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昨日は自殺した友人の三回忌があって、ご遺族、恩師の方々と、計7人で一緒に墓参りをした後、同じ食卓を囲んだ。昨年の一周忌はみんな、彼女の思い出を語り合ううちにぼろぼろと涙をこぼしたものだったが、今回は、彼女の話題になっても笑顔で終わった。時が最大の薬とはよく言い当てたと思う。法要が3回忌まで続いた後、7回忌まで時間が空いている意味が何となく、わかった気がする。 彼女の甥の、2歳の男の子も一緒に来ていたのだが、2歳とは思えない繊細な表情を顔に浮かべのに、胸をつかれた。はにかむような、淡くやさしい笑み。おなかいっぱいで、食べ物を皿に残していても、おじいちゃんが「食べなさい」とパンを手渡すと快く受け取って一口かじる。自殺した友人は、生まれたばかりの彼を一度、抱いたことがあるという。その3ヵ月後、彼女は命を絶った。「あの子は、娘の小さい頃に似ているので、将来を期待しているんですよ」と、友人のお父さんが話すのを聞いて、複雑な心境に陥った。自分の祖母と伯母が自殺したことが将来、この子に暗い影を落とすことにならないよう、強く、祈った。 不思議なことに、ここ2,3日、過去にお世話になった方々から突然、電話が掛かってきたりメールが届いたりすることが相次いでいる。皆さん、懐かしい方々ばかりで、久しぶりに交流できたのがとても嬉しい。彼女が呼び寄せてくれたのかもしれない。 最近、するべきことが山積みになっているにもかかわらず、どうも気が乗らなくて、ぼーっとした日々を過ごしている。昨日は、久しぶりに飲んだワインが効きすぎて、午後6時過ぎから寝込んでしまった。風邪を引くような嫌な予感があったけれど、ぐっすりと眠れたお蔭で今は爽快な気分。気持ちを切り替えて、やるべきことをきちんと、片付けていこう。
2005年02月13日
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しばらく作っていなかった料理を、再び作るようになった。先日、友人宅でご馳走になったホウレンソウのおひたしが、あまりに美味しかったからだ。「これ、産直か何かで取り寄せたものなの?」とたずねたら、友人は「近所のスーパーで買ったものよ。ホウレンソウは今が旬だから甘みがあるの」と教えてくれた。 それから、馬鹿の一つ覚えのように、毎日ホウレンソウを食べ続けている。おひたし、炒めもの、スープ、お鍋・・。どうやって調理しても違和感無く口に入る。以前にも書いたかもしれないが、作った料理が美味しいと、まるで自分が、全知全能の神様になったような気がする。 別の友人で、やはり料理好きなひとが、「味覇(ウェイパァー)」という中華スープの素を教えてくれた。これがまた、万能スープで、中華料理はもちろんのこと、ラーメン、里芋の煮っ転がし、肉じゃが、おでん、シチュー、ロールキャベツなど、和洋中を問わず、何に入れても美味しい。同じ食材を使って、同じように調理しても、自分が天才になったかと思うほど、ぐっと味の深みが増すのだ。幸か不幸か、煮物を作っても、煮汁が本当に美味しくて、最後まで飲み干してしまう。塩分の取りすぎではなかろうか・・と、不安が頭をよぎる。 ここのところ、何となく無気力な日々が続いて、本を読む気にもなれず、ぼーっとテレビを見る時間が多かった。大好きな筈のひとりの時間を持て余して、正直な話、困っていたのだ。しかし、料理を作り始めると、実際に手を動かすのが面白くて、あっという間に時間が過ぎる。何より、段取りを考える良い訓練になっていて、ありがたいと思う。 外食でも、なるべく野菜を食べるようには心がけていたが、いざ自炊してみると、やはり緑黄色野菜が足りなかったようだ。人参、ブロッコリー、トマト。食器に盛られた料理の色が鮮やかで、嬉しくなる。 面倒でなかなか、取り掛かる気になれなかった自分自身の個人事業の決算と確定申告書の作成を漸く、終えた。2月後半は間違いなく忙しくなるので、少し、ほっとした。まだまだ、やらなければならない事項はそれこそ、山のようにあるけれど、最初の一歩は踏み出せた。良かった。
2005年02月04日
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仙台でお世話になった方の奥様ががんで亡くなり、30,31日と仙台に行って、お通夜、告別式に参加してきた。 行く前は、遺族の方々の嘆きを予想して、とてもつらかった。しかし、実際に行ってみると、かえってわたしの方が大きな力を頂いたのだった。 奥様のことは、何度もお話を聴いていたけれど、実際にお会いしたことはなく、電話越しで1回、会話しただけだった。遺族の方々が奥様の人となりを描写し合っているのを聞くと、まるで、自分のことを言われているような気がした。少数のひとと深く交流するのが好きで、ブランドや社会的な評価にはまるで関心がなく、自分のなすべきことをひたすら追求していたこと、その一方で、大勢のひとたちが愉しんでいるのを見るのがとても好きで、内側に色々な矛盾を抱えていたこと。あまり、他人や物事に執着がなく、自分の内面をひたすら、見つめていたこと・・。 昨年6月、すい臓がんが見つかり、手術して9月に退院したものの、11月にあっけなく再発。最後は、医者に見放された状態で、民間療法に果敢に挑戦したのだという。家族が見守る中、最後、眠るように息を引き取った。 小学2年生を筆頭に3人のお嬢さんがいた。真ん中のお嬢さんはダウン症と先天的な重い心臓欠陥を抱えて生まれ、余命1年と宣告された。しかし、両親揃って「絶対に生き延びさせる」と強い決心でお嬢さんの看病にあたり、元気に3歳を迎えた。そして、長女ひとりが次女を支える負担を軽減するために、三女を出産したのだった。 火葬されてわたしたちの目の前に現れたお骨を見て、目頭が熱くなった。形が殆ど、残っていないのだ。闘病で、最後の最後まで力を振り絞ったのだろう。実際に今年に入って、「生きて元気に立っているのが奇跡としか言いようがない」と医者に言われたという。どうしても生き続けることが出来ない。ご自分の寿命を受け入れたとき、遺族の方々に悔いが残らないよう、遺族に対し「精一杯のことをした」と言えるだけの時間を、与えたのだと思う。 彼女の潔さが伝わってきて、とてもすがすがしい気分になった。彼女は出来るだけのことはすべてやって、この世を去った。43歳という享年は確かに、短すぎるけれど、予め寿命が定められているものだとしたら、彼女はその中で本当に、充実した時間を過ごしたに違いない。 今、わたしにはずっと悩んでいることがあったのだが、ひとの生死を賭けた営みを目の当たりにして、生きているもの同士が、互いのエゴでぶつかり合うことの浅はかさを、つくづく思い知った。いつの間にか、相手に引きずられて自分の視座までも、とても低くなっていると、はっとした。今回の仙台行きによって、本当に大切なことを、教えられたのだ。
2005年02月01日
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