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再び、新宮市観光協会のHPの図(一部加筆)に登場してもらう。前々回、出雲の人々が関わっていたとすると、伊勢路で花窟神社から山手に入り、紀州鉱山を経て熊野本宮大社への道が一番早く開発されたと私は考えていると述べた。**こんかい、のっけから私の妄想であることを宣言する**熊野本宮大社、花窟神社、産田神社の創建が崇神の御世(花窟神社は予測)だった。次に古いのが、熊野速玉大社と神倉神社で景行天皇の御世である。陸路の参拝からしばらくたって、熊野川を利用したルートが開発された。最後の熊野那智大社、青岸渡寺、補陀落山寺は仁徳天皇の御世である。紀州鉱山の他に妙法鉱山が開発されたと私は考えている。那智湾まできて、上陸し那智川に沿って遡るルートが開発された。河内王朝だから、物資は那智湾から船に乗せられ海岸伝いに運ばれた。斉明/天智の頃になると、仏具の生産、銅銭の製造のために、本格的に貴金属の加工が始まり、鉱業の立ち上げが行われる。飛鳥池遺跡に大規模な工房が建築され、そこに素材を運び込むルートが開発される。富本銭がこの頃鋳造される。陸のルートとして、紀伊路から中辺路、大辺路ルート。この時期、天皇は牟婁湯(田辺の南の白浜温泉)に行幸している。藤白王子に有馬皇子を祀ったのが658年頃。役行者に葛城二十八宿のルート、大峰奥駆道のルートを開発させる。次の世代の文武の時代には、政権を握った藤原不比等が引き続き飛鳥池の工房を運営したか、藤原京の工房を作ったか、いずれにしても、鉱業の励行と素材運搬ルートの掌握を行った。大宝律令を定め、鉱業の重要性を明確にした。各地で鉱山が見つかる。紀州路に道成寺を創建(701)。妙法鉱山の西側に阿弥陀寺創建(703)。威信財(富の象徴)が仏教伝来によって、古墳時代の玉や銅鏡から金箔などが施された仏像や仏具となり、さらに、唐に倣った銅銭を欲するようになる。銭の鋳造が何度か試みられている。ついに、元明の時708年和同開珎(銀銭、銅銭)が製造されている。聖武の時には、745年の奈良の大仏の鋳造により、大量の銅、すず、水銀、金が国内の鉱山から集められている。銅は山口県の長登鉱山から、金は東北の(陸奥の国)黄金山神社近くからとれたものとされている。紀州鉱山や妙法鉱山からの産物は使われなかったのか?記録にないことがかえって怪しくはないだろうか?その後、聖武の子、孝謙(重祚して称徳)が亡くなると(770年)、光仁・桓武親子が、それまでの権力者から脱却を図り、律令制を再建し、遷都を試みる。平城京⇒長岡京⇒平安京。その後嵯峨の時、空海が徴用される。空海は真言宗の開祖であるが、また、土木技術、鉱業技術など多くの技術に精通した人であった。四国、紀ノ川沿いの水銀鉱床やその他の鉱物を探査したと思われる。素材を平安京に運び込むルートを整備したと思われる。桓武の時、794年平安京の南の入口に城南宮を創建。796年、空海がその近くに東寺を創建。815年、阿弥陀寺に空海が訪れている。(空海開祖との伝承有)816年、田辺の高山寺で稲荷明神を会ったという伝承がある。その後、稲荷神社を狐を祀る神社に変えたという伝承もある。これは、ルート上の稲荷神社を掌握したということか。つまり、秦氏が空海の援護者になったということだろう。秦氏は渡来系の技術集団であり、流通ルートも押さえていたと思われる。さらに、高野山を開き、小辺路を開拓。大峯奥駆道が険しい山の峯伝の道に比べ、小辺路は尾根を避け、歩きやすい道である。大峯奥駆道のスタートが金峯山寺で小辺路のスタートが金剛峯寺。どちらも金の匂いがすると思われるが、皆さんはどう思われます?その後、藤原家による摂政関白政治が続く中で登場するのが花山である。不思議な事績を残している。17歳で即位し、19歳には退位した。愛した人の死が原因とか、藤原家の陰謀だとか言われている。花山は退位後、出家し熊野詣でにでる。中辺路に牛馬童子の像として足跡を残している。那智の滝界隈で1000日修行として籠っている。陰陽師・安倍晴明を近くに呼んでいる。鉱山の探索をしていたのか?その後、西国33か所めぐりは花山が始めたものとされている。私はこう考えている。藤原家の富の源泉を押さえないと、その呪こから逃れられない。その源泉は鉱山と貴金属加工房を制圧していること。そこで、動きにくい天皇位を譲渡し、熊野詣と言って那智にこもり、新しい鉱山を探索した。また、そこから得た物資を運ぶためのルートとして西国33か所の寺を配置した。1番:青岸渡寺(創建は仁徳の御世)2番:紀三井寺(創建は770年)3番:粉河寺(創建は770年)あれれ、770年って、称徳が亡くなった年。符合するなあ。桓武らが平安京へのルートの掌握を考えて、熊野古道の拠点にそれぞれを配置したのではないだろうか。それを花山が改めて確認した。花山の動きは体制を変えるには至らなかったが、何かの爪痕を残したと思われる。わざわざ歴書に情けない経歴を書き残されていると当時の権力者に疎んじられていたと勘繰ってしまう。そして、熊野詣が一大ブームとなる。白河天皇が登場する白河はそれまでの摂関政治から院政に切り替えた人である。都で政治をしていなければならない忙しい人である。しかし、熊野詣を行い、何度も都を不在にしている。これは宗教心かも知れないが、それ以上に重要なことがあったと考えられる。それが富の源泉、貴金属の素材を運び込むことだと思うのだ。身分の高い人が動けば護衛がつくし、上皇だと知ると、襲う人もいないだろう。身分の高い人たちは熊野本宮大社横の湯の峰温泉で逗留していればよい。湯の峰は毒消しの効能がる湯治場である。白河は平安京の南の入口の城南宮の近くに鳥羽離宮を創建する。色々な機能がそなわった離宮で、まるで遷都のようだと記されている。白河上皇:12回、鳥羽上皇:23回、後鳥羽上皇:29回、後白河上皇33回。上皇たちは武士が台頭し、六波羅探題が置かれるまで熊野詣を繰り返した。六波羅探題により、後鳥羽上皇が隠岐に流される。同時に、富の源泉が抑えられたのかもしれない。院政はその後も続くのである。もし、熊野詣が宗教的なものだけなら、その後も続いたはずである。今回は熊野詣のルートの発展を推理して見ました。記録にはあまり残っていないのですが、ジオパークの規模などを見ると、鉱山の埋蔵量も期待できそうな気がします。どうでしょうか?つづく。レターパックプラス対応 熊野詣まんじゅう 6個入 粒あん 自家製餡 北海道産 小豆使用 和菓子 饅頭 上用饅頭
2021.03.31
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S産婦人科で、父親学級をうけた。「ひっひっふー」、ラマーズ法の呼吸を練習する。妻は「夫立ち合いの超自然分娩をするのだ」と息巻いている。ビデオで見るまで私は乗る気ではなかった。ビデオを見て、他人の出産なのに私は感激で涙を流してしまった。これじゃあ、自分の子供の時はどうなるのだろう。分娩室を見学した。意外と狭く、何も飾りっけがない。床はタイル張りで冷たい感じがした。 立ち合い出産をする夫はラマーズ法を覚えた方が良い。 いよいよと言う時、妻は取り乱す。 それを夫が「ひっひっふー、ひっひっふー」と言って、 呼吸を整えさせ、力ませるのである。 出産シーンは生々しいが 我々も生き物の仲間だと教えてくれる。 自然の一部と感じさせてくれる。 それだけに神秘だと思える。 ちなみに、 旦那が奥さんの下半身側から見守ることはない。 奥さんの頭側に立って励ますのが役目だ。 興味があるからと、見させてくれるものではない。ハッピーな、お産 語り継ぎたいラマーズ法 [ 有馬助産院松ぼっくりの会 ]
2021.03.31
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妻が産休に入った。何度もいうが、妊娠は病気ではない。お腹が大きいだけで、いたって元気だ。家にいてもさして用事はない。ぐうたらしているのだが落ちだ。体重増加が気になる。「太った」と言いながら、気が付くと何かを口にしている。 産休制度はありがたい。 身重な体で、都会のラッシュアワーでの出勤は やはり心配である。 さりとて、家にいては全く用事がない。 もちろん、家事はあるだろうが、 それは今までだってしていた。 産休に入って、家事の量が増えるわけではない。 増えたのは体重だけだった。 まじに気をつけなければならない。 太りすぎはお産が苦しくなるそうだ。 動きすぎはだめだが、 適度に動くことも大事だそうだ。産休 ご挨拶 お菓子 出産準備のためお休みをいただきます 個包装で配りやすい 30枚セット 人気のデザインから新規セットB登場
2021.03.27
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数年前の事である。私がまだ、会社勤めをしていた頃、会社の同僚から私の故郷である和歌山について相談をされた。「熊野古道を歩きに行こうと思うのだがお薦めのコースはありますか」相談の主は私の対面の席に座っている千恵子41才である。流行りの言い方をすればアラフォーだ。言葉の響き通り、彼女はバイタリーがあり、『まだまだこれから人生を謳歌するぞ』の意気込みが感じられる。それに、独身で、若い頃はとても美人でモテたと思われる。もちろん、今もお美しいが、それ自体を売りにはしていない。女友達4人で行くらしい。健脚で歩きたいとのことだ。2泊3日のコースを求めてきた。それで、かつて私が回ったことのある下記のコースを勧めた。第1日:東京地区を朝の6時ごろ出発。のぞみで名古屋まで、1時間半ほど、そこから黒潮に乗って新宮に向かう。この行程は地図上ではすぐだが、実際には3時間ほどかかる。昼ごろに新宮に着く。まず、駅前でさんま寿司を食べることを勧める。徐福寿司を勧めた。お腹が満たされれば、歩いて熊野速玉神社に行く。帰りに徐福公園による。 それでは、ストリートビューで少し歩いてみましょう 新宮駅前:左手に駅、右手の徐福寿司が見えています。 浮島の森:市街地の住宅街にこつ然と現れる不思議な森。 熊野速玉大社:参道を進み探索しましょう。弁慶がいたりします。 めはりや:もう一つの寿司の名物、めはり寿司。今は完成してます。 新宮城跡:元々は源為義の娘、丹鶴姫の住まいだそうです。 徐福公園:門の中に入りましょう。徐福さんに会ってきてください。新宮の駅に戻り、バスにて、今夜のお宿になる、湯峰温泉に向かう。夕方、お宿の周りを散策してみるのもよいが、小さなムラだ。1時間もかからないだろう。 湯の峰温泉もストリートビューで見てみましょう。 右手に小川を見ながら進んでください。 右手に、湯の峰温泉公衆浴場、湯胸薬師東光寺、つぼ湯があります。 少し、熊野本宮大社への熊野古道に入って、湯峯王子社があります。 熊野本宮大社はかつて、熊野川の河原(大斎原)にあった。 それを描いた図だ。これで見ると湯の峰温泉がすぐ近くにある。 また、気になるのは帆掛け船が描かれていることだ。 ということは、川を船で遡上できたということか?第2日:湯峰から、熊野本宮大社に向かうには2つの選択肢を示した。ひとつはバスで行って、歩くのを熊野本宮大社界隈にする。もう一つは、湯峰から熊野本宮への熊野古道を歩く。ただし、こちらは私自身が歩いたことがないし、本人たちのハイカーとしての力量がどれくらいかわからないので、とりあえず前者を勧めた。私自身は時間があるなら、後者を歩きたい。 ストリートビューでも歩けます。 むちゃくちゃ時間がかかり、 実際歩いたほうが早いと思う。 それに直ぐに、方向を見失うし……。熊野本宮大社から、熊野川畔の大斎原を歩く。かつての熊野神社があった場所だ。 もちろん、ストリートビューでまず、熊野本宮大社。 鳥居をくぐっていきましょう。階段の下までです。 階段の上のポイント。階段を登り切ったところ。 砂利道を少し歩いて、石畳を右に進んで拝殿です。 続いて、大斎原を歩きましょう。 鳥居に向かって歩いていきましょう。真下まで来たら見上げましょう。 さらに奥に進むと石段に囲まれた場所にでます。 上の絵の、かつて熊野本宮大社があった場所です。熊野大社から田辺に向かう間に熊野古道が整備されている。途中バスに乗れて、時間とそれぞれの歩く能力に合わせて距離が決められる。ここも、観光地すぎて、私は歩いたことがないのでWebを教えた。夕方バスで新宮に戻り、JRで那智または紀伊勝浦に向かいお宿に入る。那智には宿がないだろうから、たぶん紀伊勝浦だろう。第3日:那智の駅から那智滝まで歩く人もいる。それも手だ。この場合、補陀洛山寺にも行ける。途中の~坂入口までバスで行って熊野古道を歩くものよい。 せっかくだから、駅から歩いて行ってみましょう。360度ビューで。 まず、那智駅裏の那智湾、後ろの緑の屋根が那智駅です。 次が補陀落山寺の正面で、左を向くと渡海舟が見えます。 県道43号線に沿ってしばらく3Kmちょっと歩きます。 那智勝浦新宮道路の高架下を越え、途中から県道46号線に変わり、 那智勝浦町井関の交差点を通過する。 この交差点を左に行けば、妙法鉱山ですが、本日はまっすぐ。 100mほどのふたらく霊園の看板を右に曲がりましょう。 王子神社を見て、さらに進む。 再び、県道46号線に交わるので、右手に曲がり、 すぐの左への小道に入っていくと、 大門坂の熊野古道につながります。 どんどん登って行くと熊野那智大社の駐車場に着きます。 熊野那智大社、青岸渡寺、那智滝を見て、午後9時までに関東地区に着くならば、午後6時までに新宮に戻り、黒潮に乗ればいいだろう。ざっくりこのような日程だった。 滝に向かう道も熊野古道っぽいので 歩いてみましょう。 鳥居をくぐって進んでください。 滝の前の鳥居に来たら、左の建物で料金を払い さらに奥に進み、マイナスイオンを浴びることのできる 滝壷近くまで見に行きましょう。以上が智恵子に示した日程だった。 さて、これに対し、千恵子たちアラフォー一行は、お宿を逆転させた行程をとった。「友達が1日目、紀伊勝浦の宿をとったので」が理由だ。「新宮の駅前でさんま寿司を食べました」私のお勧めに素直に従ってくれたようである。「日本酒も飲みました。黒牛、美味しかったです」いや~、昼間から日本酒を飲めとは勧めていない。4人のアラフォーの破天荒さが目に見える。熊野速玉神社に行って、徐福公園にも寄っている。ただしバスで。歩いて行ける距離だが、たぶん日本酒の酔いのため、バスにしたのだろう。その後、新宮駅に戻りJRで紀伊勝浦へ。聞いた名のちょっとお高めのお宿だ。太平洋を望む露天風呂もある。食事も良かったそうだ。日本酒をまた飲んだそうだ。さすが独身アラフォーだ。お金は持っている。2日目JRで那智まで戻り、歩いて那智滝へ向かう。進めた2日目と3日目の行程が逆になった。それでもよい。補陀落山寺から、少しアスファルトを歩いたが、途中から参道があり、北条政子に関した史跡があったそうだ。「でも、どうして北条政子なの」と聞かれたが、私も知らなかった。そこで調べてみた。北条政子は尼将軍と呼ばれていたらしい。そういえば、ふだらく霊園の看板を右に曲がってすぐのところに尼将軍参道入口と書かれた碑があった。ストリートビューではいけなかったが、そちらに行くと、尼将軍供養塔があるそうです。 政子は、源頼朝の妻です。頼朝が死んでから尼となり、 2人の息子たちの後見人として政治に関わっていましたが、 息子たちは暗殺されてしまいます。 政子は2度熊野三山詣をして、子の供養塔を建てたそうです。2日目のお宿は湯の峰温泉。あずまや旅館に泊まったそうです。順番は逆だが、私のお薦め地に泊まってくれた。「良かったよ」とは言ってくれたが、本当はどうだろうか。あの何にもない、ただ湯だけが特上の温泉地を分かっただろうか。それに小栗判官の物語を知っていただろうか。その物語に何か思い入れはあったのだろうか。まあ、良い。3日目、湯峰からバスに乗り熊野大社に向かう。大斎原も見た。ガイドつきで熊野古道を部分的に歩いたそうだ。ただ多くの人がぞろぞろ歩くのに、我慢ならず、そうそうに離脱して自分たちで歩き、途中からバスに乗り新宮へ。後はJRでひたすら関東地方に戻ったそうです。大満足と感謝されました。「また行きたいので次もよろしく」と催促されました。機会がありましたら、もう一つのコースをご紹介します。今度ね。純米酒 黒牛 1800ml[一升瓶]名手酒造店(和歌山県海南市)の地酒・純米
2021.03.26
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ここからは、会話から得た本当の情報。隣の彼女、名前はXXXXさん。(実名は伏せます。それで続けて香里とします)20歳。香里は全くのおばあちゃんっ子だった。「祖母といつも一緒だった。 母は、仕事で忙しく家事をしない。 食事を作るのは、祖母が主で、私がその補助をしていた」祖父母、両親、姉と6人家族で暮らしていた。先ごろ祖母が亡くなった。その時になにやら経緯があったようだ。詳しくは聞かなかったが、ただ香里はこういった。「祖母が亡くなったとき、両親がとても無力だと分かった。 もっと、何かできたはずだった。 それなのに何もしなかった。 その時以来、わたしの中に『どうして』という疑問が浮かぶようになった。 それまでは 両親の言うとおりに生きてきたが、 それ以後は、 自分の考えた通りに行動するようになった」学校は外国語短大のどうやら2年生のようだ。専攻は中国語と英語。外大では、多くの国の学生が集まって来ているので楽しいという。外大の学生の多くは、留学をするらしい。「留学地はトロントで、 期間は1年の予定。 半年間は、語学学校に通い、 後半は旅をしてカナダの各地を回るつもりだ」「家族は、 『一年たったら、必ず帰ってきてね』という。 でも、 気持ちとしては、なるべく長く、カナダでいたい」留学に出る話を家族としたときも、何かの騒動があったようだ。留学自身それほど問題があるようには思えない。香里はそのときに、そのままカナダに残り仕事を得たい、などという意思を家族に告げたのかもしれない。少なくとも香里はすんなり、帰らない決心をしているようだ。私は香里の物語を創造して書いてみようと思った。香里にもそのことを告げた。それを私のブログで公開することも教えた。このブログの名前も教えた。(初代の方ね)見ようと思えば、検索すればすぐに見つけられるだろう。見ていたら、コメントください。 残念ながら、香里から連絡はなかった。 あれから15年が過ぎている。 どうしているだろう。 これは私の感覚だが、女性の方が海外に飛び出す勇気がある。つづく。【送料無料】国産 おばあちゃんの味 熟成ぬか床 1kg ポイント消化 熟成 ぬか 床 無添加 ぬか レシピ ぬか床 ぬか 漬け 野菜 手入れ 作り方 漬物 米ぬか きゅうり 大根 かぶ なす 糠床
2021.03.26
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いよいよお腹が大きくなってきた。近頃、妻は痔に悩まされている。便秘で負荷がかかっていた上に、直ぐ上から赤ちゃんが押すのだ。その圧迫は鼠径部にも及び、ヘルニアを発症した。足の付け根の部分(鼠径部)に腸の一部が顔を出してしまう。ぽこっと膨れている。触ると柔らかく、押し込むと元に戻る。赤ちゃんが生まれるまでの我慢だ。 鼠径ヘルニアは放っておくと固くなり命の危険もあるので 手術しなければならないが、 「出れば押し込めばいいのよ」 と、妻はいたって平気だった。 後の話だが、 娘も鼠径ヘルニアを受け継いだようで、 子供の時(小学校の6年くらいかな?)に手術している。 その時に妻も一緒に手術した。 痔の方が大騒ぎだった。 ドーナツ状の座布団を買ってきた。 普通は出産直後に使うものだが、 妻は出産前から必要とした。 毎度のことながら、夫はおろおろ。 当時は笑い事ではないのだが、今思うと笑い話かな? ことは重大なのだが、妊娠は病気ではない。 それに関わることも想定内のことのようだ。円座クッション もっちり 低反発 妊婦 産後 プレゼント メッシュ ドーナツ形 クッション ドーナツクッション 円座 丸型 姿勢矯正 骨盤矯正 産後対策 痔 マタニティ 背当て
2021.03.26
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私が香里に話しかける前に、少し時をもどそう。アルバムを盗み見した後、私が想像したことを書いておく。香里は、神奈川県横浜市生まれ。横浜といっても浜っ子ではない。内陸を走る田園都市線の沿線である。香里は今日、2年間の留学のためにモントリオールに向かっている。語学と西洋文化の体得が主な目的だ。大学では、仏文学を専攻している。3回生だ。就職を前に海外生活を一度経験したかった。それは大好きな祖父母に影響されてのことだった。祖父母は結婚してすぐに海外赴任した。それから子供たちが幼稚園に上がるまでの5年間をモントリオールで過ごした。父はそのことをうろ覚えにしか記憶にない。祖母は暇があると香里姉妹にモントリオールのことを話してくれた。豪雪地帯。短い夏。その期間に行なわれる様々なイベント。街中いたるところにある教会。そこで行なわれるミサ。パイプオルガンの音色と聖歌隊の天使の声。色々な人種が集まって暮らしている街。そしてメイプルシロップの国。それらの事は、香里にとっては、シンデレラなどの御伽噺よりも不思議な世界だった。そのお陰で大学に進むと、迷わず仏文学を専攻した。モントリオールはフランス語圏である。仏語が公用語で、半分ほどの人が英語も話せる。仏語と英語の両方が街中で聞けるという、語学習得にもうってつけの街といえる。3回生になったら留学というのも、香里の家では当たりまえの、前から決っていたことであった。準備は半年前から進んでいた。まだまだだと思っているうちにこの日がやってきた。姉は、香里がホームシックにかからないようにと、密かに家族の写真とメッセージを小さなアルバムにまとめていた。そして旅立ちの朝、香里に手渡すのである。抑えていた感情が涙となって流れ出した。寂しい旅立ちではなかったのだが、やはり2年間、初めて家族と離れて暮らすのだ。旅立つ方も送り出す方にも思いがある。香里にとって、一人旅は初めてである。いつも家族や友達が隣にいた。しかし今回は、全くの一人だ。期待もあるが、いくばしかの不安もある。飛行機も不安だった。香里は飛行機に乗ることが怖かった。金属の塊が飛び上がることが信じられない種族だった。隣に誰が座るのかも不安だった。12時間も隣りあわせなのだ。素敵な出会いになるか、修行の始まりになるのか、運試しのような気がした。「こわそうな外人さんだったらどうしよう」「キモイ、おじさんだったらどうしよう。体をさわられるかもしれない」「かっこいい、男性だったらどうしよう」……。期待は甘くもくずれた。隣には父親と同年代の中年の男性が座った。ビジネスマンのようだ。(まあ、それが私なのだが……)想像の物語はここまで。次回は香里に聞いた本当の話。さて、どの程度言い当てているだろうか? つづく。 現在追記 私は当時から文章を書くのが趣味だった。 暇があれば大学ノートに文字を書きなぐっていた。 隣のお嬢さんの行動はまさに、想像を掻き立てるものだった。 そういえば、私のあのノート、どこにいったのだろう。Godin 《ゴダン》 Montreal Premiere Desert Blue LTD w/ TV Jones & Bigsby NEW!【Godin Winter Campaign 2020-2021】
2021.03.25
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今年の初め、昭和天皇が亡くなり、テレビでは大喪の礼のニュースが流れている。うちの子は平成元年生まれとなる。それとは関係なく、妻は太りすぎたと騒いでいる。ただいま、59.5Kg。 昭和生まれの私は、 叔母が大正生まれで、健在です。 弟の私の父親と比べて3才差ですが、 年号が違うだけで、何故か古い人だなと感じてました。 娘は平成元年生まれとなった。 ちょっとの違いだが、昭和生まれだと 「古い時代の人」と生まれた直後から思われてしまう。 そんなことはないだろうが、何故かホッとしていた。 今、令和になって、私の立場で考えると、 私自身が、昭和生まれから見た明治生まれの人だ。 歴史の教科書に載っているのではないかと感じてしまう。 息子夫婦に誕生する孫にはそのように思われるのだな。 一方、どうしても子供が育つにつれ、妻の体重は増えるものだ。 特に、私の娘は発育が良い。私も巨大児だった。 だが、 その以上に妻の体重は増えているように思えた。HEISEI ROCK 平成録 平成元年蒸留30年古酒を使った壱岐焼酎 誕生日 お祝 記念 ヴィンテージ 焼酎 麦焼酎 古酒 ギフト 父の日 高級 焼酎 歳暮 焼酎 贈り物 麦焼酎 あす楽 特別 お歳暮 御歳暮 父の日 中元
2021.03.25
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当時はモントリオールへの直行便がなくて、 JALを使うとシカゴ周りになり、 カナダに住んでいる友に聞くと、 ルートはトロント乗り換えとなるが、エア・カナダが良いと勧められた。アテンダント(最近は、スチュワーデスとは言わないそうだ)に、4人の日本人がいて、不自由はない。再び、隣の女性が気になる動きをしだした。肩が触れ合う距離にいるのだ、気になって仕方がない。彼女の名前を香里(仮名)としておこう。香里は、離陸の後、足元に置いていたカバンから、小さなキャビネサイズのアルバムを取り出して見始めた。そして、再び鼻水をすすり始めたのである。失礼とは思ったのだが、私はアルバムを覗き見してしまった。両親、祖父母、姉妹の写真と思われる。私からは読めないが、それぞれにメッセージが添えられていた。飛び立つときに手渡されたのだろうか。普通に考えれば、香里はこれから留学にいくところだろう。鼻水をすすっていると思ったのは、泣いていたのかもしれない。香里は一頻り、鼻水をすすって涙を流すと、コンタクトの調子が悪くなったか、コンタクトをはずした。めがねを取り出し、鼻の上にかけた。感傷の世界から現実に引き戻される瞬間だ。痛みはごく、現実的なものなのだ。香里の緊張は、まだ、続いていたようだ。足元に置いてある鞄を、自分の膝元に乗せては中身を入れ替え、下に置く。そのときに私の足にぶつけたりして、「すみません」と何度も謝る。コーヒーとともにもらったプラスチック製のスティックを落としてみたりする。それを拾い上げるのにまた一騒動である。手に持ったコーヒーカップが宙に浮いてさ迷う。頭は、座席の下にあるのだ。私はぶっ掛けられないかと心配でならなかった。何だか見ていられないのだ。成田を飛び立ち、1時間半が経過し、機内食が配られた。私はサーモンを選び、香里はビーフを選んだ。香里は携帯電話でその写真を撮っていた。先をこされたので、私はいまさらデジカメを取り出しにくい。仕方がない、帰りに撮影することにした。これは後に香里から聞き出したことだが、カナダでの食事環境が心配で、気をつけないと太ってしまうと恐れていた。それで、口にするものを全て記録しておこうと考えたらしい。寮のペアレントにお願いしたとしても、食べる量が根本的に日本人と違うのだ。自分で制御しないとだめだと考えているらしい。それで、写真をとっておくと、食べる量を自分で気にするだろうということだった。まあ、初めの内だけだろうと私は思ったが、口には出さなかった。私は長丁場を考えて、このまま押し黙っているのもつらいと思い、香里に声をかけてみることにした。「後、10時間以上あるので、少し、話しかけてもいいですか」私はこのように話しかけた。食事にとりかかる体勢であった香里は、少し驚いたようだが、反面それを待っていたかのように、関を切って色々なことを話し出した。不安を持っている人はその不安の一部を他人に話すことで不安から開放されようとするのだ。「緊張してますか」「ええ、もう、大丈夫ですが、飛び立つ前、とても。私、飛行機が怖いんです」日本語がおかしい。「汗かいてましたよね」「ええ、手にもびっちょり」そういって、今もぬれているかのように、手を握り締めては広げたりしている。私と話し出してすぐに、香里は落ち着きを取り戻した。話しかけたのは正解だったようだ。「さっき見ていたのは家族のアルバムですか。 ごめんなさい。後ろから覗いてしまいました。メッセージなどもありましたね」「ええ、姉が作ってくれていて、先ほどもらったんです。家族の気持ちをはじめて知って」と思い出したかのように少し声を詰まらせる。「泣いていましたね。 はじめ、飛び立つ前に見たとき、花粉症で鼻水をすすっているのかと思いました。 でも、アルバムを見ていてすすりだしたので、これは泣いているのだと思いました」私は、なごませようと、からかい気味にそういった。その後、香里はたくさんのことを話してくれた。会話形式で書くと大変なので、次回以降に、まとめて書きます。その前に、思い出したのでちょっと。空港で私がサンドイッチを買っていると、どこかのアテンダントが目の前で、小さなうな重(はがきサイズ)を買い込んで行った。うまそうと思ったが850円ほどしていた。その人は、私の飛行機のアテンダントだった。いつ食べるのだろう。つづく。 現在追記 私は会社人生の残り10年を人事の人材育成の部署で過ごした。 『人間研究』がライフワークだ。 だから、私の旅は人との出会い中心になってしまう。 今から考えると、 機内での女性との会話は 『アクティブ・リスニング』をしていたようだ。 基本、私は聞き上手だ。 女性が女友だちに色々なことを話すように、 初めて会った私に対して、多くの人が色々なことを話してくれる。 ある人が「根ほり葉ほりね」と言ったことがある。 そこがただの『傾聴』ではなく、『積極的な傾聴』ということだ。 心の中に不安を閉じ込めておくと人はストレスを感じ、 知らぬ間に病んでしまう。 話すことで多少とも不安が解消される。 コミュニケーションは皆の健康につながるものでなくてはならない。 私はそう思う。プロカウンセラーが教えるはじめての傾聴術 [ 古宮昇 ]
2021.03.24
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妊娠5カ月目に入ると安定期に入り、妻はお腹の大きさが目立ってきたが、いたって元気で、「2人分たべなきゃ」と食事もしっかりとっている。夫婦とも気が緩む時である。特に夫は出張を入れてみたり、妻を実家に帰らせて、友達とスキーに行ったりする。その分、妻孝行をしなければと、映画に連れて行ったり、コンサートのお供をして気を紛らわせる。特に、妻は大音量のコンサートが好きだった。「この子、喜んで大暴れしている」妻は子供もコンサートが好きだと思い込んでいる。赤ちゃんにすれば、ただうるさかっただけかもしれない。 現在の事である。 そのためか、娘は大音量が嫌いで TVも小さな音で見る。 話す声も小さい。 何事もほどほどが良いと思う。お守り 子宝・安産・婚活・妊活のお守り【おんぶさるぼぼ親子 吸盤付 (6cm)】風水 陣痛中の妊婦さんが描いた赤富士カードをプレゼント 高山湧き水で浄化したパワーストーンさざれ 子宝祈願 こうのとり【送料無料 飛騨高山さるぼぼ】
2021.03.24
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飛び地というのを知っていますか。Wikiによると、「飛び地とは、一つの国の領土や行政区画、町会等の内、 地理的に分離している一部分」とある。今日、ご紹介する北山村は、日本で唯一の市町村単位で都道府県を跨ぐ飛び地である。上記にリンクを張った和歌山県の広報課のHPを見ると、北山村には4つのオンリーワンがあるそうだ。それは、『飛び地』、『村ぶろ』、『じゃばら』、『筏下り』である。それぞれ詳しくは、上記HPを見て下さい。ここでは、どうして飛び地になったのかだけ説明すると、北山村は、数百年にわたって林業が盛んだった。筏流しで木材を河口まで運んでいたため、その集積地である和歌山県新宮市とは強い結びつきがあった。そのため明治時代の廃藩置県の際、村民は和歌山県に加わることを強く望み、和歌山県の飛び地となったそうだ。下図は上記のHPにある地図に一部加筆したものである。地図の一番南側に新宮市があり、熊野速玉大社が熊野川の河口にある。その上流に遡ると、熊野本宮大社がある。熊野川の途中から北へ向かう支流が北山川。北山村はこの北山川のほぼ北側にある。林業が盛んで、かつては北山川から熊野川を経て、河口の新宮市まで木材が筏で運ばれていたということだ。何度か話題にした紀州鉱山はほぼ中央にあり、川の南側だ。おしい、三重県に紀州鉱山がある。ついでなので、もう少し三重県の紹介をするとしよう。その前に、熊野古道についてのおさらい。下図は、新宮市観光協会のHPの図に一部加筆したのもである。紀伊半島の両サイドの海岸に沿って、東側が伊勢路。西側が紀伊路である。伊勢路は花窟神社(はなのくつじんじゃ)で、山側に入り、産田神社、丸山千枚田、紀州鉱山を経て少し南下し、熊野川を越えて熊野本宮神社に至る。一方の紀伊路は、田辺から山側に入る中辺路と、海側を回る大辺路に分かれる。中辺路は熊野古道の観光地として有名だ。花山(かざん)法皇もこの道を通ったようだ。所縁の牛馬童子像がある。大辺路で那智湾までいくと那智川の河口に補陀落山寺がある。ここから川に沿って遡っていくと那智の滝と熊野那智本宮がある。そこを経て、熊野本宮大社までの道は『大取雲越』、『小取雲越』と呼ばれている。後は、吉野から山の尾根伝いに南下してくる大峯奥駆道と高野山から、どちらかと言うと、谷間伝いに南下してくる小辺路。熊野川を舟で行き来する、川の熊野古道がある。(川の熊野古道は下りだけかもしれない)それで、三重県の紹介だが、**いつもの妄想が始まるので先に宣言しておく**伊勢路は伊勢から海沿いを南下してくる道だ。中央構造線の通る伊勢には辰砂が採れた。辰砂は名張に集められ、名張川、木津川を下り琵琶湖を経て日本海に出、海沿いを出雲、九州北部へ運ばれたようだ。施朱の風習や大陸との交易品に使われていた。熊野地域の鉱山発見に出雲がいち早く関わっていたとしたら、伊勢路が一番初めに開通したと思われる。熊野本宮大社の創設は、崇神天皇の御世とされている。伊勢路の海岸線から山手に折れ曲がるところにある花窟神社は伊邪那岐とともに、日本の島々や天照大神、ツキヨミ、スサノウの三尊神を生んだ伊邪那美を葬った場所である。古来、神殿がなく、熊野灘に面した巨巌がご神体である。 ストリートビューで参詣して見ましょう。 石の鳥居をくぐって進んでください。 建物の中を通り抜けると、大きな巌の前に出ます。 玉砂利の前がご神体です。 上記のストリートビューをもう一度見て下さい。 鳥居をくぐらず、後ろを見ていただくと、 道を隔てて、コーンの間に建っている道しるべです。 『右、くまのさん じゅんれい道』とあります。伊邪那美の死因は最後に火の神『カグツチ』を生んだことによる。子供を産むことで火傷をおい、それで死んでしまう。夫の伊邪那岐は大いに悲しみ、怒りで『カグツチ』を切り殺してしまう。花窟神社のそばにある産田神社は『カグツチ』が生まれた所とされている。 産田神社の入口も ストリートビューで見ておきましょう。 左に『産田神社』と石碑があり、右側には 「さんま寿司発祥の地」とあります。 熊野灘まで南下してきたさんまは疲れ果てげっそりしていて、 身に油がなく、寿司には良いそうです。 さんま寿司と和歌山ラーメンの組み合わせは最高です。 でも、この神社の近くには売っていませんでした。その産田神社の創建は熊野本宮大社と同じく崇神天皇の御世よ言われており、対をなす花窟神社も同じく崇神天皇の御世と考えられるのではないだろうか。このような伝承を知らずに見に行くと、とても静観で小さな神社なので見過ごしてしまいがちだが、歴史的には重要な神社だと思える。三重県もそう見ているから、近くに歴史民俗資料館を建てたのだろう。つづく。熊野鼓動 紀州・熊野 じゃばらぽん酢(275ml)【熊野鼓動】
2021.03.23
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4月22日(土)のお昼過ぎ、神奈川県の自宅を出発した。高校生の娘が私を見送るためか、いつもよりも早く部活から帰ってきていた。「今日は、800m泳いだよ。一年の男子がこの時期すでにフリー50mを27秒出し、 バタフライで泳いだので、先輩たちも負けられず、1コメを泳いだの」春である。水温はまだ、20度を超えていない。私を気遣ってか、娘はいつになくおしゃべりだ。中学生の息子も部活に行って家にはいない。行く前にオリンピック(雑貨スーパー)で買った、大きな車輪がついた旅行鞄を妻が自転車に乗せて、駅まで送ってくれた。「じゃあ、しっかりね」別れはあっさりだ。モントリオールには遊びではない。国際学会での発表が目的だ。水天宮前まで電車で行き、そこからリムジンバスに乗った。午後2時半、成田空港に到着。TCAT料金2900円。とても空いていた。空港では、早速に荷物のチャックインに並んだ。まだまだ早いはずだった。正規のエコノミー料金でチケットを購入していたので、早ければビジネスクラスへのグレードアップもあるかもと思ったのだ。それがとんでもない、超満員である。すでに、大きな荷物を持っている方々が長蛇の列を作っている。一見、日本人だが、言葉は英語だ。ということは、カナダ人のということか。2世、3世の方だろうか。他にも国際結婚と思われるカップルが何人かいた。一人一人が何だか分からないが、「ああたら、こうたら」チェックインカウンターで主張していて時間がかかっているのだ。カナディアン・インディオのような雰囲気の家族もいる。インディオもモンゴロイドの一派。我々と同属だ。なんだか、インディージョーンズの世界だ。チェックインを終えて、飛び立つ前に、鼻炎のくすりとマスク、サンドイッチ(300円)、そうけんび茶、カリンののど飴を買い込む。5万円ほどをカナダドルの現金に両替した。111.88円/1カナダドル。2時間の余裕があるだろうと早く来たのに、ほとんど待ち時間がなく、セキュリティチャックを終え、機上の人となった。久しぶりの洋行だった。えっほんと、空港使用料がかからなくなっていた。出国審査についてもとても簡単だった。マスクをした色白で痩せた女性職員が、全く無言で出国印を押して終わりなのだ。その反面、セキュリティ検査での荷物検査は大変だった。アーチ型の警報機を鳴らそうものなら、若かろうが、女性だろうが、靴を脱がされて、台の上に立たされ、底の抜けたフライパンのような検査機で体を透視される。さらに、体の隅々をタッチされるのだ。それを見た私は時計、ボールペンを鞄の中に入れた。そのかいあってか、警報機も鳴らずにセーフ。今の私ほど、怪しい風体の中年男性はいないだろう。機械をだますなんて簡単だ。フンフン。機内で知った顔に出会った。学会で時折出会う人だ。軽く会釈したが、彼は私を認識しなかった。他にも多数、学会参加者と思われる顔があったがお互い無視した。そろそろテイクオフである。座席は、17Cエコノミー。お隣さんは、若いかわいい日本女性だ。服装から見て、旅行に出かける学生さんかな?エコノミー万歳である。ビジネスクラスだとこんなラッキィーはない。「よろしく」と言って、私は席についた。彼女は私の挨拶に少し会釈しただけだった。彼女は緊張しているのか、やたらとそわそわしている。それに風邪か、花粉症か、何度も鼻水をすすっている。機が滑走路へと動き出したので、私は窓の外の景色を見ようとして、彼女が汗をかいているのに気づいた。ネックレスの下にねっとりと汗が浮いているのだ。『通り雨にあい、喫茶店で雨宿り。大体乾いたんだけど、 ネックレスのチェーンにまとわり付いていた水分が、 彼女の首筋にしがみついている』そんな感じだ。機内は決して暑くない、どちらかというと寒いくらいだ。彼女の服装も厚着で汗をかいているのではない。とても奇異に感じた。それに何度も『この世の終わりだ』といったような、ため息をついているのだ。初めての洋行なのだろうか?でも、飛行機が飛んでしまうと、あまりにあっけないほど落ち着いた様子だ。鼻水をすするのも納まったようだ。落ち着いたので、まあいいかと思い。頭を巡らせ、機内の様子を眺めてみた。私は進行方向に向かって、左サイド窓際2列の通路側に座っていた。すると、上空で安定飛行に入って直ぐに、中央4列の前の方で、白人の男性がすっくと立ち上がり、おんぶ紐を肩にかけると、乳飲み子をあやしだした。私の偏見かもしれないが、白人男性って人前ではそのようなことをしないものと思っていた。なれた手つきだ。失礼な事だが、結構年輩の方だと思った。お孫さんをあやしているのかと思ったのだ。その後、日本人女性が代わっておんぶした。何度も二人は入れ替わってあやしていた。国際結婚組みなのだ。男性は祖父ではなく、父親なのだろう。いつも思うことだが、相手の日本人女性はけっして美人ではない。外人さんのお相手って、そのような方が多いと思うのだがどうしてなのだろう?まあ、人は顔ではないのだが・・・・・・。 現在追記 今もそうだが、日本人女性が海外で人気No.1で 男性はとても低かった時代だ。 女性の人気の理由はおしとやか、かわいい、童顔。 男性の不人気な理由は、はっきりしない、引っ張って行ってくれない。 それだけじゃないが、実は男女とも同じような理由だ。 つまり、ジャパニーズスマイルで、自分の主張をしないところだ。 女性はそれが美徳で男性には従順に映り、 男性はそれが欠点で女性には頼りなく映る。 『Noと言えない日本』問題である。 しかし、これは日本人の特技だ。 しもじもは別だが、現在、世界中の多くの場で認められている。 色々な場面での調整役として日本人の気質が問われている。 だが、旅行当時は、日本人女性は従順で世界No1。 日本人男性は頼りなく、ランキング最下位だったかな? この議論は次回、隣に座った女性からも切り出される。 当時は言い返せなかったが、今は違う。まだ、飛行機の中だ。つづく。SNAPTAIN ドローン 小型 ミニドローン バッテリー3個付き 最大飛行時間21分 高度維持機能 ワンキー離陸/着陸 ヘッドレスモード 360°宙返り ワンキーリターン 初心者/子供向け 国内認証済み SP350 送料無料 一年保証
2021.03.23
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今年の正月は妻が妊娠しているので、和歌山の実家には帰らなかった。2人だけの初めての正月である。実家の親にとっても、子供が帰ってこない初めての正月である。寂しいのか、午前0時になったとたん電話がかかってきた。家の近くの神社に初詣にでかけた。その足で、少し山手の温泉に行った。露天風呂が気持ちよかった。そのせいか、おなかの子供がめいっぱい動き始めたそうです。 子供中心になると、それまでの慣習が変わる。 それぞれの実家との関係、会社との関係、 自分の趣味などに使う時間。 色々なことに制約を受ける。 いやそれを制約と言ってはだめだ。 そうなることが喜ばしいのだ。 現在のことである。 息子は昨年結婚した。 歩いて5分のところに住んでいるが 我々の家を巣立ったのには変わりない。 今年、息子がいない正月を初めて迎えた。 近くなので挨拶には来たが、お節の減る量が違う。 私はそれほどでもないが、妻は落ち着かない。 ことあるごとに、息子の話題を出す。 子供が巣立つってこういうことなんだなあと感じた。 こういうご時世なので、まだ息子は結婚式を挙げていない。 だから、実感と言うものが私にも持てていなかったが、 ひとつずつ、私の手を離れていく、うれしいような。うれしいようなである。寂しくなっても悲しくはない。露天風呂専用 女性のための 温泉着(湯浴み着)カラー(グレー) ※送料無料の商品と同梱出来ます。【温泉】【混浴】
2021.03.23
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新シリーズである。今回は海外だ。私の初代ブログ・『ダンディな香』にかつて掲載したものである。2006年にカナダのモントリオールに出張した時の旅行記だ。その時、ある人から以下のコメントをいただいた。「たまたま見つけましたが、面白かったです! こんな旅行記の展開があったとは・・ 特に3話は全然旅行関係ないし、斬新でした。 写真なんかを乗せたらもっとキャッチーになると 思うんですが、何かこだわりがあるんですか?」それに対する当時の私の回答が以下です。「コメントありがとうございます。 私の旅行記は場所というより、人に関するものが多くなると思います。 このシリーズでは、もう少し、香里さんの話が続きます。 写真は、もちろん、たくさん撮ってきたのですが、 アップする予定は今のところありません。 こだわりというほどのことではないですが、 文章でシーンを切り取りたいというのが、 このブログを始めた動機なので」 15年前の旅行記を久々に読んでみて、 なんだ、今と同じことを書いているよと自分自身に感心した。 ブレてない。 でも、今回は……。文章でシーンを切り取りたいという思いは今も同じなのだが、そのお陰で、手元の写真がどのシーンなのか分からなくなった。そこで、前回の旅行記ミステリーツアーの要領で文章のシーンを解明し、それに写真を付け加えて旅行記を完成しようと思う。旅の日程は下記の通りだ。第一部:モントリオールに向かう飛行機の中で ・001: 出発、モントリオールに向かって ・002: 機上でのお隣さん花粉症?それとも ・003: お隣さんを想像してみる ・004: 本当はこのような人だった ・005: この言葉は聴きたくなかった。「結婚はしないだろう」 ・006: トロントからモントリオールへ 第二部:モントリオールにて ・007: モントリオール空港(ピエール・エリオット・トルドー)からダウンタウンへ ・008: オールドポート散策、ノートルダム大聖堂の礼拝 ・009: 食べどころ色々 ・010: 食べどころ その2 学会開催中の楽しみ ・011: サイトシーイング、モンロワイヤル、聖マリア聖堂、地下街 ・012: ホテルリッツ、聖ヨセフ教会、もう一度House of Jazz ・013: モントリオール⇒トロント⇒ナイヤガラフォールズ第三部:帰りの飛行機の中で ・014: トロントから成田へ トロント空港のようす ・015: 韓国のお隣さんも飛行機嫌いだった ・016: 日本人男性だって優しくはできるんだい写真を付けるといいましたが、第一部は飛行機の中なので、お見せできる写真はありません。あしからず。それではモントリオールミステリーツアーの始まり。あっ、初めに言っておきますが、私の旅とは人との出会いですから。(写真の中には映っていないが)もちろん、サイトシーンとかグルメとかもありますが……。【送料無料】伝説の証 〜ロック・モントリオール1981&ライヴ・エイド1985/クイーン[Blu-ray]【返品種別A】
2021.03.22
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今日は、戌の日です。安産を祈願して着帯をしました。S産婦人科では、10名ぐらいの妊婦さんが行ったのですが、妻の腹がどうも一番目立つように思えた。妻はひたすら太っている。ただ今、54Kg。私も超音波像を初めて見た。手足がしっかり見え、背骨もしっかりしている。ぐるぐる動きまわっている様子も見えた。順調、順調。先生が超音波の探針をぐりぐり赤ちゃんの股に当てている。「7割がた、女の子だね。女の子は間違わない。ほら無いだろ」男にあるものが映っていない。産み分けの努力がかなったのだろうか。 着帯の儀は 妊娠5か月目の初めての戌の日に行われる。 安産祈願の腹帯を巻いてお祝いするものである。 東京の水天宮は、安産の神社で有名らしい。 現在の話として、このページを書いていて気になったので、 息子のお嫁さんの腹帯はどうするのかと妻に聞くと、 お嫁さんの実家のお母さんが悦んで準備するのよ。 勝手に旦那の実家がやっちゃだめよと釘を刺された。 そういうものなんだ。 ちなみに、中山寺のHPに、 妊娠・出産にともなう儀式についてと 腹帯の巻き方が書いてある。御参考に。 実際にはそれ用のサポータが便利で良いようだ。犬印本舗 妊婦帯 犬印 はじめて妊婦帯セット 妊婦 腹帯 腹巻き 日本製 マタニティ 綿混 / マタニティ— ピンク 生成り 出産準備 / 戌の日 帯祝い
2021.03.22
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噂には聞いていたが、これほどとは思わなかった。近頃急に、妻の胸が大きくなってきた。ブラのサイズがどんどん上がるのだ。「ほれほれ、どううれしい」妻は自慢気に、胸を持ち上げて見せつけてくれる。うれしいやら、不経済やら。「写真に撮っておいて」とはちきれんばかりのビギニに着替える。 正面からと側面からの写真が今も残っている。 囚人の写真の様だ。 違うのはでているところが出ていることだ。 顔も妙に誇らしげだ。 大きいからと言って母乳がいっぱい出るモノでもないようだ。 人間の女性の胸って何のためにあるのだろうと思える時だ。 月亭可朝の『なげきのボイン』にある。 「おかあちゃんのオッパイはおとうちゃんのためにあるんやで」 だとしたら、ほどほどの大きさがうれしいな。私は……。「1〜2日発送」「レビューを書いてプレゼント」牛 着ぐるみ 年賀状 うし 干支 パジャマ ルームウェア 乳牛 ロンパース 子供 アニマル 動物 コスチューム 丑年 可愛い 暖かい ふわふわ お正月 記念撮影 ベビー着ぐるみ 連体服 赤ちゃん プレゼント 新生児 ロンパース 2021年
2021.03.21
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妊娠に際して、気をつけていたことがある。アルコールを飲まないこと。私も極力、協力した。風邪を引かないこと。うがい、マスクをしていた。それなのに、妻が風邪を引いた。風邪薬が飲めない。ずびずびが1週間ほど続いて、とうとう喘息気味になり、夜、救急病院に連れて行った。吸引をすることで治まりほっとする。先生に部屋を暖めて、湿度を下げないようにと言われた。次の日、空気清浄機能付きの加湿器を買った。つけてみた。白い水蒸気が出ると、部屋の空気が良くなった気がした。だが、我々の住まいは新築のマンションだった。まだまだコンクリートの湿気が抜けきらず、部屋の湿度が上がると、窓や壁が結露した。部屋の湿度は十分だったようだ。買って3日目で加湿器は押し入れの中に入った。 コロナ禍の今、手洗いとうがいを一生懸命にすることで 風邪をひかないように出来ると確信した。 当時も気にしていたが、 どこかでさぼっていたのだろう。 現在の事である。 息子の嫁が花粉症で悩んでいる。 同じく薬が飲めない。手洗い洗顔、マスクはしている。 花粉症は体質なので、防ぎようがない。 くしゃみ、鼻水。 ずびずびという意味では同じだ。 ずびずび状態も一度は通る道なのだろうか? 早く梅雨の季節が来ないかな。 早すぎる?即日出荷可能!フェイスシールド 200枚セット 在庫有り
2021.03.20
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「トコトコトコ……」 赤ちゃんの平均心拍数は140くらいだそうです。 心音はもとても忙しく聞こえる。 普通12週目くらいで聞こえ出すそうです。妻はS産婦人科で超音波画像を撮ってもらったと帰宅したての私に見せてくれました。あの、同心円のすじすじの中の、ぽっかり空いた空間に何やら人らしい影が映っている写真だ。「順調。心臓はしっかり打っていた。本人はぐっすり寝ているようだった」妻は胸を張って叫ぶように私に告げた。超音波診断の動画で、心臓部分がトコトコ動いていたのかもしれない。静止画を見ても、ぐっすり寝ているかどうかは分からないが……。 妻は画質の悪い写真の中に、子供の生活を想像しているらしい。 夫はそれについていくしかない。 「ほんとうだ。眠っているね」 たぶん私はそう言っただろう。 小さな卵子と精子が出会ってドッキング。 細胞が2つに分かれ、4つに分かれ、やがて組織に分かれて 人間の形に変わっていく。知識では知っていても、 実際、妻のお腹の中で起きていることは普段見えない。 画質の悪い、超音波診断画像や、 心臓の動き、心音は若い親たちを安心させてくれる。 しっかり育っている。 元気に育っている。 親の望みはそれだけだ。 現在の話。 2週間前くらいに息子が家にやってきた。 お嫁さんを産婦人科に連れて行った帰りだった。 カバンから大事そうに超音波診断の画像を撮りだして見せてくれた。 「心臓しっかり打っていた。順調」 息子の説明はそれだけだった。 世代が替わっても、言うことは同じだ。 ただ、さすがに、寝ていたとは言わなかった。 超音波加湿器 次亜塩素酸水対応 タワー型 おしゃれ 送料無料 超音波式加湿器 アロマ加湿器 卓上 オフィス 大容量 小型 コンパクト タッチセンサー 自動停止機能 LEDライト付き 静音 省エネ 節電 エコ
2021.03.19
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9週目に入った。妻が職場の所属長に妊娠を報告したところ、「この時期に……」と、かなり嫌味を言われた。まだまだ、女性の結婚・妊娠に対して気遣いができていない時代だ。私たちにも確信犯的な要素はあった。妻は化学系の研究員だった。妊娠を心出して、危険な薬剤を扱う化学の職種からプログラム系の仕事に異動を希望した。SE(システムエンジニアリング)の部署に異動が決まった。「仕事ガンバリます」と言ったのが、3か月前だ。忙しい部署で、異動者に期待していた上司としては愚痴りたくなる気持ちも分かるが、我々にも事情がある。 夫婦には妊娠・子育ての問題がある。 職場がそれを温かく受け止められるか、 嫌悪感を示すかは、 その会社の懐の深さだと思う。 夫婦側に、『妊娠・子育ては出世の妨げ』という気持ちがあると 何かにつけトラブルになる。 生活費が稼げるなら、男が働こうが、女が働こうがどちらでもよい。 命を育てるのが第一優先だし、それ以上に大事なものなどない。 現在人は仕事においての成功が自己実現と考えがちだが、 60歳で定年を迎えた時、そんなものは自己満足にしかならない。 人も他の生き物同様、将来を託す子孫を生み育てることを 第一とする考えにもどるころだと思う。 少子化社会をぶっ壊せ!マタニティ・ボーイ 僕、妊娠しました!?/みうらまき【1000円以上送料無料】
2021.03.18
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妊娠7週目に入る。妻はつわりが結構しんどそうである。男には分らない世界だ。見ているだけで、ただただおろおろするだけ。それに加え、妻は便秘に悩まされている。日頃から便秘がちだった。どうして女性は便秘になりやすく。男性はゲリになりやすいのだろう。私なんか、めったにないが、1日でも出ない日があると、お腹が張って死にそうになる。逆に下痢は直ぐに起きる。飲みすぎたり、冷えたり、どういうわけか本屋で立ち読みしていたり。妻は市販の薬は怖いからと、S産婦人科で、ラキソベロン液なる便秘薬をもらってきた。センナ茶も一生懸命飲んでいる。「あまり気張って、流産したら怖いから」と妻は言う。本当にそんなことって、起きるのだろうか?想像するだけでも恐ろしい。あれ? 子供生まれる時って、うんちとともになんてあるのだろうか?想像するだけでも恐ろしい。 現在の妻は結構、順調らしい。 1週間に1度程度、焼き芋を食べているからだろうか。 2日に開けず、納豆を食べているからだろうか。 R-1と、ヤクルトジョアマスカットを毎日飲んでいるからだろうか。風水グッズ 中国結 運気好転祈願十二方位牌 風水 開運祈願インテリア 壁掛け 風水アイテム 飾り物 風水 2021ゆうパケット送料無料
2021.03.17
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前回、南紀熊野ジオパークについて、つたない説明を試みた。ひとえに、「南紀には鉱山があったんだよ」が、言いたかったのだ。今までにも、「紀州鉱山を上皇たちが目指していた」と私の妄想を書いていたが、紀州鉱山は三重県にあり、このサイトでは説明していなかった。もう一か所、紀州鉱山と同等と言われる妙法鉱山があった。ただ、資料も少なく、私の勉強不足もあって紹介できなかった。今回、しっかり調べたから、紹介するのではなく、待ちきれずに、フライングしてしまう。今日は那智湾から那智の滝にかけての界隈を紹介する。万葉の時代に船を使ったとしたら、海岸伝いに紀伊半島を南下し、那智湾に上陸しただろう。那智湾に来ると、ランドマークとして、海上から那智の滝が遠くに見えた。上陸すると直ぐに、補陀落山寺(ふだらくさんじ)がある。4世紀、仁徳の御世に創建された。隣接して、熊野三所大神社(くまのさんしょおおみわしゃ)がある。こちらは、欽明の御世に創建されたとしている。熊野三所大神社は、浜の宮王子の跡地にあり、浜の宮王子の守護寺が補陀落山寺である。と言うことは、元々は一つのもので、別れたのは、神仏習合の名残と考えられる。那智川に沿って遡上していく。滝までの中間点当たりの、『那智勝浦井関』の交差点を左折すると、県道43号線の右手一帯が妙法鉱山の跡地である。検索したが、写真などの資料は少ない。このサイトの方が写真を載せている。上記の航空写真(グーグルより)の黄色い破線部分が妙法鉱山の跡地と思われる。さらに西の方に、(車道はまっすぐには続いていない)妙法山阿弥陀寺がある。創建703年。紀州藩が編纂した『紀伊続風土記』には、空海が、815年に妙法山を訪れた折に、阿弥陀寺を開基したとある。これからすると、妙法鉱山の跡地が阿弥陀寺あたりまであるのかもしれない。こちらも奈良時代から採掘されていたようだが、その規模もよくわからない。ちなみに、空海は816年に田辺市の高山寺を訪れている。創建は飛鳥時代。ここで稲荷神と出会っており、東寺に来てくださいと約束している伝承が残されている。元の交差点に戻って、再び那智の滝を目指す。右手に『那智ねぼけ堂』の土産店を過ぎてすぐに大門坂駐車場がある。そこから徒歩で300mほどの左手に『熊野古道大門坂』の入口がある。登ってみよう。那智山観光センターの駐車場にたどり着く。そこから左手に向かい、熊野那智大社、青岸渡寺、三重塔を見る。熊野那智大社、青岸渡寺ともに、創建は仁徳の御世とされている。那智川河口の補陀落山寺の創建も仁徳の御世であった。熊野那智大社の社伝によると、神武東遷の折、神武天皇がきらりと光る滝を見つけて、那智の海岸『にしきうら』に上陸したとある。わざわざ、南紀をまわり奈良に入ったのには理由があるはずだ。 昭和15年の紀元2600年記念行事において、 神武東遷に関係したと思われる地に顕彰碑が建てられたそうだ。 このトピックスの初回に乗せた桐蔭高校の門の前の石碑も この行事で建てられた国旗掲揚のための石碑だろうか。**ここからは、いつもの妄想タイムです**「ここは私が上陸した土地なのだから、私のものだ」との主張ではないだろうか。ここに主張したくなるいいものがあったのだろう。それが、妙法鉱山だと私は妄想を抱いている。実際、神武東遷が行われたかどうかは知らないが、誰かがここに来て、何かを見つけ、熊野三山を築いている。主祭神をみると、どうやら初めは出雲が関わっている気がする。出雲では玉作工房が盛んであった。大和朝廷以前から、その素材を日本国内に求め探索している。辰砂(水銀朱)や銅などの資源もその関連で見つかっているのだろう。さらに、金や銀も後に需要が増えていく。神武東遷の主張を記述したのは天皇家ではない。日本書紀、古事記はその裏で藤原不比等の思惑が働いていると思っている。阿弥陀寺の創建は703年だった。道成寺の701年に近い。今日はここまで、勉強不足だ。那智黒飴 (なちぐろあめ)120g×4個[送料無料]黒砂糖 那智黒 黒飴 お土産 飴 黒あめ のど飴 あめ キャンディー 紀州土産 なちぐろ 名品 喉飴 名産 紀州みやげ 名物 特産品 通販 名産品 母の日 特産品 通販 土産 お取り寄せ 買い忘れ 黒糖アメ 黒砂糖アメ ナチグロ ナチ黒本舗
2021.03.16
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さて、カテゴリーも『子育てあるある』に変えて新シリーズを掲載する。1988年9月24日の事である。やったぜ! 夫、小躍り。妻が妊娠した。5週目に入ったそうだ。S産婦人科にて確認した。時を少し戻そう。8月の中頃、私と妻は子供を作ることを決心した。その直後、妻は婦人病検診を受けた。そこで、排卵を告知され、「今が励み時ですよ」と言われた。世に男女の産み分けについて書かれた本が多数出回っている。若夫婦は「とりあえず一人目は女の子の方が丈夫だし、育てやすいから」ということで、半信半疑の努力の開始である。「合体の前に、お酢で妻の体を洗っておくと女の子」ということで、数日間、努力を重ねた。 (あくまでも、本が言っていること)よくあることだが、吉兆の前には障壁が立ちふさがる。9月の中頃、会社から帰宅すると、妻が暗い顔をして「わたし、子供が産めなくなってもいいかな」と突然言い出した。どうしたのだと聞くと、今日、婦人病検診の続きをしたところ、「子宮に影があり、子宮筋腫の恐れがある」と言われたそうだ。後に、卵子が子宮に着床したためにできた影だと知らされたのだが、数日間、夫婦は落ち込み、白黒の斜線の世界に住んでいた。「自分で試薬を買ってきて試したんだけど妊娠したみたい。 明日、婦人科に行ってくる」期待している時、月のものが1週間来ないと検査薬を買ってくるものだ。そして、今日をむかえた。数日ぶりに妻に笑顔がもどった。妊娠5週目。予定日は、来年(1989年)の5月24日。 ここから、現在(2021年)の話。 先日、息子のお嫁さんが懐妊したことを知らされた。妊娠5週目だった。 「5週目で分かるなんて早いのよ。せっかちねえ」 って、妻は笑っていたけど、自分の時と一緒じゃん。 妊娠に苦労している夫婦もいらっしゃるだろうに、 ありがたいことだ。メモリアル 育児日記アルバム☆マタニティ期から使えるケース付き育児日記アルバム〜これからはじまる私と赤ちゃんのためのメモリアルカレンダー 【出産祝いギフト】マタニティ ママ 産前 産後小物 ダイアリー 日記帳 出産祝い ママへ プレゼント 贈り物 内祝い
2021.03.16
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ここまで、私の酒場での経験を基にした心暖まるショートストーリを描いてきたが、ネタ切れになってしまった。新たにネタを仕入れに夜の街を徘徊するには、このご時世だし……。そこで私のもう一つの大きなテーマ『少子化社会をぶっ壊せ』に絡んで、『子育てあるある』を描いてみようと思う。私には2人の子供がいて、上は娘、下は3つ離れた息子である。令和3年現在。娘は30歳を越え独身OL、息子は今年結婚して秋には孫の予定。自分の子育て奮闘記を振り返ってみようと思う。夫の目から見た『子育てあるある』である。例えば、子供が二人いると、上の子供には色々と気を使うが、2番目の子供になると疎かになるとか。先日、息子の嫁が懐妊したと分かった時に、息子が私に聞くのである。まだまだ先の事で気が早いかなと思うのだが、初めてのことだし、あれもこれも心配事が多いのだろう。私自身の時もそうだったのかなと微笑ましくなった。「お父さんは出産に立ち会った」「ああ、お姉ちゃんが生まれる時に立ち会ったよ」「俺の時は?」「お姉ちゃんの面倒を見ていたから、立ち会ってないかな」息子の顔が微妙に寂しそうだった。もちろん、2番目の子をないがしろにしているのではない。一人目は「初めてだし、心細い」と妻もいうので、立ち会った。でも、2人目は「大丈夫、それより娘を見ていて」と妻も言うので従った。でも、子供にしてみれば、その差が微妙に自分は愛されていないのかも。なんて思えるのかなと息子の顔をみて心配になった。が、それは思い過ごしだったようだ。その後も質問が続く。「出産は実家でしたの、それとも出産後に実家に帰ったの」……。こんなきっかけがあり、自分の時はどうだったのだろうと、私は記憶を掘りおこす作業を始めていた。せっかくなので、それを『子育てあるある』に描いてみようと思った次第です。続くかな?忙しいパパのための子育てハッピーアドバイス [ 明橋大二 ]
2021.03.15
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うーん、最後のページに何か魔物が住んでいるかも?2度投稿に失敗し、データが消えてしまった。3度目の正直。成功してくれ。 本日は倉敷を散策した後、時間いっぱい岡山を見て、大阪に帰ります。それが上記ノートだ。10月22日(土曜) くもり⇒晴れ⇒くもり7:05、起床。オーストラリアの弁護士・リンダさんを含め、皆で記念撮影。9:00、大原美術館。入場料300円。この美術館に今日一日で3度入った。昼飯時が一番空いていた。 Wikより、 「大原美術館は、倉敷の実業家大原孫三郎が、 自身がパトロンとして援助していた洋画家児島虎次郎に 託して収集した西洋美術、エジプト・中近東美術、中国美術などを 展示するため、1930年に開館した。 西洋美術、近代美術を展示する美術館としては日本最初のものである」 美術館はゆっくり時間をかけてみたいものだ。 できれば椅子が欲しい。さらに、素人でも知っている絵もおいて欲しい。 相反する欲求とは思うが、 ルーブルはもはや絵を見る場所ではない。人ごみを見る場所だ。10:00、喫茶エルグレゴ。コーヒー300円。中はがらんとして大したことはない。ただ大原美術館の隣にあるというだけ。 最後まで厳しい意見ですな。 ロケーション最高だよ。外観も趣がある。 内装も落ち着いた雰囲気じゃないか。 整い過ぎているのが不満なのか?倉敷民芸館、入場料300円。さしてみるものなし。 いやー、ほんと厳しいね。 でも、今の私もここは苦手かな。倉敷考古館、入場料300円。残念ながら、インカの遺跡の方が心が動く。 アドベンチャーっぽくていいのかも?11:20、昼食、カモ丼という店ぬく寿司700円を食べる。ちらし寿司をせいろで蒸したもの。美味しかったです。 カモ丼は料理の名ではありません。店の名前です。 今もあります。 ぬく寿司は有名の様です。 色々なHPにも取り上げられています。12:30、アイビースクエア(愛美)と当て字していた。紅茶、アイビーケーキセット。抹茶のケーキ。うまかったです。500円。アイビーとは蔦の事。 後日、子供たちとアイビースクエアに泊まったことがある。 思ったよりも高くなく、大満足だった。 夜のお散歩もできるし、 近くのお寺に肝試しなんかもやった。素人カメラマンが通りがかりの女子2人連れをひっかけて写真を撮っていた。なかなかの美人さんでした。 カメラ小僧の私は羨ましそうに見ていたのだろう。 自然の風景は「撮らせてください」と言わなくてもいいが、 人はね……。 こっそり撮ってたりして。土産に地酒800円。にごり酒1000円。菓子700円。この後、3時頃まで、界隈を歩き回った。岡山も観たかったので倉敷を後した。岡山城はからす城と言われるだけあって、真っ黒。なかなか形の良い城でした。しかし、登らず。後楽園には、倉敷YHで出会い、大原美術館でも出会い、また後楽園でもあった女性2人と行きました。確か、ナースの方々だったと思います。閉園前で人が少なく、落ち着いていい感じでした。一緒に行った(まさ)さんが「夜も開放してくれたら、大阪城公園のようにアベックの巣になるのにね」と言っていました。(まさ)さんは高校のときよく大阪城公園に覗きにいったそうです。ハハ。大阪府堺市長(まささん) 倉敷YHでいっしょになり、なんと大原美術館で再会! またまた、ここ、後楽園で会ってしまいました。 2度もめぐり会うなんて、何かの結びつきでしょうか。 岡山城は雄大でとても気に入りました。 明日、私たちも彼(私の事)を追いかけて大阪に帰ります。 一足先にお気をつけてお帰り下さい。大阪府堺市長(みわさん) 今回の旅(あえて旅行とはかかない)は、 短いながらも結構いろんなところを回れて楽しかったです。 登り坂の多いのにはびっくり、いい運動になりました。 病気をした際には是非、--中央病院へ。 手厚い看護をいたします。 みわさんの一行目に、「あえて旅行とはかかない」とあります。 書く前に、私のノートの中にある。 『観光地を見るのは旅行。旅は人と人の出会い」という定義を 見てくれての事だと思います。 人ってせっかく多くの人に出会えてもほとんどをすれ違っています。 もったいないなと思っても、そう簡単でもない。 でも、これからも出会った人を 男でも女でもしっかり記憶に留める旅がしたいものだ。5:40、岡山より新幹線で新大阪へ。無事に旅行がおわりました。感謝。楽しかったです。以上、旅行記を推理する旅が終了しました。無事に6コースの旅行記が作製できました。グーグルマップさん、Wikipediaさん、各地の観光協会さん等々、有益な情報をありがとうございました。まるで、もう一度旅行に行った気分です。最後に九州-山陰一人旅のベスト3を発表します。第3位:夜景を見た下関火の山で、保母さんが踊っていた。「ツウィンクル」第2位:雲仙地獄廻りを犬が誘導してくれた。第1位:平家の墓の前で踊りながら祈っていたおばあちゃん。 実は蚊を追っていただけという事実を知った時。岡山県産 シャインマスカット 摘み落とし200g×6パック 優品 葡萄 ブドウ ギフト プレゼント 御礼 【岡山果物工房】
2021.03.15
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本日は下関から宮島を経て倉敷に向かう。それが上記ノートだ。10月12日(金曜) 晴れ6:30、YH出発。関門人道(無料)を歩いて門司にある和布刈(めかり)神社に行った。 再び九州島に入る。関門人道とは、 関門トンネルの下(海の下)に作られたトンネルで、 人自転車が通れる。 トンネルの両端にエレベータがある。 道幅は3mくらいか。長さ780m。深さ58m。歩いて13分。娘さん一人では怖いかもしれない。 私が歩いた時は、朝早く、人通りは少なかった。 グーグルの写真はすごく明るい。 ここまで明るかったかな? 息子と再訪したときはジョギングしている人がいたと思う。和布刈神社 何も感想が書かれていないので、Wikiより 「九州の最北端に鎮座する神社で、関門海峡に面して社殿が立つ。 社伝によると仲哀天皇9年(西暦200年)創建とされる。 神功皇后が神の教えのままに、 現在の朝鮮半島である三韓の征伐に向かわれ勝利した際に、 報賽の思召をもって創建されたと言われている」歩いて、もう一度下関(本州)へ。バスで下関駅に向かう。130円。8:00、下関から宮島口へ快速電車に乗る。弁当600円。手形350円。漫画で1時間。弁当で30分。後の2時間は寝て過ごした。11:25、宮島口駅前からフェリーで宮島に渡る。140円。宮島の鹿にまず驚かされる。ミーミー鳴きながら群れを成してえさをたかりに来る。大きな鹿はえさをやらないと突いたり、服を引っ張たりするのだ。12:20、千畳閣。入場料50円。アテネの神殿を木造で作った様なところ。 Wikiより 「豊国神社本殿は「千畳閣」の通称がある本瓦葺きの大建築で、 もとは「大経堂」と称された」12:35、厳島神社本殿、入場料200円。手形300円。途中の店でもみじ饅頭3個150円。鳥居は工事中であった。平清盛はどのようにして海の中に鳥居を立てたのか?今の鳥居は砂浜に杭を打ち込み、その上にのせてあるだけだそうです。社殿から鳥居までの距離、108間。(厄落とし)鳥居の高さ、16m。(奈良の大仏を同じ)潮が満ちてくると、そのものまで海に浮かぶということですが、私が行ったときには引き潮で、大鳥居の近くまで歩いていくことが出来た。帰りの船の中で焼き立てのもみじ饅頭3個を食べた。冷めたのはもむない。餡はしろっぽい小豆だった。 もむないは関西地方のどこかの方言で、おいしくないの意味。 社伝では、 「推古天皇元年(593年)、 当地方の有力豪族・佐伯鞍職が社殿造営の神託を受け、 勅許を得て御笠浜に市杵島姫命を祀る社殿を創建した」とある。2:10、宮島口、電車で出発。(船140円。)広島まで約20分だった。旅の疲れが出てきたようだ。頭が痛い。肩がだるい。足がつりそうだ。広島ではあまり歩きたくないなあ。という気持ちが動きを鈍くした。でも、まあせっかくだからと、駅から原爆ドームだけでも見ようと歩き出す。3:00、縮景園。入場料150円。まあ、途中だからと縮景園に寄ろうと欲を出す。ここは、旧広島城主が作らせた庭です。水前寺公園のように大きくはないが、人が少なく、思わず長居をしてしまった。鯉に餌をやってみたりする。外人の女性が石の上であぐらをかいて、庭を見ていた。 瞑想しているのだろうか。私はその外人さんを見ていた。なかなかの美人だった。 妄想しているのだろう。 再び、Wikより、 「元和6年(1620年)、広島藩浅野氏初代藩主である浅野長晟が 命じて作らせた藩主の別邸(大名庭園)が起源。 縮景とは、各地の景勝を聚め縮めて表したことを意味する」3:50、広島城。入場料150円。途中にあるものだから、つい。お城に登るのは、しんどいから下から見るだけにしようと思ったが、近くまで来るとなぜか、せっかく来たのにという心の声が聞こえたので、中に入ってしまった。しかし、しんどいだけだった。 いつもの無感動感想には慣れた。 グーグルの写真はこちら。かっこいい城です。広島VSヤクルトのDayGameが行われていた。4:40、原爆ドームにたどりついた。僕は疲れ切っていた。何も感じず、ただ太陽がまぶしかったが、これで義務は果たした気がしてほっとした。 広島に来たら、原爆ドームだけはみなくっちゃってやつね。 戦争をしらない子供たちである。 戦争とは何か。原爆とはなにか。何故ドームがあるのか。 知ると心が震えただろう。 Wikより 「広島市は、日清戦争で大本営がおかれたことを契機に 軍都として急速に発展していった。経済規模の拡大とともに、 広島県産の製品の販路開拓が急務となっていた。 その拠点として建設されたのが『広島県物産陳列館』である。 これが原爆ドームの元の姿だ」市電で広島駅へ。110円。5:18、ひかり510で倉敷に向かう。自由席1800円。夕食800円。 何を食べたのだろう。 当時のひかり号はもちろんこの形です。7:45、倉敷YH到着。1900円(朝食つき)アイビースクエアから墓の間の細い道を昇っていくと真っ暗なところに出る。さらに信じて登っていくと、あかりがぽっと迎えてくれた。 今もあるんだ。 こんなにきれいじゃなかったと思う。生牡蠣【送料無料】広島産 ジャンボサイズ 生かき剥き身 2kg/約50〜70粒入り 加熱用 牡蠣鍋 送料込 むき身 ギフト 牡蠣 プレゼント 贈答 食品 カキ 解凍後約850g×2パック 39ショップ kaki2 贈り物 美味しい おうち時間
2021.03.14
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昔のこと、こどもと『キテレツ大百科』というアニメを見ていてエンディングにこの曲がかかった時には驚いた。小学校の低学年対象のアニメで『恋愛ABC』の『A』を語るなんて、と衝撃を受けたものである。『恋愛ABC』って、死語ですかね。『A』接吻、『B』御触り、『C』合体。『はじめてのチュウ』は、低速で録音、高速再生をしてあのコロ助っぽい声にしているとかで、生では歌えないそうです。ここまでくると、今日のCMの検討はつきますよね。そう、今流れている『はじめてのチュウ~♪』です。**めでたい酒はうまいもの**若者たちとスポーツをして汗を流した。終わってから、お決まりの居酒屋『満月』に行った。メンツは私と3人の若者だ。仮に立花、篠原、寅チャンとしておこう運動後なので、ジョニ黒は最後のお楽しみにとっておいて、恵比寿の生でグラスを合わせた。一息ついたタイミングで、寅チャンがつぶやく。「最近、入社以来一番忙しいです」「じゃ、月、残業100時間はしているんだ」それを受けて篠原が聞いている。「いえ、残業はそんなにしていないですよ」「それじゃなに?」「会社にはそんなにいたくないじゃないですか」「早く帰ってサッカー以外に何をしているの」「えっ、・・・寝ているんです」ここまでの会話で、私はいつものように、この若者は、青春を間違った方向に使っているのじゃないだろうかと心配になった。不健康診断の話が出たときだったと思う。(会社で健康診断があると、 いつも悪い箇所が発見されるので、 私は不健康診断と言うのが正しいと常々思っている)篠原が思い出した。「寅ちゃん、会社に入ってきたとき太っていたよね」「ええ、肥満気味でしたよね」寅ちゃんも素直に認めた。「丸々していて、 ディスプレーを遠くにして、キーボードを叩きながら、 ブスっとしている寅チャンの姿を見たとき、 こいつ大丈夫かなって感じたよ」「えっ、そうですか」今の寅チャンからは想像がつかない。今も独特の雰囲気を持っているが、顔はきりりと精悍だ。肥満には程遠い。くだらない冗談にもついていける。そう寅ちゃんはサッカーに出会って人生を変えた。しかし、実は寅チャンはサッカーだけをしていたのではなかった。「あー、大変だな。今週末、大倉山に引っ越しするんですよ」再びぼそっと、いくらかワザとらしく、寅ちゃんが呟く。「えー、まさか2人でじゃないよな」すかさず突込みを入れる篠原。「実はそうなんです」さらりと、かつおとアボガドのサラダを口にして、寅。私はそこで、男2人で住むのかとチャチャを入れようとしたのだが、いつになく、妙に照れている寅ちゃんをみて、考えを変え本質に迫った。「それは、おめでとう。まさか、順番が逆、なんて事ないよな。 今、流行の出来ちゃった結婚。とか・・・」私は、こう言いながらも、まだ信じていなかった。「えっ、どういう事なんですか」立花もまだ状況を飲み込めていない。「いえ、そんな事ないですよ。普通ですよ」この時さらりと寅ちゃんは、結婚宣言をしたのだった。寅ちゃんは淡々と述べていく。友だちの紹介で昨年の秋頃に知り合った。同年齢のS女子大付属高校の先生。響きがいいよね。女子大付属高校の女教師。違った方面に色めき立つのは私だけだろうか。こういう事実を知って、始めの会話に戻ると違った世界が見えてくる。「家に帰ってサッカー以外に何をしているの」「えっ、寝ているだけです」寅ちゃんは青春をまっとうな方向に使っていたのだ。「2人して大倉山シャンツェで飛んでいるんだね」なんてボケをかましたら、「それ何ですか。 僕は札幌オリンピックの時には生まれていませんよ」と言われてしまった。もちろん立花も存在しない。私のボケに反応できた篠原はさらに落ち込んでいた。「『寅ちゃんがお婿さんに行ってから、僕が行くから』 という言い訳ができなくなったよ。 今夜は、眠れないな」これは、篠原流の祝辞。本音かもしれない。何はともわれ、めでたい。めでたい酒は美味い物である。ウルトラディテールフィギュア No.339 UDF「藤子・F・不二雄作品」シリーズ10 キテレツ & コロ助 (2体セット)[メディコム・トイ]《発売済・在庫品》
2021.03.13
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本日は長崎から関門海峡を目指している。それが上記ノートだ。10月20日(木曜) 晴れ7:00起床、くそう、晴れてやがる。 この感想はどういう意味だろう。 前日は雨、それも土砂降り。 長崎の観光が雨の中だったのが悔しいということか? 雨の長崎もいいではないか。 前川清も言っている。 「ああああ~、長崎は今日も雨ェだァった」長崎駅前から、上川に絵葉書を出した。 うん、人恋しいのだろうか?長崎から、ひたすら東を目指すことになる。8:44、L特急 かもめ6号で長崎から二日市へ。車窓からの景色にまずらしいものは無かった。 またしても無感動なことを言っている。 経験値がないためだろうか。 感動の対象を求めている年ごろなのか。 ほんと、目を見開いて見ておけと言いたくなる。 現在の長崎駅のグーグルマップの写真11:20、二日市にて下車。梅が枝餅を3こ買う。210円駅のベンチで、もちを食べながら、どうしようかと考えた。二日市の温泉に泊まろうか、大宰府のYHに泊まろうか。一応、温泉街を見に行こうと思い、歩いて行った。すると、いたるところに、SMミュージックショーの広告があった。 つまりはストリップだ。私は思った。このショーの行われる場所が分かったら二日市温泉に泊まり、分からなかったらこの地を去ろう。 何、ストリップを見たかったの?結果は大宰府も観ずに下関に行くことになった。 落胆が大きいなあ。荷物をかついで歩くのが少々疲れたのである。 あれえ、やっぱりホームシック? 梅が枝餅は、小豆餡を薄い餅の生地でくるみ、 梅の刻印が入った鉄板で焼く焼餅である。 出来上がると中心に軽く梅の刻印が入るようになっている。12:20、電車に乗る前に、武蔵寺。九州最古の寺だというから行ってみたら、小さくてぼろぼろだった。 現在の姿は整備されたのか、なかなかの趣がある。1:01、二日市から小倉を目指す。有明14号、福岡でにちりん19号に乗り換える2:25、小倉から下関まで さんべ4号昼食、焼き飯450円。 どこで食べたのだろう。3時前だろうか:下関着(本州に入った)下関駅から、海岸沿いに「火の山YH」まで歩いた。 3~4Kmの距離である。途中の桟橋で地元の人たちが騒いでいた。聞いてみると、「車が海に落ちたんだ」という。夜のニュースでもやっていた。夫婦喧嘩がこじれて妻が自殺を図ったらしい。 まるで火曜サスペンスだ。 しばらく探偵が現れないかと 休憩がてら待っていた気がする。3:30、関門大橋を見る。さらに歩いていくと、大橋が見えた。地元の人々が釣りをしていた。フクでも釣れるのだろうか。フクの多くは韓国船で下関に持ち込まれるのだそうだ。だから、漁師さんの多くは韓国語をしゃべれるそうだ。(ペアレント談)4:10、赤間神社耳なし芳一に関わる平家一門の墓。 Wikiより 壇ノ浦の戦いにおいて幼くして亡くなった安徳天皇を祀る。 江戸時代までは安徳天皇御影堂といい、仏式により祀られていた。 平家一門を祀る塚があることでも有名であり、 前身の阿弥陀寺は『耳なし芳一』の舞台であったが、 廃仏毀釈により神社となり現在に至る。ここは結婚式場に力をいれているようだ。平家一門の墓と耳なし芳一堂は社内の隅の暗いところにあった。おばあちゃんが一人、平家の墓の前で祈りをあげていた。踊っているようにもみえた。しかし、それは蚊が刺しに来るのを追っ払っていただけだった。5:00、火の山YH到着 1970円。YHからの夜景はすばらしい。夕食ででたちゃんこ鍋もうまかった。海で捕れた色々な魚がごっちゃと煮込まれている。魚の匂いもするのだが、嫌いじゃなかった。 YHは今も存在しているようだが、新しくなっている。 それに料理が豪華だ。 私の時は、大鍋で出されたように思う。私以外に3人の男性が泊まった。・埼玉県の「みつひろ」さん。 カメラマン風。 ニコンのカメラを持っていた。 実はグラフィックデザイナー・名古屋市の「ちょう」さん。 ヒッチハイカー・宇部市ののぶつねさん。 保父さん7:00、火の山に夜景を見に行く。関門海峡は夜になると赤いデコレーションランプが点灯されるのだそうだ。(ただし、オイルショック後は土日だけ)火の山へは、「ちょう」さんと、「みつひろ」さんの3人で行った。展望台で奇妙な3人組に出会った。始めは親子かと思った。父親と高校と中学の娘たち。突然、「ツインクル、ツインクル。ランランラン…」と歌いだした。 「ツインクル、ツインクル」ってこの曲か? でも「ランランラン…」とは続かない。私はこの時思った。『異常だ。近くにいると危険だ』後で聞くと、この人たちは保父さん保母さんで、中学生と思った人が、19歳。高校生と思った人が23歳であった。しかし、どうみても精神年齢はただの5歳としか思えなかった。この人たちと1時間くらい話をして、記念撮影をした。趙さんから聞いたヒッチハイクのテクニック。幹線道路の見通しの良い所を選ぶ。市内はダメ。できれば、路肩の広い所。まず、自分の存在をアピールする。ヒッチハイカーであることを分からせる。乗せてくれるのは、トラックより乗用車が多いという。趙さんはヒッチハイクで日本一周を目指している。麦わら帽子に『のせて、ヒッチ』と書かれていた。国産とらふぐ料理フルコース (4〜5人前)とらふぐ ふぐ フグ ふぐ刺し ふぐちり 父の日 ギフト 山口県 下関 送料無料
2021.03.13
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ワインのCMは国際色豊かだ。ドイツ、カルフォルニア、これはどこだろう?日本だって、も一つおもけ、さらにスパークリングになればはじけて、はじけて、……。BGMにどうぞ。**ワインを女で例えると**仕事の付合いでパスタの店に行く事になった。ワイン好きの杉山が店を設定してくれた。御茶ノ水学生街の、ビル地下にあるイタリアンレストランだ。各種のパスタが味わえるほか、数多くのワインを取り揃えている。もちろん、他のアルコールもある。私の好みを知っている杉山は、いつものジョニ黒をオーダーしてくれた。しかし、この店のお勧めは、ワインだ。超一級のワインから、お手頃なワインまで取り揃えてあった。杉山は気さくな男である。気取ったところが無い、生活の匂いがする。土着の匂いがする。年齢は私と同じくらいか少し上だ。結婚していて中学生になる娘さんがおられるという。仕事はコンピュータの外部記憶装置の製造を行っている。近頃は海外で作ったほうが、人件費が安いために、アジアを中心に海外生活が多いという。そこでの経験がまた普通でない。『男している』のだ。それを隠そうともしない。アジアの片田舎で『男していない』と他に何の楽しみもないという。日本にいて、平和なパスタ店で、『男している』という内容を聞くとどうみても犯罪と思えるのだが、杉山と同じ経験の持ち主たちは、切実な問題だと思って共感している。「いやー、出張では大変でしたよ」仕事の話かというとそうではない。杉山は飲み屋では女の話しかしない。「現地の人が気を遣ってくれてね」どの国とは言わないが。気を遣ってくれて、日本から来た赴任者に女性を紹介すると言うのだ。他に何も娯楽のない海外の田舎に行くと、赴任してきた日本の男たちは、いずれ孤独に耐え切れずに現地の女と交わってしまい、トラブルを起こしてしまうという。売春は禁止されていて、TVで売春禁止を訴えているという。TVのCMで絞首刑の場面を流し、これから絞首刑になる人が、「私はこれで失敗しました」風のインタービューに答えているという。面白く作った話なのか、本当なのかは私には判断できないが、下手をすれば、投獄されることは確からしい。田舎では、多くの出稼ぎに来た女たちが、さらに奥地からやってきている。政府公認の売春、が公然と行なわれているというではないか。本当だろうか。日本からやってきた赴任者がその政府公認の機関を通して、現地の女性と交わるのであればトラブルに巻き込まれる事はないが、もぐりの斡旋業者に関わると、トラブルに巻き込まれるのだ。トラブルを避けるために、現地の人が赴任者に女性を紹介するというのだ。日本の女性が聞くと怒りまくるのではないかと思われる内容が語られていく。現地の女の中には、日本男性の妻になることを望んでいる人も多いという。日本男性の妻になり、日本に住み、日本から実家に仕送りする事で、一族郎党が養えるのである。そんな願望を持った女につかまる日本男性も多いという。しかし、女たちは決して日本男性を粗末には扱わないと言う。逆に日本男性にとっては、男と同等に仕事をしたい気持ちが先に立って、男を敵対することの多くなった日本人女性より、純粋に尽くしてくれる女に捕まったほうが幸せな場合があるという。杉山が大変だったという内容はこうである。「現地の人に『多めに出してもらえないでしょうか』といわれた。 初めての女性だからということだ。 ワクワクして行ってみると、どうも中学生くらいの年頃なんだよ」私は口に含んでいた至福の液体を噴出してしまった。「それで、どうしたんですか」意気込んで聞いてしまった。「どうしようかと思ったんだが、そのまま帰ると、 その少女もお金が貰えないというし。これって犯罪かな」手を下したのかどうかは、とうとう白状しなかったが、私が手錠をもっていたら、間違いなく杉山に掛けていただろう。「彼らはまだ純真だからいい。それが東南アジアに行くと大変だ」またもや『大変だ』がでた。「同じように 現地の女性は日本人の男を狙っている。 日本人の妻になることを目的としているのではない。 日本の男に取り付こうとしているのだ」杉山は自分の事のように語りだした。女たちは初め、『お金は要らないから、尽くさせてくれ』という。外人からもてたことのない日本男性は、惚れられたと勘違いする。そして、ずるずるといい思いを続けて、気づいた時には簡単に切れない仲になっていく。そしていずれ、男は日本に帰っていく事になる。その時になって、女は日本に連れて帰ってくれというのだ。妻にしてくれれば、それでよし。そうでないなら手切れ金を要求する。多くの男性が手切れ金で済まそうとする。相場は年収相当額だという。それで解決できれば御の字で、女の後にヤクザがついていることもあり、毎年数人は、その手のトラブルで自殺するという。私には、そんな経験は無いが、確かに『尽くさせてくれ』と言われれば、断る理由はない。『ラッキー』と言って甘えるだろう。それに普段、それほどもてたことがないので、『尽くす』と言われても、ほどがあると考えるだろう。それが、あれも出来、これもしてもらえたら、舞い上がってしまう。散々、尽くしてもらったあとで、帰国が決まったからと言って、日本人の男は「はいさよなら」と冷たくできないかもしれない。さりとて、日本につれて帰れるとなると障壁が高い。ずるいと言えば確かにずるいのだが・・・・・・。「独身者ならまだ、何とかなるが、 既婚者がよく捕まってしまうんだよ」と杉山はいう。日本の男たちも覚悟の上なのだろうが、どうしようもなく寂しくなるのも分からなくは無い。家族もいない。言葉もままならない。特に娯楽も無い。『男する』ことぐらいしか時間を過ごす方法がないとしたら、誰かを選ばなくてはしかたないのだ。企業戦士。そんな言葉が頭をよぎった。場がしんみりしてしまった。杉山は盛り上げようと、強引に話題をすりかえた。「民族の匂いって、わかります」「何だそれ」と私。「例えば、インドの方はどことなく、カレーの匂いがするでしょ」「そうかなあ」、私は頭をひねったが、「確かに」と、一緒に付いてきていた後輩君が頷いている。「韓国人はどことなく、キムチの匂いがするし」「本当かい」と私。「子供はおっぱいの匂いがするし」後輩君は、ぼけたつもりなのだろうが、思いっきりはずしてしまった。「カナダ人はメイプルシロップの匂いがする」「それって、単に特産品を並べているだけではないですか」「そうじゃないよ」「それじゃ、日本人はどんな匂いですか」「外国人に聞くと、成田を降りた瞬間から醤油の匂いがするという」醤油か、味噌かもしれないな。確かに日本を代表する匂い。食文化かもしれない。でも、そんな体臭をさせているのだろうか。私は思わず、自分の腕をまくって匂いを嗅いでみた。汗臭い匂いしかしなかった。パスタが並んだ。ワインのボトルも出された。「これはイタリアのワインだね」杉山が赤ワインを一口飲んでそう言った。銘柄を選んだのは、後輩君だった。杉戸はボトルを見ていなかった。「どうしてで分かったんですか」後輩が驚いてみせた。「だって、『パッパラパー』って味がするじゃん」杉山は舞い上がった素振りで答えた。奥が深い人だ。ワインの味をその国の女の性格に見立てて味わっている。イタリアのパスタの店だから出てきたのはイタリアのワイン。とは想像しないのだ。それを見て、後輩君はフランスのワインを注文した。「貴婦人の味がするだろ。 気高くて、『そこらの女と一緒にしないで』って、 主張している」スペインのワインがでてきた。「情熱的だろ。『もうどうにでもして』って訴えている」私もジョニ黒を離れて、世界の女たちの味わうことにした。『パッパラパー』、『そこらの女と一緒にしないで』、『もうどうにでもして』。味の違いは分かるが、表現された味が浮かんでこない。特に『もうどうにでもして』が味わえない。杉山は『ワインと女』の持論を商談に来たオランダの女に言ったところ、大受けしたと言う。ちなみに、オランダのワインをその女にはどんな味と言ったのだろう。ワインを立て続けに10種類ほど味わった。気分が一気に舞い上がった。帰りの電車で1時間ほど揺られていると、気分が一気に悪くなった。酔いが急速に回ってきたのだ。そのまま、ベッドに倒れて、気づいてみると朝だった。パワフルな女を相手にした、そんな疲れで私はぐったりしていた。未だに頭の中で、ワインがフラメンコを踊っていた。「もうどうにでもして」ああ、こういう味か……。女王様 3本セット ランブルスコ ドルチェ 赤&白 スパークリングワイン甘口とやや甘口 750mlX3【泡 発泡】【送料無料S】【ワインセットS】【ミックスS】【セレクトS】【飲み比べS】【楽ギフ_のし宛書】【福箱 福袋】【RCP】【あす楽】
2021.03.12
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今日は一日、長崎市内を散策する。それが上記ノートだ。10月19日(水曜) 雨6:00、起床土砂降りの中、近くの教会へミサを見学に行った。生まれて初めて礼拝堂の中に入る。すでに数人の人がいて祈っていた。一番後ろの席に着く。 YHから歩いて1Km圏内に10か所ほど協会があり、 どこに行ったのか特定できなかった。 一番近くだとすると 長崎馬町教会かな?シスターの歌声が清く響く。キリストの体(パン)を口に入れてもらった。YHのペアレントに勧められて見学に来たが、私はキリスト教でないので、少し悪い気がした。 寺院や神社だと、 拝殿の中で祈祷をしていても 気にせずに、さい銭を放り込んだり、 鈴を鳴らしたりする。 教会だと、身の置き場所も分からず、 ミサの邪魔をしてはいけないと 静かに、場に溶け込もうとする。 知らないからだろうか?(欄外)教会には男女別々の席があるらしい。パンを口に入れる前にアーメンというらしい。その後で、男は左へ歩いていくらしい。知らぬものとはいえ恥ずかしい。8:00、手にカメラとノートとかさを持ち、早稲田の方と出かける。8:30、諏訪神社。英字おみくじ50円。長い階段を登っていく。 ご由緒 「長崎は、戦国時代にイエズス会の教会領となり、 かつて長崎市内にまつられていた諏訪・森崎・住吉の三社を、 寛永2年(1625)に初代宮司青木賢清によって、 西山郷円山(現在の松森神社の地)に再興、 長崎の産土神としたのが始まりです。 さらに、慶安元年(1648)には徳川幕府より朱印地を得て、 現在地に鎮西無比の荘厳な社殿が造営されました。」9:00、シーボルト宅跡さだまさしの紫陽花の歌の歌詞に(徳光さんがギターを) 「蛍茶屋から鳴滝までは、 中川抜けていく川端柳 他人の心を胡麻化す様に 七つおたくさ あじさい花は おらんださんの置き忘れ」がある。今その道を歩いている。道の途中にシーボルト宅があったんだと知った。早稲田の人が「道が間違えているんじゃないか」とうるさかった。別に一緒に行かなくてもええのんよ。男だし…。 男だと初対面で旅を同行するというのはきつかっただろう。 それが女だと、下心という自制心が働き、 相手を許せるし、気を使うことができるのだ。 うまく出来たものだと過去の自分を見て感心する。9:30、蛍茶屋から正覚寺へ長崎電鉄 90円。 どうやら、今は崇福時駅ができていて、 その先が、正覚寺下車場となっている。9:50、崇福時(そうふくじ)(唐様の寺) 寛永6年(1629年) 長崎で貿易を行っていた 福建省出身の華僑の人々が、福州から超然を招聘して創建。 中国様式の寺院としては日本最古のものである。10:20、銀嶺 じゃらんの概要より、 「創業当時の店主が趣味で集めたという数々のアンティーク。 ギヤマンやオルゴールなど異国の雰囲気溢れる店内でいただく コーヒーは濃いめだが後味あっさり。 またここは長崎の洋食レストラン第1号としても有名」とある。 崇福時の近くにあったレストランのような店らしい。グレープ300円。絵葉書が欲しくて、店の中に入った。なかなか良い店である。オランダ坂 上記店より、700mほど南西地図を見なくても、たどり着くだろうと高をくくっていた。大間違い。名もない坂を上ったり下ったり。坂墓バカである。やとたどり着く。オランダ坂には、その名も高き、活水のお嬢さんたちが行ったり来たり。 オランダ坂は活水女子大学のキャンパスの横にある。雨のオランダ坂。(欄外)でも、はっきり言って絵になるのは、一方向だけの短い坂である。活水女子短大の前で物欲しそうにしていたら、門番のおじさんが出てきた。おじさんとお話をし、お友達になった。なんのこっちゃ。12:05、唐人館(どっか分からない)入場料360円、おみくじ100円けばけばしい唐風の建物の中に中国の遺物が展示されていた。12:50、中華街にある会楽園(長崎市新地町10-16)割引券があったので、道を少し戻って会楽園で皿うどん(細めん)を食べた。味はちゃんぽんと同じで甘い。長崎では皿うどんを料理として数人で食べるそうです。マリア園お昼過ぎである。グラバー邸を少しやり過ごしたところにある、生きた教会だ。シスターにお願いして、礼拝堂に入れてもらった。キリスト教でない僕が、一人礼拝堂にいてもいいのだろうか。 やはり、少し気兼ねしている。 でも一人ということは、早稲田の人と別れたんだ。雨の音だけの神聖な世界。いや、15分が限界だ。 生きた教会という書き方も何だかなと今は思う。 日本のお寺だって、皆、そういう意味では生きている。 しかし、外人さんたちは気にせず、観光している。 だから、その逆も気にするな。とはやはり思えないのだ。2:15、グラバー邸 入場料600円。グラバー園の頂上から海が一望できる。大きな船がドッグにつながれている。雨がひどくなってきたので、黒の軍団が戯れているのをしばらくはぼけっと見ていた。ここでの見どころは、海の眺望と、噴水を巧に使った庭園である。 仁のドラマにも登場していたが、 Wikより、 トーマス・ブレーク・グラバーは、 スコットランド出身の武器商人として幕末の日本で活躍した。3:30、国宝 大浦天主堂(日本最古のグシック様式) 入場料200円観光用に礼拝堂を公開している。一人静かに座っていると、またしても黒の一個集団が通り過ぎて行った。立ち止まることなく、コの字型に列をなして通り過ぎて行った。また静寂だ。彼らは何を見て行ったのだろう。 日本に現存するキリスト教建築物としては最古である。 正式名は日本二十六聖殉教者天主堂。 その名のとおり日本二十六聖人に捧げられた教会堂で、 殉教地である長崎市西坂に向けて建てられている。4:15、出島今は出島の周囲が埋め立てられている。地面にかつての位置が示されていた。それに沿って歩いてみた。思いのほか小さい島だったようだ。 1634年江戸幕府の対外政策の一環として 長崎に築造された人工島。扇型で、面積は約1.5ヘクタール。 日本初の本格的な人工島である。 1636年から1639年まで対ポルトガル貿易、 1641年から1859年までオランダ東インド会社を通して 対オランダ貿易が行われた。4:45、日本二十六聖人 入場料200円豊臣秀吉の弾圧により、キリシタン26名が十字架にかけられた。 これだけ知ると、秀吉はとても極悪人と思えるのだが、 先日NHKスペシャルで知ったことだ。 当時スペインは宣教師を世界の果てまで派遣し、 世界をキリスト教の国に改宗させて植民地にしていた。 フランシスコザビエルから数えて 4代目の日本在住の宣教師が 信長に接近し西洋の鉄砲などを売りつけ、 信長を天下統一に結びつけた。 信長の下にいた秀頼は、宣教師たちの目的は 日本制服だと信長に忠告している。 信長はそれをしりつつ利用した。 天下統一が見えたころ、キリスト教を排除しようとしている。 その直後、本能寺の変が起き、 スペイン製の鉄砲で信長は撃たれている。 その跡を継いだ秀吉は天下を取ると、朝鮮へ出兵した。 その主力はキリシタン大名だ。 キリスト教の勢力をはぎ落す狙いがあったようだ。 ついてながら、 その宣教師たちは東の強国、明を打ち倒すために、 日本の武力を利用しようと考えていたらしい。 その後、 台頭してきたオランダの商人は徳川家康に近づき、 大砲を売りつけた。 それにより、大阪城を炎上させた。 スペインが後ろに着いた豊臣に対し、 徳川が勝利している。 キリスト教の日本における野望が ひとまず途絶えたことになる。 このことを知ってしまうと、 宗教の布教を利用し日本を征服しようとした宣教師たちの死について、 考え方が変わってくる。 長いうんちく、終わり。今日はよく歩いた。5:10、聖福寺瓦で作った壁がありました。5:25、長崎県立YH、2450円ペアレントさんの引き留めで連泊することになった。6:50、再び銀嶺。ウィナーコーヒー400円。絵葉書300円。手形350円茶店銀嶺にはギヤマンのコレクションがあり、長崎の縮図のような店です。絵葉書がもらえます。だから2回行きました。長崎みやげ 土産 大浦天主堂 2018世界遺産登録記念酒 信徒発見36゜長崎麦焼酎720ml×12本セット化粧箱入 ユネスコ 長崎と天草地方の潜伏キリシタン遺産 バチカン マリア像 クリスチャン
2021.03.12
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「小っちゃいことは気にせずに、でっかく生きたい」と叫ぶ菜々子もいれば、何事もうじうじと、マイナス思考になってしまう女もいる。このご時世だからこそ、ポジティブに生きたいね。**人生相談はお酒抜きで**緊張の面持ちで、私はカウウンター席に座っていた。手元のグラスもすでに半分が無くなっている。帰り際に後輩の女子から、相談に乗ってほしいと言われたのである。女の名は里香子。里香子は都内の女子大を卒業して、昨年、わが社に入社した。2年目である。そろそろ業務にも慣れてきた頃と思われる。私は不安になっていた。他人からあらたまって相談を受けたことは今までになかったのだ。人格的に優れているとはおせいじにも言えない。恋愛にたけているわけでもない。強いて言うなら酒場に詳しいくらいである。万が一にも彼女から恋を打ち明けられる訳でもないだろう。里香子は今、お手洗いに行っている。「すみません。ご迷惑をおかけします」里香子が戻ってきた。「ちょっとお酒を頂いてからでいいでしょうか。 素面だと、何かはずかしくって」里香子はそう言うと、バーテンダーにカクテルの名を告げた。しばらくして、トロピカル系の雰囲気を楽しむお酒がやってきた。私は後輩たちの話題をもちだし、誘い水を試みた。だが、里香子は話に乗ってこない。カクテルを一気に飲み干すと、ぽつりと言いはなった。「わたし、来月退社するんです」「何? 結婚退社なの」「いいえ、田舎に帰ろうと思っています」「家庭の事情か何か?」「いいえ、わたし個人のことです」ますます、何だか検討がつかなくなってきた。私にいったい……、何を相談したいのだろう。「わたし、影が薄いんです」確かに、私も気に止めていなかった。里香子は飛び切り美人ではない。しかし一目見て忘れる事の出来ないブスでもない。平均的な顔立ちだし性格もおとなしく、ただ……、目立たない。「上司にも逆らえないんです。 課長に命令されると、全て背負込んでしまうんです」「小舘課長は厳しいのかね」小舘課長とは里香子の課の長である。「ええ、とっても」「確かに時々軍隊風な命令をすることが……、 実は彼女は同期なんだよ」「知っています。 わたし、あなたの部下だったら良かったのにと思っていました」私のことを『あなた』と呼んだことに、私は警戒心をもった。「わたし、課長と馬が合わないんです。 橋本さんは課長に気にいられているんですが」(橋本さん?)そう言えば、小舘のところにもう一人女の子がいたな。「嫌だって言えばいいのに」何をうじうじしているのだろう。最近の若者はもっとはっきりしているのではないのか。「言うんですけど。結局はだめなんです」若いうちから、こんなに気を使わなくてもと私は思うのだ。ストレスが溜まった愚痴が続く。私は黙ってそれを聞いていた。適当な相槌を打ったかもしれない。里香子の姿がどんどん小さくなるのを感じた。私はそれを上から覗いている立場である。里香子の声もどんどん小さくなっていく。もともと体の線の細い子である。それが更に細く見える。肩が震えだした。太腿をすり合せている。手を揉み合わせている。声がうわずって来た。あれれ、目頭から水滴がこぼれてきた。「わたし、彼氏いない歴、2年なんです」突然、話が飛んだ。「誰もそんな事は聞いていないよ」面食らった私は、里香子の言い分を即座に否定してしまった。相談者にあるまじき行為である。「ごめんなさい。泣いてしまって。 酔っていたから」「酔っていなくても、ストレスをためていると泣いてしまうよ」私は追いうちをかけてしまう。細身の体をさらによじりながら、里香子は身の内にあるストレスを酔った勢いで吐き出す。里香子はこれでまた、しばらくは頑張れるのだろうか。「橋本さんは小舘課長に気にいられているから。 わたし、橋本さんにはかなわないんです」「そんなことはないだろう。何か勝てるものがあるだろう」「全然無いんです。全然!」「女としても?」「女としても!」その内容いかんに関わらず、否定する意志の強さが感じられた。 ところで、私は何の相談で呼ばれたのだ。 運勢上向き招き猫 黒猫 (人招き)
2021.03.11
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和歌山の南部を『南紀』と呼ぶ。だとすると、北部は『北紀』かと言うと違う。『紀北』である。何故だ?調べてみた。紀伊国は和歌山県と三重県にまたがっている。三重県側にも紀北、紀南があり、それと区別するために、和歌山側を『南紀』と呼ぶことにした。ちなみに、『南紀』は『南海道紀伊国』の略である。南紀には我が大地・地球が造形した景勝地が多数ある。温泉地も多い。鉱山だっていっぱいあった。この地域は『南紀熊野ジオパーク』に指定されている。Wikiより「ジオパークとは、地球科学的な価値を持つ遺産を保全し、教育やツーリズムに活用しながら、持続可能な開発を進めるプログラムのこと』『南紀熊野ジオパーク』は2014年に日本ジオパークに認定されている。**『南紀熊野ジオパーク』の範囲は?**上記オレンジ色で示す地域がジオパークの範囲である。一部、奈良県が含まれている。今回、この記事内で用いる図は全て、『ジオパーク学習ハンドブック』内に記載されているものである。詳しくは上記ハンドブックを読んでいただきたい。少しでも興味を持っていただくために勇気をもって説明を試みてみたい。勉強したんだから……。**日本列島を囲む4つのプレート**日本列島近辺には2つの大陸プレートと2つの海洋部プレートがある。紀伊半島の南側では、フィリピン海プレートがユーラシアプレートに潜り込む形で、地震の巣、南海トラフを形成している。**プレート移動により生まれる3つの地質**上図は海洋プレートが右から左に移動して、大陸プレートの下に潜り込んでいるようすを示している。図の右側の緑色の破線で囲まれた領域は『付加体』と呼ばれ両プレートがぶつかり、地層が折り畳まれ褶曲している。黄色の破線に囲まれた領域は『前弧海盆堆積体』と呼ばれ、『付加体』の表面が川や波の流れで削られ、その上に土砂が堆積した地質となっている。プレートが沈み込んだ深い部分では摩擦熱によりマグマが生じ、上昇してマグマだまりを作る。火山活動により、一部のマグマが地表に放出されたりする。これらのマグマが固まった地質を『火成岩体』と呼ぶ。まとめると、海洋プレートが大陸プレートの下に潜り込むことによって、『付加体』『前弧海盆堆積体』『火成岩体』の3つの地質が生じる。**南紀熊野ジオパークの地質はどうなっているか?** 左図のように、3つの地質が分布しており、右図の赤い点線の囲まれた部分が、1400万年前に火山活動をしていた熊野カルデラの位置である。大きさは阿蘇カルデラの2倍と言われている。もちろん、現在、南紀に火山はない。温泉があるのは、プレートの摩擦熱で地下の水が温められたためである。上図は熊野カルデラのイメージ図である。貴金属の鉱山は、母体となる岩盤に圧力がかかることで亀裂が入り、その中に貴金属が溶け込んだ熱水が入り込み、固まったものだ。つまり、火山の近くに貴金属の鉱脈があるということだ。鉱山については別の機会に紹介するとして、最後に景勝地の分布を紹介しておく。**南紀の景勝地**西1:千畳敷(せんじょうじき) 白浜町にある。 砂岩やれき岩、泥岩が住み重なった地層が見られる。 また、リップルマークなどの堆積構造が見られる。西2:三段壁(さんだんぺき) 白浜町にある。 田辺層群の厚い砂岩やれき岩の地層が波で侵食されてできた。 高さは50m。崖の下には洞窟がある。 1400万年前の火山活動でできた鉱石の成分が染み出し、 茶褐色や青緑色になっているところがある。西3:救馬渓(すくまだに) 上富田町にある。 牟婁付加体の上に、田辺層群(前弧海盆堆積体)が重なっている。西4:フェニックス褶曲(しゅうきょく) (ここへはガイドを頼みましょう) すさみ町にある。 砂岩とれき岩の地層が海洋プレートの沈み込みで 大陸プレートに押し付けられ、付加体になる時に形成された。南1:橋杭岩(はしぐいいわ) 串本町にある。 熊野層群の割れ目にマグマが入り込み固まった。 それが隆起の後、熊野層群の部分が浸食された。 串本から大島に向かって一直線上に並んでいる。南2:高池の虫喰岩(むしくいいわ) 古座川町にある。 熊野カルデラの地下にできた弧状岩脈が地表に現れ、 長年の風化で表面に蜂の巣のような穴が多数あいた。南3:串本海域公園(串本かいいきこうえん) 串本町にある。 串本の海には暖かな黒潮が流れ込みサンゴが生息している。 また、熱帯の海洋施物も住んでいる。南4:潮岬の火成岩(しおのみさきのかせいがん) 串本町にある。 潮岬灯台周辺には、種々に火成岩が見られる。 例えば、マグマが急激に冷えてできた枕状溶岩(玄武岩)など。東1:神倉山のゴトビキ岩(かみくらさんのゴトビキいわ) 新宮市にあります。 神倉神社のご神体で、流紋岩が風化し角が取れ丸くなったもの。東2:梶取崎(かじとりざき) 太地町にある。 この岬を目印に船が舵を取ったので「かじとりざき」と呼ばれた。 古式捕鯨では「山見」としてここから指示を出していた。 この付近では、広く平らな地形と、海侵崖が見れる。東3:宇久井半島(うぐいはんとう) 那智勝浦町にある。 かつて島だったが、砂州でつながり半島となった。 地玉(じごく)の浜では、牟婁付加体と これに貫入した火成岩が見られる。 外の取では柱を束ねたような火成岩が見られる。東4:弁天島とお蛇浦(べんてんじまとおじゃうら) 那智勝浦町にある。 お蛇浦歩道に沿って、熊野層群に割って入った 泥ダイアピルが観察できる。北1:瀞八丁(どろはっちょう) 和歌山、奈良、三重の県境にある。 瀞峡は、上流から奥おく瀞とろ(七色峡,北山峡), 上瀞, 下瀞に分けらる。 瀞八丁は下瀞の部分に当たる。(遊覧してください) 筏流しが行われている。(季節限定)北2:オトノリ 北山村にある。 海底火山の噴出物である枕状溶岩を観察できる。北3:小松の不整合(こまつのふせいごう) 北山村にある。 観光筏いかだ下りの終点にあたるこの辺りで、 熊野の 層群が竜神付加体に重なっている様子を観察できる。北4:篠尾川渓谷(ささびがわけいこく) 新宮市熊野川町にある。 音無川付加体の地層の褶曲や, 断層破砕帯を観察できる。どっぷり地学の知識が必要な場所もありますが、何の知識がなくても感動できる場所も多いです。写真を見て、ハンドブックを見て、興味を抱いたら、地球探検に来てください。ビジュアル地球探検図鑑 おどろくべき大地の姿とメカニズム
2021.03.11
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本日は雲仙を散策した後、長崎に向かい、稲佐山の夜景を見るつもりだ。それが上記ノート。10月18日(火曜) 晴れそう6:50、起床地獄めぐりに行く。YHから出てくると、玄関の所に3匹の犬が寝そべっていた。犬たちは私の姿を見ると跳ね起きた。私の所に来るのかなと思っていると方向が逆で地獄めぐりの方へ少し駆け出し、私の方を振り返る。私が来るのを待っているのだ。つまり、先導しようと言うのだ。3匹のうち1匹は足を引きずっていた。それで途中で帰ってしまった。だが、残りの2匹は、その後1時間半、リードもなく、私と付き合ってゆっくりと地獄めぐりをしてくれた。私が見学していると、犬たちは座って私を待っていた。犬たちの散歩コースは、その日の人次第で決まるようだ。しかし、…。地獄めぐりそのものは、よくあるもので、特筆するものは無い。 いつものように感動の薄い青年がいたようだ。 雲仙温泉 青雲荘 小池地獄温泉館 雲仙よか湯 七日廻りの石 白雲の池 雲仙ビードロ美術館 雲仙新湯温泉館 邪見地獄 大叫換地獄 雀地獄 清七地獄 雲仙地獄工房 八万地獄 旧八万地獄 温泉神社 おもちゃ博物館 湯の里温泉共同浴場だんきゅう風呂 どこをどれだけ回ったのか分からないが、 上記の場所は往復2~3Kmの所にあるものだ。 けっこう楽しめるんじゃないだろうか。雲仙には湯元が3つあり、古湯、新湯、小地獄と呼ぶ。雲仙荘は小地獄の中にあった。どこでも、50円で入れ、一日中あいている。 50円は、30年ほど前の話。 現在は大人460円だそうだ。 営業時間も10:00~19:00です。 調べてから行ってください。犬たちを元の場所に連れて行かないといけないと思い。わだわだ遠回りをした。青雲荘にもどった犬たちは、また、玄関先にすわりこんだ。一日の日課を終えたのであろう。ばいばいワンちゃん。古湯の共同風呂に入ろうと思ったが、場所が分からず。歩くのに疲れたので、長崎に向かうことにした。 どうやら、雲仙で見たのはこれだけのようだが、 ノートには色々とハンコが押されている。 どこでおしたのだろうか。 列挙しておくと、 雲仙木花開耶姫神社 りっぱな道祖神が祭られている。 写真だけでもごらんじろ。 自然ではなく人工物だ。9:55、雲仙発、バス970円。手形300円。10:20、小浜通過。11:10、諫早着。寝台特急「さくら」に乗ろうとしたが、600円の特急料金がいることが分かった。それで、1時間後のL特急かもめに乗ることにした。その間に昼食である。長崎ちゃんぽん。500円。12:15、かもめ5号に乗車長崎手間への浦上駅で降りた。だいたいの方向を決めて、平和公園目指して歩き出す。少し荷物が重たく感じ出した。12:50、原爆資料館B29、通称ボックスカーによってもたらされた原爆(通称ファットマン)が長崎に落とされた。展示してあった写真は生々しいものだった。ちなみに広島に落とされた原爆の通称はリトルボーイ。浦上天主堂中に入れなかった。残念だが、観光用でなく、生きている教会だからしかたないとあきらめる。写真を撮って後でみたら、キリストが変な具合に映っていた。2:00、平和公園平和の像の前には、黒の軍団が絶えなく記念撮影をしている。その都度、ハトが大移動する。疲れたぜ、ベイビー。大休止の後、市電で長崎駅に向かう。電車90円3:15、長崎県立YH 2450円荷物を置いて、眼鏡橋を見に行く。大雨でつぶれてしまっていたが、2日前に復活したと聞く。 このYHも今はなく、 跡地に長崎歴史文化博物館が立っているようだ。 鎮西大社諏訪神社の隣である。 眼鏡橋は南に600mほどだ。夕食後、夜景を見に行く。ペアレントさんが車を出してくれる日もあると聞いていたので期待していたら、「気をつけていってらっしゃい」と冷たくあしらわれた。バスとロープウエィで稲佐山に登る。帰りはバスが分からなかったので、歩いて帰った。YHに着くと、ペアレントさんが「女の子が夜景を見たいそうだから、もう一回行こうか」だって。フニー。長崎の夜景は、180度の直線型である。オイルショック以来、ネオンの数が減ったそうだ。帰り、アベックのいる場所をわだわだハイビームにして教えてくれた。本日は男4名、女2名。外人の女性3名が宿泊していた。男性陣は、早稲田の4回生(24歳)、ライダー、琉球大4回生(資格試験を受けに来た)女性の方は一緒に夜景を見に行っているので、ノートにコメントを書いてくれた。・宮崎県日向市在住の ようこさん(21) はじめまして・・・。きっと、どっちの女の子だったか 忘れていると思うので、一応…太ってたほうで 髪にパーマかけてない方です。(強いていうならかわいい方?) 日向の説明 まず、美々津(みみつ)に国鉄のリニアモーターカーの実験場があり、 わりと TVニュースにでます。 あと、“はまぐりごいし”の名産地 日向から ちょっと山の方に入ると 若山牧水の生家があり、さらに奥になると 平家の落人、秘境の地、椎葉(しいば)があります。 鶴富屋敷なんかがあります。 しいたけの名産地でもありますので ごいしとしいたけを買う時は 是非、日向にいらしてください。 あは~。 それでは、よい旅を~。写真、待っています。PM11:00・佐賀県杵島在住 まつこさん (21) 長崎へは、2度目になります。 泊まったのも、やはり、ここでした。 そのときは、ごく普通の観光で済ませてしまいました。 あたしの住んでいる佐賀。まだ、2年程度ですけど。 米どころですね。 もうそろそろ稲の刈り入れです。 名所といえば… 三大稲荷の祐徳神社 唐津の虹の松原 有田焼 肥前山口駅のすぐそばに家がありまして(関係ないけど) 長崎線と佐世保線の分岐点です。 むつごろうの有明海もすぐ近くです。 ふつうの海とは全く違う陰湿な感じですが 晴れた日、雨の日、曇った日と、それぞれ趣があって 大好きです。 それでは、写真、楽しみにしています。 Good Lackペアレントさんのミーティングは9時~10時半まで続いたが、非常に役に立った。山のおかげで長崎市内は原爆の難を逃れた。旧市街が残っている。まだまだ長崎の街を知らなければならない。つづく。【中古】Tシャツ(男性アイドル) 福山雅治 Tシャツ(Inasa-Navy) ネイビー Sサイズ 「福山雅治 デビュー25周年記念 福山☆夏の大創業祭2015」 稲佐山オフィシャルグッズ
2021.03.11
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夏、縁側。何故、女を大胆にさせるのか?期待させるミポリン。やっちゃったリン。やっちゃったと言えば、(話飛びます。夏、関係ないっす)明細を施された地雷を踏んでしまう奴っているよね。一度踏んでしまうと、蟻地獄に引き込まれて抜け出せなくなる。リンリンと鈴の音。毎年、この季節はやってくる。若者たちにとっては恋を確かめ合う日であるらしい。しかし、私のような一人身にとっては酒を飲む口実に過ぎない。そうは言っても、この季節に重なる忘年会にはうんざりする。忘年会でのお酒の飲み方は、お酒に対して失礼である。アルコールであれば何でもいいという輩には、工業用アルコールでも飲んでいればいいとまで思ってしまう。**地雷に引き込む女**この日、職場の忘年会をいつものように早々に抜け出した私は、最近見つけた、繁華街の影に隠れたワンショットバーに駆けつけた。もちろん一人だ。さすがにこの季節だ、店内は一杯の客で溢れ返っているだろうと予想していたが、見事に裏切られた。3人の客が一つのテーブルを囲んでいるだけだった。この不人気さが私にはこの上もなく、嬉しいのだ。私は奥まったカウンター席の右から2番目の席に腰掛けた。いつものジョニ黒のオンザロックをダブルで頼んで、一口、二口、至福の液体を口に運んだ時だった。3人の若者たちがクリスマスカラーを持ち込んできた。陽気さと騒々しさ。すでに酒が入っている。彼らも忘年会の後らしい。一人の女と、それを支える2人の男。女は飲酒量を相当に過ごしているように見えた。『テーブル席に座ってくれ』と私は念じた。もちろん私は超能力者でない。私の願いはこのような時、ほとんど受け入れてもらえない。酩酊気味の女は崩れるようにカウンター席に腰掛けた。背は小柄。年のころ20代後半のようだ。2人の内、背の低い方の男がしきりにテーブル席にしようと女に言っていた。私は彼にエールを送っていたが、虚しく終わった。女はカウンターを離れようとしない。もう一人の男は直ぐにあきらめ、私と女の間に、私と一つ開けて腰掛けた。すわり際に私に軽く会釈した。『騒がせて申し訳ない』とでも言っているようである。私はグラスを持って、テーブル席に避難しようかとも思ったが、それも大人気ないと思い、しばらく我慢することにした。この騒々しさもこの季節ならではのものである。背の低い男も女の反対側に腰掛けた。さっそく、女がバーテンダーに酒を頼んでいる。「ホワイトレディーをわたしに下さい」「ユカちゃん。まだ、飲むんですか?」心配そうなチビ太君。名前が分からないから、背の低い男をチビ太君と呼ぶことにする。「悪い」「いえ、とんでも」もう一人の男は物静かで優しそうな微笑を称えながら、2人のやり取りを見守っている。彼を紳士君と名づけよう。「ジョニ黒をダブルで、ストレートでいいです」紳士君が注文した。(かっこいい)私は思わず、心の中で拍手をしてしまった。年の頃は20代半ばだ。女より若干、若く見える。ちなみにチビ太君が一番頼りになりそうに見えるが、一番年上のようだ。「ボク、バッドワイザー」チビ太君である。ついでに私もジョニ黒をお代わりした。私の場合はロックだ。一瞬、紳士君の口元が嘲ったように動いた。『ジョニ黒を薄めて飲むなんて』紳士君の口元が語っていた。実に私もその意見に賛成なのだが、ストレートで飲んでいて、何度失敗したことかを思い出す。『私もそう若くないんだよ』と自分に弁解をしていた。「わたし、前にもここに来たことがあるのよ。 そのときはあちらのテーブルに座っていたの」今はその席に先客の3人が座っていた。その横にグランドピアノが狭い店内で大きな場所を占めている。「ピアノがあるでしょ。 あの時は誰かが演奏していたわ。そうよね。辰巳君」私がチビ太君と命名した男は、辰巳という名を持っているらしい。しかし、チビ太君の方がピッタリなのでチビ太君にしよう。「ああ」チビ太君の返事は生半可だ。紳士君は自分の世界でジョニ黒を舌の上で転がしている。私も負けずにロックをまわす。琥珀色の液体が宇宙の神秘を伺わせて、幾層もの渦を作り出す。「私が、その時、ホワイトレディーを頼んで、 彼が、彼が……。 何か青いさんご礁のようなカクテルを頼んで」彼とは誰だろう。チビ太君ではないだろう。チビ太君にはブルーハワイは似合わない。私は勝手に、その彼が頼んだカクテルをブルーハワイに決め付けた。「もう一人、女の子がいて、私は彼のこちら側で……」女はその時の様子を2人に、というよりは、今の自分自身に示そうと一生懸命だった。しかし、女の説明は同じ所を回り、先に進まない。彼とは誰だろう。女の彼氏?どうしてこの場にいないのだろう。どうしてチビ太君は気まずい顔をしているのだろう。どうして紳士君は美味しそうにジョニ黒を飲んでいるのだろう。そんな不思議も肴にして私は2杯目を空にした。「ホワイトレディーをもう一杯」今度も彼女に先を越された。「これをお代り」紳士君にも先を越された。「私もお代り」私も負けじと3杯目。そういや、私は1杯目をフライングしていたんだ。「あっ、この人、『星の王子様』に似ている」今度はバーテンダーに叫んでいる。それはとても大きな声だった。近くにいた私だけでなく、テーブル席の3人も驚いてバーテンダーの顔を見た。(星の王子さま?)私は遠い日の記憶を呼び覚ましていた。子どもの時に確か、絵本として呼んだ事があった。星の王子さま。細面でつぶらな瞳。パンタロンのような裾が広がった洋服に、マフラーをなびかせていたような。頭はそう、デビィッド・ベッカムのようなソフトモヒカン。もちろん、金髪だ。その頭を持つ男が我々の前にいた。バーテンダーはとまどっていた。星の王子様を知らないらしい。「えっ、知らないの。どうして。 明日、本を持ってきてあげるから読みなさい」女はバーテンダーにからみ出した。その横でチビ太君がバーテンダーに謝っている。紳士君はと言えば、「ボクはきつねが好きでした。何をしたか忘れましたけど」初めて口にした言葉が『きつねが好き』だ。私は記憶のひだを一枚ずつめくりながら、きつねが何をしたのかを思い出そうとしたが、だめだった。一頻り、女と紳士君は『星の王子さま』で盛り上がっているように見えた。見えたという表現は、彼らは大いに話し合っていたが、噛み合った会話をしていたわけではなかったからだ。女は、星の王子様の物語に自分の今の状況を重ねて語っているようだ。「王子様って、バラを愛しているのに、捨ててしまったの。 後になってまだ愛していることを知り、星に戻ろうとするんだけど、 それが出来なくて消えてしまうの。王子様ってかわいそうなの」そういったかと思うと。「私はバラに似ているの」と主張する。何が似ているのかが気になるのだが、紳士君はそれを聞いてくれない。チビ太君は話題が自分を離れたことをいいことに、済ました顔でバドワイダーを飲んでいる。「やぎ出てきましたよね。絵を書いてもらったんだ」紳士君は自分の記憶を拾い出している。「ヒツジよ」彼女は厳しく正す。そんなCMがあったような。とぼけた女性が干支を順に言うのだ。ネ、ウシ、トラ、ウ、タツ、ミ、ウマ、ヤギ、サル、トリ、イヌ、イ。誰しも『合ってるじゃん』と言いたくなる間がある。『ヒツジに角を生やせばヤギだ』なんて乱暴な事も考えても見る。「王子様は自分の星に火山を1つ持っているんですよね」「3つよ、正確に言うと、2つの活火山と一つの休火山よ」ことごとく、記憶を正されても、紳士君の笑顔は変らない。ただ、ジョニ黒を空けるスピードが早くなったと思うのは気のせいだろうか。「そういえば、辰巳さん」やはり気のせいではなかった。紳士君は唐突に話題をチビ太君に振ったのだ。「最近少し、太りましたよね」「何だよ、急に」バドワイダーを夢心地で飲んでいたチビ太君が驚いて現実に戻された。バドガールに抱かれている白日夢でもみていたのだろうか。彼の口元から涎が漏れていた。いや、ビールか?「ちょっと、掴めますよね。わき腹」「いや、分かる。脇だけじゃなくて、胸も大きくなってきたんだよ」チビ太君はそう言うと、おどけて、胸を持ち上げる仕草をした。「わあー。私と同じビ乳だ」女は再び、店内の客を驚かす大きな声を発した。(うん、美乳?)私を含む、男たちの視線が、女の顔からやや下の方に集中する。それを知ってか知らずしてか。沈黙に答えるように女が、「ビ乳。だから微小のビで微乳」止まっていた時間が流れ出すようにそれぞれが、それぞれの酒に戻った。女と紳士君が競うように3杯目に突入した。私は一服だ。チビ太君はちびちび飲んでいる割りには缶の中の液体は減っていないようだ。女が崩壊し始めたのは、3杯目のホワイトレディーを一気に飲み干した直後からだった。「ねえ、私を貰って」女は紳士君にねだっている。紳士君は表情を壊さない。「ねえ、私を貰って」チビ太君にもねだっている。チビ太君はあからさまに困った顔をしている。でも、両者ともこの話題は無視していた。いつものことのようだ。「ねえ、私を貰って」これはバーテンダーに向かって言っている。バーテンダーは、そこは手馴れたものだ。星の王子様にはなれなかったが、色恋の話題で絡んでくる客の対応は万全だ。「いい人、いらっしゃらないんですか」的を得た質問返しだと私は感心したが、両側に座っている男たちの顔色は違った。(その話題には触れちゃいけない)男たちの顔はそう訴えていた。しかし、遅すぎたようだ。バーテンダーは地雷を踏んでしまったようだ。「私、決められないんです」「えっ、何をですか」バーテンダーはあり地獄に引きずり込まれるように会話から逃れなくなった。両側の男は『バカヤロー』と無言の叫び声を発しているが、決して手を差し伸べようとしない。「私、誰と幸せになれるか、判断できないんです」(あら、どういうこと)「私、彼と幸せになれるか自信が無いんです」(あら、マリッジブルー?それとも、三角関係?)私の頭に昼メロの情景が早送りされる。「プロポーズされているんですか」バーテンダーの質問は的確だが、それだけに事の真相に近づいてしまう。両側の男たちの腰は浮き加減だ。体は半分、外側を向いている。手は頭を抱え込んでいた。女はさらさらとした涙を流しだした。崩壊だ。「ごめんなさい」急にテンションが下がりだした。涙は勢いを増した。ひたすら目から水が流れ出す。女は一生懸命に止めようとするが、水は意思を持っているようだ。『体の水分が危険水域を越えたので、緊急放水を開始した』女の体はそう言っていた。それでも足りなかったようである。「気持ち悪い」そう言うと、個室の扉の向こうにかけ混んだ。チビ太君があとを追う。紳士君は自分の酒を見つめてしばらく熟考していたが、一口で中身を飲み干し、4杯目を頼んだ。その際、口元が再び笑った。これは自笑のようだ。「お客さんはお代りどうです」バーテンダーは私に気遣って尋ねてくれた。「いや、今日はこれで自分の星に帰って、 花に水をやることにするよ」私は、『苦しい』とむせび泣く女が『少しでも楽になりますように』と星に願って、ワンショットバーを後にした。『地雷 ホワイトレディ』で検索したら、こんなんでました。【新作だけど10%OFF】ニット トップス オフショルダー ショート丈 ブラック ピンク ホワイト レディース ファッション セクシー ギャル キャバドレス 韓国ファッション オルチャンファッション プチプラ 人気 ストキャバ ストリップキャバ
2021.03.10
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本日は島原を散策した後、雲仙に向かいます。それが上記ノート。1983年10月17日 (月) 晴れ7:10、起床。8:10、YH出発。YHを出たのは私が最後だった。朝は弱いなあ。低血圧でもないのになあ。 と書いているが、 学生の私は怠惰なだけだ。 YHをでて北に向かって歩き出した。 北へ約1.5Kmで大師堂に着く。 8:30、大師堂裏手の天如塔があった。ロケット?時計台? 何なんだ。 大師堂は、天如塔と東南アジアへ売られた、 長崎県島原半島や熊本県天草諸島の貧しい家庭の娘、 『からゆきさん』の名前を留めた日本唯一の遺跡。 当時の私は何も知らず、物珍しいだけだった。魚の泳ぐ通りでは、あばちゃんたちが洗濯をしていた。 とある。 地図で見てみると、大師堂と島原城の間に鯉の泳ぐ街とある。 少しストリートビューして見ましょう。 北西の方角、約500mのところに島原城。9:30、島原城。入場料10円。200円遠くで見ると縦長、近くで見るとずんぐり。奇麗な城だが、好きになれない。 天守閣を近くで見上げて、ずんぐりと思ったのだろうか? 見てみてください。奇麗な城ではないですか。 好きになれないと、当時の私はこう言っている。 奇麗すぎるところに歴史を感じないのだろうか。丘の上からみると、海に浮かんでいるようだ。天草四郎と記念撮影した。 丘の上とは? 城の周りに丘はない。城そのものが丘の上にあるので、 城からの景色が…、ということか?天草四郎の像が城の敷地内にある。 ストリートビューで探して下さい。 北西側に武家屋敷。ーー、武家屋敷 地元の方言 「~たい」「行かれんたい」(意味は何?)通りの中央にはいつも奇麗な水が流れていて、武家の奥方たちは、そこで毎日洗濯したようである。今日も近所の叔母ちゃんが洗っていた。護国寺 引き返している。島原城の南側400m。 本堂の手前、右手に山頭火の句碑がある。 「こんなにうまい水があふれている」十六羅漢像 これは、本光寺の境内にある。 本光寺は島原城の西北西約1Kmの地点。 効率を考えると、 島原城⇒武家屋敷⇒本光寺⇒護国寺の順に周ったと考えらえる。12:15、江東寺 涅槃像自撮りで、横になった写真を撮りたくて、人がいなくなるのを待っていた。30分ほど待った。 江東寺は本光寺の東側100mほどのところ。1:00、島原外港で昼食、ピラフ500円。私は島原に非常に大きな期待をしていたが、今一つだった。私は島原に江戸時代を期待していたのだろうか。しかし、ここもやはり昭和の街であった。水の流れはどこから来ているのだろう? 当時の私は無知なのだ。 何も知らずに見知らぬ街を見ると、 やはり得るものは少ない。 これを書いているときの方が楽しい旅をしている。1:40、島原外港よりバスで雲仙西口に向かう。2:45、青雲荘YH 3050円 今は同じ名前で国民宿舎になっているのかな?3:10、西口からバスで仁田峠へ。280円ここから歩いて200mほどのところに、ロープウエィの乗り場がある。4:00、雲仙妙見山(1334m)ロープウエィ600円夕日が見たくて妙見岳に登りましたが、時間の関係で太陽が沈むまで、おれなかった。少しもやがかかっていて、有明海の方は見にくかった。 帰りに仁田峠のバス停でバスを待っていると、例の鹿児島大の兄ちゃんがカブで現れた。2人乗りして山を下りようと提案されたが、ハゲたタイヤを見て、命が惜しいからと断った。5:10、仁田峠出発 280円。往きも帰りも乗客は3人だけで、少し気兼ねした。青雲荘は国民宿舎も兼ねたYHである。風呂もでかかった。でも宿泊者はユースの3人と、他4名だけだった。ユースの方は、一人は前日の200泊のおじさんで、昼頃着いてずっとテレビを見ていたそうだ。この人の旅のポリシーは何なんだろう。もう一人は、少し足の不自由な京都の人で、絵を描いているようだ。どこの景色でも、朝日夕日の時は特にすばらしいとおっしゃっていた。私も同意見だ。温泉のお湯質は、硫黄を多く含んでいて、湯船に湯の花が舞っていた。Fate/Grand Order つままれキーホルダー ルーラー:天草四郎【予約 再販 4月中旬 発売予定】
2021.03.10
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満島ひかりはうまそうにビールを飲む。こんな女性が入ってきたら、思わず席を詰めて座らせてあげたいと思うだろう。堤真一もうまそうに飲むけど、やっぱりねえ……。 **席替えも相手によりけり 「気持ちだよ」**都会の袋小路に紛れ込んでいる。いつも地方都市をキャラバンしている私だが、今日は、本社でのリーダ会議に参加しての帰りだ。マイナーな我が社は、都会の一等地には建っていない。何回乗り換えたか忘れてしまうほど、地下鉄をこまめに乗り継ぎ、都会のど真ん中でありながら、住宅街と森と墓地が隣接している。会議が終わったのは夜の9時を過ぎていた。メジャーな歓楽街まで出る気にはなれず、若い頃によく通った馴染みのスナックに足が向いた。5年ぶりだろうか。入口も店内も当時のまま、全く飾り気がない。それだけに常連客が多い。「あれ、お客さん。お久しぶりだね」人懐っこいママが、職業的技能をフルに発揮して、脳の片隅から私の記憶を呼び起こしてきた。もちろん、私はママのことをよく覚えていた。当時もたいそうなかっぷくだったが、今はそれ以上の成長を遂げている。まるで、当時のママが、入門したての曙だとすると、今のママは、横綱を引退する時の曙である。心身ともに貫禄がついていた。そんな妙な例えに心を囚われながら、私は愛想笑いを浮かべ、座るべく場所を探して店内をうかがった。5つの席があるカウンターには、2人の客が座っていた。手前に1つ、奥に2つの空席がある。一番奥に座ろうかとも考えたが、2人を見て躊躇した。一人は角刈りに、時代遅れのソリ込みを入れた、ムキムキマッチョマン。もう一人は、妖艶な色気を発散しているオトコだった。私はまだ、ノーマルな世界に留まっていたかったのでテーブル席を探した。2人席が6卓あり、中の2卓が空いていた。「テーブルでもいいかな」私は遠慮気味に、ママに聞いてみた。「もちろん、いいよ」ママは地響きする声で私を後押ししてくれた。私はテーブルにすわり、ジョニ黒のロックをダブルで注文した。お手拭を使いながら、ふと壁にかかっている紙に目が止まった。「それから、特製オムライス」私は壁に貼られた紙に書かれてある『オムライスできます』の文字に反射的に答えていた。5年の歳月を感じさせ、貼り紙は黄ばんでいた。「あいよ」ママは私の注文を聞くと、急いで厨房に向かった。「懐かしいな」私は一人にやけている。ウエイターがジョニ黒のロックと、ナッツの入った小さな皿を運んできてくれた。グラスの液体が半分程、蒸発したころ、地響きとともにそれはやってきた。「はい、特製オムライス」「おっ、変わっていない」何が特性かというと、ケチャップでハートマークが書かれているところだ。だからと言って高くなるわけではない。壁の紙には特製という2文字はない。普通のオムライスを頼むと、ハートマークは書かれていないのだ。これは常連さんだけの隠れメニューである。卵に書かれたハートマークとはいえ、それをブレイクするには勇気がいる。私は、影響が及ばない両側から、崩し始めた。ハートマークの形に沿って、オムライスが赤い壁として残ったときだった。人目を引く、はぜな身なりの若い女を2人連れた、年配の男が店に入ってきた。男は迷わず、私の隣の2人用テーブルに座ろうとした。私のテーブルの椅子を使えば、3人座れると考えたのだ。しかし、女たちが難色を示した。私との距離が近すぎたのだ。一瞬、重苦しい雰囲気が漂った。私がカウンターに移れば、彼らは2つのテーブルを寄せて、ゆったり座ることが出来る。私は、彼らの視線を感じていたが、目を合わせないように、赤い壁にスプーンをなぞらせていた。食べている最中に席を移りたくない。それに移る際に赤い壁がくずれることも不吉だ。などと、かってな言い分を思ってもみる。それに、これが本当の理由かもしれないが、男が風采のわりには、連れている2人の女たちが可愛かったのが、腹だたしいかったのである。私は、彼らの視線を無視続けた。ママが現れその雰囲気を悟り、3人の客にカウンターを勧めた。その声にシンクロするように、カウンター席の男たちが席を端にずらせた。それによって3人分の席があいた。しかし、年配の男は満足しない。女たちの顔を正面に見れないからだ。男は勢いよく店を出て行った。私はママにすまない気持ちになった。私の行為は営業妨害だ。「ママ、気が利かなくてすまない」「いいんだよ、わたしゃ、あの男好かないんだよ」ママは大きな声で笑って厨房に戻って行った。オムライスを食べ終わる頃、隣の席の人が帰り、私の両側のテーブルが空いた。私は2杯目のロックに寛いでいる。そこに、再び3人連れの客が入ってきた。上品な男性3人だ。私と目があった。しかし、カウンターに3人の席を見つけると、そこに座ろうとした。私は先程のこともあり、隣のテーブルに移ることにした。今は身軽だ。ロックグラスを一つと、ナッツの入ったお皿が一つ。3人連れは口々に礼を述べて、テーブルに身を収めた。「悪いね」ママの声は気風がいい。その一声で感謝の気持ちが通じる。しばらくして、裂きいかがやってきた。「気持ちだよ」いやに色気をだして、ママが言った。そして大きな笑い声。太めで歯ごたえのあるいかを口の中で噛みしだく。「こんにちは」今度は夜の街で働く女の2人連れが入ってきた。「いやーよくきたね。こっちに席があるよ」ママは彼女たちを私のテーブルに連れてきた。「悪いね」ママの気風の良さには逆らえない。私は、グラスと裂きいかをひっさげてカウンター席に引っ越した。彼女たちの笑顔が送り出してくれた。そして、男たちの笑顔が迎えてくれた。やっぱり危ない世界に迷い込んできた気になった。タイミングを計って店をでようとしたが、ママが気持ちだよと言って、今度はアサリバターを持ってきてくれた。一人でこれを平らげるには、後2杯はロックを飲まなくてはいけないだろう。食べ残してこの店を出ることは許されそうに無い。私は奥まったカウンター席のすわり、極太のいか裂きと、アサリバターと格闘しながら、(満島ひかりが来ない限り)今日はもう席を替わらないと誓った。ふんわり卵のオムライス 250g [冷凍食品 ニッスイ 業務用 簡単 電子レンジ 昼食 ランチ 夕食 夜食 小腹 おやつ 味付け チキンライス オムレツ] 恵方巻 恵方巻き 海鮮 予約 節分
2021.03.09
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熊本に到着。今日の予定、午前中は熊本市内を散策。午後からは島原に向かう。それが上記ノートである。10月16日(日曜) 晴れ6:30、起床。電車は久留米あたりを走っている。興奮と、中段のうぐいす声にあまり眠れていない。今日は良い天気になりそうだ。 電車で一人っきりだと思っていたが、前の中段に人がいたようだ。 両隣には誰もいなかったように記憶している。 なのに、目の前にいるというのも不思議な指定席の配置だ。 国鉄が気を回して近くにしてくれたのか? 男とも女とも書いていない。 うぐいす声というのも気になる。 でも、さすがに女ということはないだろう。 そんな危ない配置をさすがに国鉄もしないだろう。 ミステリーだ。7:23、熊本駅、到着。全くの一人旅。熊本駅で少しとまどった。次の予定を自分で自由に決められる。電車にしようか、バスにしようか歩きか。出るときには、おおよその予定は立てていたが、決め手はいない。 人は自由がありすぎると 考えがまとまらないものである。 とにかく動き出そうとした。 バスを選択した。車中で予定を立てたつもりだったが、その通りでは面白くない。ということで、まずは、一番遠いところからにしよう。バスに乗った。突然、熊本大の前に来たので飛び降りた。斉藤さんに会えるかも。 ここで「斉藤さんに会えるかも」のフレーズに会える。 昨日の記事を見ていただいただろうか? 斉藤さんとは斉藤慶子だ。 巷にミノルタの衝撃的なCMが流れていた。(前の記事を参照)8:00、熊本大のキャンパス。黒髪祭(くろかみさい、なのか、こくはつさい、なのか)。黒髪とは熊大のある町の名からとったものだ。だとすると、くろかみさいになる。かっこいいなあ。8:30、立田(泰勝寺跡)熊大から歩いて北へ200mくらいの所。入場料100円。私が一番乗り。「散りぬべき 時知りてこそ 世の中の 花も花なれ 人も人なれ」ガラシャ辞世の句である。立田自然公園は細川家の菩提寺だった泰勝寺跡である。 閑話休題 明智光秀の娘・ガラシャは、キリシタンである。 織田信長はキリスト教宣教師と手を組んでいたが、 天下が取れそうになった時、キリシタンを排除しようとしている。 もし、明智光秀が娘・ガラシャの影響を受けて、 キリシタンでないまでも、キリスト教宣教師に肩入れしていたとすれば、 本能寺の変もありうる。 信長はスペイン製の鉄砲で撃たれている。それはさておき。ここにくるのに迷いまくった。当時はスマホがない。ナビを見ることが出来ない。地図を読まなければいけない。私は得意なはずだが…。初めからこれだと先が思いやられる。10:40、水前寺公園。(一日一歩である。そう水前寺清子。こちらはすっとでた)入場料100円。手形300円。立田公園から、ここまで歩いて1時間もかかった。車の標識に従っていては遠回りだ。水前寺公園では、へたりこんでいた。すると、黒の軍団が私の前に来て、景色を遮った。バスのガイドさんが、「前を失礼します」だって。公園は東海道53次を形作っている。写真の左の橋が日本橋。中央の茶色のとがったものが富士山。手前の池は琵琶湖。中の島は竹生島。 手書きの絵と同じ写真がグーグルで見れます。12:00、熊本城。水前寺公園から熊本城までは市電に乗った。110円。入場料100円と200円。加藤清正が建てた城である。ガラシャは大阪で洗礼を受け、ガラシャと名乗るようになった。(とすると、父の光秀も影響を受けている可能性大) 現在、復興中です。九曜紋 Wikiを見て下さい。熊本城の忍び返しに、子供が登って写真を撮っていた。再び電車で熊本駅に向かう。110円。1:30、駅にて昼食。阿蘇定食、690円。 阿蘇定食とは何だろう。 検索をかけると「あか牛丼」が頻繁出でてくる。 しかし、値段が690円である。 安すぎないか?3:04、熊本駅 0蕃乗り場 三角線 火の山4号に乗る。急行だけど4両しかつながっていない。古いディーデルカーの先導だ。3:40、三角着。4:10、三角港から島原国道フェリーに乗船。810円。午後から曇ってきたため、有明海は白一色。夕焼けも見えず。就学旅行の黒の軍団で身動きが取れない。 今は熊本港~島原港間のフェリーが発達し、 三角港発が廃止されている。残念。5:20、島原YHに到着。2500円。本日の宿泊者は4人だそうです。一人は鹿児島大の地質学者。調査に来ているそうです。50ccのカブで雲仙岳に登っていく姿はさすが鹿児島大。 島原YHも今はない。 ゲストハウス島原として、 引き継がれているようだ。二人目は、YH200泊というおじさん。三人目は、佐世保のネイビー。鹿児島大の方とは、雲仙岳でも会いました。男ばっか。風呂はもちろん温泉だが、宿泊者が少ないため、小さいお風呂にしか入れなかった。夕食はまあまあ。暇だったので、鹿児島大の人と将棋をした。1勝1敗。熊本では、全く人と接しなかったので、ここにきてやっと旅が始まったようだ。つづく。PS_閑話休題その2三角は三角そばで有名ある。2~3Km離れていますが、大空食堂の熊本チャンポンも有名らしい。バスを駆使すれば行ける。フェリーがなくても行く価値はある。【ふるさと納税】熊本赤牛カルビ焼き肉用 1キロ 1kg 国産 九州産 和牛 あか牛 赤牛 熊本 焼き肉 焼肉 やきにく カルビ お肉 冷凍 送料無料
2021.03.09
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コミカルなCMを見つけた。始め清涼飲料水のCMだと思った。ウメッシュだった。清涼飲料水感覚で飲むというのをイメージしたのだろうか?天使のような清純な女の子ってこの世に存在したりする。でも、お酒の場ではエンジェルより方がいいなあ。**なんだかなあ ~誠実なものの考え方~**再び、自治会への代理出席の当番が回ってきた。「たまには付き合いなさいよ」確かに、私は半年に一度くらいの参加だ。たまである。しかし、以前で懲りたはずだったが……。「じゃ、軽く」基本、飲むのは嫌いじゃない。それに地元開発にもなる。連れていかれた店の名前は『蔵』。盛り場に行くと必ずどこかに在りそうな名前だ。店の中はログハウス風で趣がある。カウンターバーもあり、ショット系の酒を楽しむ事もできる。地元の客はそれほど洗練されていない。ほとんどが、ジャージ姿だ。長身で年輩のバーテンダーが店長だ。しかし、シェイカーを振っている姿を見たことが無いという。スナックじゃないので、煌びやかなホステスはいないが、女子大生がアルバイトをしていたりする。サッカーのワールドカップ以来、店には大型スクリーンが置かれた。日頃はカラオケ用だが、サッカーの試合があったりすると、何処からともなく、にわかサポーターがブルーのTシャツを着てやってくる。一夜だけの盛り上がりだ。幸い、今日は試合が無い。店の中には我々以外、客はいなかった。年齢層は30歳代から60歳代の男7名だ。とりあえずの生ビールとオードブルを頼むと、若者たちはカラオケを始めた。酔ってもいないが妙にはしゃいでいる。私も好みのジョニ黒を嘗めながら、調子を合せている。歌は苦手だ。知っている歌も十数年前のものだ。年輩の男たちは真剣に話し込んでいる。郷士だけに地元の噂話だ。情報交換とでも言おうか。それが一頻り終わると、卑猥な話に盛り上がる。誰某が、どこどのスナックの女を連れて渋谷に行ったとか。それを近所の奥さんに見られて、神さんに知れたとか。どうやら、その本人が今、歌っている男らしい。日焼けした顔と茶髪に染めた30代半ばの『色男』だ。力は無さそうだが、口は達者そうだ。羨ましいと密かに私は思っている。私にはとうていマネができない。若者たちの会話も酒が入るに連れて下品なものになっていった。熱海に行ってコンパニオンと戯れてきたとか、厚木にできたノーパンしゃぶしゃぶでしゃぶしゃぶしていたら、口を火傷したとか、一体何で火傷をしたというのだ。ホステスがいなければいないで男どもははしゃげる。もちろん、プロのホステスがいれば、男どものはしゃぎようを助長してくれる。もっと場は盛り上がるのかもしれない。私はプロのホステスを軽視していたことに今日、気付かされた。アルバイトの女の子が我々の中に入って来た。名前はナツキという。「なっちゃんと呼んでください」ここまでは良かった。小柄で子顔で天使のようにかわいい子だ。だが、十九歳。まだ、お酒が飲めない。酒場でいるより、おしゃれなブティックが似合う。そう、酒場には似合わないお嬢様なのだ。なっちゃんが、私と『色男』との間に入って来たとたん。色男は話があるからと別の男の隣に替わっていった。気持ちは分かる。『色男』にはあまりにも上品で騒げないのだ。周りの男が2、3人続いて、別の島を作った。私も行きたかったが、なっちゃんに悪いと思い踏みとどまった。それに彼らの島に行っても、私は浮いて騒げない。留まっては見たが、会話がはずまない。情報として得たのは、近くに住んでいて、歯科技師の専門学校に通っていると言う事だけ。どうして、こんなアルバイトを選んだのだろう。それも19歳だ。酒場で働いていいのだろうか。酒を勧める客がいるだろう。中には肩に手を回してくる客もいるだろう。ここはそんな危険が潜んでいる場所だ。もしそれが嫌ならば、こんな場所で働くのはやめるべきだ。なっちゃんは甲斐甲斐しくも、お酒を作ったり、カラオケの曲を入れていたりした。それがお仕事なのだろうが、実に邪魔だった。うーん、これじゃ物語が生まれない。もう一度なっちゃんの顔を見た。瞳がキラキラ輝き、若さを発散させている。彼女が輝けば輝くほど、この如何わしい盛り場は清純な場所と変身し、我々の居場所がなくなっていくのだ。我々は早々に退散し、積極的に如何わしさをアピールしているスナックに行くことにした。そこではプロのホステスがお相手してくれる。下品な会話もOKだ。あんなことやこんなことも出来るかもしれない。こんなとき思うのだ。男はガキであり、基本的に誠実さは似合わない。【ふるさと納税】チョーヤ 酔わないウメッシュ ノンアルコール 350ml缶×24本(1ケース)
2021.03.08
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九州・山陽一人旅のスタートである。大阪駅から熊本駅にブルートレイン『なは』で向かっている。こんなユーチューブもあるんだね。ほんと、すごい。1983年10月15日(土) 雨8:35、寝台特急なは、大阪駅を出発。9号車、11番、下段。非常に空いている。同じ車両に乗っているのは数名のじっちゃん、ばっちゃんだけ。寝心地はまあまあ。ブルートレインだけあって、何から何までブルー。スリッパもブルー。寝ているのか、起きているのか、ゴトゴト。岡山が過ぎる。広島が過ぎる。初体験でしたが、まず、出だしは期待外れ。 とノートにある。初めてのブルートレインだった。 期待していたのは、同年代の人たちが同じような旅をすること。 ブルートレインで知り合って、これからの旅の予定を 夜が更けるのも関係なく熱く語り合うこと。 期待に反して、 金曜の夜発なのに、ブルートレイはがらがらだった。 若者の姿はない。 年配者だけ。それにがっかりしたのだ。 でも、ワクワクはあった。 寝付かれなかった。 駅を通過するたびに、 何度もカーテンを開け、外の様子をうかがった。さて、今日はこのまま眠りについて終わりになる。明日の分を少し記述したい。私のいた時代感だ。ワクワクの元だ。明日になればわかるが、「斉藤さんに会えるかも」と書いている。斉藤さんとは、斉藤慶子の事だ。1983年のミノルタのCMがこれだ。やってくれましたね、ミノルタさん。斉藤慶子は、1961年生まれ。これから向かう、熊本の熊本大学教育学部中退。1982年、JALキャンペーンガールを経て、このミノルタのCMとなった。その2、その3。まさに、旅にでている年ではないか。それに、私の講座から多くの先輩がミノルタに就職していた。ミノルタに行くと斉藤さんに会えるかもなんて思ったりもした。(それは思い込みだったが……)さらに、その数年まえ、ミノルタさんはすでにやっていた。同じ熊本大のこの人だ。衝撃だったなあ。これって篠山紀信がとっていたんだ。はい、宮崎美子です。Wikiより「宮崎の出現は、それまでのグラビアモデルはスリムでなければならない という概念を崩すものであり、後に小学館の雑誌「GORO」で、 篠山が撮影するグラビアに登場する。 ワンピース水着で乳首の隆起も露わなまま、 仰向けに横たわるカットがあった」 それがこれだ。 33秒に注目。さすが、昭和33年生まれ。明日からが楽しみだ。斉藤慶子、宮崎美子に会えるかも。つづく。【中古】 【良品】 コニカミノルタ X-700(New) Body 【フィルムカメラ】
2021.03.08
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根っから明るいキャラっていると思う。憎めない、愛されキャラだ。ビールのCMには良い。思わずムフッっとしてしまう。居酒屋で店員がお皿を割ったりなど粗相をすると、「お騒がせしました」と、妙なリズムを付けて合掌する店がある。声の大きさに、お騒がせの2乗だ。居酒屋だからまだ許せるが、静かに酒を飲みたいバーでやられると……。**根っから明るいキャラ**「ガチャーン」カウンターの中から、ガラスの割れる甲高い音が響いた。ピクンと心臓が飛び上がったのは私だけだろうか。手に持っていたジョニ黒のグラスから至福の液体が溢れ出てしまった。ジョニ黒に申し訳なく、手に着いた液体を舐めようか迷ったが、自制心が働き、おしぼりでふき取ることにした。悩ましい私の姿を見て、バーテンダーが謝ってくれている。しかし、音を出した主は別にいる。「お騒がせしました~あ♪」カンターの中から若い女の声が聞こえる。身を屈めてガラスの処理をしているようだ。その音がまた大きい。「ガチャ、ゴチャ、ベキ、バキ」ガラスを集めて、わざわざ踏みつぶしているのだろうか。「前に居酒屋でバイトしていたそうなんですが、 うちに入って、まだ1週間なんですよ」バーテンダーが女に代わって言い訳をした。渋谷に気の利いたスナックを見つけ、ここしばらく通っている。静かで、落ち着いた内装と照明。価格もリーゾナブル。酒を嘗めるにはグッドである。女を見かけたのは今日が初めてでだった。「幸子といいます。『さっちゃんはね~♪』の歌の幸子です」カウンター内からひょっこり顔をあげた女は、満面笑みをたたえている。人から好かれる顔である。粗相をしたことを恐縮していない。根が明るいのだろう。それが救いだ。「ああ、よろしく」私は軽くあいさつをし、手元の酒を嘗めた。幸子はつまみを作り、それをテーブルに運ぶのが仕事だ。このスナックはそんなに広くはない。テーブルも小さく、テーブルとテーブルの間も狭い。その間を歩くとすると、よほど注意が必要である。「お待ちどうさまでした」幸子の声が後ろのテーブルでした。つまみを運んでいったのだろう。「ゴツン、ガツン」幸子がテーブルの間を通る音である。幸子の足やお尻が、椅子やテーブルに賑やかな音を奏でさせる。「キャッ、セーフ」今度はカンター内で黄色の声が飛んだ。思わず顔を上げ見ると、幸子はシャボンのついた手で皿を持ち上げていた。鰻でもつかんでいるかのように、手からすべり落ちる皿をキャッチしたのだろう。バーテンダーがそれを横目でみて、ため息をついていた。「やれやれ、最近の……」と言ったところだろう。私はバーテンダーの顔を肴にまたペロリ。2杯目のジョニ黒を飲んでいる。人の困った顔を肴に飲む酒もなかなか旨いものである。幸子がまた、ナッツを載せた皿を運んでいく。なんだか楽しみになってきた。後ろを振り返る必要はない。「ゴツン、ガツン、ギギー、カチャン、ドタン、キャ」彼女は期待を裏切らない。根っから明るいキャラだ。音のレパートリーも増えてきた。静寂を破るキングコングのお通りだ。「お騒がせしました~♪」、「ほんと、お騒がせだよ」『お騒がせしました。』Tシャツ【おもしろtシャツ】【文字tシャツ】【メッセージtシャツ】
2021.03.07
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私は学生時代のノートに書かれた旅行のメモを解明することで、ミステリーツアーを楽しんでいる。ツアーのコースは、全6コース。1:能登 掲載済。2:北海道 掲載済。3:山陰 掲載済。4:九州 掲載済。5:大台ケ原 掲載済。6:九州から山陽である。今回は九州_山陽の一人旅だ。道連れがいるのは確かに楽しい。だが、一度は通らねばならない一人旅。旅先で人と交わらなければ、孤独な一人旅。さて、今回は電車を駆使して移動している。旅のスタートはブルートレイン。ワクワク。もちろん、初体験である。ここで、この旅の正しい楽しみ方について再再再掲する。この旅は文章中心だ。写真は実家の押し入れに入っていて手元にない。旅に出ると地図を片手にワクワクする人が適正だ。できれば、別のタグ/ウィンドウにグーグルマップを開いて、ルートを追随し、文章に登場するキーワードを検索する。添付されている写真を見ながら読むと、臨場感が沸く。私はそうして書いている。また、なるべく地元の観光協会のリンクを張ったり、ユーチューブのBGMのリンクを張ったりしている。これらも、別のタグ/ウィンドウを開いて見たり、聞いたりして頂くと楽しめると思う。今回は、地球とも出会うし、人とも出会う。女性ばかりとは限らない。長い旅になりそうだ。EF65ブルートレイン展望 寝台特急 なは(姫路〜新大阪〜京都総合運転所) [DVD]
2021.03.07
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オリンピックが開催できる世の中になって欲しいな。そのために自分にできることは、まず、手洗い、うがい、マスク。少なくとも、これで、インフルエンザが激減している。コロナだってやっつけられる。橋本さんには是非とも頑張ってほしい。エールを送ります。話は変わりますが、最近は入口を工夫して扉のないトイレが増えてきたが、古いトイレには必ず扉がある。スペースに余裕のない小さなスナックでは、間違いなく扉がある。その扉の取っ手は、たくさんの人が握るのだ。そう思うと、トイレの中で手を洗うことに矛盾を感じるのだ。**手洗い考**とある都内の酒場での出来事である。その日は、我が営業部の目的達成を祝って、打ち上げの飲み会が行われていた。多くの人が参加する席で私が酔うことはまれであった。その日の幹事は、私の好みを知っていたのか、会でジョニ黒のボトルが出された。飲まないわけにはいかない。で、この有様だ。私はすごく酔っていた。体内に投入した液体はアルコールを吸収した後、残った水分をぼうこうに蓄えていく。私のぼうこうは安全貯水量を越した。「トイレ」誰に言うともなく、私は仲間に手を振りながらトイレに向かった。店の奥にトイレがある。男性用と女性用の2つの扉があった。私は黒色の人型を確かめて、取っ手を回し手前に引いた。男性用に間違いない。トイレの中には3つの朝顔と1つの個室があった。今は宴会の時期である。店内に多くの人がごったかえしていた。私が入った時も2人の酔っ払いが、3つあるあさがおの両端を使って放水していた。不思議なもので、両側が使われている場合、その真ん中でするには勇気がいる。私はしばらく2人が終わるのを待っていた。洗面器から離れた側が空いたのでそこに落ち着いた。チャックをさげ、一物を取り出す作業に取りかかる。その段になって、急に尿意が襲ってくる。すぐに放水できるというのに待てないのだ。ブルブルと尿意を振り払ってから放水を開始した。先の2人が、私の視界の中で、手も洗わず出て行った。「トイレに行ったら、手をよく洗いなさいよ。汚いんだから」私は扉が締まるのを待って、彼等の背中に言った。放水は続いていた。私は一物の方向をあさがおの排出口に定めた。そこに尿が当たるとジョジョジョーと一番大きな音がでる。勢いよく放尿するのは男の甲斐性などと思っている男も多い。私もその一人だ。やっと、放水が終わった。2〜3度よく振って水きりをした。勢い余って滴が人差し指に飛び散ってしまった。「チィー、汚たねえ」私は人差し指を立てたまま、一物を仕舞いこみ、チャックを引き上げた。手を洗うために洗面台の前に行って気付いた。誰かがピザを洗面台の中に作っていたのだ。だから先ほどの2人も手を洗わず出て行ったのだ。私はしばし考えた。それは小さい頃からずっと気になっていたことだ。小さい方にしろ、大きい方にしろ、自分の体から出てきたものである。それを汚いと言ってしまったら、自分の体の中を汚いと言っているのと同じではないのか。確かに自分の物だからといって、小さい方をのんだり、大きい方を食べたりして、再び体の中に入れたいとは思わない。時々、そんな人もいるようだが……。もし、バイキンというものを汚いの象徴とするならば、それは自分の中から出てきたバイキンである。すでに自分は汚染されている。そう考えると、自分には影響がないではないか。そこで結論付けた。手についたバイキンは自分に対して汚いのではなく、それを直接であれ、間接であれ、他人になすりつけてしまうから汚いのだ。つまり、自分に対して汚いからではなく、他人に対して汚いから手を洗うのである。私はホットして人差し指にとび散った滴を振り落とし、扉を開けようとした。そして愕然とした。さっきの2人は手を洗わずこの取っ手を握っていったのだ。この握りは汚染されている。私はその汚染された取っ手を握らなければ、この密室から出て行けないのだ。私はパニックに陥った。しばらく思案をしていたら、再び尿意に襲われた。緊張のせいだろうか。2度目の放水をした。回復の早いのは若さの象徴だ。などと意味不明なことで意気がっている。落ち着いたところで。「さてどうしよう」そこに救いの神が現れた。取っ手が回り、男が入ってきた。男は放水にやってきたのだ。私は天使に出会ったようだった。「やあ」なんて、陽気を振り巻きながら、扉が締まらないように素早く足を差し込む。さらに蹴り開け密室から脱出した。天使を救ってやる奴がいるのかが気になったが、天使はバイキンごときに負けないだろうと私は席にもどった。再びあの密室に篭るのが恐怖なので、ジョニ黒を飲むのはやめにした。今日はいい教訓を得た。『飲む前にトイレで手が洗えるかを確かめる』375-37 スカイトイレ(朝顔・タンクセット) ポリエチレン 260角×770mmH UNIT ユニット
2021.03.06
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通過点しか記述していない。それが上記ノートだ。推理が大変。最終日である。今日も『大杉谷登山センター』のHPにお世話になる。HP掲載の大杉谷踏破コース 1泊2日コースを逆走している。5月4日(木曜) くもり大杉谷で3日間も続けて晴れるのは、珍しいことだそうだ。自然に感謝である。しかし、山小屋を出たのは最後だった。夜型人間で早起きが出来ない体質になっている。まず、平等嵓(ぐら)に向かっている。桃ノ木山の家から1Km、40分。「嵓」は「けわしく切り立った大きな岩」という意味だそうです。平等嵓と、平等嵓つり橋の360度写真です。次が、ニコニコ滝。平等嵓と猪ケ淵の間に流れ込む川を少し行ったところ。おお、ニコニコ滝を映しているドローンの360度静止画。ニコニコだけに4つのプロペラがある。元の川に戻り、更に下ってシシ渕へ。平等嵓から0.7Km、40分。水がエメラルドグリーンに透き通っている。シシ渕360度静止画。飲んでも心配なさそうだ。が、お腹の弱い私は自重して、飲むのは息だけにしておいた。次は千尋滝。シシ渕から、1.2Km、60分。道はアップダウンを繰り返す。川から離れたり、近づいたり。能谷吊橋を通過。上空からの眺めがこれだ。シシ渕~千尋滝前千尋滝~日浦杉つり橋~地獄谷つり橋~能谷つり橋~大日嵓後は登山口を目指すのみ。宮川第3発電所のある場所が登山口でここまで道路が繋がっている。現在は、ここからバスがあるようだが、完全予約制らしい。詳しくは、こちらのHPへ。我々は登山口からさらに、2.5Kmほど道路に沿って歩いた所にある、第3乗船場より、船で大杉乗船場まで船で行っている。今もあるようだ。詳しくはこちらのHPで。その近くから松阪駅行きのバスに乗ったと思う。現在はそのバスが廃止され、大台町営バスが、大杉~道の駅奥伊勢おおだい間を結んでいる。本数は少ないので、使う場合は調べて下さい。こちらのHP以前より山の中は危険度を増しているようだ。熊あり、鹿あり、まむしあり、スズメバチあり、その他の虫たちも。さらには、大雨による土砂崩れなどもあったりする。行き交えりの交通の便も面倒にねっているのかもしれない。旅行記を紹介しておきながら、気をつけてねと言い添えたい。ひたすら淡々とルートを紹介しただけだったなあ。地球との出会いとはそんなもんだ。以上、大台ケ原の旅を終える。景品 目録 肉 【松阪牛焼肉用400g】 A3パネル付き 忘年会 ビンゴ景品 オンライン飲み会 リモート飲み会 抽選会 キャンペーン 販促 コンペ ゴルフコンペ賞品 企業イベント 法人イベント! 売れ筋の松阪牛 産直肉! 送料無料
2021.03.06
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お酒のCMではなく、リクルートのCMなんだけど、「いいの、あれがあいつの仕事」って台詞が、なんかいいなと思った。地元の自治会はとてもディープな組織だ。関わると、とんでもない。当然、飲む機会も多い。その陰に小さな物語が……***これが私の仕事***ちょっと気になるスナックが、駅前通りのスーパーの前にできたのは約1ヶ月前だ。ピンク色を基調とした小さな扉の上に、大きく書かれた『優』という字が私を誘惑する。スーパーは夜遅くまで営業しているので、スナックの前の人通りは、10時近くまで絶えることがない。町内の奥様方の目が光っているかもしれないと思うと、扉を叩くのもはばかられる。さりとて10時を過ぎると、周りの灯りも消え、急に寂しくなり、ちょっとやばい店ではないだろうかと思えてくる。今まで店の扉が開いていたのを見たことがない。内装がどのような造りで、どのような雰囲気の店なのか検討がつかないでいたのだ。それが、ひょんなことから『優』を訪れることになる。7月終わりの週末に、地元の自治会の寄り合いがあった。とてもローカルな話だ。私の住んでいるマンションの管理人さんの代理で、マンションの住民が順番で自治会に参加するルールになっている。私の番が巡ってきた。その場に居ればいい、親睦が目的なのだ。周辺住民の重鎮たちの四方山話を聞いていればいいのだ。ただ、たまたまその日は自治会の後に、納涼会が予定されていた。「あんたもいっしょにいらっしゃい。 重要な話があるから」会をしきっていた30代後半の男性が、私を誘ってくれた。元来、酒を飲むことは嫌いではない。しかし、大勢で飲むことは私の性格上、断ることが多かったのだが、会場が件の『優』ということだったので行くことにした。御婦人たちと人付き合いの悪そうな老人たちを除いて、一様ににやけた顔の、10人くらいの男たちが、単パンとTシャツの軽装でぞろぞろと商店街に向かって歩き出した。(こんな軽装でいけるスナックなんだ)私は身構えていたが、少なくともやばい店ではなさそうだ。ピンク色のミラー扉が開き、中に通される。店は奥に細長く伸びていた。約10mはあるかもしれない。入口近くに明るく静かなカウンター席があり、個人でやって来たスーツ姿の人たちが席を占めていた。横にいるホステスの質も高そうだ。奥に行くに従ってBGMの音量が高くなっていく。灯りもやや暗くなってきた。長いテーブルが左右に2列に並び、それに沿ってグループ客が座っている。各グループに一人の割合でホステスが付いていた。カウンター席を振り返ってみた。何処となく、ホステスの質が落ちるような気がした。気のせいかもしれない。我々は左側の席を座った。一番奥がステージになっている。このスナックも当世流行のカラオケを装備しており、客が立ち替わりステージに立っていた。町内会の人たちの何人かは、このスナックのお馴染みのようだった。店に入って席に座る前に景気付けだといって、曲を入れている者。勝手知ったるトイレに直行する者。ママさんと愛好を交わす者。その他の人の顔も一様に崩れている。特に目が垂れ、口が半開きでパンダのようだ。もちろん私もご多分に漏れず、である。私はここでは新参者である。それで、末席に座って状況を眺めていた。こんなところでは自分の飲み物の主張はできない。出てきたボトルはジムビーム、右へ倣えのウーロン茶割りだ。初めての経験である。一口飲んでみる。ウーロン茶の味が強く、アルコールの味が全くしない。しかし、たくさんのアルコールが入っているはずだ。アルコールのむせ返る匂いがした。私の前に氷とウーロン茶とジムビームが置かれたトレイが運ばれてきた。そして、女が一人、後から付いてきて、私の横に座った。我々担当のホステスである。さっそく名前を聞いてみた。「『きみ』です」(英語にすれば『You』つまり『優』だな)と私は連想している。『きみ』の動きがどことなくぎこちない。「働き出してからどのくらい」「2ヶ月」ピカピカの新人だ。自治会のメンバーに私は知り合いがいないので、隣に座ったのを幸いと、『きみ』と話を始めた。25歳。星座はおうし座。独身、恋人募集中。広島出身。好きな食べ物は、生ガキと広島風お好み焼き。20歳の時に仲の良かった友だちにくっついて上京してきた。私は早々にこれだけの情報を入手した。 「広島には何もないから」というのが上京の理由だ。「彼氏に付いてきたの」と、オジン的質問をした。『きみ』はそれには答えず、テーブルの空いたグラスを拾いに行った。グラスに氷を補充し、ジムビームとウーロン茶を入れ、再び配給する。これが彼女の仕事である。おじさんとの会話は付随的なものだ。ジムビームとウーロン茶の比率を見ていると、6対4でジムビームの量の方が多い。味はしないがやはり結構アルコール度は強いのだ。瞬く間にジムビームが空になる。まあ、10人いるのだ。1本や2本では収まらないだろうと思ううちに4本が空になった。すごいの一言だ。ふと見ると町内会の人々が乱れていた。そこへ、にこにこ顔の『ママ』がやってきた。30代半ばの優しそうな福顔をしている。名前は『優子』である。店の名前はこちらが由来元だった。「今、トイレに入っている人に言っておいてくださいね。 カギをしめて下さいと。 私、扉をあけて見てしまいましたよ」挨拶代わりに場を和ませる。「りっぱねと言ってくれました」私はすかさず突っ込みを入れる。「いいえ、『小ちゃいわね』って言ってしまったわ」と大笑い。『ママ』も乗りのいい人だ。しばらくしてトイレから帰ってきたのは私を『優』に誘ってくれた男だった。重要な話があると言っていたが、それはもちろん口実だ。帰ってきた彼に、『ママ』が声をかけている。「りっぱでしたわ」『ママ』は臨機応変にボケをかます。カラオケにサザンの「つなみ」を頼んだら、「つまみの追加ですか」とボケられる。ここはそういう場所なのだ。隣の『きみ』はそんな会話にも参加しない。相変わらず、空のグラスをゲットしては、せっせとジムビームとウーロン茶を埋めていく。それが彼女の仕事だ。席を頻繁に立つので「落ち着かないね」と私がいうと、「今度一人で来てくれたら、ゆっくり話せるわよ」と営業に余念がない。「たぶん、2度と来ないと思うよ」というと、「どうしてですか」と突然に腕を組んでくる。甘えているのか、営業方法なのか。経験の少ない私は、見るもの、聴くもの全て目新しい。私は確かに一人酒には慣れているが、それは大人しいスナックでの話だ。お祭り系のスナックは一人では来にくい。『きみ』はノースリーブの服を着ていたが、それを脇の下でしきりに引っ張り上げている。胸が小さいのか、ひっかかりがなく下がってくるようだ。胸が小さいからとは失礼な言い方だと思いながらも、彼女は5分も空けずに、服を引っ張りあげている。それを指摘すると、「気になりますか」といながら、平気で再び引っ張り上げていた。色気のないお嬢さんだ。『きみ』は再び空グラスをゲットに行った。ジムビーノを空にして落ち着くと、ステージを見てはやし立てている私の後にちょこっと座っている。後からの視線が気になり振り替えると、小さな瞳が私を見据えてキラキラしている。「エッ、何」『きみ』は決して自分から会話をスタートさせない。「大人しいね」「私、親しくならないと、なかなか話せないんです」ホステス業にはあるまじき事をおっしゃっている。「私と話したければ、通い詰めなさい」という意味かも知れない。「それで、何……」「いえ」先に話が進まない。ちょっと、からかいたくなった。「これから『きみ』を口説こうと思います。 もちろん、ホテルに行きたいとか、抱きたいとか、 の口説きではないですが」と切り出すと。「口説くのに手の内を見せすぎですよ」と出鼻を折られた。さらに、「恋愛と結婚は別と考えています」とすかさず切っ先を抑えられた。新人といえども、この手の会話は一通りお手のものなのだろうか。『本気か遊びか。それが問題だ』というところだろうか1本を簡単に取られた私は、不得意な歌を歌うことにした。ステージ上で一人唸り声を上げてから席に帰ってみると『きみ』は他の席に移って、またしても、ジムビームとウーロン茶を注ぎまくっていた。ほっとしたような、寂しいような。恋の話題にはめっぽう疎い私だが、それにしても消化不良の会話をしてしまった。反省しきりである。その後の1時間を集団の中で一人酒しながら、2度と自治会の飲み会には参加しないぞと心に誓った。おまけセクシードレスのローラに釘付け!(全品P3倍 3/5限定)(最大200円オフクーポン 先着順)あす楽 時間指定不可 ジムビーム 正規 700ml×12本 40度【ケース(12本入)】【送料無料】[ジンビーム][ジム・ビーム][ウイスキー][バーボン][ホワイト][Jim Beam][RSL]
2021.03.05
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1983年5月4日 (水曜) 晴れ本日は、大台ケ原から大杉谷に向かって1泊2日の踏破コースをスタートする。推理の参考にするのは、 『大杉谷登山センター』のHPでHP掲載の大杉谷踏破コース 1泊2日コースを逆に歩くことになる。また、マップとして、大台町観光協会のHPに張り付けてある、ガイドブック『Cedar vol.2』を参考にしたので、併せてみてください。さて、出発だ。普通、山小屋に泊まったら、早起きして体調を整え、早立ちするのが常であるが我々はゆっくりである。昨日行った、日出ヶ岳に向かい、大杉谷へのコースに入る。1.9Km、40分。粟谷小屋まで、下り坂。周りはジャクナゲだらけ。3.3Km、90分。更に川まできつい下り坂が続く、逆走は大変そうだ。川まで来ると、川に沿って下っていく。 記憶が定かでないが、 大きな杉の木の間を大きな岩を足掛かりに下った。 自分が非常に小さく思えてきた。 晴れていたから良かったが、ここを暗がりの雨の中歩くと怖い。まずは、堂倉滝。粟谷小屋から堂倉滝まで、1.6Km、50分。登りだと80分とある。さらに、与八郎滝、隠滝を経て、光滝に着く。ここまで、1Km少しか。ここで昼食をとっている。昼食と言っても、ここでも飯ごうでご飯を炊き、ボンカレーを温めて食べている。私はボーイスカウトに入っていたので、アウトドアにも慣れているが、極力、荷物を少なくしたかったので、このようになった。食事後、七ツ釜滝を経て、1Km、1時間ほどか。桃の木の家に到着している。0.7Km、30分今夜の宿である。我々は最後尾だった。現在は、光滝と七ツ釜滝の間で、崩壊地があるのでご注意ください。『平成16年の豪雨災害で、巨大な岩か積み重なりつくられた「崩壊地」。あれから10数年が経ち、崩壊地の付近にも新しい木々が芽吹いてきました。自然の強さを感じる場所です』大杉谷登山センターのHPより。夜、河原でミニキャンプファイヤーをしたみたいだ。3人で何をしたのだろう。続く。PS 紀伊山地の山を歩くときのご注意大塚食品 元祖ボンカレー 200g 30コ入り (4901150129015c)
2021.03.05
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私は和歌山出身で、大学まで関西で暮らしていた。就職で関東に上京し、以後定年まで関東で暮らした。関西と関東で色々な違いに驚いたものであるが、今日の出だしの話題は桜餅である。私はお酒も好きだが、甘い物も好きという両刀使いだ。「桜餅下さい」和菓子屋で注文すると、ピンク色をした、どら焼きのようなものが出てきて驚いた。調べてみると、関西で『桜餅』と呼ばれていた物は、関東では『道明寺』という。ちなみに、関東の桜餅の正式名は『長命寺』というらしい。『道明寺』? 「それって安珍と清姫の寺やん」初めて道明寺と聞いた時に私はそう思った。『道成寺』と勘違いしていたのだ。「道明寺って、どこの寺や」、と調べてみると、大阪藤井寺市にある『道明寺天満宮』。「なんと神社だったか」と、思いきや、昔は尼寺のお寺もあって、こちらが餅の本家だったとか。話変わって、私が奥さんと一緒に都内の芝公園に遊びに行ったときの事、大きなお寺が隣にあって、「何という名の寺や」と妻に聞くと、『増上寺』と教えられた。その時も、「それって安珍と清姫の寺と同じやん」と思った。和歌山県人は前にも言ったが、『さ行の濁点』と『た行の濁点』の区別がつかない。『増上寺』と『道成寺』は同じに聞こえるし、同じように発音してしまう。前置きはこれくらいにして、今日、ご紹介したいのは、『道成寺』である。この和歌山県最古の寺にまつわる話は大きく2つある。一つ目は、創建者が、藤原不比等の娘、宮子であること。二つ目は、歌舞伎で有名な、安珍と清姫の物語の舞台であること。まずは一つ目。何故、藤原不比等の娘、宮子が創建者なのか、宮子は天智天皇の娘の持統天皇の孫の文武天皇の夫人であり、701年、文武天皇とともに、紀州に行幸に出た折に創建を願い出たとある。宮子は不可思議な人である。同じ701年。後の聖武天皇である皇子を生んだ。産後、心的障害により、皇子を抱くことも出来ず、平癒したのは737年。36年ぶりにすでに天皇となっている聖武と会ったそうだ。何故、ここに道成寺を立てたか?****いつものように、私の勝手な想像が始まる****熊野古道の入口の藤白神社に有馬皇子を祀り、熊野詣の安全を祈願したと、藤代神社のところで勝手な言い分を述べた。ちなみに同じ7世紀の後半に、熊野古道の通りで有田川のリバーサイドに糸我稲荷神社ができている。これは稲荷神社で一番古いとされている。藤白神社は政府天皇家の出先機関。糸我神社は経済界の大物、秦氏の出先機関。藤原氏が台頭してくるのは、縣犬養三千代が不比等の妻になってからである。三千代が後に聖武天皇の皇后となる光明子を産んだのが、なんと701年。聖武天皇も光明子も同じ年で、どちらにも不比等の血が流れている。一方、不比等は藤原京の遷都にも当然関わっていただろう。日本書紀には、690年に藤原京の着工が始まり、694年から710年の16年間に都として機能していた。飛鳥池工房遺跡は7世紀から8世紀にかけて稼働していた。少なくとも藤原京に都があった時には不比等が実権を握っていただろう。もしかしたら、藤原京内にも新しい工房を作っていたかもしれない。そのため、貴金属の素材確保が重要となり、熊野古道上の拠点に道成寺を作った。創建者は宮子となっているが、裏で不比等が動いていたと考えている。道成寺のある場所は、日高川のリバーサイドだ。不比等の子、藤原4兄弟が、天然痘で死んで一度は落ちぶれたが、その後、復活し長く政界を牛耳った。熊野古道のルートも藤原が管理していた。****第一部の想像はここまで****二つ目の安珍と清姫の話から、事件が起きたのは、928年。一夜の宿を求めた僧・安珍を清姫が好きになった、安珍は熊野参拝の後に、もう一度よるからとその場を逃れる。しかし、帰りによらず過ぎ去ろうとする。清姫は裏切られたと知るや大蛇となって安珍を追い、最後には道成寺の鐘の中に逃げた安珍を焼き殺すという、事件が起きた。それが後に、安珍清姫物語として歌舞伎などで演じられた。何故、このような事件を作り出したのだろう?****いつものように、私の勝手な想像、その2が始まる****偶客婚というのをご存じであろうか。小さな村の中だけで婚姻を続け、子孫を残し続けると、血が濃くなり、子孫に遺伝子異常が起きてしまう。それを避けるには、他からの血を導入する必要がある。人を連れて来るのは誘拐となってしまうので、村を訪れた旅人に一夜の宿を貸すとともに、妻を伽に差し出すのである。そして、旅人の遺伝子をいただくのである。今でも中央アジアの遊牧民にこの風習が残っているらしいが、太古の昔には全世界であった風習である。この偶客婚の風習が熊野古道の界隈にもあったとしたらどうだろう。安珍清姫物語は、この「偶客婚を断ったら呪われるぞ」という脅しともとれる。それじゃあ何故、熊野古道の入口付近で偶客婚を断るなという脅しが必要なのか。熊野古道界隈の村々の住民は、何かにつけ、紀州鉱山と関係があったのではないだろうか。紀州鉱山で働いていたとすると、鉱山の毒素・鉱毒にやられて病気になっていた可能性がある。当時は何が原因か分からなかったであろう。鉱毒に侵された人が子供を作ると、子に移ると考えたとしたら。極力、他の地域の遺伝子を受け入れて子孫を残そうと考えたと思われる。熊野詣が盛んに行ったのは、貴金属の資源を確保するとともに、労働力となる地元民の子孫を増やすための外からの遺伝子を運ぶ目論見があったのではないだろうか。上皇は、家来たちに、熊野古道の入口で安珍清姫の物語を聞かせ、「一夜の遇客婚を決して断るでないぞ」と意識づけたのではないだろうか。それで、そう言いふらしたタイミングであるが、安珍清姫の事件は928年に起きたとあるが、それが書物に残されたのは、『大日本国法華験記』及び『今昔物語集』である。『大日本国法華験記』は、長久年間(1040年-1044年)に首楞厳院(比叡山の横川中堂)の鎮源が書いたものとされる。安珍清姫の話が収録されているが、すごくあっさりとした内容である。一方、『今昔物語集』は、1120年代~1449年の間に成立したものと思われ、安珍清姫の物語もしっかり脚色されて載っている。作者不明だが、当時の権力者の意向が反映されていたと考えてもいいのではないだろうか。それで、当時の権力者とは、白河天皇とその父、後三条天皇で藤原の支配から脱却しようと画策していた、まさにその頃である。政敵は藤原道長とその長子・頼通であり、藤原家絶頂期である。しかし、その藤原家はつまずいてしまう。白河天皇は院政を始め、天皇家の権力を取り戻す政策を次々と打ち出していた。鳥羽離宮の建設もその一つで、まるで、遷都の様だったという。藤原家の勢力範囲を少しづつ塗り替えていたと思われる。道成寺の『かみなが姫』の伝説もその一つだ。それまで、道成寺は、藤原宮子の非凡な才能を伝承として語り継いでいたが、それを『安珍清姫の物語』で上塗りした。現在でも、道成寺=安珍清姫物語で通じるが、藤原宮子の『かみなが姫』の伝説を知る人は少ない。つまり、白河天皇は、道成寺の藤原の伝承を打ち消す良い方法はないかと考えた。当時、白河天皇が手に負えないのは、「賀茂河の水、双六の賽、山法師」だったそうだ。そんな折、山法師(比叡山の僧)に関係した僧が『大日本国法華験記』なるものを書いたという。読んでみると、道成寺の事件『安珍清姫物語』が書かれていた。白河天皇は「これだ!」と思ったに違いない。山法師も利用できる。近しい物書きに『大日本国法華験記』の話を元ネタに、脚色した、万人好みの物語を作らせ、『今昔物語集』に収録した。この『脚色された安珍清姫物語』は道成寺に送られ、寺の伝承として流布するように指示をだしたというのはどうだろう。いやー。不謹慎かな。でも、熊野本宮大社のすぐ近くに、湯の峰温泉がある。小栗判官の話で有名な『壷湯』があるところだ。壷湯の効能に毒消しというのがある。上皇たちが熊野本宮大社に参る前に、この湯の峰で湯ごりをしてから参ったそうである。この湯に入れば、自分たちは鉱毒から守られると考えていたのではないだろうか。などと、想像しながら、道成寺を参ってみるのもおもしろい。おまけ、昨日は3月3日ひな祭りである。私はりっぱな主夫でもあるので、昨日は道明寺を買ってきて、ちらし寿司を作り、妻と娘と息子夫婦に食べさせた。それがこれです。自分でいうのもなんだが、おいしかった。桜もち6個入 花見 お花見 桃の節句 ひな祭り 初節句 和菓子 生菓子 誕生日 プレゼント お取り寄せ 老舗 手土産 スイーツ お取り寄せ 老舗 高級
2021.03.04
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美人なんだけど、どこかずっこけが似合う人がいる。『謎解きはディナーのあとで』のイメージがあるせいか、例えば、北川景子とか。ビール(くつろぎ仕込み)のCMにも出てた。**ずっこけ娘**久しぶりに若者たちと体を動かした帰りである。汗の補給に行きつけの酒場に若者を連れて行った。そこは駅前のビルの地下にある『海幸』という居酒屋だ。若者の名前を仮に山幸、海幸としておこう。山幸と海幸は、ひたすら大ジョッキの生ビールをあけていく。私も一杯目だけ付き合ったが、2杯目はやはりジョニ黒のロックである。肴の皿がテーブルに2巡したころ、シンデレラタイムを回った。スタートが遅かったこともある。「そろそろ、食べ物のラストオーダーになります」おかみさんが若者たちを誘惑する。3巡目の皿を注文した時、入り口の扉が開いた。階段を下りてくるハイヒールの音がした。姿を表わしたのは若い女の2人組。ちょっと気取った登場であった。しかし、先に降りてきた女が、階段の最期を踏み外し、よろけて壁に手をついた。「おっと、気をつけてよ」おかみさんが声をかける。「すでによっているんじゃない」山幸が冷やかした。よろけた女がちらっと笑顔を我々に送ってみせたが、それには答えずおかみさんと話し始めた。「最期の一段はそんなに高くないのね」「そうなのよ。どうしたのこんなに遅く」「ちょっと、ビールだけ頂こうと思って」私はその言葉に引かれるものがあった。私の若いころ、若い女だけで酒場に入ってくる人はいなかった。ましてこんなに遅く、お酒を飲むためだけにやってくる世代ではない。『ちょっと、ビールだけ頂こうと思って』何が彼女たちにそう言わせるのであろうか。すでにお酒は入っているようだ。顔がほのかにピンク色。とにかく陽気である。どこで飲んできたのであろうか。どこかの男2人と、2対2の飲み会をしてきて、その相手が不作であったために口直しにきたのだろうか。今はそんな時代である。2人の女の内、もっぱらしゃべっているのはずっこけそうになった女である。ずっこけ娘は、時々こちらに視線を送ってくる。山幸、海幸の品定めをしているのだろうか。彼女たちは、流行りのキャミソールを着こなしている。中年女性が見たら顔を背けてしまいそうなやつだ。下着素材のミニスカートと、胸のざっくり開いたブラウス。ただ、嬉しかったのは、激やせでなく、2人ともそれなりのボリュームを持っている。席に座ると、ポンと足をテーブルの外に放り出して組んだ。その悩ましさに男3人はしばらく眺めてしまった。美味しい酒である。肴も上々。視線だけの会話を楽しみながら、私は2杯目のロックをダブルでもらった。女たちのテーブルにビールと刺身の盛り合わせが運ばれてきた。「これ、私からの」おかみさんが言う。「わあー、ありがとう」かんぱちの一切れを口に運ぶ。箸使いは申し分ない。口への運びも優雅だ。向かえ口をほんの少し。それに伴って上体がわずかに前に傾き、胸の谷間が強調された。視線を我々に送るのも忘れていない。今度は気のせいか、笑顔の追加もあったようだ。「こんなに露骨に眺めていていいのかな」私は思わず声にだしてしまった。「いいんじゃないですか」隣に座っている山幸も同じ体制である。「彼女たちもそれを望んでいるんですよ」対面に座る海幸は、体をよじってみている。ずっこけ娘も我々を咎めようとしない。むしろ、喜んでいるようだ。しかし、それも5分と持たなかった。2つのテーブルの視線による会話も跡絶え。それぞれに盛り上がりをみせた。30分後、我々は店をでた。帰り際、ずっこけ娘ともう一度視線が交わった。女は会釈しようとして、手元の箸を転がしてしまい、大笑いしている。それに気を取られた私は、階段の一段目でずっこけてしまった。 tugumi ラバースタンプ クリスマス ずっこけサンタクロース 縦14mm×横33mm (0058B-3040)
2021.03.04
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大台ケ原~大杉谷の旅の始まりです。上記ノートは、旅に出る経緯と、1日目の様子が書かれています。今回は、車の中でのメモ書きと違い、多くの文章で記載されているので、それを補足する形で推理します。「大杉谷はええ所や」と言い出したのは上川だった。どこで聞きつけたのか、今年の始めから一人で騒いでいた。「4WDで行ける所まで行ってやな、 (誰も4WDを持っていない)その他、道なき道を進まにゃいかん。 (道がなければ進めない)つり橋は落ちているし、崖崩れは怒るし、もう、命がけや~……」 (命あっての・・・)「奈良や、三重にそんな秘境があったなか?」「何言うてんねん。よし、確かめに行こやないか」と旅に出ることになる。「ほんなら、わしも行くわ」と、北西が話に乗っかった。1983年5月3日(火曜) 晴れ旅の始めは、4WDではない。地道に電車とバスで現地に向かう。大阪天王寺の近鉄阿倍野駅より、特急で大和上町まで行き、それより、奈良交通のバスにより、大台ケ原の駐車場に着く。時間は書いていないが、我々の事だ、午前8時ごろに天王寺に集合したのだろう。今の時刻表で調べてみると、近鉄阿部野橋⇒大和上市へは、特急で、8時10分発、9時21分着がある。料金は990円+指定券520円。急行でも、8時20分発、9時48着がある。料金は990円のみ。うん? 何故、特急に乗った? まあ、いいか。大和上市から、大台ケ原駐車場までは、奈良交通のバスとある。調べてみると、おっと、午前9:00発、1日1本のみ。大台ケ原には、10時51分に着く。料金は2050円だ。これだと、天王寺集合時間は1時間ほど前倒しだ。天王寺7時集合、大台ケ原に11時頃到着したとしよう。もちろん、自分の車で大台ケ原にも行けるが、途中の道は狭く、山道に慣れていない人はバスを勧める。実際、側溝にタイヤを落とした自動車のために少々時間をくっている。私の場合、運転に自信はあったが、今回の旅は出発地と到着地が違うのだ。今日は大台ケ原の散策である。大台ケ原のマップ、及びコース紹介について、『上北山村』のHPを参考にし、推理を行った。まず、大台荘に荷物を置きに行っている。大台荘は今夜の宿だ。大台荘は、今は『心・湯治館』と名を改めて運営しているようだ。HPを見ていただきたい、個室もあるようだ。開業期間や料金が書かれている。場所はビジターセンターの北100mの地点。我々は大台荘に荷物を預かってもらっている。素泊まりの大部屋だったようだ。当時、個室や夕食があったのかは覚えていない。大台ケ原の地図を見ると、1日では回り切れないほど見所満載である。散策に出かけた、駐車場から西に出て、しばらくして南に向かいシオカラ谷に下っていく。1.4Km、40分の所に、シオカラつり橋がある。河原に降りて、川を東に向かって下り、東の滝の下に出た。中々、ワイルドな滝だ。一休み。滝の下から上に登る道があった。滝の上からも見ている。一休み。自然に癒される。つり橋まで戻り、南側のシャクナゲ坂を登って、途中、右手に曲がり、東側にある大蛇嵓(だいじゃぐら)に向かう。2Km、40分。行ったのはGWだった。シャクナゲの見所は5月20日から1週間程度らしい。惜しい。大蛇嵓は大台ケ原の人気No.1のスポットである。360度写真その1、その2、その3。800m断崖絶壁の自然展望所に尻の穴がきゅっとすぼんだ。戻って、西に向かい牛石ケ原へ、0.5Km、15分。360度写真その1、その2。更に、尾鷲辻の東屋を経て、正木ヶ原へ、1.3Km、30分。360度写真その1、その2。途中、熊によって皮がはがされた木が立ち枯れていた。木に熊の爪痕が残っていた。お願いだ、目の前に出てこないでくれ。正木ヶ原から、北へ日出ヶ岳に向かっている。1Km、40分。ここにシロヤシオというツツジ科の木が群生している、見どころは6月上旬。日出ヶ岳は大台ケ原の最高峰1695mで、展望台があり、360度のパノラマを見ることが出来る。日出ヶ岳から駐車場に戻っている。2Km40分。途中、野生の鹿に遭遇した。鹿は我々を見ると、ぴょんぴょん跳ねて逃げて行った。鹿もいるんだと、驚いたが、熊でなくて良かったとも思った。くるっと標準コース1周で、約9Km、4時間。ストリートビューでも歩けるようですが、実際に歩くよりも時間がかかります。気を抜くと、どちらに進んでいるか見失い遭難します。興味のある方は、このページから、適当に進んでください。今回、回ったのは東のコースと呼ばれるもので、もう一つ、西のコースと呼ばれるものがあるが、こちらは入山に申請が必要なので注意してください。上級者コース、9Km、5時間とあります。午前の11時頃から散策を始めたとすると、大台荘にもどって来たのは、午後の3時から4時頃か。自炊をしたと書いているが、飯ごうでご飯を炊き、ボンカレーを温めて食べた程度と思われる。夜、駐車場に出て星を眺めている。現在では、心・湯治館で、夕食後、星空観賞を行っているようだ。ただし、営業期間は、4月第4土曜日〜11月第4日曜日まで。確かめてからいきましょう。5月だというのみ、ストーブを炊いているとは、防寒具も忘れずに!!つづく。大台ケ原 高見山・倶留尊山
2021.03.04
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思わず、見入ってしまう人っているよな。深キョンもその一人かな。エビスのビールのCMをしていたんですね。電車の中なんかで偶然出会ったら、それこそ夢心地でしょうね。思わぬところで、ラッキーと思える人に会えたとき、ただひたすら見つめてしまうことってないでしょうか。目が合って非難されたとしても、ただひたすら見つめてしまう。**夢の超特急での出会いは夢のよう**夢の超特急・新幹線に揺られ、仕事で関西に向かっている。車内の売り子から水割を1杯と、さきいかを買い求めた。それと持参したジョニ黒のミニボトルが3本。私は関西への出張の時には必ずこれを持っていく。私は6号車の指定席、5番通路側Dに座っていた。5号車までが自由席なので、新横浜を出た直後、自由席に座れなかった人々が6号車に流れ込んできた。それを見越して、車掌がキップの検札を始めた。6号車の1列ABCの席に、東京から乗っていた3人のビジネスマンが座っていたが、検札が始まると鞄を持って、自由席に方に逃れていった。指定券を持っていなかったようである。私はこの時点で、ジョニ黒の1本目にとりかかっていた。私はそのドタバタを見やりながら、グビグビと、2口ジョニ黒をすすり、さきいかを2、3本口に放り込んで、クチャクチャ。開いた席の内、自由席から来た若いカップルが2つの席を占めた。彼等は回りをキョロキョロ見渡している。私もつられて後方を見渡してしまった。彼等も指定券を持っていないようである。とりあえず、席を確保しておいて、誰もこなかったら、座ってしまおうという魂胆なのだろう。そこへ、キップを振りかざした年配の女が1人入ってきて、1列目の席に横で立ち止まった。「やっぱり、いるんじゃない」それをみて、若いカップルが席を立った。「ここの席いいんですか」年配の女性が戸惑ったようすでカップルに尋ねた。「ここの席じゃないのですか」「いいえ、車掌さんに話があるの」「なんだ、違うんだってよ」若いカップルは再び席を占める。10列あたりまで検札を済ませていた車掌が、1列の席で騒いでいるのを見て戻ってきた。「キップを拝見します」若者達がキップを探している間に、先ほどの年配の女が車掌に話しかけた。「電車に乗り遅れたんですけど、指定取れますかね」「5千円程かかりますよ」ちらっとキップを見て車掌が言った。「うわー」悲鳴を残して、年配の女は自由席の方へ戻っていった。(だめだよおばさん。乗り遅れちゃ)私は心の中で、にこにこしながら、再びグビグビ、クチャクチャ。若者達が指定券代を払っていると、残されたもう一つの席を学生風の女の子が陣取った。再び車掌が女の子のキップをちらりと見る。「これでは指定がとれませんね」どうやら、自由席限定のエコノミーキップだったようだ。学生さんも退場である。(こらこら安い切符なんだから、立っていなさい)グビグビ、クチャクチャ、えらそうな私である。車掌が過ぎ去って1分程後に、小柄でレザースーツに身を包んだ17、8の女王様がドカンと残されていた席についた。(おっ、ハクイ)先ほどの学生風の女の子より年下と思うが、呼び名として女王様がぴったりする。しばし、グビグビク、チャクチャを中断し、見とれてしまった。女王様は席につくと、着ていたレザーの上着を脱ぎ、足元の床の上に投げ出した。さらにマフラーをとり、その上に無造作に重ねる。ミニスカートのすそを引っぱりだし、ポンと足を組んだ。(ホヘェー)ワイルドである。顔は今流行りの小顔、といっても、こればかりは取り替えるわけにはいかないが。口元は真っ赤なルージュ、真っ白な歯がキラリ。しっかりと存在感がある。目元すっきり、頬紅は奥深く、バランスの取れた美形である。ごてごてした感じではなく。過度に飾らないが、決めるところはしっかり決めている。椅子の背もたれを遠慮なく倒すと、抱えていたビニール袋の中から大きなカステラパンを取りだした。食パン1斤分はあるかと思える大きさである。女王様はそのカステラパンを千切っては大きく開けた口の中へ、次々と放り込んでいった。私はあっけにとられて、同じく口を開けて、しばらく見つめてしまった。見ている私が喉をつまらせてしまいそうなくらい、女王様は大きく千切ったパンをちぎって口に放り込む。パンは1分足らずでなくなった。私は女王様の代わりにジョニ黒で喉の詰まりを取り除いた。女王様が次に取り出したのは、ポテトチップスの大きな袋である。それは普通のとは違い、どこか健康食品売り場で売っていそうな透明のパックに入っていた。中のチップも手作りのようで、色々な大きさが混じっていた。全体的には一枚一枚が大きい。彼女は再び果敢に攻めた。ポテトチップをかじることなく、大きなまま口の中に押し込む。それからムッシャラクシャラと噛み砕くのである。2分かけ、ポテトチップスをたいらげた。私はまたジョニ黒を飲む必要を感じた。女王様がごみ袋をまとめてひねりつぶしているところに先ほどの車掌がやってきた。「後ろの方にいらっしゃいましたよ」と、小声で告げた。彼女はありがとうも言わず、表情一つ変えずにマフラーを首に巻き、レザーの上着を羽織ると、くるっとターンして後ろの席に歩いていった。(カッコイー)赤ら顔の私は失礼にも彼女の足元から顔にかけて、視線でなめ回し、さらに通路を過ぎ去っていく後ろ姿を追ってしまった。気付くと、通路側に座っていた多くの男性客が後ろを向いていた。私は自分の行いの非礼さに気付き、顔を元に戻した。彼女の座っていた6号車1列Cの席には、ひねりつぶされたビニール袋が残っていた。超特急・新幹線の中を通り抜けた、夢の超特急だった。ハローキティ 新幹線 幸せの黄色いカステラ 0.6号 トートバッグ付 [ プチギフト スイーツ お菓子 かわいい 子供 小学生 ギフト ホワイトデー お返し ホワイトデーのお返し ]TC11
2021.03.03
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私は学生時代のノートに書かれた旅行のメモを解明することで、ミステリーツアーを楽しんでいる。ツアーのコースは、全6コース。1:能登 掲載済。2:北海道 掲載済。3:山陰 掲載済。4:九州 掲載済。5:大台ケ原6:九州から山陽である。今回は大台ケ原の旅だ。この旅の道ずれは、北海道、山陰の旅で一緒だった上川(仮名)と、初お目見えの北西(仮名)だ。上川の紹介はもういいだろう。北西について紹介しておこう。彼も同じ講座だ。頭が良い。記憶が良い。日記を書いている。彼は言っていた。日記を書き溜めて、50歳になって、頭が沸騰してきたら小説を書くんや。彼とは、大学卒業以来会っていない。小説家になれたのであろうか?彼に影響を受けて私も日記を書き始めた。(大学ノートに)今では、PCに向かってブログを書いている。彼のお蔭だ。今回も間違いなく『旅は地球との出会い』である。吉野からバスで大台ケ原へ、大台荘に一泊して、次の日は、滝巡りをしながら、大杉谷の桃の木小屋で1泊。最終日、宮川に沿って下り、途中からバスで松阪市に抜ける。ここで、この旅の正しい楽しみ方について再再掲する。この旅は文章中心だ。写真は実家の押し入れに入っていて手元にない。旅に出ると地図を片手にワクワクする人が適正だ。できれば、別のタグ/ウィンドウにグーグルマップを開いて、ルートを追随し、文章に登場するキーワードを検索する。添付されている写真を見ながら読むと、臨場感が沸く。私はそうして書いている。また、なるべく地元の観光協会のリンクを張ったり、ユーチューブのBGMのリンクを張ったりしている。これらも、別のタグ/ウィンドウを開いて見たり、聞いたりして頂くと楽しめると思う。それじゃあ、地球との出会い、やったんねん。やっ探年だ。今回は短いよ。【現品 No.2563】 ツクシシャクナゲ(大台ケ原産) 8号(24cm)(蕾多い) 【送料無料】【盆栽素材】【庭園樹・庭木】【樹木・花木】【山野草】
2021.03.03
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真田広之が歌っているCMがある。それと今日の物語とのつながりは、閃いた人だけ分かります。分かりました。ぜんぜん?物語の中では、ジョニ黒大好き青年なんだが、実際の私は日本酒もワインも焼酎も、美味しければ、何でもウェルカムだ。今日は、ちょっと浮気をして日本酒の話。(20数年前の話かな)**満月 14代と而今というお酒**近頃のことである。故郷に帰ると必ず立ち寄る店がある。駅前の喧騒から少し離れたところにポツンと孤立しているビルがあり、その地下に新しく出来た『満月』という名の居酒屋だ。藍色のじんべいに女性は赤の、男性は紺の帯を締めた店員が礼儀正しく出迎えてくれる。一人酒の私はいつも5席しかないカウンターに通される。不思議にいつもカウンター席だけは空いているのだ。雰囲気が洋風だからであろうか。最近の居酒屋はどこも若者受けを狙って洋風になってきた。若者は私のように一人で酒を飲むことはしない。そのあおりを受け、カウンター席も少なくなってきた。しかし、少ないが故に空いているのだ。お通しのうどのぬたが小鉢に入ってやってきた。ここでは、いつものジョニ黒は仕上げの一杯と決めている。基本、日本酒の店である。ウィスキーは同じ名称なら味はほぼ変わらない。他のアルコールよりは安定している。私はそこがすきなのだ。ワインや日本酒のように、その年々で微妙に味が変わることはない。また、ウィスキーを飲むとき私は浮気をしない。ジョニ黒一筋だ。しかし、私も男である。浮気への憧れはある。かと言って、ウィスキーにはジョニ黒という確固たる正妻がいるので、浮気する勇気が出ない。そこで、故郷に帰ったとき、この『満月』の日本酒で浮気を堪能している。カウンターの前の棚には、入荷した日本酒が並べられている。メニューに書かれていない銘柄も多数ある。カウンター席でなければ、それに気付かない。さらに私は店員と顔馴染みだ。数しげく通っているので顔を覚えてもらっている。マスターがやって来た。パッチリした目と、白髪交じりのひげ。アイヌの民芸品のニポポの老人に似ている。「今日は珍しい酒が入っているよ」いつもの言いようだ。確かにいつも珍しいものがおいてある。少なくとも始めて聞くものばかりだ。もっとも私は日本酒通ではない。私の興味はうまいかどうかだ。「『14代』という酒が入っているよ。昨年の金賞を受賞した酒なんだ」棚から取り上げた一升瓶のラベルにはシンプルに『14代』と書かれている。「この酒を造っているトジは15代目なんだけど、 親父である14代目を尊敬していて、 自分の作った酒の名前にしたんだ」日本人が好きそうなお涙頂戴のいわれである。まあ、能書きはいい。ヒノキの升に入ったグラスが私の前に置かれた。マスターが1升ビンの栓を開けた。(ラッキー、開けたてやん)日本酒の飲み時は、酒によって、飲む人によって色々あると聞くが、素人の私は、開けたてがうれしいものだ。マスターが一升瓶を傾けた。けっしてグラスに一升瓶の口を付けない。グラスに透明な液体が注がれていく。やがてグラスの縁を越えて升の中に流れ出す。酒が注がれる場面を見ると、必ずイメージするものがある。朝もや立ち込める山深い森林のどこかに、密かにコンコンふき出している湧き水だ。決してその存在は見えないが、湧き上がる音とその香が伝わってくる。表面張力により升の縁に酒が盛り上がる瞬間、最後の一滴が一升瓶の口を離れ、ゆっくりとグラスの液面に落ちてくる。「コーン」という神木の音が聞こえた気がした。「いつもながら、神業ですね」「だめだめ、息を吹きかけるとこぼれるよ」私はまずグラスの神水を一口いただく。「これは」予想していたイメージとぜんぜん違う。昨今、端麗辛口がもてはやされている。『甘口は女の酒だ。たくさん飲めない』日本酒好きは知ったかぶりで宣う。私は浮気だ。うまければ辛かろうが甘かろうがいい。だが、この酒は浮気にしても、人を本気にさせる味わいだ。ワインを思わせるように、フルーティーでありながら、芳醇な香りがある。「うまいね、マスター」思わずマスターに満足を報告してしまった。マスターはカウンターの中で親指を立てた。時が流れて……。14代の味が忘れられず、私は次の浮気の機会をうかがっていたが中々、故郷に帰れない。そのうちに、14代のお酒は有名になり市中で手に入らなくなった。恋心が募ると浮気は場所を選ばずだ。仕事の帰り、駅前通りのはずれで小さなスナック『十五夜』を見つけた。(十五夜? うん。満月じゃん)『珍しい日本酒あります』扉に張り紙がされている。浮気心が止められない。私は、吸い寄せられるように扉を開けた。内装を見た途端、(まずかったかな)私は浮気を後悔し始めた。照明が怪しい色合いで、いたって安っぽい。カウンターもないし、酒ビンも見えない。客も店員もいない。見た目はぼったくりのスナックのような雰囲気だ。奥からひょろっとした、のっぽの男が出てきた。力の弱そうな男だ。(いざとなれば……、うん、なんとかなるだろう)私は覚悟を決めて浮気を続行した。「ここはどんな店なんだ」普通、聞かない質問をしている自分自身に驚いた。「日本酒を飲ませる店ですよ」魚や、野菜の料理が自慢だと言う。男はメニューを渡しながら、奥の席に私を導いた。「今、団体さんが出たばかりで、ひと段落してたんです」流行っていることを私に告げている。男と入れ替わりに、奥から普段着の上品な女がお通しを持ってきてくれた。ちょっと見とれてしまった。浮気最高。女にお勧めの日本酒を聞いてみた。味の好みを聞かれたので、14代をイメージしていた私は。「フルーティーなもの」と答え、14代が出てくるのを期待した。女が奥に入っていった。のっぽの男が2本の酒を持ってきた。両方とも、14代ではない。「14代は置いていないの」期待を裏切られたので、私は声を荒げてしまった。どっちの期待かって? それはもう……。「14代はメジャーになりすぎて、手に入らないんですよ」すまなそうに、男は答え、「これも負けずにフルーティーですよ」と、私の答えの意味を察したようだ。1本は、桃色の酒だった。見た目が女性用と思い却下した。何やら薀蓄をたれたが、まだこの男を信用したわけでない。もう一本は山形の酒でこちらは日本酒っぽかった。酒の名前もしっかり確かめもせずこちらに決めた。うまい、これはいける。少し、男を信用してしまった。二杯目は逆に「辛めの酒」を勧めて欲しいと言った。男はやはり、2本持ってきた。薀蓄をたれていたが、耳に入ってこない。今度も、後の酒を頼んだ。 確かにしっかり辛かった。舌がぴりぴり刺す感じだ。身を正して飲まなければ、弾かれてしまう。こうなると、3杯目が楽しみだ。「お兄さんのお勧め」をお願いした。のっぽの男は『而今(じこん)』というお酒を一本もってきた。今回は1本だけだ。自信があるのだろう。今、人気上昇中の酒で、手に入りづらいと言う。「先ほど、14代がお好みと言ったので、これにしました。 多くの酒が、十四代に似せて作っているが、 この而今は一番それに近いですね。この説明はちょっといただけないと私は思った。確かに十四代は美味しいと思う。だからと言って、それに似せて作るとは志が低いのではないか。酔った頭で目の前の而今のグラスに説教していた。「若い酒造主が、新しい酒作りを志しているんですよ」こちらのほうが、何だかワクワクする。「ウォー」一口飲んで、私はうなってしまった。バック・ツー・ザ・フィーチャーのデロリアンが体の中を通りすぎ、火のついたタイヤの後が残ったような感じだ。口に含むと、舌先にシャンパンのような弾ける感じがする。これは酸味なのだろう。ごくりと喉を通ると、フルーティーな味わいだ。直ぐ後を、やはり酸味が追いかけてくる。シャンパンの感じが辛さを演出し、でも全然辛いのではない。フルーティーの味わいが甘さを期待させ、でも甘ったるいのではない。酸味なのだ。酸味がうまくコントロールされていて、口の中で大騒ぎさ。十四代に一番近いといったが、十四代ってこんな感じの酒だっけ?これは若さ溢れる21世紀の酒だと、大絶賛の私でした。……。丸いロックが浮かんだジョニ黒が目の前にある。仕上げの酒だ。でも浮気が過ぎて、手が出せない。『あなた、浮気しているでしょ』ジョニ黒の正妻が私を勘繰っている。「いや、ぜんぜん」★大阪府配送限定 未開封★サントリーSuntory【サントリー】 膳 ミニボトル 3本セット 50ml 箱なし【中古】
2021.03.02
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