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前回は「ドグラ・マグラ」を時系列で図解しましたが、今回は構造を図解してみました。冒頭と最後の時計の音がカギになると思います。御覧のように「ドグラ・マグラ本編」と「作中ドグラ・マグラ」で比べてみます。「本編」では冒頭と最後の時計の音が微妙に違いますね。しかし「作中」では全く同じ音です。これはどういうことかというと「作中」の方は円構造になっていて、同じところをぐるぐる回っている、ということです。「本編」は微妙にずれたところに着地しているので、らせん構造をかいています。「作中」はおそらく呉一郎が書いたものなので、呉一郎の視点になっていると思われます。「本編」は「私」視点です。おそらくですが、今後も少しづつ着地点を変えながら、様々な視点で先祖たちの悪夢を見ることになるのか・・・・・(汗)これに気が付いた時、やっぱり「呉一郎」と「私」は別人だなあと思いました。まあここまでなんですけどね、わかったのは。これ以上考えると私まで堂々巡りのドグラ・マグラに巻き込まれそうなのでこんなところでやめておきます(笑)まだまだいろんな謎が隠れているような気がします。
2025.03.31
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はい、お疲れさまでした。後半50ページで「私」はそれなりの結論を出していたのがこの小説を読み解くカギになると思いました。一見すると訳の分からない小説に見え、文章の裏を読みたくなるのですが、むしろ書いてあることを素直に受け取るのがよいと思います。「私」は最後、「自分は胎児である」と結論付けています。では、どの胎児なの?ということになりますが、やはり呉一郎の子孫のうちの誰か、とするのが一番すっきりするんじゃないかと。治療場の惨劇の後、呉一郎は死にかけるが一命をとりとめそうなことが示唆されているし、モヨ子も若林教授によって世間的には死人になってしまったが精神病院にてひそかに生きているので、この二人の将来の子が一番可能性が高く感じました。なので「私」の肉体は胎児ではありますが「ドグラ・マグラ」という小説の外、未来にいるんですね。で、彼が罹っている「離魂病」によって魂が抜け、「ドグラ・マグラ」という小説に関わってる・・・・という風に考えるのが一番腹落ちしました。ほかに気になる部分はあって、例えば作中に出てくる「ドグラ・マグラ」という冊子の役割は何なのだろうとか。話の流れからするとこの冊子を書いたのは多分呉一郎なのだろうけど、正木教授の死後に書いたらしく、その内容は私たちが今読んでいる「ドグラ・マグラ」とほぼ一緒であることが、若林教授によって説明されています。でも「私」はその冊子を読みませんでした。その後、この冊子に関する記述は一切ありません。「ドグラ・マグラ」という小説の中にさらに「ドグラ・マグラ」があるという入れ子構造になっているのですね。私が描いた図解は時間軸をメインに書きましたが、入れ子構造の方をメインに図解するとまた何か面白いことがわかるかもしれません。正解は一つでなく、人によっていろいろな読み方ができる素晴らしい小説だと思います。こういう小説を書いてくださった夢野久作さんには感謝したいです。読めた自分は幸せ者です。
2025.03.29
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ユーチューブで「ドグラ・マグラ」の解説動画見て、挑戦したくなったので母のところから借りてきて読みました。昔映画を見たこともあり、解説動画のおかげもあるのですが、なかなか面白くてすぐ読んでしまいました。そこいらに伏線らしきものがあり、今後どう展開するのか楽しみです。悪名名高い「○○○○地獄外道祭文」もなんとか読めました。ここにも伏線はあるのかな。一通り読んだ限りではわかりませんでしたが。下巻も読み終わったら感想をまた書きますね。母は下巻は持っていなかったようなので(多分上巻で挫折したのだと思う笑)、アマゾンで下巻を注文したのですがなかなか来ない。早く来ないかな~。
2025.03.23
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たまたま「遠野物語」の朗読をユーチューブで聞いてから、読み返したくなったんだけど、意外にも本を持っていなかったので、母んところから借りてきました。母も「遠野物語」が好きで、何度も読み返したらしく表紙が無くなっており、かなり読み込んである跡があります。本編の「遠野物語」と、「遠野物語拾遺」が収録してあります。「遠野物語」といえば遠野地方に伝わるオカルト的な不思議な話を集めたものと思いがちですが、実際はそれだけでなく、奇談・事件・醜聞(スキャンダル)、言い伝え、季節の行事など多岐にわたっています。付箋をべたべた貼ってるところは好きな話です。「寒戸の婆」とか「郭公と時鳥」が好きです。気が向いたら絵でも描こうかと思って。
2025.03.11
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先日フランスから取り寄せた小説です。「ヴィラ・ローザ」ローザ荘とか、ローザ邸ってとこですかね。主人公は若い男性で、訳あって画家のアンリ・マティスと同じ名前なのです。ある日古道具屋でマティスの複製画を見つけ、何を思ったのか自分はマティスの生まれ変わりだと思い、絵を描き始めます。様々な出会いや別れを経験しながら、祖父の持ち物であったヴィラ・ローザを相続し、そこに住みながら絵を描きます。マティスの複製画に出会った日から、彼の人生は大きく変わったんですね。自分の感じたものを絵として表現していく喜びにあふれた日々を過ごします。最後にはそういった輝かしい日々は終焉を迎えるのですが、最終章でそれとなく表現されている、滅びたように見えて実は何かが残っているかもしれないと思わせるような最後の一文にはしびれました。中編ぐらいの短い小説ですが、少ない言葉の裏に込められている密度の濃さには脱帽です。大長編を読んだ後くらいの読後感がありました。作者のマリー・ルドネは好きな作家で、もう何冊も読みましたが、「スプレンディッド・ホテル」と同じくらい感銘を受けました。そして全編を通じて貫いているのはなんといっても「マティス愛」(笑)。この本は多分もう絶版ですが、買ってよかった。読んでよかった。今後の私のバイブルになりそうな素晴らしい小説でした。
2025.03.02
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