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3日目の午前中の部分のノートだ。1982年7月22日(木曜) くもり7:00から永平寺に参拝。入場料300円+100円。永平寺みそを土産に買う。400円。8:50、YHを出発。9:30、東尋坊に到着。(スタンプは東尋坊で押した)駐車料金300円。イカ焼きを買って食べた。1000円。東尋坊を出発して、10:30、雄島、通過。11:10、ガソリンを入れる。44リットル。 と読み取れる。 旅は早立ちするのが鉄則であるが、 朝飯前に、永平寺に向かったのか。 行く前に朝食をとったかは分からない。 ただ、永平寺の現在の参拝時間は8:30からである。 当時はそんなに早く開いていたのだろうか? 永平寺と言えば、永平寺みそ。 当時の私もそう思っていたのですね。何故か? 私は和歌山出身です。 和歌山には金山寺みそという嘗味噌があります。 金山寺という寺が日本にはないことを知ったのは、最近でしたが、 当時は寺と言えば味噌と思い込んでいたみたいです。 永平寺で覚えているのは、 豪雪地帯なので、回廊が巡っていて、 山肌に沿った階段の回廊を上下したこと。 それと、大きなすりこぎ棒がぶら下がっていたことかな。 東尋坊は、断崖絶壁の景観。 火曜サスペンスによく出てくる自殺の名所である。 昼間は観光名所で人も多く、暗いイメージはない。 いか焼きを食べながら散策したのだ。それにしても1000円は高い。 雄島については記憶にない。 それで雄島を検索すると、東尋坊より少し北にある小島で 陸から赤い橋が架かっていることが分かった。写真を見ても思い出せない。 そこに向かって歩いたのか、その橋を渡ったのか。全く覚えていない。 四角で囲っている数字は走行距離だ。 入れたガソリンの数量を記録しているのは、 旅が終わってから、車での費用(ガソリン代と高速料金)を 徳田と割り勘にするためのもの。 雄島からガソリンを入れた地点まで、距離は453-442=11Km。 所要時間は40分。平均30Km/hで走ったとすると、 20数分で着くはずである。 とすると、雄島で15分ほど、赤い橋を渡ったのかもしれない。午後のノートはこれである。(上覧の東尋坊の感想はおいといて)11:50、橋立通過。(ここで運転手を交代している)赤い橋が、沖に浮かぶ島にかかっている。1:35、金沢市内に入り『花梨』という店で昼食。ランチ550円2:05、海浜道路に乗り、千里浜ICを降りた。有料100円+200円。なぎさドライブウェイに入りそこなった。5:05、輪島に到着。今日は長楽寺YHに宿泊する。(明日ノートにある)散策に出た。夕市を経て、袖ヶ浜で夕日を写真に撮った。花火をしていた。 と読める。さて、まず、橋立がどこなのか? 橋立は、加賀市の海沿いの街だと分かった。メインの道から離れている。 ここで運転手を交代している。 どうやら、東尋坊からひたすら海沿いの道を選んで北上したようだ。 『赤い橋が、沖に浮かぶ島にかかっている。』は、 本来、『雄島』の下の書くべきことだ。 『橋立』の字が乱雑で、その下の文字が少し奇麗に書かれていることから、 この情報は後に書かれ、『橋立』の橋に惑わされてここに書いたのだろう。 土地名、金額などの数字はその都度記入し、少し間を開けて置き、 食事中とか夜とかの休憩時間に思い出して、感想等を記入している。 それは字の乱雑さで、ある程度分かると思う。 それにしても自慢できる字ではない。 東尋坊から橋立までは地図上の直線距離で20Kmほどだ。 それを実際は36Kmほど走っている。 地図で海沿いの道を調べてみると、 いたるところで曲がっていたり、途切れていたりする。 きっと、海沿いの道を探し、大いに迷いながら、橋立まできたのだろう。 橋立から金沢までは、直線距離で30Kmほど、 それを実際は1時間45分かけて、38Kmほど走っている。 高速道路を使わずに、一般道路をほぼ順調に北上したようだ。 金沢市内で食事をとり、そこからは、有料道路に乗ったようである。 『海浜道路』と書いているが、そのような道路は現在見当たらない。 可能性から考えると、現在の『のと里街道』だと思われる。 検索すると、前は能登有料道路と呼ばれていたようだ。 金沢市内から西側に向かい、千鳥交差点から『のと里街道』に乗った。 金沢の砂浜に車が通れるハイウェイがあると聞き、 そこを走ろうと予定していたが、 降りた千里浜ICは『なぎさドライブウェイ』の出口側だった。 走った記憶があるので、帰りに乗ったようだ。 千里浜ICから輪島まで直線距離で60Kmほどだ。 のと里街道に乗っていた時間を30分とすると、 一般道路を2時間30分ほどで走っている。 まあまあ快適に飛ばしたようだ。 今夜の宿泊は輪島長楽寺YH。 このYHも今は廃止されている。 検索してみると、長楽寺の境内の一角にあったらしい。 人気のYHであったようだ。 残念ながら、何を食べたか何をしたか、他の宿泊者など、 YHでの情報がなさすぎる。現在の私は怒っているぞ! 旅、初心者。YH、初心者とは言え、勉強が足りない。 まだ、正しいYHの泊まり方を知っていないようだ。 何が正しいか? イベントに参加し、ペアレントさんから地域の情報を得る。 宿泊者と話し友達になり、集合写真の一枚でも撮影する。 できれば(男の場合は)女の子と仲良くなり、次の日の旅の道連れとする。 荷物を置いて、輪島の街の散策にでている。 しかし、夕市をす通りして、袖ヶ浜に向かったのは、 ペアレントさんに、浜で花火があると教えられたのだろうか。 検索してみた。 すると、輪島の花火大会は有名らしく、 「1分間あたりの花火の平均打上数が日本一」だという。 常にフィナーレのドンドンパンパンだ。 …にしては、私にそんな感動を覚えた記憶がない。 いくら30年経っていても、そんなにド派手な花火を忘れるわけがない。 もしかしたら、私の推理が間違っている。 海に夕日を撮影しに行ったら、 誰かが打ち上げ花火をしていただけかもしれない。 それに、花火大会は、輪島市民祭りの一環として行われていて、 開催時期は5月の終わりから6月の初めとの記載があった。 私が行ったのは、7月だった。 でも検索した写真を見て、袖ヶ浜で見た気でいよう。3日目にして能登だ。少ない情報から、想像はいくらでも広がる。続く。昔ながらの豊かな甘みある味噌を使った 永平寺味噌「米五」の味噌漬け 株式会社 山下水産・福井県
2021.01.31
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2日目のノートの記述は上記だ。これから一日の活動を読み解かなければならない。1982年7月21日(水曜) 晴れ9:05、佃井家を愛車『赤腹のコロナ』で出発。(以後は、ただの車と記する)国号19号線で一宮に向かい、そこから国道22号線で岐阜を目指す。11:00、金華山の駐車場に到着。ロープウェイで山頂へ、往復750円。岐阜城の入場料は100円。金華山からは156号線で進む。1:00、道路沿いのファミリーレストラン『さと』で昼食、680円。1:40、出発、さらに156号線を進む。3:20、白馬洞に到着、散策する。白馬洞は小さな鍾乳洞である。300円ここを出発し、九頭竜峡を快適に進む。有料道路250円。5:30、永平寺YHに到着、ここで泊まる。1泊2食付き2700円。本日の泊り客は我々を入れて3人である。 読み取れるのは、ここまでである。内容を調べていく。 国道19号線は名古屋市熱田区を起点に、長野市に向かう国道と分かった。 ということは、佃井の実家は、熱田区の近くにあったということか。 19号で一宮まで行っていると言っているが…? 一方、国道22号線の起点も名古屋市熱田区となっている。 国道19号と重複した後、一宮市を経由し、岐阜県へ向かう国道である。 もちろん、この情報は30年後の2021年のもの。 細かな道筋は変わっていることも考えられる。 地図を見て考えられるのは、名古屋の街を北上し(伏見通り) 県庁近くで(北東方向へ)左折し、国道22号線(岐阜街道)で 一宮市(名神高速の一宮IC)を経由し、JR東海道本線に沿って、 岐阜に向かった(名岐バイパス)ということ。 MapFanによると、距離41.6Km。所要時間1時間24分とある。 そこまで細かく調べなくても、「名古屋から岐阜へ車で向かった。」 で、いいではないか。という人もいると思う。 当時は、ナビがなかった。地図と道路標識と方向感覚に頼っていた。 太陽を見て、景色を見て、いっぱい迷って。それが好きだった。 今再び、その感覚を味わっているのだ。 金華山を散策している。 駐車場からロープウェイで山頂に登れる。 もちろん、歩いてでも登れるが、我々はロープウェイを選択した。 ノートの次のページに岐阜城の感想がある。岐阜城はコンクリートの城で、下より夜景で見た景色よりも上から市内を見た昼間の景気は感動がなかった。金華山からは、岐阜市内が見渡せる。国盗り合戦が脳裏をよぎる。私は、高校年3年生の時と、浪人生の時の2回の大学受験で、ここ岐阜を訪れており、この金華山の横を通った時、いつも夜景に見とれ、いつかは山に登りたいと思っていた。今回、登ってみたが。それほどでもなかった。 と、書かれている。ずさんな感想だ。 確かに、受験で訪れた時は、試験後で岐阜城の夜景を見て ほっと、したのであろう。 今回は昼間の景色だ。比べられないかもしれないが、失礼だ。 それでも、心の中では感動していたと思う。(自己フォロー) その証拠に、2019年4月に私は娘とともに、もう一度訪れている。 私は自分が訪れて良かったと思う所を、子供たちに見せたいと思う。 それぐらい、岐阜城からの夜景はすばらしかった。あれ、夜景か…。 岐阜城を出発した後、国道156号線にのっている。 国道156号線は、岐阜城横を流れる長良川に沿って上流に向かっている。 地図で見ると、白鳥町まで行き、国道158号線(美濃街道)に乗り換え 九頭竜湖に向かったはずである。 白馬洞は箱ケ瀬橋(夢のかけ橋)を左手に見てすぐのところにある。 いや、あった。今現在は閉鎖されている。 閉鎖の理由はわからない。 検索しても当時の写真を見つけられず、どのような所か分からない。 記憶にも残っていないくらいな所なのか? その後は、九頭竜渓谷に沿って、 更に福井市永平寺町に向かっている。 季節は夏、 緑いっぱいの湖畔を快走したはずである。 永平寺YHに泊まったようだ。 正しくは、『永平寺門前ユースホステル』のようだ? こちらも、今は閉館されている。 こ今の若者はYHに泊まらなくなったのかな。 あれ、ここが初めて泊まったYHだ。それなのに、 残念ながら、YHで何を食べたか、何をしたか、記憶にない。 宿泊者3人とある。我々以外のもう一人はどのような人だったのだろうか? うーう! 誰か知りませんか? 2日目終わり、まだまだ能登は遠い。続く。美濃乃酒 道三 本醸造 1.8L 三輪酒造 岐阜県 地酒 日本酒 斎藤道三 大河ドラマ 麒麟が来る 岐阜城 戦国 清酒 蔵元直送 一升 家のみ 家呑み 家飲み あす楽
2021.01.30
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上記はノートの出だしである。能登旅行記 徳田と共に1982年7月20日(火曜) 天候はくもり後雨夜の7:40、応物の校舎前を出発する。佃井先生を送りに、名古屋まで。 高速料金は3300円10:30、佃井家に到着。老犬の歓待を受ける。うなぎを馳走になる。ワンゲルスは良かった。佃井のお母さんが、子供のようにはしゃいでいた。いいお母さんだ。 と、ある。思い返してみよう。 私は大阪の大学の応用物理学科の学生で、この年、修士1年生だった。 私の愛車、『赤腹のコロナ』に乗って、学校の校舎前から出発した。 赤腹のコロナは、前年、車好きのおじさんから借用した車だ。 おじさんはコロナのエンジンを乗せ換えて、車の下側を赤色に塗っていた。 旅の道連れは徳田(仮名)。 同じ学科で、同じサッカー部の親友だ。 学部の4年間はサッカーの練習に明け暮れた。 そのため、私にとっては、この旅が旅と呼べる初めてのものであった。 佃井(仮名)先生とあるが、彼も同級生で、先生はニックネーム。 私たちが能登に旅行に出ると言ったら、名古屋の実家まで送れとなった。 少し遠回りにはなるが、同乗者が増えれば、ガソリン代・高速料金がうく。 商談成立だ。その代わり、佃井の家で1泊とめてもらうことになった。 吹田ICから高速に乗り約2時間で、名古屋の佃井の家に着いた。 ノートには、『老犬、うなぎをちそうになる』とあるが、 老犬を食べたわけではない。 人懐っこい老犬が座敷に飼われていた。 浜松に近いこともあって、ウナギの白焼きの姿焼きだったと思うが、 大皿に一人1匹以上の数が盛られていたと思う。 いやー、うまかったな。 おおげさかもしれないが、まだ、これを越えるウナギを食ったことがない。 息子が友達を連れて帰って来たことに、 佃井の母親は少々はしゃいでいた。 「母さん、心臓大丈夫か」 と、佃井が心配していたと覚えているが、この記憶は定かでない。 『いいお母さんだ』なんて、偉そうなことを書いているが、 久しぶりに息子が帰って来た。それも学校の友達を連れて。 私も親になって思うことだが、 子供が友達を連れて家に来ることは、とても喜ばしいことだ。 佃井のお母さんは、本当にうれしそうだった。 まるで、恋人にあった若い女性のようにホホを染めていた。 佃井は照れていたが、私たちはいい光景だなと見ていたのだ。 それが『いいお母さんだ』の感想になったと思う。 一つ分からない表現がある。 『ワンゲルス、いかった』 たぶん、佃井の家で何かして、それについての感想だと思う。 音楽でも聴いたか。と、あたりをつけて、Webで検索した。 『ワンゲルス、歌』をキーワードに調べると、 「ワンゲルスで映画ブレードランナーのメインタイトル~」 と、引っかかってきた。さらに調べると、 1982年に公開された『ブレードランナー』の主題歌を歌った ヴァンゲルス(VANGELIS)では、と思い至った。 それで、YouTubeでブレードランナーの主題歌を聞いてみた。 確かに聞き覚えはあるが、これに自分が感動したとは思えない。 さらに、VANGELISの曲を調べていくと、 『炎のランナー』に行きついた。 1981年公開の映画、こちらもVANGELISが音楽担当だ。 YouTubeで曲を聴いた。背筋に電気が走った。間違いない。 で、満足して、その夜はおとなしく寝たみたいだ。 しかし、能登旅行1日目と言いながら、まだ名古屋にいた。 旅はこれから。続く。楽天1位の鹿児島ブランドうなぎ 送料無料2,999円!更に2尾で1,000円OFF!3尾で1,500円OFFクーポンあり! うなぎ ウナギ 鰻
2021.01.29
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一冊の古いノートが残っている。私が大学時代に旅行に伴ったノートだ。中に旅行のメモが残っている。いつか旅行記を書こうと思って、30年以上が経っている。私はすでに定年をむかえ、今は通信教育に身を投じている。時間的には自由で好きな旅行にも行きたいのだが、今のコロナ禍において、それもかなわない。年末に断捨離をしていたら、上記のノートが出てきた。懐かしさのあまり、掃除を忘れ読んでしまった。今となっては、よくわからないメモばかり、私は、グーグルマップとWikipedia等のネットの助けをかりて当時の旅行を推理することにした。ノートを開けると表紙の裏に「旅の終わりに」という歌詞が書かれていた。歌えるような、メロディーがそこまで出ているような。知っている人は知っていると思う。それに題名は「旅の終わり」が正しい。後々、これが何だかわかるのだが、今はのどに引っかかっている思い出をさがしに、ノートの中の旅ミステリーを解き明かしに行こうと思う。旅ミステリーのコースは以下の6コースだ。長い旅になりそうだ。1:能登2:北海道3:山陰4:九州5:大台ケ原6:九州から山陽である。今日はここまで…。
2021.01.28
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