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今日、5月28日は旧暦の5月5日です。旧暦の5月は「毒月」と言い、さらに5日は「九毒の日」と言われ、1年の内で「最も穢れ易い日」、つまり「危険な日」とされています。現在は5月5日は「子供の日」とか「端午の節句」と言われるようになり、すっかり子供の節句として定着していますが、以前は、穢れを祓うために、菖蒲湯に入ったり、様々な邪気祓いの神事を行ったりしていました。陰陽道ではこの旧暦の5月(毒月)は最も要注意月であり、旧暦の5月5日つまり、今年は今日の5月28日は最も危険な日となります。そこで、好からぬ災いを避けるために、5月28日、深夜2時、丑三つ時、大祓祝詞を奏上し、邪気祓いを行いました。すると...。私は、生来全く霊感などと言うものはなかったのですが、今回は不可思議な経験をしてしまったのです。と言うのも、邪気祓いした後、台所の生ゴミを外のゴミ箱に出すために玄関を開けて、閉めようとした瞬間・・・。玄関扉の上部に猫くらいの重量感の「何か」ボンとぶつかって、扉が開いてしまったのです。ちょっと、分りにくいのですが、我が家の玄関は何故か内開きになっています。ですから、一般的な日本の家の玄関とは逆で、開ける時は内側に開きます。そして閉める時には外側に向かって閉めます。と言う事なので、先程の出来事は、玄関扉を内側に開けて出ようとして、外側に引いて閉めようとした瞬間、何かが扉の上部にぶち当たり、その衝撃で私の手からドアノブが放れて扉が内側に開いた、と言う事です。びっくりして、あたりを見まわしましたが、何かがぶつかるようなものもありませんし、目に見える物は何もありませんでした。う~ん...。もしかしたら、すぐ前に邪気祓いをしたことで、何か好からぬ、目に見えないものが、玄関を開けた時に逃げ出そうとした時、私がすぐに扉を閉めようとしたので、扉を閉めるのをさえぎって、飛び出して行ったのかもしれません。霊的な存在は、壁でもどこでも、適当に出たり入ったり出来そうに思いますが、実は、「どこでも」と言うわけではありません。悪霊などの「通り道」があります。特に知られているのは、鬼門(東北)と裏鬼門(南西)です。また、玄関を通って入ってきます。ですから、玄関が鬼門や裏鬼門の位置にある家は、まさに悪霊の通り道を使いやすくしたようなことになってしまいます。悪霊は「穢れ」を好みますから、家などの建築物の鬼門、裏鬼門を不浄な場所、トイレ、風呂、台所など水まわり関連(下水・汚物が通る)の場所にしたり、玄関など人の出入りをする場所にしたり、ゴミ置き場などにして不潔にしていたりすると、悪霊の通り道や棲み家になって、災いをもたらしてしまいます。とにかく、不潔は「穢れ」につながり、禍の元です。鬼門、裏鬼門にかかわらず、出来るだけ掃除をして、穢れを寄せ付けないようにすることが、禍を避ける有効な手段と言えるでしょう。いずれにしても、旧暦の5月は要注意月間です! ↑クリックしてもらえると励みになります。
2009年05月28日

約7年くらい前、生後9ヶ月を過ぎても寝返りがうてないというお孫さんを心配して、夫に相談にこられた方がいました。その男の子のお母さん、つまりお嫁さんは、二番目のお子さんだったので、子供の発育には個人差があるのだと思って、さほど気にしていなかったようです。相談を頂いた時は、「早くお医者さんに行って、診断してもらって下さい!並行して陰陽道の方術も行いましょう」と、お話しました。けれども、お嫁さんを傷つけたくない、と言う親切心が仇となってしまって、結局お医者さんに診てもらったのは、もう少し後になってからでした。方術の方は、ご依頼を頂いてからずっと行っていたのですが、経過のご報告を頂いておらず、どうなったのかなと心配していたところ、やっとご連絡を頂きました。お医者さんに診てもらったところ、「生まれてからほとんど生育していない、ただ、3ヶ月ぐらい前から少しずつ生育し始めています」と言う事だったようです。その時、初めて事の重大さに気付いたお嫁さんが、お姑さんから夫の話を聞いて、お会いする事になりました。その時伺った家は、アパートの一室だったのですが、夫が気になったのは、そのアパートの敷地内にあった祠のようなものでした。恐らく、その祠が原因のひとつで、お子さんに良くない影響を及ぼしたようでした。ですから、まず、その祠の影響を受けないように結界を張り、さらに方術で穢れを祓い続けることをお勧めしたのでした。その後、今日に至るまで、それぞれの発育の段階で様々な試練がありました。例えば、3歳になっても歩く事ができない、まぶたが閉じかけてしまって目を開けられない、話すことが出来ないので何を言いたいのか分らない...。お母さんにしてみれば本当にどうしていいか分らない、暗澹たる想いだった事と推察します。お医者さんは「もう少し生長してみないと、どうなるか分りません。」と言うことで、治療方法も未来もはっきりと示す事はなかなか難しいと言う事でした。けれども、その都度、私達は「時間はかかると思いますが、必ず良くなる方向へと向かいますから、出来るだけ前向きに、明るい未来を想像し続けて下さい!」と励ましてきました。3歳では歩けなかったけれど、4歳になったら歩けるようになり、5歳になれば走れるようになりました。まぶたも手術せずに、開けられるようになりました。言葉も7歳になって、少しずつ話せるようになりました。そして、何より嬉しいことは、幼稚園でも小学校でも、お友達に「○○君は天使のようだ!」と言われて、本当に大切にしてもらえている、と言うお話を聞いた事です。障害を持っていても、お母さんもお父さんもそれを出来るだけ気にせず、普通の子と変わらず、明るく接してこられたことが、とても良い結果になったのだと思います。もちろん、お母さんは涙する事もあったと思いますが、陰陽道の方術とご自身の明るさで、お子さんの今日の成長があることと思います。今日もお電話でお姑さんから「どんどん、話ができるようになって、○○君が話すことが分かるようになりました。」と言うお礼の言葉を頂いて、本当に良かったと思いました。 ↑クリックしてもらえると励みになります。
2009年05月22日

約7年くらい前に、初めて式神を使った方術を行いました。それは、くも膜下出血で倒れてから5年以上も全身不随で、目を動かす以外は全く体を動かす事が出来ない状態の方の娘さんのご依頼でした。私自身当時は、夫の方術が一体どのようなものなのか、ほとんど分らなかったので、そのような重篤なご病気の方のご依頼を引き受けて大丈夫なのかと、随分心配しました。夫の方術と言うのは、テレビで「陰陽師」と自称する人たちが行っていたような、願主を叩いて何かを追い出そうとしたり、両手を上げよ、などと言った類のものではありません。基本的には神社の神主さんのような祝詞を奏上して行います。方術と言うよりも、神社でご祈願を行っているような感じです。その後、一週間くらいしてからお聞きしたところによると、手足が多少動かせるようになり、車椅子に座った時は、手を高く上げることが出来るようになったのだそうです。ご主人が大喜びして、涙を流して感謝のことばを頂きました。陰陽道の方術とは何とすごいのか、と私も正直、びっくりしました。これ以後、次々と驚くような事が起こっていったのです。 ↑クリックしてもらえると励みになります。
2009年05月09日

以前、野村萬斎さんが安倍晴明役だった、映画「陰陽師」では、式神はただの人形(ひとがた)でした。この人形が人間の女性になって身の周りの世話をする、と言った話だったと思います。これはあくまでも作り話で、実際には『式神』には、動物や植物を用いたようです。かつて安倍晴明は、式神として蛇やら狸やら狐やら、様々な生き物を使っていたそうで、当初は家の敷地内で飼育していたそうですが、妻が気味悪がって嫌がるので、仕方なく一条戻り橋の橋の下で飼育したとか...。また晴明の家の庭には、無造作に植物が植えてあったと言う事ですが、一見、無造作でありながら全体を見ると調和が取れていると言った具合で、何とも不思議な空間だったようです。この植物もまた、式神として使われていました。では、『式神』とは一体何なのか?簡単に言えば、「陰陽師の命令によって動く、霊的な存在」です。夫によれば、基本的には「魂」と言ったものが宿っていれば、どのようなものでも式神として使えると言う事です。但し、式神として動いてもらうためには、「そのもの」が陰陽師の管理下になければ使えません。具体的に言えば、動物でも、そこら辺にうろついている猫などを使役する事はできないと言う事です。植物でも通りすがりの道端に生えている草や、他人の敷地に植えてある樹木などは使えません。動植物のような生き物以外では、魂を込めて作られた物、絵画、刀剣、器等々、あらゆるものが『式神』として使役できます。但し、これらの場合は、余程のものでないと、つまり国宝級のものでなければ、ほとんど使役する用を果たさないと言う事です。職人が魂を込めて作り上げた物は、動かぬ物に生命を吹き込みます。だからこそ、その生命力を『式神』として使役する事が出来ると言うわけです。平安時代においても、現代においても、最も使いやすい式神は「動物」と言うことになります。最も生命力に溢れているからです。では、式神として使われる動物はどうなってしまうのでしょうか?基本的にはペットで飼われている状況と何ら変わりありません。式神として特別に彼らに何かを強いるわけではなく、彼らの魂の一部を使って、陰陽師の命令通り動いてもらう、と言うことなので、実際には、多少「眠い」と言ったような感じかもしれません。今も、彼らは世の為、人の為に、一生懸命働いてくれています!我が家の式神、ネザーランドドワーフラビットの「イズモ」です。 ↑クリックしてもらえると励みになります。
2009年05月08日
かつて西暦552年、欽明天皇の時代に我が国に初めて仏教が伝来しました。しかしながら、仏教と共に疫病も入って来たために、多くの人々が流行り病の犠牲となりました。当時、仏教のことを『疫病神(えやみがみ)』『流行り神(はやりがみ)』と言っていました。ところで一般的な知識としては、釈迦が仏教を作ったと思っていますが、釈迦は別に宗教など作ってはいません。仏教が日本に入ってきて以来、今日ではすっかり日本に定着してしまいましたが、夫によると、「仏教は穢れそのものである」と言って、寺や仏像には絶対に近付きません。昨年は東京上野に「日光・月光菩薩像」、今年は「阿修羅像」が来ていますが、これらを見に行く事は、わざわざ穢れを受けに行くようなもので、穢れを受けるとろくな事はない、と言っています。ところで、最近、突然「新型インフルエンザ」の話題で騒然としていますが、これはまさに「流行り病」であり、この病もまた「穢れ」で、穢れが溜れば、どうしても同じ穢れである流行り病にもかかりやすくなるそうです。この流行り病から逃れるには「祓い」しかないのですが...。普通の神社の神主さんでは、この「穢れ」を祓う事はなかなか難しいでしょう!
2009年05月01日
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