、涼しいくらいでデモ日和とでも言うお天気になりました。デモの参加人数は200名くらいと、若干少ない気もしましたが、公明党に乗り込むにはやはり勇気がいるのでは、と思いました。と言うのも、公明党の支持母体は言わずと知れたカルト教団ですから、目を付けられたら何をされるか分からない、と言う恐怖はあると思います。案の定、公明党前でデモをやっていた時は、全ての窓にブラインドを降ろしていながら、ブラインドの隙間や屋上から覗いて、写真を撮ったりしていたようで、何か怪しい雰囲気を間近に感じました。そのような中、チャンネル桜の水島社長をはじめ、キャスターの三輪さんが、拡声器を持って、正々堂々と「外国人参政権付与」等の日本解体法案に反対し、それらの国会への提出および成立の阻止を訴えました。公明党本部には勿論初めて行ったのですが、信濃町の駅を出たところが急にすごい急カーブの下り坂で、その坂を下り切った所にありました。これが都心の真ん中なのかとびっくりしましたが、何と公明党本部の後ろはものすごい崖になっており、前はまた遥か空中に道路が走っているようで、つまり谷底のようなところでした。また、周囲がどう見ても綺麗とは言いがたい状況で、廃屋の様な建物もそこかしこにありました。雨が上がった後でもあったせいか、ジメジメとした気持ちの悪いところに思え、何か爬虫類的な生物の棲みかを彷彿とさせる場所でした。夫も私も、あまりの波動の低さに、その場所を去る頃には疲れきってしまいました。少しでも民主党、公明党にダメージを与える事が出来ればと、楔を打ち込むつもりで参加してきましたが、これから10月17日、27日にも「日本解体阻止」と言うことでデモ等が行われますので、それぞれ参加し、どんどん割れ目を大きくする事に貢献していきたいと考えています。話は変わりますが、先のブログで書きました癌の方が二度目の抗癌剤と放射線の治療を受け、その結果をご報告いただいたところ、二回目からはかなり強い薬剤になると言う事で心配しておりましたが、施術後の皮膚が多少黄色くなり、顔のむくみ、下痢などがあると言うことですが、食欲もそれほど落ちる事なく、無事に過ごされているとの事、安堵しました。夫の方術には式神がどうしても必要になりますが、やはりご依頼の内容によってはかなり強力な力を必要とするので、力尽きて死んでしまう場合もあります。今回の癌の方の場合も、かなり大変だったようで、2匹のウサギさんが死んでしまいました。でも式神として働いてくれた動物達は、ただのペットとは違ってその魂は良い所に帰れます。またどんな子でも使える、と言う事ではなく、夫が働いてくれそうな動物を見つけたら、その動物に式神として働いてくれるかどうかをきちんと聞いて、納得した上で我が家に来てもらいます。以前、霊感のある人が、夫と話をしていて面白い事を話してくれました。夫の後ろに大きな黒い大蛇がいる、と言うのですが、普通、蛇が憑いている人は人間の前にいるらしいのですが、夫の場合は大蛇が夫の後ろに控えていて「畏れ多い」と言っている、と言う事でした。「へぇ~、そうなんだぁ」と私はびっくり!動物を式神として使っている、とは言え私には目に見えないことは全く分からないので。本当に式神として使っているんだ、と言うのが正直な感想でした。先日、新たに我が家の式神として「狆」を迎え入れました。まだ、3ヶ月の子犬で、やんちゃですが、式神としてはしっかり働いてくれています!良き、パートナーとして頑張ってほしいものです。 ↑クリックしてもらえると励みになります。
2009年10月07日

今日、テレビのニュースで、突然、中川昭一氏の訃報が報じられましたが、しばらく信じられませんでした。先の衆議院選挙で落選されたとは言え、保守にとっては希望の星であり、次の選挙に向けて是非とも頑張って頂きたいと思っていましたし、自民党を保守政党にする為にも、絶対に必要な方だと常々思っていました。それが、あまりにもあっけない、と言うか突然の訃報で、正直、とても不可解な思いを抱かずにはおれません。案の定、ネット上には中川氏の暗殺説がまことしやかに広がっています。中川昭一氏のお父様、中川一郎氏も「自殺」と言うことでしたが、やはりロシアとの関係で暗殺説は今だにあるようです。警察の遺体解剖でもはっきりしたことが分からないなど、どうしても納得できなかったので、夫に中川昭一氏の死について聞いてみました。自然死とは思えない、不可解な亡くなり方です。可能性としては「呪詛」による死亡も有り得る、と言う事でした。歴代の総理大臣で突然死した方がかなりいらっしゃいますが、夫から見れば、ほとんどが「呪詛」されていたようです。「呪詛」と言う言葉は、現代ではあまり聞きなれない言葉ですが、平安や江戸の時代から日本では行われてきた方術の一つであり、実際、現代でも政敵に対して密かに行われているようです。「呪詛」したからと言って、すぐに「死」に到ると言う事ではありませんが、「呪詛」されたことを本人が何らかの形で情報を得る事で、「自分が呪われている」と思うことでスイッチが入り、後は精神的にネガティブな状況に陥り、次は肉体の免疫力などが低くなっていく事で、弱い部分からダメージを受け、通常よりも速い速度で病状が深刻化し、死に至るわけです。ですから、呪詛してから死に至るのが、一週間後なのか十年後なのか、その人の精神や肉体の強さによって異なってきますが、この度の中川氏の場合、恐らく、マスコミによって徹底的に叩きのめされた「酩酊会見」の報道や落選など、精神的なダメージが強く受けてしまったことで、一気に「死」が加速したのではないかと思われます。御相談にいらっしゃる方のお父様が、以前ある総理の運転手をされながら、政治家を目指しておられたところ、様々な問題が生じて政治家を断念なさったそうですが、約10年前、突然癌になり、あっと言う間にお亡くなりになられたそうです。お父様の事を見て欲しいとご相談を受けて、見せて頂きましたが、恐らく運転手をなさっていた時に、総理共々一緒に呪詛の対象にされてしまったようです。当時お会いしていれば、呪詛を解く事もご病気を快方に向かわせる事も出来たと思いますが、如何せん、もう時既に遅し、でしたので、ご依頼を受けて迷っておられたお父様の御霊を鄭重にお返しする神事を執行致しました。中川昭一氏もご家族も、日本の保守層にとっても、志し半ばでの死は無念のことと思います。また、日本が亡国への道を進み始めている今、絶対に必要な方であったことを考えると、多くの保守の日本人にとっても受け入れがたい事実です。けれども中川昭一氏の無念の思いを晴らす為にも、私達日本人は絶対にこの国を支那に渡してはならないと、益々、思いを強くしました。心からご冥福をお祈り申し上げます。 ↑クリックしてもらえると励みになります。
2009年10月04日
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