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今回は我家の英語教育に関して書きましょう。先週はコンサートに行きましたが、それ以来子供に対して音楽を聴く機会を積極的に設けるようになりました。最初はモーツアルトの曲等を聴いていましたが、段々子供達は飽きてきて、息子は"EAGLES"を所望しました。東京との行き帰りに親が聴いていたので、覚えてしまったようです。自分から「英語の歌を聴きたい」と言い出したのは初めてなので、時節到来とばかりに、どんどん聴かせました。実は、僕自身にとって、英語の歌は「英語の先生」だったのです。半生記「『英語が話せる』ということ」の当該部分を以下に引用します。* 中学時代授業で英語の「勉強」が始まりました。中1の時は英語の先生が嫌いで、通知表の成績は3でしたが、中2、中3と良い先生に当たり、4と5を行ったり来たりでした。ビートルズのデビューがこの頃でしたから、意味が分からずとも、"I wanna (= I want to) be your man"、"sleep like a log"(死んだように眠る)、 "Why she had to go, I don't know she wouldn't say. I said something wrong, now I long for yesterday."と歌いまくりました。今でも、こういったフレーズが蘇りますから、記憶の片隅や、潜在意識にかなりの事柄がインプットされ、後々役立った訳です。これより、意味が解らずとも、繰り返し声を出して、読んだり歌ったりという、体全体を使うことが、外国語の実践的能力育成に、物凄く有効であることが解ります。正しく「訓練」です。* 高校時代・・・・・・ また、高校時代に僕の実践英語の先生はビートルズから、サイモンとガーファンクル(S&G)に代わりました。これは何と言っても、映画「卒業」を観た時の衝撃に依ります。歌も好きだし、歌詞の内容が今にして思えば凄く哲学的なのです。「サウンド・オブ・サイレンス」の"People talking without speaking, People hearing without listening"だとか、「明日に架ける橋」では"I'm on your side, all when darkness comes, and friends just can't be found, Like a bridge over troubled water, I will lay me down."という具合です。実は今日、「サイモンとガーファンクル」のベストアルバムCDを借りて来て、今ダビング中なのです。丁度今、「スカボローフェア」から「ボクサー」に変わりました。思い返せば高校2年生の夏休み、今はもう無くなった日比谷の「みゆき座」で、僕は映画「卒業」を観たのです。ダスティン・ホフマン扮するベンが、恋人エレンの元へ赤いスポーツカーを駆って、サンフランシスコのベイブリッジを渡るシーンで「スカボローフェア」が流れ、あの時の衝撃と感動は一生残ると思います。引用文にも書いてありますが、S&Gの歌はメロディーが美しく知的であると同時に、歌詞が素晴らしいのです。それは内容も、また表現も文学的に洗練されたものであり、意味が分からずとも口ずさむだけで、シンプルで且つ格調高い英文が身に付くと思われます。息子の気に入るかどうか分かりませんが、繰り返し聴かせて行こうと思います。一例を記して、今日の日記を締め括ります。Wednesday Morning 3 A.M.(水曜の朝、午前3時)I can hear the soft breathingOf the girl that I loveAnd she lies here beside meAsleep with the nightAnd her hair in a fine mistFloats on my pillowReflecting the glowOf the winter moonlightShe is soft she is warmBut my heart remains heavyAnd I watch as her breastsGently rise gently fallBut I know with the first light of dawnI'll be leavingAnd tonight will beAll I have left to recallOh what have I doneWhy have I done itI've committed a crimeI've broken the lawFor twenty-five dollarsAnd pieces of silverI held up and robbedA hard liquor storeMy life seems unrealMy crime an illusionA scene badly writtenIn which I must playYet I know as I gazeAt my young love beside meThe morning is just a few hours away---------------------------------------尚、このページは、僕が3年前から始めた自分のHPである「NEUBEAUX CINQUANT ANS(新・サンカンタン)」がベースであり、その中で「息子と共に」が連載されています。(Bookmarksにも記載)
January 29, 2005
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今日は勉強と離れ、クラシック音楽のコンサートへ参りました。実は僕の学生時代の友人がオーケストラの指揮者なのです。彼は「堀俊輔」と申しまして、学生時代は早稲田大学グリークラブの指揮者を務め、その後本格的に音楽の世界に入りましたが、初志貫徹し、今や国際的に活躍する音楽家です。今回は、地元名古屋の「名古屋シンフォニア管弦楽団」が客演指揮者として招聘し、ベートーベンの「運命」その他を演奏しました。つい数日前に彼から連絡があり、「来てくれるなら招待券を手配しよう」というので、一も二もなく応じました。「本物」に接するのが一番良い教育であると思っていますから、クラシックのコンサートはまだ少し早いのですが、本格的な演奏会場でオーケストラの生演奏を聴くというチャンスを大事にした訳です。生憎家内は所用があり、僕と息子と娘の三名で参りました。家内の運転する車で最寄の地下鉄駅まで送って貰い、「栄」で降りて「オアシス21」を横切り、「愛知芸術文化センター」内のコンサートホールへ向かいました。受付で招待券を受取りましたが、開場までは時間があったので外で時間を潰し、開演15分前に入場したところ、既にかなりの席が埋まっており、三階席へ参りました。こちらも、程なく埋まって行き、堀君の指揮する演奏会が盛会で嬉しくなりました。やがて開演となり、堀君が指揮台に現れましたが、学生時代一緒に過ごした男が音楽への熱き情熱に生き、30年後にプロの指揮者として颯爽と、オーケストラに向かってタクトを振っている姿に、思わず拍手を送りたくなりました。曲目はベートーベンの「プロメテウスの創造物・序曲」に始まり、プロコフィエフのピアノ協奏曲第3番と続いて休憩となりました。息子と娘は、退屈な要素もあったでしょうが、大人しく着席しており、マナーとしては合格でした。暑がりの息子は、着ていたトレーナーを脱ぎたいようでしたが、シャツになる訳にも行かず我慢して貰いました。15分間の休憩の後、いよいよベートーベンの交響曲第5番「運命」が始まりました。僕が交響曲入門を果たしたのも「運命」であり、その後「新世界」「未完成」「悲愴」と続きましたが、子供達にとって初の交響曲体験が「運命」だったのも運命的かも知れません。やはり、多少なりとも馴染みのある曲ですから、他の曲よりは退屈しなかった様です。堀君のダイナミックな指揮もクライマックスを迎え、渾身のタクトの一振りで「運命」が終わりました。熱演であり、聴衆の受けが宜しかったことは言うまでもありません。アンコール曲はモーツアルトのオペラ「後宮からの逃走」の序曲(?)でしたが、一言「これ、すごーく難しい曲なんです」と、彼らしくユーモラスに解説してくれました。終演後楽屋に出向き、堀君に挨拶して来ましたが、「関係者以外立ち入り禁止」の表示を気にして、息子と娘は「お父さん、入って良いの?」と聞いて来ましたが、「僕らは関係者だから良いんだよ」という言葉に、二人とも不思議そうな面持ちでした。楽屋を訪問するなんて、二人には初めてですが、これも経験です。普通では行けない場所に行くのも、活きた社会勉強ですから大いに結構です。楽屋に行くと、僕の一年後輩が奥様と堀君を訪ねておりました。やがて、着替えの済んだ堀君がドアを開けてくれましたが、この瞬間30年の時間がタイムスリップし、いつもの気さくな堀君が現れました。短時間の歓談でしたが、娘がピアノを習っていることが話題になると、「音楽やりたかったら、小父さんの所へお出でね」と言われ、娘は恥ずかしそうにしていました。この後は忙しい堀君を気遣い、名残を惜しみつつお暇しましたが、息子と娘にとって記念すべき一日になれば幸いです。---------------------------------------尚、このページは、僕が3年前から始めた自分のHPである「NEUBEAUX CINQUANT ANS(新・サンカンタン)」がベースであり、その中で「息子と共に」が連載されています。(Bookmarksにも記載)
January 23, 2005
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今更言うまでもありませんが、「ピーター・フランクル」さんは’53年ハンガリー生まれの方で、 18才の時国際数学オリンピックで金メダルを獲得し、その後数学で博士号を取り、 ’77年にフランス国籍を取得。日本には’88年から在住し、大学講師、大道芸人、執筆活動、講演と多才振りを発揮されています。実は、昨日BBSに「もぐさん」が書き込みをされ、僕も早速彼女のHP"moonshine"を訪問しました。彼女の1/18付の日記算数好きねえ...を読ませて戴いたところ、IMA算数・数学アカデミーに出くわしました。こちらは、紹介文を引用させて戴きますと、「インターネットの利便性を活かし、学校での学習を超えた真に算数・数学に興味のある生徒たちへの『英才教育』と社会生活に必要不可欠な『自己責任能力』、『心と頭脳のバランス』の養成を目的として設立されました。学校の教科書内容では物足りない皆さんのために、一歩上の学習を目指します」ということです。そして、何と「ピーター・フランクル」さんが校長なのです。実は、丁度3年前ですが本家のHPに「若い人・老いた人」と題して、彼とお父さんの「父と子の会話」から一文を書きました。(原文は大人向け劇画雑誌「ビッグコミック・オリジナル」に掲載され、当時まで僕は「ビッグ」のファンだったのです。もう最近は買うこともなくなりましたが)それ以前から、数学者であると同時に、多才な、本当に魅力的な人格に惹かれるものがあり、この話は彼のパーソナリティーを知る上で、大変貴重なものでした。詳しくは「若い人・老いた人」を御覧下さい。さて、話を戻しますが、「もぐさん」のページにはこれと平行して、「算数オリンピック」のことに触れていました。早速覗いてみると、本当に第一級の小中学生向け「算数と数学の世界」がありました。「算数オリンピック」は1992年に設立され、毎年実施されているそうですが、高度な問題と、成績優秀者の顔ぶれを見ると、正しく日本の小中学生「算数・数学チャンピオン」の決定戦という感じです。出題は、受験問題より更に洗練されており、数学的センスと柔軟な思考力なしには到底解答不可能です。毎年の受賞者を見ると、中学生の部では、「筑波大駒場、麻布、開成、灘、ラサール」といった超一流校の生徒が並び、更に数年前の小学生の部を見ると、同じ名前が出ているのです。こういった優秀なお子さん達と、同じレベルで勉強するのは土台無理ですが、部分的になら参考に出来ると思います。素晴らしい情報でした。「もぐさん」ありがとう御座いました。 ---------------------------------------尚、このページは、僕が3年前から始めた自分のHPである「NEUBEAUX CINQUANT ANS(新・サンカンタン)」がベースであり、その中で「息子と共に」が連載されています。(Bookmarksにも記載)
January 19, 2005
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さて、一昨日は「ネチケット」で少なからず反響を呼びましたが、息子との勉強は今日も予定通り行いました。一次方程式が終わった後、息子は先ず「比例」を勉強し、続いて「反比例」を勉強しました。数学ですから、y=ax、y=a/x という数式で考えて参ります。そして、二次元空間、即ちX軸、Y軸と「座標」が出て来るのです。この単元で画期的なことは、数式を扱うことと、数式に基づきグラフを描くことを、生まれて初めて学ぶということです。特に、「反比例」の場合は双曲線であり、「算数」から「数学」への脱皮を痛感します。また、x=0の近傍で、yの値は無限大(y→±∞)になり、「ゼロでは割れない」ということの意味を、感覚的に理解できたのではないでしょうか。また、「関数とグラフ」として学んだ訳ではありませんが、yはxが変化すると同時に一定の関係で変化し、「独立変数xが決まれば、従属変数yも一つに決まる」ということを理解したようです。そして、グラフ上の点は、その数式を成り立たせている点の集合であることも、何となく分かったようです。また、「比例」の場合、比例定数「a」の値によって、グラフ(直線)の傾きが変わり、a>0ならばグラフは第一象限と第三象限を通り、a<0ならば第二、第四象限を通ることを感覚的に理解出来ました。一方、「反比例」の場合も、比例定数「a」の値によって、グラフの存在範囲が決まることを理解し、数式とグラフの対応関係が分かったようです。今度の「K」公開模試は「比の問題」が出るので、「比例」とは異なるものの、「数学」で学んだことが、どのような形で「算数」に反映されるのか楽しみです。一通り「数学」が終わったら「算数」の問題集で反復練習し、本番(2/13)を迎えます。この後は「スライディングキャッチさん」に紹介された「数検(実用数学技能検定)」の試験が春休み中にあるので、取り敢えず「5級」を受けさせてみようかなと思っています。---------------------------------------尚、このページは、僕が3年前から始めた自分のHPである「NEUBEAUX CINQUANT ANS(新・サンカンタン)」がベースであり、その中で「息子と共に」が連載されています。(Bookmarksにも記載)
January 17, 2005
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教育熱心な御父兄の中にも、ネット上のエチケット(ネチケット)を守らない方が、少なからずおります。今回は子供の教育から離れて、この問題を書こうと思います。と申しますのは、当サイトにリンクを張られている方の中にも、不快に感じるケースがあるのです。穏当を欠くとは思いますが、一度はこの件を訴えたいと思いましたので、意を決して書くことにします。勿論、自分自身も知らずに失礼をしていることもあり得ますので、その場合は御指摘下さい。謙虚に謝罪するつもりです。僕が不愉快に思うのは、リンクを張るに際して、事後でも良いから一言「リンクを張らせて貰いました」と挨拶するような配慮がないからです。勿論、僕としても拙文に関心を持って下さり、欠かさず読んで下されば嬉しいですし、リンク欄に表示される訳ですから、そこから新たな読者に来て貰えます。そのこと自体は喜ばしいことですが、それとは別に最低限のエチケットくらい守って欲しいのです。また、こういう人は勝手にネットを張っておきながら、読むだけ読んでコメントも、BBSへの書き込みも一切ありません。失礼な物言いではありますが、彼等や彼女等の「一方通行」的な生き方を如実に表していると思います。聞くところによると、こういう人の中には、自分がリンクを張っている先を表示しないケースもあるようです。リンク先が更新する度に、自分はメールで楽天から知らされるにも関わらずです。僕は潔癖な性質なので、勝手にリンクを張っておいて挨拶のない人には、楽天のメールで「リンクはありがたいですが、一言コメントを付けるなり、BBSに書き込むくらいのことはされたら如何でしょう」と書き送りました。中には侘びを入れて下さった方もおりますが(その後リンクを外されました)、未だに無回答でリンクもそのままの人さえいます。中には、彼方此方で一方通行的に御高説を述べていらっしゃる方もおりますから、唖然とするばかりです。面白いことに、こういった方々のサイトには共通点があります。それは、我が子への教育は一見とても熱心なのですが、知育偏重、且つ成績を上げることに視野狭窄となっており、お子さんが将来どのような生き方をして欲しいとか、何故勉強するのか、というような根源的な問題提起が見られないのです。そして、かなりの頻度で更新され、書かれていることは論旨も明快なのですが、殆ど読者のコメントが書かれていないのです。読まれた方も、コメントの付け様がないのでしょう。 今回、敢てこういうことを書いたのは、決して鬱憤を晴らすことが目的ではなく、「楽天広場」にて子供の教育につき活発な意見交換を、気持ち良く行えるよう、環境改善をしたいと思ったからです。言葉には出さずとも、同じ思いをされた方も少なからずいらっしゃると思いますし、この問題提起が何がしかの契機になれば幸いです。---------------------------------------尚、このページは、僕が3年前から始めた自分のHPである「NEUBEAUX CINQUANT ANS(新・サンカンタン)」がベースであり、その中で「息子と共に」が連載されています。(Bookmarksにも記載)
January 15, 2005
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「公開質問状」(笑)を、「ぐりぐりママ」さんから突き付けられておりますので、しっかり答えますね。彼女の質問は以下の二点です。1.ただ、一番難しいレベルの問題を体験すると応用がきくようになりますか?2.そして一番難しい問題=「公開模試」ですか?先ず、「応用が利く」という言葉の定義から入ります。その前に「難しい」という言葉の定義ですが、これには「幅と深さ」があります。「幅」の例を上げると、「年齢算」で基本的な問題は、親子の年齢差を問うものですが、これだと登場人物は二人です。ところが、少し難しい問題では、親一人の年齢と、子供二人の年齢の和がベースになります。更に難しくなると、子供が三人になったり、両親の年齢の和との比較になります。ここでのポイントは、親子一人ずつだと年齢差は一定ですが、子供が一人増える度に年齢差は毎年1歳ずつ縮まり、二人増えると2歳縮まるということです。子供が二人の問題をマスターすれば、子供が三人になっても延長線上で解けます。次に「深さ」ですが、設定条件によって場合分けが生じる複雑な問題等が良い例です。具体例を出すと長くなるので、一般論で済ませますが、生じ得る全ての場合を具体的にイメージ出来、個々の場合で計算したりして、最適解を求めるような問題です。こういうのは、タフな精神がない限り、途中でギブアップです。次に「応用が利く」の定義ですが、これにも二つあります。一つは、基本原則を如何に適用するかの「着眼力」があることです。もう一つは、解法の「パターン」を体得し、類似性のある問題に対しては、その「パターン」を適用出来るということです。算数なり数学の問題は、無限に「種」がある訳ではなく、既存の「種」を上手く組み合わせて構築されているのです。難問ほど「種」を巧みに組み合わせていますから、これを解いて行くことで、「着眼力」と「パターンの適用力」が養われます。また、「深さ」にも慣れますから、途中で投げ出さないタフな精神力も養われます。質問の2.ですが、NYSなり、名古屋の「K」では、その地域でのトップ進学校への合格が照準になっており、「一番難しい」かどうかは別として、洗練された問題が出題されます。要するに、柔軟な思考力がないと問題の核心が掴めず、高得点には結び付かないのです。逆に言うと、NYS等は豊富なデータに基づいて、トップ進学校の入試にも通用する斬新な問題を作成し、それで互いに競っているのです。内部生は類似の問題を授業で教わっていますから、外部受験の一般受験者よりも有利なことは事実ですが、点数で負けても斬新な問題に対峙することは無駄ではありません。それなら、問題さえ手に入れば、公開模試を受けなくても良いではないか、ということになりますが、そうではありません。公開模試の利点は、これまた二つあって、一つは厳しく時間管理された中で、どの程度出来るかが分かることです。また、同一条件で受験した中で、どれだけ優秀な人がいて、自分はどのレベルなのか客観的に分かることです。ある本によると、大都市において、将来的に東大に入学するような子供は、80%が私立又は国立の中高一貫校に中学から入学し、残り20%の内15%が高校から入って行くらしいです。NYSの公開模試には、これら優秀な児童の大半が受験している訳であり、そういう優秀な母集団の中で現実を把握しておくことは、中学で受験しなくても、良い緊張感を維持して行く上で意味があると思っています。回答になっていれば幸いです。---------------------------------------尚、このページは、僕が3年前から始めた自分のHPである「NEUBEAUX CINQUANT ANS(新・サンカンタン)」がベースであり、その中で「息子と共に」が連載されています。(Bookmarksにも記載)
January 14, 2005
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昨日の日記に対し「スライディングキャッチさん」がコメントを下さり、その中で「中学生になったら数検を受験すると良い」旨勧めて下さいました。これに合せて「ぐりぐりママ」さんからは「数検」(実用数学技能検定)のお薦めと、公開模試受験に対する問題提起を戴きました。今日はこれについて書いてみようと思います。昨夜、「善は急げ」とばかりに「数検」のサイトを訪れ、どのようなものなのか調べてみましたが、一言で申しますと期待外れでした。「スライディングキャッチさん」には申し訳ないのですが、現時点で愚息は「5級」(小5~中2)なら確実に合格すると思います。今のペースで勉強して、連立方程式(中2)を教えれば、小学生の間に 「4級」(小6~中3)も合格してしまうでしょう。期待外れだった理由は二つあって、一つは問題自体が易しく、時間も一次、二次共に60分と、十分過ぎるのです。二つ目は、合格基準が低く過ぎます。一次の計算問題で70%、二次の応用問題で60%が合格ラインでは、中途半端な理解でも受かってしまいます。但し、「では、受けないのか」と言われれば、ある種の公的資格ですから、受けさせてみようかなとは思います。次に、「ぐりぐりママ」さんへの回答ですが、中学受験はしなくても「公開模試」を受験する意味は大いにあるのです。先ず、公立志向ではありますが、公立校の授業で十分な学力が身に付くことは全く期待しておりません。そのためには、世間のトップレベルを常に意識し、彼等と同等の学力を養成しておく必要があります。「公開模試」は他流試合的な意味があり、学校の成績に満足しないためにも、刺激が必要なのです。次に、算数だけで考えてみても、受験レベルの問題と学校のテスト問題とでは、難易度において大きな差があります。そして、小学生の段階で高いレベルの問題で勉強しておくと、大学入試にも通ずるものがあるのです。勿論、いくら中学受験の難問とはいえ、一流大学の数学入試問題には匹敵しませんが、小学生の段階で難問と格闘することで、数学的思考力が鍛えられ、中学・高校と進んでもトップレベルの学習内容に対応出来るのです。その意味で、「公開模試」を目標に勉強することは、自学自習の質的レベルを高めることが出来るのです。三番目の理由は、勉強のスケジュールを組む上で、目標が立て易くなるのです。余程意思が強ければ別ですが、やはり試験があるということで、一定期間内に決められた範囲を終えようとしますから、勉強の能率が上がります。本当に受験するとなると、合格圏内に入るため偏差値との戦いとなり、プレッシャーが掛りますが、我家の場合は単なる「力試し」ですから悲壮感はないと思います。こういう訳で、今回は幾分嫌味な書き方になってしまったかも知れませんが、僕の言わんとするところは御理解戴けたかなと思います。
January 11, 2005
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我家は公立志向ですが、学力は中学受験されるお子さんに負けないよう、勉強を続けています。その一貫として、大手進学塾の公開模試を受け、刺激を絶やさないようにしております。名古屋では全国規模のN・Y・Sを直接受験出来ないので、河合塾(K)の模試を利用させて貰っています。最初は4教科を受験しましたが、中学受験しないのに理・社まで勉強するのは大変なので、2教科に切り替えましたが、その過程で息子の弱点も良く分かり、特に国語については夏以降「論理エンジン」で論理的思考力を鍛えて来た経緯があります。年が明けて、三学期には2/13(日)に公開模試があり、今日はそれに向けての勉強スケジュールを立てました。このところ、算数を離れて「数学」をしていましたが、昨日で一次方程式が終り、「比例・反比例」に入りました。数学をこのまま続けるか、算数に戻るか迷いましたが、今度の試験範囲には「比例」が入っているため、そのまま数学を続けることにしました。この他には「対称図形」、「円と扇形」が試験範囲ですが、中1の数学にもこれが入っており、この部分まで含めて数学として勉強致します。皮肉なことに、「算数」の問題の方が「数学」の問題より難しい場合があり、様子を見て適宜算数の問題を選んで補習するつもりです。一方、「円と扇形」などは、数学だと文字式で計算することになるので、息子にとっては計算間違いが減って好ましいようです。その他、「比例」の文章題などを見てみると、「数学」を応用するよりも、線図を書いて「算数」的に解かないと答が出せないものもありました。まあ、何が何でも方程式や文字式を持ち出す必要はないので、自由に解答させようと思います。線図を書くことも、問題の本質を根底から理解する上で十分な意味を持っていますから、これはこれで重要だと思います。
January 10, 2005
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今日は三連休の初日なので、一家でちょっと息抜きに「ハウルの動く城」を観て来ました。相変わらず宮崎駿作品は芸術的完成度が高く、心が洗われるような感銘があります。根底にあるのは「女性の成長」と「平和への願いや自然環境保護」であり、今回もヒロイン「ソフィー」の女性としての成長を通して、愚かな戦争を止めさせるという、平和へのメッセージが伝わって参りました。さて、本題に戻りますが、息子は中1数学問題集で一次方程式の部分を一回終え、出来なかった問題をもう一度自分で復習していました。というのも、僕の方が「仕事始め」で忙しく、この数日勉強を見てやれなかったのです。二回目ともなると、方程式の解法も大分身に付いて来たようで、ノートを見ても紆余曲折せずに解けている様子が窺えます。僕が方程式を先取りして教える理由は、文章題を解くに際して、所謂受験的なテクニックを弄さずとも、問題文をそのまま数式化すれば解けるからです。そして、この数式化する過程こそが、数学的論理力を鍛えるのに最適なのです。去年の正月には、和田秀樹氏の「公立小中高から東大に入る本」(幻冬舎)を読み、色々感銘を受けましたが、その中で和田氏も、小学生が方程式を学ぶことの有効性を説いていらっしゃいました。前回の「その1」では、「移項」の考え方を通して、単に方程式を解くという方法論を述べましたが、方程式を学ぶ意味は、これを用いて「文章題」を解くことにあるのです。今回はある文章題を例に取り、小学生への方程式導入の有効性を紹介したいと思います。<問題>A、B2つの水そうに水が入っています。いま、2つの水そうから水をぬいていきます。水そうAの水の深さは毎分5cm、水そうBの水の深さは毎分3cmの割合で減っていきます。ある時刻の水そうA水の深さは30cm、水そうBの水の深さは50cmでした。この2つの水そうの水の深さが等しくなるのは、ある時刻から何分後ですか。ただし、水をぬきはじめるときの水の深さは、水そうAが70cm、水そうBが74cmとします。<解答>ある時刻からx分後にA、Bの水の深さが等しくなるものとします。従って、 30-5x=50-3x ⇒ -2x=20 ⇒ x=-10ここで、-10分後とは10分前のことなので、一見答は「10分前」となるように思えますが、ここからがこの問題の優れたところで、10分前のA、Bの水の深さが夫々の水そうの深さに収まっていることを確認する必要があるのです。 10分前の深さ: A=30+5×10=80cm B=50+3×10=80cm従って、A,B共に深さが80cmになることはあり得ないので、答は A:解なし となります。以上がこの問題の解答ですが、重要な項目が以下のとおり二つあるのです。1.方程式は答を元の式に代入して、左右両辺が等しいことを確認する必要がある。この場合は両辺が80となり、方程式の答としては正しいことが確認された。2.然しながら、方程式の答が正しいことと、文章題の解答として適当か否かは別のことなのである。息子のファースト・トライは、僕がヒントを出すことによって、x=-10という答は出せました。また、これが10分前を意味することも自分で気が付きましたが、それ以上は当然ながら無理でした。「A、Bが等しくなる水の深さ」を計算させたところ、80cmという答は直ぐに出て来ましたが、「何か変だと思わないか?」という質問には答えられませんでした。「A、Bの水槽で、深さが80cmになるのかな?」とヒントを出したので漸く気が付きましたが、小学5年生で、しかも初めての体験ですから、前の段階までで上出来です。このとおり、方程式との取り組みは「算数と数学の違い」を実感出来、息子にとって知的刺激を十二分に味わう絶好の機会になったようです。明日は、方程式の復習を全部終わらせ、中学生の数学として「比例・反比例」に進もうと思っています。---------------------------------------尚、このページは、僕が3年前から始めた自分のHPである「NEUBEAUX CINQUANT ANS(新・サンカンタン)」がベースであり、その中で「息子と共に」が連載されています。(Bookmarksにも記載)
January 8, 2005
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さて、今年最初の日記です。年末年始は東京へ行っておりましたが、昨夜東名を走り、丁度日付が変わるタイミングで名古屋に戻りました。正月休み中も、数学と「コペル君」は続けていましたが、お出掛けや従弟と遊んだりで、予定は半分程度しか終わりませんでしたが、目標設定が結果的に重かったので、「良くやった」部類だと思います。さて、勉強の中味ですが、「コペル君」を除くと、冬休みは一次方程式の計算と応用問題の勉強が中心になりました。「解る」と「出来る」は全く別なことは、方程式の問題を解いているとよく分かります。中学の数学は「負数」が出て来ますが、負数の計算については大体要領が把握出来たものの、正確に計算出来るかとなると正解率が半分くらいなのです。小学校の算数は「正数」のみであり、引算も答がマイナスになることはありません。ところが、中学になると正負の符号に注意していないと、絶対値は合っていても符号が間違えば即「不正解」となり、従って計算間違いが途端に増加します。この辺が息子の苦戦している背景のようです。方程式の解法において、「移項」というのが一つの重要なポイントになりますが、これには基礎的な事項を踏まえてから進む必要があります。即ち「移項すると符号が変わる」ことは大人なら知っていますが、これの根底には「A=B ならば A+C=B+C」という公理があるのです。例えば、以下の一次方程式を解く場合、xを左辺に、数字を右辺に移項して 2x+5=x+4 ⇒ 2x-x=4-5 ⇒ x=-1 となりますが、この場合「A=2x+5、B=x+4 そして C=-x-5」なのです。息子には最初から「移項」を教えず、「A=B ならば A+C=B+C」から入らせました。従って、息子のノートには、 2x+5-x-5=x+4-x-5という一行が加わっています。流石に、正月休み後半からはこの一行を省略し、「移項」の方法で解くように指導しました。自分の経験からしても、方程式の解法はいきなり「移項の方法」を教えられ、訳が解らぬまま「移項すると符号が変わる」という「結果」を使って答を出しておりました。息子の場合は「根底の原理」から入りましたから、将来的に方程式で躓くことはないと思います。---------------------------------------尚、このページは、僕が3年前から始めた自分のHPである「NEUBEAUX CINQUANT ANS(新・サンカンタン)」がベースであり、その中で「息子と共に」が連載されています。(Bookmarksにも記載)
January 5, 2005
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